連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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28.夜襲

 月明かりのない、深夜のベクレル山道。

 囮役として買って出たクリフは、傍らに控えた相棒に向かって問いかけた。

 

「で? どう切り崩す?」

 

 闇夜でもクリフの目は利いている。油断無く周囲を見渡す彼は、すでにアリアスに向けて進軍する漆黒の影を捉えていた。

 松明の数は、ざっと二十。一個小隊といったところだろう。

 同じく、アレンもそちらを見据えながら、アリアスから引いてきた荷台を物色し始める。

 

「まずは松明で俺達の位置を報せよう。こちらがまるで進軍しているように見せかける」

 

 声を落としながら、昼間の内に作っておいた長いロープを取り出してくる。そこに等間隔に二本ずつ松明がくくりつけられていた。ロープの端と端を持って、実際には居ない人間が、あたかも居るかのように見せる、というのがアレンの作戦である。

 一見うまく行きそうに無いが、新月の――エリクールを回る三つの中でも最大の月、イリスが隠れる今夜に限ってはそうとも言い切れない。

 昼の時点でそこまで読んでいたのだろう。

 惑星の天候事情を早くも把握しているアレンに、クリフは内心で舌を巻きながら、肩をすくめた。

 

「……なるほどな。よし、奴等を引き離すぞ」

 

「了解」

 

 頷き合って、クリフはアレンが用意したロープの端を持つ。ロープは全部で三本。巻きつけられた松明の数から考えると、約二十人編成の、ちょうどさきほど確認した漆黒と同程度の小隊だ。

 

(無難だな……)

 

 クリフは胸中でつぶやきながら、アレンと距離をとる。山道のために見晴らしは悪いが、アーリグリフ側がこの道を侵入ルートに選ぶ理由もよく分かる。

 今更ながらにクリフは思った。

 

(確かにこの山道じゃ、連中が何も考えずに松明つけてんのも頷けるぜ……)

 

 ため息を吐きながら、眼下の漆黒を見据える。劣勢に追い込まれたシーハーツ軍など、と侮っているのかもしれなかった。

 

「兄ちゃん、オイラは?」

 

 一人、手持ち無沙汰のロジャーが、左右を見渡しながら――こちらはあまり夜目が利いていない様子で首を傾げている。

 

「ロジャーの任務は敵の注意がこちらを向いてからが本番だ。……気を抜くな」

 

「お、おう!」

 

 緊張を孕んだ調子で、ぐっと拳を握るロジャー。その彼に微笑を送って、アレンはクリフに向き直った。

 

「火を点ける。……気をつけてくれ」

 

 背中から聞こえた声に、クリフがこくりと頷く。瞬間。短い詠唱を終えて、松明に火が点った。

 周りが少し明るくなる。

 

「……んなもんまで付けてたのかよ……」

 

 途端、姿を現した――兵士の上半身を模した案山子(かかし)に、クリフはため息を吐いた。一体、昼間のどこにこんなものを取り付ける時間があったというのか。

 やれやれと首を振るクリフに、アレンはあっさりと答えた。

 

「シーハーツ兵は忙しそうだったからな。村人に事情を話すと、快く手伝ってもらえた」

 

「……抜かりないことで」

 

 クリフは肩を竦める。

 村人に直接、手を貸してもらうのはなかなかいい判断()だった。軍の統率を任された身とはいえ、フェイト達はまだ、シーハーツ軍人達と強い結びつきを持っているわけではない。その点、一般市民たるアリアスの村民は『軍人』の一括りで彼等を見る。

 アレンは兵が忙しくて、と言ったが、無論、その中にはこの意味も含まれているだろう。

 

(つくづくだな……)

 

 銀河連邦にこんな人材がいたとは。

 肝が冷える思いを押し殺して、クリフは山道を歩く。傍らのアレンが、敵を呼び込むための施術を、漆黒兵に向かって放った。

 

「――サンダーボルト!」

 

 ほとんど詠唱のない雷が、(そら)から降る。けたたましい雷撃が進軍していた漆黒兵をかすめると、ものの数分もしない間に周りが慌しくなった。

 

「これは……、施術!?」

 

「シーハーツ軍だと!? 馬鹿なっ!」

 

 それが皮切りだった。

 

「火を! 火を持て! まずは相手の確認を――!」

 

「行くぜ! アレン! ロジャー!」

 

「了解」

 

「任せとけ!」

 

 言って、慌てて周りを照らそうとする漆黒兵に、クリフは松明つきのロープを近くの岩にくくりつけた。同時。彼の豪腕から、自慢の『カーレントナックル』がうなる。

 

「オラオラオラァッ!」

 

 鋭い呼気と同時に、放たれた三連の拳が手当たり次第に漆黒兵を吹き飛ばした。

 

「うわぁっ!?」

 

「ぐわっ!」

 

 悲鳴を上げて怯む兵。ついで、クリフは地を蹴る。上空に飛ぶと、疾風の影が見えたが、彼は気にしなかった。

 

「叩き潰すぜ! マイトハンマー!」

 

 ドォンッッ!

 

 土埃が舞う。派手に迸った火炎が、地を、人を、大気を照らし上げる。

 悲鳴が、怒号と相成った。瞬間。頃合を見計らったかのように、詠唱を終えたアレンが、かっと目を見開く。

 

「ディープミスト!」

 

 空が、曇る。

 アレンの紋章術によって突如発生した霧が、松明の、シーハーツ軍を模した案山子を巧みに隠す。だが漆黒に、もうそれが本物の人間か案山子かを見やる余裕は無い。

 それが、見えるとすれば――……。

 クリフが凄絶に笑う。

 闇の中で、喧騒が沸き立った。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

 アリアスから少し奥まった土地に、その耕地はあった。

 クリフ達が陽動としてベクレル山道に向かって数刻。深夜の耕作地に姿を現した幾つもの影が、慌しくなり始める。

 

「何……!? シーハーツ……!?」

 

「まさか……! ……かったのか……!」

 

 しん、とした闇の中。さすがに畑から作物を盗むときばかりは松明を消していた兵たちの声に緊張が籠もる。

 ばらばらと現場に報せを持ってきたのは、クリフの読み通り、疾風のようだ。闇夜でも羽音を響かせるドラゴンは一匹なのか、それらしき影が一つしか見えなかった。

 

「それで……! 護衛の連中は!?」

 

「それが……」

 

 そんな話を遠巻きながらも耳にして、フェイトはニッと口端を緩めた。ついで、ネルを見る。

 

(ネルさん、敵の数は分かる?)

 

 声を落として訊ねると、ネルは、六、とだけ短く答えた。

 

(……六。よし、間違いないな)

 

 夜闇の中、視線を凝らすことなく、フェイトは口端を吊り上げる。

 気配の消し方を心得た彼は、それと同時に、相手の気配の察し方もわかるようになってきていた。

 修行の成果、というやつだろう。

 確かな手応えを感じながら、フェイトは拳を握りこむ。

 

(仕掛けよう!)

 

(ああ!)

 

 頷き合うなり、二人は一斉に駆け出す。新月の、松明一つ無い闇の中。わずかな音を立てて二人は兵に近づいた。同時。フェイトは剣を、ネルは短刀を引き抜いて、体当たり気味に合計二名の兵を後ろから吹き飛ばす。

 

「っな!?」

 

 息を呑むような、兵達の声が聞こえた。

 瞬間。視覚を封じられた所為で澄んだフェイトの聴覚が、次の獲物を求めて走る。

 フェイトは迷わず剣を左に振った。

 

(――そこに、二人!)

 

 が。

 

 キィ……ンッッ!

 

(弾かれたっ!?)

 

 ざ、と素早く体勢を立て直すフェイト。が。その頃には、敵の兵が袈裟状に剣を振り被っていた。

 狙いは、首から胸。

 何とか自分の剣を差し込む。

 

(――速い!)

 

 確信した瞬間、剣と剣のぶつかる感触に、表情が引きつった。歯が、震えた。

 

「……ちっ!」

 

 敵も見えていない筈だ。だが。その動きに迷いは無い。鍔迫り合いになった剣を払う。同時。更にもう一段、フェイトの胴を薙ぐ一撃が放たれた。

 

 ギィンッッ!

 

 肝が冷えた。今の一撃を防げたのは奇跡に近い。

 

(コイツ……強い!)

 

 ごく、と呼吸(いき)を呑む。闇の中だから反応が遅れているのか。攻撃の隙が、まるで見当たらない。

 

「フェイト!」

 

 そのフェイトの危機を察知したネルが、フェイトの知らぬ間に放たれた三撃目――逆袈裟の一撃を凍牙で牽制する。だが。見切られていた。

 キィンッと甲高い音を立てて、ネルのクナイが落ちる。

 フェイトを狙う三撃目の速度が――、変わらない。

 

「馬鹿な!?」

 

 思わず絶句するネルを余所に、闇に紛れた兵は、逆袈裟から面打ちに切り替えた一撃を振り下ろした。風切音が、立つ。

 

 ぎきぃっ!

 

 寸でのところで止めたフェイトの頬を、剣風が、ふわりと撫でた。

 

「……っ、っっ!」

 

 カチカチという鍔迫り合い。先程は流せた。だが今度は、少しでも力を抜けば斬られる。そんな殺気が、こちらに伝わってくる。

 フェイトは唇を噛んだ。

 腕力で負けているのだ。

 

(こ、このままじゃ――!)

 

 歯を食いしばりながら、ネルの援護を期待する。が。視界の端に見えた彼女も、残る五人の兵に囲まれて動けないようだ。

 そんな折、

 力の拮抗が、破れた。

 

 キィンッ!

 

「……!」

 

 剣を払われた。同時、音も無く、敵が距離を取る。フェイトの眉間に皺が寄る。怪訝に思いながらも、彼は距離を取った相手を睨み据えた。

 途端、その兵が闇の中、す、と右手を掲げる。

 

「ライト」

 

 短い詠唱と共に、兵の右手に現れたのは、手鞠ほどの赤い小球だ。それは直視しても眩しくないほどの光量で、しかし、この完全に闇に満たされた空間では実用的な照明としてその場に現れる。

 同時。

 

「空破斬!」

 

 一閃した兵の剣風に、五人の兵を相手取っていたネルが、吹き飛ばされた。ぐ、と呻いた彼女は、影払いで決着をつけようとしたところを邪魔されて、苦々しげに唇を噛んだ。

 そして身軽に、猫のようなしなやかさでフェイトの傍らに着地する。

 

「……厄介な相手だね!」

 

 ちっ、と舌打つ彼女に頷いて、フェイトも対峙した兵を睨む。

 小球(ライト)に照らされた甲冑は、アーリグリフ軍の重装騎士団『漆黒』のものだ。だが実力は、フェイトの知る他の兵と明らかに違う。――修練場で手合わせた、シェルビー以上だ。

 

「……皆さん、ご無事ですか?」

 

 そのフェイト達の逡巡を無視して、目の前の兵は、仲間の五人の様子を窺った。ああ、と掠れた声を返す彼等は、あの数瞬でネルに手ひどくやられたようだった。

 だが。

 それより――。

 ネルとフェイトは、目を見開いた。

 

「……何故、漆黒(アーリグリフ)の者が施術を……?」

 

(それに、女の子だ……!)

 

 ぽつ、とつぶやくネルの傍らで、フェイトも驚きを隠せない。

 声音が、まるで男と違ったのだ。

 兵は――彼女は、仄明るい照明の中で仲間の安否を確かめると、一つ頷いてフェイト達に向き直った。

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