連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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29.漆黒の女兵士

「……ここは私に任せてください。皆さんは、急ぎ隊長に報告を」

 

「お、おい! それじゃ嬢ちゃんが……!」

 

 狼狽した負傷兵の声。その彼の言動が、確かに目の前の相手を女性だと物語る。

 彼女は――ナツメは静かに負傷兵を振り返ると、ふ、と微笑って言った。

 

「私は、目的を果たすまで負けません」

 

 それで話は終わりだ、とフェイト達に向き直るナツメ。抜いているのは彼女の愛剣、シャープエッジ。

 仄かな明かり、とはいえ半径五メートル以上を見渡すことの出来る人工照明の中で、鈍色に光るその剣は一種、独特の雰囲気を孕んでいた。ふと見えた、兜を被っていない彼女の相貌は、見渡しが良くなったとはいえ、深い影に覆われてフェイト達には殆ど見えない。

 ――あるいは、彼女自身がそれを意識しているのかも知れないが。

 去っていく五人の兵を見送って、彼女は照らされた口元を、ふっと緩めた。

 瞬間。

 

 ふっ……

 

「消え――っ!?」

 

 目を見開く。息を呑んだのは、ネルとフェイト、ほぼ同時だ。

 ナツメの身体が数センチ、ネルの前にある。瞬きの間。それで、間合いを制された。

 

「くっ!」

 

 だが得物が短い分、短刀が潜り込む方が速い。

 否。

 

「が……っ!」

 

 剣ではない。掌底で、顎をかち上げられた。脳が揺れる。平衡感覚を失う直前、心臓に重い衝撃が走った。どっ、と。鈍い音を立てて、ネルの痩身が吹き飛ばされる。見れば、相手の肘打ちが、容赦ない角度でめり込んでいた。

 

「ネルさん!」

 

 慌ててフェイトが加勢の斬撃を放つ。が、女兵の剣(シャープエッジ)で払われた。舌打ちし、流れるようにリフレクトストライフを放つ。片足で地面を蹴り、攻撃中の相手の脇へ。

 蹴りと気を巧みに練りこんだこの技は、通常ならば三連撃の威力を誇る。だが、一撃目の衝撃が鈍い。二、三に繋ぐには、感触が良くない。

 はっと息を呑んで相手を見ると、フェイトの剣を払った、左腕で防がれていた。(シャープエッジ)を握る左手。それが、柄頭でリフレクトストライフの弱点を狙い打っていた。

 

 フェイトの、アキレス腱を。

 

「――っっぁああ!」

 

 声にもならない悲鳴が、フェイトの口から漏れる。足を抱えようとした。だがそれも、ナツメの衝裂破――横薙ぎに払った剣風に身体を吹き飛ばされて、適わない。

 

「破っ!」

 

「……くぁっ!」

 

 彼女の呼気と、フェイトの呻き声が重なる。咄嗟に受身をとったフェイトは、つぶされた右足をかばいながら、ナツメを睨み据えた。

 

「フェイト……!」

 

 フェイトの加勢に回ろうと短刀を握り締めたネルが、顔をゆがめている彼を一瞥して、ハッと息を呑んだ。

 彼の足の状態は分からない。だが、リフレクトストライフの速度(スピード)とナツメの柄頭で殴る速度(スピード)が相対的に働いた一撃だ。一刻も早い、ヒーリングを要するのは確かだろう。

 少なくとも、目の前の敵に勝つためには。

 だが。

 問題は、その隙がどこにもない、ということだ。そんなネルの逡巡を切り捨てるように、目の前の少女は左手の剣(シャープエッジ)を軽く振るった。

 

「……そろそろ、決めましょうか」

 

 剣を納めて、やや斜に構えるナツメ。軽く膝を折り、前傾姿勢で右手を腰の辺りに置いた彼女は、居合いの姿勢で動きを止めた。

 夜気が冷える。

 苦々しくナツメを見据える二人の背に、緊張が走った。

 

 じりじりと時間が過ぎる。

 

 というより、体感時間がひどく長く感じるのだ。

 距離はきっかり、三メートル。ナツメの脚力をもってすれば、どうということのない距離だ。

 居合いの姿勢のまま、微動だにしないナツメ。その彼女が放つ、異様な空気に、フェイトもネルも、攻めの一歩が踏み出せない。

 

 

 ……………………

 

 

 だがそれでも、ぐ、と剣の柄を握りなおすフェイト。傍らのネルも、覚悟を決めたように短刀を顔の位置に持ち上げた。

 瞬間。

 

「行くぞっ!」

 

 景気づけに叫んだフェイトが、右足の痛みを無視して剣を振り仰いだ。

 

「ヴァーティカル!」

 

 やや相手とは距離がある。それを逆手にフェイトは剣を振り上げた。地面から沸き起こる剣風がナツメに迫る。同時。か、と目を見開いた彼女はもう一振りの刀――シャープネスに手をかけた。

 

「朧っ!」

 

 フェイトよりも垂直に、(シャープネス)を振り上げる。放たれた斬撃と折り重なった三層の剣風が、フェイトの剣風と正面からぶつかり合う。

 両者とも、気を孕んだ最高の一撃だ。

 が。

 

 ズシュィンッ!

 

 地面から沸き立つフェイトの剣風が、苦も無く切り払われた。瞬間。

 

「――っ!?」

 

 朧を放ったナツメが、地面から走る無数の剣風を穿つと同時。そこにいる筈のフェイトが、上空に飛んで、さらに剣を振り下ろしていた。

 

「エアレイド!」

 

「っ!」

 

 振り下ろされる剣圧が、無数の衝撃波を生む。ぎ、と歯を噛んだ彼女は、迷わず帯剣したシャープエッジを引き抜いた。瞬間。はっ、とナツメが息を呑む。眼前に、ネルの凍牙が迫っていた。

 凍牙を払えば、ヴァーティカル・エアレイドの剣圧が。剣圧を払えば、凍牙が確実に当たる。

 振りぬき――は、間に合わない。

 

「ちぃっ」

 

 舌打ちして、シャープエッジで自分を守るように、かざす。だが、腕と足の肉が削がれた。唇を噛み締める。同時、バックステップで距離を取った。

 仕返しと言わんばかりに、ざ、とハの字に両剣を開いたナツメが、紋章術を唱える。

 

「ピアシングソーズ!」

 

 瞬間。右に三本、左に三本の紋章術で構成された氷の刃が、ネルに向かって放たれた。動作は小さい。フェイトが隙をつく間はない。

 が。

 

「ぉおおおっっ!」

 

 構わず、ナツメの懐に飛び込んだフェイトは、剣を上段から振り下ろした。キン、という甲高い音を立てて、難なく左手の剣(シャープエッジ)に払われる。瞬間。右手の刀(シャープネス)がフェイトの心臓めがけて走った。

 

「っ、っっ!」

 

 間一髪、フェイトがどうにか剣を挟みこむ。

 

 ごっ!

 

 左側頭に、衝撃が走った。

 

(蹴られた――!?)

 

 火花散る視界で考えると同時。次いで、ガンッとシャープエッジの柄頭で眉間を穿たれた。

 視界が揺れる。緩急無き縦横の衝撃を受けて、脳が容易く機能しなくなる。

 棒立ち。

 ぎ、とナツメの黒瞳が底光りした。

 

「終わりです!」

 

「させるものか!」

 

 柄を握りこむ彼女の傍らに、ピアシングソーズをどうにか切り払ったネルが、迫る。ナツメの刀を下から払い上げるような、短刀による切り上げ。炎を孕んだその一撃に、わずかに重心をずらされたナツメが、く、と呻く。同時。ネルは上げた短刀を振り下ろした。

 

 どどっ!

 

 二連に続く斬撃を、しかし、ナツメは耐える。同時、応戦しようとナツメが柄を握りこむ、と、ネルの蹴打がナツメの鼻先をかすめた。ぐ、と絶句して距離を取る。否、取ろうとしたところで、ネルのラッシュが火を噴いた。前後左右。嵐のような短刀の乱撃が怒涛の勢いで放たれる。

 

「鏡面刹!」

 

 鋭く吐くネル。否、乱撃は短刀だけではない。より隙を無くすために、肘うちや掌底まで精密に計算されている。

 リズムが取れない。

 緩急さえも、考え尽くされていた。

 乱撃を、かわし、流し、払う。手数が多い。それら一つ一つに、ネルの渾身の気合が込められていた。

 ネルは気付いているのだ。一瞬でも気を抜けば、それをナツメが狙ってくると。

 そしてそれは、正確に相手(ナツメ)の動きを見極めた証拠だった。

 

(ですが――……)

 

 それには、経験が足りない。

 終撃の雷を放つネルに、ナツメが吼えた。

 

「ぉおっ!」

 

 迫り来る雷撃を、氷を宿した剣で振り払う。突進力を生かした短刀の一撃を加えようとしたネルが、ぐ、と息を呑んだ。が、速度は変えない。

 

(突っ切る!)

 

 短刀を握りこんで、気を全身に纏った彼女はナツメに切りかかった。

 ナツメの刀剣は、既に鞘に納められている。

 居合い。

 それが意味する結果を、ネルは知らない。

 

「砕牙ぁあっっ!」

 

 鋭い彼女の呼気がネルの耳朶を打つ。同時、ナツメは抜刀した。雷を切ったおかげで、ナツメの抜刀速度は最高潮に達する。

 己を鼓舞するために、ネルが吼えた。

 

「私の勝ちだ!」

 

 言葉通り、一瞬、ネルのほうが速い。

 当然だ。ネルの方はすでに勢いをつけ短刀を抜き払っているのだから。

 そう、思った。

 

 ばちぃいいいんんっ!

 

 轟音が、耳朶を打つ。視界が白く染まる。それが居合いの一振りと同時に放たれた、ナツメの雷撃だったと、ネル自身は知らない。まるで彼女(ネル)の気を両断するように、抜刀から一メートル。凄まじい瞬発力(ダッシュ)で抜刀から横薙ぎに繋がれた一閃を放つ。

 刃から雷光が、真一文字を空に描いた。

 相手の意識を完全に停止させる、蒼白の雷光が。

 

 ――相手の『牙』を『砕く』刃が。

 

「……か、っ!」

 

 呻くと同時、鮮血がネルの胸元から零れた。雷に脳髄を焼かれて、ネルが昏倒するように地面に倒れる。

 

「ネルさん!」

 

 息を呑む、フェイトの声。

 それを脇に、ナツメは眼下で血溜まりを作り始めたネルを見下ろした。

 

(殺った、と思ったんですが……。咄嗟に、急所を外されましたね)

 

 だが別段、とどめを刺すつもりはない。――いや、それどころではなかった、と言うのが本音か。

 視線を横に流す。

 地面にうずくまっていた青年の、怒りの殺意がぴりぴりと伝わってきた。

 

「……許さないからな……」

 

 地を這うような、低い声。か、とナツメはシャープエッジを掲げた。

 

 キィンッ!

 

 フェイトの振り下ろしの斬撃。先ほどまでとは踏み込みの速度(スピード)も、重み(パワー)も、全然違う。片腕で受けた、ナツメの身体が沈んだ。

 

「――くっ!」

 

 呻きながら、どうにかフェイトの剣を払う。同時。その勢いで切り込もうとしたナツメの斬撃を、バックステップでかわされた。

 

(反応も、上がっている?)

 

 右足を潰したはずだ。なのに動きは、急激に鋭利(シャープ)に、苛烈になっていく。最早踏ん張ることすら不可能と思われた右足を、フェイトがまったく気にした様子はない。

 

「はァッ!」

 

 かわすと同時、フェイトの斬撃が上段から落ちた。

 

(流す――!)

 

 咄嗟に判断したナツメが左手の剣(シャープエッジ)で受け止め、その刃を右手の刀(シャープネス)で殴るように斬り上げた。が、一瞬。それに対応したフェイトが、が、と膝を折って、衝撃を緩和する。

 思わず、相手の反射神経に舌を巻いた。

 急成長というより、別人。そんな印象を与えてくる相手の、得体の知れない何かを感じ取りながら、ナツメはシャープネスを構える。同時。フェイトが追撃に踏み込むより先に、ナツメが刀を振り下ろす。

 

「っ!」

 

 鼻白むようにたたらを踏んで、フェイトが間一髪のところでかわす。が。髪が数本、宙を舞った。

 ナツメの刀に触れたわけではない。

 これは――……

 

(剣風でも斬られる!)

 

 フェイトが確信すると同時、ナツメのシャープエッジが横に一閃した。

 

「クロスラッシュ!」

 

「くぅっ!」

 

 フェイトが咄嗟に、剣を立てる。彼女の瞬発力を生かしたその一撃は、ネルが食らった『砕牙』のように雷を孕んでいないものの、凄まじい衝撃を受け手に送ってくる。

 握力を、失いかけた。

 歯を食いしばる。踏ん張ると、やられた右足が鈍く鋭く痛んだ。

 だが、構わない。

 

「ブレードリアクター!」

 

 受けきると同時、ざん、と敢えて負傷した右足で踏み込んで、剣を振りぬく。振り上げの斬撃は左に流された。次ぐ振り下ろしを、身をひねってかわされ――フェイトは、ぐ、と柄を握り締めた。

 

「ヴァーティカル……!」

 

 三撃目の突きの代わりに剣を振り上げる。否。振り上げようとした。

 だが。

 身をひねった彼女は、刀剣を手に、切り上げの一閃を放った。

 

「ハリケーンスラッシュ!」

 

「ッ!?」

 

 名の通り、風を巻いた切り上げの斬撃に、ヴァーティカル・エアレイドの出だしが潰される。

 思わず、フェイトは怯んだ。

 

 ぞく……っ

 

 背中を走る、得体の知れない予感。思わず表情を引きつらせたフェイトは、少女の持つ刀剣が、赤と青に輝くのを見た。

 (シャープネス)の赤と(シャープエッジ)の青。

 それはフェイトが使う紋章剣、炎の『ブレイズソード』と氷の『アイシクルエッジ』に他ならなかった。

 

「双竜破!」

 

 ただし、込められた紋章力は桁が違う。凝縮されつくした二振りの斬撃を、それが交叉する、一瞬の隙をついてフェイトが剣を挟みこむ。

 

 スパ――……ッ

 

 受けようとしたフェイトの剣が、まるで豆腐か何かのように、斬られた。

 

「なっ!?」

 

 絶句する。同時。慌ててバックステップを――。

 視界が、白く光った。

 身体が浮く。――痛みは無い。

 ただ。

 自分が浮いていることに気付いたのは、しばらく後だ。

 意識が遠い。

 

(気を、失う――?)

 

 ぼんやりとした頭の中でそう考える。滞空時間が長いのは、自分の中でだけ、のことだ。

 空転する思考の中、ちらりと赤いものが見えた。

 

 地面に倒れた、ネルだ。

 

 血溜まりが、直径一メートルほど広がっていた。

 

(――ネル……さんっ!)

 

 途端、が、と舌を噛んだ。意識を、脳を覚醒させる。

 

(……動けぇええっ!)

 

 どっ!

 

 現実時間のフェイトが、鈍い音を立てて崩れ落ちる。

 それを認める前に刀剣を払ったナツメは、ぴ、と飛ぶ血を一瞥することなく、二振りの剣と刀を鞘に納めた。その背に、骨が軋むほどの勢いで歯を食いしばったフェイトの力が、斬撃が、迸る。

 

「ブレードリアクタぁああ……!」

 

 二撃を放つ余力は無い。フェイトは、全ての力を一撃目の振り上げに賭けた。

 青白い剣線が、夜闇でも凄まじい光を放って弾ける。

 

 

 ………………

 

 

 だが、それは。

 ナツメには半歩分、届かない。

 渾身の斬撃が、顔のすぐ前を通り抜ける。それを、じ、と見据えて――彼女は、力尽きた青年から踵を返した。

 完全に、殺したかと思った。

 なのに。

 

「……まだまだ未熟ですね。私も」

 

 つぶやいた彼女は、そ、と自分の左頬に手をやる。浅いが、確かな血の筋が、す、と引かれていた。

 最初に作った炎のライトで、手の平に乗った血を眺めて、ナツメは、ふ、と口端を緩める。もみ消すように左手をこすり合わせると、彼女は、任務内容である農作物を積んだ荷台を転がし始めた。

 

(漆黒が帰ってこない……。見張り部隊は、一体どうなって……?)

 

 隊長(シェルビー)に現状を報告するために退却させた五人の兵を思い出しながら、ナツメは少しだけ、表情を曇らせる。

 

 アーリグリフが目的こそ達成したものの、大打撃を被る結果になったのは、これから少しのちに発覚した――。

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