連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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30.クレアの嫉妬

「大したことねぇな。お山の大将」

 

 ニッと口元に不敵な笑みを浮かべたクリフは、修練場で一度会った漆黒副団長、シェルビーを見下ろした。

 

「ぐっ……! 馬鹿なっ!」

 

 得物の手斧を杖代わりに、膝をついたシェルビーは忌々しげにクリフを見上げる。立ち上がろうと下肢に力を込めたが、かなわない。

 舌打ちが零れた。

 否。

 そこには少しばかり、安堵も含まれている。

 

 今、目の前に居る――漆黒と一般兵で織り成された五十人近い編成を、僅か数分で叩き伏せた化け物と、対峙せずに済んでいることを。

 

 そこここで動けなくなった兵たちの、呻き声が聞こえてくる。

 

「……くそっ! 退却だ! 引き上げろ!」

 

 その呻き声を耳に、忌々しげに叫ぶシェルビー。だが負傷した兵達の動きは、きびきびしているものの、決して速いとは言えなかった。

 当然だ。

 全員、腕や足を折られているのだから。

 

 ――とても、人間業ではなかった。

 

「一昨日来やがれってんだ! このバカチンども!」

 

 彼等の背に、ロジャーの罵声が浴びせられる。いつもなら、そんな余裕を口にすることも許さない最強の漆黒が、しかし、今はグゥの音も出ぬほどに惨敗していた。肩越しにロジャーを、否、クリフ達を睨んで、忌々しげに顔を歪めたシェルビーは、ぎり、と奥歯を噛み締めて退却していく。

 その恨めしそうな彼等の背を視界の端に、クリフはハッと肩をすくめてみせた。

 

「ったく。チョロいもんだぜ」

 

「……ああ。任務完了だ」

 

 傍らのアレンが、ふっと息を吐く。戦闘の緊張を解いたのが、空気だけで分かった。勘の鋭いアレンが緊張を解いたということは、完全に周囲に人の気配がなくなったのだろう。

 クリフは小さく頷いて、踵を返した。

 

「んじゃ、ちょっくらフェイトとネルの様子でも見に行くか! 多分、向こうも終わっちまってるだろうが」

 

「おう! オイラ、すっげぇがんばったからな! きっとお姉さまが……! ふふ、ぐふふふふっ!」

 

 不気味な笑みを浮かべるロジャーの思考が、手に取るように理解できたのか。クリフは組んでいた腕を解いて、どうだか、と肩をすくめた。

 

「あいつがそんなことするタマかよ」

 

「んだとぉ!? このデカブツ!」

 

 ロジャーの蹴りがクリフの脛に炸裂する。存外、鈍い音が立ち、う、と息を呑んだクリフが、その痛みを訴えるように涙の溜まった目でぎろりとロジャーを睨み下ろした。

 

「こ、のっ! 上等だ! その喧嘩、買ってやらぁ!」

 

「やるか! このデカブツぅうう!」

 

「もう泣いて謝っても許さねぇ! そこに直れ! このチビ!」

 

 そんな彼等のやりとりを苦笑しながら見詰めて、アレンも先行くクリフ達に続いた。段取り通りに事が進んだならば、フェイト達はこの坂を上った耕作地に居るはずだ。

 そして今は、そこから物音一つ響いてこない。

 

 ――坂を上って。

 クリフ達は、血溜まりに倒れたフェイトとネルを見据えて、目を見開いた。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

 重傷とまではいかないものの、かなりの深手を負ったフェイトとネルは、アレンとクリフによってアリアスまで担ぎ込まれた。 

 

「痛み分け、だな」

 

 夜襲後の明け方。

 ともかく、アレンの紋章術で傷は完治した二人を部屋で休ませた後。ロジャーはネルが心配で側を離れなかったので、その場に留めて、クリフとアレンだけで結果報告の為に会議室にきていた。今後の打ち合わせも兼ねて会議室に集まった一同は、フェイトとネル――特に、クリムゾンブレイドのネルが敗れた事に意気消沈していた。

 重い沈黙の中、痛み分け、と告げたアレン自身も、難しい表情で腕を組んでいる。

 その彼にクリフが頷いた。

 

「……ああ。しかもあいつらの話じゃ、あの甲冑野郎の仕業でもないらしい。――完全な伏兵(ダークフォース)だな」

 

「ああ」

 

 ぼりぼりと頭をかくクリフに頷いて、会議室の上座に座るクレアを見る。すると彼女は考え込むときの癖の、目の前で指を組んだ体勢で、じ、と一点を見つめていた。

 こちらも険しい表情だ。

 

「それも、女で――『施術』を使うときた」

 

 続けるクリフに、アレンは目を細める。

 それだけではない。

 二人の話を統合するならば、その女兵士はアレンと同じ『空破斬』や『衝裂破』といった技まで繰り出しているのだ。

 十中八九、アレンの知り合いの仕業だろう。

 

「……………………」

 

 黙すアレン。それを横目で見て、クリフは話題を変えるように言った。

 

「で? こっからどうする?」

 

 相手は知り合いだろう、という憶測を込めて尋ねる。顔を上げたアレンは、クリフと会議室にいる皆を見渡して、はっきりと答えた。

 

「問題ない。相手が誰であろうと、俺は俺の目的を果たすだけだ」

 

 ただし、その目的が一つ増えたが――。

 その言葉は敢えて口にせず、アレンは組んだ腕を外す。上座で指を組んだクレアが、こちらを睨み据えてきた。

 

「問題ない? たった二人で耕作地の奪還に向かわせて、それで重傷を負わせたこの作戦の、どこが問題ないというんですか!」

 

 バンッと机を叩きこそしなかったものの、確かな怒りを込めてクレアが唸る。その彼女をじっと見返して、アレンは続けた。

 

「だが。これでアーリグリフも物資強奪が難しくなった。問題の『穴倉』は塞いだからな。となれば食糧に不安がある以上、こちらの様子を見ながら近々総力戦を挑んでくる筈だ」

 

「……っ!」

 

 事も無げに言い切る彼に、ぐっと室内の気温が冷える。息を呑んだのは、誰ともつかない室内全員の意思だ。アレンが今言ったことは、誰もが『考えたくない事態』だった。

 室温の体感温度が冷えるのも、圧倒的戦力差を知っている彼等だからこその判断だった。

 その彼等を奮起するように、アレンの蒼瞳が、す、と一同を見渡した。

 

「そこを叩く」

 

 瞬間、クレアがカッと頭を上げた。

 

「貴方は! 何を!」

 

「勿論、その前の準備はさせてもらう。彼等に相応しい、結果を導くためにもな」

 

 平然と言い返してくる。その彼の一向に勢いを衰えさせない姿に、クレアは唇を噛む。村の防衛が第一任務とはいえ、ネルをあんな目に合わせたことが、彼女にとっては致命的な失敗(ミス)なのだ。

 それをぬけぬけと。

 平静になって話を聞こうとする理性と、――何よりアレンを責める怒りがせめぎ合う。

 その彼女を置いて、クリフはアレンを仰いだ。

 

「で? どうすんだ?」

 

 問うクリフを皮切りに、会議室に集まった兵達の視線もアレンを向く。それら一つ一つを見返して、アレンは静かに答えた。

 

「二人が目覚めるまで、と思っていたんだが……」

 

 そこで言葉を切った彼は、じ、とクリフとクレアに視線を向けた。珍しく神妙に、表情を改めて。

 

「カルサアに向かおうと思う。風雷団長、ウォルター伯に会ってみたい」

 

「っ!?」

 

 つぶやかれた言葉に、クレアが目を見開く。同時。静寂が波紋のように広がった。口を噤んだ誰もが、アレンを凝視し、事態を見守るために息を呑む。 

 対峙したクレアが唇を噛む。その下で、組んだ指に力が籠もった。

 

「会って、どうしようというのですか?」

 

 自然、語調が落ちた。頭に上っていた血が、すぅ、と引くのが解った。

 

「まずはウォルター伯爵がどういった人物なのかを見極める。その上で、今後の方針を決めようと思う」

 

「出来ません」

 

 にべ無く断言するクレア。その彼女に、アレンは一瞬、首を傾げた。

 彼女は冷静に物事を判断する人物だ。その認識でいたため、こちらの真意を聞く前に否定されるとは思わなかったのだ。

 クリフも少し意外そうにクレアを見ている。

 納得していない様子の二人を見返して、クレアは続けた。顔の前に組んだ指を、そ、と解いて。

 

「貴方にどのような考えがあるのかは知りません。ですが今、我が国とアーリグリフはとても会談など開ける状態に無いのです。そんな中、無事にこの国に帰って来られるとはまさか本気でお考えなわけではないでしょう?」

 

 説得するように言葉でありながら、クレアの表情に迷いは無かった。その彼女を見返して、アレンは表情を緩めた。

 

「御心配には及ばない。この件に関しては、私一人で向かわせて頂く」

 

「……んだと?」

 

 口にする彼に、語調を落としたのはクリフだった。アレンが視線を横に流す。不審な眼差しをこちらに向ける、クリフと目が合った。

 しかつめらしく片眉をひそめているクリフに、アレンは微かに笑う。まるで相手を安心させるように。信じさせるために。

 

「クリフを始め、ネル達にはその間、いろいろと動いてもらいたいことがある。それからラーズバード指揮官、貴方々への連絡手段にウルフリッヒ氏をお借りしたい」

 

「動いてもらうって……、具体的にどうする気だ?」

 

 慎重に問いを重ねるクリフを、アレンは力強く見据え返した。

 

「情報戦だ」

 

 言い切った彼は、そこで、ぐ、と拳を握りこんだ。

 

 修練場で見つけた、女性の、一般市民の遺体。

 

 あれはアーリグリフが行った、口封じの犠牲者だ。

 険しい眼差しを返してくる麗人(クレア)を見据えながら、アレンは己を静めるように、ぐっと表情を引き締めた。

 

「……まったく、大げさだね」

 

 ふと会議室の入り口から、腕を組んだネルがロジャーを伴って現れた。傍らにはまだ眠気眼なものの、元気そうなフェイトまでいる。

 

「ネル……!」

 

 ハッと席を立つクレア。その彼女に続いて、クリフも目を丸めた。

 

「おいおい。施術で治ったとはいえ、もう動いていいのかよ?」

 

 シーハーツ兵のいる手前、『施術』と言い換えるクリフが、ネルの言葉の真偽を確かめるように横目でアレンを窺ったが、その彼が返答する前に、ネルが肩をすくめた。

 

「当然だろ? 発見されてから、すぐに施術で治して貰ったんだ。一晩も寝れば、嫌でも元気になるよ」

 

「そういうこと」

 

 まったく、だからそこが大げさなんだよ、とため息を吐くネルに、フェイトも生あくびを噛み殺す。とはいえ、体力疲労までは抜け切っていないようだ。クリフと目が合うなり、フェイトは苦笑しながら頷いた。

 

「へっへ~ん! お姉さまはそこらのデカブツとはワケが違うんだぜ! ……どうだ!? 驚いたか!?」

 

 ロジャーが自慢げに胸を反らせる。その彼に、ああん、と眉根を寄せたクリフは、じろりとロジャーを見下ろした。

 

「んだ? チビッ子? テメェは何にもしてねぇだろうが?」

 

「うるせぇ、このバカチン! オイラはお姉さまの危機に駆けつけられなくて、いたく不機嫌なんだ! 今、喧嘩売ると怪我するぜ!」

 

「んだとぉ?」

 

「こら、クリフ」

 

 がっと拳を握り締めるクリフを、アレンがたしなめる。

 と。

 

 すとん……、

 

 彼等のやりとりを見ていたクレアが、砕けたように腰を下ろした。呆けた彼女の表情は、ただ、ネルの元気そうな姿に安堵したようだった。

 

「……よかった……!」

 

 ほぅと胸を撫で下ろす彼女に、ふ、とネルが苦笑する。その彼女達のやりとりを見ていたタイネーブが、はは、と苦笑しながら言ってきた。

 

(とんだとばっちりを受けちゃいましたね)

 

 耳打ちされたアレンが、微かに笑う。タイネーブの傍らにいるファリンも続いた。

 

「でもでもぉ~。どうやって、アーリグリフ軍の兵を五十名近く倒したんですかぁ?」

 

「それは……実力、かな?」

 

 言って、クリフを仰ぐ。するとロジャーといがみ合っている(クリフ)が、ロジャーの口端を人差し指で左右にこじ開けながら、に、と不敵に笑ってみせた。

 

「ホントですかぁ~? 正面から戦って~?」

 

 合点いかない表情で尚も問うファリンに、タイネーブを始めとした他の兵も注目する。と。クレアと話を交わしていたネルが答えた。

 

「だから、フェイトが言っただろ? 彼との修行の方がはるかにキツイってね」

 

「まあでも、今回は意外な強敵に遭遇しちゃったんだけど」

 

 肩をすくめるネルに、続いてフェイトも、やれやれとため息をつく。その二人を、ほう、と見て、兵達はアレンをちらりと見た。

 

「おいおい! 俺もいただろうが! んで、アレンばっかなんだよ!?」

 

「お姉さま! オイラもっ! オイラもがんばりましたよ!?」

 

 がじがじ、とロジャーに右手を噛まれているクリフが、痛みをこらえながら、こちらを振り返る。その彼に、否、クリフの右手を噛んでいる最中のロジャーを含めて彼等に、フェイトとネルはやれやれとため息を吐いた。

 

「だってクリフとロジャー、だし」

 

「あの場にアンタ達が居ても、あの漆黒兵に勝てたかどうか分からないし」

 

「んだよ、それは! どこの当社比だ!」

 

「お姉さま~!」

 

 怒鳴るクリフと泣き声混じりのロジャーに、少しも悪びれないフェイトとネル。その四人を、アレンが微笑ましげに眺めていると、す、と。不意にネルとフェイトがこちらを振り返った。

 

「ところで、アレン?」

 

 言い置いたのは、フェイトだ。こちらを見据えるなり、ネルと同じく、不満そうに顔を歪めている。アレンは、少しだけ不思議そうに首を傾げた。

 

「どうした?」

 

 問うと、更に険を増した二人の視線が向けられた。フェイトの傍らでネルが腕を組む。

 

「一人で敵陣に乗り込むって話……。本気かい?」

 

 半眼でこちらを睨むネル。その彼女に、ああ、と返すと、彼女に代わるようにフェイトがつかつかとこちらを歩み寄ってきた。

 ぴたりと。

 フェイトが足を止めたのは、ちょうど三十センチほど手前の近距離だ。上背のあるアレンを、フェイトの碧眼が睨み上げる。

 

「お前……、つまり、カチ込むんだろ?」

 

「…………」

 

 フェイトの問いかけに、アレンは無言で笑った。

 

「やっぱりそうか……。いつかやらかすとは思ってたけど」

 

 したり顔で頷くフェイトとクリフを、アレンは首を振って否定する。

 

「違う。どちらかと言えば、試みだ。俺達の故郷(くに)でも、対話は重宝されてきただろう?」

 

「対話、ねぇ……」

 

「お前が言うと、違和感あんな……」

 

「そう心配するな。――俺はこの状況で、フェイトに人殺しをするなと言ったんだ。だったらその為に成さねば成らない事をする。それが、俺の責任だ」

 

「………………」

 

「意志と、信念を押し通す」

 

 黙り込むフェイトに、アレンは言った。

 フェイトの顔が上がる。その彼の手を取って、アレンは自分の拳で、こん、とフェイトの拳を叩いた。

 

「俺は必ず戻る。約束する」

 

 断言する彼に、フェイトは一瞬だけ――口惜しそうに目を細めた。

 話はそれで終わりだ。

 アレンは颯爽と踵を返す。と、同時。不満そうに腕を組んだクリフとネルが、やれやれとため息を零した。

 

「ったく……」

 

「……解ってないね……」

 

 悪態をつく二人に苦笑するアレン。そのクリフとネルの下では、会話に入れないロジャーが、しかし、重要な話題だと本能で察知したのか口を挟まずにいた。

 そのロジャーに、アレンは事情を話す代わりに静かに微笑する。

 大丈夫だと。

 態度だけでロジャーに示すように。

 と。

 アレンの隣に、頭を垂れたクレアが現れた。

 

「……アレンさん、すみません。先程は、その……」

 

 言って頭を下げる彼女に、アレンは首を振る。

 

「いいえ。実際、二人の傷は私のミスだ」

 

 ――もっとも、この二人ならそうそう死にはしないと思っていたが。

 だがそれはあまりにも無責任な言葉だ、と失笑混じりに飲み込んで、アレンはクレアに向き直った。

 

「すまなかった。貴方が、ネルを心配しているのは分かっていたのに」

 

「……いえ」

 

 力なく首を振る彼女の反応に、アレンは困ったように表情を曇らせた。と。側に寄ってきたクリフが、のそりとアレンの肩を抱いた。

 

「クリフ?」

 

 不思議そうにアレンが顔を上げる。するとにやりと、クリフが邪悪に笑った。

 

「そういやアレン? 実は前から聞きたかったんだが……、いつからなんだ?」

 

「?」

 

 そのクリフの質問に、さらに不思議そうに首を傾げる。そのアレンの頬を、ぐりぐりと拳でいじって、クリフは続けた。

 

「おい、とぼけんなよ。ネルのことに決まってんだろ? いつから名前で呼び始めてんだよ?」

 

「なっ!?」

 

 一同が目を瞠る。

 何故か、空気が凍った。

 

「え? ああ……、確かシランドで……」

 

 言いかけて、彼ははた、と口を噤んだ。

 目が、合ったのだ。

 ――クレアと。

 先程までしおらしく、謝ってきた彼女と。

 

「……………………」

 

 今は、凄まじく切れる眼差しを向ける彼女と。

 ごく、と無意識下で息を呑むアレン。その様子に、クリフが、にぃ、とネルを仰いだ。

 

「で? シランドで何があったって?」

 

 すると目が合った彼女は、合点の行かない表情で、ああ、と淡白に頷いた。

 

「お、お姉さま……!」

 

 傍らに立ったロジャーが、今にも泣きそうな表情で彼女を見上げている。それにやや気圧されて、はっと何かに気付いたネルは瞬きを落とした。

 

「べ、別に何も無いよ! ただ、彼だけが名前(ファーストネーム)で呼ばなかったから、それで……」

 

「意識し始めてしまったんですか……」

 

 何故か、したり顔で頷くフェイト。

 

「違う!」

 

 叫ぶと同時、フェイトの頭に手刀を叩き込んだ。その彼女の反応に、気を良くしたのか、ますますクリフの表情が緩んだ。

 

「へぇ?」

 

 アレンを見下ろすクリフの声が、クレアのものと重なった。

 壮絶なクレアの視線を受けて、蛇に睨まれたカエルのように表情を硬くするアレン。ぴく、と片頬が痙攣していた。

 別に、やましいことがあるわけではない。

 なのに。

 

 ――とんだとばっちりを受けちゃいましたね。

 

 先程のタイネーブの台詞に胸中で深く頷きながら、アレンは数秒思考を回転させた。それから一つ、ため息にも似た苦笑をもらす。

 

「仲間として認めてもらった。そう取っている」

 

 すでにクレアに聞く耳はなさそうなので、クリフと、それから心配そうにこちらを見上げるロジャーを見る。と、いたずらな笑みを浮かべたクリフが、ネルを一瞥しながら言った。

 

「お前は、な」

 

「……何?」

 

 眉をひそめるネルとアレン、そしてロジャー。

 と。

 再び何かに気付いたネルが、はっと目を見開いた。次いでクリフを振り返るなり、慌てたように一喝する。

 

「私だってそうだよ! というか! なんで私がそんな悪魔となんだよっ!」

 

「誰が悪魔だ」

 

「お前だっ!」

 

 ビシリッとタイミングよくアレンを指差して、フェイト、クリフ、ネルが声を揃える。

 が、

 フェイトはすぐに、ふっと表情を崩すと、爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「……でも。違うにしては、ちょっと必死すぎですよね。ネルさん……」

 

「うるさい! 大体何だい、その嬉しそうな顔は! 違うって言ってるだろう!」

 

「あれ? そうでしたっけ?」

 

「っ、っっ! このっっ!」

 

 ぷるぷると拳を振るわせるネル。今にも短刀を抜き払わんばかりの剣幕に、対するフェイトはからかいながらも、きっちり間合いを測っている。

 そんな二人のやりとりを眺めて、クリフは満足げにこくりと頷いた。

 

「……そうか。アレンか」

 

「違う!」

 

 吼えると同時、ネルの手元からシャッと何かが走った。それは余すことなくしたり顔で腕を組んでいたクリフの額に突き刺さり――、それが会議室の机に置かれたペンであることをようやく認識させる。

 

 ぐらり……。

 

 クリフの巨体が、傾いだ。

 

「く、クリフ!?」

 

 ぎょっとして崩れ落ちそうになったクリフの身体を抱きとめるアレン。だらり、と意識を失った彼は、額にちょうど一センチ、羽根ペンが突き刺さっていた。

 

「お、おい! しっかりしろ!」

 

 慌てて、処置に当たるアレン。それを目の当たりにしたフェイトは、会議室で迷うことなく折れた自分の愛剣を引き抜いた。

 

「……殺る気ですね、ネルさん」

 

 き、と表情を引き締めるフェイト。その彼に、ネルも短刀を引き抜く。

 

「何だい? 決着を着けようってのかい?」

 

 やけに据わった目をしたネル。少しからかいすぎたか、と反省するフェイトだが、時は逆には戻らない。

 

(なら、――突っ切る!)

 

 何故そういう思考に至ったのか、経路は不明だが、ともかくその結論に達したフェイトは剣を握って、か、と目を見開いた。

 

「行きますよ! ネルさん!」

 

「そんな折れた剣で! 吠え面かかせてやるよ!」

 

 叫ぶと同時。両者とも斬撃を繰り出す。

 否。

 繰り出そうとした。

 が。

 

「いい加減にしろ」

 

 そこを『流星掌』が襲った。こんなときは加減を心得ているアレンは、威力を程よく抑えていた。気弾を横っ腹に受け、中空に浮いたフェイトとネルが、びたん、と蠅たたきに捕まった虫の如く、仲良く会議室の壁に打ち据えられる。

 

「……ぐぁっ!」

 

 短い息を吐く二人。その二人を見下ろして、クリフを床に横たえたアレンが、少し怒気を孕ませた。

 

修行(さわぎ)なら外でやれ。……なんなら、俺が相手をする」

 

 無表情の内に秘められた、無言の重圧。

 それをひしひしと感じながら、へにゃりと苦笑いを浮かべたフェイトは小さく頷いた。その際、ごめん、と謝ることも忘れない。よし、と頷き返したアレンは、同じ表情のままネルを見た。――ネルは不機嫌そうに、そっぽを向いたままだ。

 

「……大体、アンタが原因じゃないか……」

 

 愚痴っぽく、そんな事まで言ってくるネル。

 

「…………」

 

 アレンは溜息を吐いた。

 ――しょうもない。

 ロジャーが仲間になって以来、からかわれているネルに、アレンは肩を落とした。

 

「だからと言って、こんな場所で抜くような得物(モノ)じゃないだろう」

 

「…………分かったよ……」

 

 渋々だが謝るネルと、さっさと難を逃れようとするフェイト。その二人に苦笑して、アレンは介抱された後、何事もなかったかのように横になっている三十六歳男性に向き直った。

 

「クリフも。あまりネルをからかうな」

 

 その彼の意識が、すでに回復していることをアレンは知っている。ため息混じりにクリフを睨むと、顔だけをこちらに向けたクリフが、へ~い、と間の抜けた返事をしてきた。

 瞬間。

 (アレン)の瞳に、冷たい光が宿る。

 

「……クリフ」

 

「すみませんでした」

 

 ザッと土下座するクリフ。そのまったく懲りていなさそうな彼にため息をこぼして、アレンはさっさとクレアに向き直った。

 

「そう言う訳だ。だから、貴方が心配するような事態はない」

 

 きっぱり言って、ぽん、とロジャーの頭を軽く叩く。視線はクレアに、しかし、言葉は明らかにロジャーにも向けて放たれている。その彼の気遣いに、ロジャー・S・ハクスリーはいたく感動した。

 

「に、兄ちゃん……!」

 

 つぶやくなり、アレンを見上げるその瞳がゆらゆらと震える。そのロジャーに一瞥だけをくれたアレンが微笑んだ。

 それを、じぃ、と睨んで。穴が開くほど睨んで。

 クレアは猜疑心で満ち溢れた視線を上から下までアレンに浴びせた後――。ようやく、幾分か和らげた視線を、ネルに向けた。

 

「そう。なら、いいんだけど……」

 

「当然だよ! さっきから言ってるだろう?」

 

 その彼女に、間髪置かずに答えるネル。その反応にクレアは満足したのか、すっと表情を改めると、口元に微笑さえ浮かべて口を開いた。

 

「それじゃあ、皆さん。ともかく疲れているでしょう? そろそろ昼食にしましょう」

 

「はっ」

 

 慣れているのか、その彼女の豹変振りにシーハーツの面々が驚く様子はない。

 

「……………………」

 

 黙すアレンに、タイネーブが、ぽん、と肩を叩いてくれた。

 

(クレア様、ですから)

 

(ですからぁ~)

 

 続くファリンの声を聞きながら、アレンは重く、ため息を吐いた。

 

「……疲れる……」

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