連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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4.意志と信念

 ネルと言う女性に出会ったのは、人質が捕縛されている修練場の屋上――闘技場へと続くエレベーターが設置されている部屋だった。

 『アリアスの村』というアレンが保護された場所にいた女性達同様、ネルも黒い袖なしの和服――シーハーツの軍服を着ている。年齢は二十前後。肩にかかる赤髪に癖はなく、彼女の細面を鋭く縁取っている。ネルは細身な上に長身で、動きやすさを重視してか、クレアよりも丈の短い――太ももが半分ほど見える服装だった。

 短刀を鋭く構える彼女の前には、今、三人の漆黒兵がいる。いずれも長剣を握り、ネルを逃さぬように取り囲んでいる。

 

「ネルさん!!」

 

 敵の注意がこちらを向くよう、フェイトは叫んだ。クリフが顔をしかめる。

 

「やべえな、押し込まれてやがる」

 

「助けなきゃ!!」

 

「ああ!」

 

 慌てて剣を握るフェイトに、クリフが短く首肯した。

 ネルに怪我は無い。いつも通り凛とした紫瞳は敵を睨んでいる。が、修練場を一人で駆け巡り、体力に限界を迎えつつあるのか、彼女は浅い呼吸を繰り返していた。

 アレンは目を細める。

 その時だ。

 短刀を構え、漆黒の兵士と対峙しているネルが、フェイトとクリフを横目見た。

 

「フェイト! クリフ!! 何故ここにいるんだい!?」

 

 彼女の質問には答えず、フェイトとクリフはネルの傍らに駆け寄る。

 

「そんな事は後だ!」

 

「とにかく加勢しますっ!」

 

 二人の行動を受けてか、ネルを囲む漆黒兵達は剣を振り上げた。振り落ちる大剣を、フェイトは紙一重で躱して――

 

 ずどんっ、!!

 

 敵の隙を狙い、フェイトが剣を振り下ろす寸前で、アーリグリフ兵が白眼を剥いて床に倒れた。

 

「!?」

 

 フェイトが目を丸くしたのも束の間。倒れるアーリグリフ兵の後ろに、アレンが立っているのが見える。

 

「ア、アレン……?」

 

 首を傾げるフェイト。今の攻撃程度なら、フェイトは十分反応来た。アレンは無表情に、くず折れる漆黒兵から、まだ立っている漆黒兵へと視線を向ける。ネルとクリフが、叩き伏せているところだった。

 ――アーリグリフ精強と呼ばれる、重騎士団『漆黒』の兵二人を。

 

「あの、今のは別に――」

 

 フォローしなくても大丈夫だよ、と言いかけて、アレンに視線で制された。

 

「君は、以前の生活に戻りたいんだろう?」

 

「え……?」

 

 突拍子もないことを聞かれて、フェイトは瞬いた。

 

「それは、そう……だけど?」

 

 要を得ずに語気を濁すと、アレンは小さく頷いた。

 

「なら、人を殺すな」

 

「!」

 

 言われて、フェイトは初めて自分が握っている剣に視線を落とした。

 ――インフェリアソード。

 テロに巻き込まれ、遭難した先の未開惑星で護身用の為に作った剣だ。その刃は鋭く、当然、獣や人間を殺傷せしめる威力を持っている。

 昨日まで――そう、ほんの数週間前まで普通に大学に通い、幼馴染のソフィアと平穏な日々を過ごしていた自分が、いつの間にかこんな無法地帯に投げ出され、剣を握っている。そんな異常事態が、――緊張した神経が、アレンに言われるまで『人に武器を向ける』ことの本質を分からなくしていた。

 

「ぁ、……」

 

 フェイトはつぶやき、思わずインフェリアソードを取り落とした。

 

「フェイト?」

 

 ネルが気遣わしげに問いかけてくる。それにも気付かず、フェイトは自分の手を見下ろした。――震えている。

 幸いと、まだ人を殺した事は無い。最初に遭難した先の未開惑星で、クラウストロ人――金髪長身の男性、クリフと出会ったからだ。彼は地球人を遙かに上回る身体能力を持つクラウストロ人に相応しく、優れた格闘術でフェイトを守ってくれた。『迎えに来た』とか言う訳の分からない言動を省けば、頼りになる男だ。

 そして赤髪のスレンダーな女性、ネルにしても。生まれて初めて拷問にかけられたフェイトを、アーリグリフの獄中から救ってくれた女性だ。フェイトが持っている科学知識を戦争に勝つために寄越せ、と言い出さなければ、信頼に足る人物である。――少なくとも、アーリグリフで鞭打ちの日々を送るよりは随分マシな待遇だ。

 だから――、忘れていた。

 自分がどのような世界で生まれ、育ってきたのかを。

 あの温かい日々を。

 

(ソフィア……!)

 

 本当なら、あの観光娯楽惑星でフェイトは幼馴染と遊び呆けていた筈だ。

 楽しい想い出をたくさん作って、久しぶりの家族旅行を満喫しただろう。

 幼馴染の少女の――眩しい笑顔を傍らに。

 

「ぼく、は……」

 

 床に倒れた漆黒兵を見ると、何故か寒気を覚えた。つい先ほどまで何も思わず握っていた剣を、拾うのが怖い。

 

「今ならまだ間に合う」

 

 アレンの言葉に従って、フェイトは剣を握るのを躊躇(ちゅうちょ)した。

 こんなものを握らずに済むのなら、それに越したことは無い。

 頭の中で、もう一人の自分が語りかけるようにささやいてくる。

 

(でも――……!)

 

 フェイトはそこで、目を細めた。

 ここには、二人の女性が捕まっているのだ。

 タイネーブとファリン。

 ――自分の所為で。

 そう思うと、床に落ちたインフェリアソードをそのままにしておくことは出来ない。フェイトは、二人を助けに来たのだ。そして、二人の部下の為に命を投げ出そうとしたネルを、助けに来たのだ。

 

(だから……!)

 

 剣の柄を握る。震える手は、なかなか止まらなかった。

 

「……」

 

 アレンはそれを意外そうに見つめて、――小さく頷いた。フェイトから踵を返し、エレベータに乗る。

 ネルが不思議そうに、フェイトを窺った。

 

「フェイト……?」

 

 急に震え出した青年に、ネルは気遣わしげな声をかける。それを制したのはクリフだ。深刻な面持ちで目を瞑り、クリフは静かに首を横に振る。

 と、

 ネルも事態に気付いたのか。早々にエレベータに乗りこんだ金髪の青年に鋭い眼差しを向けた。

 

「クリフ、……彼は?」

 

「俺達と同じ、グリーテンの人間だ。――最も、部署は少々違うけどな」

 

「……そう」

 

 ネルは小さく頷き、エレベータに向かう。そのクリフ達に続いて、フェイトもどうにかエレベータに乗った。

 この最上階に、捕虜となった二人の女性兵士――タイネーブとファリンがいる。

 フェイトは深呼吸した。気を落ち着ける。

 そして、視線をアレンに向けた。――自分と、同じ年嵩の青年に。

 同じ状況に置かれている筈なのに、動揺した素振りすら見せない青年に。

 

「お前は……さ」

 

「?」

 

 問うと、アレンが静かに振り返った。エレベータがからからと音を立てて上昇していく。

 

「……どうして、軍人になろうと思ったんだ?」

 

 アレンは驚いたように目を丸くした。数秒、間を置いて彼は目を細める。――自嘲気味に口端をつり上げた。

 

「それ以外、生きる術がなかったからだ」

 

「……生きる術が?」

 

「俺の家系は、代々軍人を輩出する家系なんだ。だから、俺が軍人になる事は幼いころから父に決められていた」

 

「父親に?」

 

 アレンは頷くと、フェイトが握っている剣に視線を落とした。

 

「だから……君には、大切にしてもらいたい。君の、元の生活を」

 

「………………」

 

 フェイトは黙す。この剣を置いてもいいのなら、今すぐにでも置いておきたい。だが、彼の中には義務感もあった。自分を救ってくれた女兵士の二人を、救わねばならないという義務感が。

 アレンは穏やかに微笑った。

 

「だが君には――どうやら今、剣を握る理由があるらしいな」

 

 フェイトは無言のまま頷く。アレンは、なら、と言い置いた。

 

「自分の振る刃に、意志と信念を込める事だ。自分が決して誤らないように、自分を律する者は、自分でしかあり得ない」

 

「意志と……信念?」

 

「ああ。君は、幼馴染と笑顔で再会する為に、人を殺してはいけない。つまり、相手を殺さない術を覚えなければならない。その道は、ただ生き残ることよりも難しいだろう。だが――。君に、その意志と信念が宿るなら」

 

 優しい眼差しだった。フェイトはもう一度、自分の手を見下ろす。

 意志と、信念。

 こんな所で改めて聞くと、それは今まで考えた事もなかった単語のように思えた。フェイトは思考を巡らせる。

 自分にとって“こうしたい”と言う意志と、“こうせねばならない”と言う信念。

 それが何か、振り返ってみる。フェイトは目を閉じた。

 

(多分……、笑顔でソフィアと会う……それが僕の意志。……その為に人を殺さない、それが……僕の信念だ……)

 

 心の中で念じると、フェイトは顔を上げた。

 

「分かった……。うまく出来るか分からないけど、ともかくやってみるよ。お前の言う意志と信念――貫いて見せる」

 

 告げると、手中にある剣が、ずしり、と重みを主張してきた。だがフェイトはまだ、この重みの真の意味を知らない。アレンは小さく頷き、視線をエレベータの扉に向けた。カララララ、と音を立てて、扉が開く。ここを真っ直ぐ抜ければ――二人の女性兵士、タイネーブとファリンが捕まっている闘技場だ。

 クリフはエレベータを出る前に、フェイトの横顔を一瞥する。とりあえず恐怖心は一時的に治まったようだが、これからの彼を考えると、頭痛のする思いだった。

 

(やれやれ……)

 

 余計な事を、と胸中でつぶやきながら、頭一つ分下にあるアレンを見やる。

 ネルも同じ気持ちだったのか、どこか気の毒そうにフェイトを見ていた。――だが、それも数秒だ。ネルは闘技場へと続く廊下を見据えると、短刀を抜き放った。

 

「行くよっ! アンタ達!」

 

「はいっ!」

 

 フェイトがすかさず後について行く。その後ろを無言で駆ける連邦軍人を見やって、クリフはもう一度、盛大に溜息を吐き、駆け出した。

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