6.ベクレル鉱山
敗走に終わったシェルビーの部隊は、互いに肩を貸しあいながら、カルサアを目指していた。そこに、ナツメの姿は無い。
台地で奪取した物資を届けることを最優先にしろと命じられた彼女は、一足先にカルサアに向かう必要があったのだ。とはいえ、事情を知らないシェルビーからすれば、敗北と決まる前から退却したように見える。
「あ、の……! 小娘ぇえええ!」
暗い怒声を吐きながら、シェルビーは抜け道をいく。不思議なことに、負傷兵はいるが、死者のない戦だった。しかし死者こそいないものの、無傷で済んだ兵も一人もいない。
その所為で、敗走の足が遅れている。
(く、そぉ……! くそぉおおっっ! この私が、二度も、三度も……!)
こんな無様を晒すのは、グリーテンの連中に敗れた時と、あの、正体不明の覆面達に襲われた時で最後のはずだった。
それなのに。
またしても惨めな思いで、鎧を引きずるシェルビーは、どうしようもない怒りで視界が黒くなる。
新月の夜が、洞穴に近い抜け道を、更に暗闇で覆う。自分がどちらに向かって歩いているのかは、先頭を行く松明を持った兵に一存するほかなかった。
ゆえに、気付かなかったのだ。
己が今、ベクレル鉱山を歩いているなど。
――ギシャァアアアアア……ッッ!――
「ぬ?」
地を這うような獣の声。シェルビーは首を傾げる。洞窟の所為で音がよく反響し、距離は解らない。だが、負傷しているとはいえ、その辺に現れる魔獣ならばシェルビーの敵ではない。
片斧を握り締めて、シェルビーは油断なく周囲を見渡した。
ぶぉ……っ
風が、頬を撫でる。何かが、自分達の頭上をかすめていった。
「しぇ、シェルビー……様?」
緊張した、部下の声。事態を把握しきれないシェルビーの背にも、凄まじい怖気が走る。
生臭い風が、む、と鼻を突く。事態はまだ把握できない。異臭と疑問で、眉間に皺が寄る。
――ぐぉおおおおおおおっっ!――
間近で聞こえた、竜の咆哮。
先頭を行く、兵の松明が消えた。
「っ、っっひっ!?」
全員の表情筋が無意識に動く。
すぐそこに竜の息吹が聞こえる。緊張が、身体の自由を奪った。呼吸が荒くなる。
(この……、この状況で戦えだとっ!?)
野の魔獣ならば瞬殺できる。だが、竜は格が違う。
焦燥が、シェルビーの脳髄を焼いた。
「くっ! 迎え撃て!」
「し、しかし――!」
竜が咆哮を上げる。瞬間。鉱山の消えていた松明がふたたび勢い良く灯った。
こぉ……っ!
ベクレル鉱山の一角が照らし出される。そこはトロッコに荷物を積むためのスペースだ。その中央に固まるようにして立ったシェルビー達は、二体のドラゴンに行く手を阻まれていた。
「おのれっっ!」
シェルビーは反射的に先導していた松明を持つ兵を睨んだ。
だが――、いない。
「っ!」
視線を左右に振る。
やはり、いない。
思わず呻く。あの先導が罠の仕掛け人と気付くのが遅すぎていた。
「お、のれぇええ……っ!」
歯噛みする。来た道を引き返そうにも、どちらが来た方か、また、どちらであろうとドラゴンに阻まれているという現実が、シェルビー達の絶望感を煽る。
トカゲに似た刺々しい面立ちに白い一本の角。細いが、鋭い二本の足で立ったドラゴンは、中でも足が速いことで知られるブラストドラゴンだ。こうもりの羽に似た翼を背に担ぎ、二体のそれらは獰猛な眼差しをシェルビー達に向けていた。
血の臭いに誘われ、興奮しているのだろう。
ドラゴン達の息遣いが荒い。
「いけぇっ!」
シェルビーの恫喝を皮切りに、一同が一斉に動いた。南通路を塞ぐドラゴンが犬歯をちらつかせながら凄まじい勢いで駆けてくる。サイのような角が、手近な兵を片っ端から吹き飛ばした。
「うわぁああっ!」
もともと怪我で満足に動かない者を筆頭に、人間の身体が宙を舞う。同時。ぴしゃっ、という乾いた音と飛沫が飛び散った。
シェルビー達の陣形が崩れる。
「ちぃっ! 足止めしろ! 役立たずども!」
部下の一人を片手でぶらさげ、シェルビーはブラストドラゴンに向かって放り投げる。
「ひぃいいっっ!」
竜の注意が一瞬、放り投げた兵を向く。同時。中央に固まっていただけの彼等は、わずかな生存確率を巡って、各々、ドラゴンをかいくぐって北と南の通路へ辿り着こうと必死に走り出した。
「う、うわぁああああああああああ!」
足止めろ、というシェルビーの命令は最早意味がない。各自、恐慌状態に陥って意味不明な単語を叫ぶだけだ。
が。
――ぐぉおおおおおおっっ!――
ブラストドラゴンの息吹が逃げ惑う兵達を容易く捕まえる。部下を盾に、後ろに控えたシェルビーさえも、その息吹の範疇だった。
「……な、に?」
紫色の不気味な息吹が、獲物の足を確かに引き止めた。全身に強烈な痺れが走る。びりぃっ、と腱を剥がされるような、そんな痛みが鋭く駆け抜ける。
「っぁああああ!」
ドラゴンの息にかかった兵達が悲鳴を上げる。息吹の所為で動けなくなったシェルビー達に、ドラゴンの角が、牙が、襲った。どっどっどっどっ、とドラゴンにしては軽い、それでいて確かな重量を感じさせる足音が、近づいてくる。
そして、
ぶぉっ!
風切音を立てて、横殴りにドラゴンの角が伸びる。威力は周知だ。触れれば、人間の身体など石ころ同然だった。
「――ぃっ!」
だからシェルビーは、迫り来るドラゴンの角を穴が開くほど見据えて――ただただ息を止めた。目をつむることなど出来ない。硬直した身体が、凝視すること以外を許さない。手に持った斧は、痺れのせいで結局、振れそうにもなかった。
見開いた目が、動かなくなった部下と、そして己の死を呼ぶ、ブラストドラゴンの顔を映し出す。
鈍色に輝く、人殺しの角を。
(死――っ、っっ!?)
息を呑む。がたがたという耳障りな音が、脳に反芻した。食いしばった歯の根から零れる、恐怖の叫びが。
視界が、黒く染まった。
「空破斬!」
…………ぃんっ!
火花が散る。眩さに顔をしかめたシェルビーは、はた、と瞬きを落とした。視界が、徐々に開けてくる。遠くに聞こえた金属音は、ドラゴンが奏でる角の音と――、闇を断ち切るような、青白い閃光を放つ刃の音だ。
「……貴様は!」
思わず、目を見開く。その彼を見返す瞳は、恐れを微塵も感じさせない強い輝きを宿し、暗がりの中で毅然と立っていた。短い黒髪を揺らして、周囲を照らす松明の光に黒瞳を照らされながら。
「ご無事ですか? 皆さん」
発せられた声音は、この場に居る誰よりも落ち着いたものだった。
彼女の背後で、鈍い音が立つ。視線をそちらに向けると、彼女と刃を合わせたブラストドラゴンが、真っ二つに両断されていた。
「っ!」
慌てて、少女を見る。彼女は残る一体を睨んでいた。動かない。ブラストドラゴンの角を両断した刃を、その威力を知っていると言わんばかりに、竜も動かない。ナツメは刀の柄に手をかけている。
――ぐるるるるる……!――
警戒した竜が喉を鳴らす。あるいは、仲間をやられて怒っているのかもしれない。
「……………………」
じりじりと。
ブラストドラゴンとナツメが距離を推し量る。
だんっ!
動いたのは、ブラストドラゴンが先だ。
――ぐぉおおおおおおっっ!――
凄まじい咆哮を上げながら、急速に距離を縮めてくる。ナツメはまだ動かない。腰溜めに上体を落としたまま、竜を睨んでいる。
「嬢ちゃん!」
どこかから、少女を呼ぶ声が聞こえた。
少女が僅かに腰を浮かせる。
同時。
鮮やかな一閃が、シェルビーの目を奪った。薄暗い坑内を、一瞬、覆い隠すように。
「……っ!」
呻きながらも、事態を把握しようとシェルビーが懸命に目を凝らす。
すると、坑道を光で満たした雷が、まるで竜の自由を奪うように、パリパリと音を立てて竜の身体に纏わりついていた。
ナツメとすれ違うように交叉した竜が、二メートルほど直進して――、ぱ、と上下に両断される。力尽きたその身体から、血飛沫が舞う。それを振り返りながら見据える少女の瞳は、アーリグリフの雪に似て、冷ややかだった。
ぞくり……っ
背筋を、悪寒が舐める。ぶるりと身体を震わせると、少女は、そんなシェルビーを置いて抜刀した刀、シャープネスを鞘に納めた。
わずかに地面の砂をこすり合わせながら、ナツメが振り返る。
「……ひっ!」
誰にともなく、口腔から悲鳴が零れた。
目の前の、竜を殺した化け物に。
それの放つ、異様な空気に呑まれて。
「状況を! シェルビー隊長!」
「……っ!」
が。
その寒気も一瞬のことだ。
ブラストドラゴンに突き殺された兵達を見渡して、ナツメが険しい表情で訊ねてくる。その少女は普段の、否、普段よりも少しだけ緊張した、ただの女兵だった。
全身の緊張を解く。
――拍子抜けした。
「隊長!」
叱咤するようなナツメの声が、坑内に響いた。
我に返ったシェルビーの、引いていた血の気が、戻ってくる。途端。シェルビーの顔色に、ぐ、と朱が上った。
「小娘! 貴様、今まで何を……っ!」
そこで、言葉が切れた。
こちらを見据えるナツメの、その黒瞳が確かな怒りをたぎらせていたからだ。ぐ、とシェルビーを睨む、ナツメが口を開く。
押し殺した、感情の起伏を一切感じさせない声音で。
「ヴォックス団長より命ぜられた任務を完遂するため、カルサアに常駐している見張り兵に物資を届けて参りました。その後、すぐさま戦線へ。この間、およそ半刻です。そして現場に折り返した私は、隊長がおわす台地の向こう、アリアスの坂へ向かい、複数の足跡を見つけた……。
それを辿れば、隊長はカルサアどころか、このような野生竜の生息する危険区域に敗走されていた! その真意を私に納得できるようご説明願いたい!」
歯噛みせんばかりの勢いで一気に立てる少女に、シェルビーは思わず息を呑んだ。
返すべき言葉が無かったわけではない。
こちらを見据える少女の視線が、あまりにも
「……き、さまっ! それ、は……」
それでもどうにか、言葉を紡ごうと口を開閉させる。ぱくぱくと。二、三、何かを言いかけては、言葉が頭の中を空転していった。
思わず、苛立たしげに舌打ちするそんな彼の様子を見ていたナツメが、ふ、と視線をシェルビーから外した。
呻き声を上げている兵達に向き直る。
「……いえ、すみません。今はここを出るのが先、ですね……」
言うなり、ブラストドラゴンに殺された者を除いた兵達を順に見る。
比較的軽傷者が生き残ったようだが、それでも皆、足の骨や関節が二、三本、折れている。このベクレル鉱山に入る前よりも、更に進軍速度は遅れると見ていいだろう。
ナツメは、き、と表情を引き締めるとシェルビーに向き直った。
「隊長。先導を私に任せては頂けませんか」
「なに……?」
突然のナツメの申し出に、シェルビーは眉をしかめる。ナツメは腰に差した二振りを鞘ごと引き抜いて、そ、と地面に横たえた。ついで自身の膝を折り、シェルビーに傅く。
剣士として。
竜をも斬る、絶大な剣技をその身に宿していながら。
彼女は尚も、謙虚だった。
「……何の真似だ? 小娘……!」
その彼女の挙動に、シェルビーが息を呑む。見上げるナツメの瞳は黒く、相変わらず、穢れを知らずに澄んでいた。
「誓います! 私の言が真であることを、我が心と主君、オフィーリアの名にかけて。……ですから――隊長。私を信じてください」
見下ろすシェルビーが、無言のまま、押し黙る。否、二人のやりとりを見守る兵達の間にも、濃厚な沈黙が降りた。
間。
頭を下げるナツメ。
どの道、この娘の力がなければ、ここから脱出することは不可能なのだ。
その上、今は味方の誰が信用できるのか分かったものではない。
ならば、顔の割れている彼女を、ナツメを警戒しながらでも利用するのが得策だろう。
――それに。
ナツメを見下ろして、シェルビーは静かに口を開いた。
「……いいだろう。小娘、お前に任せてやる」
「はい!」
立ち上がった彼女は、生き残った兵達を順に見据えて、踵を返した。
「こちらです!」
温暖な気候に唯一恵まれた町、カルサアの領主邸は、今、ちょっとした緊張に満たされていた。
いかにも高級そうな執務机に向かって、書類やら何やらに目を通しているウォルターの、その風体に大した変化は無い。が。時折。手元にある金時計をちらちらと横目で窺う様は、この老獪な戦略家には珍しいことだ。
単に約束の時間を気にしている、というよりは、焦っているように見える。
「……遅いの」
つぶやくウォルターの言葉も、かれこれ、五回目になる台詞だった。
「ウォルター様!」
と。
その時、執務室の扉が開かれた。ちゃっ、と上品な音を立てて、風雷の甲冑に見を包んだ壮年の男性が、部屋に入ってくる。
ウォルターは、書類から顔を上げた。
「おぉ、主か。……どうじゃった?」
礼節のあれこれをすっ飛ばして、本題に入る。と、目の前の男も心得ていたらしく、ぴし、と背筋を反らした体勢で、答えた。
「はっ。例の――ナツメの件でございますが、やはり物資をこちらに届けに来たきり戻っていないようです。そしてもう一点、奇妙なことが」
語尾を落とした男に向かって、ウォルターは鑑みるように目を細める。好々爺の面は、この男の前では着ける必要が無い。それぐらい、馴染み深い男だ。
有能と。
そうウォルターが認定した、熟練の兵。
その彼が語調を落とす、ということは、聞く側にもそれなりの緊張感を与える事態だった。
「奇妙、とな?」
「……はっ。様子見に兵を台地へ送りましたところ、台地の作物が一つも荒らされていなかったのです。とはいえ、ナツメがあれほどの食糧を、別の場所から搾取したとはとても思えず、兵が進軍した痕跡も確認されたとのことです」
「つまりは、台地に向かった跡も、そこから奪取した農作物もあるというのに、田畑にそれらの作業がなされた跡だけがなかった、というのか?」
「はい」
「……それは、妙じゃな」
むぅ、と思わず唸る。
相手は、施術という自分たちには理解できない妖術を使う連中だ。その中には、人間の傷や病を治す、いわば、治癒の術も備わっており、物資が不足しがちなアーリグリフにとっては喉から手が出るほど欲しい技術だったが、根こそぎ奪われた田畑を一瞬で元通りにするほどの、そんな神懸った現象を引き起こすことは不可能なはずだ。
――少なくとも、ウォルターが知る『施術』というものでは。
あの、シーハーツ最強と謳われたアドレー・ラーズバードをもってしたとしても。
(何にせよ、これでアリアスの軍勢は盛り返す。……台地の物資を奪うことで、奴等の食を断つつもりが、もはや通じぬということじゃな)
奇しくも、ナツメの言葉どおりになった。
――やるのは一度のみです。それで決着します。
それを、ウォルターが直接聞きはしなかったが。
「まさか、のぅ……」
つぶやいたウォルターは、自らの頭に浮かんだ思考を整理するために、椅子に背を預けて、目をつむった。
畑が、荒らされた後、元に戻っていた。
そして。
それを出来る者は少なくとも、少し前までのシーハーツ内の施術士には不可能だ。
だが。
もし仮に、ナツメが施術を使ったのだとすれば――。
(………………)
思案顔を作ったウォルターは、そこで思考を打ち切った。
ナツメが田畑を施術で戻したという説は、
考えられるとすれば、逃亡か。
シェルビー以下、複数の部下を別の場所で殺して、そのまま――……。
しかしこの考えは、あの黒瞳を見た後ではどうにも説得力に欠けている。
少なくとも、あの娘はそういうことの出来る人種ではないだろう。それに彼女が本当にシーハーツのスパイであるなら、もっとこちらの信用を得、ある程度、高役職になってから動き始めるはずだ。たかが新人漆黒兵に、さほど向こうが求める情報が入ってくるとは思えない。
――そう考えているからこそ、ウォルターは少女にもう一度、会う必要があった。
こうやって風雷を、少数とはいえ本土防衛から外して捜索に当たらせて。彼女は敵ではない、と確認しなければならない。
後に続く、シーハーツに現れた、新たな脅威に立ち向かうためにも。
「…………引き続き、ナツメを捜索せよ。報告を待っておる」
「ですが、ウォルター様! そろそろ休まれませんと……!」
「急げ」
「……はっ」
渋々だが頷く壮年の兵に、に、と笑って、ウォルターはその男が去って行くのを見送る。
傍らの金時計に目をやる。
後数時間で――、夜明けだ。
「
つぶやいたウォルターは、そこで一つ、長いため息を吐いた。
……………………
………………
ベクレル鉱山という場所は、広大だった。
ナツメの方向感覚など、無に帰してしまうほどに。
「ゼェッ、ゼッ……! おい! 小娘! 貴様を信用してやるとは言ったが……、どう見ても出口ではないのはどういうことだ!?」
「…………」
それは、薄暗い坑内からようやく抜け出した、直後のことだった。
新月故に、か。
見上げた夜空は澄んでいて、満天の星空がちりばめられた宝石のようにその美しい輝きを放っている。――それを、ただ、じ、と見据えて。ナツメは、笑っていた。
(……どうしよう……?)
今更、迷った、などと言う事も出来なくて。
彼女は、だらだらと流れ始めた冷や汗を拭いながら、シェルビーを始め、漆黒の面々を振り返った。
「み、皆さん! 見てください! ほら、満天の星空ですよ! 綺麗ですね~!」
ささ、と空を、その中の適当な星を指差して、ほがらかに微笑む。と。殺気を増したシェルビーが、すらりと剣を抜き始めた。
「……そうか。やはり貴様、ただのスパイであったか……!」
「ま、ままっ! 待ってくださぁああい! こ、ここ、これは自ら道案内を買って出たというのに完全に裏目に出てしまった己の非を決して隠そうとしたわけではなく――!」
言葉を切ったのは、シェルビーの表情が見る見るうちに赤くなっていったからだ。
「この期に及んで! ここまで私を歩かせて――迷っただとぉ!?」
「い、いけません! 暴力はいけませんっっ! ともかく穏便に事を運びましょう! ねっ!?」
「穏便だとぉ!?」
不思議なことに、この少女はシェルビーが「任せる」の一言を発してからずっとこの調子だった。威圧感も無ければ、あの時見せた圧倒的な戦闘力の気配もない。
あまりにも自然に『脅威』という存在を伏せた少女だ。
だから、こちらが強気な態度に出ても何ら違和感がなかった。
「ず、す゛み゛ま゛せ゛ん゛~~~~! 次こそはっ! 次こそはぁ! 必ず外に出てみせますからぁああ!」
「き、さ、まぁああ……!」
「シェルビー様!」
は、と息を呑む部下の声が聞こえた。
振り返る。そこには、シェルビーも何度か見たことのある、トロッコが置いてあった。
此処、ベクレル鉱山に埋まっている鉱石を外に運ぶための、精錬所のトロッコだ。
「これは……!」
思わず、息を呑む。竜が棲み付いて以来、数ヶ月間は放置されていた代物だが、状態はそれほど悪くない。恐らく、まだちゃんと動くだろう。
「これがどうかしたんですか?」
したり顔で、にやりと口端を緩めるシェルビーに、傍らに立っているナツメが、何ともマヌケな声でこちらを窺ってきたが、シェルビーは構わなかった。
「よし! これで脱出するぞ! 者共! 配置に就け!」
「はっ!」