連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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7.連邦の使者

 フェイト達の夜襲から、三日後。

 アリアスの台地で敗走に終わった漆黒兵達は、負傷兵を抱えながらカルサアへと続く、ベクレル山道を、重い足取りで歩いていた。

 

「よ、ようやく……」

 

 ぜぇぜぇと息を切らしながら、一睡もせずに歩き続けていた彼等の顔に、疲労の色は濃い。ドラゴンに襲われ、戦以外の要因で数名の同胞は帰らぬ人となった。その現実が、重く彼らの肩に重くのしかかっているのだ。

 

「……ん?」

 

 先頭を行く女兵士、ナツメが、ふと、何かに気付いたように立ち止まった。

 

「どうした!?」

 

 それを受けて困憊ながらもシェルビーが振り返る。途端、緊張を孕んだ漆黒達に、ナツメは慌てて、顔を横に振った。

 

「いえいえ! 何でもないんです。ただ、通信機がちょっと……」

 

「何?」

 

「いえいえいえ! 『痛感覚』がちょっと、鈍ってきたかな、と!」

 

 怪訝な表情で睨むシェルビーに、苦しい言い訳をして、彼女は改めて、腰の通信機を取り出した。小型なので、抱え込めば後ろの連中に見られることもない。音声案内を字幕に置き換えて、彼女は改めて通信機の画面に視線を落とした。

 

(――転送(トランスポート)? 銀河連邦から!?)

 

 ぎょ、と目を見開く。そのときナツメの目の前で転送用の紋章陣が、ふわり、と姿を見せ始めた。まだ後ろの兵達は気付いていない。

 慌てて、ナツメは詠唱を唱えた。

 

「ら、ライト!」

 

「何?」

 

「っわ!」

 

 突如、太陽のように眩い光の小球を発生させた少女に、兵達が悲鳴を上げる。だが、ナツメの意識は完全に兵達ではなく、目の前の紋章陣へ。大気圏外からの転送だ。保護条約を気にして着艇を避けた、というところだろうか。誰が送られてきたのか、彼女は固唾を呑んで見守った。

 

 そして――……。

 

 光が晴れる。

 ライトで目をやられていた兵達が、不満そうな声を上げながら、ナツメを睨んだ。突如現れた、見知らぬ男に気付くまで。

 

「久しぶり。……ナツメ」

 

 抑揚のない声でつぶやいた男は、二十歳ぐらいの青年だった。アルベルよりも更に暗色の、紅の瞳をしている。

 

「っ! っっ! ……アルフさん!?」

 

 ナツメが目を見開く。

 アルフと呼ばれた青年は、周囲を見渡した。うなじまで伸びた銀の髪と、女のように透明感のある白い肌が、相手が男だというのに、思わず見惚れてしまうほどの色香を放っている。

 ――死の、色香を。

 戦場で発揮されるその色香の正体を、アレン以外に生きている者は知らない。

 『狂人』と。

 決して少数とは言えない人間に、そう称されている彼は、しかし、呼び名とは裏腹に、穏やかに問いかけてきた。

 

「アレンは? 通信入れたけど、繋がらなかった」

 

 光を浴びて輝く銀髪が、目元を隠すように若干長い。完璧に整った容貌が、その所為で中性的な印象を彼に与えていたが、見る者が見れば一目で分かる、冷え切った紅の瞳が、それ以前に強烈な迫力を放っていた。

 銀河連邦軍特務部隊の制服――アレンと同じ、赤いコートを着た男だ。

 

「どうやら壊れたようなんですよ。あの衝撃ですから、無理もありませんが……。でも! 心配は無用です! こちらは既に、シーハーツという国にアレンさんが連行されたという情報をつかんでるんですから!」

 

 得意げに胸を反らすナツメに、ふぅん、とつぶやいて、アルフは視線を、後続のシェルビー達に送った。

 

「で。そいつ等は?」

 

 問われて、あ、と思い出したようにナツメがシェルビー達を振り返る。

 

「この方々はですね――」

 

「貴様! 一体、何者だ!? 突然現れおって、シーハーツの者か!?」

 

 相手を叩き伏せるように吼えるシェルビーを、しかし、アルフは平然と見返す。正確にはシェルビーに注意を払っていないだけだが、彼は視線をシェルビーと後ろの漆黒兵、そしてナツメに送って、合点したように、ふぅん、とつぶやいた。

 

「ナツメ。お前、こいつ等の仲間になったんだ?」

 

「あ、はい! ウォルター様が私の働き次第では、アレンさんの情報を提供してくださるというので!」

 

「……また安請け合いを」

 

 屈託なく笑うナツメに肩をすくめて、アルフはシェルビー達に問いかけた。

 

「で? あんた等の傷は? ……結構な数だが、戦争した割には、刀傷っぽいのが見当たらないな?」

 

 腰や手に、身の丈ほどもある長剣を握っていたためだろう。

 即座に遠距離武器――銃などの先鋭武器の存在を消去したアルフは、漆黒達を見渡して確認するように首を傾げた。

 その所作は、漆黒の元・副団長たるシェルビーを、完全に無視したものだ。

 

「貴様――!」

 

「討論する気はない。どこの国だか知らないけど、俺が興味あるのは、アレンだ。……さあ。さっさと答えてくれ」

 

「舐めるな! 小僧がっ!」

 

「シェルビー隊長!」

 

 言って、両斧を抜こうとしたシェルビーを、ナツメが制した。

 

「いいぜ。抜けよ?」

 

 その前で、アルフが微笑った。アレンとは明らかに違う、相手を蔑むような、どこまでも冷めた薄笑い。

 ふと、シェルビーに強烈な怖気が走った。

 

「っ、っっ!」

 

 息を呑んだその瞬間に、胸にフェイズガンの銃口が貼り付けられていたことに気付いたのだ。確実に、心臓に当たる位置だった。

 これが一体なんの武器なのか、そしていつ抜いたのかすら、シェルビーは理解していない。

 だが歴戦の猛者(シェルビー)は、相手が放つ独特の雰囲気だけで危険を察知できた。ゆえに空転する思考とは対照的に、身体が凍り付いている。彼の本能が顔を強張らせた。

 その男の顔を見据えながら、『狂人』は言った。

 

「お前程度じゃ俺の相手にもならない。それでも、殺りたいってんなら相手してやるよ」

 

 くく、と嗤う。

 シェルビーは激しい嫌悪を覚えながら相手を睨み、しかし、その実、指一本まともに動かせなかった。相手の鬼気に呑まれ、殺したいという感情が、殺されるという予感に勝ってしまっている。

 その彼をかばうように、ナツメが前に出て、慌てて首を横に振った。

 

「ダメですよ! アルフさん! この方は今、私の大事な上司なんです! シェルビー隊長に何かあったら、私、腹をかっさばいてでも団長やウォルター様にお詫びしなくちゃいけません!」

 

「……お前……!」

 

 き、とアルフを睨み上げる少女の顔を、シェルビーは呆けたように見据えた。

 途端。緊張の糸が切れる。

 少女の背は小さいが、この上なく頼りがいのある盾に思えたのだ。シェルビーの顔という表情(カオ)から、闘気も恐怖も消え失せた。

 それを冷たい微笑で見据え、アルフは視線をナツメに落とす。頭三つほど下にある、小柄な少女に。

 

「ま。お前がそう言うなら勘弁しといてやるよ。……で? 俺のさっきの質問に対する答えは?」

 

 意外にあっさりと引き下がったアルフは、それきりシェルビーを視界から外した。

 ナツメが思い悩んだ表情で答える。

 

「それが。実は私達、食糧調達の任務から引き上げてきたんです。でも、カルサアに帰る筈が全然関係のない場所を歩いてしまっていて……。それまで先導してくれた者もいつの間にかいなくなってて、……それで、迷い込んだ洞窟の中で多くの仲間を失いました……」

 

「その任務ってのは、敵地の近くなのか?」

 

「へ? ……あ、はい。そうですけど?」

 

「それで? 敗走したのか?」

 

「え、えと……はい……」

 

「その時点では死人を出さずに?」

 

「へ? はい……」

 

 気落ちして俯きながら、それでも、アルフの意図を読もうと首を傾げるナツメ。瞬間。アルフは、心底楽しそうに喉を鳴らした。

 まるで、弾けたように。

 不思議そうにアルフを見上げるナツメに、彼は嗤いながら問いかけた。

 

「なぁ。今、お前等は戦争をやってるんだよな?」

 

 心なしか、問いかける口調が速い。

 それに嫌な予感を覚えながら、ナツメは控えめに、はぁ、と頷いた。

 

「あの……、アルフさん?」

 

「そいつはいい。最高だ! あいつと、こんな形ではち合う事になるとはな!」

 

 途端。狂ったように嗤い始める。

 アルフはその感情の多くを、表に出すことは少ない。

 今でも嗤う声は、常人にとっては含み嗤う程度だったが、それは数少ない、アルフの上機嫌の笑いだった。

 くくっ、と喉を鳴らして、一頻り嗤った後。

 視線を、ちらりとナツメにやったアルフは、相変わらず冷たく、相手を斬る様な紅い瞳を光らせて言った。

 

「ナツメ。お前、その食糧調達の妨害を指揮したのは、アレンだ」

 

「えぇええええっ!?」

 

「でなきゃ、これだけの人数相手に死人出さずに戦うなんて器用な真似、出来るわけがねぇだろ。……仮に出来たとして、それだけの戦力がありながら、今だ相手国が押されているわけがない」

 

 表情で、察知したのだろう。

 敗走してきたシェルビー達はアーリグリフ領であるカルサアに近づくにつれて、どこか安堵したような空気を漂わせていた。それ自体は優劣、どちらの国の兵であっても変わらないのだが、彼等が安堵の中に含んだ、一種、優越感、とでも言うべき雰囲気を、アルフはたった一目で看破したのだ。

 特別、他人に注意を払っているわけではない。

 彼の観察眼が、常軌を逸している。

 

「……っ、っっ!」

 

 思わず、シェルビー達が息を呑んだ。

 別の意味で、ナツメも。

 

「じゃあ! やっぱり! アレンさんは生きて……! それも、シーハーツにいらっしゃるということなんですね!?」

 

「ああ。状況的にはお前と似たようなもの……。戦争を早いとこ終わらせて、墜落した小型艇の代わりを探そうって算段だろうよ」

 

「じゃあ! シーハーツに行けば会えるんですね!?」

 

 表情を輝かせながら、問いかけるナツメに、アルフはしかし、首を横に振った。

 ちらりと、漆黒の連中を見渡して顎でナツメをしゃくる。

 

「お前には、こいつ等の面倒見なきゃいけない理由があるだろ。一度契約しちまった以上、それを違えれば……、無事にこの国から出られる保障はない」

 

 否。

 嘘である。

 アルフは、ナツメの『任務と関係のない場所に連れて行かれた』の発言を受けて、ナツメを信用していない誰かが、ナツメと、恐らくその誰かにとって邪魔になるだろう人員を抹殺するために、別の場所へ連れて行ったのだと読み切っていた。

 ならば、今、この時点でナツメが姿を消すことなど簡単だ。

 だが。

 

(あいつと、アレンと殺り合う、いい機会なんだ)

 

 口端だけで微笑いながら、アルフはナツメを見下ろした。案の定、人を疑うこと――特に自分が信用している人間の言うことを疑わないナツメは、ぎゅ、と口を引き結んで押し黙っている。

 これさえ丸め込めば、後はままである。

 

「じゃ。そういうわけだから、さっさと行こうぜ。お前等の本拠地」

 

「ほぇ? アルフさんも一緒に来るんですか?」

 

「当たり前だろ?」

 

 言ってにやりと嗤う彼に、ナツメは乾いた笑みを返す。

 彼女も、知っているのだ。

 連邦最強の軍人と噂されるアレンと、対等に渡り合えるアルフが、優劣をはっきりさせようと、ことある毎に殺し合いを始めるのを。

 困りましたねぇ、と胸中でつぶやきながら、口をへの字に引き結んだナツメは、肉眼では見える筈がないが、アルフを転送してきたと思われる空の上を、そこに浮かぶだろう戦艦を、じ、と見据えた。

 

(ど~して、ヴィスコム提督は、わざわざ……よりにもよってアルフさんを?)

 

 首を傾げながら、考えてみる。『狂人』と噂されるアルフは、アレンと対を為すほど有能だ。それ故に、各界の要人が公私を問わずアルフを引き抜きにくることは多い。

 率直に言うと、殺人的な仕事量を抱えている、連邦軍の最重要人物だ。

 そんな彼が基地を抜け出て、人を捜索しに来ていることが不思議だった。表向き、生きているかどうかも分からない、アレンを捜すために。

 いろいろと考えていると、久しぶりに再会したアルフが、以前と変わっている所を見つけた。

 

「そう言えばアルフさん。髪、伸びましたね」

 

 思いつきのまま、つぶやくとアルフは自分の前髪を手でつまんで、興味なさそうに言った。

 

「そうか? ……まあ。最近、切る暇なかったし」

 

 ナツメは、はぁ、とため息とも感嘆ともつかない息を吐いた。

 バンデーンにハイダを落とされた後、連邦はアールディオン帝国への警戒を一層強めながらも、バンデーンの対処に当たった。アレンを失った皺寄せは、全てアルフに向かったはずだ。

 平時の時でさえ、労働時間十四時間超。風呂に入って床に就けばすぐ次の日、という過酷な環境で、仕事量にすればオフィーリアの護衛を務めるナツメの数倍、と思われる過密なスケジュールを、特務隊員たちは行っている。

 その特務部隊の中でも優秀といわれるアルフが、ここ数日に受けた任務量は、まさに超人の域に達したことだろう。

 

「……さすがですねぇ。でも、いいんですか? そんな特務の方が、こんな所に来ていて」

 

「俺にとって、アレンのいない世界なんて興味ないから」

 

「なるほどぉ!」

 

 ぽん、と手を叩きながら、ナツメは敢えて合点して話を流した。アルフの顔は、どう見ても冗談を言っている様子だったが詮索したところで真意を話すことはない。

 その思考を読まれたのか、アルフは薄ら笑いを返して、ふと手元の通信機に視線を落としていた。

 画面を、熱源探知モードに切り替えている。

 

「……ナツメ。この先にすごい熱源が密集してるけど、大都市でもあるのか?」

 

「え? カルサアは、それほど大都市では……」

 

 言いながら、ナツメは目を見開いた。慌てて、アルフの通信機に目を落とす。

 熱源は――、カルサア丘陵。

 アーリグリフとシーハーツの国境、最前線だ。

 

「っ、っっ! み、皆さん! 急ぎましょう!」

 

 叫んだナツメは、不思議そうに首を傾げている漆黒達(かれら)に、最前線に人が集まっている事を告げた……。

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