連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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33.交渉

 アリアスの台地を奪い返したことで、物資も兵の士気も増したアリアスは、ちょっとした活気を取り戻し始めていた。

 

「それじゃ、私達もそろそろ行くよ」

 

 その少しではあるが、笑顔の増えた村を嬉しそうに眺めて、ネルは後ろを振り返る。

 南西の門。カルサアに続くアイレの丘――カルサア丘陵への最前線基地として、シーハーツ兵が最も多く通る門を前にしてのことだ。

 顔を合わせたクレアは、相変わらず心配そうな表情を浮かべていた。

 

「ええ……。十分、気をつけて」

 

「あんたもね」

 

 言いながら、クレアに向けて微笑む。

 これからネル達が向かうのは、二日前アレンが先に向かったカルサアより手前の、アーリグリフとの国境だ。殿(しんがり)をクレアに任せ、アレンが戻ってくるまで、ネル達は前線を出来るだけカルサア寄りに侵攻させておくことが目標となっている。

 情報戦、と。

 アレンが言い切った作戦に、フェイト達は起爆剤として敵地を乗り込むのである。

 クレアに見送られながら南西の門から村を出たフェイトは、カルサア丘陵に着く手前で、ぽつりとつぶやいた。

 

「さて。アレンの作戦、巧く行くかな……」

 

 ボイドと名乗る鍛冶師と出逢った後日。

 アレンは改めて、自身が言った『情報戦』の中身を明かした。

 

 

 

 ――三日前。

 

「ネルが指揮する封魔師団『闇』は、アーリグリフ方面の情報収集が主な任務だったな」

 

「ああ」

 

「なら、その人員すべてを使って噂を流してくれ」

 

「――噂?」

 

 突拍子も無いことを言い始めたアレンを、ネルは不思議そうに見返した。上座に座ったクレアがいつも通り、両指を組みながら聞いている。

 その二人の反応を探るように見比べて、アレンは続けた。

 

「『アーリグリフが戦況不利である』という噂だ。それをカルサア市民、いや、出来ればアーリグリフ王都まで広めてほしい」

 

「分かった。……それで? 他に、私達は何をすればいいんだい?」

 

「他には特に何もない。噂を広めるだけでいいんだ。それだけやってもらえれば十分、俺の手が届く」

 

「封魔師団すべてを使って、噂を広めるだけだって?」

 

 思わず不信に目を細めるネルに、アレンは頷いた。上座のクレアが、じっとこちらを睨み据えた。

 

「その程度で戦力を削げるほど、アーリグリフは甘くありませんよ」

 

 クレアの傍らに座ったネルも、クレアに賛同するように、合点の行かない表情でアレンを見る。腕を組んで座ったネルと、両肘をついて指を組んでいるクレア。両者ともにアレンの真意をはかりかねているのだ。

 それは傍聴していたフェイトにも、クリフにも言えることだった。

 

「問題ない。今回俺が噂を流してほしい真意は、戦力を削ぐためではなく、相手の戦意を削ぐためだ」

 

「どういう意味だい?」

 

「俺は――……、アーリグリフとの和平の道を拓く」

 

「!?」

 

 誰もがアレンを振り返った。一様に、彼の顔色を確認するように。

 中でも反応が顕著だったのは、クレアとネルだ。目を見開くネルの傍らで、クレアも柄にもなく、がたん、と音を立てて、血の気を失った顔で椅子から立ち上がった。

 

「何を言っているの!? もう、そんな段階ではないのよ!?」

 

 思わず早口になった。

 慌てているのは、アレンの勘違いがここまで深刻だとは思わなかったからだろう。あるいはカルサア修練場での人質奪還、アリアスの台地奪還に一役買った彼を、どこかで信頼したのかもしれない。

 フェイトが複雑な視線をアレンに送る。だがアレンは、ただ真っ直ぐにクレアを見据えていた。いつも通り冷静な面持ちで。

 

「だからこそ準備(・・)が必要なんだ。ついこの間、シーハーツ軍に入ったばかりの俺が、カルサアでウォルター伯と交渉するにしても、アーリグリフにとっても(えき)にならなければ、さほど力を伴わない。アーリグリフ(むこう)に面が割れていて、なおかつシーハーツ国内で絶大な権力を握っているラッセル執政官あたりにお任せするのがベストなんだが、わざわざシランドから呼び寄せるわけにもいかない上、他の二軍、漆黒や疾風のことを考えると、いま女王陛下のもとを離れるのは得策じゃないしな」

 

 アレンはそこで、とん、と組んだ指をテーブルに置いた。

 

「だからこの穴を埋めるために、俺はクリムゾンセイバーの名を使う。アーリグリフにはまだ通っていない名でも、国内(シーハーツ)での特権は女王陛下に約束されている」

 

「……!」

 

 ふと、ネルが目を見開いた。何かに気付いたのだろう。放心した様子で口元に手を当てた彼女は、探るようにアレンを見る。その彼女に一瞥だけを送って、クレアを見据えたアレンは、静かに言った。

 

「……既に、この件は女王陛下の許可を頂いている」

 

 そう。

 シランドで、城の見回りをしていたネルがアレンを見つけた場所は――白露の庭園だった。女王陛下の私室に、謁見の間に最も近い場所だ。

 

「……!」

 

 謁見していたのだ。

 

 ネルやラッセル、アドレーに、果てはフェイトとクリフを置いてまで、女王ロメリアと二度目の謁見を。

 会議室を包む空気が、急変する。沈み込むような緊張が張り詰めた。

 当然だ。女王の勅命とあらば、アレンの発言は、その根本から意味を変える。その彼等の、寝首をかかれたような反応を確かめるように、アレンはネルに、否、フェイトやクリフ、ロジャーにも向けて話を続けた。

 

「ネル達には、アリアスの戦力増強を図って貰いたい。ラッセル執政官は敵の疲弊を待つ長期戦を企てているようだが、持久戦をしかければこの村の負担が増える。無理はしなくていいが、出来るだけがんばって欲しい」

 

 そう言って、アレンは話を括った。

 

 

 

 あの時の会議室の一件を思い出して、クリフはやれやれと肩をすくめた。

 

「こっちのチームリーダーは一応、クリムゾンセイバーってことでお前(フェイト)に決まったわけだが。わからねぇことがありゃ、俺なりネルなりにすぐに相談しろよ。……ま。本気かどうかは知らねぇが、アレンが和平を望んでるんなら、俺達が前線に出なきゃ間違いなくシーハーツ兵は、相手を殺すだろうしな」

 

「……分かってる」

 

 つぶやいて、フェイトは顔を俯かせる。

 作戦自体の心配ではない。それも含まれているが、フェイトの横顔を見据てクリフは息を吐いた。常識で考えて無謀なアレンの作戦に、フェイトの葛藤は当然に思えたのだ。

 

(僕は……、どうしたらいい――?)

 

 フェイトはブロードソードを握りしめる。

 

(あいつはまったく加減も知らない悪魔だ……。けど、あいつがやってることに対して、僕は――何らかの形で答えなくていいのか?)

 

 考え込むフェイトを横目見ながら、クリフはフッと笑った。ばんっ、とフェイトの背を叩いてやる。

 

「アレンのこたぁ、心配しても仕方ねぇ。それにああ見えてちゃっかりしてやがるからな。早々ヘマもしねぇだろ。……どうしてもってんなら、たまにクォッドスキャナで通信でも入れてやればいいしな」

 

「……ああ」

 

 フェイトは思考を止めると、小さく肩をすくめた。クリフが、よし、と頷く。後ろを振り返れば、ネル、ロジャーの他に、今回、補強要員として抜擢されたタイネーブ、ファリンの姿も見受けられた。

 

「話は済んだかい?」

 

「ええ」

 

 様子を窺うような顔で、ネルが問うてくる。

 これから戦争の、最前線に入るのだ。最早アーリグリフ軍の一般兵は敵ではないといえ、おしゃべりはここまでだ。

 フェイトは息を吐いて、それから一同を見渡した。

 

「それじゃ、行きましょう」

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

 アーリグリフ本土防衛軍、風雷。

 穏やかなカルサアの町並みに、溶け込むようにして配備されている兵達を見据えて、アレンは己を守る唯一の武器、剛刀『兼定』を右手で握り締めた。鞘を右手で持つと言う事は、刀をすぐ抜けないと言う事だ。非戦闘の意志を表す連邦の(ふる)いしきたりだった。

 

「カルサア領主、……いや、風雷団長ウォルター伯爵にお取次ぎ願いたい」

 

「……何?」

 

 カルサアに入る門前で、二人の番兵は怪訝な表情でアレンを振り返る。その彼等に、アレンは懐から書状を取り出した。

 

 シーハーツ王家の紋が入った、ロメリアからの書状だ。

 

「なっ!」

 

 思わず目を見開く二人の番兵。怯むような、驚いた彼等の反応を受けて、アレンは構わず続けた。

 

「私はシーハート二十七世の使者として来ている。至急、お取次ぎを」

 

「す、少し待て!」

 

 番兵が慌てて町の奥に消えて行った。恐らく新米兵だろう。落ち着きの無い彼の背を見送って、アレンは静かに眼を閉じる。

 カルサアは完全な無防備というわけでなく、町の外に配備された風雷兵に、アレンの動向は監視されている。敵意と疑惑を入り混ぜたような、複雑な視線を一身に受けていると、他の兵に旨を報せた番兵が、早々にアレンの許へ戻ってきた。

 ぞろぞろと。

 番兵の上官らしき兵を先頭に、町から二十人ほど風雷兵を引き連れて。

 町の外の人数と合わせれば、大体五十人ぐらいの数に膨れ上がるだろう。――真剣に戦闘を始めれば、更にその数倍に兵の数が増えるだろうか。

 

(……さすがだな)

 

 不審人物の、いや、確実に『敵』と断定できるアレン一人を相手に、この兵の召集力は戦況の、ひいては風雷という部隊の余裕を窺わせる。

 全体の兵数をアレンが知っているわけではないが、シーハーツ軍が押される理由は、個々人の戦闘力だけでなく、こういった統率力にも起因するのだろう。

 

「シーハーツの使者、というのはお前か?」

 

 問いかけてきたのは、壮年の風雷兵だった。いかにも貫禄を感じさせるこの男は、上から下まで、アレンを検めるように睨み据えて、視線をアレンの目の高さでぴたりと止めた。

 

「はい」

 

 壮年の風雷兵は、訝しがるような眼差しのまま、続けた。

 

「このような時期に使者とは。……貴殿は、すでにシーハーツのスパイが一度捕まった事件をご存知かな?」

 

「そのことも含めて、話させて頂く所存です」

 

「失礼だが、名は?」

 

「アレン・ガード。と、申します」

 

「アレン?」

 

 聞いたことのないシーハーツ兵の名前に、壮年の兵は首を傾げる。瞳はそれ以上に深い、疑惑の色を宿した。

 

「近頃のシーハーツは、無名に使者を?」

 

「現状を思えば、我等シーハーツの使者が殺される可能性は考えないわけではありません。ですが……女王陛下の意思をお伝えするには、私が最も適任と思い、志願させて頂きました」

 

 言いながら、アレンは壮年の兵を観察した。恐らく、アーリグリフにいるであろう彼女――アレンの知り合いが、アレンの名を口にした確率は大いに高い。

 だが。

 アレンはそこで微かに視線を落とす。

 

「……………………」

 

 対峙した風雷兵が、無言のままアレンを見据えて――すらりと腰の剣を引き抜いた。

 

「……退け。町中で民に血を見せたくはない」

 

 穏やかな口調だが、瞳だけは異様に冷えている。このままアレンが首を横に振れば、警告はしているものの風雷兵は剣を振り下ろすだろう。確信したアレンは、彼の言葉に応じなかった。

 

「返答次第では?」

 

「否。お前のような不穏分子を閣下にお会いさせるわけにはいかん。選択の余地など、最初(はじめ)からないのだ! 即刻、立ち去れぃ!」

 

「その要請には遺憾ながらお応えできない。こちらも、任務ですので」

 

 威圧を込めて怒鳴る兵を、アレンは静かに睨み返した。歳の割りに堂々とした態度だ。それに一瞬、息を呑んだ兵は、すぐに表情を引き締めると、瞳に怒りの色をたぎらせて、言い放った。

 

「愚かな。ならば、死ぬがよい!」

 

 引き抜かれた剣が、天に向かって掲げられる。

 

「者ども! こやつの首を斬って、シーハーツに送り返せ!」

 

「ぉおおおお!」

 

 途端、アレンを囲んでいた風雷兵が一斉に動き始めた。

 剣を、槍を掲げる彼等をざっと見渡す。最初の予想通り、敵兵は五十。時間経過でこれより数は増えるだろうが、問題ない。

 『兼定』を、今だ右手で掴んだまま。アレンは拳を握りこんだ……。

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