連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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34.vsデメトリオ

 アレンの言う『事前準備』には、戦線を少しでもシーハーツ側に押し返す、というものがある。

 フェイト達はその日、両国間を結ぶアイレの丘――カルサア丘陵の至るところにある入り組んだ峡谷のひとつにいた。広大な丘の地形と違い、深く奥まっているこれらの場所は、伏兵を置くには見晴らしが悪く、行軍するにも足場の悪い、そんな通常の戦では用いられない辺鄙な所だ。しかし、負傷兵が身を隠すのには適していた。

 戦場投入されたときの施術兵器設置所として、いま、ここが注目されているのだ。

 

「まさか、こんな所にまで出向いてたとはね……」

 

「……酷い……」

 

 ネルが険しい表情でつぶやいたのを皮切りに、皆は辺りを見渡した。

 累々と。

 髑髏曝首(しゃれこうべ)になった人骨。ざっと数えただけで、十数人分だ。折り重なるように、誰の目にもつかない場所でひっそりと死んでいた。

 最早、死肉喰らいの禿鷹(とり)すら飛んでいない。

 そんな寂れた死の区域。

 装備はアーリグリフのものもあったが、大抵はシーハーツ兵のものだ。ここで争った形跡はなく、負傷したあと連れ帰られることもなく、戦闘が終わるまで身を潜めていたのかもしれない。

 

「――誰だっ!?」

 

 鋭い一喝と同時、フェイトは岩陰の向こうを睨んだ。後ろで、ロジャーとファリンに緊張が走る。残りはフェイトと同時か、それより先に気付いていたようだ。

 臨戦態勢のクリフが、にやりと唇を広げた。

 

「ざっと三十ってとこか……。んな数で俺達を仕留めようなんざ、良い度胸だぜ!」

 

 アーリグリフ一般兵が大挙しているのが見えた。フェイト達の左右は崖がそびえており、偶然にも、アーリグリフ軍と衝突しても道幅の狭い地形を陣取れている。

 クリフは、三十と言った。

 だが。

 

「どう見たって、百はいるだろ!?」

 

「おい! デカブツ! でたらめ言ってんじゃねぇぞぉ!」

 

 フェイトが叫ぶや下からもロジャーが追撃の抗議の声を上げた。うるせぇ、と返すクリフが空を見上げている。

 視線を追ったネルが、はっと目を見開いた。

 

(疾風!? ――そうか! そういうことか!)

 

 一瞥すれば、クリフがこくりと頷き返してくる。

 三十。

 空を飛んでいる疾風の数だ。今はほかの岩陰に隠れている。だが、耳を澄ませば微かに竜の羽音が聞こえてくる。クリフは逸早く察したのだ。

 

「ともかく、やるしかなさそうだね! 行くよ、アンタ達! 遅れるんじゃないよ!」

 

「任せてくれよ! お姉さまっ!」

 

「はん! こんな奴等じゃウォーミングアップにもなんねぇぜ!」

 

「行くぞ!」

 

 ネルに威勢よく答える一同に、フェイトが合図を送る。同時、クリフが上空に飛び、ロジャーがヘルメットを駆使した体当たり――ラストディッチを放って、戦いの火蓋を切って落とした。

 タイネーブが棍棒を構える。彼女の身長と同じ長さの、使い込まれた棍だ。

 ファリンは慌てて施術を唱え始めた。

 その二人の間を、ネルが駆ける。上空に飛んだクリフが、エリアルレイドの気を纏って、地上の兵に襲い掛かった。

 

 どぉおおおんっっ!

 

 土埃が舞う。ラストディッチで先制を取られたアーリグリフ兵が停滞し、エリアルレイドの直撃を食らっている。全体の規模は、土埃で掴めない。だが、人の気配を読むことを覚えたフェイトは、土煙が晴れる前に、ヴァーティカルエアレイドを残りの兵に叩き込んだ。

 

「これで、どうだ!」

 

「ぐぁああっ!」

 

 兵達が悲鳴を上げながら、宙を舞う。今、フェイトが持っているブロードソードには殺傷力がほとんどない。一撃一撃に渾身の力を込めて、技を放つしかないのだ。

 案の定、ロジャーのラストディッチ、クリフのエリアルレイドを喰らった兵は、立ち上がらない。

 一方で

 

「ぐぅうううッ!」

 

 フェイトのヴァーティカルエアレイドを喰らった兵達だけが、呻きながらも剣を振り上げてきた。その残党を薙ぎ払うようにネルの黒鷹旋が走る。タイネーブが、黒鷹旋の軌道に合わせて突っ込んでいく。

 

「はぁあああっ!」

 

 ファリンの施術、エクスプロージョンが、後方の兵を狙う。

 さすがのネル、タイネーブ、ファリンのコンビネーションに、力強いものを感じながら、フェイトもまたブロードソードを握り締めた。

 

(――やっぱりこの剣で、真っ向から斬り合うのは無理か)

 

 気を斬撃にのせようにも剣で滞留してしまう感覚があるのだ。それが技の弱体化に繋がっている。

 あまり得意ではない紋章術も、積極的に使ってみるしかなさそうだ。

 思考していた、そのとき。

 

「ほぅ? 話には聞いていたが、まさかこれほどとはな……」

 

「!?」

 

 羽音が聞こえた。空を駆り、風を切る力強い羽音だ。

 それに紛れて、くく、という哂い声の後、男が降ってきた。クリフ、ネルを除く皆が、目を見開く。

 

「お前は!?」

 

 フェイトは声の主を見た。

 陽光に映える、なめらかな暗色の肌。空に佇むことを許された巨大な両翼に、攻撃的な鋭い顔。時折見える、ぞろりと伸びた凶暴な牙が、アーリグリフが誇る最強の獣の威厳を、その危険な存在感を否が応にも見る者に感じさせる。その獰猛な獣の上に、男は甲冑を着て騎乗していた。

 

「……疾風……!」

 

 初めて見たわけではない。だが、初めて戦うことになる空の敵を前に、フェイトは身構えた。リーチ差が一番のネックになりそうな相手だ。対峙するだけで相応の圧力(プレッシャー)を受けている。それが竜からか、それとも騎乗している疾風兵のものなのかは分からない。

 ただ。

 どちらも一般兵や漆黒とは、レベルが違う。肌でそう感じた。

 

「まさか本当にクリムゾンブレイドが二人、前線に出てくるとはな……! 今開発しているという新型兵器とやらの、時間稼ぎのつもりか?」

 

 意外に、声の高い男だった。

 疾風の甲冑に身を包んだ男は、おのれこそがこの場を支配する者と信じて疑っていない。人を見下す態度が板についている。

 後ろでファリンとタイネーブが顔を見合わせた。ついで、ば、とネルを振り返る。振り返った先のネルは、どこか覚悟したような、強張った表情をしていた。

 

「なぜ兵器のことを知ってる? アンタ達がここに現れたのも偶然じゃない、ってことだね」

 

 シーハーツ軍のなかでも施術兵器の存在は極秘機密だった。今日の下見は、兵器設置場所を前線の様子を見るついでに確かめることにある。こんな辺鄙な場所に、アーリグリフの兵士がこれだけ集まっているのが異常なのだ。

 緊張で声音を落として問い詰めるネルに、疾風兵――副団長、デメトリオは薄ら笑いを浮かべた。

 

「あまり見くびってくれるなよ。それくらいの情報、とっくに入手している。隠密行動はお前達の専売特許ではないのだ」

 

「……っ!」

 

「大体、施術兵器だかなんだか知らんが、そんなものがあったとて、お前達に万に一つも勝ち目などない。無駄なあがきはやめることだ。所詮、弱者は強者には適わないのだからな!」

 

「……弱者、か。言ってくれる」

 

 微かに笑ったネルの語調が更に落ちる。短刀を握りこむ彼女を、デメトリオは、ははっ、と高笑うと、視線を、いつでも戦闘に入れるよう構えているフェイトとクリフに向けた。

 

「そこの二人、フェイトとクリフと言ったか。お前達はなかなか見所がある。今からでも遅くはない。我等の仲間になれ。……もし拒否するのであれば、今ここで死ぬことになるぞ」

 

「けっ、誰がお前らの仲間になるかよ。冗談じゃねぇ」

 

「ああ。悪いが、僕にはお前なんかに足踏みしてる時間も、余裕もないんでね」

 

「もう少し利口だと思ったがな。残念だ」

 

 デメトリオは抑揚をなくし、神経質そうな早口で告げたあと手を挙げた。途端。三十近い疾風兵が岩陰から姿を現す。

 逃さぬように、

 竜の巨体が、空を翳らせる。

 

「かこまれてますぅ!」

 

 ファリンが悲痛な声で叫ぶ。フェイトはざっとネル、クリフ、ロジャーを見渡した。

 まだアーリグリフ一般兵も残っている。

 ならば。

 

「行くぞ! 皆!」

 

「おうっ!」

 

 予想通り、この三人に迷いはない。それを心強く感じながら、フェイトはおろおろしているファリンと、表情が険しいタイネーブに向かって言った。

 

「二人はネルさんの援護を! クリフ! ロジャー! 僕らは前衛だ! 行くぞ!」

 

「合点だ!」

 

「任せとけ!」

 

 フェイトは上体を低くして敵に突っ込む。前傾姿勢からの突き。このブロードソードは切れ味こそ無いものの、頑丈な武器だ。突き、という技の特性上、剣の切れ味は関係ない。

 踏み込み音が、盛大に弾ける。フェイトの突きが竜に迫る。

 

「甘いっ!」

 

 デメトリオが空に旋回するほうが速かった。に、と微笑ったフェイトは、続くクリフが、デメトリオの更に上から、マイトハンマーを叩きつけるのを見た。

 

「叩き潰すぜ!」

 

「何っ!?」

 

 フェイトに気を取られ、空に上がったデメトリオが顔を引きつらせる。同時、クリフの闘気が、両腕からオーバースローイングで地面に叩きつけられた。

 

「マイトハンマー!」

 

 ゴゴォンッ!

 

「ぐわぁっ!」

 

 悲鳴を上げながらデメトリオと、竜の巨体が地面に落ちる。

 

「アイシクル・エッジ」

 

 フェイトはブロードソードに氷を宿す。飛竜は紋章耐性が高いと聞いている。

 ならば、狙いは一つ。

 素早くフェイトが踏み込む。デメトリオはどうにか体勢を立て直そうと、竜の手綱を引く。息を呑むデメトリオ。空には逃げられない。デメトリオの剣を握る手に、力がこもる。

 

「せぃやぁあああああっ!」

 

 デメトリオは裂帛の気合と同時、剣を振って迎え打った。が。振り抜くフェイトの方が速い。紋章剣に甲冑の防御性の弱い足を斬られ、デメトリオは苦痛に顔を歪めながら、フェイトを睨み据えた。

 

「く、そぉおおおお……!」

 

「終わりだ!」

 

 その彼に、フェイトは叫ぶと同時、ヴァーティカルエアレイドを叩き込む。上下、二段に吹き荒れる剣風の衝撃波は、威力こそ落ちたものの、フェイトの経験に応じて、着実にその攻撃範囲を広げていた。

 

 ドゴォオオオンンッッ!

 

 竜を、デメトリオごと、まるまる包み込めるほど。

 回避不能と悟ったデメトリオが、衝撃波に包まれる一瞬、引きつった声で叫んだ。

 

「ぐ、おっ!? ば、馬鹿な!? こんな……っ!」

 

 竜の巨体が地面に横倒しになる。空中できりもみ回転したデメトリオは、手綱を操る間もなく崖に背を打って、そのまま戦闘不能になった。

 

「な、……っ!」

 

 見守るタイネーブとファリンが、呆然と周囲を見る。目の前の事象が、理解できない。

 

「……ば、かなっ! あの……、疾風の副団長を、こんな短時間で?」

 

 言う間にも、返す刃でフェイトが別の疾風兵にブレードリアクターを放っている。その剣線からちらりと僅かに炎のようなモノが散っていた。紋章術と気功術は本来、発生形態が著しく異なるため、その二つを同時に駆使することはできない。

 

 だが、フェイトの、実戦で研ぎ澄まされる鋭い感覚が、ブロードソードに滞留した気のなかに、紋章術を重ねがける術を、徐々に、徐々に覚え込ませている。

 凝縮された青白い闘気が剣線から走る。一振りで疾風兵を二、三人弾き飛ばしながらも、武器の非力さを悟らせないために、フェイトは敢えて大きく動く。自然、使う技も派手なものが多くなった。

 その穴を、フェイトの大振りをフォローするように動いているのは、クリフだ。

 

「ヴァーティカルエアレイド!」

 

 奔る初撃の、地上から走る衝撃波で、疾風、一般兵を問わず、四、五人の身体が一気に巻き上がる。ついで叩き下ろす二撃目の後、大振りになっている所為でフェイトはまるきりがら空きになる。そこを横から現れたクリフが、フェイトが相手取っていた敵を奪い取るように、カーレントナックルを始めとした拳蹴打で応戦している。

 背を預けあう、というより、戦場全体が視界に入っているのだろう。

 クリフが自分のフォローに回っていることに感づいているフェイトは、ある一定以上、クリフから離れない。

 付かず、離れず。

 それが無言のままに二人の間に出来た、連携だった。

 

「……勝てる……!」

 

 デメトリオが倒れた今、そうそうタイネーブの相手になる敵は残っていない。とはいえ、三桁近い兵数だ。数で攻められれば、覚悟を決めなければならないと思っていた。

 だが。

 

「ヒートウィップ!」

 

 ひゅっ!

 

 風切音を立てて、小柄な身体の下から鞭が放たれる。それはファリンの詠唱を妨害しようとした兵の身体を絡め取り、ロジャーが鞭を引くと同時、凄まじい勢いで兵の身体を回転させた。

 

「ぐぁあああっ!」

 

 悲鳴を上げているのは、何もその回転の所為ではない。

 ヒートウィップ。その名の通り、熱線を鞭に引いた電磁ウィップの高熱の所為だ。

 

「あ、ありがとうございますぅ!」

 

「へへっ! 気にすんなって♪」

 

 けたけたと笑いながら、ロジャーは上機嫌に鞭を、斧を、そして自身の身体を振り回す。一体、どこにそんな力が隠されているのか知らないが、彼の立てる斧の破壊音や、爆弾は、聞いていて目を疑うほど、凄まじい轟音を立てていた。

 だが何も、そんな彼に隙がないわけではない。

 

「黒鷹旋!」

 

 ロジャーの斧を振り上げる時の致命的な動作を、ネルがフォローしているのだ。そしてクリフと同様に、ネルはフォローに回りながらも、しっかりと自分の周りの敵を掃討していく。

 

「鏡面刹!」

 

 そのあまりにも鮮やかな手並みは、タイネーブの知らないネルだった。こと肉弾戦においては、決して引けを取らなかったタイネーブの実力をもはるかに凌いでいる。

 

「……っ!」

 

 それらを視界の端に置きながら、タイネーブが苦しげに歯を噛みしめる。今は集中。

 出来なければ、死だ。

 一つ呼吸して、彼女は思考を振り払った。

 

「はぁああっ!」

 

 吼えて、裂帛の気合で棍棒を振るう。こんなにも昂揚させられる戦場は初めてだった。

 

 ――……そうして間もなく、タイネーブたちは奇跡的な勝利を手にした。

 延べ百五十近いアーリグリフ兵を、たった十人足らずで撃退するという奇跡的な大勝利を。

 ほんのわずかな、時間(とき)とはいえ。

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