連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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35.vsアルベル

 ふぅ、とフェイトは息を吐いた。

 足許で倒れている百五十人近い兵を相手取り、少し疲れただけではない。新たな敵と対峙する、いわば区切りのためだった。

 

「何やら面白いことをしていると思って来てみれば……、お前達が関係しているとはな。遊びに来て正解だったようだ」

 

 そう言って哂う男は、特徴的だった。哂い声よりも雰囲気が。

 フェイトは剣を強く握る。半身を切って睨めば、堂々と、傲岸不遜な笑みを浮かべて、男がそこに立っている。

 修練場で出逢った、最強の漆黒兵。

 

「アルベル!」

 

 フェイトは反射的に構える。後ろで、クリフがゆっくりと息を吐いたのが聞こえた。

 緊張。

 楽勝だった前線の空気が、一気に重苦しい沈黙を運び込む。神妙に押し黙ったフェイト達を見渡して、アルベルは悠然と、左手の鉄爪(ガントレット)をカシャリと鳴らした。

 

「残念だったな。お前達の活躍も、どうやらここまでのようだ」

 

「そいつぁどうかな? ……そういや、テメェには舐められっぱなしだったからな! おい、フェイト! 他の連中を頼むぜ」

 

「……クリフ!」

 

 ガントレットを叩きつけるクリフを睨む。が。視線だけをこちらにやったクリフは、悪びれた様子なく、続けた。

 

「言っとくが、こいつだけは譲らねぇぜ。ネル。お前にも、だ」

 

 顎でネルをしゃくりながら牽制するクリフを、しかし、ネルは許さなかった。

 いつもより語調を抑えて、慎重に、彼女は相手との間合いを測る。

 

「悪いけど、それは承諾できない。……相手は、あの漆黒のアルベル・ノックスなんだ。舐めてかかっちゃこちらが痛い目を見る」

 

「へっ! 言ってろ! ……つぅか、俺を信じろよ」

 

「信じてないわけじゃ……っ!」

 

 言いかけて、ネルは噤んだ。横目でフェイトを伺うと、フェイトは、しばらく黙ったあと、首を横に振った。

 相手があまりにも悪すぎる――と、ネルは思った。多くの仲間を死に追いやったアルベル・ノックスの存在はあまりに危険だ――。

 もどかしい思いでアルベルを睨むと、アルベルは悠然と、しかし、一切の隙がない立ち振る舞いで哂った。

 

「ほぅ? お前が俺の相手を? ……それは楽しみだ。ま、精々がんばってくれ」

 

「ほざけ!」

 

 クリフが叫ぶと同時、踏み込む。後方支援のファリンが、ぎょっと目を見開いた。

 

「ね、ネル様ぁ~! あれ、見てください~」

 

 ファリンにしては尋常でない慌てぶりに、ネルはファリンの視線の先を鋭く追う。そこには、アルベルが連れてきたと思われる漆黒兵が、ずらりと並んでいた。崖で狭くなる通路を塞ぐように、こちらに向かって進軍しながら。

 

「ちぃっ!」

 

 これでは、本格的にクリフの支援をしてやれなくなる。ネルは思わず舌打ちする。

 フェイトが言った。

 

「ネルさん! ロジャー! タイネーブさん、ファリンさん! あの漆黒兵達(あいつら)、頼みます!」

 

「……あんた!」

 

「僕はクリフの援護を! どうせ、この剣じゃ大したことは出来ませんから」

 

 ニッと微笑うフェイトを、ネルは数瞬だけ見据えて、頷いた。その時、胸中を過ぎった諸々の感情を、ネルはどうにかして押さえ込んだ。

 

「お姉さま?」

 

「行くよ、ロジャー」

 

 ネルの微妙な心境に気付いたのか、気遣わしげな視線を送ってくるロジャーに、ネルは静かに微笑った。

 

「フェイト! アンタ無茶すんじゃないよ!」

 

「ネルさんも。……それじゃ!」

 

 彼は力強く、笑っていた。ネルも深く頷く。

 

「ああ! クリフを頼んだよ!」

 

 ネルは短刀を握りこむ。施力を集め――白く奔る光線、雷煌破を敵陣に叩き込む。と、驚いたようにファリンとタイネーブが顔を見合わせた。

 

(速い――!?)

 

 ネルが施力を溜めてから放つまで、その時間が明らかに短くなっている。二人が知っているタイミングから考えれば、わずか半分ほどだ。さらに威力まで一直線上の漆黒をすべて吹き飛ばす。強大だ。以前の――と言っても精々二週間ほど前の――技と比べて、施力の凝縮量が異常である。

 

(……馬鹿な! この方は、どれほど強くなられるというんだ……!)

 

 この、短期間で。

 思わず、息を呑むタイネーブは、自然、棍を強く握りこんだ。気を取り直して漆黒と対峙すると、数人相手ならば引けをとらないタイネーブでも、あまりの数に押されそうになる。

 

「はぁっ!」

 

 タイネーブは棍棒を薙ぎ払って、一人目を後退させた後、次ぐ、ファリンの詠唱を妨害する兵に、突きを放つ。が、一撃では仕留めきれず、更に上段から棍棒を振り下ろして、相手の肩と、首の付け根に棍棒を打ち当てると、詠唱を終えたファリンが、並み居る漆黒兵に、炎の範囲施術を放った。

 

「エクスプロージョン!」

 

 タイネーブも、四人までなら何とかさばける。

 だが。

 

「ぉおおおおおおっっ!」

 

 雄叫びを上げて、エクスプロージョンの炎に臆する事無く突っ込んでくる漆黒兵は、四人などという良心的な数ではない。仲間がやられる、という前提の戦い方だ。捨て身の戦法に、タイネーブは顔を歪めた。

 

「仲間を盾にしてまで……!」

 

 数の上で圧倒的に勝っているアーリグリフならではの戦法だった。

 先ほどまで考えずに済んだ状況的、圧倒的不利の現実が、タイネーブにのしかかる。

 

「このままじゃ~、まずいですよぅ!」

 

 同じことを考えていたのか、ファリンも、いつにも増して投げやりだった。

 そこをファリンとタイネーブを囲むように押し寄せる漆黒を、一陣の風が、赤い髪をなびかせた彼女が、颯爽と駆け抜ける。

 漆黒の鎧と、銀の刃が視界を埋め尽くす、絶望的な戦場の中で。

 

 唯一、目を引くネルの赤髪が。

 

「鏡面刹!」

 

 雷煌破と見紛うばかりの、壮絶な雷を纏わせて、ネルの体が嵐のように、アーリグリフ兵を吹き飛ばす。一閃の度に、二、三人。ついで、

 

「ファリン! 施術を! タイネーブ! 私についてきな!」

 

 ざっと二、三十の兵を払い上げながら、ネルが鋭く、檄を飛ばす。

 

「は、はい!」

 

「わかりましたぁ!」

 

 それに叱咤されながら、改めてタイネーブは棍を握る。

 泣言を言っている時間は、無いのだ。

 

 

 ――一方。

 

 

「衝裂破!」

 

 横薙ぎに走る剣風を、フェイトはブロードソードで受け止め、クリフがバックステップで距離を取る。瞬間。重い衝撃がフェイトの両腕に落ちた。

 

「っ!」

 

 衝撃に逆らうように踏み込んだフェイトは、衝裂破の威力を無視して、アルベルとの間合いを詰める。

 殺しきれなかったアルベルの剣風が、フェイトの肉を切る。

 

「はぁっ!」

 

 ブロードソードをやや斜に構えて、体当たりに近い突きを放った。衝裂破後、完全に身体が開き切っているアルベルの体勢では躱せない。

 ――とった!

 フェイトは確信する。瞬間、アルベルは流水のように自然な動きで刀を返し、フェイトの突きを弾いた。力も何もいれず、そ、とフェイトの剣先に刀を触れるようにしただけだ。

 キン、と金属の擦れる音が響く。と、当時。

 

「双破斬!」

 

 両手で刀を握ったアルベルが、フェイトの剣を掬い取るように、下段から刀を振り上げる。甲高い音を立ててかち合う刃。体捌きのレベルが違っている。フェイトはあまりの痺れに剣を取り落しかけた。

 が。

 

 ヒュンッ!

 

 フェイトが握り直すよりも速く、次ぐ、アルベルが刀を振り下ろしている。

 

(速――っ!)

 

 フェイトは息を呑む。振り上げよりも、尚、速い。ぎらりと光るアルベルの刃が、獲物を睨んで凄絶に光り、振り落ちる。

 フェイトの首を叩き切らんばかりに。

 

(っ、っっっ!)

 

 絶句しながら、身をひねる。リフレクトストライフ、は打てない。バランスが安定しない所為で、蹴りの体勢ではない。

 サイドステップ――、

 迫る刃をフェイトが睨みながら直感した瞬間、双破斬の切り下ろす刃が加速したように見えた。ざん、とアルベルの刀が空を切る。フェイトの肩をかすめた刃が、ちっ、と摩擦して落ちる。

 フェイトは歯を噛む。

 覚悟したおかげで、痛みには耐えられたが。

 

「剛魔掌!」

 

 飲み込んだ|空気(いき)を、吐く間もない。

 

「く、そ……っ!」

 

 たまらず、バックステップで距離を取る。アルベルの踏み込みは、フェイトの二歩を一気に詰める。

 

 かわせない――!

 

 確信した瞬間、頭上に、ふ、と影が落ちた。

 

「!」

 

 慌てて、フェイトは身を伏せる。

 同時。

 

「エリアルレイド!」

 

 凄まじい轟音を上げて、舞い上がった土埃がフェイトの視界を黒く染めた。

 アルベルが呻く。口端をニッと吊り上げたクリフは、拳を握って、壮絶に笑った。

 

「無限に行くぜっ!」

 

 クリフの両腕に凝縮された黄金の闘気が、一瞬、ぱ、と迸った。

 アルベルが刀を構える。迎撃――される前に、クリフの両拳が、まるで嵐のように吹き荒れる。

 

「フラッシュチャリオット!」

 

 一体、何発打っているのか分からないほどの(ラッシュ)がアルベルを襲う。

 瞬間。

 だんっ、と横跳びに場を離れたアルベルが、側面からクリフを斬りつける。

 

「遅ぇ!」

 

「クリフ!」

 

 フェイトの背筋が震えた。

 アルベルはクリフの腕が伸びきった所を狙って、側面から切りかかったのだ。

 つまり――、

 

(あの、フラッシュチャリオットの拳が、見えてるのか!?)

 

 クラウストロ人の、それも相当高度な格闘術を体得しているクリフの拳を。

 

 キィ……ンッ!

 

 瞬間。

 聞こえた金属音に、フェイトは目を丸めた。

 完全に相手の死角をついたアルベルの横薙ぎ。それを、ジャブの一指しで、クリフは弾いている。

 体捌きのレベルで、クリフはアルベルに劣っていない。

 アルベルの赤い瞳が凄絶な光を放つ。

 瞬間。クリフは、ぐ、と上体を後ろに逸らした。

 

 ヒュンッ!

 

 さらに横薙ぎ一閃。クリフの鼻先を掠めるように、アルベルの斬線がクリフの前髪をさらっていく。

 

「そんな斬撃(モン)で!」

 

 この俺が、と続くクリフの口を、アルベルの鉄爪が黙らせた。

 カウンター気味に、びゅっ、と右拳を振り下ろすクリフの横合いから、禍々しい闘気が、凄絶に輝く。

 鉄爪に宿る、赤い闘気の光が。

 

「!」

 

 気付いたクリフが、距離を――取ろうとして、忌々しげに舌打ちした。

 

「ちぃ!」

 

 同時。

 

「剛魔掌!」

 

 ザザザザァンッッ!

 

 鉄爪が赤い闘気を放ち、空に三層の風を起こす。牙のような鋭い剣風だった。

 

「ぐぉっ!?」

 

 咄嗟に両腕を交叉させ、防御するもクリフが呻いた。――身体が浮く。

 クリフの背に嫌な汗が伝う。同時。それは現実となってクリフに襲い掛かった。

 

 ズザザァンッッ!

 

「ぐぁああああああああっっ!」

 

 クリフの口を、悲鳴が割る。深く、深くクリフの腕を抉る鉄爪が、鮮血を景気良くばら撒いていく。力を込め、鋼のように硬くなった筋肉を、まるで嘲笑うかのように簡単に、残酷に。

 肉切り包丁のごとくクリフの両腕を切り刻んだアルベルは、右手の刀を翻し――、

 

「これで終わりだ! クソ虫!」

 

 凄絶に嗤うアルベルが、止めを刺す、瞬間、

 

「ヴァーティカル! エアレイド!」

 

 フリーになっていたフェイトが、悪魔的なタイミングで剣を振り下ろした。

 

「っ!」

 

 突如、フェイトに視線を向けたアルベルは、巻き上げる剣風と、叩き下ろす剣圧の、同時攻撃に目を細めた。視界を覆う凄まじい衝撃波。アルベルはつまらなさそうに、ふん、と鼻を鳴らして、クリフを斬る予定だった愛刀を、ヴァーティカルエアレイドに向かって振る。

 

「っ、っっっ!?」

 

 瞬間。走った横薙ぎ(アルベル)の斬線が、難なくヴァーティカルエアレイドの衝撃波を切り払う。

 武器の性能(ブロードソード)ゆえに威力が落ちたとはいえ、フェイトの技を造作も無くあっさりと。

 

「……その程度か?」

 

 フェイトを睨む赤瞳が、隙の小さい技(ヴァーティカルエアレイド)から次の攻撃に入るフェイトを捕らえる。

 

「剛魔掌!」

 

 鉄爪を構え、まるで悪魔のように横殴りに左腕を振るうアルベル。瞬間。水平に剣を構えたフェイトが、突きを放とうとして――、

 

「……くっ!」

 

 爪の振る速度(スピード)に、舌打ち混じりに防御に入った。が、右、左に薙がれる爪が、フェイトの身体をまるで玩具のように振り回し、鉄爪を止める剣を揺るがす。

 そして、

 フェイトの握力がアルベルの腕力に屈した瞬間――

 鉄爪は容赦なくフェイトの胸を、深く切り裂いた。

 

「ぐぅうっ!」

 

 フェイトがかすかに呻く。振り回された直後、身体を投げ飛ばされるようにして地面に落ちたフェイトは、強く頬を打ち付けるもすぐに転がって立ち上がった。

 アルベルは動きながらも目を細める。

 フェイトの戦闘力ははっきり言ってまだアルベルの脅威ではない。だが、異常なほどの頑健さだったのだ。

 

「フェイト!」

 

 クリフが仲間に気をやった隙に、アルベルは、ヴァーティカルエアレイドで削がれた傷に構わず、鉄爪を振るった。剛魔掌でフェイトの胸から腹を引き裂き、その足でクリフの下まで踏み込んだのだ。

 

「お前の方が楽しめそうだな、クソ虫」

 

「……ちぃっ!」

 

 眼前に迫るアルベルに、クリフが舌打ちする。同時、びゅっ、と走るクリフの左ジャブが、アルベルの頬を削いだ。眉一つ動かなさないアルベルは、クリフの顔を、に、と睨み据え、ありったけの闘気を放出する。

 

「魔障壁!」

 

「ぐぉっ!?」

 

 クリフは何かに引き込まれる感触に、声をひっくり返す。牽制用の左ジャブが闇に引き込まれ、ついで脳髄を穿つ鈍痛に、目を見開く。

 

「……!」

 

 例えるなら、極度の眠気にさらされている状態で脳に釘を刺されているような、鋭くも、鈍い痛みが、脳を中心に全身を駆け巡ったのだ。クリフは歯を食いしばり、それでも、気だけは失うまいと拳を握る。だが、アルベルが放った紫色の壁はクリフの精神力を削ぎ取り、身体を動かすことさえ出来ない。

 そこを、アルベルの斬撃が襲った。

 

「終わりだ!!」

 

 左右、滅多切りに、アルベルの刀が振るわれる。フラッシュチャリオットの返礼と言わんばかりに、一分の隙なく。

 回避も防御も出来ない、無防備なクリフはたまらず悲鳴を上げた。

 

「ぐぉあああああああ!」

 

 本来なら滅多切りにせずとも、アルベルほどの腕があれば、二、三太刀で相手は絶命するはずだ。

 だが。対峙したこの男も、アルベルの予想を遥かに超える、卓越した筋肉の持ち主だった。

 

(……ちっ!)

 

 その分厚い筋肉が、骨を断とうとするアルベルの斬撃を、紙一重で押しとめる。幾千、幾万と振った刀の感触に比べて、明らかに鈍い感触に、アルベルは忌々しげに胸中で舌打った。刃が通らない。アルベルの斬撃に反応し、クリフは致命傷を避けているのだ。が、滅多切りで腱は絶った。これで、この男は使い物にならない。

 

「が、……っ!」

 

 アルベルは身体を九十度反転させ、踏み込まんとしているフェイトに抜き打ちをかけた。

 

「空破斬!」

 

 地を這う衝撃波が、凄まじい勢いでフェイトに迫る。

 

「っ!」

 

 それをサイドステップでフェイトはぎりぎりにかわした。瞬間、フェイトの懐に飛び込んだアルベルは、双破斬を相手の胸に叩き込んだ。振り上げる一閃と振り下ろす一閃が、続けざまにフェイトの胸に刻んだ剛魔掌の傷を狙う。

 が。

 

「舐めるな!」

 

 双破斬の振り上げを更にサイドステップで回避したフェイトは、アルベルが刀を振り下ろす一瞬前に地を蹴って、アルベルの背後に回る。

 

「何!?」

 

 思わず、アルベルが目を見開く。その彼に、

 

「リフレクトストライフ!」

 

 強烈なフェイトの蹴打が、アルベルの背に決まった。青白い闘気を孕んだ、輝くような右の蹴打。

 

「ぐぉっ!?」

 

 蹴りの一撃目で、アルベルは身体の軸をずらされ、続く、二、三撃の衝撃波で確実に前のめりに倒される。双破斬の振り下ろしを相殺されたアルベルは、歯を噛み締めて、だん、と重々しいたたらを踏んだ。

 

「これで、どうだ!」

 

 その、完全に体勢が崩れきったアルベルを、フェイトの斬撃ヴァーティカルエアレイドが再び容赦なく襲う。

 威力はない。

 だが。

 ――かわせない。

 

「ちぃっ!」

 

 肉を斬る剣風と剣圧に耐える。が。

 ヴァーティカルエアレイドが広げるフラッシュチャリオットの傷が、アルベルの身体を、ぎりぎり抑えていた血を、盛大にぶちまけた。

 

「がぁあああっ!」

 

 血飛沫を上げて、全身を走る激痛に、アルベルが顔を歪める。瞬間、初めて聞いた彼の悲鳴に、ぎ、とフェイトの瞳が光った。

 

(――今だっ!)

 

 直感的に、ブロードソードを握る。と、同時、

 

「ブレードリアクター!」

 

 力む度、フェイトも剛魔掌にやられた胸の傷が、溢れ出したが構わない。渾身の闘気を孕んだ斬撃を振り上げたフェイトは、悲鳴を上げて仰け反るアルベルに、容赦なく、次ぐ振り下ろしの斬撃を叩き込む。

 と。

 感触が鈍い。ブロードソードに切れ味が伴っていない。

 

(倒しきれないっ!)

 

 フェイトは胸中で舌打つ。それでも、三撃目の突きを放とうとしたフェイトに、アルベルの鉄爪が唸った。

 

「調子に乗るな! クソ虫がぁっ!」

 

 明らかに危険な量の血をばらまきながら、剛魔掌の禍々しい闘気が、アルベルの鉄爪から、三層の紅い線を空に描く。ブレードリアクターで、剣を振り下ろした体勢のフェイトが、突きを放って迎撃するには、タイミングが速い。

 ――間に合わない。

 

「く、そっ!!」

 

 フェイトが毒づく。遠くなった時間軸の中、アルベルを睨む。剛魔掌を放つ鉄爪が、獰猛な光を帯びて自分に迫っていた。

 

「アクロバットローカス!」

 

「!?」

 

 アルベルの背後に現れたクリフが、腱の切れた両腕を、だらりと垂らしながら笑っていた。

 いつもなら拳で突き上げるアクロバットローカスを、蹴りで代用したクリフは、右足で、アルベルの首と腰を蹴り抜いた後、掬い上げるようにして、アルベルの腹を足に乗せて上空に蹴り上げた。

 

「へっ!」

 

 邪悪に笑うクリフの気配。途端、地を蹴ったクリフは、完全に仰け反った体勢のアルベルに右回し蹴りを叩き込み、遠心力をつけたローリングソバットから、踵落としで相手を沈めた。

 上空から落下し始めるアルベルに体当たり(チャージ)で追い討ちをかけ、クリフは、アルベルが地面と衝突する瞬間に、エリアルレイドをとどめの一撃として叩き込んだ。

 

「堕ちなっっ!」

 

 アルベルの断末魔が、轟音に混じる。

 

「ぐぁあああああ……っ!」

 

 凄まじい衝撃波の余波が、戦場に広がった。

 ふわっ、と。

 離れているフェイトの頬を、静かに撫でるほどに。

 

「決まったのか!?」

 

 背後で、フェイトの声。

 終撃の衝撃波が土煙を起こし、晴れる。そこに、ただ一人立つクリフが、口端を吊り上げた。

 フェイトはホッとしながら頷き、アルベルを見る。真っ向勝負では勝てなかった。クリフも、フェイトも。小さなクレーターのど真ん中に倒れているアルベルは、気絶したのか、ぴくりとも動かなくなっていた。

 

「言ったろ? 俺に任せときゃ万事オッケーだってな」

 

「クリフ……! 正直、滅多切りにされてた時点でもう終わったと思ってた」

 

「バッキャロ! だからどこの当社比だってんだ! 腕がダメでも脚があんだろ? 脚が」

 

「下手な期待は、理不尽相手に禁物って身に染みてるんだ」

 

「……その無駄にキラキラした純粋な目をやめろ。良心が痛んじまう」

 

「悪魔には通じない(ねえ)けどな」

 

 同時に言ったフェイト達の表情が、明るくなっている。それを視界の端に、短刀を納めたネルは、小さく微笑んだ。

 

「まさか、ここまでやるとはね……!」

 

「やるじゃんか! デカブツ! フェイト兄ちゃん!」

 

 そう言う、彼女達の後ろには、百名近いアーリグリフ兵達が、戦闘不能状態で呻いている。

 

「へっ! ……テメェ等も、な」

 

「何とか(しの)げた、ってところだ」

 

 フェイトはブロードソードを地面に突き立て、少しぎこちなく笑った。その隣で満足そうに笑っているクリフも、アルベルに滅多切りにされた胸の傷が生々しく、注意してみれば、わずかに身体が震えている。

 満身創痍。

 その二人に、ネルは詠唱を始める。

 

「ちょっと待ってて。すぐに施術(ヒーリング)をかける」

 

「ああ、頼む」

 

「お願いします」

 

 ネルはこくりと頷いて、詠唱を終え、二人の傷を癒す。

 腱を切られていたクリフが、状態を確かめるように、ぐ、ぐ、と拳を握り締めた。

 

「ネル様!」

 

 は、と息を呑むタイネーブの声と同時、ば、と振り返ったネルは、倒れていた筈のアルベルが、刀を杖代わりに片膝をついているのを見た。

 

「……なかなかやる……。だが!」

 

「なっ!?」

 

「馬鹿な!? まだ!」

 

 慌てるシーハーツ兵を置いて、臨戦態勢に入るフェイト。拳を握ったクリフが、壮絶に笑った。

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