連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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37.覚醒

「っ、っっ!」

 

 ネルは短刀を握る。恐ろしいまでに、手が震えていた。傷故か。それとも――恐怖ゆえ、か。

 

 カタカタカタカタッ、……

 

 まるで笑い声のように。短刀が、鳴る。

 

「……っ!」

 

 それを耳にしながら、ネルはそれでも、刀を振るおうと精一杯力を込めた。

 ところを――、

 

「どうやら、マジで殺さないと分からねぇらしいな」

 

 怖気の走る声が、ネルの背後で、そ、とささやいた。明らかに戦闘不能のネルだが、短刀を離さなかったのを見逃していない。

 

 ぞく……っ、

 

 息を呑むタイネーブとファリン。

 今や、ほとんど身体が動かないネルには、一体何が起こっているのか理解できない。振り返る力が無い。

 ネルの首を斬り落とさんと、無造作にレーザーウェポンが振り下ろされたことなど――。

 

「ネル様っ!」

 

「ネル様ぁ~っ!」

 

 叫ぶ、二人の悲痛な声。

 同時。

 

 ざんっ!

 

 鮮やかな血が、ネルの視界を覆った。

 自分の身体が、引き倒されたと同時に、

 

「…………っ!」

 

 大きく目を見開いたネルの目の前で、彼女を抱くようにして現れたクリフの背が、ざっくりと裂かれていた。

 

 

 ………………

 

 

「……ぐあっ!」

 

 赤黒い塊が、クリフの唇から溢れる。ずしんとした重みがネルにのしかかると、白い背骨がわずかに顕になったクリフの刀傷が、ネルの目を焼いた。

 

「へぇ……。疾風突きと衝裂破を食らって、まだ動けるのか」

 

 つぶやく、アルフの声が遠い。

 

「あ、……あ、……ぁっ!」

 

 呆然と開いたネルの唇が、意味の無い音を搾り出す。

 ずり、と引きずるような音が、ネルの耳に届いた。

 

「で、か……ぶつっ!」

 

 それがロジャーが駆け寄ろうとした音であると、ネル自身が理解することは無い。

 ただ無感動に、クリフを見下ろすアルフの手元が、ちゃりっ、と金属の擦れる音を立てた。

 

「それも、これで終わりだ」

 

 わざとらしいほど足音を立てて、アルフはゆっくりとレーザーウェポンを掲げた。

 ネルの意識を、奮い立たせるように。

 敵はまだそこにいると。

 そうネルに、起き上がろうと必死でもがいているロジャーに、報せるように。

 

 ――否。

 

 これが絶対的な実力の差だと二人に知らしめたうえで、とどめをさそうというのだ。

 アルフのレーザーウェポンが、再び振り下ろされる。仕留め損ねた、ネルに向かって。

 

(動け、動けぇええっっ!)

 

 そのレーザーウェポンの刃を見据えながら、タイネーブが叫ぶ。必死だった。走馬灯のように一秒が長く感じる時間軸で、この場で唯一無事で、体術に優れた自分が動かなければ。

 ――しかし

 

 ぴき、ききき……っ

 

 恐怖が全身を氷付けたように動かない。

 殺される。

 ネルが。

 目の前で――。

 

(……っ!)

 

 そのあまりの異常事態に、タイネーブの呼吸(いき)が止まった。

 振り下ろされる黒い刃は、やはり慈悲や容赦という言葉を知らない。

 だから――、

 

(うご、けぇええええっっ!)

 

 胸中で叫んだタイネーブが、棍を握り締めると同時、

 

 びゅんっ!

 

 もう、間に合わなくなっていた。

 

「……!」

 

 アルフが突如、後ろに飛び退らなければ。

 

 ずざっ、

 

 一足飛びで優に二、三メートルの距離を開けたアルフが、地面を踏みながら、険しい表情で刀を握る。

 

「はぁっ!」

 

 一瞬遅れて入った、タイネーブの棍棒が、空を切った。

 完全な空振り。

 

(――殺されるっ!)

 

 読まれた、と舌打つと同時にタイネーブは覚悟して歯を噛む。

 だが驚いたことに、アルフはタイネーブを全く見ていなかった。薄ら笑いを浮かべて一点を見据えたまま、アルフはレーザーウェポンを構える。

 

「え……?」

 

 それを疑問に思って、タイネーブは首をめぐらせた。

 

「あ、あぁ……っ!」

 

 ネルの唇から、声が漏れる。呼吸が正常に出来ないのはさっきと同じだ。だが、今度は満面に喜色を、こぼれんばかりの希望の光を込めて。

 ネルは、ロジャーは、呼んだ。

 

 ――彼の、名を。

 

 

「フェイト……っ!」

 

「フェイト、にいちゃ……っ!」

 

 二人の声に呼応するように、そちらを見据えたタイネーブは、あまりの眩さに目を瞠った。

 

 白い閃光が、タイネーブの視界を埋め尽くしたのだ。

 白く、眩く、冒しがたい光が。

 全てを飲み込む、フェイトの光が。

 

 ばさっ……

 

 鳥が飛び立つような羽音とともに、視界を覆う光が、徐々に晴れていった。

 二、三回。瞬きを繰り返して、ようやく目を慣らしたところで、レーザーウェポンを構える、アルフの姿が目に映った。

 あの光の中でも、微動だにしなかったのか。

 アルフは光に包まれる一瞬前と、まったく同じ表情でフェイトを睨んでいた。

 嫣然とした、死の色香をまとわせて。

 

「……それが、お前の本性か。フェイト・ラインゴッド」

 

 微笑む彼は、フェイトの姓名(フルネーム)を知っていた。その異常性に、タイネーブが気付くことはなかったが――、タイネーブは、ば、とフェイトを仰ぐと同時、大きく目を見開いた。

 白い翼を背負った、フェイトの姿に。

 

「……っ!」

 

 天使が、そこにいた。

 額から強烈な閃光を迸らせるフェイトは、全身が淡く輝いている。胸元にあるアルフにやられた傷が、その中で異物の存在感を放っているが、彼は痛みの一切を感じていないように思われた。

 静かに、静かに。

 アルフを見据えるフェイトの碧眼が、ゆっくりと細められる。

 と、同時、

 

「我が手にあるは天帝の剣戟……、裁きをもたらす神器なり!」

 

 フェイトがブロードソードを掲げた。全身を覆う光の粒子が、ブロードソードの刃に集まる。螺旋を描くように、空を舞うように、きぃいいっ、と甲高い、不思議な音を立てて剣に光が集中していく。

 

「スゴイ……!」

 

 つぶやくタイネーブの目には、その光が奇跡のように見えた。

 美しく、気高い光。

 

 すべてを白に染める、フェイトの光。

 

 だが、アルフは違う。

 

「……へぇ」

 

 アルフは、その光がただ、美しいばかりの代物ではないと察していた。

 例えるならばあれは、――核だ。

 アルフの目つきが変わった。レーザーウェポンを構え、冷笑を浮かべる彼の瞳が底光る。獲物を、血を求めて光る刃物のように。

 瞬間、

 

 どんっ!

 

 フェイトがブロードソードを手に、地を蹴った。白い光を全て飲み込んだ、淡く輝く、ブロードソードを手に。

 

「ブレードリアクター」

 

 一拍子で、三つの斬線がほぼ同時に迸る。

 振り上げ、振り下ろし、突きの斬線が。

 が。

 衝裂破が、アルフの身を守るように周囲を、彼の間合いに突っ込んできたフェイトを薙ぎ払う。

 

 ざざんっ!

 

 まるで嵐のようだ。アルフの剣速が、先程より明らかに増している。

 

「!」

 

 そのとき、微かに目を見開いたアルフが距離を取った。

 

 きゅぅんっ!

 

 己の放った衝裂破が、フェイトの斬線に呆気なく葬られたのだ。

 斬られた、のではない。――吸い込まれた。アルフの放った、衝裂破の空間ごと。

 

「……なるほど」

 

 薄く、目を細めるアルフ。瞬間、身をかがめたフェイトが、左手を広げてオーバースローイングに炸裂弾を放った。

 

「ショットガンボルト!」

 

 ドドドンッ!

 

 炸裂弾が音を立てて、アルフを襲う。アルフが後退したのに追い討ちをかけてきたのだ。アルフは動じない。剣で放たれた技でなければ、どうということはない。

 だが――。

 

 ズドンッ!

 

 旋風を巻いて走るアルフの『疾風突き』を、フェイトは難なく弾いた。キンッと小さく、甲高い音を立てて、アルフの剣先をわずかにずらしている。

 

(反応が、上がってやがる?)

 

 フェイトを睨むアルフの瞳に、観察の色が宿る。試しにアルフはその状態から刀を払い上げた。

 

 ヒュパ――……ッ!

 

 まるで空気そのものを削ぎ落とすような神速の剣を、フェイトはバックステップでかわした。剣先から出るであろう、衝撃波も計算した上で。

 先ほどまでなら、確実に反応できずに棒立ちしていたであろう剣線を。

 

「そうか……! アリアスでの別人のような動きは、この前兆……!」

 

 息を呑むナツメの声に呼応するように、白く輝くフェイトの身体が、ざ、と反転する。その上で、

 

「ヴァーティカルエアレイド」

 

 白く輝く剣を、フェイトは無造作に切り上げた。空間を丸ごと消し去る剣。フェイトは普段の数倍、否、別人のような実力を発揮してくるのだ。当たれば必殺の、その剣を携えて。

 

「アルフさん!」

 

 緊張したナツメの声。

 

「……面白い。久々に、|本気(マジ》でいかせてもらおうか」

 

 うっすらと笑ったアルフは、(レーザーウェポン)を無造作に薙いで、『ヴァーティカル』の衝撃波を切り払った。きゅぅんっ、と不思議な音を立ててアルフの剣風が消え行く。それをアルフは冷静に見据えて、

 

「ダメだ! 消される!」

 

 ナツメの声が響いた。

 幾重にも重なった消滅の衝撃波が、アルフの斬線をかき消して迫っているのだ。掠っただけで致命傷。まだアルフは食らってはないが、その危険性が空気を通して伝わってくる。

 それを、じ、と正面から見据えて、アルフは刃を寝かせた。

 途端、

 アルフの身体から、青白い煙が立ち上がった。ゆらり、と形を成さぬ煙が直後、竜を象る。

 青く、白く、強く輝く、竜の形を。

 まるでアルフ自身が、竜の化身であるように。

 背に竜を、紅い瞳を、滾らせる。

 

――ォオオオオオオオオッ!―――

 

 その竜が、人を丸呑みするほどの竜が、吼える。

 フェイトを覆いつくさんと、フェイトを食い殺さんと。

 アルフの握るレーザーウェポンが異様に輝いた。同時、アルフが地を蹴る。トンッ、と存外、小さな踏み込み音で。

 『蒼竜疾風突き』というアルフ特有の大技だった。

 

 ズドォオオオオオオンンッッ!

 

 視界が青く、白く染まる。

 

「――っ!」

 

 フェイトの名を呼んだはずが、己の声すらタイネーブの耳には届かなかった。

 穢れを知らない白く輝く羽毛が、ふわり、と宙を舞う。『エアレイド』の衝撃波が、アルフに襲いかかっていた。

 

 きゅぅんっ!

 

 光がアルフの蒼竜を吸い込んでいく。竜を、空間を。

 だが。

 その剣でも、竜と疾風と突きが重ね合わさった技を消しきれない。

 

「……!」

 

 消すよりも、速いのだ。

 アルフが気を、闘気を高める方が。

 

「――――」

 

 時間が、長い。

 否、

 それはフェイトの時間軸での話だ。

 『エアレイド』で起こした振り下ろしの衝撃波を貫かれたフェイトは、現実時間では大きく目を見開いて、ブロードソードを握ったまま、己の腹が貫通されるのを見ていた。回避も、そうする準備もない。

 瞬きを落とせばいつの間にか、アルフの竜がフェイトを飲み込んでいた。

 

(――千切れる……)

 

 思考が鈍くなった所為か、レーザーウェポンの刀身を見詰めながら、フェイトは思った。

 それは己の腹のことか、あるいは意識か、――命か。

 どれともつかない言葉が、フェイトの脳裏を過ぎった。

 

「死ぬつもりか? フェイト」

 

 不意に、傍らから声が聞こえた。フェイトは、はた、と瞬く。瞳に、翡翠の双眸に、輝きが戻った。同時。フェイトの背負った白い翼が、消失した。

 

 ふ……っ、

 

 フェイトを覆っていた光とともに。

 途端、アルフにやられた腹の痛みが、激烈にフェイトを焼いた。

 

「……ぁっ!」

 

 思わず顔をしかめる。ついで腹を手で押さえると、――貫通されたはずの腹が、まだ繋がっていた。首を傾げると、視界の隅で炎が巻き上がった。

 フェイトの腹を穿った、バーストナックルと似て非なる赤い炎だ。

 力強く、フェイトを守る赤い炎だった。

 

「おぉっ!」

 

 鋭く放たれたその声は、フェイトの知っているものだった。

 

「あ、……ぁっ……!」

 

 つぶやく、フェイトの視界がじわりと滲む。

 

――コォオオオオオオオッ!――

 

 甲高い、朱雀の鳴き声がフェイトの耳朶を打った。地面が、揺れる。

 

 コゥ――……ッッッ!

 

 落雷にも似た、真空に身を投げ出されたような、音にもならない音を立てて。

 

「……っっ、っっっ!」

 

 タイネーブは――、否、ファリンや、途切れ途切れの意識の中、何とか目を開けているネルやロジャーまで、苦痛を忘れて、それに見入った。

 

 蒼竜を飲み込む、朱雀を。

 

 竜の三倍の大きさがある、その鳥を。

 

「覇ぁっ!」

 

 初めて、アルフの気合が唇を裂く。と同時、蒼竜が打ち負けた。

 迫り来る衝撃波を利用して、アルフが後ろに跳ぶ。レーザーウェポンを袈裟状に払った。一分の隙なく両手で柄を握り、刃を、アレンの放った朱雀に対峙させるように、アルフは堅く構えた。

 

「アルフさんが受け太刀っ!? ……いや、駄目だ!」

 

 アーリグリフ側から少女が叫んだのに呼応するように、防御体勢に入ったアルフを、朱雀が苦もなく吹き飛ばす。

 まるで人形のように、呆気無く。

 

 ズドォオオオオオンンッッ!

 

「……っ!」

 

 弾き飛ばされたアルフが、五メートルは上昇して、堕ちる。吹き抜ける風に身を委ね、地面と激突する直前、体勢を立て直して彼は見事に着地した。アルフは軽く右手をついた体勢で、目の前の男を睨み据えた。

 

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