連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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38.vs兼定

「へぇ……」

 

 ざんっ、と力強く着地したアルフは、煙を立てる自分自身の胸元を見下ろしながら、立ち上がった。軽く煙を払うように叩くと、傷一つついていないアルフの特務服が姿を現す。

 

「ば、かな……っ!」

 

「あれで、倒せないんですかぁ~!?」

 

 タイネーブとファリンが、思わず絶叫する。座り込んだままクリフを抱えているネルも、立ち上がれないままのロジャーも、顔が引きつった。

 化け物だった。

 戦いようのない化け物。

 先ほどまで善戦していたフェイトですら、唇を噛んでいる。

 

 瞬間、

 

 刀を納め、対峙するアレンの右手が輝いた。青く、白く――眩い光が空に向かってはじける。

 

「フェアリーライト」

 

 詠唱と同時、全てを包む慈愛の光が、空から降りそそいだ。温かく、眩い光の雨。その雲間から現れた、神々しい金の光に包まれた女性を見て、タイネーブたちは息を呑んだ。

 タイネーブとファリン――、否、アペリス教の人間ならば、誰もが知っている女性。

 月と雨を司る女神、パルミラだ。

 

「なっ、っっっ!?」

 

 天から召喚された女神の容貌にタイネーブとファリンが目を見開いている間。

 

「悪ぃな、アレン……」

 

 ぐぐ、とネルに抱えられたクリフが、身を起こした。そのクリフに小さく微笑んで、アレンはすぐさま鋭い視線をアルフに向けた。

 

「あ、あの傷を一瞬で……」

 

 施術士として目を剥くファリンが言うまでも無く、タイネーブはアレンを凝視していた。

 普通でない事は分かっている。

 あの傷が、一瞬で治るなど普通ではない。しかもそれは、クリフに限ったことではない。

 

「気をつけて。……奴は、本当に強い」

 

 緊張の面持ちでつぶやくネルの声が、力を取り戻している。

 ロジャーも、フェイトも。アーリグリフ軍と戦った時に負った、タイネーブ達の傷でさえ完全に。

 思わず顔を見合わせるタイネーブとファリン。

 カルサア修練場で、今更ながらに自分達が生き残った理由が分かった。

 

「一つ、確認しておく」

 

 言い置くアレンを、薄笑いとともにアルフが見る。

 

「フェイト達の傷は、お前がやったな?」

 

「他に誰かいたか? アレン」

 

 静かなアレンの問いかけに、問いで返すアルフ。瞬間、アレンは朱雀疾風突きの後、納刀した兼定(カタナ)に手をかけた。

 

「そうだな……」

 

 つぶやいて、アレンが、そ、と視線を下げる。

 

「お前にどんな考えがあるのかは知らない。……だが」

 

 アレンが鯉口を斬る。瞳はただ静かに、深く、蒼く、――今は冷たく、アルフを睨む。

 

「俺を怒らせたな。アルフ」

 

 いつもより格段に落ちたアレンの声が、タイネーブの耳に届いた。

 

 ざわ……っ、

 

 全身の、毛穴という毛穴が、収縮する。

 タイネーブが呼吸しようと息を吸うものの、萎縮してしまった身体が動かない。

 気温が急激に低下する――、否、低下した気がした。

 直接殺気を向けられているわけではないのに、目の前の青年が放つ殺気(それ)は、壮絶だった。

 

「あ、アレンさ……!」

 

 それでもどうにか、喜色を浮かべたナツメが、アレンに呼びかける。だが。その声は、ただ一瞥、無感動にこちらを見据えるアレンの視線によって制された。

 

「…………ぅ……っ」

 

 思わずナツメが閉口する。その彼女を置いて、『狂人』は嬉しそうに紅の瞳を細めた。

 

「いいね。久しぶりに、本気(マジ)()ろうか。アレン」

 

 アレンの、底光りする蒼瞳を見据えて、アルフもレーザーウェポンを握る。

 瞬間、

 

 ひゅっ……

 

 二人が、消えた。フェイズガンの光弾さえ見切れるクリフには、二人が同時に地を蹴ったのが見えている。

 が、

 

 ……ィンッ!

 

 次ぐ剣戟は、クリフですらいつ繰り出されたのかまったく見えなかった。鈍く、重い金属音。

 相手に刀の尺を、太刀筋を測らせない、見事な一振り。両者、抜刀術で挑んでいた。鈍い金属音は、鞘走りの音だ。

 と。

 珍しく、目を見張ったアルフが、己の得物を見た。

 

「……!」

 

 剣速、威力、踏み込み……。

 どれを取っても、まったく互角だったというのに――、

 

 パキンッ……

 

 アルフのレーザーウェポンが、無造作に切られたのだ。文字通り真っ二つに。

 その事実にアルフが動きを止めた、わずかな一瞬。

 

「バーストナックル!」

 

 轟っ!

 

 アレンの拳が、炎を宿してアルフに奔った。

 

(……げ)

 

 思わずつぶやいたアルフが後ずさる。わずか数ミリ。アルフの頬をかすめた拳は、後一瞬、アルフの反応が遅れていれば直撃だ。本能的に距離を取ったものの、アルフの頬にはうっすらと、炎の痕が残った。

 白い肌に、ただ一線。

 紅い線が。

 

「やってくれる」

 

 ドンッ! と鋭い踏み込み音を立てて、アルフはレーザーウェポンで無造作に突きを放つ。アレンの喉を狙った危険な一撃。『疾風突き』がアレンに迫る。

 切っ先の折れたレーザーウェポンで。

 が。

 パンッ、と軽くアレンに(はた)き落とされた。抜刀後、素早く納刀した剛刀(兼定)を握る、左手で無造作に。

 瞬間、アルフの瞳が鋭く光った。アレンの右手が、兼定の柄に走る。

 

(アレンさんが、抜く――っ!)

 

 傍観しているナツメが、ぐ、と息を飲む。

 同時。

 

「朧!」

 

 叫ぶアレンが、抜刀する。

 

 コォッ!

 

 およそ刀が立てる音とは思えない異音が迸った。突きを放ったアルフには、回避する手段は無い。

 否、

 回避など、最初(ハナ)から彼の頭に無かった。

 アレンの斬撃がアルフの肉を断つ。構わず、半身を切ったアルフが踏み込んでいた。

 

「砕牙ァッ!」

 

 重い踏み込み音を立てて、およそアルフらしからぬ気合の一閃が、迸る。

 

「!」

 

 そこで初めて、アレンが目を見開いた。瞬間。アルフの折れたレーザーウェポンから、凄まじい光量の雷が迸った。

 

 ずがぁああああんっっ!

 

「アレンっ!」

 

 一斉に、フェイト達が叫ぶ。

 アルフの抜刀術が、凄まじい雷を孕んでアレンと飛び違いざまに振り抜かれた。横に一閃。アレンの背後、一メートルのところまで剣を薙ぎ払ったアルフは、小さく舌打ちしながら、背後のアレンをふり返った。

 そして――……、

 

「砕牙の雷まで斬るのか?そいつは」

 

 アレンは兼定を、す、と立てただけの態勢で静止している。

 

「……俺も、驚いている」

 

 言って、アレンもまた静かに振り返る。そのアレンを、じ、と見据えて、アルフはレーザーウェポンを一閃した。

 途端。

 折れた刀は鉄の棒に姿を変え――、再び刀を模した。刀身が、完全に蘇っている。

 

「……なるほど。道理でお前がそんな古風なモン持ち歩いてんのか、納得した。未開惑星にまで来て、ちゃっかりしてやがる」

 

 にやりと笑ったアルフは柄を左手で握り、刀身を水平にして右手を添えるなり、か、と目を見開いた。

 

「あれは――!」

 

 思わず叫んだネルが、ば、とアレンを見る。アレンの方はアルフを睨んだまま、視線を動かさなかった。

 ――活人剣。

 前に一度、ネルに見せた、アレンの技だ。

 

(傷が――、治る!)

 

 喉を鳴らすネル。だが、活人剣は治癒の気功術。もともと大した傷を負っていないアルフには、意味の無い技の筈だ。

 なのに――

 

 ドォオッッッ!

 

 爆発音を立てて、レーザーウェポンの刀身が青白く輝くと同時、アルフの気配が変わった。

 どこがどう、というわけではない。

 暗色の紅い瞳が、さらに深い闇を宿して微笑んでいた。

 

「さあ、続行だ」

 

 踏み込み音の、切れが変わる。瞬間、アレンは兼定の刃を立てて――

 

 斬ッ!

 

 『双破斬』の初撃、斬り上げの一閃をアルフの(レーザーウェポン)ごと切り落とした。だが、刃を折られたアルフに驚きは無い。

 

(肉弾戦――)

 

 アレンは考えるまでも無く、ぐ、と拳を握るアルフに反応する。

 

「こいつは何も、刀じゃない」

 

「!」

 

 そのとき、アルフのつぶやきが聞こえて、アレンは目を見開いた。瞬間。レーザーウェポンが黒く光り、鉄棒から、フェイズガンへと姿を変える。

 

 ダダダァアンッッ!

 

 容赦ない三連打。

 アレンが、ぐ、と表情を引き締め、刀を振る。

 

「破ッ!」

 

 兼定を一振り。上段から打ち込んだアレンの剣線が風を呼び、眉間、喉、心臓を狙ったフェイズガンの光弾を、すべて断ち切る。

 が。

 それすらも読んでいたのか、アルフは嫣然と嗤って、フェイズガンを刀に戻していた。

 

「食らえ」

 

 アルフの剣が紅く輝く。炎と気、どちらも宿した強力な一閃がくる。

 アルフが吼えた。

 

「鳳吼破!」

 

「!?」

 

 あまりの異音に、フェイトが、クリフが、アルベルが目を見開く。だがそれは、この場にいる、ナツメを除いた誰もが同じで、誰もが同じ表情で、アルフを見やった。

 アルフの剣先から迸った、赤い鳳凰を。

 

――ォオオオオオオオオッッッ!――

 

 人の等身を、はるかに上回る鳳凰が啼く。

 

「アレンッッッ!」

 

 反射的にフェイト達の声が重なった。ぐ、とナツメが固唾(いき)を呑む。

 同時。

 

「破ァッッ!」

 

 裂帛の気合を込めて、アレンが兼定を振り切った。振り下ろした刀を、両手で右逆袈裟に舞い上げる。瞬間。アレンの瞳の色に呼応するように、兼定の刀身が青く輝いた。

 

 ……キィイインッッ!

 

 その剣線が、ただの一振りが、巨大な鳳凰を両断する。空破斬でも、朧でもない、斬線から風を巻き起こしたそのただの上段からの一振りが。

 

「……反則だろ、それ」

 

 小さくつぶやいたアルフの身体を、呆気なく吹き飛ばす。

 

 どふぅんッッ!

 

 否。

 

「さすがだな」

 

 それがわざとであることを一目で見抜いたアレンは、後ずさるアルフを見据えてつぶやいた。吹き飛ばされなければ、アルフは今の、兼定の斬撃で胸に深い刀傷を負ったはずだ。

 この男は、そんな致命的な判断ミスを行わない。

 知っているからこそ、アレンも兼定を振り切った。

 

 ――初めて。

 

 大地を二つに断つ兼定(バケモノ)を見据えて、アルフはナツメを振り仰いだ。

 

「おいナツメ。シャープネスを貸せ。……あの刀、意地でも叩き折って――いや、それが出来ないにしてもヒビぐらい入れてやる」

 

「ほ、ほぇ? 私の、ですか?」

 

 突如名指しされて、ナツメは腰に差した刀、シャープネスを引き抜く――手を止めた。

 

「……待ってください? あれって、今、鳳吼破を斬った刀、ですよね?」

 

 静かに確認して、彼女は、じ、とアルフとアレンを見やる。その彼女に、こく、とアルフが頷いてくる。

 

「心配すんな。活人剣を使った今の状態でも、シャープネス(それ)なら俺の本気に、……まあ、一回くらいは耐えてくれるはずだ」

 

「……ほ、本気の一撃って、あれ、ですよね?」

 

 遠慮がちにアルフを見る。するとアルフは一分の躊躇もなく、こく、と首を縦に振った。

 

「で、ですが! アレンさんだって、この刀ではあれの全力は出せないって……!」

 

その刀(シャープネス)の死を無駄にはしない」

 

「絶っっ対、お断りしますぅううう!」

 

 拳を握り締めて叫ぶと同時、ナツメの腰から、シャッと鞘走り音を立てて(シャープネス)が引き抜かれた。

 

「……え?」

 

 ナツメが目を丸くする。一瞬で間合いを詰めたアルフが、シャープネスを手に、言った。

 

「お前。ホント戦闘の時以外は油断しすぎだな。……じゃ、借りるぜ」

 

「ぎゃぁあっ!? 待ってくださぁあああああああいぃっっ!」

 

 泣き叫ぶナツメを置いて、アレンに向き直ったアルフが、に、と嗤う。滾るように、紅の瞳が、暗く輝いた。

 一方で、対峙したアレンは、少し緊張を解いていた。

 

「……相変わらずだな。お前達……」

 

 顔をしかめる彼の殺気が、和らいでいるのだ。それに舌打ちしたアルフが続けた。

 

「だが。……お前の仲間を殺そうとしたのは、俺だぜ」

 

 挑発をかける。微笑ったアレンは乗ってこなかった。

 代わりに――

 スッと刀を構えて、殺気に変わる鬼気――剣気を走らせる。これが答えだと言わんばかりに。

 

 ドンッ!

 

 先ほどまでの凍るような空気ではないものの、張り詰める緊張の度合いは、まったく変わらない。微笑っているが、相当の剣気だった。

 ぎゅっ、と。

 誰にともなく傍観者は拳を握り、固唾を呑んだ。

 

「一体、この勝負……どうなるってんだ……!」

 

 誰かが、つぶやく。

 瞬間。

 

「今度は、こちらから行く」

 

 アレンが踏み込んだ。

 

「――右っ!」

 

 反射的に、ナツメが叫ぶ。同時、アレンの横薙ぎが、アルフの右側面を狙う。瞬間。アルフの持つシャープネスが、眩い光を放った。

 

 ぱぁあああああ……っ!

 

 紅い瞳が、ぎらつく。

 

 きぃいいんっっ!

 

 迫り来る兼定の斬撃を、アルフがついに止めた。活人剣によって高められた、闘気に呼応したシャープネスによって。

 

「止めたっ!?」

 

「おぉっっ!」

 

 アーリグリフ軍から、歓声が上がる。

 口元に笑みを浮かべたアルフは、しかし、そこで大きく目を見開いた。

 

 ぅいん……っ!

 

 止めた斬線から剣風が走り、アルフの肉を裂いたのだ。――ケイオスソードのように。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちながら、次ぐ上段からの切り下ろしを左に流す。作用点を、兼定が最も良く止まる一点を狙う、神経の磨り減る作業。それを嘲笑うように、アレンの斬線から放たれる剣風が、アルフの肉を斬ってくる。

 刃の軌道をずらしても、兼定は容赦なくアルフを襲ってくるのだ。

 

「破ァっ!」

 

 ギィインッッ!

 

 剣風を、アルフは流星掌の気功で消し飛ばす。が。

 

(……流すことも不可能か……)

 

 胸中でつぶやく。その時。眼前のアレンが、不敵に笑んだ。

 

「……良くかわした」

 

「!」

 

 言葉の意味を察して、アルフが身構える。同時。アレンが、兼定の柄に手をかけた。

 

「げ……」

 

「鏡面刹ッッ!」

 

 裂帛の気合が、アレンの喉を割る。と、同時。

 

「――……え?」

 

 そこにいる誰もが、あまりのことに口を開けた。

 ぽかん、と。

 

 ――ぴっ、ぴぴぴぴぴぴぴぴっ、

 

 音が、なかったのだ。兼定を振る、アレンの斬撃の音が。

 ただ――、

 気付けば、縦横無数の斬線が、空に描かれていた。

 

「ぉおおおおおおっっ!」

 

 紅い瞳を滾らせながら、アルフが吼える。

 他の者には、見えぬ斬線であったとしても、実力自体は互角のアルフには、斬線すべてが見えている。

 対応は可能だ。

 

「夢幻鏡面刹ッッ!」

 

 アルフの口腔を、気合が裂く。同時。横薙ぎから始まったアレンの斬線に、アルフの抜刀と唐竹が同時にぶち当たった。瞬間。アレンの刀が左、右袈裟状に振り落ちる。

 

 ヒュンッ!

 

「チッ!」

 

(速いっ!)

 

 互角――否、活人剣を使って、身体機能を極限に高めている今のアルフは、速度(スピード)腕力(パワー)共にアレンを上回っている。

 それを、兼定という刀が、圧倒的にカバーするのだ。

 アレンの放つ一撃が、アルフの二連撃に相当している。斬撃と――何より、剣風がやっかいだ。

 故に、アレンの斬線が速いと感じた。

 

 ギキィインッッ!

 

 アルフは息を殺しながら、左、右に走る兼定の斬撃を、横薙ぎと左右の逆袈裟で対応する。ついでアレンの胴薙ぎ――これに、疾風突きを合わせた。

 

「かかったな」

 

 そのときのアレンの言葉に、は、と瞬きを落とす。

 同時。

 

 カァアアアアアア……っっっ!

 

 兼定の刀身が、白く光る。眩いほどに青く、白く、澄んだ光を。

 ――アレンの眼光に、呼応するように。

 

「まずいっ!」

 

 アルフの気持ちを代弁するように、ナツメが叫んだ。瞬間。光の剣と化した兼定が、アルフの胴を下から切り払った。

 

 ズドォオオオオオンンッッ!

 

 轟音を立てて、アルフの身体が吹き飛ぶ。

 

「か――……っ!」

 

 今度は、計算などではない。完全に血反吐をばらまいて、アルフの身体が吹き飛んだ。

 ――フェイト達にはあの、音にもならない異音が聞こえた、その後の事象にすぎなかったが――。

 

「……な、んだとっ!?」

 

 つぶやくアルベルには、事態の、半分ぐらいは見えていた。

 

「アルフさんっ!」

 

 そのアルベルよりももう少し、動体視力に優れた少女には、事のおおよそが把握できている。

 吹き飛んだアルフが、アレンに切り払われる寸前、シャープネスを挟んでいたと――。

 誰よりも、アレンが知っていた。

 

「……さて、次はお前の番だ」

 

 悠然と口端を緩めて、アルフを睨む。そのとき。

 

 コオゥッ!

 

 吹き飛ばされたアルフが、地面に着地するなり、凄まじい闘気を背負った。

 青白い、すべてを凍てつかせるような、冷たい殺気を。

 

――ォオオオオオオオオオオオオッッ!――

 

 蒼竜の、絶大な冷気を。

 

「蒼竜……」

 

 ギンッとアレンを睨むアルフの瞳が、見開かれる。紅く、血の色に似た暗色の瞳が、ぎらりと底光った。その下で、ぐ、と握り締められたシャープネスの刀身が、どす黒く、紅く、輝く。

 

「鳳吼破ッッ!」

 

 アルフが唇を割くと同時、紅く染まったシャープネスの刀身から鳳凰が解き放たれる。鳳吼破同様、アルフが刀を振ることによって。

 

――グォオオオオオオオオオオオオオッッッッ!――

 

 蒼竜と紅い鳳凰が、折り重なるように吼え合いながら、アレンに向かって走る。その二匹は、すさまじい赤と蒼のコントラストをつけながら、猛速度(スピード)で空を駆り――、やがて、蒼い渦を巻いた赤い鳳凰へと姿を変えた。

 

 しゅぉおおおおん……っ!

 

 約十メートル。

 それが鳳凰の頭の(・・)大きさ(・・・)だった。

 対峙したアレンが兼定を構える。と。彼の瞳も、蒼く輝いた。

 ――兼定の刀身と、まったく同じ色に。

 

「朱雀……!」

 

 アルフとは逆に、赤い闘気の朱雀を背負ったアレンが、兼定の刀身から蒼白い光を放つ。

 迫り来る青光をまとった鳳凰に、アレンは斬撃を繰り出した。

 

「吼竜破!」

 

 ……っっ、コォオオオオ――ッッ!

 

 激突。

 青光をまとう鳳凰と灼熱を宿す蒼竜が、互いを食い合うように大口を開けてぶち当たった。

 瞬間。

 ばふんっ、という奇妙な音を立てて、フェイトの頬に、凄まじい熱風と冷風が吹き荒れる。

 

「……わっ!」

 

 思わず目を閉じる。

 風が、渦巻く。台風のように。竜巻のように。

 同時。

 赤い炎をまとった蒼竜が、鳳凰を――十メートル近い巨大な鳳凰を、完全に消し飛ばした。鳳凰の巨大な頭を、更に上回る巨大な竜の牙で。

 それが、次いでアルフを襲った。炎をまとった蒼竜にしてみれば、米粒ほどの大きさのアルフに。

 

 ずしゅぃんっ!

 

 鳳凰を食った直後、アルフに向かった蒼竜はアルフのシャープネスによって断ち切られていた。蒼竜鳳吼破が敗北すると、確信しての一撃だった。アルフは蒼竜鳳吼破で、アレンの朱雀吼竜破を減衰させ、ケイオスソードで断ったのだ。

 だが――。

 

「……やめた」

 

 シャープネスの峰で肩を叩きながら、アルフはふとつぶやいた。少し不満げに。否。彼にしてみれば、大いに不満で。

 

「活人剣使ってこの程度って事は、お前のその刀……、必殺技を強化させる紋章でも刻んでるのか?」

 

「いいや……」

 

 対峙したアレンが、構えを解く。

 アルフはシャープネスの刀身を検めながら、じ、とアレンを睨んだ。

 

「ってことは、ようやく自分の気に耐えうる武器(カタナ)を見つけたか……。まさか、活人剣を使った蒼竜鳳吼破まで、その状態で防がれるとは思わなかった」

 

「シャープネスが耐えられる、活人剣を使った奥義の上限は六割……。ならば俺が全力を出せば、いかに活人剣の奥義とて消せないわけはない」

 

「………………それだけか?」

 

「違うだろうな」

 

 片眉を上げて問いかけるアルフに、アレンは首を振る。ちらりと手元の、兼定を見下ろせば、己が偉業を自慢するように、兼定がキラリと輝いた。

 それに苦笑して、

 

(ガストに貰ったこの刀……。凄まじい!)

 

 その、まだまだ実力の断片を出したにすぎない相棒(カタナ)を見据えて、アレンは改めてアルフを仰いだ。

 

「さて」

 

 そう一言、言い置いて。

 

「サンキュ、ナツメ。……意外に頑張ったな。シャープネス(これ)

 

「無事で良かったですぅうう! ホントに、無事で良かったですぅうううう!」

 

 グズグズと泣き出すナツメに、アルフがシャープネスを返したのを確認して、アレンは本題を切り出した。

 相手の、真意を探るために。

 

「……何のためにここに来た? アルフ」

 

「ほへ?」

 

 開口一番の問いかけに、ナツメが首を傾げている。戦いの成り行きを傍観していたクリフが、弾かれたように、ば、と顔を上げた。

 

「っ!」

 

 クリフの妙な反応に、フェイトが不思議そうな目を向ける。

 だが当のクリフは警戒に表情を引き締めたまま、フェイトの無言の問いに答えなかった。

 代わりに、

 

「へぇ……。どこまで聞いてんのか知らないけど、そのクラウストロ人から、ある程度の事情は飲み込んだようだな? アレン」

 

 薄く嗤うアルフに、フェイトが瞬きを落とした。

 

「え……?」

 

 クリフと、アレンを仰ぐ。

 

 そう言えば――。

 

 アルフが、こちらを見ているのを確認して、フェイトは目を見開いた。

 

(そう、言えば……)

 

 ――……それが、お前の本性か。フェイト・ラインゴッド。

 

 遠い意識の端で、確か、アルフがそんなことを言った気がした。

 アルフがフェイトの何を見て、本性、と言ったのかは知れない。

 ――だが。

 

「……お前、どうして僕の名をっ!?」

 

 思わず叫ぶフェイトに、アルフは静かに嗤う。

 

「お前、本当に何も知らないつもりか?」

 

 逆に問われて、フェイトは、え、と言葉を詰まらせた。やや混乱した頭で、しかし努めて冷静に、言葉の意味を考える。

 が。

 フェイトが結論を出すより先に、アルフは話題を打ち切った。

 

「まあ、それならそれで構わない。ただ……一つだけ、同僚の馴染で教えてやるよ」

 

 これはアレンに向けての言葉だった。

 

「俺の計算だと、バンデーンがもうすぐ来る」

 

 そう、一言。

 

「――何?」

 

 眉をしかめるアレンを見据えて、アルフはそれきり踵を返した。話の流れについていけないアーリグリフ軍に向かって、アルフは言う。

 

「じゃ。用も終わったところで、とっとと引き上げようぜ」

 

「待てっ!」

 

 引き止めるフェイトに、アルフは答えない。代わりに――

 

「詳しい話は仲間に聞けば? 俺より、親切に教えてくれるはずだぜ」

 

 くく、と喉を鳴らしてアルフは去っていった。その背を、やや遠慮がちに見据えて、ナツメはアレンを振り返った。

 

「……アレンさん……」

 

 迷い猫のような、弱り切った視線を向けてくる少女に、アレンは無言で首を横に振る。

 今は何も言うな――。

 そう言ってくるアレンは無表情で、厳しい眼差しだった。

 

「…………うぅ……っ」

 

 アレンの二度目の拒絶を受けて、ナツメはしょんぼりと肩を落とすと、意を決したように踵を返した。とぼとぼと歩き始めるナツメの背が、彼女の苦難を物語るように寂しげだ。

 

 ――アレンの無事を信じて、わざわざ捜しに来た彼女にとって、敵対関係のまま、顔を合わせたというのに何の言葉を掛け合わないまま、去っていくのは辛い。

 

 ナツメの心情を、理解しているアレンは静かに瞼を閉じた。

 

(……すまない、ナツメ)

 

 声には出さず、謝罪する。拳を握ったのは無意識のことだ。

 だが、それも一瞬のこと。

 周りの誰にも気付かせないように未練を断ったアレンは、瞼を開けて、一同を振り返った。

 

「俺達も戻ろう。……アリアスで、話がある」

 

 そう。

 今後の指針を示すために。

 アレンは、フェイトとクリフ、そしてネルに向かって告げた――……。

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