連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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5.剛腕のシェルビー

「タイネーブ! ファリン!」

 

 緊張したネルの声が修練場の屋上に響いた。

 

 だだっ広い真四角の闘技場。

 石壁の向こうに観客席があり、すり鉢状になっている。

 フェイトたちが闘技場に入ると、対面の壁の柱に、タイネーブとファリンが磔にされていた。両手首を鎖でつながれ、ぐったりとうなだれている。

 

 オレンジがかった金髪の方が、タイネーブである。女性にしては筋肉質な二の腕と太腿が、鎖帷子と軍服の合間から覗いている。そこに地肌の色が分からないほどに無数のミミズ腫れが走っていた。

 

 隣の女性、紫髪の方がファリンである。

 近接戦を得意とするタイネーブとは違い、ファリンは見た目では軍人と思えない。華奢で絹のように白い肌。代わりにネルやクレアのように腕と足に施紋を刻んでおり、遠距離攻撃を得意する施術士である。

 こちらも酷いミミズ腫れがあった。

 ――ふと、アーリグリフ地下牢の尋問官、黒頭巾を被った太った男を思い出す。

 相手が気絶するまでやる鞭打ちが、アーリグリフでの主流な拷問法なのだ。

 

「……っ!」

 

 ネルが眼を見開いて唇を噛んだ。傍らでクリフが、忌々しげにガントレットを弾く。

 

「ったく、お約束すぎんだよ!」

 

「タイネーブさん、ファリンさん! いま助けます!」

 

 フェイトが二人に向かって叫ぶと、呼びかけに気付いた二人が、力ない視線を持ち上げた。

 

「逃、げて……っくだ、さっ……! 待ち、伏せが、っ!」

 

 喉から搾り出すようにタイネーブ。顔が引きつって声のかすれがひどい。殴られたときに唇を切ったのかもしれない。血で粘りついて、唇がきちんと動いていなかった。

 

「そう、ですぅ……。柱の陰、に……、何人か……隠れてます、よぉっ!」

 

 ファリンもまた、ひゅっと息を呑みこみながら喋った。こちらは呼吸がおかしい。腹のあたりを庇うように身体を折っている。いつもののんびりした口調に変わりはないが、かすれた声の中には確かな緊張が滲んでいた。

 

「……ファリン、タイネーブ……!」

 

 ネルが抜身の短刀を握りこんだ。

 そのとき、ファリンの忠告に舌打った漆黒兵が、柱から躍り出てきた。

 全員で四人。

 

「よくも……っ!」

 

 ネルがつぶやき、駆けた。猫のようにしなやかな動き。逆手に持った短刀をはね上げる。

 

「肢閃刀!」

 

 斬線から縦一文字に疾風がほとばしり、踊りかかってきた漆黒兵の半分が風に吹き飛ばされた。

 悲鳴。

 それと同時にクリフの豪腕が唸った。

 

「カーレントナックル!」

 

 ネルが打ちもらした一人に、金色に輝く拳が叩き込まれる。大上段に構えた兵の剣をかいくぐって、その眉間にクリフの正拳が炸裂したのだ。鈍い音。一瞬で意識を失った漆黒兵の身体が、びんと立った。その脇腹にさらに左右のショートフックが決まって、漆黒は低く唸り、地面に倒れていった。

 

 その数センチ後ろで、残りの漆黒に詰め寄ったアレンが、拳を握り締める。腕から炎が迸った。眼を見開く兵。

 

「バーストナックル!」

 

 派手な炸裂音を立てて、漆黒兵の身体がくの字に折れて吹き飛んだ。弾丸のように宙を走って、闘技場の壁にぶち当たる。

 壁にめり込んだ漆黒兵が、だらりと首を垂らした。

 肢閃刀で退けられていた二人が、ひっと喉を鳴らす。そこに、フェイトが切りかかった。

 

「ブレードリアクター!」

 

 一瞬で込める裂帛の気。怯んだ漆黒の胸を薙ぐ、そのとき。

 

 ――ふと。

 脳裡に、斬殺された兵の姿が見えた。

 

「っ!」

 

 身体が痙攣した。剣を振りぬく手が止まる。

 

(――まずいっ!)

 

 本能的に叫んだとき、立ち直った二人の漆黒兵が、にたりと嗤ったのが見えた。

 甲高い気合が聞こえる。

 長剣を大上段に構えた二人が、襲い掛かってきたのだ。フェイトはそれを、ただ茫然と見ている。

 

(斬られるっ!)

 

 躱せっ、と心が吼えた。なのに身体が動かない。竦んでいる。

 息を呑んだ、そのとき。

 

「マイト・ハンマー!」

 

「気功掌っ!」

 

 フェイトの後ろから、上空に飛び上がったクリフの衝撃波と、地上から放ったアレンの気功波が、二人の漆黒兵を薙ぎ払った。

 

 轟音。

 

 フェイトがハッとして顔を上げる。

 中空を舞った二人の兵士は、まるでピンポン球のように、二、三回バウンドし――肩から地面に落ちて、動かなくなった。

 

「あ、……っ」

 

 気付けば、息を吐くことが出来なくなっていた。

 そのフェイトを見据えて、クリフが気の毒そうに眉をひそめた。

 

「……心配すんな。ちゃんと加減してるぜ」

 

「っ、っっ! ……ご、めん……っ」

 

 ふたたび震え始めた身体を見下ろして、フェイトは忌々しげに唇を噛む。締め付けられるような痛みに胸をつかんだ。努めて、息を整えるよう肩を揺らす。

 ――情けない。

 なにも考えずに剣をふっていたときは出来ていたことが、一つの決意を固めただけでこうも揺らいでしまうのが。

 

(……くそ!)

 

 敵は待ってくれない。それはアレンと出合うまでにフェイトが修羅場をくぐって覚えたことだ。

 なのに胸がざわついて落ち着かなかった。身体がまた竦みそうで、どうすればいいのか分からない。

 

 

 クリフが黙って、視線を落した。

 フェイトがこうなった原因は分かっている。

 

 ――人を斬ることが怖くなったのだ。

 殺すことを、恐れた瞬間に。

 

 クリフは拳を握りこんでアレンを見やった。当のアレンは、タイネーブとファリンを柱から下ろしに行っている。

 

(……フォローなし、だと?)

 

 余計な感情を呼び覚ましておきながら、アレンは膝をついて二人の容態をあらためている。

 その口ぶりからしてフェイトの懊悩は、アレンも予想していたはずだった。

 

「……ちっ! 行くぞ、フェイト」

 

 舌打ちして、クリフはタイネーブとファリンの下へフェイトを促した。

 

 

 フェイトは頷いて、ゆっくりと息を吐く。硬くつむった目を開けた。

 

(こんなにも、辛いことだったのか……!)

 

 インフェリアソードを握った両手を見下ろした。フェイトの心臓はまだ荒れ狂っていて、冷静になるにはしばらくかかりそうだ。

 顔を上げると、クリフと目が合う。気遣わしげな視線。だがなにも言わずにクリフは踵を返した。どこか歯痒そうな表情だった。

 フェイトは顔をそむけて、息を吐いた。

 

(くそっ、これじゃ足手まといだ……!)

 

 頭が混乱していた。胸のあたりにしこりのようなものが渦巻いていて、溜息程度では少しも晴れない。

 それを極力無視してクリフを追い、タイネーブとファリンに駆け寄った。

 予想を遥かに上回る凄惨な傷が、二人の身体に刻まれている。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 アレンがヒーリングを始めとした処置を行っている。軍人だけあって、動きに無駄がない。

 床に寝かされたタイネーブが、弱々しい視線ながらも微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

 

「大丈夫ですぅ。……ちょびっと痛いですけど」

 

 照れくさそうにファリンも言った。

 

 ――こんな重傷を負ってまで、彼女たちは微笑うのだ。

 

 胸に重いものがのしかかった。知らぬ間に肩が落ちる。

 

(僕は――……!)

 

 拳を握りこむ。

 タイネーブが視線をネルに向け、切れた口端をもごもごと動かした。アレンに押し当てられた布のせいで、あまり口が開けていない。

 

「すみ、ません……。私、たちのためにっ、こんな……危、険な……、場所まで……」

 

「申し訳、ないですぅ……」

 

 タイネーブに続いて、ファリンも、血で黒々と染まった腹を押さえて、つぶやいた。搾り出すように小さく。

 ネルが無表情に首をふった。

 

「いいよ。それに礼なら彼らに言うんだね」

 

「気にすんな。たいしたことじゃねぇ」

 

「そう、ですよ……。それより急いでここを脱出しましょう」

 

 平静を装ったものの声が硬くなったのは、心のわだかまりを反映しているようだった。

 口の中が、ひどく乾いている。

 

「そうだな……、用は済んだんだ。こんな辛気くせえ場所、さっさとおさらばしようぜ」

 

 立ち上がるクリフに、ネルが続いた。アレンが一同を手で制す。タイネーブとファリンに向き合ったまま、横目で後ろをふり返っていた。

 

「ん!?」

 

 クリフの視線も鋭くなった。

 

「そうもいかないみたいだね」

 

 低く、ネルがつぶやく。ゆっくりと腰を落し、短刀を音もなく引き抜く。

 空気が明らかに変わった瞬間である。

 クリフが、やれやれ、と溜息を吐きながらガントレットを叩いた。

 

「だな。首の後ろが殺気でチリチリしやがるぜ」

 

 フェイトも遅れて視線をやる。背後に。

 そこに巨大な鉄球と斧を手にした巨躯の漆黒兵が立っていた。鎧の構造も、放つ雰囲気も、他の者とはまったく違う。頭一つ分、他の漆黒より高い。岩のような体格に相応しく、鎧のプレートが厚く、戦場で目立つよう派手なオレンジ色のラインを縁に引いている。

 鷹のように獰猛な目と鉤鼻、他人を蔑む酷薄な笑みがしっくり貼りついていた。

 フェイトは男を睨んで、剣を強く握りしめた。

 

「お前たちか? アーリグリフに落ちた、謎の物体に乗っていたという奴らは?」

 

「だったらどうだってんだ」

 

「大人しく投降することだ。そうすれば命までは取らないでおいてやる」

 

「お前は何者だ?」

 

 感情を乗せずにフェイトが問う。

 以前、ネルが言っていた。アーリグリフでは『力』が信奉されていると。

 この男の態度は、まさにそれである。自分をより大きく見せようと表情、言葉、態度から他人を見下す魂胆がはっきりと滲み出ている。

 これをハッタリと取るか、本物と見るかは、まだフェイトにはわからない。

 

「私はシェルビー……、漆黒の副団長だ。ま、もっともすぐに肩書きは団長に変わるだろうがな。私の管轄下に入ってきた己の不運を呪うがいい」

 

「……ここまで来てシェルビーが相手だとはね」

 

 ネルが忌々しげに言った。

 

「強いの?」

 

「ああ。彼は漆黒のナンバー2さ。伊達に留守を預かっちゃいないよ」

 

「確かにな。ただの留守番にしちゃ構えにスキがねえ……。他の奴らとはダンチの腕だろうぜ」

 

 クリフの忠告に固唾を呑んだ。

 並みの『漆黒』ならば、倒すのは難しくない。彼らの奇襲めいた速攻にはパターンがあり、隙を突けば一気に瓦解できる。これは闘技場にくるまでにフェイトが見つけた戦法であり、一期一会の真剣勝負を重んじるアーリグリフ兵の気質であった。

 ネルが昨夜から連戦して生き残っているのも、その戦術に気付くのが早かったのが大きい。

 

(けど)

 

 シェルビーの得物からして、同じ戦法は使わないだろう。

 こちらの警戒に満足したのか、シェルビーが大きな肩を揺すった。

 

「無論、生かしておいてやるのは男2人だけだ。餌の女どもには死んでもらう」

 

「そんなこと、させるものか!」

 

 フェイトが吐き捨てると、鷹のような目が弓なりに細まった。

 

「勝負は見えている。無駄なあがきはやめることだ」

 

「無駄かどうかはやってみなけりゃわかんねえだろうが! 大体、テメエに俺が殺れんのかよ?」

 

「その言葉、そっくりお返しさせてもらう」

 

「上等!」

 

 クリフが低く構える。

 

「タイネーブ、ファリン、あんたたちは下がってな」

 

「来るぞ」

 

 退く二人を尻目に、鋭くフェイトが言った。

 シェルビーの手にした鉄球が落ちる。腹の底が震えた。闘技場の床が砕け、めり込みそうに思われたが、傷一つない。相当頑強な造りだ。

 

 アレンが言ってきた。

 

「……フェイト。この戦闘、あまり長引かせるべきじゃない」

 

「分かってる! いくぞ、皆!」

 

「逃しはせぬ!」

 

 ずらり、と。

 闘技場の半分を埋め尽くす漆黒が、シェルビーに続いて現れた。その数、ざっと百は超えている。階下で敵とあまり遭遇しなかったわけである。

 

「……んだと?」

 

 フェイトが息を呑む隣で、クリフも声を落した。

 

「あ、あぁ……っ!」

 

 背中で、ファリンの悲痛な声。

 そのときである。

 

「ついてきてくれ、クリフ」

 

「!」

 

 アレンが、猛然と漆黒兵達の中に突っ込んでいった。

 

「バーストナックル!」

 

 黒山の人だかりに焔が爆ぜる。天まで届かんばかりの爆発。突風で人間が簡単に宙を舞う。悲鳴を上げて地面に叩き落ちる漆黒兵たち。

 アレンがその合間を縫って疾駆する。視線は常に次の獲物。まるでラッセル車の除雪作業のごとく、次々と漆黒兵を巻き上げていく。

 

「……上等だ! 一気に片付けてやらぁ!」

 

 クリフが反対側から駆けて行った。両腕がわっと膨らむ。黄金の闘気。遠心力を利かせた強烈な拳打、カーレントナックル。腕の長いクリフが、気功でさらにリーチを倍加させている。

 

「オラオラオラァッ!」

 

 クリフが鍛え上げられた両腕をコンパスのように振りまくる。深く考える必要はない。この数だ。振れば、必ず誰かに当たった。漆黒はアレンの強さに尻込み、怖気づいて棒立ちになっていたところをクリフに襲われ、クリフの周辺からは大量の悲鳴が湧き起こった。

 

「ぐぅっ!」

 

 もんどりを打って後退した漆黒兵に、クリフは膝を折り、追撃体勢をとる。素早く引き戻された拳が、再び漆黒兵に向かって走る。

 クリフがカーレントナックルを放ったところで、フェイトもまた、走り出していた。目標は一人。重量武器を二つも従える男、豪腕のシェルビーだ。

 アレンと出会う前からそれなりの場数を踏んでいるフェイトならば、相手取れない敵ではない。たとえそれが、漆黒の副団長であろうとも。

 フェイトは身体に染み始めた恐怖を振り払うように、叫んだ。

 

「加勢します! ネルさん!」

 

 シェルビーを睨み、フェイトは駆け出したまま上半身を斜に構える。剣を持つ腕は腰に、ちょうど両腕で突きを放つ体勢だ。

 

「ふん! 小僧が!」

 

 対するシェルビーも雑魚ではない。

 突きを放つ(フェイト)の切っ先を鉄球で押し切ると、シェルビーは右手の斧を無造作に振り下ろした。

 

「凍牙!!」

 

 その振り下ろす右腕に、ネルの短刀が突き刺さる――いや、突き刺さろうとしたところで、とっさにシェルビーが斧の軌道を変え、柄で弾いた

 だが。

 

「ぐぅっ!?」

 

 間に合わない。

 ちょうどシェルビーの脇腹を抉るように逸れた氷の刃が、闘技場の床に当たって弾けたのだ。怯んだシェルビーの隙を、ネルは逃さなかった。

 

「はぁっ!」

 

 逆手に持った短刀で、シェルビーの胸を薙ぐ。分厚い鎧越しでそれほど深くは入らなかった。シェルビーが身を起こす。そのときネルは腰を落として深く踏み込んだ。

 

「影払い!」

 

「……、ぐぉッ!?」

 

 短い悲鳴を上げたシェルビーの足元に、ネルの両短刀から放たれた剣風が迸る。相手の膝を薙ぐような攻撃に、シェルビーがバランスを崩して倒れる。

 

「ブレードリアクター!」

 

 フェイトが止めと言わんばかりに剣を振り上げた。瞬間。ネルの鋭い一喝が、走った。

 

「フェイトっ!」

 

「ッ!?」

 

 あまりの気合に一瞬、フェイトは振り上げる手を止めた。そのとき、眼前のシェルビーが怒気を孕んだ瞳で斧を振る。

 

「舐めるなぁっ!」

 

 それは一瞬の静止に過ぎなかった。

 巨体に似合わず素早いシェルビーの立ち直りに、フェイトは目を見張る。フェイトの首を切り落とさんと迫る斧の速度が、フェイトの動揺の分だけ、フェイトの剣速を上回っている。

 

(しま――、っ!)

 

 死を覚悟した、その瞬間。フェイトの身体が、横から襲ってきた衝撃に弾き飛ばされた。

 

「っ!?」

 

 きぃんっ!

 

 ついで金属がぶつかり合う鋭い音。倒れた体勢から、フェイトがハッと視線を上げると、そこにはシェルビーと対峙するネルの姿があった。

 

「ネルさん!?」

 

「悪いが、こいつだけは私に任せてもらう!!」

 

 短く答えたネルは、鍔競り合い――シェルビーとの純粋な力比べから逃れる為に、刃を流そうと右に体重をずらす。

 

「甘いわぁっ!」

 

 勝ち誇ったシェルビーの怒声が、ネルの痩身を鉄球で弾き飛ばした。

 たった片腕一本で、シェルビーはネルの腕力を上回る。

 

「か、は……っ!」

 

 声にならない息を吐いて、ネルの身体が闘技場の床をすべった。嫌な音がした。ぺき、と骨が砕けたような音が。

 

「ネルさん!」

 

「手出し無用と、言ったはずだよ!」

 

 駆け出そうとしたフェイトを、ネルの一喝が、その瞳にこめられた絶大な憎悪が、引き止めた。

 己の腹心を犠牲にした代償。部下が受けた屈辱の重みは、はりつけられた彼女達の傷が語っている。最後の力を振り絞って忠告を発したタイネーブとファリンの姿が、ネルを奮い立たせる。

 シェルビー(こいつ)は、許さないと。

 味方の援護は、今の自分には重荷なのだ。

 この怒りを『抑えろ』という――。

 

「やって……、くれるじゃないか!!」

 

 シェルビーを睨んで、猛々しく吼えたネルは、短刀を握り締めて立ち上がる。それを見返して、シェルビーがニッと笑った。

 

「フン! 無論、生かしておいてやるのは男2人だけだからな! 餌の女ども(きさまら)には死んでもらおう!」

 

「殺れるものなら!」

 

 ネルが吼えると同時。横目で事態を見守っていたクリフが、フェイトを鋭く一喝した。

 

「ぼうっとしてんじゃねぇ! 敵は一人じゃねぇんだ! 援護しろ!」

 

「あ、ああっ!」

 

 クリフの御蔭で止まりかけた思考が、正常に動き出す。

 それぐらい印象深かった。

 

 任務を最優先にしていたネルが、すべてを曝して怒る姿が。

 ファリンとタイネーブを傷つけられたことに対する、彼女の純粋な怒りが。

 

 それが『戦』というものなのだと、フェイトは初めて、まざまざと見せられたような気がした。

 

「…………ネルさん……!」

 

 剣を握り締めて、フェイトは前を見据える。

 先頭に立ってクリフが戦っているものの、数ある漆黒兵にシェルビーの加勢をさせないよう、ファリン、タイネーブへは手出しさせないよう、クリフも、アレンも、動きに制限が生まれている。

 圧倒的な数の暴力だ。

 二人とも、その所為で手間取っているらしかった。

 

「待ってろ! 今加勢を――」

 

 気を取り直して、クリフ達の戦場に向かおうとした、その瞬間。

 

 アレンと、目が合った。

 

 じ、と。

 ただ無言で、こちらを見据える彼と。

 

 ――君に、その意志と信念が宿るのなら。

 

 闘技場に出る前。エレベーターで言われた、あの一言。

 『相手を殺さない』という己の誓い。

 両親と、また平穏な暮らしを送るために。

 ソフィアと、また笑顔で再会するために。

 その誓いを、フェイトの覚悟を、アレンは試しているように見えた。ただ無言で、じっとこちらを見据えることで。

 

(僕、だけが……!)

 

 ネルの怒りの姿。

 タイネーブとファリンの、命がけの姿。

 

 そして彼女達の見せた意志の光が、フェイトの胸に焼きついた。

 見下ろせばまだ、震える両手の感覚が――殺人への恐怖がうっすらと残っている。

 だが。

 それでも――……。

 

「僕だけが、逃げるわけにはいかない!」

 

 己を奮い立たせるように叫んで、フェイトは剣を握りこんだ。眼差しに力がこもる。

 漆黒兵の数は、百を超える。常識で考えれば、圧倒的不利な状況だ。それでもアレンとクリフならば、そうそう負けるとは思えない。それぐらい彼らは尋常でないほど強い。

 ならば――。

 拳を握りこんで、低く、戦闘の物音に隠れるように小さく詠唱を開始したフェイトは、シェルビーを睨んで、右手を掲げた。

 

「ライトニングブラスト!」

 

 凛としたフェイトの詠唱と同時、雷が奔る。不意を突かれたシェルビーが、大きく目を見開いた。

 

「ぐぉをっっ!?」

 

 雷の射程は決して長いものではない。それゆえに凝縮された威力を誇る紋章術は、シェルビーの巨体を直立させた。

 

「フェイト!?」

 

 驚いたネルとクリフが、フェイトを見る。

 すると彼は、二人に視線を返して、力ある声で言い放った。

 

「僕は、僕の意志を押し通す! ――こんな人の命を何とも思っていないようなクズ相手でも、それは曲げない!」

 

「……!」

 

 思わず目を見張るネルとクリフに、フェイトは微笑む。

 斧の柄を杖代わりに、震えながらも起き上がるシェルビー。それを見据えて、フェイトは、でも、と言葉をつなげた。晴れやかな表情で、ネルを一瞥しながら。

 

「タイネーブさんとファリンさんを好き勝手にやった借りは、きっちり返してやろう! ネルさん!」

 

「…………!」

 

 はた、と瞬きを落としたネルの瞳から、強く根付いていた憎悪の色が払拭されていく。

 ようやく正気を取り戻した彼女に、こくりと頷いて、フェイトは鋭い視線をシェルビーに向けた。

 

「手加減はしないからね」

 

「舐めるなよ! 小僧が!」

 

 地に響くシェルビーの怒声を前に、フェイトは、ふっと微笑ってみせた。

 

「……そろそろ終わらせよう。クリフ」

 

 それを視界の端に入れながら、アレンが横目でクリフを見る。ちょうど、漆黒兵二人の三連突きを、クリフがガントレットで払いのけた直後だ。

 

「ああ!? お前、何言って――」

 

「いる。この場の兵よりも遥かに強い『気』を持つ猛者が」

 

「あん?」

 

 怪訝になって、アレンを見る。すると彼は、ファリンとタイネーブが磔にされていた柱を見据えていた。正確には、柱よりもう少し、右手の方を。

 クリフが、はたと瞬く。

 

(……確かに妙な感じだ。何か、いやがる)

 

 思わず舌打ち。

 アレンの言う猛者かどうかは知らないが、彼が目測を誤るとも思えない。

 

「まだ向こうが手を出す気配はない。片付けるなら、今だ」

 

 背中合わせに立ったアレンがつぶやく。それを受けて、クリフはやれやれ、と肩をすくめてみせた。

 

「ところでお前、その人使いの荒さは何とかなんねぇのか? ウチの親分といい勝負だぜ!!」

 

「……そうか?」

 

 きょとんとした顔でアレンがクリフを見やる。その彼に、クリフは大仰に頷いてみせた。

 

「縁があったらその内会わせてやるよ! とりあえず、ここを切り抜けてからな!」

 

「ああ!」

 

 頷きあった二人は、拳を握り締めて漆黒兵を睨み据えた。

 既に、半数近い兵が戦闘不能状態になっている。睨めば、びくり、と体を震わせて後退し始める者までいた。

 クリフとアレンの動きが、一気に加速する。アレンの足払いを皮切りに、クリフの体当たり(チャージ)が周囲を囲む漆黒兵三人を吹き飛ばした。

 

 

 ……………………

 

 

「はぁっ!」

 

 シェルビーの鉄球がフェイトを間合いに入らせない。振り回された鉄球は、確かにでたらめな軌道を描いているが、気付けば的確なタイミングでフェイトの死角を突いてくる。

 

「くっ!」

 

 またしても、剣先で鉄球の軌道を変えながら、そのあまりに重い衝撃にフェイトは歯を食いしばった。

 

「凍牙!」

 

 遠距離からネルが援護してくる。しかし距離ある攻撃は、その分、軌道を読まれ易い。特に苦労せず、シェルビーは斧で弾いた。

 瞬間。

 

(――隙をっ!)

 

 斧を持ち上げるまで、いくらシェルビーでも一秒かかる。

 中距離で足を止めたフェイトが打ち込む。同時。シェルビーが迎撃に入った。自分か、シェルビーか。先にどちらが打ち込むかは――瀬戸際だ。

 それでも、フェイトは勝負に出た。

 

「ぉおっ!」

 

 案の定、踏み込むフェイトに、牽制するようなシェルビーの鉄球。だが今まで散々かわした代物だ。おおよその動きなら、つかめる。

 

 ……が、ごっ!

 

 フェイトは剣の柄頭で鉄球を叩き落す。

 鈍い音と同時、軌道を逸らしたそれに目をくれず、フェイトは渾身の速度で剣を振るった。下段から弧を描く様に振りぬく。

 

「ブレードリアクター!」

 

「させるかぁ!」

 

 頭上から叩き落すようなシェルビーの恫喝。彼の斧が、最高速度で振り落ちる。

 間に合わない。

 ぐ、と目を見開くネルを置いて、フェイトは斧の一撃を全身の筋肉を使って避けた。左にねじ切った無理矢理の体勢のまま、改めて剣を振り上げる。

 

「フェイト!」

 

 背後でネルが叫んだのは、喜色からではない。弾かれた初撃の鉄球が、シェルビーの一引きで軌道を定め直したためだ。

 鉄球が、フェイトの後頭部まで一メートルの距離に迫っている。

 

「凍牙!」

 

 否。

 凍牙では、間に合わない。

 それを気取ってか、知らずてか。フェイトの剣速が、速度を増した。

 

「遅いっ!」

 

 短く言い切ったフェイトは、ブレードリアクターの初撃、振り上げをシェルビーの胸に当てると、次ぐ二撃目を、気を溜めずに放った。ゆえに威力は低い。

 が。

 振り下ろしたフェイトの剣に、シェルビーの巨体が、それを支える足が、たたらを踏んだ。鉄球のコントロールが一瞬、シェルビーの手を離れる。彼がバランスを崩した、ほんの一瞬の隙だ。

 その瞬きの間は、ネルの凍牙を受けるのに十分な時間だった。

 

 きぃんっ!

 

 甲高い音を立てて、フェイトの紙一重後ろに鉄球が叩き落される。

 驚いたシェルビーは、今度こそ最大に気を高めたフェイトの終撃を、その鋭い突きを腹に食らって――吹き飛んだ。

 文字通り、闘技場の壁まで。

 

 がんっ、っっ!

 

 叩きつけられたシェルビーが、あまりの衝撃に気を失う。

 シェルビーの腹を突き抜けなかったのは、フェイトがバランスを崩している状態で、終撃を放ったためだ。

 威力は高いものの、衝撃が分散されている。

 絶妙な力加減だった。

 

「オッケー、終わりだ」

 

 にっと口端をつり上げながら、クリフが自慢の拳を掲げてみせた。

 見ればクリフの後ろに、漆黒兵達が折り重なるように倒れていた。まさに小山だ。どうだ、と視線で問うてくるクリフにフェイトは笑みを返して、こくりと頷いた。

 傍らのアレンが、釈然としない面持ちでクリフに問う。

 

「何も重ねる必要はないと思うが?」

 

「へっ! さんざ、手こずらせてくれたからな! これぐらいしたって罰はあたらねぇよ!」

 

「……そうか?」

 

「んだよ? なんか文句でもあんのか?」

 

「いや。文句はない」

 

 首を振るアレンに、クリフは、にっと笑う。

 その二人に苦笑して、フェイトはネルを見た。

 

「さ。ネルさん、早くクレアさんに無事な姿を見せてあげよう!」

 

「ああ!」

 

 頷いて踵を返すネルを、クリフが右腕を広げて制した――……。

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