連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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side phase2 公開訓練

 アリアスに駐屯しているシーハーツ軍も、毎日戦争しているわけではない。

 アーリグリフに偵察に行った封魔師団『闇』から報告書を受け取り、敵軍の出方を見張りつつ対策を練り、現状を聖都に報告する。

 現在、聖王国シーハーツにおいて、最も緊迫した戦線に立つ部隊には違いない。

 

「ホントに良かったんですかぁ? フェイトさん達と一緒にぃ、シランドに行かなくて?」

 

 会議室で型どおりの挨拶を終えて、領主の館から出てきたアレンを、ファリンが間延びした声で呼びとめた。顔を上げたアレンが、ファリンを見るなり微笑う。

 

「ええ。施術兵器に関する知識は、ほとんどフェイトのもの。それに、関係各所への報告はネルに任せきりですから、実際に俺がシランドでやることはありません。一同の護衛という意味ではクリフやロジャーがついているし、ね」

 

「それは、……そうですねぇ。というかぁ、どちらかと言えば、貴方と同じ服を着た、銀髪の人の方がよっぽど危険だってことですよねぇ?」

 

 反応を窺うように、ファリンがこちらを見る。アレンは迷わず頷いた。

 

「ええ。俺と同じ服を着た軍人――アルフにつきましては、フェイトを巡っての目的で行動している、ということしか分かっていません。やつの言動からして、まだ積極的に動く気はないようですが一番予想しづらい相手に変わりはありませんからね」

 

「でも、カルサアでの対話はうまくいったんでしょう?」

 

 ファリンの隣からタイネーブが口出しすると、アレンは首を横に振った。

 

「まだ仮契約です。こちらの思惑通りに動いてもらうには、いろいろと準備をせねば」

 

「準備、ですかぁ?」

 

 首を傾げるファリンに頷いて、アレンはファリンとタイネーブに言った。

 

「今から少し、私に付き合ってもらえませんか? ……確かめたいことがあるんです」

 

「はぁ……?」

 

 首を傾げる二人に、アレンは静かに微笑った。

 

 

 

「公開訓練?」

 

 村の巡回をしていた兵士は、思わず同僚に聞き返した。まだ陽の高い、正午の話だ。

 領主の館から休憩でやって来た同僚は、彼の言葉に何度も頷いた。

 

「今日来たばかりのクリムゾンセイバーってやつが今、パルミラ平原で公開組手してんだよ! ファリン様やタイネーブ様達相手に! ……それがともかく凄いのさ! お前もともかく見に来いよ!」

 

 興奮気味に説明する同僚に、彼は思わず口を引き結んだ。

 

「無茶言うな、巡回中だぞ? こんな時に組手なんぞ見に行った日にゃ、職務怠慢どころか、それより大事(おおごと)に……」

 

「バカ! クリムゾンセイバーって言や、あのシェルビーやアルベルを退けた奴らなんだぜ!? 今見なきゃ、いつ見るんだよ!」

 

「でもなぁ~……。見には行きたいけど、巡回がなぁ~……」

 

「もういい! 俺一人で行ってくらぁ!」

 

 ぷんぷんと湯気を立てんばかりに憤慨して去っていく同僚を見送って、彼はため息を吐いた。

 

「フン、最前線におると言うのに、いい気なもんじゃの」

 

「あ、オヤジさん……!」

 

 同じく村の巡回をしていた中年兵士に、彼は息を呑んだ。

 中年兵士は血気盛んな男で、ネルやクレアのために命を張ることを生きがいとしている。先のアーリグリフとの小競り合いでは重傷を負い、少し前まで教会で治療を受けていた。仲間内では『熱血オヤジ』の異名を持つ男だ。

 熱血オヤジは頑強な腕を組んで、フンと鼻から息を吐いた。

 

「まあ、あの若造には少し、ワシも期待しておるがの」

 

「あの若造……って噂のクリムゾンセイバーですか?」

 

 文句が多いことでも知られるオヤジがそんな事を言うのは、珍しいことだった。

 

「まあな。なんせそ奴は、教会で治療を受けていたワシの傷を、他の奴等もろとも一瞬で治してしまった奴じゃからの」

 

「えっ!? あの奇跡の事件は、施術の仕業だったんですか!?」

 

 やれパルミラの加護だ、アペリスの導きだと一時期大騒ぎになった事件を思い出して、彼は目を見開いた。熱血オヤジが、にやりと口端を歪める。

 

「直接見たわけではないがの。ワシの怪我が治ると同時に、あのクリムゾンセイバーが教会を出て行ったんじゃ。……もしかしたら、奴の血はシーハーツのものかも知れんの」

 

 ニヒヒと笑ったオヤジは、組手の様子を窺うように、パルミラ平原の方角に視線を巡らせた。

 

 

 

 

「どうした、もっと打って来い!」

 

 鋭い檄と同時に、タイネーブの身体がぐるんっと宙を舞った。

 

「っ、ぁ!」

 

 自分でも分らない間に、地面に落ちていた。草むらで無ければ、完全に鞭打ちだ。ヒュンッと風を切る音が聞こえ、顔の真横に持っていた棍が突き刺さった。呻いた彼女は、それを手に立ち上がる。

 目の前には、タイネーブと同じ、練習用の棍を握ったアレンがいた。今だ一撃も食らっていない――どころか、一歩たりともその場から動いていない。

 

「拍を殺した独特の打ち方は確かに読みづらいが、威力とスピードがなければ怖くない。もっと『気』を乗せて、脇をしめろ」

 

 言って、アレンは先ほどのタイネーブと、同じ構えを取った。棍を杖代わりに、立ち上がったタイネーブが頷く。

 タイネーブが構え直したのを見てから、アレンは、ぐっと棍を握り込んだ。

 

「例えば、こうだ」

 

 目にも止まらぬ速さで打ち抜かれた棍が、素振りにも関わらず、施術兵器を打ち放った時のような轟音を立てる。

 アレンが立っている位置から二メートル。近くにあった岩が、素振りと同時に砕け散った。まるで棍で直接打たれたようだ。横一線。穿たれた痕が出来ている。

 

「……凄い……!」

 

 タイネーブは思わず息を飲む。アレンが言った。

 

「もう一度やってみてくれ。最初よりはずいぶんよくなっている。もっと思い切り、俺に気をぶつけてこい」

 

「……はい!」

 

 気合の籠ったタイネーブの返事を聞きながら、ファリンはため息を吐いた。

 

「なんだかぁ~。棍棒を持ってから、人間が変わったようにぃ思えるんですけどぉ~……」

 

 もちろんアレンの事だ。ネルとは対等の立場で喋るくせに、ファリン達には敬語を使う彼は、組手を始めてから完全に『地』だった。

 手加減はあるが、容赦はない。

 既にファリンの精神力が、底を突き始めていた。恐らくタイネーブもそうだろう。

 タイネーブの棍を打ち抜く速度が遅れ始めていて、しかし、遅れることをアレンが許さない。

 まさに、

 

「鬼ですぅ……」

 

 恨みがましくつぶやくと同時、タイネーブの棍を(さば)き切ったアレンが、すっとファリンを見た。

 

「げ……!」

 

 その左手に、既に施力が集っている。

 

「いつ、詠唱してるんですかぁ! この人はぁあ……!」

 

 半分泣きごとになりながら、ファリンは慌ててファイヤーボルトの施術を放った。

 

 ドドドォンッ!

 

 火花と言うより溶岩の飛沫のようなものを上げて、炎の塊がアレンに走る。だが背筋が凍るような声が届くと同時に、ファリンの視界は赤く染まった。

 

「集中力が落ちているな、ファリンニ級構成員」

 

「うそですぅ! っこ、こんなのぉ、ファイヤーボルトじゃ……いやぁあああ!」

 

 咄嗟に張った施力の結界が、いともあっさりと撃ち抜かれる。悲鳴は半ば自棄だった。

 

「もらった!」

 

 アレンが施術を放ったわずかな隙を突いて、タイネーブが棍を繰り出す。全体重を乗せ、気を、アレンに撃ちつける――!

 しかし、全身全霊をかけて放ったタイネーブの棍は、ファリンを向いた態勢のアレンに握りしめられていた。

 

(そんな……! こちらの打ち筋も見ずに!?)

 

「正直すぎる」

 

 まるでタイネーブの心を読んだようにそう言って、アレンは棍を翻し、バランスの悪い彼女の肩に、とんと棍の先を当てた。

 

「ぅわっ!」

 

 悲鳴を上げて、タイネーブがひっくり返る。尻もちをついたタイネーブは、痛む個所を押さえながら、アレンを見上げた。

 

「痛たたたた……」

 

 やはり、一撃も決めらない。

 歯痒さと悔しさを噛みしめながら、じっとアレンを見ていると、こちらを向いた彼が、鋭い眼差しを解いた。

 

「少し、手荒くし過ぎましたね」

 

「…………」

 

 タイネーブは瞬いた。――また(・・)だ。まるで別人と思える所作で、そっと手を差し出される。これで訓練は終わりなのだと悟って、タイネーブはほっとしたような、残念なような感覚にとらわれた。

 

「っ、っっ!」

 

 差し出された手を取ろうとして、安堵した所為か、体中が悲鳴を上げた。思わず顔をしかめるタイネーブに、アレンの手が、そ、と肩に触れる。

 

「え? ……あ、あの!」

 

 異性と関わる経験の少ないタイネーブが、アレンの接近に慌てて顔を上げた時、タイネーブの肩に触れた手が、光を放った。

 一瞬で構成される、紋章陣。

 

「ヒーリング」

 

 彼がつぶやくと、タイネーブの体から痛みとだるさが、すぅ、と通り抜けていった。

 

(あ……)

 

 そういうことか、と合点してほっと息を吐く。その彼女に、アレンはにこりと微笑いかけた。

 

「痛む所はありませんか?」

 

「っ、……ぁ……えと、……いえ……!」

 

 何となく照れて、視線をさまよわせるとアレンは、そうですか、とだけ言ってファリンの方へと向かって行った。タイネーブとすれ違う際、ふわりと置いていった彼の残り香に、頬が熱くなる。

 

(ど、どど……どうしたんだ……、私は……!)

 

 首を傾げながら、タイネーブはアレンを目で追う。するとさほど重傷でないにも関わらず、動かなかったファリンが、ヒーリングで元気になったのか、いつになく饒舌に、アレンに文句を言っていた。

 

「で~す~か~らぁ~」

 

 ヒーリングの前からそれなりに体力だけは残っているファリンは、自分に活力が戻るなり頬を膨らませた。

 

「施術の短縮と言われてもぉ、すぐ思うようにはいかないんですよぉ~。なのに、ずぅ~っと同じ作業を繰り返しさせられてぇ~」

 

「ですが、対応は早くなっていましたよ。最後のファイヤーボルト、あれに対する障壁のタイミングは完璧でした」

 

「……あ、……えと……。いや、私が言いたいのはぁ~、そういうことじゃなくてぇ~」

 

 先ほどは視線だけで殺されそうな緊張感を持っていた蒼の瞳が、優しく微笑ったのを見て、ファリンは決まり悪く顔を背けた。

 

「ほかに何か?」

 

 珍しく言いよどんでいるファリンに、アレンは不思議そうに首を傾げる。

 と、

 

「おぉ! やっておるようだの! アレン殿!」

 

 不意に渋みのある、歯切れのいい声を聞いて、アレンは顔を上げた。この声には、アレンだけでなく、ファリンやタイネーブも聞き覚えがある。

 

「あ、アドレー様……!」

 

 声を揃えるファリンとタイネーブに、アレンだけは驚いた様子もない。

 

「予定より、早い到着ですね。アドレーさん」

 

「フフ、シーハーツの一大事とあらば、ワシはどこへでも駆けつけてくれようぞ!」

 

 自慢の二の腕の筋肉を見せびらかして、ガハハと大きく笑うアドレーに、アレンも微笑った。

 

「では、まずクレアさんに挨拶なさいますか? いまなら館にいらっしゃいます」

 

「おぉ、そうか! すまぬな、アレン殿!」

 

「いえ」

 

 いつもよりも更に上機嫌なアドレーの様子に、タイネーブとファリンが顔を見合わせる。

 すると、二人に視線を向けたアドレーは、タイネーブが握った棍と、倒れたままのファリンを一瞥して、ニッと邪悪に笑った。

 

「で、アレン殿。ウチの娘も、もう見てもらえたかの?」

 

「いえ。書類仕事に忙しそうでしたから、今はまだ」

 

「そうか」

 

 笑いをかみ殺すように、ニヒヒと口の中でだけ笑ったアドレーは、早々に踵を返した。

 

「ではもう少し待っているがよい! 組手の特別ゲストを呼んでやるわい!」

 

 返事を待たずに、アドレーが走り去る。その背を見送って、アレンは静かに微笑った。

 

「それは……――、手間が省けますね」

 

 つぶやいた彼の言葉に、血の気の引いたタイネーブとファリンの顔があった。




アレンの修行難易度
normal=シーハーツ兵との訓練
hard=シーハーツ隊長格との訓練
lunatic=フェイトくん修行編
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