フェイトたちは無事シランドに辿り着いていた。壮麗なシランド城を霧の向こうに見ながら、街に繋がる橋を渡っている最中、フェイトからこぼれたのは重いため息だった。
(くそっ……! 時間はいっぱいあったのに、全然考えがまとまらないっ!)
自分の事、父親の事、クォークやバンデーンの事。身の回りで起こっている諸事情は、着々と進行しているのに、その全容はまったく理解できない。
一方で、アレンはアーリグリフ、同僚、そしてフェイトとバンデーン……と次々に起こる事件について具体的な方策や考えを持っていた。
――この、ブロードソードを手に入れた時でさえ。
自分と同い年。軍人とはいえ、まだ成人もしていない彼が、フェイトには遥かな高みのように感じられた。恐らく、相当密度の濃い人生を歩んできたのだろう。あの思慮深さと達観した物腰に追いつくのは容易ではない。
だが。
(いい加減、置いてけぼりってのも格好つかないよな)
早く、同じ立場になりたかった。
少なくともそうできたなら、どうにかなる。そう思わせるなにかがアレンにはある。
バンデーン、クォーク、――そして父やソフィアの事も。
その為にもまずフェイトにできる身近なことは、このブロードソードを一刻も早く使いこなすことだった。
時間的な猶予が、あとどれほど残っているかはわからない状況だが。
「え……?」
拳を見つめていたフェイトはそこで、ふと足を止めた。
もう少しで城下町につく橋の途中で、人が倒れていた。
それを介抱している人もいる。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄る。フェイトの後ろで状況が見えなかったクリフとネルは、互いを見合わせた後、フェイトの後を追った。
介抱している人間が、毅然と答えてくる。
「ええ……。でも、早く
女性だ。それも妙齢の。
その声に、行き倒れの方に注意を払っていたクリフが、片眉をあげた。同時、反射的に介抱している女性を見下ろす。
「お、ミラージュじゃねぇか」
少し驚きながらも、道端で知り合いに出会ったような気安さだ。
フェイトの方は目を見開いた。
「ミラージュさん!?」
意外というか、想定外の人物との再会だった。思わずひっくり返る声に、ミラージュはくすりと笑って会釈した。
「クリフ、フェイトさん。二人とも、やっと会えましたね」
「お前、何やってんだ?」
「噂を頼りにあなたたちの後を追ってきたんですよ。それでここまで来たら、前を歩いていた彼女が急に倒れて……」
そこで、ふと。言葉を切ったミラージュは、す、と口元の微笑を消した。即座に緊張感を走らせて、ふるふると首を横に振る。
「ああ、そんなことはいいんです。早くこの娘を医者に見せないと」
「そんなにヤバイのか?」
「ええ」
クリフの問いに簡潔に答えて、にべもなく頷く。と、話の六割を聞いていないロジャーが、素っ頓狂な声を上げた。
「あ! この姉ちゃん、あの時の!」
「え……?」
言われて、行き倒れの――小柄な少女の方に視線を向ける。
瞬間。
フェイトは、
呼吸を忘れた。
「アミーナ!?」
悲鳴にも近いフェイトの声。それにクリフも目を見開く。
「何だと!?」
「何で、彼女がここにいるんだい?」
次ぐネルの声も、静かだが緊張していた。
その問いかけがフェイト自身に向いていないことを知りながら、真っ白になった頭が、ただ一点の言葉だけを脳裏で繰り返していた。
――非常に危険な状態だ、と。
フェイトは心臓がしめつけられそうになるのを感じながら、言い放った。
「わかんないよ! でも早く医者に見せなきゃ!」
「アミーナを連れて先に宿へ行ってて。私が医者を連れてくるよ」
静かだが鋭く。有無を言わせぬ態度でネルの指示を受けたフェイトは、我に返って小さく頷いた。
「頼みます!」
それを聞くか聞かざるか。颯爽と去っていったネルの背を一瞬だけ見送って、フェイトはアミーナに向き直った。
檄をもらったお陰で、少しは頭が冷えている。
「僕が運びます! 早く彼女を、宿へ!」
「ええ」
短く頷くミラージュの言葉を受けて、フェイトは迷う事無くアミーナを抱え上げた。
その彼女の体重が、軽い。持ち上げた瞬間、思わず、目が丸くなった。
フェイトはシランドの街路を駆け抜けた。
……………………
………………
すやすやと、幾分かペターニで会った時よりも細い呼吸を繰り返しながら、アミーナは眠っていた。
医師が施術を施して、随分経った頃の話だ。
「……今は落ち着いていますが、危険な状態に変わりありません。とりあえず、無理はさせないようにしてください」
宿屋に担ぎ込まれた時の状態を思い出しながら、厳しい口調で告げる医師に、フェイトは無意識に頷いた。
ベッドに横たえたとき、不意に触れた彼女の頬が、異様に冷えていたのだ。真っ青な唇に、土気色の肌。そんな状態のアミーナを見たとき、フェイトは息が止まるような気がした。
「それでは」
そう言って、去っていく医師に一礼をする。
ネルの話では、シランドでも腕利きの医者ということだったが、その彼女の施術をもってしても、アミーナの容態はなかなか落ち着かなかった。
当然、フェイトの中の焦りも次第に強くなってくる。
パタンとドアが音を立てて、医師が部屋を出て行ったのを見送ると同時。
「くそっ!」
フェイトはやりきれない思いでアミーナの寝顔を見据えた。
ペターニで病気を治すことに専念すると、そう言っていたのに。
ようやくちゃんとした治療が受けられると、安心していたのに。
――それなのに。
「なんで……、なんでこんな無理をしたんだ!」
問いかけるように、しかし幾分か声を抑えて怒鳴ると、部屋の壁に背を預けたクリフが、至極冷静に口を挟んできた。
「まあ、そうイラつくな。彼女が起きちまうぞ」
「分かってる。でも――!」
「だから落ち着けって。お前がいきり立った所で、彼女が良くなるわけじゃねえんだ」
「……っ」
確かにそうだ。
理性で同意しながら、感情を抑えきれずフェイトは唇を噛む。
どうして、こんなことになってしまったのか。
この
(死んでほしくない――! アミーナ、君にだけは……!)
それがいつかクリフが言っていた、余計な思い入れとは思わない。知らぬ間に、どこかでソフィアを重ねてしまっている事は、フェイト自身も薄々勘付いてはいる。
だが。
それでも――。
(それでも確かに、アミーナだから助かって欲しいって……。そう思ってもいるんだ……!)
両親を亡くしても。
病魔に侵されても。
ただ幼なじみに会うと真摯に言い切った、彼女の意志の強さに自分は惹かれていた。
あの時のフェイトには、まだ備わっていない強さだった。そして、今も。
彼女の純粋さに比べれば、今の自分の決意などちっぽけなのかもしれない。だから彼女が、凛々しく見えたのだ。――それなのに。
「こんなの……、あんまりじゃないか……!」
思わず、つぶやく。つぶやいてしまう。
そんなフェイトを、じ、と見据えていたミラージュが、どこか残念そうにも見える、哀しい瞳でアミーナを見やった。
「彼女はどうやら肺に病気を持っているようですね。イーグルが無事ならばなんとかなったと思うのですが……」
「本当、ミラージュさん?」
言葉を切るミラージュに、フェイトが、ば、と顔を上げる。弾かれたように問いかけると、その彼を制すように、クリフが首を横に振った。
「そりゃあな……。小型艇だってな、ここよりマシな設備があるぜ」
「ですが着地時の衝撃で大部分の機器が損壊してしまいました。それにあなた達が連れて行かれた後、イーグルは軍によって厳重に警備されています。ドアはロックしてありますから、中に入られることはありませんが、私達が入るためには、アーリグリフ軍を排除しなければならないでしょう」
「……まあ、アレンの小型艇はどうだか知らねえが」
クリフはつぶやいてみたあとで、首を横に振った。
できるならやっている。
あの男はそういう男だ。
クリフの心の動きは、フェイトにも正確に読み取れた。
もう時間が無い。アミーナが生きていられる――。
フェイトは自然に、す、と翡翠色の瞳を細めた。ミラージュと、クリフを見据えて。
「僕が、イーグルまで行って確かめてきます」
「どうやってだ?
こちらを見据えるクリフの眼差しが、静かな怒りを孕んでいる。実際は違うのかもしれないが、フェイトにはそう見えた。
落ち着いた声音で。
感情を殺した、無表情で。
クリフは、じ、とフェイトを見てくる。
「あのアルフとかいう野郎に鉢合った時はどうする? ……お前、幼馴染と笑顔で再会するんじゃなかったのか?」
フェイトは唇を噛み締めた。拳を握って、胸の奥からこみ上げてくるさまざまな感情を、爆発させないように押し込めた。
「それでも。助かる可能性があるなら、無茶でも何でも賭けるしかない」
「面が割れてる俺達じゃ話になんねぇよ」
「だったらこのままアミーナを見捨てろっていうのか! 冗談じゃない!」
「すまないね」
頭に血ののぼったフェイトを制すように、部屋の外から声がかかった。
視線を上げる。戸口に立ったネルがいつも通り冷静に、しかし、険しい表情で腕を組んでいた。
「どうやら、こっちもそうノンビリはしていられないみたいだよ。陛下があんたたちをお呼びだ」
言いながら、ネルは足音も無く部屋に入ってくる。その彼女をちらりと一瞥して、クリフが不思議そうに首を傾げた。
「ロジャーの奴はどうした?」
部屋に入ってきたのが、ネル一人だった。ネルは、軽く首を横に振って
「さあ。何だか、行く所があるって言ってどこかに行ったよ。すぐに戻るとも言ってたけど」
「そうか」
頷くクリフ。合点したのか、それ以上話を続けなかった。
「………………」
クリフを視界の端に、フェイトはネルに向き直る。気持ちを切り替えたいが、話に決着はついていない。
それでも『クリムゾンセイバー』としては、シーハーツの状況を聞かねばならない。
フェイトは拳を握りしめたあと、顔を上げた。自分の感情を、努めて振り払いながら。
「……それで。ノンビリしていられない状況って、どういうことですか?」
ネルは満足するようにこくりと頷いた。破顔しなかったところを見ると、こちらも相当深刻な内容らしい。
ネルは険しい表情のまま、フェイト、クリフを見た。まるで確認するように。
「詳しい話は城で聞けると思うけどね。アーリグリフの侵攻が始まったらしい。既にアリアスの手前まで部隊が来ている。おまけに今回は、アーリグリフ三軍の全部隊が作戦に参加しているという情報もあるしね……」
「三軍だと?」
「風雷は手を引いたんじゃなかったんですか?」
ネルは部屋の窓の外を、じ、と見据えた。その青空に広がるであろう、竜の群れを想定して。
「奴らが約束を守る、なんて保証がどこにあるのさ? 恐らく、アーリグリフは噂の施術兵器が完成する前に私達を叩いてしまおうと考えてるんだろうね。作戦指揮官はヴォックスのようだよ」
「……ヴォックス。まだ一度も戦ったことのない相手ですよね」
「ああ。不幸中の幸いは、アーリグリフに流された情報は、我が軍の胆じゃない点だ。アンタ達のほうが詳しいだろうが、いまディオン達が進めている施術兵器開発はそのままじゃ実戦投入できない。個々に詳しい指示は飛んでるらしいけど、戦略の全容はアレンの頭の中にしかない。情報は洩れようがないのさ。
それでともかく、今までに完成している兵器を持ってディオンがアリアスに向かう手筈になった。だけど、どこまでやれるか――」
「ディオン……?」
ふと。
思わぬところから響いた声音に、一同はベッドを振り返った。そこでようやく、眠ったはずのアミーナが目を覚ましたことに気が付く。
「ディオンを、知っているんですか……?」
「あ、アミーナ!? まだ寝てないと!」
起き上がろうとするアミーナを、慌てて制す。するとフェイトの声に驚いたのか、びく、と身体を震わせたアミーナが、緩慢な動きでフェイトを見上げて――
「あれ、どうして……?」
不思議そうに首を傾げた。
意識が混濁しているのかもしれない。
茫洋としたアミーナの瞳には、ペターニで出会った時の力強さは無かった。
「そんなことはどうでもいい。いいから、ともかく横になって」
「……はい」
なるべく穏やかに。自分の中の焦りを悟らせないように、そ、とアミーナを横たえると、彼女は幾分か躊躇してから、おずおずとフェイトに従った。
そのアミーナの顔を、フェイトは正面から見据える。
――何故。
もうかれこれ十回はつぶやいた心の叫びを、どうにか抑える。
「それで。どうしてこんな無理をしたんだ?」
抑えて問いかけたつもりが、わずかにフェイトの声には怒気がこもった。びくり、と震えたアミーナが、掛け布団の端をつかみながら、言いにくそうにじっとフェイトを窺う。
「それは……、あの。……話しましたよね? 私にも離れ離れになった幼なじみがいるって。その彼がここにいるって、知り合いのおじさんに聞いたんです」
「その幼馴染の名前が……、ディオン?」
「はい」
頷くアミーナを置いて、ネルを見る。
確かアミーナの幼馴染は研究者のはずだ。ならば――、
「ネルさん。このシランドの研究所に、あのディオン以外のディオンって名前の人、いるかい?」
瞬間。アミーナが顔を跳ね上げた。フェイトの口から『ディオン』という名の知り合いがいることに、過剰に反応してしまったのだろう。
フェイト自身はそれに取り合わず、あくまで冷静にネルを見据えた。
向かい合ったネルが、首を横に振る。
「いいや。シランドに研究所は一つしかないよ。エレナ様の施術兵器研究所、それだけさ」
「ってことは……」
言ってアミーナを振り返る。彼女は、喜色というよりも必死さを窺わせる形相で、じ、とフェイトを見返してきた。
「ディオンを、彼を知ってるんですか!? それじゃディオンはやっぱりここに……。私、行きます」
「ダメですよ、あなたは病人なんです。そんな無茶をさせるわけにはいきません」
アミーナがベッドから起き上がらんとするのを、今度はミラージュが両肩を抱いて制した。
「でも――」
対するアミーナには必死さがにじみ出ている。まるで明日になったら、もう幼馴染に会えない。そう思っているような強く脆い眼だ。
フェイトも首を横に振った。
「アミーナ、そんな身体じゃ無理だ。僕がディオンをここに連れてくるから」
「フェイトさん……」
灰色の瞳が、アミーナの内にある色々な感情を垣間見せてくれた。
焦りや、期待、希望、不安……。
そんなものがないまぜになった、なんとも言えない表情だ。
(……アレンやクリフも。僕が無茶を言ってるとき、こんな心境だったのかな?)
ふと頭にわいた疑問に、フェイトは数秒思考して、首を横に振った。
(いや。奴等に僕ほどの繊細さは無いか……)
だから、あの二人のように、完全に感情を表情から消すことは出来なかったが。
「アミーナ、言うことを聞いて……ね? また倒れたら元も子もないだろ?」
彼女をあやすようにささやくと、彼女は数瞬、思い悩むようにうな垂れて――、それから小さく頷いた。とても残念そうに、そ、と。
「はい」
ぽつ、とつぶやく彼女に、フェイトはいたたまれない気持ちのまま頷く。気を取り直してミラージュの方を振り返ると、ミラージュはすでに得心がいっているのか、小さく微笑っていた。
「ミラージュさん、彼女についてあげていてもらえますか?」
ミラージュは、ええ、と間を置かずに快諾してくれた。
フェイトはぺこりと頭を下げると、次に視線をネルに向けた。
「ディオンは、まだ研究室にいる?」
「ああ……。今はアリアスに運び込む施術兵器の準備をしていると思うよ」
こく、と頷いて、フェイトは視線をクリフ、ネル、ミラージュの順に送った。
「ちょっと行ってきます」
一言言い置いて。
フェイトは部屋を出る際、クリフをちらりと一瞥した。
ただ無表情に、こちらを見返してくるクリフを。
――例えば、イーグルに向かうとアレンが言ったならば、クリフは強く反対しただろうか?
脳裏にちらついた疑問にフェイトは歯噛みしながら、施術兵器開発室へと急いでいった……。
……………………
………………
「だぁ~かぁ~ら! 大変なんだってばよ! アレン兄ちゃん!」
「え……?」
ディオンを呼びに行くため、宿を出たフェイトは、街路から聞こえた甲高い声に足を止めた。二、三歩戻って、左右を見渡す。すると、特徴的な狸の尻尾が街角で揺れているのが目に付いた。
「えっと……、確かアミーナって姉ちゃん? の病気が悪くなって……! ほら、アップルの母ちゃんの時みたいに兄ちゃんの施術で治してやってくれよ!」
恐らく、ロジャーの声は周りの民家、二、三軒に聞こえているだろう。ぎゃいぎゃいと喚く彼に、フェイトは大きく目を見開いた。
(アレンの施術で……、治せる?)
「それ本当なのか!? ロジャー!」
「わわっ!」
反射的にロジャーに詰め寄ると、道に背を向ける形で座り込んでいたロジャーが、びく、と全身を振るわせた。
慌ててロジャーが通信機を隠している。
しかし、フェイトはそんな彼に取り合わなかった。
ロジャーが手にした通信機をひったくったのだ。
「あぁ!」
眼下でロジャーが喚いている。そんなものは意識の中にない。フェイトは、モニターに映るアレンを睨み据えた。
[フェイト? お前もいたのか?]
「そんな事はどうだっていいんだよ! それより! お前の施術でなら治せるって本当なのか!?」
何故、ロジャーが通信機を持っているのか。
何故、アレンと通信する必要があったのか。
そんな諸事情を飛ばして、フェイトはアレンを睨む。するとアレンは、小さく首を横に振った。
[残念だが、それが出来るならアミーナが倒れたあの時にやっている。……それより、何か慌てていたようだが、俺と話していていいのか?]
フェイトの形相が必死だったからだろう。
一目でフェイトに別の目的があったと看破したアレンは、静かな眼差しをこちらに向けてきた。フェイトからすれば、もどかしい態度で。
(なら、やっぱり……! アミーナを助けることは……!)
ぐ、と唇を噛む。足元にいるロジャーが、通信機を奪い返してきた。
「ったく!」
不服そうにつぶやいて。ロジャーは通信機を懐に突っ込むなり、半眼になってフェイトを睨み上げた。
「そうだぜ! フェイト兄ちゃん! やる事があんなら、そっちをさっさと終わらせてこいよ! アレン兄ちゃんとは、オイラが話をつけといてやるから!」
しっし、と手を振るロジャー。その彼の行動が、普段のフェイトならば奇妙に思えただろうが――、頭に強烈な衝撃を受けたようにフェイトは落胆し、そのとき頭に残らなかった。
「……分かったよ。行けばいいんだろ……!」
去っていくフェイトを見送った後、残されたロジャーは、ふぅ、と安堵の息を吐く。かいてはいないが、額の汗を拭うような素振りをして。
「何とかフェイト兄ちゃんを追い払ったぜ! アレン兄ちゃん!」
懐から、もう一度通信機を取り出して、ロジャーが笑む。
『もにたー』というらしいが、そこに映るアレンも、苦笑しただけで何も言ってこなかった。
代わりに。
[本当に今、ロジャーの周りに人はいないな?]
尋ねてくるアレンの言葉で、ささっ、と首を左右に振ったロジャーは、確かに人がいないことを確認して、満足そうに頷いた。
「その辺は任せるじゃんよ! オイラは出来る男だぜぃ♪」
[そうか。では、ロジャー。サンマイト方面は、お前に任せる。落ち合う場所は今言った通りだ]
「OK! 任せとけ!」
[……頼む]
頷いて、通信を切る。大分、慣れた手つきだった。
それもその筈、アレンに内緒で持っておけ、と渡されたこの通信機は、ロジャーがネルを追ってシランドに来た後に、ペターニで譲り受けたものだ。
アルフとの戦いのとき、アレンが都合よく現れたのも、ロジャーがこれから峡谷に行くことをアレンに伝えていたためである。
フェイトに見られたのは残念だったが、そう気にしても仕方がないだろう。
鼻息荒く息を吐いたロジャーは、一仕事終えた時のような、晴れ晴れとした表情で空を見上げた。
「予定よりはちぃ~っと早まっちまったけど! ま、いっか!」
ロジャーはちらりとネル達がいる宿の方を一瞥して――、それから走り出した。
町の外に出る、平野に続く橋に向かって。
「オイラ、ちょっと行ってくるな!」
そう大声で叫んで、ロジャーはふりふりと尻尾をなびかせながらシランドを出て行った……。