連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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side phase3 真の男

 バササッ!

 

 けたたましい羽音と共に、ルシオの頭上が暗く陰った。風が起こる。陰りを作った何かが、ざっ、とルシオの目の前を過ぎていった。

 

「うわっ!」

 

 反射的に両腕で頭を抱えると、続いて弟のレザードと子分のベリオンの悲鳴が、後を追うように響いた。

 

「ひぃっ!」

 

「ほわぁぁん!」

 

 その大声に、びく、と身体を震わせたルシオは、ゆっくりと頭を覆った両腕を解いた。警戒に息をひそめながら。

 

「……、お……?」

 

 油断なく、左右を見渡す。

 と。

 

 ばさ、ばさ……、

 

 これ見よがしに羽音を立てる彼女が、まるでルシオを見下すように両の翼を広げていた。口元に、邪悪な笑みを浮かべて。

 

「あら。ずいぶんとかわいいボウヤ達が引っかかったねぇ……! 久しぶりの食事にしては、上出来だわ」

 

 くすくすと、不気味に笑う女性。

 両腕はない。本来、腕のあるべき場所には、鷲を思わせる巨大で頑強そうな翼が、美しい赤いグラデーションを描いて、雄々しく、妖艶に彼女を飛び立たせている。

 人間の両足の代わりに、鶏の五倍はありそうな太い足と、そこから伸びる鋭い爪。

 唯一、人間のパーツを持っている、秀麗な彼女の貌からくびれた腰までは、女性の柔肌そのままに、しかし、決して健康とは言い難い、青みがかった肌をしていた。そして、そのふくよかな両胸を隠すように、グラデーションの美しい、あの赤い羽毛が彼女の胸元に生えている。

 人、というよりは、鳥の部品(パーツ)が多い亜人。

 それがレディ・ビースト、と呼ばれる種族だ。

 

「……う、わ……っ……!」

 

 ルシオは思わず呻いた。顔が引きつる。

 レディ・ビーストの気性は、獰猛にして残酷。

 サーフェリオに棲む亜人ならば、誰もが知っている、街道で出会ってはならない種族ベスト4にランクインされている危険人物だ。

 まともに相手をしては殺される。

 

「ひ、ひぃぃ……っ!」

 

 傍らで、弟の声。レザードも同じ事を考えたのか、悲鳴とも、呼吸とも取れない声を洩らして、ルシオ同様、じりじりと後ずさる。

 

「る、ルシオちゃんっ! レザードちゃんっ!」

 

 最後尾を歩いていた筈のベリオンが、凄まじい勢いで叫んだ。

 

「っ!?」

 

「……ひっ!」

 

 掠れる声で、ひゅっ、と息を飲んだルシオは、顔が引きつった。ついでズボンを握る。どっと溢れた嫌な汗が、じわりとズボンの裾に染み渡るのが分かった。

 ――絶望的だ。

 

 背後まで、レディ・ビーストの従者、アックスビークに囲まれている。

 

 体は小型だが、鋭く大きな嘴に、攻撃的な赤い羽のタテガミを持つ、アックスビークが五体。

 最早、己の不運を呪う以外、ルシオに出来ることはない。

 

「ルシオちゃんっ! レザードちゃん! どうしようっ、っっ!?」

 

 喚くベリオンに、いつもなら「うるせぇ!」と返すところだが、声を発そうにも、妙な異音しか出てこなかった。

 とっとっとっとっ、と急なスピードで、心臓が脈打ち始める。

 かたかたと震える身体を、ルシオはプライドだけで宥めようとした。

 

「お、おお、オマエっ、なん、かにっ――っ、っっ!」

 

「わ、わわ、私なぞっ! 食べたところで――……っ!」

 

 粋がって声を荒げたが、ただ、ひっくり返っただけだ。隣で弟のレザードが、早口に説得に似た命乞いのようなものを始めている。その、いつもは生意気しか言ってこない弟の声が必死なのは、あの弟でも危機的状況と察しているからだろう。

 が。

 

 ぺろり……、

 

 レディ・ビーストが意地悪く、妖艶に唇を舌でなぞった。

 

「っ、っっ!」

 

 戦慄が、ぞ、と背筋を駆ける。

 恐怖が身体を縛って、動けない。

 思えば、軽い気持ちで空中庭園に足を踏み入れた。

 

 あの、大嘘つきのロジャーとは、まるで格が違うのだと。そう知らしめるために。

 ――ダグラスの森まで無事に行けたのだから、大丈夫だろうと。

 

「そうだよ、もうボウヤ達に逃げ場なんてないのさ」

 

 うふふ、と不気味に笑うレディ・ビーストが、楽しそうにばさばさと両の翼をはためかせる。

 凄まじい勢いで。

 徐々に、風を巻きながら。

 

「あははははははっ!」

 

 凄絶に笑ったレディ・ビーストは、上空にふわりと巻き上がるなり、どんっ、と身体を丸めて急降下してきた。

 柔らかそうな羽毛を、瞬時に鋼鉄化させて。

 

 びゅおんっ!

 

 走る彼女の肢体から、ルシオ達が逃れる術はない。否、反応することさえ不可能だろう。

 剣山のように尖った彼女の羽が、ぎらりと光った。

 

「うわぁああ!」

 

 身体を縮めて、ぎゅ、と目をつむる。が、彼等が自分を庇って両腕を掲げるよりも、レディ・ビーストの急降下の方が遥かに速い。

 頭を庇う暇すらなく、ルシオ達は突き殺されるのだ。

 あの、鋭い翼に。

 

 ギュキュィインンッッ!

 

 壮絶な摩擦音に、ルシオは思わず顔をしかめた。鼓膜を打つ、不快極まりない摩擦音。反射的に、しかし、ゆっくりと目を開けると、ぱらぱらと散る火花と、レディ・ビーストの体当たりを手斧一本で受け止める少年の姿が目に入った。

 片手で握った、手斧一本で。

 自分の身長をはるかに超えるレディ・ビーストの巨体を、軽々と受け止めた少年。

 

 ――ロジャーだ。

 

「……なっ……!」

 

 ルシオが目を見開く。否、ルシオの後ろに隠れるように立っていたベリオンも、腰を抜かしているレザードも同様だ。

 あの凶暴で知られるレディ・ビーストを、あの凶悪で知られる彼女を、まるでものともしない彼に、呆然と目を奪われた。

 

「コイツ等に手ぇ出そうなんて、いい度胸だぜ! メラ許せねぇ!」

 

 非現実的な光景で、ルシオが見聞きし、知っているままのロジャーが、ほっ、と軽い掛け声とともに、レディ・ビーストの巨体を上空に叩き返す。

 己の三分の一――いや、それ以下の小さい少年に、自分の体当たりを易々と跳ね上げられ、レディ・ビーストは驚愕に目を剥いた。

 

「貴様! ただのメノディクス族の子供(ガキ)では……!」

 

「くらえっ! しびれムチ!」

 

 悲痛に近い彼女の叫びは、しかし、ロジャーに阻まれた。にんまりと笑った彼が、懐から電磁ウィップを取り出し、一閃したのだ。レディ・ビーストに、ではなく、周囲を取り囲むアックスビークへ。

 ヒュォンッ、と風を切る鞭が、敵を巻き込むのではなく、敵を吹き飛ばす方向に逆回転してしなる。ロジャーを中心に、頭上から見れば、鞭で円を描くように。

 鞭は意志を持っているのか、アックスビークとロジャーの間にいる、ルシオ達を完全に無視して敵を倒すため、走る。――攻撃力こそ絶大だが移動力の無いアックスビーク達が鞭にかかるのは、それこそ、あっという間だった。

 

 バチィイイイインンッッ!

 

 けたたましい雷撃音を立てて、アックスビークが悲鳴を上げながら地面にひっくり返っていく。

 ただ、一閃。

 それで周囲の従者(アックスビーク)を黙らせたロジャーは、とん、といつも手にしている斧を肩に担いで、彼女を見上げた。

 

「オイラの勝ちだぜ、姉ちゃん! とっとと帰った方が身のためじゃんよ!!」

 

 勝ち誇るロジャーに、レディ・ビーストの表情が口惜しげに歪む。一瞬にして彼女の従者達を戦闘不能にした手並みを見ては、さすがにこの少年に戦いを挑む気が削がれる。

 が。

 だからといってこのまま引き下がるのは、彼女のプライドが許さなかった。

 

「……お、のれ……っ!」

 

 低く、暗く、彼女は呻く。と同時。

 ぽかん、とロジャーを眺めていたルシオが、は、と目を見開いた。

 

「バカダヌキ! 後ろだ!」

 

「――んぁ?」

 

 切迫した彼の声に反して、のんびりと後ろを振り返るロジャー。そこに、『水中庭園の壁』と錯覚してしまいそうな、槍を持った、黒い石像が迫り出した石版が、ロジャー目掛けて、その得物を振り下ろしていた。

 

「お……?」

 

 普段のロジャーならば、対応できた攻撃だ。

 だが――。

 

 がっ、

 

 何かに身体を引き倒されたロジャーは、おぉ~、と素っ頓狂な声を上げながら、狙いを定めて握った斧を手に、地面に倒れた。と、同時。槍を持った石版――水中庭園の守人(ガーディアン)、インテレクチュアルの槍が、寸前まで迫る。

 

(やべ――っ!)

 

 咄嗟に応戦しようと斧を握る。自分の上に乗った重い何かが、ロジャーの動きを完全に止めている。

 

「ルシオちゃん!?」

 

 ベリオンの悲鳴。それに、は、と顔を上げたロジャーが視線を向けると、自分の上に乗っかっているものがルシオであることに気が付いた。

 ――このままでは、ルシオごと斬られる。

 

「く、そっ!」

 

 舌打ち混じりにロジャーは呻いて、槍を回避するため、捻ろうとした首を止める。体は固められても、首さえ動けばロジャーは無事だ。

 だが、それでは――。

 断念した斧での応戦を決意し、ロジャーは腕に力を込めた。

 そのときだ。

 

 ――すぅ、

 

 インテレクチュアルの正中線に、亀裂が走った。

 音はない。

 ただ、それが当然のように亀裂が徐々に開けると同時、身体の中央を縦に両断されたインテレクチュアルが、無造作に、左右に分かれた。

 石版から迫り出すように彫られた、人に良く似た彫像が、手にした槍を振り下ろすことは、もうない。

 ――石版の守人(ガーディアン)は、二つに割れ、倒れていった。

 

 ず……しぃいい……ん……っ!

 

 重々しい、床とインテレクチュアルだった石がぶち当たる音が、ロジャーの腹に響く。

 ロジャーはぺたりと脱力した。深いため息を吐く。

 

「ふぇ~……。助かったぜ、アレン兄ちゃん」

 

「え……?」

 

 つぶやくロジャーに、覆いかぶさったルシオが、硬い瞼を開ける。そして、ルシオがのそりと身体を引き起こすと、インテレクチュアルが襲ってきた方向に、陽光を背にした青年が立っていた。

 おそらく、青年自身の身長よりも長い、『剛刀』と言われる刀を手にしていた。

 青年は、ちん、と静かな鍔鳴り音を立てながら、刀を鞘に納めた。

 

「いい動きだったな、ロジャー」

 

 透けるような金の髪と、そう言って優しく微笑む蒼の瞳が、ルシオの目を数瞬奪う。特別美形というわけではないが、それなりに整った相貌に、何よりインテレクチュアルを一刀両断し、身の丈以上の剛刀を苦もなく携えた彼の姿に、ルシオの幼心は強く刺激された。

 

「――――」

 

 思わず、呼吸も忘れてしまうほどに。

 ほぅ、とこちらを見上げるルシオに、アレンは向き直ると、膝を付いてルシオと同じ目線になった。ゆっくりと、ルシオの腕を引いて立たせてやる。

 

「怪我はないか?」

 

 問いかけながら、アレンは恐怖と緊張で固まっていたルシオの両肩に、ぽん、と手をかけた。何と言うことはない、励ましでも、労いでもない、ただのスキンシップ。それで不思議と、ルシオの心が、身体が、ふわりと軽くなるのを感じた。

 

「……え? あ、はい……!」

 

「『はい』ぃい?」

 

 咄嗟に頷くルシオを尻目に、身を起こしたロジャーが、顔をしかめてルシオを見上げた。それを完全に無視して、ルシオは口を台形に開けたままアレンを見ていた。

 

「そうか。良かった……。ロジャーを助けてくれて、ありがとう」

 

 ゆるやかに微笑うアレンの瞳には、優しさと、強さ。そして底の見えない、深く、澄んだ何かがある。

 それを覗き込むというわけではないが、アレンの顔を、じぃ、と見詰めたルシオは、突如我に返るなり、照れ臭そうに頬を染めて、その照れを隠すために眉間に皺を刻みながら、ぷい、とそっぽを向いた。

 

「……べ、別に! 誰があんなバカダヌキのことなんか……!」

 

 吐き捨てる。手斧を背中に納めたロジャーが、んん、と眉根を寄せて、ルシオを睨んだ。

 

「誰がバカダヌキだ! このアホ猫! 大体、人に助けられといて、お礼の一つもねぇとは、とんだ礼儀知らずだぜ!」

 

 ロジャーに言われて、ルシオは目の前の青年にまだ礼を言っていないことに気がついた。しまった、と内心で舌打ちするものの、ロジャーの前で礼など言いたくないという気持ちが、ルシオの心を縛る。

 

「……っ!」

 

 だから彼は、忌々しげにロジャーを見るなり、噛み付かんばかりの勢いで怒鳴り返した。

 

「うっせうっせ! バカダヌキ! 誰がお前なんかに礼なんぞ言うもんか! 余計な所でしゃしゃり出てきやがって、オマエなんかの世話にならなくてもオレたちは平気だって~の!」

 

「お~、カッコイイ、カッコイイ。それが口だけじゃなけりゃいいんだけどな!」

 

「んだとぉ!」

 

「へっへ~んだ!」

 

 ロジャーがにんまりと口端を緩めながら腕を組む。その彼の、小さな背を見据えながら、アレンはやれやれとため息を吐いた。

 

「彼等の悲鳴が聞こえた時、真っ先に血相変えて走って行ったのに。素直じゃないな……」

 

「兄ちゃんは黙ってるじゃん!」

 

 蚊がささやくほどのアレンの小声にも関わらず、背中を張ったロジャーが、目を血走らせながら怒鳴ってくる。その彼に、アレンは小さく苦笑しながら、はいはい、とだけ答えた。

 

「ロジャーって、わかりやすいよね~」

 

 そのアレンの肩から、妖精は、ひょい、と顔を出した。森から出られないはずの彼女は、『ヤドリギ』という施術用の杖にも使われる小枝につかまることで、空中庭園まで遊びにくる試みに成功したのだ。彼女は庭園の奥深くに生えているメトークスを大事そうに抱えて、照れ隠しにそっぽを向いているロジャーを呆れたように見ていた。

 

「それが良い所だ」

 

 アレンの言葉に、そうかなぁ、と返しながら、妖精は首をひねる。視線をロジャーに向けると、彼は無言のまま、ルシオと睨み合っていた。

 

 ――狸と猫の、あまり迫力のない睨み合い。

 

 彼等のまばたきに合わせて、ふりふりと揺れる耳や尻尾が、何とも愛らしい。

 それを、じ、と見詰めて。

 

「……私には、不毛に見えるけどなぁ……」

 

 つぶやく妖精に、アレンは困ったように苦笑した。

 と。

 

「あ、あの……!」

 

 真下から声が聞こえて、視線を落とす。そこにいかにも気弱そうな少年、ベリオンが、緊張した面持ちで、おずおずと立っていた。

 

「ああ、すまない」

 

 言いながら、ベリオンの前に膝を付くアレン。視線を合わせた青年は、人見知りの激しいベリオンの緊張を解く、穏やかな雰囲気を纏っていた。

 雰囲気、というよりは、瞳、だが。

 自然、いつも抑えても溢れ出るベリオンの警戒心が、ふ、と解けた。それにベリオン自身がまるで狐にでもつままれたような表情で、ぽかん、とアレンを見上げている。

 

(あれ……?)

 

 そう、首を傾げながら。

 

「君達も、怪我はないか? 俺は施術師なんだ。ヒーリングなら使える」

 

「あ、いえ! ……大丈夫、です」

 

 言って、ぺこり、と頭を下げるベリオンに、そうか、とだけアレンは答えた。ベリオンは、ズボンの端を、ぎゅ、とつまむなり、勇気を振り絞って言った。

 

「あ、あの! ルシオちゃんと、僕らをっ、助けてくれて、ありがとう!」

 

 頭を、深く下げる。反射的に固く目をつむったのは、警戒心が解けたとはいえ、相手の反応を見るのが怖い、ベリオンの性格ゆえだ。彼は緊張で体が震えるのを感じながらも、声を絞り出した。

 静寂。

 

「…………?」

 

 アレンから、反応らしい反応が返って来ず、ベリオンは背筋が凍るのを感じながら、ゆっくりと、窺うように彼を見上げた。

 

 ベリオンを見据えて、静かに微笑む、彼を。

 

 その、蒼の瞳を。

 

「……っ」

 

 理由は、分からない。

 ただ、その瞳と目が合った瞬間。ベリオンも、ルシオ同様、言葉を失った。

 

「そんなことより!」

 

 アレンの肩口から、いつの間に居座ったのか。妖精が腰に手を当てて、澄まし顔でこちらを睨んできた。

 

「どうした?」

 

 その彼女に、アレンが問いかける。森の妖精は薬草を示した。

 

「――メトークス! 病気で苦しんでる子がいるんでしょ! だったら早く持っていってあげないと!」

 

 もっともな意見に、ああ、とアレンは頷いて、ロジャーを見る。

 今だ、――迫力はないが、決して『育ちが良い』とは言い難い、そんな睨み合いを続けているルシオとロジャーを。

 

「メトークスですって!?」

 

 ベリオンの脇から、黙っていたレザードが、ずい、と近づいてきた。

 

「おぉ! コレがあの! ……私の調べによると、どんな難病をも治す作用を持っていながら、あまりに強すぎる副作用ゆえに時には死に至らせてしまうこともあるという、伝説の万能薬!」

 

「知っているのか? 調べた、という事は独学で?」

 

 目を丸くするアレンに、レザードは不気味に、ふふ、と微笑った。

 

「当たり前ですよ、そんな事は。この明晰過ぎる頭脳を持つレザードに、不可能などないのです。ちなみに、そのメトークスの特性を活かせば、最高の毒薬、麻薬、麻酔薬までこの草一つで作ることが可能です! これを応用し、脳に直接信号を送り込む薬を調合すれば、人類のロマン。究極の惚れ薬や従順ロボットを作り出すことも可能なのです」

 

「……後ろ二つはともかくとして、良く調べているな。サンマイト共和国は薬学に優れていると聞いたが、……そうか。独学でそこまでの結論を割り出せる資料が、整っているのか」

 

 勿論、このレザードという少年の柔軟性を考慮しての結論だ。

 アレンは一つ頷くと、立ち上がった。

 

「ロジャー。俺たちも引き揚げよう」

 

 言うなり、踵を返す。眼鏡の縁を、くい、と押し上げたレザードが、更に絡んできた。

 

「お待ちなさい。そのメトークス、我々に渡していただきましょうか」

 

「は?」

 

 あまりにも唐突すぎる申し出に、妖精が目を丸くする。レザードに背を向けたアレンは、振り返りもせずに答えた。

 

「すまないが、それは出来ない。我々にも、都合があるからな」

 

「ほほぅ? バカダヌキのお連れ様のご都合ですか」

 

 くく、と嘲るように喉を鳴らすレザードに、ああ、と頷いて、アレンはレザードに視線を向けた。

 その代わり、と言い置いて。

 

「君達をサーフェリオまで送ることは可能だ。……俺としては、同行してもらえると助かるんだが?」

 

「ふむ……」

 

 顎に手をやって、考え込むレザード。正直、考え込むまでも無い問題だったが、レザードとしては『メトークスをもらえない』という事態の方が深刻なのだ。

 

(やはり、あの熱血小僧とベリオンだけでは私の身辺を守るのに心許ないか……。しかし、この男を利用すれば、奥地のメトークスを更に採取することは可能……)

 

 胸中でつぶやきながら、アレンを見る。

 『相手の都合』は、最初から考えないのがレザード流だ。

 

「レザードちゃん、良かったね。この人が一緒だったら、僕らも安心だよ~」

 

 隣でベリオンが何か言っている。ここは完全無視だ。――否、するはず、だった。

 

「それじゃあ、行こっか。レザードちゃん、ルシオちゃん」

 

 いつもならおどおどしているだけのベリオンが、まさかこの自分を、ひょい、と持ち上げたりしなければ不測の事態は起こらなかった。

 まるで小荷物のように、いとも簡単に。

 

「こ、こら! およしなさい、ベリオン! 私は今、大切な交渉をですねぇ!」

 

「よろしくお願いします」

 

「ぬなっ!?」

 

 そしてベリオンに自分の意見を無視されたのも、レザードにとって初めてだった。

 ぺこりとアレンに向かって頭を下げるベリオンに、アレンも会釈を返す。

 

「こちらこそ」

 

「こら! お待ちなさい! まだ話の決着は――!」

 

「で? あの子達どうするの?」

 

 否。

 レザードにとって、自分が完全無視されるというのが、初めてのことだった。

 

「っ、っっ! お、お待ちなさいと言っているでしょう! この私を無視しようなど――!」

 

「ルシオちゃん。帰るよ~」

 

「ぁあ? まだこのバカダヌキとの決着が……!」

 

「この人が村まで送ってくれるんだって」

 

 そう言ってアレンを示すベリオンに、ルシオは、きょとん、とまばたきを落とした。

 

「その人が?」

 

「うん」

 

 笑顔で頷くベリオン。ルシオが視線を上げれば、アレンが静かに自分を見下ろしている。

 

「……ちっ」

 

 そのアレンを、じ、と見上げて、ルシオは舌打ちするなり、わざと不機嫌そうにそっぽを向いた。

 拍子抜けたロジャーが首を傾げる。

 

「お? 何だ? もう終わりか? アホネコ?」

 

「うっせ! バカダヌキ! お前の相手すんのが馬鹿らしくなっただけだ!」

 

「へぇ~? ほぉ~?」

 

 言いながら、じろじろとルシオを見上げるロジャーに、ルシオの眉間に刻まれた皺が、ぐ、と険しくなった。

 

「何だよ!」

 

 噛み付かんばかりの勢いで怒鳴るルシオも、やはり、ベリオンに抱え上げられているレザードのことには触れてこない。

 

「……皆さん?」

 

 その事に、レザードはひく、と頬を引きつらせながら、ベリオンを始め、アレン達を順に見る。

 アレン以外、視線を寄越そうともしなかった。

 

「どうした?」

 

 アレンが問うてくる。

 ――しかし。

 

「いいの! その子はもういいから。早く行かないと」

 

 そのアレンも、妖精によって先を急かされた。

 

「だが……」

 

「アミーナって子が危篤なんでしょ。急がなくっちゃ!」

 

「……ああ」

 

 頷きながら、ベリオンに抱えられたレザードを見る。まるで小荷物か何かのように、肩に担がれたレザードは、今は顔を俯けていて、脱力しているようにも見え、その表情を窺い知ることは出来ない。

 

(……やれやれ)

 

 胸中でつぶやき、アレンは気を取り直して、尚も訝しげな視線をルシオに送っているロジャーを呼んだ。

 

「ロジャー、行こう」

 

 そのアレンの声を聞いて、お、とつぶやくなり、視線をこちらに向けたロジャーが、次いで、おぅ、と頷いてくる。

 

「そだな! アレン兄ちゃん!」

 

 その彼に、こく、と頷き返して、今度こそ踵を返したアレンは、ダグラスの森に置いてきた、バイクの下へと急いでいった――……。

 

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