連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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side phase5 アレンの迷い

 宿を出たロジャーとアレンは、シランドの門前に止めたバイクに跨った。

 わざわざ見送りに来たアミーナに礼を言って、その足でペターニまで急いだ時のことだ。一気にペターニを抜け、アリアスに向かうと思っていたロジャーは、意外にもペターニでバイクを止めたアレンを、不思議そうに見上げた。

 

「兄ちゃん? どうかしたのか?」

 

 機動力が増したおかげで、旅支度はごく簡単なもので済む。だが、ペターニで何か買い物があるのだろうか、とロジャーが勘繰った時のことだ。

 ロジャーをバイクから降ろすなり、アレンの口から、予想外の言葉が飛び出した。

 

「……ロジャー。ここでお別れだ」

 

 そう、アレンが言い出した。ロジャーを、じ、と真正面から見据えて。

 

「へ……?」

 

 あまりの唐突さに、ロジャーが目を見開く。穴が開くほどアレンを見据えていると、アレンは厳しい表情で、――いつもの、修行時の厳しい表情とはまた違う、有無を言わせぬ雰囲気を纏わせて続けた。

 

「思いの外、シランドで時間を食ってしまったからな。お前をサーフェリオまで送ってやる事は出来ない。だが、今のお前なら、俺は安心してここで別れられる。お前なら無事に故郷(サーフェリオ)まで帰れると、確信して言えるから」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 

 反論するロジャーの声が、掠れた。淡々とつぶやくアレンの表情は変わらない。その彼に訴えるように、ロジャーはアレンを見据えたが、何の反応も返ってこない。そのことに、ロジャーの顔が引きつった。

 ――アレンが本気であると、悟ったのだ。

 

「本当は、メトークスを採りに行った後で別れようと思った。だがお前の性格上、アミーナの病気がどうなったのか、直接見届けた方がいいと俺が勝手に判断したんだ」

 

 淡々と続くアレンの言葉を、ロジャーは、ぐぬぬ、と下唇を噛み締めて聞き、自分のズボンの裾を、力の限り握り締めた。

 

「……兄ちゃん。オイラとお別れって、それってオイラが弱いから……。お荷物だから、なのか……?」

 

 震えた。

 問う声が、その問いにアレンがどう返してくるのか考えただけで、震えた。

 アリアスの台地を奪還に向かった時、ロジャーは『一人前の男』と認められたと確信した。

 なのに――。

 そう思うと、口惜しさで、歯痒さで、ロジャーは胸が締め付けられるように痛くなる。対する、アレンの表情は変わらない。

 ただ。

 

「……いいや」

 

 端的に応えるアレンを見上げて、ロジャーは叫んだ。

 

「だったら! なんでだよ!」

 

 嬉しかったのだ。

 アレンに認めてもらえたと思うと、それだけで強くなった気がした。だから、とても嬉しかったのだ。

 ロジャーの考える真の男道に、その理想像に、アレンは近い存在だったから。

 ――だから。

 クリフやネルですら音を上げてしまいそうな修行にも、ロジャーはついていった。

 相手が、アレンだったから。

 そのロジャーの気持ちが、焦りと憤りと、涙となって溢れようとしていた。

 精一杯にこちらを睨んで、全身で己の怒りを表すよう、ぴょんぴょん跳ねるロジャーの、その真っ直ぐな眼差しが、故に彼をここに置いていくべきだ、とアレンに告げる。

 

 彼に、戦場を踏ませてはならないと。

 

 いかに和平を掲げようとも、そこはロジャーが踏み込むには血なまぐさすぎる。あまりにも暗く、悲しい念に満ちすぎている。

 悲しいと一括りにするには、あまりにも激しく、あまりにも残酷な念に。

 だから――。

 アレンはわずかに瞼を伏せて、つぶやいた。

 

「これから俺達がやるのは戦争だ。多くの人間の、エゴとエゴがぶつかり合う。暗く、汚い世界だ。善も悪もない、ただ生きるか、死ぬか。国を賭け、自分の命を賭けて、互いに剣を振るい、ぼろぼろになって死んでいく。――身体だけじゃなく、精神(こころ)も。まるでお互いを『物』のように踏みにじって、踏みにじられて。……それは、今回のシーハーツ軍でも同じだ。アーリグリフと対等の立場になれなければ、交渉は為しえない。だがそれを為すためには、アーリグリフ軍人の命を犠牲にする必要がある。シーハーツの軍事力が彼等に決して劣らぬと、彼等に見せつけねばならない。その状況だけは、どうすることも出来ないんだ。だからアーリグリフであろうと、シーハーツであろうと――必死に。周りが見えなくなるほど必死に骨身を削って、我が身を堕として、祖国のために全てを捨てて戦い合う。……勝利のために。その先にある、未来のために」

 

「……………………」

 

「ロジャー。お前は優しくて、強い男だ。……だから」

 

 す、と視線を向けてくるアレンを、真剣に見つめ返して、ロジャーは続きを待った。このあまりにも深い、蒼い瞳の奥には一体何があるのだろうと、漠然と考えながら。

 

「だから、これから皆が捨てていくものを、お前だけは持っていて欲しい。戦争が終わったその先の未来のために。ネル達に、それを思い出させる手伝いをしてやって欲しい」

 

「……兄ちゃんは?」

 

 ぽつ、と低くつぶやくロジャーに、アレンは無言のまま首を横に振る。そのアレンを、き、と睨み上げて、ロジャーは地団駄を踏んだ。

 

「何でだよ! メラわけわかんねぇ! その手伝いってんなら、兄ちゃんだって出来るじゃんか! 兄ちゃんだって、十分優しくて強い男じゃん!? 捨てちゃいけないもの、いっぱい持ってるじゃんか! フェイト兄ちゃんだって、デカブツだって! ……なのに、なのに何でオイラだけ――!」

 

 言葉が続かなかったのは、気付けばこちらを見据えるアレンが、寂しそうだったからだ。どんな時も冷静で、どんな時も強く凛々しい、そんなロジャーの知るアレンとは、遠くかけ離れた、どこか痛々しい表情。

 

「……兄ちゃん?」

 

 それが不思議で、ロジャーは窺うようにアレンを見上げる。が、当のアレンは何も言ってこなかった。――代わりに、アレンは首を横に振る。自分の感情を、振り払うように。

 そのアレンの感情の正体が、ロジャーには分からない。

 分からない、が。

 

 ――泣いているのだろうか、と。

 

 アレンの抱える確かな傷に触れたような気がして、ロジャーは、ぐ、と息を呑んだ。

 目の前のアレンが、感情を殺した無表情で続ける。

 

「……本当は、フェイトも置いていこうと思った。クリフから、奴等の目的がフェイトだとはっきり聞かされなければ、民間人だからとそう言ってこの戦争から手を引かせることは出来たんだ……」

 

「やつ、ら?」

 

 首を傾げるロジャーに、こくと頷いて、アレンは空を見上げた。

 

「だが、そうもいかない。……多分、あいつの抱える問題は誰よりも深く、根強く、あいつにのしかかってくる。バンデーンが狙うほどの、アルフに奥義を撃たせるほどの、力。恐らくあれはまだ断片だろうが――、あの紋章陣を浮かべたフェイトに、俺は寒気を感じた」

 

 つぶやくアレンの視線は、ここではないどこかを向いている。独白という言葉がぴったりと当てはまる、そんなつぶやきは、アレンの考えを反映させるように、口を挟みづらい、重い緊張を孕んでいた。

 

(あの『もんしょーじん?』を、浮かべたフェイト兄ちゃん?)

 

 心の中でつぶやき、ロジャーは、は、と目を見開いた。ロジャーも、ネルも。クリフですら相手にならなかった、アレンの同僚(アルフ)と戦った時の、翼を生やしたフェイトのことだ。

 

「何でだよ? あの光、メラ白くて綺麗だったじゃん?」

 

 そう、まさに神話に出てくる天使だった。

 首を傾げるロジャーに、アレンは小さく、そうだな、と頷いた。

 そして――……、

 

「美しいが、危険な紋章陣だ」

 

 視線を自分の拳に落とし、アレンは、ぐ、とそれを握る。

 カルサアから急いで駆け付けた時、アルフが、翼の生えたフェイトに蒼竜疾風突きを放っていた。そのときフェイトに浮かんでいた紋章陣の詳細をアレンは見ていない。

 代わりに、一瞬だがアレンは確かに目にしていた。

 アルフに走ったヴァーティカル・エアレイドが、アルフの蒼竜を消し去る所を。

 あの時、慌てて放った朱雀疾風突きは、本当は、フェイトとアルフ、どちらのためだったのか、よく分からない。

 ただ――。

 あの力の危険性を、本能が、そして兼定(カタナ)が報せるように、啼いた。

 兼定が、あの時力を貸してくれた。でなければ、いくらアレンであろうとも両者の技が発動していたあの一瞬で、両者が激突する前に、朱雀を繰り出すことなど不可能だった。

 

「どんな理由があって、あの力をフェイトが持っているのかは知らない。……だが持っている以上、あいつは知らなくてはならない。『力』の本質を、人間が『死ぬ』という事の凄惨さを。それがどんなに残酷で、目を背けたくなるほど理不尽な事でも」

 

「……オイラには、よくわかんねぇ!」

 

 そう言って首を傾げるロジャーに、アレンはどこか嬉しそうに、哀しげに微笑った。

 ――それこそが、アレンが失くした『何か』であったから。これから、アレンがフェイトから奪おうとしているものであるから。

 

(それでも……、『不殺』を貫き通すためには。あの力を前に、己を曲げず、立ち向かうためには……)

 

 人を殺すということ。人が、殺されるということ。

 その真意を見なければ、味わわなければ、信念というものは、いずれ折れる。それもフェイトほどの潜在能力を秘めた者が『不殺』を捨てれば、本当に、呆気なく。

 だが、それでも――……。

 『奪う』ことの意味を、その残酷さを知っているアレンには、踏み入れさせてはならないことだった。フェイトと代われるものならば、アレンは惜しむ気もない。

 

「オイラには、フェイト兄ちゃんがそこまでしなきゃなんねぇ理由が……、アレン兄ちゃんがそこまで苦しまなきゃなんねぇ理由が、わかんねぇよ」

 

 つぶやくロジャーの言葉が、胸に刺さる。思わず拳を握り、アレンは視線を下げた。

 

「けど、さ。アレン兄ちゃん」

 

 続くロジャーの言葉に、アレンは顔を上げる。すると、に、と笑ったロジャーが、アレンを励ますように見上げていた。曇りも、穢れも無い、蒼穹のように澄んでいて、そこに浮かぶ、太陽のように眩いロジャーの笑顔を。

 輝かんばかりの、彼の笑顔を。

 

「兄ちゃんが、オイラやフェイト兄ちゃんのこと、一生懸命考えてくれてんのは、わかってるつもりだぜ! だからそこは……、そこだけはオイラ。兄ちゃんに感謝してやらなくもないじゃん!」

 

 えへん、と胸を張って両腕を組んだロジャーが、こくりと深く頷く。

 

「けど――」

 

 言い置いたロジャーは、にんまりと笑って、か、と目を見開いた。

 

「オイラとネルおねい様を別れ別れにするなんて、断固阻止だぜっ!」

 

 ラスト・ディッチ、の掛け声でダンッと地面を蹴ったロジャーが、ヘルメットを突き立てて、体当たり(タックル)を放つ。それに反応し、反射的に迎撃するのがアレンだ。何千、何万と繰り返してきた彼の戦闘習慣。だがこの時ばかりはただ呆然と、回転するロジャーのヘルメットを眺めていた。

 

「え……?」

 

 ロジャーの真意を聞き返そうと、はた、と瞬きを繰り返して。

 気付けば、ラスト・ディッチが、アレンの腹に炸裂していた。ずどんっ、と大口径の砲弾が直撃したような鈍い音を立てて、アレンの身体が後ろにずれる。

 

「……っ」

 

 フェイト達に膝をつかせるロジャーの一撃は、確かに重く、深く、強力だった。ロジャーの、強烈な意志の強さを表すように。

 ぐ、と腹を押さえたアレンが、ロジャーを見る。すると、初めてアレンに一撃入れた驚きに目を剥いたロジャーが、ぽかん、と口を真四角に開けたまま、アレンを見返していた。

 まるで、その大きな栗色の瞳を、取りこぼさんばかりに大きく、見開いて。

 そのロジャーの顔が、あまりにも滑稽で、無邪気だったので――。

 アレンは腹から湧いた衝動で、思わず吹き出した。

 

「ふ、ふふ……っ、ははははっ!」

 

 ラスト・ディッチの痛みが、笑うたびにズキズキと腹を刺激する。が、アレンは腹を押さえ、痛みに構わず声を立てて笑った。その彼を、ロジャーがきょとん、と見据えている。

 

「アレン、兄ちゃん……?」

 

 アレンの笑顔は、何度も見たことがある。静かにこちらを見据え、相手を安堵させる、信用させる、不思議な力を持った微笑は。

 だが。

 こんな風にアレンが声を上げて笑ったのは、エリクールに着いてから初めてだった。

 人を想うために、ではなく、――こんな風に、純粋に笑ったのは。

 その他人にとっては当たり前の笑顔を、アレンは抑えるために口許に手をやりながら、ロジャーを振り返った。

 

「そう、だったな……」

 

 それでも笑声を抑えきれず、小さく肩を震わせながらつぶやく彼の瞳は、いつもの、深く澄んだ、優しい光を宿していた。相手の心をも見透かしてしまいそうな、空のように蒼く、澄んだ瞳だ。

 その瞳を、じ、と見返して、ロジャーはニッと笑って見せた。胸を張って、己の偉業を誇るように。

 

お前(ロジャー)は、そういう男だった」

 

 つぶやくアレンの真意をあまり理解できずにいながらも、アレンの気持ちに応えるように、ロジャーは自信たっぷりに笑う。

 

 自らの危険を顧みず、ただ、己が大切だと思うもののために動く――。

 

 それが、アレンから見たロジャーという男だ。

 簡潔にして明瞭。それ故にその信念を押し通すのは、時に難しい。その苦難を、若干十二歳のロジャーが知っている筈も無いが、そのために動くロジャーの純粋な心が、アレンには眩しく見えた。

 だからこそ――。

 

(戦争には、関わって欲しくなかった……)

 

 そう思う自分を、アレンは抑え切れなかったのだ。

 それが自分のエゴであることに気付いていながら。それが結果的にロジャーの信念を捻じ曲げることになると分かっていながら。

 だが。

 案の定、ロジャーからの真っ向否定を受けて、アレンは言葉を失った。自分に、彼を止める権利はないと分かっているから。そして、ロジャーの覚悟を、アレンは受け入れなければならないのだ。

 それが戦争にロジャーを巻き込んだ、アレンの責任だった。ロジャーを手放す折を見失い、ただ、ロジャーの成長を楽しんでしまった、自分の。

 

「兄ちゃん!」

 

 元気良く、どんっ、と胸を叩くロジャーを見据えて、アレンは小首を傾げる。すると、に、と口端をつり上げたロジャーが、いかにも威厳たっぷりに声を張り上げた。

 

「心配すんなって! オイラに任せとけ!」

 

 まるで、こちらの心配事など、ただの取り越し苦労だと笑い飛ばすようなロジャーの力強い言葉に、アレンは、そ、と目を伏せた。

 

「…………お前は、本当に凄い男だな……」

 

 アレンにとって欲しい言葉を、何より頼りになる笑顔を、ロジャーはいつも向けてくれる。恐らくネルにとっても、フェイトにとっても、クリフにとっても同じように。

 ロジャーには、ここぞと言う時に相手の緊張や不安を、和らげる力があるのだ。

 それがどれほど貴重なことか、アレンは噛み締めるように、静かに目を閉じて。

 意を決したようにロジャーを見返した。

 ロジャーの心が変わらないことを、心から祈りながら。だが、それがどれだけ乱暴で、どれほど傲慢な願いであるかを知っていながら。

 アレンは、口を開いた。

 

「ロジャー。……ネル達を、頼む」

 

 そうして彼女達を守ることで、ロジャーが自分を保てることを祈りながら。

 つぶやくアレンに、ロジャーは、おぅよっ、と元気良く答えた。

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