41.嵐の前
フェイト達がアリアスに戻ると、すでにアーリグリフ軍を警戒して東門を除いたすべて村の門が閉鎖されていた。
村を行き交う兵達にも緊張が走っている。
領主の館に入ると、中でも総指揮官であるクレアの緊張が、空気を通して伝わってくるようだった。
「ネル・ゼルファー、只今参りました」
会議室に集まった各部隊長達に向けて、ネルが敬礼を取る。それを横目見ながら、フェイトもネルにならって敬礼した。
「フェイト・ラインゴッド、只今戻りました」
たどたどしくはあるが、それなりに様になったフェイトの姿。クレアが微笑して頷くものの、やはり室全体の緊張はほぐれず、クレアはすぐに厳しい表情に戻って、空いている席を示した。
「座って」
促され、一礼してから適当な席に腰掛ける。そこでフェイトは首を傾げクレアに尋ねた。
「あの、アレンは……?」
フェイト達がシランドに向かっている間、アーリグリフを警戒してアリアスに残った筈の彼が、会議室にいなかったのだ。
尋ねられたクレアは、ああ、とつぶやくなり朗らかに微笑んだ。
「ちょっと、所用があって外出されているんです。もう少しすれば帰って来られますよ」
「そうですか」
頷いて、話を打ち切る。
ネルがフェイト達を代表して王都に向かった際の状況報告を、そして各部隊長が、見張り成果や戦況について今後の指針となるべく情報を、提示し合った。
「……わかりました」
それら一つ一つに適切な質問を交えて聞いていたクレアは、頷くと一同を見渡した。
息を呑むような緊迫感が広がる。
クレアがはっきりと言った。
「敵は多数だけれど、いつも通り遠方から施術兵器で敵を撹乱しつつ、疾風には施術で対抗します。まともに戦ったらアーリグリフの思う壺。なるべく距離を取って戦い、近接戦闘はさけるように」
いつも通りだが、それ故に効果の程が分かっている、アリアスの地形を活かした戦法だ。これがアリアスがアーリグリフにとって強力な牙城となる要因だった。これまで幾度も侵攻を受けてきたが、しかし、落とし切られてはいない。周りを山野に囲まれた村だからこそ、出来る芸当である。
ネル達も、この戦略を打ちたてたクレアに対して何ら疑問に思うことは無い。言い置くクレアに、左右に居並ぶ部隊長達が、こく、と頷いた。
静かな中の緊張感。
クレアは肌身で皆の空気を感じながら険しい表情のまま、こく、と頷き返して、それから各部隊長を順に見渡した。
「総指揮はアレンさんが執るそうだから、詳しくは彼の指示に従って。では、作戦は夜明けとともに実行します。各自、それまでに準備を完了させておくように」
「はっ!」
「解散」
鋭く言い放つクレアの掛け声にしたがって、きびきびと部隊長達が部屋を去っていく。その彼等が、全員いなくなったことを確認して、クレアは視線を、す、とネルとフェイトに向けてきた。
険しい表情の中に、少しだけ不安の色を漂わせながら。
「ネル、貴方には本隊と別行動を取ってもらうわ。貴方の任務は本隊が敵部隊と交戦している間に敵陣に突入し、アーリグリフの司令系統を破壊すること」
「ヴォックスだね?」
間髪おかず、ネルが問う。その彼女の機転に小さく微笑して、クレアはこくりと頷いた。表情が優れないのは、その作戦の難しさを彼女自身が知っているからだろう。
「ええ。……それで、フェイトさん達には、出来ればネルと行動を共にしてもらいたいのですが?」
問うクレアは、ふと視線をミラージュのところで止めた。軽く首を傾げて、視線だけでネルに問いかける。するとネルは、ああ、と頷いてミラージュを示した。
「何でもクリフ達の仲間だそうだよ。シランドでたまたま再会して、私達に協力してくれるそうなんだ」
「ミラージュ・コーストと申します。よろしくお願いしますね」
ネルが事情を説明するなり、ミラージュはぺこりと一礼する。その彼女にクレアもまた一礼を返すと、ミラージュが朗らかに微笑んだ。
「それで」
その二人のやりとりが落着くのを見計らって、フェイトはクレアを見た。
「僕らもヴォックス……、アーリグリフの指令系統を破壊する、って話でしたが、具体的にはどうするつもりです?」
クレア達がアーリグリフ軍と交戦している間に、と言っていたが、それまでの経路が確保できなければ、大掛かりな陽動作戦もうまくは行かない。
仮にうまく行ったとしても、具体的なフェイト達の経路をクレア達が把握していなければ、フェイト達は指令系統を破壊した際に退路を断たれて孤立してしまうのだ。
フェイトの合理的な質問に、クレアは小さく頷きながら、地図を広げた。
「まずはタイネーブ率いる先鋒部隊が先頭に立ってアーリグリフ軍に突撃をかけます。それによって敵軍を分断し、道を作る。支援はファリンの右翼遊撃部隊に任せていますので、おそらく成功する確率は高いかと」
「中央突破、ってわけかい?」
分断された敵軍の、間を縫っていけ。
クレアの考えに、ネルが警戒の色を強める。が。当のクレアは即座に否定した。
「いいえ。あなた達には残念だけど支援部隊がいないわ……。数の上で圧倒的に不利な戦だもの。先鋒隊をカルサアまで直結させるのはハッキリ言って無理に等しい」
「つまり道が割れてんのはアリアス近い最初だけで、後は戦場のど真ん中を俺達だけでどうにかしろってか? そりゃ、いくらなんでも無茶だろが」
俯くクレアの表情が硬い。その空気感で彼女の言っている事が本当だと察したフェイトは、誰にとも無く固唾を飲み込んだ。
「見立てがないわけじゃない」
そのとき、姿の見えなかったアレンが、会議室の入り口に立っていた。いつの間にかいなくなっていた、ロジャーを引き連れて。
その奇妙な組み合わせに首を傾げながら、フェイトはアレンを見上げた。
「どういう意味だよ?」
問うと、アレンは小さく微笑った。
「お前達に相応しい乗り物がある。……あれのスピードなら、漆黒は勿論、ルムや飛竜に乗っている風雷、疾風とて手は出せないだろう」
「あれ……?」
首を傾げるフェイト達にこくりと頷いて、アレンはロジャーを見下ろす。すると、視線の合ったロジャーが、じゃん、と叫びながら誇らしげに胸をそらせた。
……………………
話によると、フェイト達がシランド-アリアス間を往復する間に、アレンは一日半ほどアリアスを離れていたらしい。
アレンがフェイト達を連れてやってきたのは、アリアス近接区のパルミラ平原だった。色とりどりの緑や花々が咲き乱れるその場所で、アレンはそれを示したのだ。
ある種、独特の空気を孕む、それ。
一台の、黒いバイクを。
「おぉ! こいつぁスゲェじゃねぇか!」
まずクリフが飛びついた。バイクに近寄るなり、クリフはハンドルを握ってバイクの全身を検めるように忙しなく視線を動かす。黒を基調にしたそれは、要所で赤いラインを入れて、己の存在を鼓舞するように、重々しくフェイト達の目に飛び込んできた。
機能美を極限まで追求した、空気抵抗を最大限に抑えたデザインは、まさに芸術品だ。一体どこに、このバイクを形成するほどの金属があったのかは知れないが、フェイトは思わず、ほぅ、と感嘆した。
「以前、クリフは小型艇の免許を持っていると言っていただろう? だから、メリルにオーダーを出して作ってもらったんだ。クリフなら、ものの一時間もしないうちに乗りこなせると思う」
クリフが上機嫌だからか、アレンは少し嬉しそうだった。
「ルムは足の速い動物だと聞いているが、骨格からして、せいぜいが時速六十~八十キロ程度が限界だろう。それを振り切るのは造作もないが……飛竜のスピードが把握出来なかったので、念を入れて、これの最高時速は三百キロに設定しておいた」
「三百キロ!?」
ぎょ、と目を見開くフェイトに、平然と頷くアレン。
好奇に瞳を輝かせたクリフが、早速バイクを検分しながら問いかける。
「で? もう試乗したのかよ?」
その少年のような表情は、もはやバイクに乗ってみたくて仕方がない様子だ。
旧時代に忘れ去られた乗り物とはいえ、それが秘めている強烈な力を敏感に察知しているのかもしれない。
「ああ。さっきまでロジャーと二人で乗ってみたんだ。最高は三百だが、百五十前後で走れば十分だろう。急勾配の対応も悪くないし、七速までのギアチェンジも問題なく出来る」
「?」
そりゃ凄ぇ、とひたすらつぶやくクリフにアレンが頷く。その二人を交互に見やりながら、首を傾げているのはネルだ。
彼女はまったく話についていけない様子で、しかし、どうにかこの場に対応しようとうろうろと視線をさまよわせている。その彼女に小さく苦笑したフェイトは、硬い表情のままアレンに向き直った。
「なあ」
「何だ?」
まだ一度も乗ってはいないが、アレンの言うことが確かならば素晴らしいバイクなのだろう。
性能、走行スピード。安定感。
そのどれもが備わっていそうに見えるバイクだ。だが――これには一つ、欠点がある。
フェイト、クリフ、そしてミラージュとネル。小柄ゆえ、ロジャーを数に入れずとも、成人が四人いる。どう考えても定員オーバーだった。
「あの、さ。これってどう考えても二人しか乗れなさそうなんだけど?」
フェイトの問いかけに、アレンは迷わず頷いた。まるでそう問いかけられるのを待っていたかのようだ。
「ああ。だから、二人で行ってもらう。クレアさんはどうしてもお前達を全員で行かせたかったようだが、今のお前達なら二人で十分のはずだ。指揮系統を破壊するなり、早々に帰って来い」
その視線が、最初からクリフとフェイトに向いていたので、フェイトは、ひく、と片頬を引きつらせた。
「……二人?」
鸚鵡返しに問いかける。アレンはにべもなく頷いた。やはり迷わずに。
「ネルにはタイネーブと同じ、先鋒部隊でアーリグリフ分断の指揮を執ってもらう。ロジャーはその補佐。それから……」
そこで、ふと。
視線をミラージュで止めたアレンは、きょとん、と瞬きを落として、それから、ああ、とだけつぶやいた。合点したように、表情をほころばせながら。
「よろしければ、あなたにはクレアさんとともに左翼部隊をお任せしたい」
金髪碧眼。そして何より、ミラージュの首筋にある刺青から、即座にクラウストロ人と判断したアレンは、知り合いである、という前提の下にそう言った。
対するミラージュが、わかりました、と柔らかく答える。その二人の間に流れる、ちょっとした矛盾を解消するためにもクリフは敢えてミラージュの名を呼んだ。
「だってよ、ミラージュ。今日顔を合わせた奴との合同作戦ってのは難しいが、お前なら大丈夫だろ?」
言いながら、アレンに目配せするクリフに、こく、とアレンが頷く。
――これでアレンはミラージュの名を覚えた。
その二人の意図を読んで、フェイトも続いた。
「って、そんな簡単に……。おい、アレン。他にいい作戦は無かったのか?」
「お前達の退路を確保する。そちらの方が、人数的な問題から難しそうだったからな。……俺はミラージュさんの実力を知らないから何とも言えないが、無理だというなら他の役に回ってもらおう」
言いながらも、アレンは確信した瞳でミラージュを見ている。
彼女なら出来ると。
ただの一目で看破した、と言わんばかりに。
小さく苦笑したミラージュが、そ、とクリフに耳打ちした。
(……確かに。彼が敵となれば、厄介なことになりそうですね)
冗談とも、真剣とも取れる調子で。
す、と顔を上げたミラージュは、柔らかく微笑んだ。
「その必要はありません。……作戦決行は明日の夜明けでしたね? でしたら、それまでの時間を使って、指揮官の方と
その頼もしい物言いに、アレンが一礼とも、頷きとも取れない角度で頭を下げる。
と。
話が一段落ついたところで半眼になったネルが、ちらりとアレンを睨み据えた。
「……それで? 少し見ない間にずいぶんクレアと仲良くなったようだけど、何かあったのかい?」
まるでアレンの出方を窺うように。
――ネルは、アレンが『ラーズバード指揮官』から『クレアさん』と呼び名を変えたことを指摘しているのだ。
上下関係を念頭に置く彼が、態度を軟化した真意を。
静かにつぶやくネルに、対するアレンはいたって普通だった。首を傾げつつも、思い出したように、ああ、とだけつぶやいた。
「彼女にもどうにか仲間と認めてもらえたらしくてな。お前を『ネル』と呼んでいるのに、彼女を『ラーズバード指揮官』と呼ぶのは妙だ、と言われたんだ」
「……そう」
ふぅん、とつぶやいて、ネルは今一腑に落ちない様子で視線を下げる。その彼女を不思議そうにアレンが窺っていると、二人のやりとりを見ていたフェイトとクリフが、にやりと口端を緩めた。
「へぇ……」
おもむろにつぶやく彼等に、凄まじい視線が送られる。ネルは腰の短刀に、そ、と手をかけた。
「……そうやってすぐそっちに話を繋げるの、いい加減にしな?」
半眼になる。
が、
「いや、だって……ネルさん、今の反応は――」
「むしろ、そう取られた方が普通だぜ?」
にやにやと笑う彼等に、ネルの頬が、ひく、と引きつった。
と。
「こ、の! バカチィイインンッッ!」
ネルの短刀が煌く直前、ロジャーの体当たりが、どむっ、と鈍い音を立ててクリフとフェイトに炸裂した。
「ぐはぁっっ!?」」
もんどりを打つクリフとフェイトが、くぐもった声を上げて地面に転がる。その様を、憤然とした様子で見下ろして、ロジャーはぷんぷんと怒りながら腕を組んだ。
「オイラとおねいさまの恋路を邪魔する奴は誰であろうと許さねえぜっっ!」
かっ、と目を見開いてロジャーが断言する。クリフとフェイトは半死人のような眼差しを向けながら、しかし、咄嗟に急所を外していたので意外に元気そうに起き上がった。
のそり、と。
恨めしげに、ロジャーを睨みつけて。
「痛っ……! ロ、ジャー……!」
フェイトはずしりと大地を踏みしめ、相変わらず加減を知らないロジャーの攻撃に抗議の声を上げる。が、当の本人には聞こえていないらしく、すでに眩いばかりの笑顔をネルに向けていた。
「ね! お姉さま♪」
「……ん。まあ、ね……」
自分が仕留める前に終わった制裁に、ネルは少し拍子抜けしている。短刀から手を離し、褒美とばかりにロジャーの頭を撫でているネルと、撫でられてご満悦なロジャーの様をじっと見詰めて、フェイトとクリフは小さくつぶやいた。
「……あいつ、覚えてろよ」
タイミングまで被ったのは、恨みのなせるワザかもしれない。
ネルが仕切り直すように切り出した。
「それじゃあ、そろそろ屋敷に戻ろうか。明日も早い。鋭気を養っておかないとね」
ネルは、フェイト、クリフ、ロジャー、ミラージュを順に見るなり、促すようにアリアスを視線で示した。それに、こく、とフェイトが頷くと、アレンの声がかかった。
「待て」
と。
ぴたりと同時に動きを止めたミラージュ以外の人間が、やや引きつった表情でアレンを見る。――今の、彼の左手には修行と称した悪魔の剛刀・兼定が握られていた。
「……開戦前に。お前達の実力、見せてもらう」
そう告げる彼に、一同の表情が固まる。無論、その言葉はミラージュにも向けられていた。
アレンと視線が合ったミラージュは静かに笑って、いいでしょう、とつぶやくだけだったが、クリフ達からすれば承諾できるような騒ぎではない。かといって逃げられる相手でもなく。ミラージュに一礼するアレンを見据えて、クリフ達は腹をくくった
「……それに。今日は、お前達以外の者も見ておく必要があるからな」
アレンは言うなり、アリアス方面に視線を向ける。
すると、そこにタイネーブとファリン、そしてクレアの姿があった。
ファリンは察しがいいのか、今にも腹痛を起こしそうな表情で。タイネーブは、まるで教官に試験される直前のような険しい表情で。そしてクレアは二人とは違う、ネルと共に戦えることを喜んでいる様子でこちらを見ている。
(そんな悠長なことが言ってられるのは、最初の内だけだよ。クレア……)
嬉しいが、親友の危機察知能力にふるふると首を振ったネルは、やがて意を決したように短刀を引き抜いた。
その傍らでフェイトも、ブロードソードを抜き払う。
「いくぞ! アレンっっ!」
声がやや震えているのは、自棄の所為だろう。
対峙したアレンが挑戦的に、ふ、と微笑って答えた。
「全力で来い。後の面倒はきっちり見てやる」
「言ってくれんじゃねぇか、アレン!」
不遜なアレンの態度にため息を吐いたクリフは、しかし、ガントレットを弾いてミラージュを仰いだ。
「いくぞ! ミラージュ!」
「了解です、クリフ」
クラウストロコンビが瞬時、走り出す。アレンはまだ動かない。意味深に微笑う彼に、クリフは尊大に言い放った。
「叩き潰すぜっ!」
オーバースローイングで高めた気を地面に叩きつける――マイト・ハンマーの炎が、アレンに向かって走る。それを皮切りに、ミラージュ、フェイト、ネル、ロジャーが一斉に動き始めた。
……………………
………………
誰も、立っている者がいなくなったパルミラ平原で。
自分以外の誰もが、死んだように倒れ伏したその場所で、一つ小高い岩に腰掛けたアレンは皆を見渡して、こくりと頷いた。
「なるほど。各部隊長の実力はフェイト達が来る前に見ていたが、……そうか」
誰にとも無く、ぽつりと。考え込むように沈黙したアレンは、ふとファリンの声に視線を上げた。
「あ、のぅ……。私達の実力も~、その時見てもらっていたハズなんですがぁ~……」
地面に倒れ伏していながら、恨めしげにつぶやくファリン。すでに
それでも体力と――何より、底をつくまで連発させられた、施力を回復させるために、倒れた姿勢のまま動かないファリンに、アレンは視線を向けると悪びれずに答えた。
「貴方々は、作戦の中核人物だろう? だから正確に把握しておきたかった。貴方がどれほど俺の課題をこなしてくれたのか、な。……そうしたら、こちらの予想以上に呪紋構成が良い。貴方は、覚えが早いな」
「…………それは、どうもですぅ」
朗らかに笑むアレンに邪気がないせいで、ファリンは毒気を抜かれて二の句が継げない。
実際、フェイト達がシランドに向かっている間、集中特訓と言えるアレンの指導を受けていたシーハーツ兵達は、たった一週間にも満たぬ期間で、驚くほどの成長を遂げていた。
確かに、自分は強くなったと。
その手応えを皆が感じているのだ。クレアを筆頭に。
――当然、ファリンもその内の一人である。
アレンが総指揮官に抜擢されたのは、この一週間の劇的な変化を部隊に及ぼした為でもあった。
(確かにこの人から~、施術構成の短縮法を教えてもらって、術を撃つのはかなり楽になりましたけどぉ……)
詠唱時間、威力。
そのどちらもがこれほど上がるとは、ファリン自身も思ってもみなかった。が。
「……修行が、辛すぎますよぉ~……」
しくしくと嘆くファリンに、きょとんと瞬きを落としたアレンが、慌てて問いかけた。
「すまない。通常任務には障らないよう注意しておいたんだが、なにか不都合が?」
アレンは知らず知らずのうちに相手の実力を量り違えたか、と息を詰まらせた。
その彼を見上げて、ファリンは深刻にこくりと頷くと、
「私はぁ~、どちらかというと頭脳労働担当なんですぅ~……。ですからぁ、体力バカのタイネーブ達のようには……」
そこで言葉を切ったファリンは、アリアスからやって来た、二十人近い兵達の顔を見るなり、げ、と一言。悲鳴を洩らした。
「アレン様!」
「アレン殿!」
皆、一様に瞳を輝かせて。
駆けてきたのは、今まで散々ファリン達と共にアレンの修行を受けていた、各部隊の部隊長達だ。
「どうした、何か異常でも?」
その彼等に、アレンはざっと視線を向けるなり、岩から立ち上がる。
手には兼定。
アレンが臨戦態勢に入った証拠だ。その彼に、いえ、ときっぱりと答えた部隊長達は、アレンを見るなり元気一杯に言い放った。
「アレン殿! 我々にも是非、指南を!」
「あなたに教えられた施術構成がやっと成功したのです! 見てください!」
突然の申し出に、アレンはきょとんと瞬く。
――明日は、早朝から戦に出るというのに。
一様に、晴れやかな表情を見せる部隊長達に、アレンは、ふ、と微笑った。
「あなた方は無理をしすぎる嫌いがあるからな……。今日はやめておこうと思ったんだが」
目の前のやる気に満ちた彼等を、このまま帰す気など無かった。
――と言っても、あまり無理もさせられないが。
アレンは、そ、とブロードソードに手をかけるなり、一同を見て言った。
「いいだろう。……相手になる」
「ありがとうございます!」
一様に頭を下げる彼等を、ファリンと同じく意識こそ回復しているものの、まだ身体を動かせないフェイト達が、じ、と見上げていた。
「……クリフ。シーハーツの
自棄とも言える――否、すでに悟りきったような表情でつぶやくフェイトに、傍らのクリフもこくりと頷く。
「肩凝るぜ、ホントによ……」
「……じゃん!」
続くロジャーの表情が妙に渋かったのは、じゃん、に全ての
「……はぁ……」
これだけの人数を相手にしたあとで、まだシーハーツ兵達の訓練に向かう男の背を見て、フェイト達はぱたりと地面に突っ伏し、意識を手放した。