連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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42.開戦

「クリフ、フェイト。お前達はこちらの指示があるまで動くな」

 

 

 

 ………………

 

 

 

 翌日の、早朝。

 体力が回復した後、バイクの試乗を散々行ったフェイト達に、もう操作における不安はない。それでもクリフが上機嫌にそのエンジン音を楽しんでいた時の事だった。

 各部隊長と施術士を広場に集めたアレンは、出陣の前にそう言った。

 

「ん? ああ……」

 

 思わずフェイトが頷く。アレンはこくりと頷き返して、視線を各部隊長と施術士達に向けた。

 

「では手筈通り。あなた方には地形を巧く使ってもらう。戦況が少しでも不利になったら、すぐに施術で報せてくれ。無理をせず、決して仲間から離れないように。……いいな?」

 

「はっ!」

 

 敬礼する彼等に、アレンは頷き返す。

 アリアスに滞在していたアレンは、シランドにいたネル達よりも早く全面戦争の話を聞いており、すでにどの部隊が、アイレの丘からカルサア丘陵までどのように配置されるべきなのか、打ち合わせを済ませていた。

 

 今朝方、その打ち合わせ内容を聞いたフェイトは、昨日クレアが言っていた作戦とは少し違っていることにすぐに気がついた。

 

 というのも、各部隊に最低二人、施術士が配備されているのだ。そしてその彼等は、フェイト達がシランドに行っている間、アレンが考案した『施術の信号弾』を頼りに行動するよう訓練されている。

 例えば、空に向かって黄の施術を放てば『劣勢』。青の施術で『制圧』。緑の施術で『膠着』。そして赤の施術で『撤退』を意味する。

 この方法で、アレンは戦場を駆ける早馬――伝令役を廃止した。

 加えて、施術士だけで構成された部隊には施術兵器を、その護衛役としてミラージュを抜擢している。ミラージュ一人に施術部隊すべてを護衛することは不可能だが、もともと、施術士達の主な任務は後方支援および怪我人の治療だ。

 前線の――ネル達が率いる先鋒部隊が『道』を作るまで、施術兵器を動かさず遠距離から疾風を狙撃する。

 そして『道』を作った先鋒部隊と合流し、改めて進軍する時、初めてミラージュが活躍することになる。言わば、保険のような存在としてミラージュは置かれているのだ。

 総指揮官のアレンは、殿(しんがり)としてアリアスを守るのが役割だった。故に、どの兵よりも最後尾になる配置だが、逆にどの兵よりも広く戦況を見定め、即座に各部隊に指示を送る必要がある。

 

 例えば、第一小隊が赤の施術で『劣勢』を指示した際、すでに『制圧』の合図を送っている部隊に『増援に向かえ』の合図をするのが彼の役目だ。この『制圧』を完了した部隊が、仮に第二小隊ならば、赤の施術が二発、空に向かって放たれる手筈になっている。

 ここで、施術士は絶対に疾風を攻撃してはならない、という制約が生まれた。

 空に向かって施術を乱用すれば、信号弾との区別がつかなくなるためだ。

 つまり疾風に対しては、すべて施術兵器で対応する。

 アレンの仕事は淡白だが、タイミングを見誤ればシーハーツ軍が傾く。その大任を圧力(プレッシャー)と思っていないのか、彼はいつも調子で引き受けていた。

 威力が弱まったとはいえ、連射性の上がった施術兵器ならば疾風を抑えることは可能だ、と。

 

「……でも、それだけでホントに疾風をどうにか出来るのか?」

 

 誰もが考える言い分に、アレンは不敵に笑い返してくる。

 

「空に施力が溜まる。――それで十分だ」

 

 なにやら、企んでいる様子だった。

 施術兵器の性能を誰よりも知っているディオンが口出ししてこないことから、確証があるのだろう。

 フェイトは首を傾げながらも、こくりと頷いた。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

「準備はいいわね。ここが勝負の分かれ目よ。私達がここを死守できなければ、奴らは王都まで一気に攻め込むでしょう。なんとしても食い止める。……全軍、進軍!」

 

 凛とした面持ちでクレアが南西門を指差すと同時、居並ぶ兵達が、一挙に己が武器を掲げた。

 

――おぉおおおおおおおおっっ!――

 

 びりびりと。

 まるで地鳴りのような迫力に、フェイトは腹の底が揺さぶられるのを感じながらクリフを見た。すでにバイクに跨っているクリフは、いつでも準備万端だ、と言わんばかりに、に、と口端を吊り上げている。

 

 ――開戦だ。

 

 門が開け放たれると同時、凄まじい勢いで兵達がアイレの丘へと出て行く。まるで川に放流される稚魚の群れのようだ。

 兵達の大地を踏みしめる音が、確かな重みを持ってフェイトの耳朶を打っていく。

 

(いよいよ、か……!)

 

 ブロードソードを握りながら、フェイトも意を決したようにクリフの後ろ、バイクの後部座席に跨る。

 と。

 全ての兵が村から出て行った後、残ったアレンは、二メートルはある剛刀『兼定』に手をかけた。

 

「少し離れていろ」

 

 フェイト達にそう言ってアレンが移動する。

 南西の門を出てすぐの地点で足を止めた彼は、一挙動でその刀身を抜き払い、ちゃっ、と柄を両手で握るなり、息を吐いた。

 

「爆裂……」

 

 つぶやいた瞬間、アレンの持つ『兼定』が青白く輝いた。これでもかと言わんばかりの、眩い光を。

 アレンの瞳と同じ、蒼き光に。

 

「空破斬っ!」

 

 か、と目を見開いたアレンが真上から叩き斬るように兼定を地面に振り下ろす。ただそれだけでも強力な一撃だ。――それが地面に触れた途端、爆散した。

 

 ズガガガガガガガァアアンンッッ!

 

 地面に叩きつけられた衝撃で、大地が、悲鳴を上げるように鋭い岩を突き出した。空破斬の軌道に沿って、五メートル近い剣山のような岩塊が、フェイトが視認できる視界の端まで走っていった。

 施術兵器を持つ施術士達を守るように。

 ――アリアスの、城壁のように。

 

「……こんなものだな」

 

 長大な『アースグレイブ』のような岩塊を、斬撃で作ったアレンは、慣れた様子で兼定を納める。地形が変わるほどの必殺技を撃ったというのに、息一つ乱さず、動揺した様子もない。

 

「……マジかよ……」

 

 傍観するクリフの方が、ぽかんと口を開いていた。そのクリフに同調するように、同じ表情でフェイトも。

 そんな彼等を置いて、アレンは戦況を把握するためにも自分が作った岩塊の、一番身近な剣山に、トッと跳び乗ると、クォッドスキャナーを展開して熱源反応を調べ始めた。

 ――自分の物は一度壊れて精度が悪くなったため、フェイトに借りた物だ。

 

「……そろそろ、先鋒部隊――ネル達が衝突するな」

 

「!」

 

 つぶやく彼に、ば、とフェイトの顔が起き上がる。その前で指示を待つクリフに、アレンはこくりと頷いて――、言い放った。

 

「フェイト、クリフ。……出動だ!」

 

「おぅっ!」

 

「ああ!」

 

 バイクエンジンを噴かせるクリフの手の動きに従って、意外に小さなエンジン音がフェイトの耳に届く。

 ヘルメットなどという安全具はまったくない。

 だがフェイトは、に、とアレンを見るなり言った。

 

「この戦い、絶対勝つぞ! アレン!」

 

 それが誓いであるように、す、と己の得物である、ブロードソードを掲げてフェイトが宣言する。アレンもこくりと頷いた。

 

「今回、俺はシーハーツ軍の援護を第一任務として動く。……だが、出来るだけ二人の支援もするつもりだ。指令系統は頼んだぞ、二人とも」

 

 フェイトに応えるように、ぐ、と兼定を握り締める。

 

 自然、二人の口元に浮かんだのは、互いを信頼しているような、自信に満ちた笑み。

 

 無言のまま、にやりと笑いあう二人に、やれやれとクリフがため息を吐いた。

 

「お堅いねぇ……。もう少しユルクいこうじゃないの」

 

 言って、肩をすくめる。するとアレンは、クリフに視線を向けて気負ってなどいない、と態度で示すように微笑った。

 その彼を、ふん、と野次を飛ばすように見返して、クリフは横目でフェイトを見る。

 

「じゃ、行ってくるぜ。おい、フェイト。しっかりつかまってろよ」

 

「OK!」

 

 いつでもブロードソードを抜けるよう鞘を左腕に抱えて、空いた右手でバイクのフレームを掴む。それを横目で確認して、こくりと頷いたクリフは、す、とアレンを一瞥してからバイクを発進させた。

 

 ドルゥンッッ!

 

 雄叫びを上げて、総排気量600ccのバイクがアリアスから猛速度(スピード)で遠ざかっていく。

 それを、じ、と見送って、アレンは静かにクレアに視線を向けた――……。

 

 

 

 

 同日・早朝。

 鉱山の町カルサアを出て、カルサア丘陵に整列したアーリグリフ軍は、自信に満ちた表情でそれぞれが胸を張っていた。

 シーハーツに負ける要素など何処にもないとでも言うかのようだ。

 

「へぇ……。結構士気が高いな」

 

 その一人ひとりの表情を見るともなしに見たアルフが、率直な感想を述べる。間髪を置かずにアルベルが、漆黒に指示を終えたのか、口を挟んできた。

 

「当たり前だ阿呆。この戦、負ける気でいるクソ虫なんぞ使い物にならん」

 

 横柄に刀の柄に腕を乗せて、ふん、と鼻を鳴らすアルベルに、アルフはまあな、と小さく頷いた。視線を少しだけ下に向けて

 

「ただ――、そこを突かれるかもしれねぇけどな」

 

 くく、と嗤う。

 確かに良い士気だ。総指揮官のヴォックスという男、なかなかの求心力、統率力を持っている。問題は――優勢に戦を進めすぎているが故の過信。それが、兵一人ひとりから、微かだが感じ取れる。

 シーハーツ軍は確かに施術を使う厄介な相手だが、まともに戦えばこちらの勝ちだ、と心の底で侮っている彼等の気持ちが、他人の動向を探る術に長けたアルフには手に取るように分かる。

 アレンと対峙するには、致命的と言える奢りが。

 

(まあ、俺には関係ねぇ話だ)

 

 それで死ぬなら、それまでのこと。

 問題は――、

 

「なぁ、アルベル」

 

 ようやく名を覚えたのか。今まで呼ぶ気がなかったのか。

 何にせよ、初めて自分の名を呼んだ狂人(アルフ)を振り返ると、彼は暗い闇を孕んだ瞳を左右に振って、ある人物を探しているようだった。

 

「ナツメは?」

 

 そう、短く問いかけてくる。

 この男が他人を気にかけるところを初めて見た。アルベルは思わず瞬きを落とすと――、気を取り直して、顎で整列する漆黒をしゃくった。

 

「あの阿呆なら、漆黒(あの中)だ」

 

「なら、悪いがアイツを後方に下げてくれないか。……後で回収するのも面倒だ」

 

「……回収?」

 

 ふ、と微笑うアルフの貌が、しかし、ナツメの生死に関する心配からきた一言ではないとアルベルに確信させる。

 他人を、相手の命を心配するには、あまりにも冷たい目。

 命を――相手を、己をも顧みない、狂人の目。

 アルベルが窺うように、じ、と見据えていると、アルフは目を伏せて微笑った。

 

「そろそろタイムリミットでね。帰り支度も始めないと、間に合わない」

 

「どういう意味だ?」

 

 その彼の言葉が、理解できないまでも警戒すべき言葉だとアルベルは直感的に察した。アルフを睨む。が。アルフは薄笑いをこちらに返してくるだけで、話を変えてきた。

 

「それで、刀は? 団長さん?」

 

 まるで人を小馬鹿にするような、それでいて真剣とも取れる声で問いかけてくるアルフに、アルベルの片眉がぴくりと引きつる。話題逸らしにしては不自然だが、この男に限っては判断に困る。言葉の真意が、裏の裏にあるこの男に限っては。

 だから今の話題が転化か、ただ興味を失ったためか、それとも聞かれてはならない何かがアルフにあるのか。それはアルベルには分からなかった。じ、とアルフを観察するも、アルフは公然と無視して首を傾げただけだ。

 

「ないと、アレンの奴が大暴れするんだが?」

 

 ぬけぬけと言い切るアルフのおかげで、アルベルの脳裏にあの、凄まじい威力を誇った剛刀が過ぎった。思わず、ち、と舌打ったアルベルは思考を打ち切って、頭を横に振る。

 元々アルベルは謀略だの、策略だのを考えるのは好きではない。

 ならばアルフの考えている事など、分かるまで待っていればいいだけのことだ。敵ならば斬り、そうでないなら捨て置けばいい。――もっとも、相手の腹に抱えているものが解らない分、気分は悪いが。

 

「あんな業物。そう易く手に入るか、阿呆」

 

 アルベルが、ふん、と鼻を鳴らして、忌々しげに吐き捨てる。

 実際いまアルフが装備しているレーザーウェポンを上回る刀を探すことさえ、アーリグリフには難しいのだ。乱掘の所為で鋼の質が落ちた、というのもあるが、それ以上にレーザーウェポンの持つ殺傷能力はエリクールの技術からすれば、まさに神懸りと言っていい。それを至極あっさりと断ち切ったあの兼定ほどの剛刀を、たった数日で探し出せ、という方が無茶なのである。

 アルベルをして『業物』と。

 そう言わしめた兼定ほどの名刀を。

 

(……親父の剣でも、果たしてアレに勝てるかどうか)

 

 無意識のうちに歯を食いしばる。その彼の肩を、ぽん、とアルフが叩いてきた。いつものどおりの無表情で。

 

「ま、期待はしてねぇよ」

 

「……斬られてぇのか、この阿呆!」

 

 飄々と肩をすくめるアルフにここ数日、鍛冶屋を求めて奔走したアルベルは、刀の鍔に手をかける。

 と。

 アルフは薄く笑って、それから早々にアルベルの肩に置いた手を引いた。

 

「まあ、短い間だったがアンタのお陰で退屈せずに済んだ。その礼に一つだけ、忠告してやるよ」

 

「何だ?」

 

 問いかける。するとアルフは空を見上げて――、それから小さく微笑った。まるでそこに何かが待っていると言わんばかりに。

 その何かを嘲笑うように。

 いつもの、死の色香を漂わせて。

 

「空にデカい影が見えたら、すぐに退却命令を出しな。……でないと、犬死する」

 

 ぴく、と聞く側のアルベルに殺気が宿る。目を細め、炎のように赤い瞳を、ぎろりとアルフに向ける。

 

「……どういう意味だ」

 

 語調が落ちたのは、犬死に反応したためだ。それに退却というのもアルベルの性に合わない。

 が。

 アルフはそれらすべてを無視して、ただ静かに、ふ、と微笑っただけだった。

 

「じゃ。縁があったら、また会おうぜ。団長さん」

 

 それが別れの言葉だと言うようにアルベルから背を向けたアルフは、一度も振り返らずナツメのいる、漆黒の中へと消えていった。

 

「おい!」

 

 その後を慌てて追う。が。漆黒の中に紛れたアルフは、アルベルほどの達人でも気配が読めないほど、まるで蜃気楼のように、すぅ、と姿を消していた――……。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

「私達の行動が、シーハーツの明暗を分ける! やるよ、アンタ達! 遅れるんじゃないよ!」

 

「はっ!」

 

 

 先鋒部隊。

 ネル率いるシーハーツ中央部隊は、アーリグリフ軍の分断に成功した。

 大陸最強と謡われる破壊力を持つ漆黒と、機動性に優れる風雷を、見事出し抜いたのだ。

 

(これほどまでに、皆の戦力が上がってるとはね……!)

 

 諜報活動を主な任務としていたネルにも、各部隊長達が目覚ましい成長を見せているのが手に取るようにわかる。数で圧倒的不利を示すシーハーツ軍が、戦場を大きく使うのは得策ではない。そこを突くため、アーリグリフ軍は風雷の機動力を生かしてシーハーツ軍の背後を、漆黒はその破壊力を生かしてシーハーツ軍本隊と真正面から衝突し、シーハーツ軍を前後から挟撃するという構図を展開してきた。

 ――それに対し、

 

「グランド・アースグレイブ!」

 

 一個小隊に最低二人、配備された施術士達が、一斉に施術をぶつける。

 漆黒、風雷に対してではなく、自分達の周りに施術を放つのだ。

 

 ズガガガァアアアンンッッ!

 

 シーハーツ軍の背後に回り込もうとして部隊を広く展開した風雷の、その進路を塞ぐような岩塊だった。

 少なく見ても、三十人近い施術士たちの同時詠唱。アーリグリフ軍は、目を白黒させ、部隊を寸断された。

 

「何だと!?」

 

 焦るシェルビーと、どよめくアーリグリフ軍に、ネル達は間髪を置かずに突っ込んだ。

 シーハーツ軍が作った巨大な岩塊が、相手の退路を断ち、敵の意表を突いた。そこをなし崩し的にネル達、先鋒の兵士達が討ち取っていくことは容易い。

 

 ――が。

 

 一度体勢を崩されたというのに、思いの他、敵の粘り強さが目立った。

 部隊を分断され、混乱に陥ったはずの漆黒から冷静さが消えていないのだ。正確には、兵一人一人は動揺していが、その指揮系統に期待したほどの乱れが見られない。

 その所為でネル達先鋒部隊が手間取っている。

 ――意外に、厄介な相手だ。

 

「ちっ!」

 

 思わず舌打ちするネルに、シェルビーが陣取っている部隊より更に後方から、少女の凛とした声が響いた。

 

「皆さん! ここが勝負どころです! ここから体勢を立て直し、シーハーツ軍を一気に切り崩す!」

 

 剣と刀を持つ、あの少女だ。

 漆黒の――今や副団長となったナツメ。

 

「!」

 

 その彼女の一喝に、漆黒兵達がハッと表情を引き締めた。それにナツメはニッと笑い返して、剣と刀を一気に抜き放つ。

 

「これ以上好きにはさせない! ――私に続け!」

 

「おぅ!」

 

 ざ、と剣を構える漆黒の士気が高い。そのナツメの意外な統率力に、ネルは忌々しげに表情を強張らせて、迷わず彼女へと斬りかかった。

 

「この間の借り、ここで返させてもらうよ!」

 

 だんっ、と地を蹴るなり、左の短刀を振り切る。瞬間。ギキィンッと甲高い鍔競り音を立てて、ナツメの(シャープエッジ)がネルの太刀筋を受け止めた。

 相変わらず、まったく隙の窺えない動きで。

 対峙するネルに緊張が走る。眼前のナツメが、に、と口端を吊り上げた。

 

「その短刀――、望むところです!」

 

 円を描くように、キィンッという刃の擦れあう音を立てて、ネルの短刀が払われる。が、元々尺の短い得物だ。巻き上げられたところで、それほどの痛手にはならない。

 が。

 

「今回は私も、最初から本気でいかせていただく!」

 

 ぞくり……っ、

 

 鋭く言い放つナツメの瞳が、恐ろしく冷たい。

 思わず息を呑んだネルは、無意識下で短刀を握り締めて――、弱い己を振り払うように、に、と笑った……。

 

 

 

 ………………

 

 

 

「ひゅぅ♪ コイツはご機嫌だぜ!」

 

 ブルゥンンッッ!

 

 雄々しく唸るバイクのエンジン音を耳にしながら、クリフ達は戦場を駆ける。途中、風雷や漆黒の傍を通り過ぎたが、彼等は追いつくどころか、こちらを見て、あ、と驚く声をクリフ達に届けることすら出来なかった。

 

「お、おい! 人がいっぱいいるのに、こんなに飛ばして大丈夫なのか!?」

 

 バイクのタコメーターは既に二百ロを超えている。それを穴が開くほど覗き込んで、クリフを仰ぐと、クリフは、に、と笑って、こちらを振り向く余裕すら見せた。

 

「安心しな。クラウストロ人(オレたち)にしてみりゃ、こんな速度(スピード)、屁でもねぇよ!」

 

 そのうち鼻歌でも口ずさみそうなクリフの表情から、地球人のフェイトには理解し難い身体能力(ポテンシャル)の高さが窺えた。信じられないが、バイクを自在に操っているのは確かだろう。

 ――が、

 

「本っっ当に! 信じていいんだよな!?」

 

 叫ぶフェイトは、やはり気が気ではない。

 当然だ。

 人のすぐ傍を通るたびに、ゴゥッ、と凄まじい風の音が、耳を打ってくる。少しでも身を乗り出せば、身の安全は完全に放棄されたと言って良い状況だ。

 自然。後部座席で、ぐ、とフレームを握る手に、力が入った。

 

「ああ! 信用しろって!」

 

 クリフの声が、気休めにしか聞こえないのも無理からぬことである。

 速すぎるスピード、というのは、得てして風の抵抗を強く受けるということなのだから。

 

 と。

 

 ぎゃぎゅきゃきゅきゅっ、っっ!

 

「う、ぉおっ!?」

 

 突如、急ブレーキをかけたバイクに、フェイトは身体を前につんのめらせながら、目を見開いた。周りの景色を見る余裕など最初からなかったため、どうやら、目的地に辿り着いたことに気付かなかったようだ。

 

「よぅ」

 

 バイクにまたがった状態で、に、と口端を吊り上げたクリフに、ヴォックスが表情を強張らせていた。バイクの物珍しさ、それから、戦場を真正面から突破してきたそのスピードの非常識さに、さしものヴォックスも瞠目しているのだ。

 

「き、貴様達は……!」

 

 だが、その動揺も束の間だった。

 ヴォックスはすぐに表情を引き締めると、それから油断無くフェイト、クリフを見据えて、腰の剣に手をかけた。

 まだ飛竜には騎乗していない。

 これほど早く敵の勢力がやってくると思わなかったのか、それとも、総指揮官として報告を聞くために地上に待機していたのか。どちらかだろう。

 

「……そうか、貴様達が例の奴等だな。アルベルの奴をやったという……」

 

「だったら、どうだってんだ?」

 

 クリフ、フェイトは相手を警戒しつつもバイクから降りた。ぱきぽきと関節を鳴らす、クリフの瞳に闘志が宿る。ブロードソードに手をかけるフェイトも、既に臨戦態勢に入っている。

 

「ヴォックス様!」

 

 ヴォックスの周りに控えている疾風兵は、せいぜい二十人前後。

 伏兵を考慮して、周りに注意を張り巡らせたフェイトだったが、不思議なことに、控えている者は他にいないようだった。

 

 ――アルフの言った『油断』、それがここに出ているのだ。

 

 ヴォックスは、クリフとフェイトを順に見やって、にやりと口端を歪めた。

 

「威勢のいいことだ。その度胸に免じて、貴様らはこの私自ら葬ってやろう……。お前等、邪魔するなよ」

 

 つぶやくヴォックスに、だんっ、と地を蹴ったフェイトが、一息で剣を抜き放った。

 

「行くぞっ!」

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