46.真実を語る者
ディオンの私室を出た後、ネルに連れられてフェイトは白露の庭園に来た。ネルによると、クリフがそこで待つよう指示したらしい。
謁見の間を抜けて、城下を見下ろせる庭園で、クリフとミラージュを見つけた。
――そして、
誰よりも先に目が行くシーハーツ女王、ロメリア・ジン・エミュリールを見て、彼は息を呑んだ。
「へ、陛下!?」
声がひっくり返ったのは、それだけ驚きが大きかった為だ。女王が此処にいるのをネルも聞かされていなかったのか、驚いた顔をしている。
振り返った女王が、ネルを見据えて頷いた。
「大まかな話を彼等から聞きました。……あれは、どうやらグリーテンの兵器ではないようですね」
女王がクリフを見る。クリフは会釈混じりに頷き、視線をフェイトに向けた。
「……戻ったか」
庭園に入ってきたフェイトの表情から、ディオンの様子を察したようだ。微妙なニュアンスを含んでつぶやくクリフに、フェイトは言った。
「それで、バンデーンは?」
「バンデーンはあれから静かなもんだ。連邦の二人が様子を探るっつって出て行ったが……、仮にも特務だしな、心配するだけ野暮ってもんだ。ロジャーの奴も、気合入れて奴らについていきやがった」
「連邦の二人って、まさかアレンと……?」
あの銀髪の男か、と言いかけたところで、クリフが、そうだ、と即答した。途端、フェイトの顔が強張る。先のアルフの失言もあるが、何より、アルフの紅い瞳が、フェイトの潜在的な不安を呼び起こす。
対峙した者に言い知れない威圧をかける、あの紅い瞳。
フェイトは無意識に、固唾を呑んだ。
「フェイト、ついに全てを話すときが来たぜ」
クリフの言葉に、フェイトは顔を上げた。
白露の庭園、手摺側に立っているクリフの後ろ――その上空に、一隻の小型艇が姿を現した。
「なっ!? あれは」
バンデーン。
機影を見上げて、ネルが臨戦態勢を取る。が、クリフに制されて、ネルは訝しげにクリフを睨んだ。小型艇を見上げて、クリフは笑っている。その傍らにいるミラージュも同じだ。二人を交互に見やって――ネルは警戒したまま、わずかに構えを解いた。
「やっと来たか……」
そのネルの判断が間違っていないことを裏付けるように、クリフはわざとつぶやいた。
瞬間。
庭園の一角に、白い光が集まり始めた。
水が流れるように螺旋を描いて、光は庭園に舞い込むと、まばゆく輝いて人の形と為す。
「これは……」
警戒に表情を険しくしながら、ネルが呻く。
彼等の現れたのは、フェイトと同い年ぐらいの、青い髪の少女だった。
「待たせちゃったね」
彼女は肩から胸に流れた髪を、右手で払った。
年齢はフェイトと同じぐらいで、利発そうな少女だった。瞳も、髪も青く、体型はほっそりとしている。黒を基調にしたプロテクターとミニスカートを着ており、黒のパンストで細い脚を固めている。ミニスカートをしめるベルトから、白いマントが足首に向かって伸びており、凛とした彼女の視線に合わせて、女性の気丈さを際立たせた。
マリア・トレイター。
現クォークのリーダーを務める少女である。
……………………
………………
アルフと合流したアレンは、クリフ達にバンデーンの様子を見てくると伝えた後、シランド城から城下に出ていた。
「今の機影……。連邦でもバンデーンでもないな。大方、
城下から見えたクォーク艦に、アルフが目を細める。と、連邦製通信機から顔を上げたアレンが、伺うように問いかけた。
「お前がここに来ていると言う事は、連邦が来るのはまだ先なのか?」
「まあな。ヴィスコム提督は、鮫連中相手に六深で足止め食らってる状態だ。長くなりそうだったから俺が先に抜けて来た」
「……
やれやれとため息を吐くアレンの周りを、最新機器に囲まれたロジャーが、おぉ、と歓声を上げながら走り回っている。そのアレンの相変わらずの人柄に、アルフが肩をすくめていると、ふと、アレンが思い出したようにアルフを見上げた。
「そう言えば、ナツメはどうしたんだ?」
「ん? 置いてきた」
簡潔に答えるアルフに、アレンが絶句する。アレンの反応が気に入ったのか、にやりと笑ったアルフは、説明を続けた。
「お前、俺が
確認するようなアルフに、頷くアレンの表情が、次第に暗くなっていく。話の終わりに既に気付いてしまったような、そんな表情だ。
それを満足げに見やって、アルフは続けた。
「で。この俺が、連邦の船がまだ来ないって分かってて、アイツを連れてくるわけがないだろ?」
ナツメをトランスポートさせる小型衛星の
アレンの考えに気付いたアルフが、まるで失笑するように薄く笑った。
「アイツ、全面戦争が始まるって時に、俺の話を聞かずに前線に出たんだぜ? 戦争で俺とはぐれることを承知の上で、漆黒の指揮を取るとか言い出してな。あれだけアーリグリフに入れ込んでるなら、迎えが来るまで、置いてやった方が親切ってもんだろ?」
「それにしても、一言ぐらい断ってやれ」
ため息を吐いて、アレンはやれやれと首を振る。
アルフの言いたい事は分かる。
つまり、アルフとしてはアーリグリフの今後の行動を把握するために、ナツメをあそこに置いてきたのだ。邪魔にならない限りは放置する、情報源として。
だが、問題は――、それをナツメには一言も話していないことだ。
急にアルフが居なくなって、あたふたと慌てる彼女が想像できる分、アレンはナツメが気の毒に思えた。
「……何か、最初の印象とちょっと違うな。この兄ちゃん……」
アルフの考えの全てが、アレンのように理解できるわけではないが、アレンの反応から、何となく二人の関係を察したロジャーが、同情的な眼差しをアレンに向けている。
ロジャーの言葉を受けたアルフは、無表情のままロジャーを振り返って、それからその貌を愉快そうに歪めた。
「へぇ?」
左目を細めて微笑うアルフに、あの独特の色香が混じる。それを見据えて、寒気を覚えたロジャーが、う、と呻くと、無造作にロジャーとアルフの視線にアレンが自分の右手を差し込んだ。
はた、と瞬きを落としたロジャーが、金縛りから解けたように、目をぱちぱちさせる。
アレンと話している時のアルフは、視線がこちらを向いていなかったため、無害に見えた。が、直接、彼と話すとなればそうもいかない。あの紅い瞳と対峙して、アレンのように平静に話が出来るのは、他に、ナツメぐらいのものだ。
ロジャーやアルベルのように、正常な人間ならば、目が合っただけで思わず身構えてしまう危険な瞳。暗く、深い闇のような紅い瞳。それはまさに、目が合っただけで警戒心を解いてしまうアレンの蒼い瞳とは、全く正反対だった。
(極端じゃん!)
くわ、と目を見開くロジャーに、アレンはすまなさそうな視線を向けた後、アルフを見上げた。
「いちいち他人にちょっかいをかけるな。お前は」
「かけてるつもりはないんだが。……この
そう言って、飄々と肩をすくめるアルフを、アレンが訝しげに睨む。
「それにしては、ずいぶん『やる気』に見えたが?」
「……結構、威勢の良い子どもだったと思ってね」
にやりと笑うアルフがロジャーを一瞥すると同時、くわ、と目を見開いたロジャーが、絶望的な影を作って叫んだ。
「お、オイラ! 狙われてるっ!?」
途端、がたたたた、とポルターガイストが起こったかのように震え出すロジャーを、ぽん、と叩くアルフ。ロジャーが顔を上げると、人形のように美しく笑ったアルフと、視線が合った。
――美しいが、狂った笑みと。
「ぎぃやぁあああああ!」
まるで幽霊かモンスターに肩を鷲掴まれたかのように、壮絶な表情で悲鳴を上げるロジャーを、アルフは満足げに見ている。その、いかにもいい性格なアルフの行動に、アレンは半眼で睨みながら
「ロジャーで遊ぶな。アルフ……」
そう言って、ロジャーを、ひょい、と持ち上げた。それを名残惜しむわけでもなく、簡単に諦めたアルフは、バンデーンの進路計算が終わったアレンの通信機を、ロジャーの代わりに受け取った。
目を落とす。
「全部で十一隻、か。一隻はあのフェイト・ラインゴッドが沈めてるから、元は十二隻の艦隊だな。……大盤振る舞いじゃねえか」
アルフの言葉に、アレンも頷く。地面に下ろされたロジャーが、ぎょ、と目を見開き、アレンとアルフを交互に見た。
「十一隻!? ってぇことは、あと十一個、星の船がいるってことか!」
「ああ」
ひぇ~、と大口を開けるロジャーに、アレンも思案顔を隠せない。驚くロジャーの表情には、悲壮感が無かった。むしろ、アレンが何を悩むのか、理解できないといった風だ。首を傾げたロジャーが、訝しげにアレンを見てくる。
「なぁ、アレン兄ちゃん。星の船なら、フェイト兄ちゃんの、あの光の柱でやっつけりゃ問題ねぇんじゃねえか?」
質問の答えは、意外にもアルフが返してきた。瞳だけは鋭いが、表情自体は茫洋とした、アルフが。
「お前、気付かなかったのか? あれはあの場限りの能力。あいつが自分で制御した訳じゃない。それに、例えあれが制御して放ったものだったとしても、一発ごとに気絶されちゃ、とてもバンデーン艦隊を全滅させられねぇ」
「ぜ、全滅!?」
息を呑むロジャーに、アルフが意外そうに瞬きを落とした。それから、ふ、と薄く笑う。瞳の異様に冷えた、狂人の笑いだ。
「俺はあそこまで好き勝手にやった奴らを、放って置く気はないんだ。あれだけ派手に虐殺した限りは、自分たちがどんな手で殺されても構わねぇって、そういうことだろ?」
くく、と喉を鳴らすアルフを強張った顔で見据えて、ロジャーはアレンを見る。正確には、彼の左手に握られた刀と、アレンを。
「て、ことは……」
つぶやくロジャーの反応を受けて、アルフはこくりと頷いた。
「ま、ラインゴッドのように戦艦を沈めこそしなかったものの、掠っただけで航宙艦フィールドを破った
「ああ。……後は、射程だ」
つぶやくアレンに、アルフはやれやれと肩をすくめる。
兼定が破ったのは航宙艦フィールドだけだ。だが、バンデーンの最新技術を駆使したあの戦闘艦隊でなければ、朱雀吼竜破を回避することは不可能だっただろう、とアルフは考えている。
その証拠に、朱雀吼竜破の減弱仕切った余波を、最初に食らったバンデーン艦は、驚くべきことに戦闘不能になっていた。
あの時の、アレンと
(しかもそれを、俺に向けても撃ちやがった……)
正確にはフェイトも、だが、そちらは織り込み済みだ。
能力値に幅が無く、いつでも自在に使える分、――バンデーン艦に向けて撃った本気の朱雀吼竜破を間近で見た補正もあってーーアレンの方が、アルフにとっては脅威に感じられた。その上、自分の倒すべき相手が、自分の手の届かない所に行ってしまったことも、気に入らない。
と。
そこで、はた、と思考を停止したアルフは、アレンをゆっくりと見据えて、それから真剣な表情で、口を開いた。確かな重みを、含ませて。
「アレン」
改まった表情のアルフに、アレンが不思議そうに、しかし、真剣な表情で振り返る。その彼の反応に、こくりと頷いたアルフは、重々しく続けた。
「お前に刀を渡した相手に会わせな」
「何か、策があるのか?」
尋ねてくるアレンに、アルフはにやりと笑って、答えた。
「俺の今の最優先事項は、バンデーンじゃなくてその刀をへし折る事なんだ。実際、
「……………………」
半分予想していたのか、黙ったアレンが、こめかみを押さえる。が、兼定の出生にはロジャーも興味を持ったのか、おぉ、と声を上げてアレンを見上げてきた。
その二人を交互に見て、アレンは仕方が無いな、と苦笑した後、言った。
「ペターニでガストという鍛冶師に会ったんだ。シーハーツの人に頼んで、探してもらった鍛冶師の情報を頼りに、な」
「……シーハーツって、漆黒より断然使えるな」
「そうか?」
「ああ」
深く、深く頷くアルフに苦笑しながら、アルフから手渡された――と言うより、アルフが予備に持っていた通信機を受け取って、アレンはそれに視線を落とした。
それには一つ、
Out-of-Place Artifacts――通称、オーパーツと呼ばれる解析不能な波長を発する、強大な信号を示す
これが、アレンが予測した、次のバンデーン降下地点だった。
「なら、
確認のために問いかける。が。既にアルフは踵を返して、歩き始めていた。予想通り、ペターニに向けて。
アレンがため息を吐くと、背を向けたアルフが、ひらひらと手を振りながら言った。
「バンデーンは任せたぜ。アレン」
「了解、はしてないが?」
つぶやきながら、しかし、言ってもムダだと分かっているので、それ以上は言わず、アレンも踵を返す。シランドの東方――オーパーツのある、その場所へ。
その彼に続こうとしたロジャーを、アレンは制して言った。
「ロジャー。お前はネルか、陛下に『星の船が、次の目標をシランドの東方に定めた』と伝えてくれ。そこに、奴等は何か嗅ぎつけたようだ」
「ほ、星の船が!?」
聞いた瞬間、戦場に現れたバンデーン艦を連想して、ロジャーは目を見開いた。が、それも一瞬だ。
アレンは即座に首を横に振ると、ロジャーの考えを改めるように、説明を続けた。
「星の船と言っても、俺が今から相手をするのは、船の乗組員の方だ。奴等は星の船から地上に降りて、行動するらしい。だから、俺の心配はいらない」
「そっか……。じゃあ、オイラはお姉さま達に伝えればいいんだな?」
首を傾げるロジャーに、そうだ、と頷いて、アレンはシランド城を一瞥した。
「場所が城に近い。俺も対処に向かうが、出来るだけ早く、シーハーツの兵にも警戒してもらいたい」
「分かったじゃん!」
どん、と胸を叩くロジャーに、こくりと頷いて、アレンは今度こそ、オーパーツのある、その場所へと向かった――……。