「居ぃたぁあああああ!」
「!?」
会議室を出て謁見の間に向かう途中。いきなり聞こえた奇声に、フェイト達は反射的にそちらを振り返った。
そう言えば、アレンとどこかに行ったという、ロジャーを。
「あれ? ロジャー、お前アレンと一緒だったんじゃ……?」
言いかけたフェイトの言葉を、完全に遮って。
ロジャーは涙を振り乱しながら、しゅばっ、と地面を蹴るなり、ネルにしがみついた。
「……わっ!」
「良かったじゃん~! おねいさま、部屋にもいないから、どっか行ったかと思ったぜぇ~!」
どうやら階段を駆け上がってきた所だったらしい。
いつもの、超人的なスピードでネルにしがみついたロジャーは、いつもと違って涙を振り乱して叫んでいた。その真意が読めず、ネルは身構えることも許されず、太ももにしがみついたロジャーを恐る恐る見下ろすと、ぐ、と覚悟を決めて問いかけた。
「……いったい、どうしたっていうんだい?」
思いの外、声が小さくなっているのは、ロジャーに対する潜在的な恐怖によるものかもしれない。どうにかネルが尋ねると、ば、とネルを見上げたロジャーが、先ほどまで切羽詰った表情をしていた彼が、瞬間、いつも通りの緩んだ表情を浮かべた。
「おねいさま~♪」
言って、嬉しそうにすりすりと頬を寄せるロジャー。その彼に、く、と呻きながら、ネルは努めて、平静に、もう一度だけ問いかけた。
「……何かあったんじゃないのかい?」
「つぅか、チビ。お前、何しに来たんだ?」
ネルに続いて、呆れ顔のクリフも問いかける。すると、は、と顔を上げたロジャーが、そうじゃん、と叫びながらネルを見上げた。
「実はオイラ。アレン兄ちゃんに言われて、お姉さまに伝えなきゃいけないことがあるんだ!」
「伝えなきゃいけないこと?」
フェイトが問うと、おうよ、と横柄に頷いたロジャーが、ぴょん、とネルの足から離れて胸を張った。
「実はな! あの星の船の連中が、王都の東側に何かを見つけたらしいんだ! で。星の船の奴等がそいつを狙って降りてきたから、アレン兄ちゃんも向かってったんだけど、どうも城に近い場所らしいから、兵士のおっちゃん達にも警戒して欲しいって!」
「なっ!?」
一様に、皆の表情が強張る。
「ほぉ。あのフザケた連中が、空から降りてきたってのか」
「誰だ!?」
背後から聞こえた声に、ざ、とフェイトが振り返る。そこに見覚えのある顔が立っていた。
漆黒に濡れた長い前髪に隠れた、そこだけ異様な光を放つ、炎のように赤い瞳の男。
フェイトにとってはそちらの方が印象深いが、世間的な身体的特徴を述べるなら、左腕のガントレットが有名な、アーリグリフが誇る武将だ。
「……アルベル!?」
声を揃えるクリフ、ネル、フェイトに、名を呼ばれたアルベル・ノックスは、ふん、と鼻を鳴らした。横柄に刀の柄に腕をよりかけて、睨むようにフェイト達を見る。
正確には、反射的に武器に手をやった、彼等の手元を。
「あ! ちょっと待ってください!」
傍らからナツメが飛び出さなければ、アルベルもそれなりの対応を取っていたところだ。
「君は……!」
そのナツメに気付いて、は、とフェイトが目を瞠る。今までフェイト達と対峙するときは、漆黒の甲冑を着ていた彼女が、黒の上下に蒼のジャケットという、フェイト達と同じ世界の服装を、身にまとっていたからだ。
(やっぱり!)
赤いバンダナだけは、甲冑を着ている時と代わりないが、身体のラインがハッキリする分、今のナツメの方が『少女』という概念をしっかりと持っているような気がした。
「我々は今回、使者としてココに来たんです!」
「使者、だって……?」
「ええ。彼女のおっしゃる通りです、ネル様」
問うネルに、後ろから声をかけられた。聞き覚えのある、男の声。それに、は、として振り向くと、そこにはココにいない筈の、ネルの良く知る男が立っていた。
「アストール!?」
ぎょ、と目を丸くするネルに、アストールが恭しく一礼する。
まるで驚くネルの方が、ここでは間違っているというように。アストールは堂の入った様子で、社交向けの笑みを口元に浮かべていた。彼の第一任務は、カルサアでの隠密だ。その彼が、何故シランドに来ているのか。
ネルは我が目を疑うように、アストールを凝視した。
「アレン様より頼まれまして。アーリグリフより使者が来られた際はよろしく頼む、と」
隠密である彼が、アーリグリフの使者が、いつ、どこに来るのかを知る事は難しくない。そして、アーリグリフ軍代表としてやってきたアルベル、が考えたのかどうかは怪しいが――シーハーツとの体面を気にして、飛竜ではなく馬車でやって来た
それらの条件を考慮して、案内役にアストールを抜擢したのだろう。
しかしネルは、何故アレンが、アーリグリフから使者がやって来ることを知っていたのか、見当がつかなかった。
「アレン、が……?」
「いやぁ~、すみません。こうなることが分かってて出迎えてくださったのに、団長が何も考えずに先々行くものですから……」
「いえ。私が至らぬばかりに、御迷惑をおかけしました。どうかお許し下さい」
ほのぼのと謝り合うナツメとアストールを、ネルはどう対処すればいいのか、悩むように表情をころころ変えている。
と。
ふん、と鼻を鳴らしたアルベルが、くるりと踵を返した。
「さっさと行くぞ、阿呆」
「団長! そっちは謁見の間じゃありません!(アストールさん曰く)」
アルベルの背に、ナツメが声をかける。すると、肩越しにナツメを振り返ったアルベルが、ぁ゛あ、と不機嫌に呻きながら続けた。
「阿呆。今から向かうのはシランドの東方とやらだ。そこにあのクソ虫どもがいるんだろうが」
「国王様の親書はどうするんです!?」
「そこの出迎えにでも渡しておけ。……王も、まさか本気で俺に使者をさせるつもりはねぇだろうよ」
「……いいのかなぁ?」
むぅ、と呻きながら、ナツメはアストールに向き直るなり、ぱ、と表情を輝かせると、意外にあっさりと、はい、と親書をアストールに手渡した。
国王の親書らしいが、それにしてはずいぶん、ぞんざいに。
肩の荷が下りたような、すっきりとした表情で、ナツメは笑った。
「いやぁ~。実は私も、謁見とか挨拶とか。そういう社交的なことは苦手だったんです! 団長が付き添いでよかった~!」
「阿呆。テメェが付き添いだ」
「む? ……まあ、いいです。そこは東方に向かう道すがら、決着をつけましょう」
「……ふん」
「と、いうわけで。親書の方、よろしくお願いしますね!」
言って、ぺこり、と頭を下げるナツメに、さすがのアストールも少し面を喰らったように、はた、と瞬きを落としている。
「いや、良かねぇだろ……」
思わずつぶやくクリフに、フェイトも反射的に頷いた。が。アーリグリフの二人は、さほど気にしていないのか、気にする気も無いのか。さっさと踵を返すなり、城を出ようと歩き出す。
「………………」
一同が言葉を失して呆然と背中を見送る中で――唯一、ネルが、は、と顔を上げた。
シランドの、東方――……。
「まずいっ! シランドの東に何かを見つけたって……! まさか、セフィラが!?」
「……セフィラ?」
反射的に問いかけるフェイトに、ネルは答えなかった。さ、とアストールに向き直るなり、号令を発す。
「アストール! 五分以内に兵を集めて! 私は陛下に報告を!」
「はっ」
敬礼するなり、さ、と踵を返すアストールの背を見送ることもなく、ネルは謁見の間へ走る。
いつもよりも慌しく扉を開けたネルは、簡易的な敬礼を取った。
「どうしたのだ、ネル。陛下の御前と言うのに、騒々しい」
ラッセルの叱責を覚悟しての、無礼だった。ネルは、ぐ、と拳を握るなり、女王、ロメリアを仰いだ。
「陛下! 賊が城の東側に向かっているとの情報が入りました! 方角から考え、奴らはセフィラを狙っている可能性があります! 私はこれより、部隊を指揮し賊の討伐へと向かいます!」
「……なんだと!?」
一瞬、あまりに唐突な話に、ラッセルが、ぎょ、と目を見開いた。瞬時。謁見の間に緊張が走る。ネルより少し遅れて、部屋に入ってきたフェイトは、その緊張の正体が読めずに首を傾げた。
ネル達の慌てようを見ると、何か重大な事が起きているとの予想はつく。ネルを横目に見るなり、フェイトは問いかけた。
「ネルさん、僕らは」
「悪いけどフェイト! 今、アンタ達の相手をしてる暇はないんだ!」
怒声に近いネルの声に、思わず口を噤むフェイトだったが、それも一瞬だ。フェイトは、はた、と瞬きを落として、首を横に振った。
「待って、ネルさん! 『賊』ってロジャーの話じゃ、バンデーンのことだろ? だったら、おそらくシーハーツ軍の装備じゃ、奴等の相手は無理だ!」
振り返ったネルが、ぐ、とこちらを振り返る。そのネルに代わって、玉座に座したロメリアが、す、とフェイトを見据えてきた。
「どういう意味ですか?」
問うロメリアに、フェイトの代わりにクリフが、マリアを顎でしゃくった。話題を振られたマリアは、静かに頷くと、皆の注目が集まるのを待って、腰のホルスターから銃を引き抜き――……、
「失礼します」
断ると同時。銃口を謁見の間の一角に向けるなり、だんっ、と短い轟音を立てて、部屋の壁を撃ち抜いた。
石造りとはいえ、頑強に作られた城の壁を。
「な……っ!」
その威力を見据えて、ラッセルが言葉を失う。改めて向き直ったフェイトが、ロメリアに向かって言った。
「そのセフィラに向かったという賊は、先日の星の船の者です。そして彼等は、彼女の銃と同様に、詠唱を全く必要とせず、相手を傷つける力を持っているんです」
「それも向こうの武器は恐らく、エリミネートライフル……。私の銃よりも、威力は格段に上です」
続くマリアの言葉に、ラッセルのみならず、ネルやロメリアまで、無言のまま、息を呑んだ。
静寂。
少しの間、ロメリアは沈思したあと、首を横に振った。
「ですが、彼等の狙いがセフィラとあれば、放置しておくわけにもいきません」
女王の表情は、何か、覚悟を決めたようにも見える。それにフェイトは首を横に振ると、に、と不敵に笑った。
「だから、僕が行きます」
「あんた……! 何を?」
驚いたようにフェイトを見るネルに、フェイトはすまなさそうに笑った。少しだけ、寂しそうに。
「元はといえば、バンデーンがこの地に来たのは僕の所為なんです。だから、僕が責任を持ってなんとかしますから……」
そう言って、フェイトはロメリアを、す、と見抜く。
初めて彼女と対峙した時よりも、ずっと強い、強い意志の光を帯びた眼差しで。
(おぉ……!)
そのフェイトの成長に、対峙したラッセルも思わず感嘆を洩らした。何があったのかは知らないが、前よりもずっと彼は堂に入った態度でロメリアと対峙している。
自信を持った、というより、不敵に成った印象だ。
その翡翠の瞳を、しかし、初めて会ったときから少しも変わらない、穢れ無き瞳を、じ、と見返して、ロメリアは少し、目を細めた。
眩しいものを、見るように。
と。
「オイオイ、僕たち、だろ? お前、一人で行く気かよ」
やれやれとため息を吐きながら、肩をすくめるクリフを、フェイトが思い出したように見る。すると、その傍らに立ったマリアも、腕を組みながらクリフに続いた。
「そうね。一人で行くのは自殺行為だわ。大体、君に死なれたら、私がココに来た意味がないでしょ? 当然、私も行くわ」
言い切るマリアに、やや苦笑しながら、フェイトは一同を見渡して――、
「実際のとこ、オイラ、あんまり事情が分かんねぇケド。あの星の船の奴等を、好きにさせとくわけにはいかないじゃん! 男として!」
「みんな」
フェイトがこくりと頷いた。
そのフェイト達の空気がまとまるのを察したのか、ロメリアがタイミングよく口を開いた。
「……分かりました。そなたらに任せましょう」
そう言ってくれた彼女に、ありがとうございます、と返して。
踵を返そうとしたフェイトは、ふと、足を止めた。
「陛下。私も彼等に同行します」
「ネルさん……」
振り返るなり、いいのか、と視線で問う。
敵はエリミネートライフルを持ったバンデーン兵だ。実戦経験は豊富なネルだが、フェイトと同じで銃を相手にするのは初めてだ。――それも、フェイトと違ってエリミネートライフルを一度も見たことのないネルが。
それを指摘して問いかけると、半眼になったネルが、逆に、文句でもあるのか、と睨み返してきた。その、ネルの視線から逃れるようにクリフを見ると、視線の合ったクリフは、やれやれと肩をすくめただけで、何も言ってはこなかった。
ロメリアが、改めて口を開く。
「事態は一刻を争いますね。ネル、封印洞の使用を許可します。彼等を案内しなさい」
「封印銅を、ですか?」
そのロメリアの言葉が、どれほど意外性のあるものなのか、良く分からないフェイトは、ためらいがちに復唱したネルを、何となく見詰めた。
すると、そのフェイトの疑問に答えるように、玉座からロメリアが言い放つ。
「ええ、王族しか通ることが許されない場所ですが。緊急時です。仕方ありません。……しかと頼みますよ」
「はっ!」
ネルがシーハーツ式の敬礼を取ると同時、兵を招集しろ、と指示を受けたアストールが、謁見の間にやって来た。
後ろに三十人近い部下を連れている。さすが、短時間ながらも仕事をこなすところは頼りになる男だ。その彼を、じ、と見据えてネルは言った。
「アストール。悪いけど、事情が少し変わった。私は彼等と共に、今からカナンへと向かう。だからアンタは、城の警護を頼むよ」
「はっ。では、アーリグリフからの親書も、その間に陛下にお見せしておきます。お気をつけて」
「ああ」
頷きながら、足早に謁見の間を出ようと踵を返す。と、そのネルが歩き出す前に、ミラージュを振り返ったマリアが、言った。
「ミラージュ。あなたは私達がカナンに行っている間に、陛下にこれまでの事情を説明して差し上げて」
「了解です、マリア」
緊急だが、冷静に落ち着いているところはさすがミラージュと言ったところか。
その彼女に向き直ったフェイトは、す、と頭を下げた。
「すみません、ミラージュさん」
気持ちが逸っている分、フェイトに今までの経緯を説明することは不可能だ。その非を詫びると、ふ、とこちらに視線を向けたミラージュが、いいえ、と返してくれた。
その彼女の優しさに、安心したように、フェイトが、ふ、と笑う。そしてフェイトは、ぐ、と表情を引き締めると、拳を握って踵を返した。
「行こう! 皆!」
そう、クリフ達を振り返って。
言い放つフェイトに、一同がこくりと頷き返した――……。