連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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49.封印洞

 聖殿カナンに行くための近道、封印洞への入口は、シランド城の大聖堂だと聞いたフェイト達は、謁見の間から多くのアペリス教徒が集う、その場所へと向かった。

 今は一般人が入れないよう、人の出入りを強化しているためだろう。大聖堂に入ると、そこにいたのは、神官と大神官と呼ばれる、女性の二人だけだった。

 

「……お待ちしておりました」

 

 大聖堂の祭壇の前に立った、四十がらみの大神官に言われ、フェイトは、え、と目を丸めた。謁見の間から、急いでこちらにやって来たのだ。

 ロメリアが封印洞を使うことを決意してから、大聖堂にやって来たのは、フェイト達が初めてのはずだった。

 

(なのに、どうして『お待ちしてました』って……)

 

 不思議そうに首を傾げる。と、傍らのネルが説明してくれた。

 

「大神官様は、陛下の姉君にあたるお方なんだ。だから、陛下に次ぐ高い霊視能力を持っておられる。私達の謁見の間(うえ)での会話を、ここで視ていらしたんだろう」

 

「そんなことが出来るのかよ……!」

 

 きょとん、と瞬きを落とすクリフに、ネルが誇らしげに、こくりと頷く。と、そこで言葉を切ったネルは、す、と大神官に向き直ると、恭しく、頭を下げた。

 

「大神官様」

 

「……ええ。お願いします、ネル」

 

 そう言って、大神官は聖堂の祭壇から降りる。代わりに、その祭壇にネルは上がると、人差し指を、す、と立てて印を結び、目を閉じた。

 

 ―――……ぅ、

 

 しん、と静まり返った聖堂の、その聖なる『気』が集うように、印を結ぶネルの指に、施力の光が宿る。と。彼女はかざした指を、頭上に掲げて、指揮棒(タクト)を振るように流麗に、直線というより曲線の多い施術陣を空に描いた。描いた、と言っても、フェイトに見えたのはネルの手の動きだけだ。どういう陣なのかは分からないが、円に近い、陣、というよりは『字』に近い施術陣だった。

 その『字』の外周を、ネルが最後にくるりと指でなぞる。と、フェイト達でも簡単に視認出来る程にネルの描いた施術陣が、ぽぅ、と浮き上がり、す、と目を開けたネルが、その陣の中央に、人差し指を押し当てた。

 ――瞬間。

 発光した施術陣が、祭壇の下――聖堂の中央通路に、すぅ、と下りていき、そこで陣を広げた。

 と。

 陣が、通路に溶け落ちる。

 

 ご、ご、ごごごご……っ!

 

「な、なんだなんだ!?」

 

 遠くで聞こえた地鳴りに、バタバタと騒ぐロジャーを置いて、フェイトも、ざ、と視線を左右に振った。

 

(何だ……!?)

 

 それを皮切りに、聖堂が揺れた。まるで、大型の地震か何かが起きたかのように。正確には、どこか遠くで、地鳴りが起こったかのように。

 フェイトが異変を感じた直後、彼の足元で、中央通路を作っていた鉄製透かし蓋が、がこん、がこんっ、と鈍い音を立てて、三層のヘリを作るなり、折りたたみ式の床下収納のように、一番奥の透かし蓋の下へとスライドしていった。

 ――その奥にある、地下道への入り口を、開くために。

 

「……これは!」

 

 中央通路の下に隠れた、地下への階段が出現したのを見て、フェイトは思わず目を見開いた。その傍らクリフも、大仕掛けの聖堂に、ひゅぅ、と感嘆の口笛を吹いている。

 地下通路を出現させて、一仕事を終えたネルが、こちらを振り返るのを待って、マリアもこくりと頷いた。

 

「……隠し通路ね」

 

「ああ。この先が封じられた地下通路『封印洞』さ。かつての王族が聖殿に行くために作られた通路なんだけど、もう数百年も使われてない。ここなら湖の下の地下を最短距離で通っていくから、地上を行くより早くカナンまで到達できるはずだよ。……ただ、長い間放置されていた場所だから、中はどうなっているか分からないけどね」

 

 表情を引き締めるネルに、マリアも自然、ぐ、と警戒心を強める。その二人に、こくりと頷いたフェイトは、封印洞へと繋がる隠し階段に視線を向けて、それからネル達、三人を仰いだ。

 

「急ぎましょう」

 

「ああ」

 

 頷くネルが、祭壇から颯爽とこちらに下りてくる。と、そこで、お待ち下さい、と声をかけられたフェイトは、小さく首を傾げながら、祭壇脇に控えていた、大神官を振り返った。

 

「どうかしたんですか?」

 

 何気なく問うてみる。と、少し複雑そうに笑った大神官が、視線を脇にやって、入ってきてください、とつぶやいた。

 

「……!」

 

 大神官の言葉で姿を現したのは、アルベルとナツメだった。どうやら、聖堂の脇に控えていたらしい。フェイトは現れた二人を交互に見比べて、思わず目を見開いた。

 

「えぇっと、すみません……! シランドの『東』って、そう言えば、どっちなのか、そもそもまるきり見当がつかなかったもので」

 

 そう言って、気恥ずかしそうに頭を掻くナツメと、不機嫌そうに黙っているアルベル。

 ネルは瞬間的に、ざ、と短刀の柄を握った。途端、ナツメが慌てて、ぶんぶんと首を横に振る。

 

「あのっ! さっきも言いましたが、我々は貴方々と戦うつもりはありません! ただ、この先にバンデーンと、アレンさんがいらっしゃるんでしょう? ですから……、その。出来れば……同行させていただけたらなぁ~、なんて」

 

 そう言って、ナツメはしかし、自分の言っていることがどれだけ無茶なことか分かっているのか、恐る恐る、ネルを見た。すると、眉間に深い皺を刻んでネルが、ぎ、と睨み返してきて、ナツメは困ったように眉根を寄せた。

 

 ――……そして、

 

 ゆっくりとアルベルを振り返ったナツメは、言い聞かせるように、というより、覚悟を決めたように、仕方ありませんね、とつぶやいた。

 

(ん!?)

 

 戦う気か、とフェイトが身構えた瞬間。す、とネルに向き直ったナツメが、表情を正して、腰からアレンから貰い受けた刀――シャープネスを引き抜いた。

 鞘から、ではなく、鞘ごと。

 訝しげにナツメを観察するネルに、ナツメは、す、とシャープネスを差し出した。

 

「……お預けします。我が、誠意の証として」

 

 つぶやく彼女に、ぐ、と。

 皆が我が目を疑うようにナツメを見る。傍らの、アルベルでさえ。

 その一同を、す、と見返して――。その、あまりにも真っ直ぐなナツメの黒瞳に、フェイトが、目を見開いた。否。正確には、クリフやネル、ロジャーもだ。

 

(アレン……!)

 

 彼とよく似た光を放つ、その瞳を。ただ面を食らって、呆然と。

 すると。

 さて、と言い置いたナツメが、アルベルに向き直って、自分の腰に差してある残りの一振り剣、シャープエッジをすらりと引き抜いた。

 

「次は団長ですね」

 

「………………」

 

 瞬間。ぎらりとアルベルの眼光が走る。が、それをナツメは笑顔で受け流すと――しばらくの間。躊躇するように、黙考したアルベルが、眉間に深い皺を刻んで、それから意を決したように、静かに目を閉じた。

 

「……好きにしろ」

 

 意外にも素直に鉄爪を差し出すアルベルに、ナツメがこくりと頷く。

 

「動かないでくださいね」

 

 そう一言、アルベルに断って。フェイト達が事態を巧く飲み込めない間にも、ナツメは一息で抜き払ったシャープエッジを上段に構えた。

 そして、

 か、と目を見開いた彼女が、剣を一閃する。

 

 ぱき――っ、

 

 アルベルの左腕――ガントレットの先が、砕け散った。短く、小さな悲鳴を上げて。禍々しい威力を放つ凶器が、鋭さを失う。爪をナツメが断ち切ったのだ。

 

「……あ」

 

 つぶやくフェイトを置いて、ナツメは颯爽と剣を納めると、ネルに向き直った。

 

「……これで、お許し願えませんか」

 

 ネルの表情は厳しい。ナツメ達に誠意を見せられて、それで少し、迷っているようにも見えたが、真意の程は定かではない。と。傍らのマリアが首を横に振った。

 

「今は一刻を争う時でしょ。迷っている時間はないわ」

 

 そう言ったマリアは、痺れを切らしたのか、組んでいた腕を解いて、ナツメとアルベルを見るなり、言い放った。

 

「悪いけど、信用できない仲間を連れていくわけにはいかないの。……ごめんなさいね」

 

 そのマリアの指摘に、ナツメが黙り込む。それを言われてしまえば、ナツメに話す余地はなくなる。そう思っての、シャープネスとアルベルの鉄爪の代償だったが、やはりそれだけでは、まかり通らなかったらしい。

 だがそれで、ナツメも引き下がるわけには行かなかった。

 

「でも、私は……!」

 

 アレンに会う。それが、ナツメにとっての第一課題だ。ぐ、と拳を握って俯くナツメの、その言葉を途中で制したのは、アルベルだった。

 

「……団長?」

 

 不思議に思って、アルベルを見上げる。すると、視線が合ったアルベルは、ふん、と小さく鼻を鳴らして、カシャ、と爪を無くした鉄甲を鳴らし合わせた。

 

「面倒くせぇことをいつまでもやってんじゃねぇ阿呆。邪魔するなら、こいつ等全員、叩き潰せばいいだけの話だろうが」

 

「それはいけませんっっ!」

 

 びぃぃんっっっ、と。

 ナツメの怒声に、空気が震えた。びく、と姿勢を正されるように、鋭敏にフェイトがナツメを見ると、彼女は、ざ、とアルベルを見上げて、その黒瞳に、戦士の光を滲ませて、叫んだ。

 

「団長! 先ほどは私や、国王様の事を思って退いてくださったのでしょう? ……だったら、それだけは絶対にいけません!」

 

 ぐ、と唇を噛むナツメを、アルベルの赤い瞳が見下ろす。一見、馬鹿にしているようにも見える、無感動な視線だ。

 が。

 見返すナツメの瞳は対照的に、どこまでも真剣で――真っ直ぐだった。見据えていたアルベルが、ふん、と鼻を鳴らして、興が醒めたように背を向ける。

 

「思い上がってんじゃねぇ、阿呆。……時間の無駄だ、行くぞ」

 

 言うなり、アルベルが大聖堂の出口へと大股に歩き出す。隠し通路と、反対方向の出口へ。その彼の意図を確かに読み取って、ナツメは少し、安心したようにこくりと頷いた。

 

「はい! ……と。その前に」

 

 ネルに向き直り、預けた刀を受け取ろうと右手を差し出す。

 と。

 かすかに俯き、考え込むように目を閉じていたネルが、ナツメを見返した。

 

「……アンタ、本当に(これ)なしで私達に付いてこようって言うのかい?」

 

「え……?」

 

 その突然のネルの問いかけに、目を丸くしたのはナツメだけでは無かった。

 

「ネル?」

 

「ネルさん!?」

 

 先ほどから状況を見送っている、フェイトやクリフもだ。これまで、ネルがアーリグリフに良い感情を持っていないのは、戦争で多くの仲間を失ってきた彼女の経緯を考えれば、当然だ。だからこそ、その彼女から、まさか許しが出るとは誰も考えなかった。

 ネルの士気を気にして、ナツメ達を退けたマリアも、意外そうにネルを見ている。

 その彼等を見返して、ネルはどこか、覚悟を決めた表情で、言った。

 

「アレンが言っていた『和平』って言葉……。それが実現するなら、私は一個人の感情に捕らわれるわけにはいかないだろ」

 

「ネルさん……!」

 

 そこまでアレンの、自分たちの考えを汲み取ってくれたネルに、フェイトは驚きと共に、感動すら覚えた。最初は完全否定された人間的な部分を、初めて、彼女が正式に認めたような気がして、それが妙に喜ばしく思えたのだ。

 出会った頃と、何かが変わった。

 そのことに関わり合えたコトが、フェイトには嬉しかった。

 

「かっこいいじゃん……! お姉さま!」

 

 傍らで、がっ、と指を組んだロジャーが、目をウルウルさせながら、拝むようにネルを見上げている。が。そのロジャーとフェイトには視線をやらずに、ネルは首を振って話を続けた。

 

「……それに。いざとなれば、爪のない歪みのアルベルと、刀を持たないアンタを、一緒に始末出来るということだろ?」

 

 ナツメに預けられた(シャープネス)を掲げて、ネルが挑戦的に笑う。

 これは、確認だ。

 ナツメが見せた覚悟が、果たしてどれだけ真剣に発せられたものなのか、どうか。

 ネルが、ナツメとアルベルを、じ、と観察する。それを受けたナツメが、本当に嬉しそうに破顔した。

 

「ありがとうございます!」

 

 頭を下げるナツメに、ネルは少しだけ黙考して――、組んだ腕を、す、と解いた。そして刀を神官の娘に託す。視線だけで彼女に、よろしく頼む、と言って。

 ネルは改めて、フェイト、マリア、クリフ、ロジャーを順に見るなり、封印洞への隠し通路を視線で促した。

 

「行くよ。……最早、星の船の奴等に、好きにはさせない」

 

「ええ!」

 

 頷くフェイトに続いて、一同が一斉に首を縦に振る。ネルも頷き、隠し通路を下って行った――……。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

「バケモノが!」

 

 忌々しげに叫んだバンデーン兵は、緊張で強張る手を何とかなだめながら、エリミネートライフルの弾倉を入れ替えた。かしゃんっ、と機械的な、軽快な音を立ててエネルギーが補填される。

 が。

 

 ひゅっ、

 

 バンデーン兵が、ふ、と頬に風を感じた瞬間、剛刀『兼定』を手にしたアレンは、既に刀を振り切っていた。

 

「な?」

 

 つぶやく間で、自分の脇をすり抜けていった連邦軍人を振り返る。すると、不思議なことに、彼の腰から下が、まったく言うことを聞かず正面を向いたまま――、アレンを振り返ろうとした上半身を、すぅ、と滑り落とした。

 視界が、徐々に斜め下にずっていく。

 アレンが刀を振り切ったとき、胴を両断されていたのだ。

 

「!」

 

 斬られた事を認識したバンデーン兵が、強張った表情で目を見開く。瞬間、彼の眼球が、ぐるんっ、と反転した。視界が暗転する。そして――、どっ、と鈍い音を立てて地面に崩れ落ちた、バンデーン兵の上半身と下半身から、血がどろどろと流れ始めた。じわり、じわりと。見る間に広がる血の池に、しかし、アレンは一瞥もくれず、す、と構えを解いて、その場に居合わせたバンデーン兵の死体をぐるりと見回す。

 ――さっきの兵で、最後だ。

 最早、周りに敵はいない。

 

 オーパーツと思われる光点(グリッド)まで、あと五十メートル弱。

 

「……っ」

 

 そこで、ぐ、と奥歯を噛みしめたアレンは、光点(グリッド)に近付くにつれて強くなる頭痛に、顔をしかめた。

 少し目を閉じて、頭に手をやる。

 

紋章力(ちから)の流れが速いな……)

 

 普段ならば、どうということのない負担だ。

 ――少なくとも、アレンにしてみれば、ぐらい、で済む疲労の筈だった。

 

「…………」

 

 確かに、アリアスで抱えた患者の数は膨大で、ディオンが重傷を負っていることにも気づかないほど深刻だった。――だがそれは、多くの負傷者を抱えたシーハーツ軍が、あの三日間、アレンをアリアスから引き離すわけにはいかなかった結果にすぎない。

 だから、後になってディオンが重篤だと聞いたとき、アルフの力を借りるしかなかったのだ。負傷してすぐの傷ならばアレン一人でも治せただろうが、ディオンの場合、三日間の間に傷口が化膿して、肉が腐り始めていた。

 アレンはそこで思考を中断して、ため息を吐いた。気を落ち着けるため、深呼吸する。

 ずきんっ、ずきんっ、と鋭く頭が痛んだが、弱音を吐いている場合でもない。アレンは、す、とオーパーツが存在するであろう光点(グリッド)の方向を見据えた。

 ともかく、今はバンデーンを追い払ねば。

 そうやって、自分を奮い立たせて。

 アレンは兼定を握った。頭痛が始まった辺りから、次第に刀身の光を増す兼定に、気付かないまま。

 

 キィイイイイイ……ッ

 

 この先にある危険を示すように。あるいは、共鳴でもしているように。

 いつもなら意識せずとも判る、小さく啼く兼定の『(こえ)』に、頭痛の所為で思考の鈍くなったアレンは一瞥もくれず、名も知らぬ遺跡、聖殿カナンの最深部へと向かって行った。

 まるで、そこに在るものに吸い寄せられるように――……。

 

 

 

 

 

 

「カナンはアペリスの聖地。セフィラが安置されている場所さ。セフィラとは清廉な光輝を放ち、聖なる水が溢れ出る神秘のオーブ。シーハーツの統治者の命を受け、様々な奇跡を起こすと言われている。シランドを囲む湖も、セフィラから溢れる聖水で満たされているんだよ」

 

「へぇ……」

 

 封印洞に入ったフェイト達は、長年放置され続けていたという王族の、侵入者対策を講じられた地下道を、難と言うこともなく進んでいく。

 中は構造が入り組んでいるため、道順的な苦戦こそ強いられたものの、概ね順調、というのが現状だ。そこで、少し余裕の出来たフェイトが、カナンやセフィラについて改めて尋ねた。その解答が、今のネルの説明だった。

 フェイトの傍らを歩いていたマリアが、考え込むようにうつむき、顎に手をやった。

 数瞬。

 顔を上げた彼女は、す、としゃがみ込むと、ポケットからスキャナーを取り出して、素早くデータを入力する。

 と。

 

「ふぅん……。なるほど。そういうことね」

 

 ピピッ、という電子音の後、算出されたデータを眺めて、一人頷くマリア。その彼女に、片眉を上げたクリフが尋ねた。

 

「どういうことだ?」

 

 問うと、立ち上がったマリアが、肩にかかった髪を払って、クリフを振り返った。

 片手間に、スキャナーに更なるデータを打ち込みながら、

 

「カナンという場所にはこの惑星の技術水準では……。いいえ、私達の技術でも識別できない種類のエネルギー反応があるわ」

 

「何だって?」

 

 聞き返すように顔をしかめるフェイトを振り返って、マリアは説明を続けた。どこか冷めた、ただ状況を冷静に吟味しているような、事務的な口調で。

 

「Out-of-Place Artifacts……いわゆる、オーパーツかもしれないわね。多分バンデーンは私達を索敵しているうちに、セフィラの反応をキャッチしたんでしょ」

 

「やはり、奴らはセフィラを狙ってるのかい?」

 

 表情が険しくなるネルに、マリアは相変わらず、冷静な表情でこくりと頷いた。飄々、とも取れる態度で、平然と、最悪の事態を言い放つ。

 

「十中八九そう考えて間違いないでしょ。今までの宇宙史を紐解いてみても、オーパーツを入手した者は皆、強大な力を手にしているわ。彼等がそれを欲しても、なんらおかしいことはない。むしろ当然のことでしょ」

 

「……ちょっと待って下さい。ということは、奴らは……オーパーツの反応を見つけて、この星にやってきたのではなく我々を索敵するのが本命だと?」

 

 その鋭いナツメの指摘に、マリアは答えなかった。

 視線だけをナツメにやって、答える義理はない、とばかりに前を向く。

 と。

 マリアに代わって、意外そうに表情を変えたのは、フェイトだった。

 

「……君、あの銀髪の軍人から何も聞いてないの?」

 

 てっきりアルフと行動を共にしていた彼女だから、事情には明るいと思っていた。それなのに、目の前のナツメは困ったように眉間にしわを寄せて腕を組むと、うぅん、と唸りながら、首を横に振った。

 どこか諦めているような、やれやれとため息を吐くような素振りで。

 

「アルフさんの言ってることは難しくて、理解出来ないことが多いんです。……でも、そうか。だから特務が派遣されたのか……」

 

 アレンを救助するためではなく――。

 つぶやいて、一人納得するナツメに、今度はマリアが目を丸くした。

 ぐ、と息を呑むような、強張った表情で。

 

「特務ですって!?」

 

「……マリア?」

 

 声を荒げるマリアを、不思議そうにフェイトが見やる。が、それを完全に無視したマリアは、ざ、とクリフを振り返った。

 

「どういうこと? クリフ」

 

 言及するように、鋭く。

 アレンに関する――否、銀河連邦の軍人二人に関する、正確な報告を受けていなかったマリアが、じ、とクリフを睨む視線の合ったクリフは、事態を重く見ていないのか、彼女の怒りにも似た切羽詰った様子を、軽く流すように肩をすくめた。

 

「どういうこと、も何も。たまたまこの星に遭難した連邦軍人が、特務の人間だった……。それだけの話だぜ?」

 

「その連邦軍人を救出に来た人物についても、そう言えるのかしら?」

 

 一分の隙なく、クリフを睨むマリアに、クリフは諦めたようにため息を吐いた。

 ぽりぽりと左手で頭を掻きながら、困ったように話を続ける。

 

「そいつに関しちゃ、そこの嬢ちゃんが言ってたように俺にもよく分からねぇ。……俺が言えんのは、お前の考え通り、奴が特務の人間で、そいつ(フェイト)のことについても色々知ってそうだってことぐらいだな」

 

「………………」

 

 考え込むマリアが、ちらりと横目にナツメを見る。恐らく自分より年下の少女(ナツメ)は、マリアとクリフの会話に不穏な空気を読み取って、表情を硬くしていた。

 一見、隠し事をしているようには見えないが――。

 マリアは、す、と目を伏せて一拍置くと、気を取り直すように、まあいいわ、とだけ告げた。

 瞬間、

 

「……皆!」

 

 フェイトの鋭い掛け声と同時、マリアを除いた一同が、一斉に、ざっ、と地面を蹴った。と、同時。どんっ、とマリアの肩に衝撃が走った。

 

「っ!」

 

 はっ、と視線をやる。と、一行の最後尾を歩いていたアルベルが、体当たり気味にマリアを突き飛ばしていた。瞬間。マリアの傍ら――つい先ほどまで彼女が立っていた地面から、雷が巻き上がった。まるで、その場に立っていたマリアを捕らえんと、空間ごと包み込むように、網目状に広がった雷が。

 

 バリリリリリリリリ……ッ、ッッ!

 

 後一瞬、アルベルの反応が遅ければ、確実に彼女を襲っていた。

 

「空破斬っ!」

 

 その後方から、一気にシャープエッジを抜き放ったナツメが、斬撃による衝撃波を走らせた。場所は――ちょうど、先頭を行っていたネルの左手側。古い騎士の彫像が並んでいる硝子ケースの向こうだ。

 

 斬っ!

 

 鋭く、速く走った空破斬が、ナツメの見切り通り、(サンダーフレア)の奇襲を仕掛けてきたメイジを吹き飛ばす。

 

「っぎゃ!?」

 

 短く叫ぶメイジが、物陰から叩き出される。瞬間、刀を抜いたアルベルが、メイジの目の前に迫っていた。

 ひっ、と息を呑む、メイジが杖を握るよりも速く、

 

「双破斬っ!」

 

 容赦なく振り切られた、上、下段の二連斬が、メイジを両断する。強張ったまま、こちらを見据えるメイジが、恐らく『斬られた』と自覚するよりも早く。

 どっ、と二分され、その身体が封印洞の床を叩いていった。

 それを無感動に見下ろして、鼻を鳴らしたアルベルは、ゆっくりと刀を納めた。

 

「……ふん、所詮はクソ虫か」

 

 フェイトやクリフ、ネルにロジャーが動くよりも早く。

 

「………………」

 

 身構えていた四人が、アルベルとナツメを見やる。恐らく趣旨は違うだろうが、同じような表情で。

 その彼らの様子をまったく気にしていない――というより、気づいていないナツメが、アルベルを見て親指を突き立てた。

 

「ナイスコンビネーションですね! 団長!」

 

 言って、に、と笑う彼女に、アルベルは素っ気なく、吐き捨てるように答えた。

 

「阿呆! 今のは、相手がクソ虫だったからうまく行ったんだ。(アルフ)相手に、こうも技が決まるかよ」

 

 顔をしかめて、いかにも不機嫌そうに舌打つアルベルに、ナツメの方は楽天的だ。そうかなぁ、とつぶやきながらシミュレーションを描いて――固まっている。

 そのナツメを横目に一瞥して、アルベルは視線を、こちらを見据えている――というより、睨んでいるフェイト達四人に向けた。

 

「……何だ、クソ虫共?」

 

 どこか、挑発的に。

 否。

 完全に、挑発だった。アルベルは納刀した刀の柄頭に、どっかりと義手を乗せて、横柄にフェイト達を見下している。

 瞬間。

 クリフとロジャーの瞳が、ぎらりと輝いた。

 

「……野郎!」

 

「メラ、ムカつくじゃん!」

 

 唸って、同時に拳を握りこむ、クリフとロジャー。その二人の肩を、ぽん、とフェイトが叩いた。

 

「そうムキになるなよ、二人とも」

 

 溢れんばかりの、無駄に、爽やかな笑顔だった。

 にこにこと、どう見ても嘘くさい作り笑いを浮かべたフェイトは、クリフとロジャーが、不審そうにこちらが振り返るのと同時、

 

「ヴァーティカル・エアレイド!」

 

 部屋の隣を歩いていた、長柄の斧を持った中身の無い鎧――フローディングアーマーに、ブロードソードを二閃させ、振り上げの剣風と、振り下ろしの剣圧を叩き込んだ。

 

 ……ず、しぃいいいんんん……っっ!

 

 電池の切れたロボットか何かのように、フローディングアーマーの巨体が地面に転がる。硬い地面と、硬い鎧が叩き合う音が、甲高いが重量を窺わせて、クリフ達の腹に響いた。

 フローディングアーマーが、部屋の戸口に姿を見せた一瞬のことだった。

 その一瞬の隙で、フェイトがは言語道断で敵を轟沈させたのだ。

 

「……フェイト!」

 

「兄ちゃん……!」

 

 悠然と、ヴァーティカル・エアレイドを放って上空に飛んでいたフェイトが、とっ、と軽やかに着地する。その彼を見上げて、クリフとロジャーが、感極まったかのように、がっ、と拳を握りこんだ。

 

「悪だな!」

 

「悪じゃん!」

 

 完全なる不意打ちを揶揄する二人に、フェイトが無言のまま、ふ、と微笑いかけて――そのまま、勝ち誇ったかのような視線をアルベルに向ける。刀の柄頭に義手を投げ出し、棒立ちになっていたアルベルでは、決して反応できなかったタイミングでのフェイトの荒行だった。

 アルベルは、ぴくりと瞼を震わせ、少しだけ目を細めると、低く、ほぅ、とだけつぶやいた。

 

「……上等だ、阿呆」

 

 義手を柄頭からどけ、アルベルは、カシャリ、と爪の無くなった義手を鳴らす。

 フェイトはどこか悠然としていた。――全面戦争を終えてから、少しずつだが、切れ味の増しているブロードソードを手に、無駄に、爽やかに笑う。

 

「この程度で調子に乗られちゃ、こっちも困るんだ」

 

 それがフェイトなりの答えだと察したアルベルは、ふん、と鼻を鳴らして、興味深そうに口端を吊り上げた。

 瞬間。

 フェイトの傍らで、がんっ、とクリフが、ガントレットを打ち鳴らした。

 

「待てよ。その勝負(ケンカ)、俺も買うぜ」

 

「クリフ……!」

 

 不遜に笑うクリフをネルが見やると、視線の合ったクリフは、酷薄に刻んだ笑みを、さらに凶暴にするように、うっすらと目を細めた。

 

「舐められっぱなしってのは、俺の一番嫌いな言葉なんでな」

 

 その視線の先には、アルベルがいる。

 挑戦的、というよりは挑発的だろう。そんなクリフの視線を受けて、ふん、と鼻で笑ったアルベルは、挑発に答えるように、次の部屋へと視線を向け、大股に歩き始めた。

 その後を、無言でフェイトとクリフが続く。

 その彼等三人の背を見送りながら、やれやれとため息を吐いたのはナツメだ。

 

「喧嘩っ早いですねぇ。協調性、っていうのが感じられません」

 

 そう言って首を横に振るナツメを、ネルはしかし、外見に惑わされずに油断無く睨んでいた。

 当然だ。

 戦場で出会った時のナツメは、恐ろしく冷たい光を、その黒瞳に浮かべていたのだから。

 そして何より、彼女の持つ戦闘能力が、ネルに警戒を怠ることを許さない。そんなネルの鋭い視線を気配で察したのか、ネルを振り返ったナツメが、にこりと笑った。

 

「ああ、大丈夫ですよ! 私はあの人達のように単独行動を取ったりしませんから!」

 

 無言のまま睨み合うアルベル、クリフ、フェイトを横目に、ナツメはそう言って視線をマリアに向ける。何やら驚いた表情のまま、固まっている彼女を。

 ナツメが少し、不思議そうに見やった。

 だが。

 そんなナツメの視線には気づかず、マリアは呆然と、瞬きを繰り返していた。

 

(なん、ですって……?)

 

 本心を押し隠すように、胸中でつぶやいた後。そ、と口元を手で覆った。

 ミラージュより戦闘訓練を受けたおかげで、マリアは射撃、体術の両方においてそれなりの自信があった。だから、バンデーン兵が船を降り、地上に降りてきた所を迎え撃つフェイト達と同行したのだ。

 ――それなのに。

 目の前にいる彼等は、マリアの実力をはるかに凌駕していた。

 マリアの予想、ではなく、実力を。

 その事実が、彼女に重い衝撃として圧し掛かる。少なくとも、先ほどのメイジの奇襲攻撃に、マリアは気づかなかったのだ。

 アルベルとナツメが対処したとはいえ、マリアを除いた誰もが、即座に臨戦態勢を取っていたにも関わらず。

 

「……!」

 

 ぎ、と奥歯を噛む。じわりと滲む劣等感を、マリアはプライドだけで押し隠した。

 銃を握る手に、力を込める。

 と。

 ずっとマリアが沈黙していたからか、足元から、声が上がった。

 

「姉ちゃん! そんなに心配しなくても大丈夫だぜ! あの兄ちゃん達じゃ頼りねぇだろうから、オイラが守ってやるじゃんよ!」

 

「え……?」

 

 はた、と瞬きを落として視線を落とす。と、足元にいるロジャーがこちらを見上げて、ニッと白い歯を見せていた。

 

「え、と……。ええ、ありがと」

 

 そのロジャーに、小さく笑うマリア。だが彼女は「でも」と言い置いて、肩に流れた青い髪を、さっ、と後ろに払った。

 改めて銃を持ち上げて、

 

「私、守られるだけの女じゃないわ」

 

 言い切る。

 あくまで毅然と。まるで自分に言い聞かせるように。

 そのマリアを横目で見据えていたナツメが、視線を進路に向ける。マリアと対峙していたロジャーが、不思議そうに、んぁ? と素っ頓狂な声を上げたが、ネルにヘルメットを叩かれ、行くよ、と催促されるなり、その疑問を打ち消した。

 早々に先へと進んでいったフェイト達の後を追ったナツメに続いて、ネルも封印洞の奥へと急ぐ。少し歩調を速めてマリアの傍らに着くなり、

 

「同感だね」

 

 そう小さく、ネルはマリアにささやいた。

 顔を上げ、こちらを見据えるマリアを肩越しに振り返って、ネルは小さく微笑った。

 

 

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