頑強な石造りではあるものの、年季の入った封印洞は、所々、石段が崩れている所がある。それでも概ね、遺跡としての機能を保持しているそこは、マリアのクォッドスキャンがなければ、恐らく迷い込んだだろう。地下に潜ったフェイト達が、カナンへ続く階段を見つけたのは、封印洞に入って、少ししてからだった。
「どうやら、あそこが聖殿カナンの入り口みたいだ」
床に紋章陣が大きく描かれた広間の奥に、上に上がる階段があった。
フェイトの言葉に、一同が頷き、歩を進める。
瞬間。
先頭を行く、フェイトの足が紋章陣を踏むと同時、紋章陣が、強く輝き始めた。
ぱぁあああ……っ!
その白い光を見据えて、一同が臨戦態勢に入る。
白い光の中――紋章陣から、中身の無い、胸部だけの鎧が、両腕に剣を持って迫り出してくる。
瞬間。
「ヴァーティカル……」
「させるかよっ!」
気を剣に凝縮し、強化の紋章陣を描きながら振り上げの一閃を放つフェイト、を脇にどけ、上空高く飛んだクリフが、右足に黄金の闘気をまとった。踵に、気が集まる。
瞬間。
かっ、と目を見開いたクリフが、地面へと急降下する。フローディングナイトの――恐らく中身があれば心臓を、加速されたクリフの蹴りが、上空から射抜いた。
「エリアルレイド!」
「ばっ――!」
と、同時。
マリアが悲鳴に近い声を洩らす。思わず頭を左腕で庇った彼女は、フローディングナイトの胸を蹴り抜いたクリフの蹴りが、地面を穿ったのを見据えて――
「げ――っ、っっ!?」
マリアより少し遅れて、事の重大さに気付いたフェイトが、慌てて後ろに跳んだ。行き場を無くした、クリフの闘気が爆散する。
一瞬、音が遅れた。
静寂。
ずどぁああ……っ!
視界が、白くなる。
静寂を引きちぎって広がった衝撃波が、凄まじい勢いで吹き荒れた。髪が後ろに引っ張られていく。突風にもまれ、目も開けられない。
当然だ。
密室で、フローディングナイトを蹴り抜くだけでは納まり切らなかった闘気が、部屋全体に広がっていったのだから。
逃げ遅れたロジャーが、爆心地から、ぎゃああああっ、と悲鳴を上げていた。
――そして、
盛大に部屋の砂塵すべてを吹き飛ばした闘気の、爆心地に立ったクリフは、満足そうに笑っていた。
己の偉業を誇るように。
「ま、こんなもんだな。おい、もう出てきても大丈――」
言って、振り返った彼は――、砂塵まみれの仲間の姿に、あ、とつぶやいた。くもの巣を全身につけたマリアが、ぎろり、とこちらを睨んでいる。
マリアだけではない。砂塵まみれで白っぽくなったネルや、無言のまま刀を抜いているアルベル。そしてアイシクルエッジの準備を終えたフェイトも、静かに己の内にある闘志を燃やしていた。
ひんやりと、クリフの背に冷たい汗が伝う。そんな中。唯一、場の空気を読んでいないナツメが、埃をかぶっても気にしていないのか、けらけらと笑っていた。
「いやぁ……! さすが古代遺跡! すごい埃ですねぇ~!」
そんな彼女の言葉で場が和むほど、皆、大人ではない。
「お、おい……。ちょっと待てよ。こいつぁ不可抗力――」
ふるふると首を横に振って弁解するクリフ。冷や汗が、焦りに変わっている。
じりじりと、間合いを詰めるフェイト達は、恐ろしく無表情だ。
そして、
パシュィンッッッ!
マリアの銃口が火を噴いた瞬間。フェイト達は一斉にクリフへと踊りかかった。
「ぐ、ぉおおおお……っっ!」
断末魔とも、最後の抵抗への意気込みとも取れる、クリフの叫声が、ただ、遠く響いていた――……。
◇
アルフの頭上から降り注ぐ水が、けたたましく鳴っている。水が、岩を叩く音。とめどない、自然が作る調和の音を耳に、彼は紅瞳を彼方へと向けた。
イリスの野。
都と街を繋ぐ街道とは表情が違い、高い雑木に囲まれたこの場所は、『野』というより森林のような場所だった。
アルフが初めて見る『滝』の下流に、彼の求める男が立っていた。
頑強にして、壮健。
アルフと同じ銀髪であるにも関わらず、その印象はまったく異なる、まるで野生の獣のように乱れた髪と、鍛えこまれた体。褐色の肌に幾重にも刻まれた、戦いの痕が、本来の男の職業を兵士か何かと誤解させる。
その背から滲み出す、心地よい空気に、アルフは、に、と口端を吊り上げた。
「ずいぶんと探したぜ。鍛冶師ガスト」
名を呼ばれ、巨大な槌を手にした男は、ゆっくりと振り返った。みずぼらしい、と形容したくなる要素ばかりを持った男は、しかし、精悍な眼差しをこちらに向ける。
鍛冶師ガストは、初めて対した狂人の瞳に、静かに目を細めた。
「お前は?」
問うと、狂人は薄く笑った。
「野暮なことを」
瞬間。アルフを取り巻く空気が変わった。
……ぴしぃ……ぃいいいいっ、っっ
風に吹かれ、さわさわと揺れていた木々が、突如、張り詰まった空気に呼応するように、ぴしぃっ、ぴしぃっ、と音を立て始めた。はらはらと散る木の葉が、枝を打つ木々が、水が、風が、悲鳴を上げるように、一瞬にして表情を変える。
ざわ、と空気が啼いた。
「ぬ」
それを肌で感じながら、ガストはゆっくりと槌を握り締める。幾千、幾億の血を受けて染まったような狂人の紅い瞳が、ガストを見る。
ふっ、
気付けば、それは目の前にあった。
「覇ァッ!」
反射的にガストが叫ぶ。
ズドォンッ……!
巨砲が放たれたような音を立てて、アルフの拳がガストの掌にぶち当たる。後一瞬。ガストの判断が遅ければ、ガストの命を絶つ。そんな意思を示すかのような拳が。
アルフが女のように美しく笑んだ。狂人の色香を引き立たせる。――死の、色香を。
ぞ……っ、
「っ!」
背に走った悪寒に、ガストはアルフの拳を握り締めると、狂人の痩躯を川べりの巨岩に叩きつけた。
ずだぁんっっ!
清々しい軽快な衝突音が耳に響く。が、アルフは足から着地していた。ダメージはない。が。まるでそれを読んだように、ガストの巨大な槌が、アルフの真横に振られていた。
「!」
見るからに超重量武器。その癖、ガストの槌は、鋭く、速く。確実にアルフを捕らえている。それに、軽く目を見張ったアルフは――、
とっ……、
槌に向かって、拳を握り締めた。
紅く、苛烈に燃える、炎の闘気を込めて。
紅い瞳が、狂おしく輝いた。
……ズドォオオオオオンンッッッ!
炎が、迸る。
職業柄、幾度も炎と対峙してきたガストをも、一瞬、怯ませるほどの巨大な炎が。
大きさではなく、収まり切らないほどの質感を、無理矢理凝縮したような炎が。槌の威力を殺すだけでは飽き足らず、川の水を、風を、木を巻き込んで空へと立ち上がった。
ずどぁあああああっっ!
巨大な、水柱が立つ。視界を水しぶきで白く染めるその一撃は、ガストが初めて見たものではなかった。
(……アレン!)
型は違えども、練気、拳速、隙の無さ。そのどれもが、ガストが唯一、勇者と認めた男と同じだ。豪雨のような水が、水柱から降る。その所為で立ち込めた一時的な濃霧が、あの狂人の、姿を隠した。一度見ただけで、強烈な印象を与える、あの紅い瞳を。
そして――、
「……なるほど。噂通りか」
霧の晴れた場所に、素知らぬ顔で立った狂人は満足そうに微笑った。アレンとはまったく違う、優しさや温かみとは疎遠の、薄笑いを浮かべて。
その男を、じ、と見据えて――。
人にしては、あまりにも完璧すぎる美貌。だがそれだけではない男を、じ、と見据えて。
「……名を、何と言う?」
「アルフ・アトロシャス。アンタから刀を貰いにきた」
率直に答える男に、ガストは、に、と笑った。
男が持つ凄まじい狂気に隠れた――魂の気高さを、確かに見咎めて。
(よもや、この短期間に、二度もこのような逸材に出遭えるとはな……!)
ガストは自分の中に湧いた衝動を、抑えられなかった。
「いいだろう。
くく、と喉を鳴らしたガストは、アルフを見据えて言った。
………………
…………
「気を引き締めていくよ。本来、この奥は王家の者もしくは神の使いしか入ることができないとされる聖域なんだ。賊除けの罠が無数に仕掛けられているという話もある」
フローディングナイトを撃退した後、奥にあった階段を上ると、案の定、聖殿カナンと思われる、白い石造りの遺跡内に入った。
それを認めたネルが、開口一番にそう言ったのだ。
傍らで、青痣をいくつも作ったクリフが、真面目な表情で目を細める。
「奴らがそれにやられてくれると助かるんだがな」
「あまり期待はできないわね。彼等は高性能のスキャナーを持っているはずだし」
マリアがそう言って、スキャナーを操作する。ぴぴっ、という電子音の後、バンデーンの位置を確認している彼女に、ふぅ、と長いため息を吐いたクリフは、肩をすくめた。
「だろうな」
「とにかく、急ごう!」
言うと同時、駆け出そうとして――、ナツメに引き止められた。
「あの……、フェイトさん。これは何ですか?」
ナツメが指差したのは、部屋の中央に置かれていた、男性の石像だ。右手に杖にも、槍にも見える大振りの得物を握り、遥か虚空を見据えて立っている。精悍そうな顔つきと、漂う風格から、ただ一枚の長衣を着ているだけでも男性が高貴な身分の彫像であることがうかがえた。
遠い地球の歴史にあった、ギリシャ神話の神に造形が似ている。そんな一見、何の変哲もない石像に歩み寄って、フェイトは石像の下にあるプレートに目を留めた。
「『誇りをかけて証を手に入れよ』か……。何かの暗号かな?」
「扉が四つであることと、何か関係があるんでしょうか?」
フェイトの言葉を聞いて、ナツメが目の前に並んでいる四つの扉を見る。途端、それまで大人しくしていたロジャーが、斧を振り上げた。
「オイラオイラ! 絶対、オイラが行くじゃん!」
「ま、仕掛けか何か知らねぇが、俺の敵じゃねぇぜ」
ロジャーに続いて、クリフもガントレットをはめ直す。
はた、と瞬きを落としたフェイトが、思いついたようにつぶやいた。
「なるほど……。つまり四つに分かれて、全部の扉を網羅すれば早いってことか」
「……ふんっ。貴様等など敵じゃねぇが、まあいい。その勝負、乗ってやる」
「言ってろよ、気障野郎が。すぐにでも吠え面かかせてやらぁ」
「クソ虫が」
拳を握りこむクリフと、爪のない義手を鳴らすアルベルが、ぎろりと睨み合う。それを満足げに見やって、フェイトは改めて扉へと向き直った。
「じゃ。一着には、ペターニのクリエイターたちから豪華景品プレゼントってことで」
「そいつはもちろん路銀全部つぎ込んで、だよな? フェイト」
「当然だよっ!」
「……なんだって?」
悪い顔で笑い合うフェイトとクリフに、ネルが殺気立った視線を送る。だが彼女の制止より先に、フェイトは一番左端の扉へと入っていった。
「景品があんのか!? ……よぉしっ!」
そのフェイトに続いて、ロジャーも左から二番目の扉に入る。それを見咎めて、クリフが、は、と目を見開いた。
「くそっ! フライングか!」
「小賢しい!」
クリフとほぼ同時に吐き捨てたアルベルが、クリフと同時に部屋へと駆けていった。
クリフが右から二番目、アルベルが右端の部屋だ。
そんな彼らの行動に、ネルは忌々しげに舌打った。
「勝手なことを……!」
「待って。……この崩れた壁、跡がまだ新しいわ。恐らく、バンデーンが壁を破壊してセフィラに向かってるのよ」
頭の痛い気持ちで彼等の後を追おうとしたネルを制して、マリアは右手の壁を指差した。正確には壁であった壁、だ。
無残にも、人が通るほどの大きさに刳り貫かれたその壁は、マリア達が今、立っている場所からライフルを放ったのを窺わせるように、穴の奥へ瓦礫が流れている。
「あ、ホントですね! でも、これだけの大掛かりな穴ともなると、敵の装備はエリミネートライフルだけじゃなさそうだ」
言いながら駆け寄ったナツメが壊れた壁を触れる。からんっ、と小さい音を立てて、壁から石が転がり落ちた。
「聖殿に、なんて真似を……!」
拳を握るネルを横目に、マリアもこくりと頷く。
「…………」
じ、と。
腕を組んだまま、バンデーンの作った『通路』を見据えて、ネルは静かにつぶやいた。
「……行こうか」
「そうね」
短く答えるマリアの声は、これ以上ないほど素っ気ない。それを指摘するほど、ネルも野暮ではなかった。
「ちょっとだけ、部屋の中も気になりますけどね……!」
「景品は、あたしたちで山分けにしようか」
「それは良い考えだわ。巻き上げられるだけ巻き上げてやりましょ」
「っふふ」
楽し気に笑うマリアとネルを尻目に、ナツメはフェイト達が入っていった部屋の扉を振り返った。
(これはヤバい導火線に火を点けちゃったんじゃないですかね? フェイトさん、クリフさん、ロジャーくん、団長……っ!)
あなた方、生き急ぎ過ぎですよ、などととても口にできないナツメを先頭に、マリアとネルはクスクスと笑いながら、部屋に入ったフェイト達よりも遥かに早く、セフィラが安置されている間へと進んでいった――……。
◆
石造りの遺跡を最奥に進むと、祭壇に掲げられるように浮かんだ銀色の球体が、噴水のように止めどなく、水を生み出していた。白く、仄かに輝く球体は、ほわほわと低空をホバリングし、球体の下、腰の高さにある四角い台に向けて、水を流し続けている。
球をすっぽりと包むほどの台座は、球体より生まれる水を四つに分かち、部屋の四方へ流していく。水の流れは、かなり速い。量にすれば激流と言っていいはずだが、水音は不思議と静かだった。
そのことに首を傾げながら、アレンは視線を、クォッドスキャナーに向けた。
「これがオーパーツ、か」
ずきずきと痛む頭が、限界を告げている。アレンは痛みに耐えるように目を閉じると、クォッドスキャナーを握った右手で頭を抱え、頭を軽く振った。
途端。
眩暈のようなものを感じて、アレンは、がくん、と落ちた下半身に、息を呑んだ。
「……、っ!」
倒れる――寸前で、台座に寄りかかって体を支えた。さわさわと流れる白く光る水が、アレンの左手と、兼定の鞘を伝っていく。だが、そんなものを気にしている余裕もない。
……ばしゃっ!
台座に寄りかかった手が滑り、鈍い音を立てて、膝から球体から流れる水に倒れこむ。
「く、……っ!」
前のめりに、台から滑り落ちたアレンは、ここに来て自分の異常を完全に認識した。座り込むように台にもたれかかり、うつむく。
(一体、どうしたと――)
頭痛にしても、これは異常すぎる。胸中でつぶやいた瞬間。倒れた拍子に、セフィラに触れた右手から、大量の紋章力が流れ込んできた。
紋章――否、情報が。
「っ、……っっ!」
アレンは息を呑んだ。
どっ、と。確かな重みを持って流れ込んでくる紋章力に、なす術もない。
苛烈に。激烈に。
見開かれた蒼の瞳に、それは押し流れてきた。
(なん、だ……っ!?)
アレンの瞳孔が、完全に開き切る。瞳が正常に機能していたとしても、アレン自身、何かを見る余裕はなかっただろう。
最初に視たのは、時計だった。
暗い――宇宙の闇のような漆黒のなかで、金と青で出来た大きな振子時計が揺れていた。文字盤はない。時計塔のように真っすぐに伸びたそれは、精緻な装飾を幾重にも刻み、振り子が左右に揺れるたび、かち、かち、と規則的な音を奏でていた。
宇宙の中で、そこだけ、時が流れているようだ――……。
そして。
視界が急転する。ぐるんっ、と頭が振られるような感覚だ。それと同時、今度は、壮健な白い石造の建物が、軒を連ねていた。
照りつけるような強い日差しが、ちりちりと石畳を焼いている。そこを多くの、鎧をまとった兵士達が埋め尽くしていた。
兵士達の容貌は、茫として分からない。
ただ白っぽい鎧の兵士達は、高台に乗った女性を見上げて、何やら喚いているようだった。
上空に向けて、白い球を掲げている彼女に――。
暗転。
ぐるんっ、と回転した視界の先は、不毛の大地だった。
岩がある。赤茶けた、しわがれた岩だ。
空も赤い。
他は何もない。寂しい場所だ。
そこに柱が立っていた。どこかで見たこと気がしたが、アレンがそれを認識するより早く――……。
最初に見た、時計の音が、かちっ、かちっ、と頭に響く。
段々、速く。
かちっ、かちっ、
かち、かち、かちかち、
かかかかかかかかっっっ、
音が速く鳴るにつれ、視界が、目まぐるしく変わっていく。
水の無い海。
赤い空。
枯れた森。
半透明の町。
そして――、
情けを捨てよ
人を斬るために、情けを捨てよ!
幼い頃、幾度となく聞かされた、父の教え。
手に残る、骸の感触。
そして――……
門。
二つの紐を幾重にも絡めて作った逆三角形の杯に、球体を乗せた紋様の、門。
空に――、
……………………
………………
「ここまでだ」
こめかみに、ご、と違和感が当たって、アレンは顔を跳ね上げた。兼定を握る。
「おっと、動かないでもらおうか?」
続く言葉に、アレンは眼球だけを動かして、男を見た。目の前に銃口がある。白い砲身は、人間の組織細胞を完全に消滅させるエリミネートライフルのものだ。アレンを取り囲むように、その銃口が向けられている。
気づけば、バンデーン兵に囲まれていたのだ。
アレンの背中を、冷や汗が伝う。だが、絶体絶命な状況に対してではなかった。
反射的に兼定を握るが、これを振り上げる余力がない。
(なんだ……! この、脱力感は……!)
かつて感じたことのない疲労。瞼が重く、兼定を握る感覚以外、自分が立っているのか座っているのかも認識できない。
「よくも、ここまで。ご苦労だったな」
くく、と喉を鳴らすバンデーン兵の声が、遠く聞こえた。余興に酔っているのか、彼は絶対的有利を誇示するように、口端を吊り上げる。
「まさか、たった一人にここまで同胞を殺られるとは思わなかったぞ。……さすがは
「だが、それも終わりだ」
「死ね」
四方に立ったバンデーン兵が、
死ね、とつぶやいたバンデーン兵が、エリミネートライフルの引き金を引く。反射的にアレンは迎撃しようと息を呑んだ。
ゅぃんっっ、……!
アレンを囲んでいたバンデーン兵の首が、ふいに切断されていった。
ライフルを握ったままの兵達が、倒れこんでいく。切断された拍子、上空に飛んだ首が不思議そうに目を見開いていた。
べしゃっ……!
肉塊と化したバンデーン兵から、瞬間、おびただしい量の血が噴き出した。
ばしゃぁあああああっ、と。
シャワーを最大限に開いたときのような、けたたましい勢いで。
「……やれやれ」
それを一瞥もせずに、アレンを見下ろすもう一人の連邦軍人は、心底興ざめた様子でため息を吐いた。
「この程度の相手に手こずられちゃ困るぜ、アレン」
言って、台に寄りかかったアレンの腕を掴むなり、兼定ごと彼を引き立たせる。アレンの珍しく力無い蒼瞳が、緩慢な動きで見返してきた。
「……アル、フ……?」
憔悴し切ったアレンの顔を見下ろして。アルフは、はた、と瞬きを落とした。
「どうした? お前?」
問いかける。
今まで見たことのない、同僚の異常。土気色の肌をしたアレンは、唇が真っ青だった。アルフがふと兼定を見る。力なく――しかし、握りしめられた兼定の刃が、鞘から抜け出そうとするように、淡く、黄金の光を、鞘の隙間から放っている。
キィイイイ、
啼くような、兼定から不思議な音が聞こえていた。
「?」
それが理解できずにアルフが首を傾げると、ばんっ、と荒々しく、セフィラ安置所の扉が開かれた。
「セフィラから離れろ!」
鋭く恫喝したフェイトが、剣を握り締めてアルフを睨んだ。彼の後ろに続く仲間達も、緊張した面持ちでそれぞれの武器を携えている。
彼等を見返して、アルフは、ああ、とつぶやいた。
「終わったみたいだぜ。それとも、まだ用か?」
「え……?」
きょとんと対峙したフェイトが、間の抜けた表情で固まる。敵が居る、そう確信していたのだろう。アルフの終わった、という一言に、彼は所在なく視線を動かした。
「え、……っと?」
首を傾げながら、フェイトはアルフに支えられているアレンを見た。傍らから、アルベルがカシャリと義手を打ち鳴らす。
「テメエ、一体今まで何処に――」
アルフを睨んで、事の次第を問おうとしたアルベル――を、完全に無視して、最後尾を歩いていたナツメが、アレンに駆け寄った。
「アレンさん!」
その声を皮切りに、呆然と、弱ったアレンを見据えていたクリフ達が、はた、と瞬きを落とす。
徐々に現状を理解し始めた彼等は、思わず首を振った。
「お、おい……!」
「まさか、アレンがやられたってのかい!?」
「あり得ねぇじゃん……!」
息を呑む彼等に、フェイトも頷いた。視線をもう一度アレンに戻すと、ナツメが慌ててアルフを見上げていた。
「アルフさん! 一体何が!」
「さあ? それはコイツに聞いてくれ。俺が来たときには、もうこの状態だった」
顎をしゃくってアレンを示すアルフに、ナツメは視線をアレンに落とす。
見たところ、外傷は無い。だが顔色が最悪だ。恐る恐るアレンの首許に手を当てると、微かにアレンが震えているのが分かった。
「!」
息を呑むナツメが険しい表情で、今にも泣きそうな表情で、心配げにアレンを見る。すると、アレンを支えていない左手で、アルフが、ぽんぽん、とナツメの頭を叩いた。
瞬きを落としたナツメが、視線を上げる。
対峙したアルフが、視線で出口を示した。
「とりあえず、ここにいても仕方ない。出ようぜ、ナツメ」
「……はい」
頷いて、ナツメも出口に視線を向ける。
すると、フェイト達と図らずも対峙する形になったアルフは、マリアを見るなり軽く片眉を上げた。それ以上の反応は示さない。
「それじゃ」
誰ともつかない相手にそう言って、アルフは歩を進める。背中に視線。それはフェイト達の中で、最も警戒した眼差しを向けている、アルフと初対面の少女のものだ。
服の材質や、装備を検めなくとも分かる。
彼女が――
(なるほど。リオナ博士も、なかなかやるじゃん……)
バンデーンの真意を探る際、
「待ってくれ!」
アルフの背に、声がかけられる。振り返ると、あの青髪の青年が、神妙な面持ちでこちらを見ていた。
「そいつは……、アレンは、僕等の仲間だ! そいつを連れて行くなら、僕等も付き添わせてもらう!」
「仲間……?」
思わず問い返したアルフは、不思議そうにフェイトを見返した。完璧すぎる美貌を、本当に不思議そうに、傾げて。
「お前と、こいつが?」
もう一度、問いかけた。すると拳を握ったフェイトが、重々しく頷いた。
アルフがわずかに目を瞠る――数瞬の間を置いて、気を取り直すように長いため息を吐いた彼は、やれやれとつぶやいて踵を返した。
「悪いが、俺はアンタに付き合う気はない」
「待て!」
部屋を出て行くアルフを引き止めるも、完全に無視された。
振り向くことも、歩調を緩めることもせずに、アルフはすたすたと去っていく。迷わずフェイトが追った。否、フェイトだけではない。ネルやロジャーも、だ。
「待ちな!」
「このバカチン! マイペース過ぎるじゃんよ!」
当然、歩いているアルフにはすぐに追いついた。ばたばたというフェイト達の足音を耳に、先行するアルフが、小さく溜息を吐いてアレンを見る。
「ったく……、だから何でもほいほい拾うなって言ってんのに。面倒な」
「アレンさんですから!」
に、と笑うナツメを横目に、アルフはお手上げ、と言わんばかりに肩をすくめる。
「それに。アルフさんだって目を付けられてますよ!」
言われてアルフが振り返ると、フェイト達に混じって、追ってくる漆黒団長を見つけた。アルフは苦笑とも失笑ともつかないつぶやきを残して、片眉を吊り上げる。彼の唇から、ゆっくりとため息がこぼれていった。
「……勘弁してくれ」