連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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51.報告

 カナンからシランド城へ戻ってきたフェイト達は、アルフを伴って謁見の間に来た。

 当然、そもそも使者という名目でシランドを訪問したアルベルも一緒だ。

 フェイト達から少し離れた、謁見の間を中央で分かつ赤い絨毯の向こう側に悪名高い漆黒団長は突っ立っていた。まるで女王に媚びる気が無いと告げるように、刀に腕を預けて。

 一方、ある意味、アルベルよりも危険な狂人は、意外にも大人しいものだ。フェイト達の最後尾で、静かに頭を下げている。

 場を弁えているのかもしれない。

 気絶したままのアレンは、ロジャーとナツメが付き添い、アストールに頼んで客間まで運んでもらった。

 だから、今、この場にいるのはフェイト、クリフ、ミラージュ、ネル、マリアだ。

 フェイトは改めて、女王の方に視線を向けた。女王の顔を見ることは出来ないので、その彼女の足元を。

 すると、女王が頃合を計ったように口を開いた。

 

「カナンに賊の侵入を許したのは残念ですが、セフィラが無事だったのが不幸中の幸いです。皆さん、ありがとうございました。そなたもご苦労でしたね」

 

「いえ。彼等の協力あってこそです」

 

 是非もなく頭を下げるネルに、女王が、そそ、と微笑む。と。女王は表情を改め、立ったままこちらを見据える男、アルベル・ノックスに向き直った。

 

「アーリグリフ王の親書より、そなた達の意向は分かりました。我が国のクリムゾンセイバー、アレン・ガードを星の船殲滅に助力させよ、と言うのですね」

 

「そのつもりらしいな。王は、こちら側からエアードラゴンを出兵させ、至近距離での戦闘を考えているようだ」

 

 言っていることは真っ当だが、その態度が真っ当とは言えないアルベルは、素っ気無く答えた。女王の右側に控えたラッセルが、礼節を弁えないアルベルに、不快感を示すように眉根を寄せる。女王が視線で制すと、ラッセルは私見を殺すように、す、と表情を改めた。

 同時。

 傍聴していたマリアが、視線を鋭くして問いかけた。

 

「バンデーン艦を相手に、接近戦を挑むですって?」

 

 常軌を逸脱した発想だ。奇策というより無謀としか取れない。

 少なくとも、マリアやミラージュと言った、真っ当な人間はそう思った。

 

「……やっぱ、それっきゃねぇか……」

 

「クリフ?」

 

 耳を疑うクリフの発言に、正気か、と問わんばかりの勢いでマリアが振り返る。否。クリフの傍に控えていた、ミラージュすらも、だ。

 眉間にしわを寄せ、言外に否定する二人を。

 クリフは交互に見据えて、肩をすくめると、どこか投げやりに答えた。

 

「信じられねぇのも無理はねぇけどな。……ミラージュも見ただろ? フェイトが能力を発現させた後、空を覆うほどの巨大な鳥が現れたのを」

 

「……ええ」

 

「ありゃ、アレンの仕業だ」

 

 息を呑むミラージュの背に、空恐ろしい寒気が這う。前にも、クリフがそれらしいことを話していたが、それが事実だと直接告げられた瞬間、彼女は押し黙り、視線を落とした。

 

(確かに。クリフの言っていることが本当ならば、彼が最も有効な手段となりますね……)

 

 あのとき、朱雀の炎がかすっただけで航宙艦フィールドが蒸発したのをミラージュも見ている。

 まさか人の手によるものとは思わなかったが。

 

(あの青年に、そんな力が……?)

 

 全面戦争前に、アレンとは一度、手合わせていた。

 クラウストロ人の身体機能をまったく無視する、隙の無い連続技。練気の高さと速さ。ミラージュをも凌ぐ格闘センスと、クリフ以上の反射神経。そして何より、三百六十度すべてを見通すかのような、彼の広い視野は驚愕に値した。

 ミラージュが幾度と無く戦ってきた相手の中でも、トップクラスの戦士だろう。

 だが――。

 それはあくまで、人としての話だ。航宙艦フィールドを破壊させるとなると、少なくとも戦闘専用艦並の出力が無ければ出来ない。つまり、クリエイションと同程度の出力。惑星を丸ごと一個、消し去るほどの出力が無ければ――。

 にわかには信じられなかった。

 

「…………」

 

 ちらり、と横目にクリフを見る。

 長い経験則から、こういう局面でクリフが冗談を言うとは思えない。それは頭で分かっていたが、考え込むミラージュを尻目に、マリアも、深刻な表情でクリフを見据えた。

 

「……事情はよく分からないけれど、本当に可能だと言うの?」

 

「ああ。多分、な」

 

 頷くクリフの言葉を皮切りに、沈黙が降りた。

 ――そして、

 

「では」

 

 場を仕切りなおすように、アルベルに向き直った女王が、アーリグリフへの返答を告げようとした瞬間。アルベルが、頃合を計ったように話の続きを口にした。

 

「話はもう一つだ。シーハーツの同意を得られた場合、王はこちらの女王と一度、直接話がしたいと言っていた」

 

「直接だと!? 冗談ではない! そんな危険な真似、できるわけないだろう!」

 

 悪名高い漆黒団長、アルベル・ノックスを前にしても、ラッセルは臆さず恫喝した。だが、今、ラッセルと対峙しているこの男も、それしきの事で萎縮するような人間ではない。長い黒髪の奥で燃えるような赤い瞳をラッセルに向けて、アルベルは小さく鼻を鳴らした。

 

「そんなこと、俺の知ったことか。文句なら王にでも言うんだな」

 

「それで、その場所はどこです?」

 

 横柄な態度で答えるアルベルと対峙しても、女王、ロメリアの態度は変わらない。

 淡々と話の本質を問いかける彼女に、傍らのラッセルが思わず目を瞠る。そんなラッセルには視線を向けず、ロメリアはただ、アルベルを正視していた。

 相手の出方を――アーリグリフ王の真意を探るように。

 

「まさか、こちらに来るわけではないのでしょう?」

 

 重ねて問うと、女王の視線を受けたアルベルが、わずかに目を細めた。口端を、に、と吊り上げて、左腕の義手をカシャリと打ち鳴らす。

 

「モーゼルの古代遺跡、円卓の広間だ」

 

 まるで果たし状でも突きつけるかのように言い放つアルベルに、ラッセルが、かっ、と目を剥いた。

 

「モーゼルだと!? 砂塵遺跡ではないか! お前たちにはエアードラゴンがあるからいいが、こちらは徒歩で向かわねばならんのだぞ!」

 

「この条件が呑めなければ、反故だと。余程、謀られたのが気に入らなかったようだな。王は」

 

 言って、じ、とロメリアを見据えるアルベルに、ロメリアは少しだけ目を細めた。

 数秒。

 ロメリアは、す、と顔を上げると、アルベルに向かってこくりと頷いた。

 

「……分かりました。モーゼルへ出向きましょう」

 

「陛下!?」

 

 耳を疑うラッセルのみならず、謁見の間を警備していた兵達もロメリアを凝視する。じ、と虚空を見据えたロメリアは、玉座から立ち上がると、自分の考えをまとめるように、静かに口を開いた。

 

「彼は私を試しているのでしょう。本来であれば、そのような場所に行くことはできませんが。今はそのようなことを気にしている場合ではありません」

 

 振り返ったロメリアの視線が、す、とラッセルを射抜く。

 高いカリスマ性を秘めた、神秘的な彼女の赤い瞳が。

 

「国と言う小さな枠組みの中で収束できる事態ではないのです。モーゼルへ行って、私自らがアーリグリフ王を説得いたします」

 

「ですが、罠の可能性もありますぞ!」

 

「信じることから全ては始まるのです。……相手を信じず、どうして相手に信じてもらえましょうか」

 

 ロメリアはそこで、つ、と目を細めた。

 今、この場にいない、彼を思い出しながら。

 

(そう。そなたの大業を、無駄にするわけにはいかないのです……)

 

 白露の庭園から、空を見上げたあの夜を思い出す。女王になるべく、英才教育により植えつけられたロメリアの思想。その根本を揺るがせた、あの夜を。

 顔を上げて、ロメリアは表情を改めると、アルベルに向かって問いかけた。

 

「護衛に関しては、何か条件が出されましたか?」

 

「好きにしろとのことだ」

 

 存外に言い放つアルベルにこくりと頷いて、ロメリアは視線を、ネルへと向けた。

 

「分かりました。では、護衛はそなたらに頼むことにしましょう」

 

「はっ」

 

 深々とかしずくネルに頷いて、ロメリアは、確認するようにフェイト達に視線を向ける。

 

「よろしいですか?」

 

「はい、問題ありません」

 

 短く答えるフェイトにも、迷いはない。もとはと言えば、自分が起因している事件だ、と少なくともフェイトは思い、負い目を感じている。だからこうして、真正面から『国の事』として当たると言ってくれるロメリアの好意を、フェイトが無にする事は無い。

 フェイトにとっては、是非もない申し出なのだ。

 そのフェイトにこくりと頷き、ロメリアは改めて、ラッセルに言い放った。

 

「ラッセル。留守中はエレナたちと協力して事にあたりなさい。私の事は心配いりません」

 

 言い切るロメリアを、じ、と見返して――その意志の光を宿した、赤い瞳に、ラッセルは諦めたように目を伏せた。

 

「仰せのままに」

 

 深々と敬礼するラッセルに、ロメリアが頷く。フェイトを振り返ったラッセルは、少し、硬い声で言った。神経質そうな面立ちを、さらに緊張で険しくして。

 

「お前達……、陛下を頼むぞ」

 

「分かりました。お任せ下さい」

 

 答えるフェイトに、ラッセルが慎重に頷く。ロメリアへの忠義を反映させるように、力強く。

 

「……それで。何人出して頂けますか?」

 

 大人しく黙っていたアルフが、不意に口を開いた。

 きょとん、と瞬きを落とした一同が、警戒した表情で、アルフを振り返る。

 と。

 美しく口端を緩めたアルフが、あの狂眼を光らせて、じ、とこちらを見つめていた。

 一人ではなく、アルフと対峙した者、全てを。

 

「っ、っっ!」

 

 ラッセル、否、施力の流れを見極める聖女の瞳を持つ、女王(ロメリア)でさえ、危険と分かっていたのに思わず身をすくめた。鳥肌が立つ。表情には決して出さないが、膝の上に置いた白い手を、ぎゅ、と握り締めて。

 

「どういう意味です?」

 

 声からハリが消えなかったのは、女王としての威厳だ。それが彼女に出来る、彼女が持って生まれたカリスマ性が為せる、狂人への反抗だった。

 人というより、作り物めいたこの男に。

 あのアルベルでさえ、刀の柄に手をかけていた。

 

「女王陛下。まさか陛下ともあろう方が、無事にこの戦いを終結できるとは考えておられないでしょう」

 

 静かに告げたアルフが、そ、と立ち上がる。瞬間。アルフ同様にかしずいていたフェイト達が、一斉に立ち上がった。武器を手に。

 反射的な行動だった。だからこそ、フェイト達に囲まれたアルフが、いつ刃を向け返すとも限らない状況でもあった。

 アルフが、普通の人間だったならば。

 が。

 狂人は瞳を女王に向けたまま、ぴくりとも動かない。

 血で濡れたような、――刃と称するには、あまりにも暗く、鋭い瞳は、四方を敵意で固められても動じない。まったく揺るがなかった。

 狂人は続けた。

 

「少なくともこの国の施術士を一人残らず出して頂きたい。アルベル、お前の(トコロ)は疾風だ。疾風の構成員全てを。……それでアレンをお貸ししますよ」

 

「なっ!?」

 

 驚いたのはラッセルを始め、その場に面した全員だ。

 アーリグリフの要請は、アレン一人を助力させよ、という内容だった。それがシーハーツの軍事力、その根幹を担う施術士に及ぶとなれば、ラッセルの驚きも無理は無い。

 ラッセルと動機こそ違うものの、自分が招いた厄災ゆえに、己の手で終結させねばならないと腹をくくっているフェイトも、アーリグリフとシーハーツ、その双方の人々を真正面から危険にさらすアルフの提案を鵜呑みには出来なかった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 それでは何のためのアレンの和平政策だったのか、分からない。

 バンデーン艦と対峙して無事で済むとは、フェイトも思っていない。いくら率先してアレンが戦ったとしても、危険は同じだ。そんなフェイトの考えを一蹴するように、こちらを一瞥したアルフは、ふ、と薄笑いを浮かべた。

 

「当然の要請だろ? もともとほぼ勝算のない勝負。たった一匹飛竜を飛ばしたところで、バンデーンの総攻撃を受けるのがオチだ。連中も馬鹿じゃない。遠距離スキャナーの粗悪な画像だろうが朱雀吼竜破が放たれた状況を、そろそろ解析し終えてるころだ。だから複数の飛竜でバンデーンの攻撃目標を散らし、この国の施術で奴等の目を眩ます必要がある」

 

「無茶言わないで! 君。仮にも軍人なら作戦の無謀さが分からないわけじゃないでしょう!」

 

 詰問するマリアを、狂人は目で制した。失笑とも微笑ともつかない、暗い笑みがアルフの口元に落ちる。彼は視線を、ネルに向けた。

 言い逃れを許さぬように、じ、と。

 

「アイツから習っただろ。集団合成魔法」

 

 ネルの表情が強張った。

 恐怖が体を縛るが、彼女は拳を握り締め、改めてアルフを見る。恐らく今は敵意を向けていない彼を。そのくせネルに決して気を緩めさせない、ひどく危険な光を宿した彼を。

 背に滲む冷や汗は、生理現象だった。

 

「私達にも、出来る事があるって言うんだね」

 

 気丈にもつぶやくネルは、覚悟を決めた兵士の顔だ。是非もなく、ただ己が使命を全うすべく志を固くした戦士の瞳。それを真正面から見返して、アルフはこくりと頷いた。

 

「施術を目晦ましに使うには射程が問題だ。だから、施術士達には飛竜に乗ってもらう。腕の鈍い疾風と組めば撃墜されてあの世行き。一蓮托生の特攻作戦ってことは理解してるよな?」

 

 まるで死刑宣告だった。

 あの日。バンデーンが空に現れ、尖兵として突っ込んでいった疾風兵は、そのほとんどが死亡している。当然だった。相手は、精緻な計算を幾度も繰り返して開発された、索敵照準(オートセンサー)付の砲台なのだ。それが光線(レーザー)で放たれる。

 いかに疾風がアーリグリフの精鋭部隊であっても、まるで土俵が違うのだ。

 それをまた繰り返せと言う。この狂人は。

 マリアを始め、皆が首を縦に振らないのも当然だった。

 

「お前の言いたい事は分かった。だが、それならば施術士を一人残らず出兵させる必要はない。我が国からも、いくつかの師団を――」

 

「全部だ」

 

 ラッセルの言葉を途中で制して、アルフは事もなくつぶやいた。息を呑んだラッセルが、アルフの放つ強烈な緊張感にもめげず、睨み返す。

 

「ふざけるな! そのような要請! 受けられると思っているのか!」

 

「呑めなければ、降りるだけ。後はアンタ達で好きにすればいい」

 

「戯言を! クリムゾンセイバーは、我が国の尖兵だぞ!」

 

「アレンがこの国の尖兵? 何言ってるんですか。奴が異界の住人である事は、そこのクラウストロ人から聞いたでしょう」

 

 視線だけでミラージュを指すアルフに、ラッセルが表情を険しくした。そのラッセルを庇うように、横合いから女王(ロメリア)が口を挟む。

 

「ですが、彼はそれ以前に私と誓約を済ませているのです。そなたの言い分が、分からぬではありませんが」

 

「それはつまり。シーハーツは、フェイト・ラインゴッドを国の尖兵と認めている。果ては、ラインゴッドただ一人を追って現れた星の船と、全面交戦なさるおつもりということですか?」

 

「なっ!?」

 

 目を瞠るロメリアを始めとしたシーハーツ勢に、アルフは失笑とも苦笑ともつかない音を零して、ちらりとミラージュを見やった。

 

「やっぱりな……」

 

 皮肉を込めて、つぶやく。

 読み通り、フェイトの事を伏せて話したミラージュに、アルフは続けて言った。

 

「道理でシーハーツがいやに協力的だと思ったんだ。国宝を持ち去られかけたってのに、ここの人間はアンタ等に対する警戒が、あまりに弱い」

 

「……何が言いたいの?」

 

 慎重に問いかけてくるマリアを振り返って、アルフは薄く微笑んだ。

 美しいが、冷たい微笑で。

 

「俺相手にシーハーツという人質は通用しないぜ? 反銀河連邦(クォーク)のリーダーさん」

 

「!」

 

 息を呑むマリアは、何も図星を突かれて黙ったわけではない。むしろマリアの後ろでミラージュが、表情を硬くしていた。

 当然だ。

 アレンは銀河連邦軍人。

 そしてアレンとクリフを、否、アレンとフェイトを繋げているのが、クリムゾンセイバーというシーハーツでの地位だ。クリフが言うように、アレン自身が航宙艦フィールドを破壊できるかどうかは知らないが、少なくともその可能性を秘めている彼の潜在能力(ポテンシャル)の高さが、ディプロと合流するために使えると考えたミラージュは、立場を越えてより交渉しやすいように『シーハーツ』という緩和剤を間に挟むことにした。

 その案を、こうもあっさりと見破られるとは思わなかったが。

 警戒心を強めて、ミラージュがさりげなくアルフを窺うと、視線の合った連邦軍人は、くく、と喉を鳴らした。

 クリフが割り入る。

 

「だが、お前としても奴ら(バンデーン)を野放しにするわけにゃいかねぇだろ。ここはお互いに協力し合うしかねぇんじゃねぇのか?」

 

「悪いが敵に囲まれた状態で、信用できない仲間を作る気はないんだ。アンタ等と同じでね」

 

 言ったアルフは、ちらりとアルベルを見やる。正確にはアルベルが刀の柄頭に寄りかけている左腕――爪のない義手を。

 

「!」

 

 思わず、マリアが凍りついた。

 アルフの視線に気づいたアルベルが、自分の左腕を見下ろして、不機嫌そうにアルフを睨み返す。それを鼻で微笑ったアルフは、視線をマリア達に向けた。

 

「アルベルの性格からすると、体面を気にして自分の爪を折るって事はまずない。だが奴の傍にはナツメがいた。なら、そこで何があったのかは大体察しがつく」

 

 言い逃れを許さぬように、そ、とこちらを見据えてくるアルフに、クォークの三人は押し黙った。

 

(……嫌な野郎だな……!)

 

(ですが)

 

(正確にこちらの行動を見抜く力。……侮れないわね)

 

 険しい表情で、アルフと対峙する。

 それまで黙っていたフェイトが、す、とアルフを見上げた。

 

「だったら、どうすればいい? どうすれば、お前は僕等に協力する?」

 

 静かに。

 狂人の視線を真正面から受け止めたフェイトは、ただ静かに問いかけた。平静に、否、必死に平静になろうと拳を握り締めて。

 

「バンデーンの狙いはお前の言うとおり、僕だ。ここでお前と反目し合ってみんなを危険に晒すなんて状況、僕は死んでもごめんだ。僕にだって守りたいもの、助けたい人がいる。だから教えろ、アルフ・アトロシャス。お前は、どうすれば僕等に協力する」

 

 ナツメのように、剣を預ける覚悟ならある。そう言外にフェイトが言い放つ。

 アルフが答えた。

 

「なら、背負うんだな。お前も」

 

「背負う?」

 

 首を傾げるフェイトに、アルフはこくりと頷いた。

 

「大方、お前等は反銀河連邦(クォーク)の迎えでこの星(エリクール)を抜ける算段だろ。だが相手は連邦ですら手を焼く新鋭艦(バンデーン)だ。軍としての機能が弱い反銀河連邦艦では落とされる可能性がある。……だから、アレンだなんだと小細工を考えた」

 

 そこでアルフは言葉を切ると、じ、とフェイトを見据えた。

 

「バンデーンを全滅させる。それまで決してこの星から出るな。それが条件だ」

 

「この星から?」

 

 問い返すフェイトは、一刻も早い脱出がこの星のためになると考えていた。奴等は自分(フェイト)を追ってここに来た。故に、自分がここを出て行けばすべてが終わるはずなのだ。

 だからクリフ達の話も納得出来たし、クリフ達についていこうと思えた。銀河連邦軍人であるアレンの方が、世間的な安全は保障されるものの、そちらはまだ到着が先になるとアレンから聞いていたからこそ。父の研究、という疑問を共に明かそうとしているマリアが、反銀河連邦(クォーク)にいるからこそ、フェイトは結論を出したのだ。

 反銀河連邦(クォーク)についていくと。

 なのに。

 

(どういうことだ?)

 

 頭に湧いた疑問を、フェイトは問いかけようとした。瞬間。傍らのマリアが叫んだ。

 

「ふざけないで! バンデーンを全滅させるですって!? そんなことが出来るなら、とっくに……!」

 

 言いかけた彼女は、しかし、最後まで続かない。

 こちらを見据える狂人の瞳が、すぅ、と細められたのだ。背筋を冷や汗が伝う。マリアが思わず歯を噛み締めると、アルフは彼女の努力を一笑した。鬱陶しげに。

 途端。空気が、張り詰めた。

 

 ……しぃ……ぃいいん

 

 それまで微笑っているだけのアルフが『殺意』を宿したのだ。紅瞳が底光る。口元の薄笑いが消え、彼の全身からうっすらと、紅い闘気が膨れ始めていた。

 ゆるり、ゆるりと。

 

「……っっ!」

 

 その場にいる者すべてを凍てつかせる、時間さえも止めるような、突き刺さる闘気。

 彼が、続けた。

 

「ラインゴッドを今の状況で惑星から脱出させる。それはつまり、この惑星をハイダの二の舞にするってことだ。アンタ等反銀河連邦(クォーク)本艦が落とされる可能性を考慮しても、あまりにフェアじゃない」

 

「ハイダの? それってどういう――」

 

 言いかけたフェイトを、アルフは視線で止めた。

 

「分からないか? 連中にはお前を確保できないなら、星ごとお前を破壊する算段すらあるんだぜ。奴等の戦闘艦は数が多い。二隻もあれば十分、アンタ等の脱出したこの星でオーパーツの回収を始められる。その上で邪魔になる、シーハーツという国を滅ぼしてな。三日前の戦場でそうならなかったのは、向こうがこちらの戦力を誤解して情報収集に回ったからだ」

 

「!」

 

 ハッとして、フェイトはクリフ達を振り返った。

 無表情だが、アルフの言葉を全面否定しない、彼等を。

 

(それが分かってて――……!)

 

 フェイトは、ぶるっ、と体が震えるのを感じながら、奥歯を噛み締めた。

 対峙したアルフが、構わず続ける。

 

バンデーン(やつら)をどうしても連邦軍(おれたち)に任せられないなら、ラインゴッドは飛竜に乗れ。奴等が発見し易いよう、出来るだけ目立たせて。その上でアンタ等三人が、バンデーン艦に乗り込むんだ」

 

「バンデーン艦に、乗り込むですって?」

 

 問うマリアに、アルフは頷いた。

 

「アーリグリフにデカイ落し物をしただろ? あれを使えるようにしておいた。確かイーグルって名の小型艇だ。あの機動力なら、バンデーンの砲撃を三発はかわせる」

 

「なっ! おい、イーグルだと!?」

 

 目を瞠るクリフに対して、アルフは平然と頷いた。

 

「あれはいい(カモ)になる。何せ、相手は十一隻もいるんだ。使える物は何でも使わねぇとな」

 

「十一隻!?」

 

 耳を疑うフェイトを横目に、アルフは肩をすくめた。

 

「連中も。それだけ博士の研究を知ってる、ってことだろ」

 

 つぶやくアルフに、フェイトとマリアが息を呑む。だが、今は問いただす場ではないと踏んだ二人は、胸に沸いた焦燥にも似た疑問を、表情の裏に押し隠した。

 

「で? 肝心要のお前はどうする気だ? ……まさかここまで啖呵切っといて、自分は何もしねぇわけじゃねぇだろ」

 

 その皮肉交じりのクリフの指摘については、アルフは、ふ、と薄く微笑った。

 

「俺も飛竜で出る。試したいことがあるんでね」

 

 狂人は、その血の色にも似た瞳を、ぎらりと輝かせた――……。

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