アレンの為に用意された部屋は、フェイト達も使用していたシランド城の客間だった。
緑を基調にした調度類の中で、アレンは静かに眠っていた。穏やかなわけでも、寝苦しそうなわけでもない。ただ目を閉じている、表情の無い寝顔だった。ゆっくりと上下する彼の胸は、正確に呼吸を繰り返し、時計のように単調だった。
ナツメが診た通り、アレンに外傷は無い。それが城に着いてからのアストールの診察結果だが、世辞にも医療が発達しているとは言えないエリクールでは、アレンが何らかの感染症にかかったとしても、それを証明する手立てが無い。
気休め程度の診察を横目で見守る間も、ナツメの不安は大きくなるばかりだった。
「……アレンさん……」
ベッド脇に腰掛けナツメは、じ、とアレンを見て拳を握り締める。脳裡を過ぎるのは、いろいろなパターンが予想される、最悪の事態だ。それを振り払おうと、強く、強く拳を握っても、ナツメの心配が絶えることはない。
そんな彼女の傍らにいるロジャーは、ナツメよりは落ち着いた表情で、気遣わしげな視線を、ちらちらと向けていた。
(この姉ちゃん……、まるで別人じゃん……!)
傍らに座る少女を横目で見上げて、ロジャーは全面戦争で対峙した時のナツメを思い出す。
例えるなら、女豹――。
そう称したくなるほど、冷たく、硬く、強烈な光を放つ、ナツメの黒瞳が。今は弱りきった眼差しで、まるで、願掛けでもするように、アレンを見下ろしている。
今のナツメには覇気がない。それどころか、彼女の腰に差した剣が場違いに見えるほど、彼女は弱った表情をしていた。
ゆるゆる揺れる彼女の黒瞳から、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
「そう心配されずとも、直に目を覚まされます」
心配そうなナツメに感化されてなのか、事務的とも、気遣いとも取れる声を挟むアストールに、ナツメは視線をアレンに貼り付けたまま、小さく頷いた。
「はい……。はい!」
自分に言い聞かせるように、二度。深く、深く頷いたナツメは、膝の上に置いた両の拳を、ぎゅ、と握る。二度目の、はい、で目を瞑った彼女は、微かに震えていた。
何かに、ひどく怯えるように。
と。
そこでぴくっと、アレンの瞼が震えた。
「兄ちゃん!?」
慌てて、ロジャーが詰め寄る。目を見開いたナツメが、強張った表情でアレンを見下ろした。
「…………ロジャー、と……ナツメ、……か?」
その、心配そうな二人の表情を見上げて、アレンは一つ、不思議そうに瞬いた。次第に彼の瞳が力を帯び始める。アレンは、ざ、とベッドから起き上がった。
「状況を。バンデーンは今……、っ!」
瞬間。鋭い痛みが、ずきんっ、と、アレンの肩に走った。まるで、肩を焼かれるような。
「兄ちゃん?」
反射的にアレンが肩を庇っている。ロジャーが不思議そうに見上げた。が、アレンは答えられず、庇った手を除けた。これと言って違和感はないが、それでも慎重に、患部を見るべく胸元をはだけさせる。
すると――。
「これは……?」
不思議そうに瞬きを落とすアストールが、アレンの肩を見るなり、声を上げた。
そこに――アレンの左肩に、三センチ平方程度の、黒い紋様が刻まれていたのだ。二つの紐を幾重にも絡み合わせ、まるで知恵の輪のように繋げた逆三角形と、その上に乗った円。
杯の上に乗った球のような紋章だった。
「……!」
それはアレンが、セフィラに触れた瞬間に見た紋様だった。はっきりとは覚えていないが、確かに――。
(セフィラの、影響か?)
そこでアレンは思考を打ち切った。
「……っ、ぐ、ゅぅぅ……っ!」
傍らから、唸り声が聞こえる。ちょうど、アレンのベッド脇――ナツメがいる辺りから。
(…………)
ため息を吐いて、アレンは振り返った。目いっぱいに涙を溜めて、しかし泣くまいと、口をへの字に引き結んでいる、ナツメを。
「心配をかけたな。ナツメ」
苦笑混じりにつぶやくと、せっかく堰き止めていたナツメの涙が、ぼろぼろと流れ落ち、それでもがんばってこらえようと、ぐぐ、と背を反らした彼女は――、やはり耐え切れなくなって、アレンに飛び込んだ。
「ア゛~レ゛~ン゛~さ゛ぁぁああん゛っっ!」
勢い良く突撃してきたナツメから、ふわりと懐かしい香りが広がる。陽の光をたくさん浴びた、彼女の香り。それがアレンの右肩に乗ると、アレンを強く掻き抱いた彼女の両腕から震えが伝わってきた。盛大に、涙を降り乱すナツメの表情が、見ずともアレンの脳裏に浮かぶ。
「無事で良かったですぅう! ……ホントに、無事でっ、っっ!」
そう言ってすすり泣く少女に苦笑しながら、アレンは少女の背中をさすった。
「すまない。いや、すまなかったな」
いつも通り、ナツメが落ち着くようにゆっくりと言い聞かせる。すると、彼女が、こくこくっ、と必死になって頷いてきたので、アレンは少し安堵しながら、少女の背をぽん、ぽん、と叩いた。
思えば、彼女と顔を合わせていたのに、ちゃんとした再会はしていなかった。そう、思い出しながら。
心配性で泣き虫――。
まるで変わっていない、少女を。
(少し、無理をさせすぎたか……)
胸中でつぶやいて、アレンはすまなさそうにナツメを見下ろした。アレンの首を抱きしめて、滝のような涙を流すナツメは、くっついたまま離れない。
その代わり、嗚咽の混じった、涙声で言ってきた。
「……ぐゅ、ぅっ、! ぅ……っ、また、亡くしたかもしれないって……! また、一人かもしれないってっっ! ……行っちゃ、ダメですっ! もう誰もっ! ……置いて、ってはっ、ダ、メ、なんですっ、っっ!」
「ああ、すまない。もう大丈夫だ」
「ぃっ、……はい! ……はいぃっっ!」
くぐもった声で答えてくるナツメに、アレンは少し哀しげに微笑った。
今年で、十五歳。
ずいぶん明るくなったが、それでも癒え切らない少女の傷に。あの頃から少しも変わらない、泣いている彼女を、割れ物を扱うように慎重に、抱き締め返す。いつものように腕の中で、彼女が落ち着くまで、ずっと。
と。
「……?」
視線を感じて、アレンはふとドア口を見やった。たったいま謁見の間から降りてきた、アルフやフェイト達だった。
「お邪魔だったか? アレン」
ドアノブに手をかけて、言葉のわりにさして気にも留めていない顔で問いかけるアルフに、アレンは小さく苦笑した。視線を、フェイト達に向ける。
「皆……、そうか。オーパーツの方は、うまく対処出来たようだな」
ロジャーを見ると、ぽかん、とナツメとアレンを見上げていたロジャーが、は、と我に返って胸を反らせた。
「おぅよ! ったり前じゃんか! オイラ、出来る男だぜぃ!!」
「そうだな」
にこにこと笑うロジャーに、アレンも微笑い返す。
と。
アレンはそこで、つ、と動きを止めた。いつものメンバーではない。彼等の中に、シーハート二十七世の姿を見つけたのだ。
「女王陛下!?」
思わず瞬きを落とすアレンに、ロメリアは微笑んだ。その間にすたすたと客間に入ってきたアルフが、ベッド脇まで来て、足を止めた。
「で。どうだ? 動くのか?」
本来ならば、女王にいろいろと礼儀を尽くすのがセオリーだが、そんなものは一切無視しろ、と言わんばかりに、アルフがマイペースに話を続けてく。アレンが物言いたげに見上げたが、返ってきたのはアルフの不思議そうな顔だ。
アレンは深いため息を吐くと、代わりに、ロメリアに非礼を詫びるため、一礼した。
対峙したロメリアが、気にするな、とばかりに首を振る。アレンは改めて礼を施してから、アルフに向き直った。
――動くのか。
アルフへの返事の代わり、アレンは自分自身を見下ろして、ナツメを抱いていない、空いた左手を開閉させる。自分の意思で動く左手に、――少なくとも今は、異常を感じられない。
アレンは視線を上げ、答えた。
「問題ない、と思う。それで状況は……」
言いかけて、言葉を止めた。
フェイト達が部屋に来たのはいいが、その中に、ロメリアの他に、あの漆黒団長――アルベル・ノックスまでもがいるとなると、そのまま話を続けていいものか、迷ったのだ。
正確にはそこにいただけならば、気にもしなかったのだろうが。
一人だけ見舞いにはそぐわない、闘志を剥き出しにしているアルベルがいた。
アレンは改めて向き直った。ぎろり、とこちらを見据えるアルベルは、まるで獣のように獰猛で苛烈だ。アルフとは違った種類の迫力を放つ瞳が、アルベルの内にある闘志をひしひしと感じさせる。
今、ここで刀を抜くと言うように。
その瞳を真正面から見返して、アレンは小さく笑う。すると無表情だったアルベルが、アレンの言葉に反応して口端をつり上げた。
「修練場での決着を、つけに来たのか?」
「……ふん」
自分の向けた闘志に、アレンが応じたことを喜ぶように。
カシャリ、とこれ見よがしに義手を打ち鳴らしたアルベルは、ゆっくりと刀の柄に手をかけて――、ふと、まだアレンの胸にしがみついている少女を見下ろした。
「何の真似だ? 阿呆」
今まで見えなかったわけではないが。
アルベルが挑発している間にさっさと除くと思った少女が、依然アレンにくっついたまま微動だにしなかったので、アルベルは
普段ならば警告もなく、くっついたならくっついたままでナツメごとなます斬りにすることも厭わないアルベルだが、今回は邪魔そうに目を細めただけで、刀を抜ききらない。
それはただの部下から、ナツメが『相棒』に昇進した、確かな証だ。
が。
そんな事情を知らないアレンは、『戦闘』に重きを置いていると思っていたアルベルが、一時的とは言え闘気を納めた事が意外だった。
だから少し驚いたようにアルベルを見上げて、視線をアルフに向けた。自分よりはアルベルを知っている、アルフを。
しかし、視線の合ったアルフは、肩をすくめただけだ。
改めてアレンが不思議そうにアルベルを見上げると、彼は不可解なものを見るようにナツメを見下ろして、彼女の首根っこをむんずと鷲掴んだ。
「除け」
べりっ、と服についた虫でも払うように、無造作にナツメを払い除ける。――否、除けようとした。
が。
ぎゅぅううううううっっ
アレンにしがみついた少女は、動かない。全力で腕に力を込めて、その場に踏ん張ったナツメは、己の意思を表すように、ぶんぶんと頭を横に振った。
小さい子どもが、『嫌々』するように。
アルベルの左頬が、ぴくりと痙攣した。
「……いい度胸だ。クソ虫が――」
「和んでるところ、悪いんだけど」
誰がどう見ても和んでいる、とは言い難いアルベルとナツメのやりとりだったが、それらを無視して、マリアはアレンに向き直った。
アレンが少しだけ目を細める。マリアと会うのはこれが初めてだが、彼女が何者であるか、それは彼女の顔立ちと、凛とした眼差しが教えてくれる。
フェイトに瓜二つの美貌と、その青い髪が。
「貴方が」
つぶやくアレンに、マリアは頷いた。
「マリア・トレイター。察しの通り、
「……恐縮です」
言って、アレンは、ぽん、とナツメの頭を叩いた。それが合図だった。
顔を上げたナツメが、目いっぱいの涙を溜めて見上げてくる。その彼女に、ナツメ、と言って聞かせると、彼女はずびびっ、と鼻水をすすった後、渋々とアレンから離れた。そのナツメを景気付けるように、アレンが小さく微笑ってやる。ごしごしと目元を拭いた彼女が、自分の頬を打つなり、腫れぼったい目で、にまっ、と笑い返してきた。
そのナツメを、困ったように見返して。アレンは気を取り直して、ベッドから立ち上がり、マリアに向き直った。
「お見苦しい所をお見せした」
アレンは言って、さっ、と服装を正すなり、軍人らしくぴんと立つ。アルフとは対称的な対応に、マリアが目を丸くした。てっきり彼も『敵』として、警戒心を剥き出しにしてくると思ったのだ。銀河連邦軍人として。
だが意外にも、礼節を弁えたアレンの言動にマリアは二、三秒、間を置くと、気を取り直して肩にかかった髪を払った。
「……気にしないで」
彼女の隣では、アレンの言うことは素直に聞いたナツメに、アルベルが気を悪くしている。
――テメエ、俺を舐めてんのか。
――違う違うっ! アレンさんの言うことは、ちゃんと聞いとかないと後が怖いんですっ!
――やっぱ舐めてんじゃねえか!
――違うよぉっ!
そんな二人のやりとりを後ろに、両腕を組んだマリアは、改めてアレンに向き直った。
命乞いをする、ナツメの叫び声が響く。
「うわぁあん! ごめんなさぁい!」
「率直に言わせてもらうわ。君の力を借りたいの、我々に協力して」
「にょわぁああっっ! 団長、刀が! 刃がぁっ!」
「……その様子からすると、アルフの条件を呑んだようですね」
言いながら、ちらりとアルベルとナツメのやりとりをアレンは見やる。ちょうどナツメが、刀を抜いたアルベルに乾いた笑顔を向けて、場を乗り切ろうとしているのが見えた。
「話せばわかります! ていうか、団長だってきっとアレンさんと付き合ってたらわかりますよぅっ!」
彼女の命乞いは恐らくだが、成功しないだろう。
「うわぁああんっ! アルフさんっ、笑ってないで説明してよぉ!」
アルフが不気味に喉を鳴らしながら傍観している。アレンは頭の痛い想いを抱えて、マリアの出方を窺うべく表情を改めた。
「ええ。こちらの戦力が圧倒的に不利な状況だもの。贅沢を言うつもりはないわ」
「了解」
連邦式の敬礼を取ったアレンは、視線をネル、フェイトに向けた。
「改めて、よろしく頼む」
どこがどう、というわけではないが――。
事務的なアレンの態度に、フェイトは少し複雑な心境だった。
「……ああ。よろしく、アレン」
意識したわけではないが、気のない返事をつぶやくフェイトに、アレンが少しだけ苦笑した。
「それで……」
言い置いて、アレンは視線を左右に振る。先ほどから気になっていたが、いつものメンバーの中にクリフとミラージュがいない。それを不思議に思ってフェイトを見ると、傍らで白刃取りしているナツメ、ではなく、傍観しているアルフが答えてきた。
「ああ。あのクラウストロ人二人には、クォークの小型艇を取りに行ってもらった」
「クォークの小型艇、ですか?」
白刃取りしつつも首を傾げるナツメに、ああ、と頷いて、アルフは視線をアレンに向ける。そのアルフの表情を読んだのか、それとも場の空気を読んだのか、微かに目を細めたアルベルが突然、刀を納めた。
「ほぇ?」
アルベルを不思議そうにナツメが見たが、誰も構わなかった。
代わりに、考え込むように視線を伏せたアレンが、す、と顔を上げた。
「……状況は大体分かった。ならクリフ達が帰ってくるまで、少し時間があるな」
「えぇっと? どういうことです?」
白刃取りは免れたものの、それ以上に不得意な状況整理に、ナツメがぐるぐると目を回している。そのナツメを振り返って、アレンは続けた。自分の読みを、起こった事実と照らし合わせるように、アルフを見据えて。
「恐らく、クリフはこの惑星に降下した時の船を取りに行っている。アルフがアーリグリフにいる間に直した小型艇を、バンデーンの囮役として使うために」
アルフが満足そうに、ああ、と頷いた。それに頷き返して、アレンは視線をロメリアに向ける。次の確認事項を、シーハーツへと移すために。
「陛下が此処にいらっしゃるということは、アーリグリフ側から要請があったのですね?」
問うと、ロメリアが少しだけ寂しそうに、アレンに答えてきた。
「ええ。これから私はアーリグリフ王と直接話をするために、モーゼル遺跡へ向かうつもりです。護衛として、そなたにも協力してもらえますか?」
「はっ」
ネルから習ったシーハーツ式の礼をすると、ロメリアが息を呑んだので、アレンは少しだけ、訝しげに目を細めた。
数秒、思考する。
「……」
顔を上げたアレンが、アルフを見た。謁見の間には居合わせなかったが、アルフとはそれなりに付き合いが長い。故に、彼が何を言ったのか、大体想像できたのだ。
「……何をやった? アルフ」
それでも確認のために問いかけると、アルフが、わざとらしく肩をすくめた。
「称号が邪魔だったから取り払った。この先、お前が連邦軍人であった方が、話が早いだろ?」
「悪いが、今はまだやり残したことがある」
「相変わらず面倒が好きだな。お前は」
「連邦が来るのはまだ先、だろう?」
アルフが深い溜息を吐く。こちらも、この先にアレンが何をしようとしているのか、察したようだ。だがアルフの方は、アレンの真意を確かめようとはしなかった。
代わりにフェイトが、大きく目を見開いた。
「……お前、今、なんて……?」
言葉少なに問う。すると、フェイトを振り返ったアレンが、頷いた。
「では……!」
ゆっくりと喜色が広がっていくロメリアに、小さく微笑ったアレンは、視線をマリアに向けた。
「この状況でシーハーツ軍人に助力するのは、クォークとして当然のことだとお見受けしますが?」
そう言って差し出された右手と、差し出した本人を、マリアは意外そうに見上げた。
アルフと、真逆だ。
連邦軍人としてクォークとは手を組まない、と言った、アルフと。
最初の態度から二人は違うと認識していたにも関わらず、そのギャップに気圧されて、マリアが困ったようにアレンの右手を見据える。傍らから、フェイトが耳打ちしてきた。
「大丈夫だよ、マリア。こいつは信用しても」
マリアがフェイトを見ると、フェイトはどこか嬉しそうに、に、と微笑っていた。心の底から信頼を寄せている、そんな様子が分かるほど、自信に満ちた表情だ。
その彼を、じ、と見つめて――、マリアは改めて、アレンに向き直った。
「マリア・トレイターよ。……これから、よろしく頼むわね」
差し出された右手を取る。こちらこそ、とアレンが握り返してきた。
と。
それまで思考停止状態だったナツメが、ハッと驚いて、アルフを見上げた。
「ちょっ、ちょっと待ってください!? アーリグリフにあった
一歩下がって、悲鳴に近い声を上げるナツメに、アルフとアレンがきょとんと瞬いた。一瞬、彼女の言ったことが理解できなかったようだ。
二人は同時に顔を伏せると、まったく同じタイミングで、深いため息を吐いた。
――何を今更。
そう言わんばかりに。
その、ぴったりと息の揃った彼等を見据えて、フェイトが不思議そうに首を傾げた。
「あのさ。前から聞きたかったんだけど、アレン達って、
連邦軍服を着ていない彼女が、事情を聞かずともアレンやアルフと親しい人物であることは把握出来た。だが接点がわからない。
アレンを訪ねて部屋を開けるなり、ただならぬ雰囲気だった二人に、フェイトは疑問を覚えたのだ。
「ずいぶん仲が良いのは分かったけどね」
両腕を組んだネルが、冷ややかな視線をアレンに送っている。そのネルの隣で、そうですね、と相槌を打ったのは、意外にもロメリアだった。彼女は作り物めいた美貌に、そそ、と静かな微笑を浮かべる。女王の表情に不思議と肌寒いものを感じながら、フェイトは自分が振った話題であるにも拘らず、下手なことは言うなよ、と祈るような気持ちでアレンを見据えた。
「関係、か」
問われたアレンが顎に手をやって、考えをまとめている。それより先に、ナツメが元気いっぱいに答えてきた。誇らしげで満面の笑みだ。
「師弟関係ですよ!」
「……師弟?」
首を傾げるフェイトに、はいっ、とナツメは元気良く答え、腰に差している刀、シャープネスを、ぽんぽん、と叩いた。
「アレンさんは、戦災孤児だった私に剣術を教えてくれた人なんです! アルフさんとは、連邦の宇宙基地でアレンさんにお世話になっていた頃に知り合ったんです。アレンさんと同僚で、しかも同じ部屋ということもあって、たまに私の剣を見てくれる人でもあるんですよ! ……そしてこの刀、シャープネスは、アレンさんが軍に上がる時にくださった物なんです!」
「師弟、って言うより、母親って感じだけどな?」
部屋の端でナツメの話を聞いていたアルフが、同意を求めるようにアレンを一瞥する。と。アルフを睨んだアレンが、声音を落とした。
「……どういう意味だ、アルフ」
「そうです! せめて父親です!」
「…………おい」
ナツメにすれば助力のつもりだったのかもしれない。
思わず沈黙し、頭を抱えるアレンを見て、フェイトは詳しい事情こそ分からないが、今まで彼が味わってきた苦労の断片を、垣間見たような気がした。
(大変、そうだなぁ……)
他人事のように胸中でつぶやく。傍らのネルも、毒気を抜かれたように、ため息を吐いている。
(ほっとしました? ネルさん?)
ロメリアのいる手前、フェイトがそっと耳打ちすると、ネルは、あぁ、と深く頷いて、意外にも素直に答えてきた。
(当たり前だろ。……これで、クレアが傷つかずに済む)
(へ? クレアさん?)
首を傾げたフェイトは、はた、と瞬きを落とした。
確かに、ネルと
気を取り直して、フェイトは続けて問いかけてみた。
「えっと、あの……? なんでそこでクレアさんが?」
声音が普段通りになってしまったのは、ネルの思考があまりに複雑でわからなかったためだ。ネルは本当に安堵したらしく、フェイトの声量には触れず、満足げに答えてきた。
「何故って……アンタ、気付かなかったのかい? 私が誰の話をする度に、クレアが不機嫌になっていったのか」
「え? だってクレアさんは――」
ネルさん大好きじゃないですか、と言いかけて、フェイトの灰色の脳細胞は、ふいに閃いてしまった。
「っな、馬鹿なっ!?」
まさかの誤解――まさかのネルの感性に、冷や汗が伝う。
つまり今まで冷やかされて、ネルが真剣な怒りを見せていたのは――限りになくゼロに近い可能性でアレンに気があった、とか、異性扱いされることに照れていた、とかそんな甘っちろい感情からではなく。
すべてクレアの為だった、というのか。
(く、クリフぅううううう!)
この衝撃の事実を、何故聞き逃したんだ、とフェイトは胸中で罵った。だがこの場にいないクリフに、その叫びが届く筈もない。なのでフェイトは声を大にして突っ込んだ。
「なんでだよネルさんっ! お互い大好き過ぎだろ、あなた方!?」
そんなフェイトの動揺を、ネルは見事に勘違いしたのか、こくり、と深く頷きながら言い放ってきた。
「驚くのも無理ないよ、フェイト。私も、まさかクレアがあんなに嫉妬深いだなんて知らなかったんだ。正直、悪魔が相手なんて死に急いでるとしか思えないけど……クレア自身の判断なら尊重してあげないとね」
などとしたり顔で語っている。視界の端で、アレンが呆れ顔で口を挟んできた。
「おい、ネル。この際、不本意だが悪魔云々のくだりは置いておく。それよりお前達はなぜ俺を巻き込むんだ」
「ん? なんだいアンタ? まさかクレアほどできた
「だから、なぜそうなる。むしろ俺はクレアさんからも似たような尋問を受けたぞ。そちらはお前に手を出すなという警告付きでな。大体、あえて触れてこなかったが、どう見てもフェイトやクリフのほうが俺よりお前と仲がいいだろう。お前たちの判断基準がわからなくて対応に困るんだがどうしたらいいんだ?」
「――――え?」
ネルは見たこともないほど呆けた顔で、目を丸くしてぱちぱちと瞬いた。
「え? ……いや、待ちなよ。だってアンタ、アリアスでやたらと人気だろ。アンタがいるだけでタイネーブや他の女兵士たちは浮つくし、アンタと話してるとクレアの様子まで変だし、アドレー殿はアンタを気に入りすぎて私たちの旅にまでついてこられようとしていたし、アンタはアンタでクレアを『クレアさん』なんて呼んでるし、どう考えたって――…………あれ? えぇっと……つまり?」
思考がねじれてループし始めたのか、ネルが目を廻し始めている。アレンが掌を見せて止めた。
「……なるほど。悪かった、ネル。あまり慣れないことは深く考えないほうがいい。ただ、お前とクレアさんが大親友で、その輪からもう少し遠いところに俺を外してくれれば充分なんだ。……本当は、
「お前、この話題にノってこなかった割に、意外と気にしてたんだなぁ」
フェイトが顎に手をやって、しみじみとつぶやいた。
「……そもそもの原因はお前とクリフじゃないのか、フェイト」
若干声音を落とすアレンに、フェイトは純真無垢に瞳を輝かせて、ぱちぱちと瞬いてみせる。
そのときアレンの付き添いで、ベッド脇の腰掛けていたロジャーが、がたんっ、と椅子を蹴倒しながら、立ち上がった。
「お、お姉さま……!」
まさかの真相に、こちらは感激で目を潤ませながら。
祈るように両指を組んだロジャーは、きらきらと目を輝かせて、ネルを見上げる。ロジャーにとっての脅威が、たった今、この世から去ったのだ。
「ネル。……その話は後ほど、詳しく聞かせなさい」
たおやかに微笑むロメリアが、そ、と口を挟んできた。慌てて振り返ったネルが、目を白黒させながら、言葉の意味を理解する前に、はっ、と頷いている。その反射的なネルの行動に、何やら危険なものを感じながら、フェイトも驚いたように目を見開いた。
まさかこの賢君と称されるロメリアが痴話々に乗ってくるとは、さすがのネルも、いや、ネルだからこそ余計、思わないだろう。
フェイトは、ぶんぶんと頭を横に振ると
「えぇっと……。まあいいや! 気を取り直していこう!」
パンパン、と柏手を叩き、場の空気を直す。それから表情を改めた。
「それじゃあ、陛下。そろそろモーゼル遺跡に行きましょうか」
さすがにロメリアをからかう豪胆は持ち合わせていない。というより、触れてはならないと察したフェイトに、ロメリアが照れたように、そそ、と微笑んでいた。
アルフが、アルベルを見るなり言った。
「そうだな。じゃ、アルベル。アーリグリフ王への連絡は頼むぜ」
まるで買出しにでも行かせるように気軽に言ってのけるアルフを、じろり、と睨んで、アルベルは、ふん、と鼻を鳴らした。ついで、きびすを返す。
「あ! 待ってくださいよ! 団長!」
アルベルの背を追ってナツメが、ネルに返してもらった刀と剣を掴んだ。あたふたと部屋を出る際、アレンやアルフ、それからフェイト達に一礼する。
「それでは、行ってきますね!」
「ああ。怪我のないように、気をつけて行け。それから、あまりノックス団長に迷惑をかけるなよ」
「はい!」
ぴっ、と親指を立てたきり、部屋を去っていくナツメを、心配そうに見送って、アレンがため息を吐いていた。その二人の掛け合いを尻目に、フェイトが微妙な顔で顎に手をやる。傍らからアルフが言ってきた。
「な?」
――母親だろ?
と、続く質問を。
それに、フェイトは無言のまま頷いて。
改めて微笑っているロメリアに向き直った――。