連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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《陳謝》
 本日(2018/8/20 AM8時ごろ)投稿したPA(プライベートアクション)が、本来は十話後のものだったため今後の展開に齟齬が生じることが判明し、先ほど取り下げました。
 最新で追ってくださっている方に、特にご迷惑をおかけしますがご了承くださいませ(なるべく早めに追いつくようにします)。


53.Let's Creation!

 フェイトたちはモーゼル古代遺跡に向かうため、王室専用馬車とともにシランドから交易の町ペターニへと渡った。

 街の西側にある高級ホテル、ドーアの扉でロメリアを休ませた後。

 フェイトは明朝の出立時刻を確認し、控えの客間を出た。

 この宿は一度眠ってしまうと二度と起き上がれない最高のベッドが完備されているが、フロアに一歩出ればきらびやかな内装とすれ違う貴族たちの勿体ぶった会話に巻き込まれて、肩が凝る。

 そう感じるのは、この旅においてフェイト自身に余裕が出来てきた証だ。が、フェイトに自覚はなく、いそいそと人に見つからないようにホテルのロビーを横切っていた。

 

「……あれ?」

 

 ふとそこで足を止めた。

 広々としたロビーの一角で、アレンとアルフが一つの丸テーブルを囲んでいたのだ。

 近づくと、テーブルに置かれた盤面からアレンが顔を上げて、話しかけてきた。

 

「フェイトか。……どうした? 出立までまだ時間がある。休むなら今だぞ」

 

「そうそ。どうせ会談が終われば、バンデーンと戦り合うんだ。そこから先は休憩一切なし。民間人には、ちょっとキツいだろ」

 

 アレンの向かいに座ったアルフは、ちょうどフェイトに背を向ける席にいた。振り返りもせずに言ってくるアルフの肩越しに、丸テーブルの中央に置かれた白と黒の格子盤が見えた。

 

「……チェス?」

 

 黒がアレン、白がアルフのようだ。

 ちょうどアルフの番だった。左手で白のナイトを弄びながら、言っている間に右手で盤上の駒を動かす。対峙するアレンが、一秒もせぬ間に、とん、と黒の駒を動かし返していた。

 一見すれば、ただのチェスだ。

 が――。

 

 とん、とん、とん、とん……

 

 駒を打ち出す速度が、ともに尋常ではない。

 

(速!)

 

 フェイトが思わず、目を丸める。その間に三手、打ち合っていた。

 駒の動きを追っているだけだと、適当に打っているようにしか見えない。しかし、何らかの意図をもって繰り広げられる攻防のさまは、さしづめテレビで見るプロプレイヤーの勝負を早送りにしているような激しさだった。

 

 とん、とん、とん、とん……

 

 目まぐるしく変わる盤面の動きを、フェイトはなんとなく目で追うだけだ。ファイトシミュレータを始めとした、近代ゲームにはまっているフェイトにとってアナログゲームは専門外だった。

 ただアレンもアルフも、見た目以上に集中していることは肌を通して伝わってくる。

 

「……凄い、のか?」

 

「ただの頭の体操だ。大した事じゃない」

 

 アレンが答えてくる。その間も、盤上の駒は動いている。アルフに至っては、盤すらろくに見ていなかった。

 

「本当は盤なんていらないんだけどな。ないと、味気ないだろ」

 

 ナイトをくるくると回しながらアルフが答える。フェイトが不思議そうにしているのがわかったらしい。二つのことを同時進行できるのが、この軍人たちの恐ろしさなのかもしれなかった。

 

「……それで。ガストには会えたのか? アルフ」

 

「まあね」

 

 アレンの問いにアルフが抑揚のない声で答える。と、アレンが不思議そうに視線を上げた。まだ立ったままのフェイトに、空いた席を視線で示す。

 

「座らないのか?」

 

「え? ああ……、お邪魔かなって思ってさ。いいのか?」

 

「アンタに聞かれてマズい話は、反銀河連邦(むこう)の仕事だろ。俺には関係ねぇ」

 

 そう切り捨てるアルフは、このとき不思議とあの狂人の目ではなかった。

 茫洋と、まるで獣が眠りについたような、静かな瞳だ。チェス盤がよく見えるよう、円卓の一角に座ったフェイトが、アルフを意外な顔で一瞥すると、アレンが苦笑して肩をすくめた。

 

「無駄に敵を作りたがる奴なんだ。……すまない」

 

「お前は、無駄に相手を懐柔しようとするけどな」

 

「相手の理解を得る事は、俺にとって無駄じゃない」

 

「そういうこと。俺にとっても、敵を作るのは無駄じゃない」

 

 絶妙なタイミングで切り返すアルフに、アレンが困ったように顔をしかめる。

 そのアレンを見上げて、アルフが眉を上げた。

 

「お前。俺が他人の事で心を砕くような人間に見えるか?」

 

「見えないから困るんだ。……いつも、な」

 

 アレンが長いため息を吐いて、背もたれに身をあずける。アルフが、ああ、と淡白な返事をしてしみじみと頷いていた。どうやら自覚しているが、直すつもりはないらしい。

 

(うわぁ……)

 

 フェイトは思わず口許に手をやった。その時、後ろから、凛とした声が割り入ってきた。

 

 

「随分な言い草ね。流石は、連邦の狂人と呼ばれるアルフ・アトロシャス少尉と言ったところかしら」

 

 フェイトが後ろを振り返る。そこにフェイトと同じ青い髪を、腰まで伸ばした少女が立っていた。

 すらりとした痩身と、利発そうな青い瞳が印象的な美人、マリア・トレイターだ。

 

「マリア……!」

 

 部屋で休むと言っていたマリアがここにいるのが意外で目を丸くする。ようやく駒を弄る手を止めたアルフが、視線を上げた。狂人と言われる所以の、あの狂気の瞳を。

 対峙するマリアも覚悟していたのか、容赦ない指揮官の面を被っている。一瞬にして広がった二人の重苦しい空気に、フェイトは、まあまあ、と両掌を見せて割り入った。

 

「せっかく協力する事になったんだからさ。もっとこう、気楽にいこうよ」

 

「逆だぜ、ラインゴッド」

 

 狂人の光をたたえたアルフが、薄笑いを浮かべながら、ふ、と失笑する。

 

「え?」

 

「協力する事になったから、腹を探り合うんだ。こうやって、なぁ?」

 

 アルフが片目を細めながら同意を求めると、マリアも警戒の色を強めた。和ませるつもりが、一触即発の空気だ。

 慌ててフォローしようと口を開くも、適当な言葉が浮かばない。

 ――その時。

 

 ぱしぃいいいんっっ!

 

 成り行きを見守っていたアレンが、無造作にチェス盤をアルフに投げつけた。

 チェス盤がアルフの顔面に激突し、軽快な音を立てて駒がぱらぱらとテーブルに散っていく。

 空気が止まった。

 

「ぅ、……っ!」

 

 思わず、フェイトが息を呑む。

 静寂。

 チェス盤を投げたアレンが、改めてマリアに向き直った。

 

「すまない。コイツの言う事は、あまり気にしないでくれ」

 

「いや、絶対無理だと思うよ。アレン……」

 

 フェイトはアルフが激突したであろう右頬を押さえて、思わずつぶやいていた。アレンが、問題ない、と即座に答えてくる。横目でアルフを見やれば、彼もやはり頬を押さえながら、じ、とアレンを見ていた。

 

「……なぁ」

 

 声をかけられて、アレンが思い出したようにアルフを見る。

 アルフが言った。

 

「お前、たまに過激だよな」

 

「放っておくと何を仕出かすか分からないからな、お前は」

 

「………………」

 

 アレンのどうしようもないほど素っ気ない態度にアルフが沈黙する。彼はゆっくりと頬から手を離し、なにか考え込むような表情になった。

 

「何度もすまない。トレイター代表」

 

 アルフに代わり、アレンが頭を下げる。その姿に、うちの子が、という語尾が自然とフェイトの脳裡でちらついた。

 

「お前、……ホントに苦労してるんだなぁ……」

 

 しみじみと言うと、アレンが不思議そうに、不審そうにフェイトを見返してくる。

 

「なんの話だ? フェイト」

 

「気にするな」

 

 フェイトは目を細めながらアレンの肩をぽんぽんと叩く。

 自分なら対峙するだけでも一苦労の狂人(アルフ)と、性格は素直そうだが空気を読まない少女(ナツメ)。その二人の面倒を、これまでもアレンは一手に引き受けてきたのだろう。道理で自分と同い年の割に大人びてるはずだ、とフェイトは内心でつぶやいた。

 

 ――分かってやってよ、マリア。

 

 マリアに視線を向けて、ニュアンスを込めて頷くと、マリアは空気が霧散したのを感じ取ったのか、警戒を解いていった。ため息のようなものを零す彼女に、フェイトは何度も頷く。

 と。

 はた、と瞬きを落として、フェイトは思い立ったように手を打った。

 

「そうだ! 皆、暇してるんならちょっと来てくれ!」

 

「え?」

 

 合点のいかない表情でこちらを見る彼等に、フェイトは、に、と笑って、席から立ち上がるなり皆を連れて高級宿を後にした。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

「まったく。陛下まで連れ出すなんて、どういうつもりだい?」

 

 ホテルから出るなり、開口一番にネルが呻く。フェイトは曖昧に笑ってみせた。

 

「ネル。『陛下』と言う者はここには存在しません。……分かっていますね?」

 

 たおやかに、す、とネルを見るロメリアは、意外にも乗り気に、お忍びの服装に着替えていた。どこか嬉しそうな女王に釘を刺されて目を見開いたネルが、背筋を伸ばして申し訳ございませんっ、と早口に謝っている。その所作が、一番目立っていたので、フェイトが更に曖昧な笑みを浮かべたが、フェイト同様、誰もネルをたしなめる者はいなかった。

 というより――。

 

(マリアが完全に臨戦態勢なのは、気のせいかな……)

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら、抑えてはいるものの、鋭い視線を時折アルフに投げるマリアを一瞥する。それに気付いたマリアは、利発そうな目を、ふ、と和らげて、フェイトに向き直った。

 

「それで。結局このメンバーでどこに向かうの?」

 

「ここだよ!」

 

 そう言って、フェイトは足を止めた。高級ホテルの向かいにある、二階建ての店の前だった。看板には『ギルド』という文字が書かれている。

 

「本当はクリフ達も連れてきたかったんだけど、仕方がない! 以前、アレンが言ってたウェルチさんって人に、僕も最近、よくお世話になっててね。せっかくの機会だから、お互いのことを知るためにも体験しといてもらおうと思ってさ」

 

「体験って?」

 

 首を傾げるマリアに、フェイトは「中に入れば分かるよ!」と元気よく答える。

 なにかを察したアレンが、半眼になって尋ねてきた。

 

「お前……まだ諦めてないのか?」

 

「僕、鉄パイプ派だから」

 

 静かに笑うフェイトに、アレンは押し黙った。と。ロジャーが、不思議そうに首を傾げた。

 

「んぁ? オイラも、そんな話聞いた覚えねぇぞ?」

 

「ウェルチさんに世話になったのは、ロジャーに会う前のことだ。……そう言えば、もう結構経ってたんだな」

 

 アレンが感慨深げにフェイトとネル、そしてここにはいないクリフを思い起こして、つぶやく。

 すると傍らのアルフも、ああ、と続いた。

 

「お前が失踪した十日間。俺は倍増した任務で五キロ痩せたぜ」

 

「…………すまない」

 

 思わぬところで衝撃を受けたアレンが、深々と頭を下げる。が、中空を見据えたままのアルフは、あまりアレンの方を気にしていなかった。

 

「ちなみにその時の総睡眠時間、聞く?」

 

「本当にすまなかった、アルフ」

 

 アレンの頬に、だらだらと冷や汗が流れ落ちている。それを暗い眼差しで見下ろして、アルフは満足したようにこくりと頷いた。

 

「ま。とりあえず、今は勘弁してやるよ」

 

「すまない……」

 

 倍は疲れた様子で、肩を落とすアレン。その彼に、慰めの言葉をかける者などここにはいない。

 ロメリアすら要を得ない顔で首を傾げていた。

 

「で? このギルドが何だっていうんだい?」

 

 ネルが両腕を組みながら、話の続きを催促した。

 フェイトはにんまりと笑って、木製の扉を押し開けた。

 

「ネルさんはもう知ってるかもしれないけど。――ともかく入って」

 

 戸を開ける彼に、マリア、ロジャー、ロメリア、ネル、アレン、アルフと続いた。

 外装も木造建築だが、やはり中も木目調の床や壁が目立つ、落ち着いた風情の店だった。白い上下に、白のエプロンとコック帽といった出で立ちの少女や、ねじり鉢巻にハッピ姿の壮年の男性。さらに、こちらは職業がはっきりとしない、何やら柄の悪そうな若者までいる。

 

(何の店?)

 

 マリアが首を傾げながら奥に進むと、カウンターで受付嬢をしている女性が、マリアを見るなり、ぱ、と表情を輝かせた。

 

「クリエイター志望の方ですか?!」

 

「えっ!?」

 

 クリエイター? と口の中で反芻するマリアに、女性は、にこにこと笑う。

 見たところ、十代後半から二十前後の若い女性だ。落ち着いた金色の髪を、左右同じ高さで藍のリボンでしばり、栗色のくっきりとした目鼻立ちから、生き生きとした雰囲気(オーラ)を発している。彼女はエリクール人にしては珍しいデザインの、藍と黒のワンピースを二枚着て、人差し指だけ伸ばした、孫の手ならぬ白い手を先につけた棒を持っていた。

 美人だが、妙。

 それが、マリアの持った第一印象だった。

 

「お久しぶりです。ウェルチさん」

 

 と。

 マリアが対応に困ったところで、後ろからフェイトが名乗り出た。ウェルチ、と名乗った女性が、フェイトを見やる。と、ああ、と表情を輝かせた彼女は、しかし同時に、ん? と小首をかしげた。

 

「新商品の特許申請なら、テレグラフで出来ますよ?」

 

「実は、新しいクリエイターに彼等もどうかと思いまして。……いまからでも認定ってしてもらえます?」

 

「なるほど、クリエイター認定試験ですね。分かりました。ギルドマスターを呼んで来ますので、少々お待ちください」

 

 一礼して、店の奥に入っていくウェルチ。

 途端、アルフが不思議そうにアレンを見た。

 

「クリエイターって?」

 

「しかも試験って言ってたぜ、兄ちゃん! オイラ、対策も何もやってないじゃん!」

 

 ばたばたと手足を動かして焦るロジャーに、フェイトはにっこり笑うと親指を突き立てた。

 

「大丈夫! ありのままのLvが重要だから!」

 

 アレンがふと、なにかを察したように頷いた。

 

「……考えたな、フェイト。確かに、たまには息抜きもいいだろう。皆、楽しんできてくれ」

 

「きてくれ?」

 

 声が被ったのは、ロジャーとアルフだ。両者、心底不審そうな目でアレンを見ると、振り返ったアレンが、意味深に微笑った。

 

「ん? アレンはもしかして、登録すんでるのか?」

 

「ああ。メリルの付き添いをしたときに。お前は登録していないのか? フェイト」

 

「うん。基本的に、僕は雇う側の方が性に合ってたから」

 

「なら、ついでに行ってくればいい」

 

 受付嬢ウェルチが、華やかな笑みを浮かべて戻ってきた。

 

「お待たせしました」

 

 彼女が連れてきたのは、彼女の胸の高さにも満たない、白いひげをたくわえた初老の男性だった。身長の割りに、体重は成人男子よりも重そうな、丸々と太った体躯が特徴的で、愛嬌のある目鼻立ちをした彼は、その頭よりも随分小さい帽子をつまんで、軽くフェイト達に一礼した。

 

「キミ等が志願者諸君かね?」

 

 ぐるり、とフェイト達を一瞥して、ギルドマスターと呼ばれた男性は、フェイトを見上げる。一見して、誰がリーダー格らしい人物か、見破ったらしい。

 話を振られたフェイトは、腰に手を据えながら答えた。

 

「ええ。ちょっと気分転換に」

 

 ギルドマスターはよろしい、とつぶやくと、一つ頷いて講釈を始めた。

 

「知っておるとは思うが……。わが職人ギルドは国からの出資を受け、大陸の文化発展を目指して商品流通と発明品の特許登録を一手に引き受ける巨大流通組織なのじゃ」

 

「何と業界最大手! ナノックスとドラエースが潰れちゃったから。」

 

 傍らのウェルチが持てはやすように相打つ。が、アルフが聞きとめたのは、彼女の絶妙な相槌ではなかった。

 

「なぁ。潰れたって、この業界、つまりもう落ち目なんじゃ――」

 

「我々は志を高く持つ若人の道を遮る門は作っておらん。ウェルチ、アレを渡すのじゃ」

 

 アルフの言葉を完全に無視して、ギルドマスターはウェルチを振り返る。すると、はい、と歯切れよく答えたウェルチが、両手で包んだそれを、マリアに手渡した。

 

「どうぞ」

 

 受け取ったマリアが、首を傾げながらも視線を落とす。

 静寂。

 マリアは、か、と目を見開いた。

 

「これは小型通信機?! も、モニターまで付いてる……!」

 

(うんうん。僕もそこ驚いた)

 

 同じ物を以前ウェルチから渡されたフェイトが、両手を組んで頷く。

 

「そうじゃ。これがあれば離れていても我々といつでも連絡を取ることができるのじゃ」

 

 得意げに頷くギルドマスターを見上げて、マリアは二、三回。ぱくぱくと口を開閉させる。

 ウェルチが、持ち前の明るさと要領の良さで、きびきびと続けた。

 

「私がオペレーターを務めせて頂きます。店頭に並んだ新製品情報や、特許申請の報告、果ては貴方が発明したアイテムの特許申請もこれ一つで簡単に行えるんですよ」

 

「クリエイションを行うなら、街にある工房を自由に使ってくれたまえ。拡張機能や増築も好きにやってOKじゃ。そのかわり自費じゃがな。はっはっはっ」

 

「……はぁ」

 

 とりあえず頷くマリアに、ウェルチは、では、と言い置いた。

 

「皆さんの登録を済ませるために、お名前と、タレントLV認定試験をさせて頂きますね。私がご案内しますので、ついてきてください」

 

「はぁ……」

 

 合点の行かない様子で頷くマリアを筆頭に、一同は、ウェルチがギルドマスターを呼びに使った、店の奥へと入っていった。

 

 

 

 ………………

 

 

 

 小ざっぱりとした店の奥は、しかし、傍に炉があったり、各種機器があったりと、多目的の機材があちこちに、整然と置かれていた。

 そこに一同を連れてくるなり、こちらを振り返ったウェルチは、置かれた機材の一式を示して続ける。

 

「では、まず『料理』タレントLvを見させて頂きますので。皆さん持ち場についてください」

 

 ウェルチに聞いた認定試験とは、物を作る、という『職人ギルド』の看板を背負う一環で、多くのクリエイターを登録する際、そのクリエイターの持つ能力を、ギルド側が正式に把握するために設けられた制度だ。

 というのも、ギルドは職人が作った物を売り込み、全世界へ特許を取るだけではなく、世界が必要としている物作りの職人を、ニーズに合わせて提供するという、就職斡旋の面も存在する。それ故に、新たに加入されたクリエイター候補者の能力を把握することは、ギルドにとって最も重要な項目の一つなのだ。

 

「心配しなくても、出来ないものは出来ないでいい。自分が持っている能力を知ってもらう。それだけの目的だから、気楽にやってくれ」

 

「ただし、タレントLvの高いクリエイターには、当方が責任を持って売り込ませて頂きますので、どんどんガンバってくださいね!」

 

 すでに『観覧席』と書かれている椅子に座っているアレンを横目に、フェイトは腕をぐるぐると回した。

 

「よぉーし! ならソフィア直伝のアレをお見舞いするから、楽しみにしろよ。アレン」

 

「ああ」

 

 厨房に立ったフェイトはふと、暗い表情のまま、やや俯いているマリアに、視線を止めた。

 

「どうかした? マリア?」

 

「……何でもないわ」

 

 首を横に振って、颯爽と髪を払うマリアに、フェイトは不思議そうに首をかしげた。彼の隣では、クリムゾンブレイドと呼ばれる女性が、拳を握り締めて、鋭い視線をフェイトに送ってくる。

 

「……アンタ、こんなくだらない事に陛下を……!」

 

「ネル。陛下という方はここには存在しない。そう言った筈です」

 

「はっ」

 

 殴りこみをかけようとするもロメリアに止められ、ネルは渋々ながらも拳を下ろした。そのロメリアに、フェイトに代わってアレンがすまなさそうに笑う。するとロメリアも、ゆっくりとアレンに頷き返し、ウェルチに向き直った。

 

「すみませんが、私は彼等の旅に一時的に同行している身。認定試験のほどは辞退させていただきます」

 

「分かりました。では、そちらへおかけ下さい」

 

 そう言って、アレンの隣を示すウェルチに、ロメリアは、そそ、と微笑んで、腰を下ろした。

 と。

 フェイトと同じく、認定試験に大人しく参加したアルフが、厨房を物色している。彼はすり鉢に目を留めて、不思議そうに首をかしげていた。

 

「これって、何に使うんだ?」

 

 アルフの厨房の隣には、ロジャーがいる。およそ流し台よりも背の低いロジャーは、不便そうにわたわたと動きながら、それでもアルフが指す、すり鉢を見上げて、えへん、と胸を張った。

 

「ゴマをするのに使うじゃん!」

 

「ふぅん」

 

 頷いて、興味が失せたのか、すり鉢を隅に置くアルフ。次に取り出したのは、ピーラーだった。

 

「これは?」

 

「皮むき機じゃん! ……兄ちゃん、そんなことも知らないのかぁ?」

 

 にや、と笑って腕を組むロジャーに、アルフは不思議そうに首をかしげると、

 

「お前はよく知ってるね」

 

 素直に頷くアルフに、気をよくしたロジャーが、当然じゃん、と得意げに笑っている。そのやりとりを眺めながら、アレンが長い、ため息を吐いた。

 

「どうかされましたか?」

 

 問うロメリアに、アレンが少しだけ視線を上げて、いえ、と首を横に振った。

 

「……そう言えば、包丁はおろか、台所に立たせた事はなかったと……」

 

「飯はお前担当だろ」

 

「掃除した事あったか、お前」

 

 事もなく言ってくるアルフに、アレンがため息を吐く。

 もっとも、都合の悪い事は聞かないのが、六深基地の連邦軍人だ。

 

(まともな物を作れとは言わない。……だが、せめて食える物を作ってくれ)

 

 アレンは一抹の不安を抱えながらも、今まで起こしたナツメとアルフの奇跡を思い出して、アレンは遠い目をしていた。

 しかも今回は、気になる相手がアルフだけではない。

 少し視線をずらせば、どこからか、自前のエプロンとコック帽を被ったロジャーが、やる気を漲らせて包丁を握っている。

 

「その前に、怪我の心配か」

 

 つぶやくアレンを余所に、審査員兼進行係のウェルチが高々と叫んだ。

 

「では。クリエイション、スタート!」

 

 部屋の隅で、ギルドマスターが自分と同じくらいの身長の銅鑼を鳴らす音が響いた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

(えぇっと、確かここは卵白を泡立たせてメレンゲを……)

 

 以前、ソフィアと一緒に作ったケーキレシピを思い出しながら、フェイトはあくせくとボールに入った卵白と砂糖を、メレンゲ状に泡立たせる。

 当然、この場に文明の利器などない。完全に手作業だ。

 慣れない手つきで、いつもなら見ているだけでソフィアが勝手に進めていく工程を、思い出しながら作業する。

 

「あ、そっか。バター溶かさないと……」

 

 途中、思いつきに近いタイミングで要領悪く事を進めてしまうのも仕方がない。

 作る機会は多くとも、真面目に取り組んではこなかったためだ。

 

 そうして、数分後。

 

「よし、こんなものかな?」

 

 フェイトは満足そうに頷いた。大体の感じで作ったスポンジらしきものに、バニラエッセンスを入れて香りを――

 と。

 つぶやきながら、始めに用意しておいた生クリームに手を伸ばした、その時。

 

 ぼぉおんっっ!

 

 傍らで、くぐもった音とともに鍋が爆発した。

 

「!?」

 

 びく、とそちらを振り返った一同が、何事だ、と目を瞠る。アルフを除いた誰もが、思わず手を止めた瞬間だ。すると、鍋をかき混ぜていたマリアが、片手におたまを持ったまま、固まっていた。

 盛大に飛散した油が、容赦なくキッチンを汚している。爆発源はマリアがかき混ぜていた鍋の隣――揚げ物用鍋のようだ。100℃近い熱油が、マリア自身には降りかからなかった事が幸いだった。

 

「だ、大丈夫か!? マリア!」

 

 慌ててフェイトが駆け寄る、ところで、うず高く食器を積んだロジャーが、あ、と足を滑らせた。フェイトの背後で妙な気配がする。

 

「お?」

 

「へ?」

 

 振り返ったフェイトの表情が、固まった。

 気づけば、彼の前にうず高い食器の群れが――、

 

 がっしゃぁあああああんっっ!

 ぱりぃんっ……!

 

 頭を鈍器で殴られたような衝撃が、フェイトの頭に走った。

 

「フェイト!」

 

 遠くで、アレンの声。ロジャーが転げた先にいたフェイトは、大量の食器を頭から被ったのだ。容赦なく、割れる皿が、甲高い音を立てて四方に散っていく。それだけならまだしも、割れた拍子に欠けた破片が、凶器だった。

 

「いっ、っった!」

 

 声にもならない声を上げて頭を抱えるフェイトに、食器を盛大にぶちまけたロジャーが、あわわわ、と動転していた。

 さすがに日々、兼定の脅威に晒されているフェイトに、深刻な怪我はない。それでもフェイトは衝撃の所為でくらくらする頭を押さえると、目の前でオロオロと視線をさ迷わせているロジャーをじろり、と見下ろした。

 

「ロ・ジャ・ー……!」

 

「ぎくっ!」

 

 叫んだロジャーが、顔を引きつらせて、びし、と背筋を伸ばした。

 フェイトが指の関節をパキポキと鳴らす。ロジャーが、ひぃい、と表情を引きつらせた。

 その二人の様子を、アレンはため息混じりに見据えて、す、と右手に紋章力を集中させた。

 床に散らばった砕けた皿と、ついでにフェイトの頭にできたたんこぶに、白い光が宿る。皿はまるでビデオを巻き戻すように、ふわり、と宙に浮かび上がり、散った破片を収集して元の姿へと戻っていく。アレンのイメージ通り、白く、丸い姿に。

 それらはまるで意志を持つ生き物のように、宙に浮かび上がると、アレンが戸を開けるのを見計らって、規則正しく食器棚の中へ収まっていった。

 

「こんなものか」

 

 元通り片付いた食器棚を見据えて、アレンがつぶやく。と。その間にぼろ雑巾のように見る影のなくなったロジャーが、フェイトの足元に転がっていた。

 

「マリア!」

 

 そんなロジャーを、とどめ、と言わんばかりに蹴飛ばして、フェイトがマリアの下へ駆けて行く。それを、頭の痛い思いで見届けて、アレンは一応、大丈夫か、とロジャーに問いかけた。

 ぼろ雑巾のロジャーが、ニヒルな笑みを浮かべて、ぐ、と親指を突き立てる。

 が、

 力尽きた。

 それを困ったように見下ろして、アレンは頬を掻きながらフェイトを振り返る。と、鍋を爆発させたマリアの下に走ったフェイトが、すかさずコンロの火を消していた。

 

(冷静な判断だ)

 

 それに、こくり、と頷くアレン。

 そんなアレンを置いて、フェイトはマリアの傍まで行くと、固まったままの彼女の肩を、ぽん、と叩いた。精一杯、優しい笑みを浮かべて。

 

「無理するなよ、マリア」

 

 優しい、というより、無駄にまぶしい笑みだ。

 マリアに反論を許さない、悟りの目かもしれない。それを困ったようにマリアは見返して、

 

「でも、コロッケが……」

 

「いいんだ、無理しなくて。ね? マリア」

 

 言って聞かせるフェイトに、マリアは数瞬の逡巡の後、小さくため息を吐いた。包丁を置いて、諦めたようにつぶやく。

 

「そうね……。確かに慣れない事をやろうとしても、上手くはいかないわ」

 

「そうさ! まだまだ先は長い! 僕等はこの料理という関門を、全面的に無視しようじゃないか!」

 

 チョット飽きてきたし、と胸中で付け足して、がっ、と拳を握り締め力説するフェイトに、マリアは迷っているような、戸惑っているような表情を見せながらも、仕方ないわね、とつぶやいた。瞬間。ガッツポーズを取るフェイト。それをマリアには見られないよう、完全な死角でやっているところが流石だった。

 と。

 

「えっと……。つまり、もう料理は終わりってコトかい? こっちはもうすぐ出来上がるんだけど」

 

 かぽ、と大型の鍋に蓋をして、フェイトの返事を待つネルが、首をかしげる。

 瞬間。

 倒れていたロジャーが、ざっ、と立ち上がった。

 

「おねいさまの手料理!」

 

「!?」

 

 思わず、目を丸くしたのはアレンだ。

 完全にフェイトにのされたと思っていたロジャーが、気絶したどころか、ぼろ雑巾姿であるにも関わらず、颯爽と立ち上がっている。

 クリフがいたなら、奴はゾンビか、と洩らしてくれただろうが、残念なことに、かのクラウストロ人は今、アーリグリフだった。兼定を相手にする時の、フェイトの不死身ぶりほどではないが、ロジャーがピカピカと輝いている。

 ウェルチはトコトコと、ネルの傍まで歩いていくと、透明な蓋越しに鍋の中身を見て、わぁ、と歓声を上げた。

 

「この香ばしい香り、これは期待が持てますね!」

 

 その台詞に、フェイトとアレンが、目を丸くした。驚いたようにネルを、というより意外そうにネルを見る二人に、視線を向けられた当人が、目を細める。

 

「……何? 私が料理出来ると、不満かい?」

 

「いや……」

 

「ちょっと意外だな、って思ってさ」

 

 言って、共に視線をずらす二人を睨んで、ネルはふと、手元の鍋に視線を落とした。

 

「そろそろいいね」

 

 つぶやく彼女が、蓋をどける。白い蒸気が鍋から躍りだし、ウェルチの言うとおり、香ばしい香りがフェイトのところまで届いてきた。

 

(えぇっと、僕もちょっと興味あるかも。ネルさんの手料理)

 

 そぅ、と首を伸ばしてネルの厨房を覗き込んだところで、ロジャーの隣の厨房が、燃え上がった。

 文字通り。

 

「……火力弱ぇな。よし」

 

 つぶやいたアルフが、拳を握ると同時、は、と振り返ったアレンが、切羽詰った様子で叫んだ。

 

「止せっ! アルフ!」

 

 だが、そのアレンの制止よりも早く、アルフはそれを振り下ろしていた。

 

「バーストナックル」

 

 ズガァアアアンンッッ!

 

 壮絶な、爆発音。

 一瞬、赤く染まった視界に、棒立ちになったウェルチが、え、と表情を固まらせた。

 バーストナックルの余波が、凄まじい風圧を生んで、彼女の髪を後ろに引っ張っていく。

 それも、ただのバーストナックルならば、まだこうは行かなかったかもしれない。だが、かの狂人は、どこで得た知識か知らないが、フライパンにワインを入れる、という高等テクニックを覚えていたらしく、

 

「ぎゃぁあああああ……!」

 

 隣の厨房にいたロジャーを巻き込んで、その場全体を激しく炎で包んだ。明らかに天井をつく炎が、視界を黒く、赤く染め上げる。

 瞬間。

 

「ディープフリーズ!」

 

 一瞬で紋章を編み上げたアレンが、火炎放射のようなフライパンに向かって氷の紋章術を叩き込む。

 

 じゅわっっ!

 

 圧倒的な質感を持った炎と氷が、正面から衝突した瞬間。空気の塊、とでも言うべき水蒸気が、ぼふんっ、と音を立てて霧散した。

 一番遠い厨房からの水蒸気であったにも関わらず、審査員席で座っている、ロメリアの髪がなびくほどの、風。

 

「……やはり」

 

 その風を一身に受け止めながら、しかしロメリアは、その風より、爆発よりもアレンの紋章術に目を留めていた。

 シランドで、アレンがアドレーと手合わせた時から思ったのだ。

 

 彼は、詠唱をしない、と。

 

 勿論。皆無というわけではないが。

 紋章力の流れを『物』として見ることが出来るロメリアだからこそ、アレンの術構成は異物だった。

 砂場で城を作るのに、普通の人間は砂を集め、山を作ってから、城の形に整える。

 だが、アレンの場合。砂場から、砂城が生えてくるような現象が起こるのだ。

 まるで生き物のように。

 

「よし」

 

 一番遠い厨房から、アルフの満足げな声が響いた。彼の足元で、がほっ、とロジャーが黒い煙を吐いているが、まったく気にしていない。アルフは何故か、爆心地にいたにも関わらず、まったくの無傷で満足そうに頷いた。

 彼の頭上では、先ほどの炎上で黒くなった天井が、痛々しい姿を晒している。

 

 ――そして、試食。

 

 居並ぶ五人の料理人によって作られた、一種独特の作品達を見下ろして、ウェルチは、うげっ、と胸中で呻いた。

 五作品の内、二品。明らかに食べ物でないものが混じっている。

 それを肝の冷える思いで見下ろして、ウェルチはアレンに耳打った。

 

(これは……、さすがにちょっと……)

 

「………………」

 

 そのウェルチと同じく、それらの品々を見下ろして、アレンも緊張した面持ちだ。

 勿論、こんな品をロメリアに食させるわけには行かず、故に審査員はウェルチとギルドマスター、そしてウェルチの熱い要望で、アレンという構図になっていた。

 とりあえず、安全そうなものから手をつけることにする。

 

「そ、それじゃあ認定試験を始めますね……!」

 

 ぎこちない笑顔で笑うウェルチに、フェイトも参ったなぁ、と頬をかきながら笑う。

 長年、ソフィアと共にお菓子作りをしてきたため、彼女がいないとこうも上手くいかないのかと、先ほど痛感したばかりだ。

 とりあえず、完成させたことは完成させたのだが――。

 

 フェイトの作った品は、デコレーションケーキだった。

 

「おぉ! 見た目がキレイじゃの!」

 

 嬉しそうにつぶやくギルドマスターに、ウェルチも期待が高まっているのか、そうですね、と笑顔で返している。その間に、デコレーションケーキを八つに切り、その三片を三枚の皿に乗せたウェルチは、どうぞ、とそれをギルドマスターとアレンに手渡した。

 

「ありがとう」

 

 早速、フェイト作のデコレーションケーキに、フォークを入れるアレン。瞬間。ぴくり、と何かに勘付いたアレンが、目を細めたが、彼はそこでは何も言わず、食べやすい大きさに切ったそのケーキを、フォークで突き刺した。

 

「パサッパサじゃの」

 

 傍らで、ギルドマスターがケーキの断層、スポンジを見て、残念そうな声を上げる。それにウェルチも、こくりと頷き返して

 

「それでは、頂きますね」

 

 彼女がフェイトに断ると同時。審査員の三人は、それを口に運んだ。

 途端。

 

 電流が、審査員達の全身に走った。

 

「……か、らいっっ!」

 

 思わずフォークを引き抜いたウェルチが、眉をしかめて呻く。と、同時。傍らのギルドマスターが膝を叩き、ごほごほっ、と咳き込んでいた。

 一瞬にして、二人の審査員が秒殺された瞬間だ。

 そんな中、

 

「塩と砂糖を間違えてるな。……ちゃんと確認したのか? フェイト」

 

 もぐもぐと普通に食すアレンが、フェイトを見上げる。途端。え? と表情を固まらせたフェイトに、アレンは納得したように、こくりと頷いた。

 

「それと、泡立てが足りないんだ。卵白を泡立てる時は、ちゃんと角が立つまで混ぜる。まあ手動だと大変だが」

 

「……ああ!」

 

 ぽん、と手を打って頷くフェイトの視界の端で、ウェルチとギルドマスターが何か言っていたが、フェイトは敢えてそれを無視した。

 

「そういえば、そんなコト。ソフィアも言ってたっけ?」

 

「よく作ったのか? 二人で」

 

「うん。まあね」

 

「そうか」

 

 つぶやいて、小さく笑うアレンに、フェイトもつられて笑う。こういう風に、以前の自分を認められるのは、フェイトにとって嫌な気分ではない。

 まるであの頃に、戻れたようで。

 

(や、やりますね……。彼……!)

 

(うむ。この、突き抜けるような絶妙なマズさを、物ともしておらぬ……!)

 

 口直しの紅茶をすするウェルチとギルドマスターの顔は、渋い。一気に近い速さで紅茶を飲み干し、最早、二口目を口に入れようとする気配すらない。

 

「では! 次の商品に移りますね!」

 

 それでも営業スマイルを忘れないのが、ウェルチ・ヴィンヤードという女性だ。

 続いてやってきたのは、マリア作・カレーライスだった。

 

「本当は、上にコロッケを乗せようと思ったんだけど……」

 

 つぶやく彼女に、アレンが問いかけた。

 

「もしかして、コロッケを一度冷やしたのか?」

 

「え? ……ええ。その方が、衣がしっかりつくってマリエッタが……」

 

 不思議そうに首を傾げる彼女に、アレンは納得したように頷いて、それから続けた。

 

「高温の油に、低温のコロッケを入れたから鍋の中でコロッケが爆発したんだ。衣を馴染ませるのに一度冷やすのは正解だが、凍らせたのがマズかったな」

 

「なるほどね。参考にさせてもらうわ」

 

 頷くマリアに、こくりと頷き返してアレンはウェルチを見る。と、少し不安げなウェルチが、しかし営業スマイルは崩さないまま、告げた。

 

「で、では! 二品目、試食しま~す」

 

 額に汗。それでも、カレーライスを少しだけすくい上げるウェルチ。確かに見た目は悪くないが、フェイトのこと、そしてマリアが鍋を爆発させた事実に、さすがに慎重になっている。

 さっ、と視線を左右に振った彼女は、先にアレンとギルドマスターの様子を探ってから、食べることにした。

 ギルドマスターが、スプーンに乗ったそれをぱくりと含む。

 瞬間。

 

「あんまいっっっっ!」

 

 ぱんっ、と膝を叩くギルドマスターを視界の端に、アレンも困ったように首をかしげた。もぐもぐと、よく口の中で吟味して、

 

「……チョコレートの味が濃いな。それとクリームに……きな粉?」

 

 ただ甘いだけではない。最早、クドいレベルだ。それも、調和の取れたクドさならば、甘党のギルドマスターもどうにかなっただろう。だがこの場合、カレー本来の風味を完全に押し殺して、甘さは不気味なものへと変貌している。それがご飯と共にあるのだから、不味さも更に倍増だ。

 

「カレーに甘いものを入れると美味しいって、マリエッタが……」

 

 不安げに言葉を切るマリアは、ギルドマスターとアレンの反応が、とてもうまいものを食している反応と思えなかったためだ。

 そんな、少しでも自分の料理をうまいと勘違いしたマリアのカレーを見下ろして、アレンは納得したように頷いた。

 

「そうだな……。ちょうど十人前のカレーの量に、一欠けら。チョコレートを入れるなら、それで十分だ」

 

「そうなの!?」

 

 意外そうに目を瞠るマリアに、ああ、と頷き返して、アレンはまだ、激甘カレーに口をつけていない、ウェルチを振り返った。

 

「どうしたんですか、ウェルチさ――」

 

「さあ! 次の商品にいきましょう!」

 

 強引にアレンを退かせて、ウェルチは次の作品に移る。

 次は今回の目玉、兼、安全作。ネルのグラタンだ。

 適度に焦げたグラタンの表面から、ほこほこと沸きあがる湯気が、何とも美味しそうな香りを運んでくる。

 

「これは期待できそうですね!」

 

 口の中で、ようやく、と付け足して、ウェルチは上機嫌にスプーンを手に取る。と、ネルが粉チーズを、とん、とテーブルの上に置いた。

 

「そのままでもいけるんだけどね。一応、これをつけた方が、味が落ち着くかと」

 

「おぉ! 嬉しい心配りじゃの~!」

 

 更に口直しに含んだ紅茶で、激甘カレーの名残を追い払ったギルドマスターが、心底嬉しそうに頷く。端に控えていたロジャーが、じ、とアレンを見上げた。

 

「兄ちゃん、兄ちゃん! オイラにも! オイラにも一口くれよ!」

 

「ああ」

 

 その彼に笑い返して、アレンは皿のグラタンを半分、別の皿に移動させた。それをロジャーに手渡して、

 

「ありがとな! 兄ちゃん!」

 

 感涙するロジャーに、大げさな、と苦笑した。傍らからフェイトが、ロジャーを押し退ける。

 

「あのさ。ボクも興味あるな。ネルさんの料理」

 

「そうか」

 

「それでは、いただきますね!」

 

 アレン用のグラタンをさらに細かく取り分けて、ウェルチの合図で、フェイト、ロジャー、アレンはグラタンを口に含んだ。

 

「あ……! ホントだ! グラタンだ!」

 

 クリーミーさ。ほどよいマカロニの硬さ。

 意外そうに顔を上げるフェイトに、ネルが複雑な表情で、まあね、と答えた。アレンも味わいながら、こくりと頷いている。

 

「ああ。ここまで作れるとは、大したものだ」

 

「旨いっ! こいつは旨すぎる~っ!」

 

 ちまちまと、大事そうにグラタンを食べながら、ロジャーが体を震わせて感動している。それを呆れたように、というより、戸惑ったように見据えて、ネルは小さく苦笑した。

 

「大げさだね、アンタ達」

 

「そんな事ありませんよ。グラタンなんて、誰でも作れるってわけじゃ……」

 

 フェイトが答えている間に、ロジャーの傍にいたアルフが、不思議そうに首をかしげた。

 

「そんなに旨いの?」

 

「オイラの生涯に、悔いはないじゃんっ!」

 

 即答するロジャーに、ふぅん、と頷いて、アルフは横合いから、アレンのグラタンをぱくついた。

 もぐもぐと、口の中でよく味わって。

 アルフは不思議そうに、首をかしげた。

 

「……ん? これならまだお前の方が――」

 

「それで。次の料理は誰なんだ?」

 

 問うアレンに、グラタンを食していたウェルチとギルドマスターの手が、止まった。

 五作品中、二作品。

 明らかに食べ物ではない品が、残りの二つだったためだ。

 名残惜しそうにグラタンを一気にかきこんで、ロジャーが自信満々に料理を持ってきた。

 

「オイラの料理じゃん!」

 

 ロジャー特製、ジャンボギョウザ。……を目指したもの。

 長さ二十センチほどの巨大なそれは、恐らく、ロジャーの夢を反映したのだろう。皿の上に置かれた塊が、彼のイメージとはかけ離れた所で具現化され、禍々しいオーラを惜しみなく放っていた。

 

「まるでオブジェね」

 

 顎に手をやって、神妙な面持ちでつぶやくマリアに、ウェルチやギルドマスターも冷や汗混じりに頷く。その彼等を視界の端に、まるで巨大マグロが横たわっているようなギョウザにナイフを入れたアレンは、とりあえず食べやすい大きさに切り分けた。

 

「……焼き足りないな」

 

 ナイフに引っ付く、伸びる皮を見ながら、冷静につぶやくアレン。その彼の指摘通り、ジャンボギョウザは外見こそ焼けているが、中の具材は生だった。

 早くも危険、と察したギルドマスターとウェルチが、同時に頷いて、アレンを見る。

 審査を、彼に託した証だ。

 それにやや苦笑しながら、アレンはそれを口にした。

 

 ……くらり、

 

 最初、彼を襲ったのは浮遊感だった。思わず拳を握り、俯くアレン。

 

「お、おい!?」

 

 慌ててフェイトが駆け寄ると、だらだらと大量の脂汗をかいたアレンが、それでも必死に、口に入れたモノを噛もうと顎を動かしていた。

 

「よ、よせって!」

 

「……あり? 兄ちゃん?」

 

 足元でロジャーが、ミスったかな?と首を傾げている。

 ネルとマリアが、ジャンボギョウザをあらためてみると、アレンが切り分けた切り口から、つぅん、と饐えた臭いがやってきた。

 食物が腐って酸っぱくなったときの、あの臭いだ。

 

「な、何? 一体何なの? これ?」

 

 思わず顔をしかめ、つぶやくマリアに、思案顔のネルが慎重に答える。

 

「恐らく、鯖だね。……ロジャー。アンタ、これ作るのに魚も使ったのかい?」

 

 問われて、様子のおかしいアレンと、問いかけてきたネルを交互に見やったロジャーがたらたらと冷や汗をかきながら、頷いた。

 

「ま、マズかったかな? おねいさま?」

 

「切り身で出したんなら、まだマシだったろうけどねぇ……」

 

 言って、ジャンボギョウザを見るネルは、そこに明らかに、鱗が混ざっているのを見つけていた。

 恐らく、アレンも食べる前に気付いただろうが――

 

「こほっ、ごほごほっ……!」

 

 咳き込むアレンを尻目に、ネルはふるふると首を横に振った。

 

(それでもこれを飲み込むだなんて……アンタ、大したモンだよ)

 

 思わず、顔を背けたくなるような異臭に、めげもせず。

 本格的に危険な咳を始めたアレンに、フェイトはすかさず水を持っていった。ソレを無言でつかみ、一気に飲み干すアレン。カンッ、とテーブルに叩きつけるようにコップを置いた後も、まだ戦いが続いているのか、顔を上げないアレンが、落ち着くのを待ってから、ついに、それは運ばれてきた。

 五作品中、最後の品。

 アルフの作品、原始肉だ。

 

「遠慮せずに食え、アレン。ちょっと黒いが、まあ、大丈夫だろ」

 

 久しぶりに満足そうに、無邪気に笑うアルフ、とは視線を合わせず、アレンはありったけの水でどうにか立ち直った喉で、ああ、と小さく頷いた。

 目の前に置かれたそれを、じ、と見据えて、アレンはテーブルに置かれたナイフとフォークを、アルフの作品に入れる。と、通称、消し炭と言われるそれは、カキッと硬い音を立てて二つに割れた。

 明らかに黒焦げ。

 だが、完成された料理、それも失敗作などというものは口にした事の無いアルフは、素材が食べられるものだからと、あまり事の重要性には気付いていないようだった。

 

「……元は肉か何か、か? これは」

 

 口に運ぼうとしたところで迷いが生じたのか、フォークに刺さった炭を見据えて、アレンが問いかける。するとアルフは、ああ、と事もなく頷いた。

 

「そうか」

 

 頷き返して、炭を見下ろすアレン。ウェルチとギルドマスターが、神妙な面持ちで見届けている。

 

「よ、よせって……。明らかにソレ、もう――」

 

 ふるふると首を横に振るフェイトに、足元のロジャーも、兄ちゃん……、と悲壮感を漂わせながらアレンを見ている。その二人に、アレンは静かな視線を返して、

 

 ぱく……っ、

 

 炭の一欠片。およそ二センチ角を口に含んだ。

 瞬間。

 か、と目を見開いたアレンがしかし、めげずに二、三。噛み砕く。その度、カリッ、ゴリッと不気味な音が響いた。

 明らかに、硬い音。

 マリアすらも気の毒そうにアレンを見守る中で、当のアルフは、ようやく事態の異常に気付いたのか、不思議そうに首をかしげていた。

 

「あれ? 肉って、そんな音だっけ?」

 

 口に入れると柔らかく、舌に蕩けるようなステーキ、しか知らないアルフは、しかし、焼く、という工程を経たのに不思議だな、と合点のいかない表情を浮かべている。

 

「…………っ!」

 

 だんっっ!

 

 凄まじい勢いで、アレンが拳でテーブルを押し叩いた。どうやら、噛んでいる内に顎の筋肉が麻痺し、嚥下しようとして――詰まったらしい。

 

「アレン!」

 

「兄ちゃん!」

 

 ば、と立ち上がったフェイトとロジャーが、無駄に悲壮感を漂わせながら、もう見ていられない、とバケツを持って駆け寄る。

 アレンは顔を俯けたまま、ごほごほっ、と咳き込んでいた。

 

「もうペッしちゃえって。な?」

 

「そうだぜ、兄ちゃん! もう顔真っ青ジャン! やめとけって!」

 

 ぐぅうう、と力強く握られた、アレンの右手が、汗をかいている。が、どうにかこうにかその炭を飲み込んだアレンは

 

「た、だの……炭じゃ、ない……っ!」

 

 かすれた声で、つぶやいた。

 途端。ぽんっと手を叩いたアルフが、合点のいった様子で頷く。

 

「なるほど。塩と胡椒。やっぱ入れすぎたのか」

 

「……ちなみに、どれくらい入れたんだい?」

 

 問うネルに、アルフは事もなく答えた。

 

「瓶一本」

 

 それが、聞こえたのかどうかは知らないが――。

 アレンの意識は、既になかった……。

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