連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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55.バール遺跡

 研究室を出て、さらに遺跡を奥に進むと、壁一面に竜の顔を模したレリーフが現れた。

 前方と左右。それぞれ、表情の違うレリーフが三枚ある。中でも、真正面にある竜の怒りのレリーフは、左右の側道に繋がるレリーフの二倍ほどの大きさで、まさにフェイト達を睨み下ろすような威圧感があった。

 

「いかにもって感じのレリーフだな」

 

 それを見上げて、クリフがつぶやく。

 

「そうね」

 

 後ろにいたマリアも、こくりと頷いた。正面にあるレリーフの脇に、石版がある。それに気付いてネルが近づくと、思わせぶりな箇所が見つかった。

 

「これは……、ドラゴンロアーのようだね」

 

「ドラゴンロアー?」

 

 つぶやくネルに、アレンが首を傾げる。と、頷いたネルが端的に答えた。 

 

「竜の言葉をヒューマンにも分かるように記した文字さ。と言っても、ドラゴンロアーを操るほどの長命な竜は、人語を解す事が多いと言われている。だから、実際には目にする機会の少ない文字だね」

 

「つまり、ここのレリーフはあそこで研究をやってた連中が仕掛けたわけか」

 

 竜の怒りのレリーフを見上げてつぶやくクリフに、ネルは恐らくね、と返して、石版に目を落とした。

 

「『十字の中心に竜の頭蓋をささげよ。竜のレリーフは例外なく友の声を求めるもの也』か……。さて、これが何を意味するものなのか……」

 

 腕を組むネルに、フェイトも首を傾げた。

 

「竜の頭蓋って……あの部屋の白骨のことかな?」

 

「かもな。が、どうする? やっぱ、これまでと同じように、レリーフごと斬っちまうか?」

 

 問うクリフに、アレンはそうだな、とつぶやいて兼定に手をかけた。

 ところを、

 

「待て」

 

 アルフが制した。

 抜刀姿勢に入りかけたアレンが、振り返る。すると、かの狂人は真面目な表情で首を横に振った。

 

「さっきの一回目、二回目と。俺が制止する前に、無情にもレリーフが切られたが、今度はそうはいかない。諦めて遺跡の仕掛けに従ってもらうぜ、アレン」

 

「素直に『兼定の切れ味を見たくない』って言った方が伝わるんじゃないですか? アルフさ――」

 

 横槍を入れてきたナツメの頭を、がっ、と鷲掴んで、宙吊りにして黙らせると、アルフは真面目な表情のまま、アレンを見据えた。兼定に手をかけたアレンが、呆れ顔で見返してくる。が、アルフは気にせず、やはり真面目な表情で続けた。

 

「未開惑星の貴重な遺跡を、そうそうぶち壊すなよ。バンデーンじゃあるまいに」

 

「事が済めば、ちゃんと紋章術で直す」

 

「味気ってもんがねえだろ。それに仕掛けた研究員の意図ってのも気になる」

 

「今は時間が惜しい」

 

「急がば回れって言わないか?」

 

「光陰矢の如し、とも言うな」

 

「諦めろ」

 

「お前がな」

 

「…………」

 

「…………」

 

 くん、と小さな音を立てて、レーザーウェポンの鯉口を切られる。瞬間。甲高い金属音が響いた。斬線が、フェイトに見えたわけでは無い。が、気付けば、レーザーウェポンと兼定、両雄の鍔迫り合いが始まっていた。

 否。

 正確には、紙の如くあっさりと斬られたレーザーウェポンの刃が、遺跡の床を叩いて、何とも空虚な音を奏でた。

 鍔迫り合いが出来たのは、ほんの一秒程度のもの。

 それを視界に入れずに、アルフは、じ、とアレンを見据えて、美麗な相貌を不満そうに歪めながら、失笑にも似たため息を吐いた。無造作に、落ちたレーザーウェポンの破片を拾い上げる。

 

「このレリーフの気持ちは、俺も良く分かるつもりだぜ。アレン」

 

 見事に両断されたレーザーウェポンの、刃先を見下ろして、アルフがつぶやく。が、応えるアレンは、容赦が無かった。

 

「いまはバンデーンの対処が先だ」

 

 あっさりと切り捨てる。が。アルフはめげずに口端を歪めた。

 

「だったら、俺の剣をその腰に差してる方ので止めてみな。そうしたら、レリーフを切らせてやる。――ちょうどお前は、この間のなんたら神殿でぶっ倒れてるしな。ちゃんと動けるか確かめとかねえと」

 

「……聖殿カナンだ、アルフ」

 

 アレンのブロードソードを指すアルフに、小さなため息を吐いて、アレンは観念したように兼定を鞘に納めた。

 

「ナツメ、頼む」

 

 そう言って、兼定を渡され、ナツメは慎重にそれを受け取った。

 

「重いぞ、気をつけろ」

 

 アレンが手を離す寸前、忠告されて、ナツメは得意げに頷いた。腕力には自信がある。実際、彼女は並みの成人男子よりは遥かに卓越した筋肉を要する人間だった。

 が。

 

 ……ずし、

 

「ほぇ!?」

 

 両腕にかかる相当な重みに、思わず、兼定を取り落としかけた。それを慌てて両手で持ち直して、ナツメはよろめきながらも兼定を持つ。

 人一人を抱えるよりも、よほど重く感じられた。

 

「…………」

 

 それを視界の端で見届けて、アレンはアルフに向き直る。そしてブロードソードに手をかけた。アルフが、得心が言ったように二、三。続けて頷く。

 

「じゃ、行くぜ」

 

「……来い」

 

 腰を落として、迎撃体勢に入るアレン。

 

「…………」

 

 一同に沈黙が降りた。

 皆が皆、ただの遊戯の中にも、二人の軍人の壮絶な剣技に興味を示している。じ、と目の色を変えて睨む。――マリアとナツメを除いて。

 

「ああ、また始まった……」

 

 呆れたように、ため息を吐くナツメを横目で一瞥し、マリアは首を傾げた。ただならぬ皆の緊張を読み取って、少し真面目に、二人の軍人に目を向ける。

 アレンが、まず(ブロードソード)を抜き払う。

 向かいのアルフが、切られた刃先をレーザーウェポンの根に合わせる。同時。切られた刃先とレーザーウェポンの根が、すぅ、と繋ぎ合わさった。

 アルフが、何かしたわけではない。

 兼定とアレンの剣技が、それだけ見事なのだ。

 レーザーウェポンの金属構成を、少しも崩さずに切り落とした――。それに、マリアが気付くよりも先に、アルフが仕掛けた。

 ――先手は、アルフの疾風突きだ。

 

 ズドンッ!

 

 レーザーウェポンを寝かせ、凄まじい勢いでアルフが踏み込む。直後。アルフは、は、と瞬きを落とした。

 アルフが踏み込むと同時、アレンが跳躍している。

 

「げ」

 

 その真意に気付いて、アルフが頭上を警戒。その時には既に、上空に飛んだアレンが

 

「ソードボンバー!」

 

「……汚ね」

 

 (ブロードソード)を横に一閃させ、アレンは凝縮した『気』を炎に変えて放っていた。アルフの上半身と同じ大きさの火炎球が六つ、間断なくアルフに降り注ぐ。

 

 ががががががぁんっっっ!

 

 地面に触れた瞬間、炎球がアルフの足元で爆散した。遺跡内が真っ赤に染まるほどの盛大な爆発。フェイト達の目が、一瞬眩む。

 ナツメが能天気に叫んだ。

 

「アルフさ~ん!」

 

 部屋の気温が、三度ほど上がる。

 

「覇ッ!」

 

 ――ドンッ!

 

 上空に飛んだ煙の中で、アレンの気が膨れ上がった。が、爆発音でフェイトの耳までは届かない。

 ただ、

 

「俺の……勝ちだぜ、アレン」

 

 爆散した煙の中から、地上に降りたアレンに、アルフが迫っていた。寝かせた刃を、ぎらりと光らせて。

 

「そこだっ!」

 

「!?」

 

 は、と目を見開くアレンに、いつの間にか竜を背負ったアルフの突きが激突する。

 竜の恫喝が、遺跡の壁を、床を揺らした。

 

――ォオオオオオオオオッ!―――

 

 アレンを丸呑みするほどの竜が、吼える。

 同時。

 アレンは拳を握りこんだ。

 

「バーストナックル!」

 

 炎が、爆ぜる。

 アルフの蒼竜の炎と、アレンの赤い炎が、遺跡の中央で激突する。同時。完全に拮抗した二つの炎が、部屋の温度を一気に上昇させた。

 

「ぅわっ!」

 

 思わず顔を覆うフェイト達を置いて、アレンの前でアルフが、に、と口端を緩める。

 それにつられて、アレンが視線を落とすと、レーザーウェポンを受け止めた、自分の右拳が見えた。

 

 ギィイインッッ……!

 

 今だ、両者の拳と刃からは、互いに物質を硬化させる気が迸っている。

 それをただ、見下ろして――。

 

「俺は、俺の剣を、『腰に差してる方ので止めろ』って言ったよな?」

 

「……決めるのは、まだ早い」

 

 アレンはレーザーウェポンを拳で払う。キンッ、と金属音を立てたレーザーウェポンが、しかし、再び振られる事は無かった。

 踵を返して、アルフがレーザーウェポンを鞘にしまったのだ。

 

「言ったろ? 俺の勝ちだ」

 

「――!」

 

 瞬間。アレンが目を見開く。

 何か言いたそうに、アレンが見据えていたが、アルフは肩をすくめただけだ。

 ――勝ちは勝ち。

 言外に言い放つアルフに、アレンは、ぐ、と息を呑んだ。アルフは言う。

 

「最初のソードボンバーは良かったぜ? あれで俺の目を晦まし、活人剣。鈍らの剣(ブロードソード)俺の剣(レーザーウェポン)を止めるには、必要な判断だ。が、それでも蒼竜に耐える気は、凡剣(それ)じゃ練れない。刀が折れちまうからな。――だから拳で迎え撃とうとしたんだろうが、それじゃ『剣で止める』という勝負条件を根底から覆してる。どの道、お前に分はねぇよ」

 

「……それは、続投しても蒼竜を使い続ける意思表示か? アルフ」

 

 やや険のこもった声でアレンが問いかけると、アルフはわずかに、片眉を吊り上げた。

 

「何言ってんの。お前の兼定(それ)は、これ以上の脅威だろうが」

 

「…………」

 

 押し黙った。途端、クリフが感嘆の息を洩らす。

 

「凄ぇ……!」

 

「あのアレンが!」

 

「見事な手並みだね」

 

 いままで絶対に退くことを知らなかった『鬼教官』が、言いように言いくるめられた瞬間だった。フェイトたちが目を丸くしている隣で、感慨深げにつぶやいたのはロジャーである。

 

「つまり、アレン兄ちゃんはブロードソード持ってる時よりも、素手のが強いってことか?」

 

 顎に手をやって、しみじみ頷く。

 瞬間。

 静寂が、場を満たした。

 

「はっ!?」

 

 一斉に皆、目を見開く。

 凝視されたアレンは、ナツメから兼定を受け取って、不思議そうに首を傾げた。

 

「ああ。気功術を使う、という面ではな」

 

「紋章術もですよ、アレンさん」

 

 得意げに付け足されて、アレンは小さく笑いながら、ぽん、とナツメの頭を撫でた。ナツメの表情がへにゃりと緩む。ほのぼのとしたアレンとナツメに対して、一同は信じられないものを見るような目でアレンを見据え、ネルは考え込むように顎に手をやった。

 

「だが、素手だと戦いのバリエーションが限られちまうのが難点だ」

 

 そう付け足すアルフに、なるほど、とフェイトは頷いた。

 

 ぱんぱんっ、

 

 マリアが手を叩いた。

 

「ん? マリア?」

 

 振り返ったフェイトが、不思議そうに首を傾げる。と、マリアがため息混じりに肩をすくめた。

 

「そろそろ、本題に入らない?」

 

 アルフがレーザーウェポンを颯爽と軍服の下にしまい、頷いた。

 

「勿論。遺跡の仕掛け通り動くって、今決まった所だしな?アレン」

 

「……ああ」

 

 条件付き勝負とはいえ、不満そうなアレンを残して、アルフはマリアに向き直った。

 

「そう言うわけで。さっさとあの研究室に行こうぜ」

 

「フェイトの読み通りだと、あそこに置いてある白骨が鍵って事だよね」

 

 確認に問うネルに、フェイトが、多分だけど、と少し曖昧に頷く。クリフは、そんなフェイトの背を叩いて、さほど気にしていない様子で肩をすくめた。

 

「やってみりゃ分かんだろ。それにいざとなりゃ――」

 

 言葉を切ったクリフが、緊張の面持ちで頬を引き攣らせた。不思議に思って、フェイトがクリフを振り返ると、クリフの後頭部に、アルフのレーザーウェポンが、銃を象って押し付けられていた。

 

「いざとなりゃ、何ですか? クリフ・フィッターさん」

 

 ぞくり……っ、

 

 恐ろしいほど冷えた声で、寒々しいまでに美しい微笑を浮かべたアルフが、小首を傾げる。つぅ、とクリフの頬を流れるクリフの冷や汗が、ともすれば、傍で見ているフェイトにも伝染してきそうだった。

 

 かぁんっ!

 

 そのレーザーウェポンの銃口を、ブロードソードの鞘が無造作に叩き落す。それを不満げにアルフが見返すと、無表情のアレンが、じ、とアルフを見据えていた。

 

「そこまでだ」

 

「へぇ? 次は兼定(ソレ)で切りかかる、ってか? アレン」

 

 視線で背中の兼定を指すアルフに、アレンは答えない。ただ無言で、睨み合う二人を、ナツメが長いため息とともに見据えて、クリフ達に向き直った。

 

「じゃ。アルフさんはアレンさんに任せて、我々は行きましょう!」

 

「……いいのかい?」

 

 問うネルに、ナツメはにべもなく頷く。

 

「お二人に付き合うと日が暮れます。実際、日が暮れるどころか、夜が明ける事もありますから!」

 

「明けるんだ……」

 

 つぶやくフェイトに、ナツメはしたり顔で頷いた。眉根を寄せて、困ったように顔をしかめる。

 

「実際、私がお二人に付き合ったのは二度ほどですが。その時たまたま居合わせたフラン大尉も、あまりの二人のしぶとさに、顔が引き攣ってらっしゃいました!」

 

「……分かるような気がするわ」

 

 ため息混じりにつぶやくマリアに、ナツメも困ったものです、と頷き返す。

 確かに、二人の連邦軍人は戦闘能力が高く頭脳も優秀そうだが、あの調子では話が先に進まない。性格や考え方が真反対で、どちらも退く気がない。

 

「二人揃うと戦力ダウンってか?」

 

 クリフが後頭部をがしがしと掻きながら、肩をすくめる。ナツメは意外にも、首を横に振った。

 

「そんな事はありません。最近は、日が暮れる頃には終わってますよ」

 

「それのどこが戦力ダウンじゃねぇんだよ、姉ちゃん?」

 

「だってお二人が揃うと、本当に不可能なんて無いんじゃないかって思えるほど可能性が広がるんです! ――協力し始めてさえくれれば!」

 

「……いろいろ突っ込みたいところはあるけど。とりあえず、僕等だけで調べた方がいい事は伝わったよ」

 

「あのアレン兄ちゃんが、フェイト兄ちゃん以外でムキになることなんてあったんだなぁ」

 

 ロジャーはぼやきながら、その場を後にした。

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