連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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56.手分け捜査 前編

「っかし、どうすんだ? あの扉(レリーフ)を開ける方法っつっても、それらしきものは見当たらなかったぜ?」

 

「それも、扉は一往復すると元の形に修繕される仕掛けが施してあるみたいね。もう私達が、ここから同じ扉を通って遺跡内に入ることは出来ないわ」

 

 バール遺跡を出て、山脈へと続く洞窟の中で、フェイト達は改めて竜のレリーフと対峙していた。

 遺跡に入るための最初の扉。そのレリーフと。

 

「どうする? フェイト」

 

 問われ、フェイトは思案顔のまま視線を落とす。クリフが言った通り、巨大なレリーフが置いてある部屋から研究室に至るまでの通路には特に変わった所は無かった。

 

 フェイトの推察を要約すると、遺跡の奥に続く巨大レリーフの他に、同じ図柄が描かれたレリーフが遺跡の各所に彫り込まれたあった。これを踏まえて、なんらかの仕掛けでレリーフは開くのではないか。ドラゴンロアーを駆使する研究者ならば、恐らく竜に関するモノ――手掛かりはこのバール山脈にあるはずだ、というものだ。

 

 一番、ヒントが隠されていそうな場所は、やはり最初に入った遺跡内の研究室なのだが、一度閉じると鍵がかかるシステムらしく、二度目の探索はできない。

 最悪の場合は、アレンのように扉を破壊してでも先に進むしかないだろう。

 

「ともかく、手分けして手がかりを探そう。ここで立ってても、出来ることはなさそうだ」

 

「分かった」

 

 クリフが頷く。

 フェイトは一同に向き直ると、アレンとアルフが抜けた八人の仲間を見渡して、よし、と小さくつぶやいた。

 

「出来るだけ皆と連絡を取りたいから、通信機を持っている僕等と、ネルさん達を組み合わせて行こう。二人一組。四手に分かれれば、そんなに時間をかけずにバール山脈を網羅出来るはずだ」

 

「ってことは――」

 

「ネルとクリフ。ナツメとフェイト。ロジャーとミラージュ。アルベルと私ね」

 

 間髪を置かず答えたマリアに、クリフの表情を険しくなった。目を細め、マリアの肩を軽く掴んで、顎でアルベルをしゃくる。

 

「マリア。そりゃ確かに今は味方って形だが……、ミラージュと変わっとけ。お前の手に負える奴じゃねぇ」

 

「普通に考えて、戦力の偏りは避けたい所でしょ? クリフやフェイトは因縁があるみたいだし。私はミラージュほど、体術に優れていないわ」

 

 ロジャーを『子供』と認識しての選択。その合理的な決断に、クリフは小さく失笑した。

 

「あのチビなら心配いらねぇよ」

 

「話がそれだけなら、さっさと行きましょ。あのアルフって連邦軍人に付き合った所為で、時間制限(タイムリミット)がかなり厳しくなったわ」

 

 聞く耳持たない様子のマリアに、クリフがため息にも似た苦笑を返す。

 と。

 

「すみません」

 

 マリアの傍らに立っていたナツメが、ぺこり、と頭を下げた。緊張感は無いが、一応自覚しているようだ。

 

「でもマリア。いままでは大丈夫だったけど、こういった遺跡じゃどんな仕掛けが隠されてるのかわからない。アルフの慎重さも必要じゃないか?」

 

 フェイトのフォローにマリアは小さなため息を返し、腕を組んだ。

 

「そうね。でも最短で行ける方法があるなら、いまはそちらを優先したいものだわ。……もしバンデーンの攻撃や、ディプロがここに来るまでに間に合わなかったら、その時は覚悟しておいて」

 

「……はいぃ~……」

 

 たらたらと冷や汗をかきながら、引き攣った笑みを浮かべるナツメ。険のある声でマリアが牽制したからか、少女は真に申し訳なさそうに頭を下げている。その様がどこか憎めなくて、マリアは柔らかい苦笑を返すと、アルベルに向き直った。

 

「そういうわけで、早速行きましょう。よろしく頼むわね、アルベル」

 

「……フン」

 

 肯定か、返事のつもりなのか。

 目も合わせないアルベルは、無言で踵を返した。その後を追って、マリアも踵を返す。

 その二人の背を見送ったクリフは、引き下がりこそしたものの、どことなく不満そうだ。ミラージュと顔を合わせるなり、やれやれ、と肩をすくめている。

 フェイトはナツメに向き直ると、改めて元来た道を見据えた。

 

「じゃ。僕等も行こうか。早く手がかりを見つけられれば、クリフの心配も減るだろうし」

 

 言った後でアーリグリフ側にいたナツメに、この言動は不適切だったか、と気付いたが、対するナツメは、満面の笑みだった。

 

「はい! がんばりましょう、フェイトさん!」

 

 元気に返してくる少女に、こくりと頷いて、フェイトはバール山脈に向かった。

 

 

 

 

「空破斬!」

 

 一足飛びで間合いを開けると同時、二人の空破斬が巨大レリーフの間で激突した。大理石、もしくはそれより高い硬質の石材で出来た床を滑走して。

 

 ずしゅぃんんっっ!

 

 両者の空破斬が部屋の中央で霧散する。行き場を失った風の塊が、アレンとアルフの元で微風となって走った。

 

 ……ふわり、

 

 微風が、両者の頬を撫でる。

 ――互角。

 が、それを確認することも無く、二人は互いにレーザーウェポンを構え、踏み込んだ。

 

「破ぁっ!」

 

 アレンが刃を寝かせ、凄まじい突進力でアルフに迫る。疾風突き。ドンッ、と力強い踏み込み音が、遺跡に響く。対するアルフは、刀を鞘に納め、抜刀術の体勢で踏み込んでいた。

 その距離、二メートル。

 

 グォッッ!

 

 神速で走ったアルフの抜刀が、衝撃波を生む。地面から湧き起こった縦に半円の、弧を描いた衝撃波、弧月閃がアレンに走る。だが、アレンの疾風突きの体勢は変わらない。

 

(――来る!)

 

 に、と口許を歪めたアルフの読み通り、弧月閃の衝撃波を、アレンの疾風突きが貫いた。

 

 ズドォォオオンッ!

 

 轟音と共に、烈風が吹き荒ぶ。風の合間を縫い、剣を突き立てるアレンを鼓舞し、弧月閃の衝撃波までも吸収した疾風突きを見据えて、アルフは笑った。

 

「三連」

 

 つぶやくと同時、アルフの手中で、ざ、レーザーウェポンの刃が横たわる。アレンの疾風突きが目の前まで迫っている。

 

「疾風突き!」

 

 踏み込みの時間はない。それでも凄絶な突きを、アルフは一瞬で気を爆発させて放った。眼前に迫ったアレンの疾風突きに、寸分違わず同じ場所に、アルフの疾風突きが三発、ほぼ同時に決まる。

 

 ズドドドォオオオンッッ!

 

 アレンの疾風突きと、正面から激突する。かっ、と目の眩むような気の爆発が、一瞬、その場の時を止めた。

 

 ……ぴしぃいいいいっ……っっ!

 

 風が、悲鳴を上げるように爆ぜた。爆心地の二人は、動かない。

 

「おぉおおおおおお……っっ!」

 

「覇ぁああああああ……っっ!」

 

 ぴたりと静止した両者の間から、気という気が激突する。純粋な力比べ。互いの喉を、気合の一声が割る。

 練気は――互角。

 

 ギキィイインッッ!

 

 刃から火花が散った。刀を払った両者が、一歩、後ずさる。

 とん、と一息。

 同時。

 

「夢幻」

 

「鏡面刹」

 

 ずどんっ、と踏み込み音を立てて、再び両者が交じり合う。アレンが夢幻、アルフが鏡面刹の構えを取って、風のように疾駆した二人の剣戟が、レリーフの間で弾けた。

 

 ぎき、……んぅぅっっ!

 

 アルフの横薙ぎと、アレンの抜刀がぶつかる。瞬間、左袈裟に走ったアルフの斬線に、アレンの唐竹が振り落ちた。火花を立てて刃が擦れあう。右袈裟と胴薙ぎ――一本の剣で、同時に二つ走るアルフの斬線に、アレンは疾風突きを合わせると、アルフは刃を寝かせ、紅い光を刀身に宿らせた。それが、下段からアレンを狙う。対するアレンは上段から迷う事無く刀を切り下ろした。

 

 ガキィイイイイイ……っっ!

 

 アルフが五連斬、アレンは四連斬――神速のアルフに、剛速のアレンの刀がひしめき合う。その技の持つ威力は、

 互角。

 何度太刀を合わせようとも、両者、傷一つつかない。――つけられない。

 蒼穹のような蒼の瞳が、鮮血のような紅の瞳が、底光る互いの瞳を睨み、笑む。

 

「……いいね、アレン。意外に動けそうじゃねえか」

 

「お前も、腕は落ちていないようだ」

 

 アレンの抜刀と、アルフの唐竹が走る。

 

 きぃ……んぅ……っ!

 

 レーザーウェポンの刀身が、鮮やかに、苛烈に輝いた。

 一合を交える度、走る緊張感。躍動感。

 互いに距離を取った二人が、同時、刀を振り上げる。

 

「行くぜ、アレン!」

 

「来い、アルフ!」

 

 二人の緊張に呼応するように、裂帛の気合が走った。

 アレンの蒼竜、アルフの鳳凰が具現化する。レリーフの間を覆い尽くすような、二匹の獣が。

 

――グォオオオオオオオ……!――

 

――コォオオオオオオオ……!――

 

 互いを睨み、吠えた。

 

「吼竜破!」

 

「鳳吼破!!」

 

 極限に高まった二人の闘気が、レリーフの間の中央で激突した――。

 

 

 

 ………………

 

 

 

「さぁて、どこから調べたもんか……」

 

 バール山脈に出て、山を北上したクリフとネルは、周りの景色を見回した。

 調べる、と言っても、まったく手掛かりが無いので、こうして当ても無く歩くしかない。

 

「遺跡の中にあったレリーフに関する情報は、『十字の中心に竜の頭蓋をささげよ。竜のレリーフは例外なく友の声を求めるもの也』だったよね。十字の中心っていうのは、恐らくあの巨大レリーフの部屋の床の事……だね?」

 

 考えをまとめるネルに、クリフは頷く。

 

「とすると、だ。竜の友の声ってのが、レリーフを開ける鍵になるワケだが……」

 

「竜を捕まえて啼かせようにも、遺跡の中に飛竜が入るとは思えないね」

 

「……だな」

 

 がしがしと頭を掻くクリフ。

 検索目標が決まっているなら、スキャナーで捜査範囲を絞れそうな気もするが、これは確かに、虱潰しに山を歩く以外ないかも知れない。

 最も、山に手掛かりがあれば、の話だが。

 クリフはため息を吐くと、心底困ったように肩をすくめた。

 

「ったく。えらいコトしてくれるぜ、あの連邦軍人め」

 

「……そのことなんだけど」

 

 ぴたり、と歩く足を止めて、ネルは静かにクリフを見上げた。先行していたクリフが、不思議そうにネルを振り返る。その、精悍に整ったクリフの顔を見据えて、ネルが神妙な顔を作っている。

 

「あいつも、アレンと同じ『レンポウ』とか言う軍の人間なんだよね?」

 

 慎重に問うネルに、クリフは、ああ、と頷いた。先ほどまでより少し、低い語調で。

 ネルは腕を組むと、マフラーに口許を埋めた。

 

「聞かせて欲しいんだ。フェイトに……いや、フェイト達は……一体どうなるっていうんだい?」

 

「どうって……、どういう意味だ?」

 

「話してただろ。マリアがシランドに来た時に。マリアとフェイトが実験体だとか、研究がどうとか……」

 

 言葉を切るネルに、クリフは得心がいったのか、長いため息を吐く。困ったように腕を組んで、眉間にしわを作ると、クリフはやがて観念したように顔を上げて、首を横に振った。

 

「詳しい事は俺も知らねぇが。要するにフェイトは、俺達の技術レベルでも粋を極めた科学者に人体実験されたんだ。さっきの遺跡にいた研究室の竜みたいに、な。だがアイツはあそこの竜と違って、成功した実験体、という事になってる。能力の方はお前も見た通り。星の船を一撃で消し去る程だ。――これでいいか?」

 

「マリアは、その実験を施した研究者に理由を聞くんだって言っていたよね」

 

「ああ」

 

「その実験を受けて……、二人に何か、後遺症みたいなものは無いのかい?」

 

「能力を使った後、ぶっ倒れる。それも強く使えば使うほど、な。これはフェイトとマリア、二人に共通して言えた点だ。訓練次第で、マリアの奴は少しだけ能力を使えるみたいだけどな」

 

「…………」

 

 視線を落としたネルが、黙り込む。

 先ほど見た、瓶詰めの竜と同じ――生体実験。

 クリフも、成功、と口にした時だけは皮肉を交えていた。どこか忌々しげに。

 視線を伏せたネルも、ずん、と気持ちが落ちるような気がした。

 

「……父親、だったんだよね……」

 

 フェイトを実験体にした科学者は。

 つぶやくネルに、クリフは頷いた。

 

「つっても、当のフェイトはあの通りだ。まったく親の愛情を知らずに育ったってワケじゃねぇ。……だろ?」

 

 問いかけるクリフに、ネルは答えない。

 代わりに、

 彼女は空を見上げた。

 

「……アンタ達は、星の船を追い払ったら、行ってしまうんだよね……」

 

「あん?」

 

 突拍子もないことをつぶやいたネルを、クリフが不思議そうに振り返った。ネルは空を見上げて、どこか、寂しそうに目を細めていた。

 

「……恩返し、するつもりだったんだけどね」

 

 独り言のように、ネルがつぶやく。空の高さを、空の遠さを噛み締めるように頭上を見上げて。そんな彼女に、クリフは小さく笑った。

 

「恩なんぞ返されるモンでもねぇよ。俺らの所為で、あの鮫野郎共を呼び寄せちまったんだぜ? ……むしろ、恨まれるのが当然だろ」

 

 この星そのものを、揺るがすようなバンデーン艦。

 その脅威を言外に語るクリフに、ネルは静かな表情のまま首を横に振った。クリフを見据えて、静かに微笑う。

 美しく、優しい笑みで。

 

「おかしいね。アンタ達に会ってから、随分楽天家になってしまったんだ。……アンタ達となら何でも出来る。きっと、何でもやれるって。そう信じて疑わない自分が、確かに私の中にいるんだよ」

 

 胸元に手を当てて、ネルはつぶやく。それが希望的観測であることは、星の船を目前にしたネルが一番よく知っている。だがそれでも、フェイト達の存在はネルに勇気をくれる。恐れず、立ち向かっていく勇気を。迷わず、前に進む勇気を。

 希望を。

 ネルは、クリフを見て言った。

 

「……ありがとう、クリフ」

 

 ネルを、じ、と見据えて――いや、見蕩れていたのかもしれない。クリフは瞬きを落とすと、少しの間押し黙って、やがて困ったように苦笑した。

 

「別に、俺は大した事はしちゃいねぇぜ。お前の為に粉骨砕身したのは、フェイトやアレンだろ」

 

「そんな事はないよ。……少なくともアンタやフェイトは、私の命を救ってくれた」

 

「?」

 

 首を傾げるクリフに、ネルは答えずに、微笑った。

 

 ナツメと対峙した、あの時。

 アルフに殺されそうになった、あの時。

 

 まさか、クリムゾンブレイドと言われた自分が、二度も誰かに守られるとは思ってもみなかった。もっと言うなら――自分の心をも。

 

「……寂しくなるね」

 

 カルサアで、ペターニで。

 ネルが私情を殺そうとする度、真剣に怒ってくれたフェイトと、止めてくれたアレン。そして、渦中のネルの気持ちを汲んでくれたクリフ。

 彼等をネルは『仲間』だと思う。シーハーツ軍として行動してきた今までとは少し違う、親友と相棒を、同時に手に入れたような。

 

「この先……何があっても、私はアンタ達を忘れない」

 

 つぶやくネルが、覚悟したような顔だった。クリフは目を細め、慎重に問いかけた。

 

「一体、何だってそんな話をしやがるんだ?」

 

「何となく、さ。今を逃したらきっと……もう、こんな話をゆっくりする暇はないんだろ?」

 

「多分、な」

 

 慎重にネルを観察するクリフに、ネルは視線を落としたまま、ふ、と笑った。

 

「だから言っておきたいんだ。もう、アンタ達に私が関わる事は出来ないから。私は、私の全てを賭けて星の船を相手する。そして――星の船(やつら)を追い払ってアンタ達がここを去った後も、アンタ達の為に毎日祈るよ。……フェイトに、どんな苦難が待ち構えていようと、アンタ達ならきっと乗り越えられるように。アンタ達が、その誇り高い心と勇気を忘れず、ずっと持っていられるように、てね」

 

「……お前……」

 

「クリフ。アンタにはこんなコト言う必要もないだろうけど、忘れないで。アンタ達が教えてくれた勇気を、どんな時も忘れず、諦めない心を持ち続けて。……フェイトのこと、頼んだよ」

 

「……ああ。任せとけ」

 

 一拍の間を置いて、ふ、と苦笑気味に笑ったクリフは、差し伸べられたネルの手に、ぐ、と握手を交わした――……。

 

 

 

 

 バール山脈を西に進んでいたフェイトは、当てもなく山中を歩き回り、二時間ほど経過したところで深いため息を吐いた。

 

「……ホントに、どこ行っちゃったんだよ……?」

 

 ぐったりとうなだれ、肩を落とす。さっきまで自分の後ろをついてきていた相棒(ナツメ)。その姿が、今はどこにも見当たらない。

 広大な空を見上げて、フェイトは困ったように眉根を寄せると、また一つ、大きなため息を吐いた。

 

 時は数刻、遡る。

 

 バール山脈の西方を任されたフェイト達は、ともかく西に向かって歩を進めた。そんな時の事だ。

 

「ほげ?」

 

 後ろで聞こえた奇妙な声に、フェイトは首を傾げつつ振り返った。一瞬、鳥の鳴き声と思ったが、それにしては声が近い。振り返ったフェイトは、飛び込んできた情景に、か、と目を見開いた。

 

「なっ!?」

 

 言葉を失したのも束の間。振り返った先で、ついて来ていたナツメの両肩が、飛竜の爪によって鷲掴まれていた。当のナツメは、何が起こっているのか理解していない。フェイトを見返し、彼女は不思議そうに首をかしげた。

 

「あれ? フェイトさ――」

 

 ばさっ……、

 

 彼女が問いかけるより先に、飛竜が飛び立った。正確には飛竜の羽音に、彼女の声がかき消されたのだ。

 

「ほげっ!?」

 

 ふわり、と中空に浮かんだ足を見下ろして、ナツメは目を白黒させた。その彼女の下で、フェイトはブロードソードを一閃した。

 

「はぁっ!」

 

 下半身に気を凝縮し、地面を蹴って、フェイトは飛竜に向かって薙ぐ。下段から上段へ、飛び上がる勢いに任せ、大きく弧を描いた一閃だ。

 が。

 

 ばさっ、ばさっ!

 

 力強く上昇した竜に一歩、届かなかった。ぎょ、とフェイトが目を見張る。

 

「ほげぇええええ………!」

 

 一瞬、目が合ったナツメは、目を取りこぼさんばかりに、盛大に泣いていた。

 ブロードソードを右手に、たんっ、と着地したフェイトは、ナツメを連れて山脈の奥に飛び立っていく竜を見据え――つぶやいた。

 

「……嘘だろ?」

 

 それはほんの一瞬の出来事。連れ去られたナツメの悲鳴が、虚しく山脈に響き渡った。

 

 ――ほげぇええええええ……!

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

「今、何か聞こえなかった?」

 

 不意に空を見上げて、マリアは足を止めた。先を行くアルベルが、気配に感づいて同じく歩を止める。が。気難しい性格なのか、彼はマリアを振り返りもしなかった。

 数瞬。

 考えるように立ち止まって、アルベルは、ふん、と鼻を鳴らし歩き出す。

 

「あ、こら! 待ちなさい!」

 

 小走りに彼を追うと、彼は振り返らずに言った。

 

「どっかの阿呆が(トラップ)にでもかかりやがったんだろ。……マジで戦闘以外は使いモノにならねぇクソ虫だぜ」

 

「何の話?」

 

「…………」

 

 首を傾げるマリアに構わず、アルベルは先を歩く。

 こうした話の噛み合わないやり取りは、今が初めてではない。山脈を東に進んでいくらか――と言っても二時間程度だが、共に過ごしたマリアは、アルベルの気質を半ば以上理解していた。

 

(……私の話を聞かない代わりに、自分の話にも入れさせない。というわけ)

 

 二人でいるものの、たまたま同じ道を通るだけの余所余所しい関係だ。眉を寄せるマリアに追い討ちをかけるように、アルベルは今も二メートルほど先を歩いている。

 マリアも、別に馴れ合いたいわけではない。

 だから、ある程度はアルベルの態度を評価していたが、最初だけだ。

 アルベルの場合、まったくマリアを空気のように扱っている。あまりに素っ気無い。

 無視が過ぎると、さすがのマリアも苛立ちを隠せなかった。これでは、一人で行動にした方が気が楽というものである。

 

「…………」

 

 ふつふつと湧き上がる不満を宥めながら、マリアは俯いてアルベルを追う。不満からか、マリアの足取りが、次第に重くなり始めていた。

 と。

 

「?」

 

 先を行くアルベルの気配が変わった。さくさくと、大股に歩いていた彼が、五メートル先で止まったのだ。

 

「……何だと?」

 

 低く呻いたアルベルが、刀に手をかける。

 

「どうかした?」

 

 マリアは首をかしげながら、小走りに彼の許に駆けた。と。つん、と鼻を刺く異臭に、彼女は顔をしかめた。息を呑む。

 

「っ――!」

 

 ずっと上り坂だったため見えなかったが――平地になったそこは、竜の死体にまみれていた。地面も、山の斜面も。

 その数、ざっと数十体。

 全てが紅い、凄まじい光景だ。

 

「……何、これ……?」

 

 死体の山を見つめて、マリアがつぶやく。

 と。

 

――グォオオオ……!――

 

 近くで、鳴き声がした。表情を改めたマリアが、マイクロブラスターを引き抜く。同時。低く唸った風が、横殴りにマリアの傍ら――岩を粉砕した。

 

 がこぉおおおおんっっ!

 

 計ったように、マリアが崩れた岩に向かって発砲する。左手の、岩陰に向かって二発。瞬間。岩塊を貫いた光弾が、跳弾したのを見て、マリアは眼を見開いた。

 

(弾いた――!?)

 

――グォオオオオオ!――

 

 更に近くで、野太い咆哮。同時、岩陰から現れたのは、巨大な竜だった。今まで出遭ったどの竜よりも大きい。

 否――、

 その竜は、二本の足で立っていた。人のように長い両腕を持ち、巨大な曲刀を二本握っている。竜のパーツが、人を擬態したような魔物だ。

 

「これは……!?」

 

 息を呑むマリアが、竜の腰の高さだった。

 紫色の(たてがみ)が背中まで流れ、竜の頭蓋に皮膚を貼り付けたその魔物は、落ち窪んだ眼窩でマリアを見据えた。

 両手に持った曲刀が、どす黒い血に濡れている。

 

(まさか――!)

 

 この魔物が、とつぶやきかけたところで、傍を、一陣の風が駆けた。

 

「ぬぉぉ……りゃぁっ!」

 

 アルベルだ。マリアをすり抜けるように、アルベルが刀を上下、二閃する。

 

 ギキィインッッ!

 

 が、竜は巨大な曲刀でアルベルの双破斬を受け止めた。

 

「何っ!?」

 

 アルベルが目を見開く。竜の頭蓋を叩き割ろうとした振り下ろしが、竜の片腕一本に止められる。アルベルの全体重を乗せた一撃だったにも関わらず、微動だにしない。 

 アルベルの刀を受け止めた曲刀が、無造作にアルベルを弾いた。アルベルの痩身が宙に浮く。ぎょろり、と落ち窪んだ竜の眼窩から、人を模した赤い瞳が、アルベルを睨んだ。と、同時。

 竜の持っていた二本の曲刀が、十字に――袈裟状に振り下ろされた。

 

 ギィイインンッッ!

 

 かちかち、と鍔鳴り音を立てながら、義手と刀で竜の斬撃を止めたアルベルが、奥歯を噛み締める。

 

「……ちぃっ!」

 

 同時。アルベルのすぐ後ろに控えていたマリアが、蹴りを放った。

 

「クレッセント・ローカス!」

 

 ズドドドドォオンッッ!

 

 下から竜を蹴り上げるように、縦に一閃、蹴りが気を孕み、地面から生えるように幾筋もの衝撃波が竜を襲う。

 

――グォオオオ!――

 

 竜が曲刀を交差(クロス)させ、呻きながら後ろに下がる。と、ざっ、と鉄爪を開いたアルベルが、ぎらりと瞳を滾らせた。

 

「剛魔掌!」

 

 たたらを踏む竜を追うように、アルベルの鉄爪が竜の巨体を左右に薙ぎ倒す。まるでおもちゃの様に、アルベルの倍はある、竜の巨体を振り回して。

 が。

 

「アルベル!」

 

 マリアの声が響くと同時、曲刀を交差(クロス)させて固まっていた竜の口端が、にやり、とつり上がった。

 

(――コイツ!)

 

 目を見開くアルベルに、悪寒が走る。竜の曲刀が、逆袈裟に切り上がった。

 

 斬っ!

 

「ぐぉぉっ!」

 

 アルベルの肩が削がれる。だが、浅い。アルベルは構わず、刀を両手で握って振り下ろした。

 

 ギキィイインンッッ!

 

 反撃の一撃は、竜のもう一振りの曲刀に止められた。アルベルは歯の根を食いしばり、鍔迫り合いを交わす。しかし、腕力は竜が上。クレッセント・ローカスと剛魔掌を喰らった竜の皮膚は、無傷だった。

 

 キィンッ!

 

 竜に、刃を弾かれる。

 

「ちぃっ!」

 

 忌々しげに舌打ちするアルベルを嘲笑うように、竜の曲刀が振り上がった。中空でバランスを保てないアルベルに、竜の曲刀が、下から十字に――両の曲刀を交差(クロス)させるように、振り落ちる。

 

 ギキィイインッッ!

 

 それを間一髪、義手で受け止めて、アルベルは衝撃をバネに後ろに跳んだ。距離を取って、改めて竜と対峙する。

 すると、

 

〈くくっ……〉

 

 竜が、低く嗤った。マリアとアルベルが目を見開く。――竜にしては、あまりにも人間臭い仕草。それに戸惑いを感じる一方で、アルベルは、やはり、と胸中でつぶやく。

 明らかに、違ったのだ。

 本能、と。一括りにするには、洗練された竜の太刀筋に――剣術を使うこの竜に、アルベルは口端を歪めて、竜を睨んだ。

 

〈久しぶりに斬りがいのある獲物がかかったものよ〉

 

 およそ人の声とは思えない――しかし、竜が操る人語よりも遥かに流暢な言葉を話す、この『竜』に向かって、アルベルは、ちゃり、と刀の鍔を鳴らした。

 

「殺れるものなら、殺ってみろ。この阿呆が」

 

〈……くくっ〉

 

 低く嗤う竜が、曲刀を握り直し、か、と目を見開く。

 瞬間。

 両者、同時に踏み込んだ。

 

 

 

 

 ――グォオオオオ……!――

 

 突如、頭上から聞こえた竜の啼き声に、クリフとネルは、は、と空を見上げた。

 

「なっ!?」

 

「何だと!?」

 

 空から降ってきた、その獣に。

 クリフとネルは、同時に目を見開き、ざ、と拳を、短刀を握った。

 

「凍牙!」

 

 ネルが素早く施力を集約させ、氷のクナイを投げつける。が。突き刺さる筈だったクナイが、弾かれたのを見て、ネルは目を見開いた。

 

「ビーン・バッガー!」

 

 そのクナイの後を追って、闘気を纏ったクリフの拳が、凄まじい跳躍力と重みを持って、獣の腹に突き刺さる。垂直に飛び上がったクリフの拳に、降下していた獣の体が、一瞬、衝撃で停止した。

 

 ずどぉおおん……っっ!

 

 クリフの気が、炎を巻いて吹き荒れた。獣が悲鳴を上げる、と同時、

 

「おらぁっ!」

 

 すかさず上段回し蹴りを獣の延髄に打ち当てて、クリフが飛び退さった。三メートルはある獣の巨体が、衝撃で地面に叩き落される。

 

 ず、しぃいい……ん!

 

 それを横目に、と、と軽やかに着地したクリフが、警戒した表情で獣を睨む。

 獣――否、竜を。

 

「……!」

 

 ネルが息を呑んだ。四つん這いにして立ち上がった竜は、ライオンや虎のような野太い四肢を持っていた。翼はあるが、とても飛べそうには見えない、竜と言うより鈍重な獣のような、竜。

 それを見据えて、クリフは小さく失笑した。

 

「何て岩肌だ。……拳がジンジンしやがるぜ」

 

 そう言って、ぴっぴっ、と手を振る。ガントレットのお蔭でクリフに大した被害は無いが、彼の語調から、予想以上にビーン・バッガーの拳が効いていないことが窺えた。

 

「厄介な相手になりそうだね」

 

「まったくだ」

 

 互いに言い合って、クリフとネルは同時に、白い牙を剥く竜を睨み付けた。

 

 

 

 …………

 

 

 

 飛竜に攫われた直後、無造作にナツメが投げ捨てられた場所は、子竜の巣穴だった。

 何十匹といる子竜に囲まれ、その巣穴から命からがら逃げ延びたナツメは、死角になっていた小穴に足を滑らせて、落ちた。

 暗い洞窟の、一角に。

 

「……痛たた……」

 

 座り込んだ体勢のまま、頭上高くから差しこむ光を見上げて、ナツメは小さく苦笑した。

 

「結構、高いですねぇ……」

 

 果たして登れるだろうか、と胸中でつぶやきながら、洞窟の岩肌に触れて、ぐ、と両腕に力を込めた。

 途端、

 

「……っ、!」

 

 がくん、と少女の体が折れる。屈み込んで右の足首に手をやると、触れただけで凄まじい鈍痛が駆け抜けた。息を呑み、その痛みに耐えて足首を手で包み込む。いつもの二倍は膨らんだ、腫れた足首の感触が、彼女の指に伝わった。

 

「……ドジだなぁ……」

 

 まるで使い物になりそうもない足に向かって、ナツメは困ったように眉根を寄せる。仕方が無いので、洞窟内を這って移動するしかない。そう結論付けて、洞窟に視線を移すと、予想以上の暗さに、彼女は引き攣った笑みを浮かべた。

 

「く、暗いですね……」

 

 辺りの気配を探るものの、竜の一匹の気配も感じられない。と。彼女の腰に差した(シャープエッジ)(シャープネス)が擦れる音を立てた。彼女は視線をそちらにやると、軽く目を伏せて深呼吸した。

 

 ……かた、かたかたかたっ

 

 (シャープエッジ)(シャープネス)に当てた手が、震えている。軽く伏せた瞼を、ナツメは、ぎゅ、ときつく閉じた。

 心臓が、激しく脈打っている。

 

 耳の奥で、銃声が聞こえた。

 眼を閉じた瞼の裏で、陽炎が激しく燃え盛っていた。

 

 もう一度、深呼吸。

 呼吸が荒くなるのを何とか堪えながら、ナツメは下唇を噛んで頭を横に振った。

 

「大丈夫。……私は、大丈夫だ……」

 

 消え入りそうな声を、ゆっくりと搾り出す。剣と刀を握り締めると、手に、じわりと冷や汗が滲んだ。

 ナツメはシャープネスを抱きしめた。

 

「大丈夫なんだ……!」

 

 シャープネスの柄に額を押し付けて、つぶやく。祈るように、祈りが届くように強く。

 そうする事で、ナツメは自分自身を保つ。この刀は自身を守り、律する――お守りだ。瞼の裏に浮かぶ陽炎と、耳の奥で聞こえる銃声を追い払うためのお守り。

 陽炎と銃声が幻のものであると分かっていても、震えだす。暗闇に一人、身を置く事で思い出してしまう。――悪夢を。

 

 かたかたかた……っ、

 

 震えに合わせて鳴る刀剣の金属音が、耳障りだった。シャープネスを強く握る。うずくまった少女は、目に溜まる涙を隠すように顔を伏せた。

 

「……ここは、……暗い……」

 

 つぶやいた声が、洞窟の中に虚しく木霊した。

 

 

 

 

 バール山脈を北東に進んだミラージュとロジャーは、ふと、足を止めた。

 

「……いますね」

 

「じゃん!」

 

 膝を折り、ミラージュは拳を、ロジャーは手斧を握り締めて前方を睨む。竜の巣穴と思しき洞窟の中に、巨大な影が一つ。洗練されていない人間が見れば、ただの岩の塊を勘違いしてしまいそうな、巨大な影。それが呼吸をする度、小さく揺れていた。

 

――グォオオオオオオ……ッッ!――

 

 影がミラージュ達の気配に気付いて吼えた。洞窟が震える。地の底を震わせる影の咆哮が、それと同時、ミラージュとロジャーに向かって牙を剥く。

 異臭がした。大口を開けた影が、火炎を吐き出す。

 

「臭ぇっ!」

 

 一足飛びで後退し、思わず顔をしかめるロジャーの傍らを炎がかすめていく。洞窟の気温が上がった。影から吐き出された炎が一瞬、影の――腐った竜の皮膚を照らし出す。

 

「ドラゴンのゾンビ、ですね」

 

 冷静につぶやくミラージュの隣で、ロジャーが、気味が悪そうに影を見据えている。と、地を蹴って跳び上がったミラージュの気弾が、オーバースローイングに振り下ろされた。

 

「マイト・ハンマー!」

 

 人の上半身を、丸呑みしそうな気弾が、

 

 ズドォオオンッッ!

 

 影――ドラゴンゾンビに触れるなり、爆散した。竜が咆哮を上げて後ずさる。同時、手斧を手にしたロジャーが、怯んだ竜に切りかかった。

 

「ブッた斬るじゃんよっ!」

 

 炎を帯び、赤く滲んだ手斧を振り下ろす。

 

 ずどぉおおんっっ!!!

 

 およそ、この小さな体が生み出すとは思えない爆音を立てて、炎を帯びた斧が竜を切り裂いた――が。

 

 ……どろり、

 

 感触は、水を――否、泥を切ったように呆気無かった。

 霧散した筈のドラゴンゾンビの皮膚が、見る間に塞がる。感触通り、泥で塗り固められたかのような腐った皮膚が――、

 

「無傷ぅう!?」

 

 ぎょ、と眼を見開くロジャーを無視して、ドラゴンゾンビが大きく口を開けた。

 

 コォ――ッ!

 

 竜の口から、炎が吐き出される。それを、一足飛びでどうにか躱して、ロジャーはミラージュの隣に着地した。

 

「や、ヤバイじゃん! ミラージュ姉ちゃん!」

 

 手斧を握って、気を引き締めながらロジャーが警告する。と、ふ、と口許を緩めたミラージュが、まるで他人事のように、そうですね、とつぶやいた。

 

「では我々の技が効くまで、端から順に見舞って差し上げましょう」

 

「……あ、そっか♪ 任せとけぃ!」

 

 俄然、強気になってドラゴンゾンビを睨むロジャーに、ミラージュはこくりと頷いた。

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