「フン!」
ぎきぃいいんんぅっっ!
竜の曲刀と刃を合わせると同時、アルベルは後ろに跳んだ。
六度目の鍔迫り合い。それに、アルベルが力負けした時の事だ。追撃に曲刀を振るう竜に向かって、マリアはマイクロブラスターを連射した。
「そこっ!!」
ドドドンッッ!
竜の皮膚を貫けないのは分かっている。故に、マリアは竜の手首を狙った。最も力の重心がかかった、バランスを崩しやすい関節を。
しかし、竜は嘲笑うようにマリアを一瞥して、構わず曲刀を振り下ろした。
ギィインッッ!
全く威力の変わらない振り下ろしが、義手で受け止めたアルベルの体を、人形のように吹き飛ばす。完全に受け太刀していたので
「……ちぃっ!!」
剣術ではアルベルが上。しかし、相手の圧倒的な攻撃力と防御力の前では、全くの無意味。今だ致命傷を喰らっていないものの、アルベルの体力がじりじりと削られていくのは、時間の問題だった。
「まずいわね」
マリアが神妙な面持ちでアルベルを見る。が、アルベルは敵を睨んだまま、視線を交わそうとしなかった。
代わりに、
「ぉをっ!」
〈ハァッ!〉
ギキィインッッ!
竜の振り下ろしと、アルベルの振り上げが正面からぶつかる。剣速は僅かにアルベルが上。――が、腕力は遥かに、竜が上。
〈非力なり!〉
ずどぉおおおんっっ!
完全に振り落ちた竜の刃が、地面に触れた瞬間。爆炎が舞った。
「ぐぉおおっ!」
両腕で自分をかばって、アルベルが後ろに跳ぶ。瞬間。竜の体が、マリアの目の前に迫った。
(速い――!)
竜の巨体に似合わず、圧倒的なスピードだ。マリアは歯を噛み、一瞬で集約した気の蹴りを放った。
「トライデント・アーツ!」
ズドドドォオンッッ!
下段、中段、上段と繋がる三連の蹴りが、竜にぶち当たる。
〈……終わりか? 娘よ〉
にやりと嗤う竜を見上げて、マリアは息を呑んだ。怯まない。曲刀が、マリアに向かって袈裟状に振り落ちた。
斬っ!
咄嗟にバックステップで距離を取る。が、わずかに間に合わず、マリアの肩を、曲刀がかすめた。
「……っ、!」
マリアが身をよじる。と、もう一振りの曲刀が水平に薙がれ、マリアの後を追った。
腹を――マリアを上下に両断するために振られた斬撃。
かわせない。
(――しまっ!)
銃に手をやるも、曲刀の方が速かった。
斬っ!
そこを、疾風が駆けた。地面を滑空するように竜に走ったそれは、竜の曲刀によって無造作に薙ぎ払われる。だが一つに見えたその疾風は、すぐ後ろに二段目の衝撃波が走っていた。地面を滑走する白い風が、竜の胸に直撃する。
「お前の相手は、この俺だ! 阿呆!」
恫喝するアルベルに、しかし、竜は軽い『風』を感じただけだ。分厚い胸板は傷一つつかず、竜は疾風が走ってきた位置を見据えて、嗤った。
〈効かぬな!〉
疾風――空破斬を放った、アルベルを。
「ほざけ!」
くく、と嘲笑う竜に、アルベルは刀を握り、踏み込んだ。対峙する竜が、ふん、と小さく鼻を鳴らす。
「ぉおっ!」
アルベルの切り上げに、竜の曲刀が振り落ちる。一本ではない、二本の曲刀だ。左右から振り落ちる曲刀が、アルベルの痩身を挟み込むように十字の軌道を描く。
片腕一本でも、力では竜が上。
……みしぃいっっ!
曲刀を受け止めたアルベルの体が、悲鳴を上げた。それを冷徹な眼で見下ろして、竜が腕に力を込める。ぐ、と曲刀が持ち上がる感触がして、アルベルは衝撃に備え、身を固めた。
同時。
ずどぉおおんんっ!
竜の凄まじい
「……っ!」
アルベルの視界が赤く染まる。一瞬、呼吸を忘れた。
「アルベル!」
マリアの声。しかし、平衡感覚を完全に奪われたアルベルに、答えるだけの力はない。
〈終わりだ、人間よ!〉
くるんっ、と手首を返して、両の曲刀が十字を描いてアルベルに振り落ちる。瞬間。かっ、と目を見開いたマリアは、青い瞳を散瞳させた。
〈ぬっ!?〉
異変に気付いた竜が、眼を瞠る。
……キィイイイイ、
白い光が、マイクロブラスターの銃口に集約すると、同時。
「グラビティ・ビュレット!」
竜の胴体に向かって、ただの光弾に過ぎなかったマイクロブラスターの弾が、黒い闇の球体となって竜に奔った。
〈なにっ!?〉
僅かに目を瞠った竜が、闇の球体に触れた、瞬間。
ズドドドドドドォオオンッッ!
闇色の球体に、紫電の雷が走った。
――グォオオオ……!――
雷光が爆ぜる。竜は天を仰ぎ、苦しげに吼えた。闇色の球体が竜に枷を為したように動きを止め、幾筋にも走った紫電が、竜の肉を焼く。
その様を横目に、マリアは素早くアルベルに駆け寄った。
「アルベル!」
刀を杖代わりに、頭を振っているアルベルに呼びかける。すると、アルベルが焦点の定まっていない赤い瞳をマリアに向けてきた。
「良かった、無事だったみたい――」
つぶやこうとした、マリアの体が押し倒された。
「っ!?」
圧し掛かるアルベルに、事態が把握できず、マリアが眼を白黒させる。その紙一重後ろを、竜の曲刀が通り過ぎた。
「な――っ!」
マリアは驚愕した。先程が放った重力の檻で、完全に竜の動きは封じた筈だった。
なのに、
〈……今のは驚いたぞ?〉
薄ら笑う竜に、マリアは目を見開く。咄嗟にマイクロブラスターを握り締めた。
「っ、ぐっ!」
アルベルの右肩から、鮮血が溢れ出す。ちょうど、マリアを庇った時に迫り出したのだ。
「斬られたの!?」
息を呑むマリアに、アルベルの険しい眼差しが睨んだ。
「戦闘中に余所見してんじゃねぇ! 阿呆!」
「……っ!」
だんっ、とマリアの、顔の真横の地面を叩いて、アルベルは無理やり立ち上がるなり、刀を竜に向けた。
〈フン。いささか、貴様との戯れにも飽きた。この辺りで引導を渡してやろう〉
竜を睨み据えて、アルベルは口端を吊り上げた。
「上等だ」
アルベルが刀を握り、踏み込む。その一瞬前に、マリアが、がっ、とアルベルの左肩を鷲掴んだ。
「邪魔をするな! 女!」
反射的に恫喝するアルベルに、マリアは構わず、言った。
「君、さっきから一人で戦ってるわ。その状態で、アイツを倒すのは無理よ」
「……何?」
視線を鋭くするアルベルに、マリアは動じない。ただ真っ直ぐと、アルベルを見ていた。
「私を信じて」
強い意志の光を宿した、青の瞳で。
〈算段はついたか? 人間どもよ〉
悠然とつぶやく竜に、マリアとアルベルが向き直る。素早く身構えたアルベルが、ちらりと自分の右肩に視線をやった。肩から流れる血が、刀を握る手を滑らせる。傷自体は大した事はないが、どの道、ジリ貧であることに変わりはない。
アルベルはマリアに視線を向けず、つぶやいた。
「……やってみろ」
「任せて」
静かに微笑うマリアに、返事の代わりにアルベルは踏み込んだ。竜が静かに嗤う。アルベルの剣戟など、竜にとっては怖くとも何ともない。
――が。
「……ぬ?」
竜は目を丸くした。マリアが、後ろで紋章陣を構成させている。
「いつまでそうやって嗤っていられるかしら? ……グロース!」
紋章陣が光り、弾けた。それはただの紋章術ではない。マリアの額に浮かぶ白い紋章陣――アルティネイションの光が、アルベルに向かって奔る。一瞬、光がアルベルを包んだ。
〈無駄な事を!〉
凄絶に嗤い、竜が曲刀を振り下ろす。
キィンッッ!
その竜の手許に、刀を横に一閃させたアルベルが、切り込む。刀身にマリアのアルティネイションの光が宿っている。甲高い音を立てて振り下ろした曲刀の軌道が、
〈何っ!?〉
何度やっても、圧倒的な腕力でアルベルを捩じ伏せた曲刀の振り下ろしが。
目を見開く竜を見据えて、アルベルは、ぎらり、と赤い瞳を底光らせた。
「何度も見せられりゃ、貴様の太刀筋なんぞ馬鹿でも覚えるんだよ!」
ドンッッ!
凄まじい踏み込み音を立てて、アルベルの刀が輝いた。白い闘気が刃に集う。アルベルと対峙して、竜が初めて見る剣の型だ。刀を水平に寝かせた、突きの構え。
(突きだと――!?)
それも、ただの突きではない。
白い闘気を、刃と踏み込む足に宿した『疾風突き』と呼ばれる剣技だ。
竜の背に、初めて悪寒が走った。
ズドォオオオオンンッッ!
白い光が竜の眼を灼くと同時、両の曲刀を交差させた一点を、疾風突きが貫いた。アルベルの刃が、集約した気の塊が、曲刀を穿って竜の鳩尾を完全に突き刺さる。
〈――……っか!〉
上空を見上げて、竜が空気の塊を吐く。巨体が空を舞った。
瞬間、
アルベルは刀を握り締めた。
「ぬぉぉ……りゃっ!」
ずしゅぃいいんっっ……!
上下に走るアルベルの斬線が、竜の胸を深く刻む。地響きのような音を立てて、竜の巨体が背中から沈んだ。
――グォオオオオオオ……!――
野太い、断末魔を上げながら。
「……やった!」
マリアの歓声。
荒い息を吐きながら、アルベルは刀を地面に突き刺した。
「くそ虫風情が、手こずらせるな」
倒れ伏した竜を睨み、アルベルは一つ大きな息を吐くと、呼吸を整えた。散々、竜の重い太刀を受けた所為で手の感覚が無い。潰れた手の豆に視線を落として、アルベルは忌々しげに舌打つと刀を鞘にしまった。
「……何の真似だ?」
アルベルの傍までやって来て、ぐ、と彼の右肩を持ち上げたマリアに、アルベルは剣呑な眼差しを送った。
「応急よ。動かないで」
そう言って布を宛がうマリアを見下ろして、アルベルは彼女の手を振り払った。が。マリアに患部を、ぎゅっ、と握られ、アルベルは激痛に息を呑んだ。
「っ、貴、様……!」
眼の色を変えるアルベルに構わず、マリアは改めてアルベルの右肩に、布をあてがう。すらりと伸びた彼女の指が、きゅ、と布を引き結んだ。
「じっとしてなさい! ……けじめくらい取らせて」
わずかに目を細めて、アルベルは怪訝そうにマリアを見る。が、彼女は視線も上げずに丁寧に布を包む。
その彼女を尚も、じ、と見下ろして、アルベルは鼻を鳴らした。
「好きにしろ」
淡白につぶやく彼に、ようやく顔を上げたマリアが、にこりと微笑した。
◇
――グォオオオッ!――
野太い咆哮を上げて、獣型の竜が地を蹴った。蝙蝠のように左右に伸びた竜の長い翼が風を切る。
びゅぉんっっ……!
一瞬にして間合いが詰まる。同時、クリフも踏み込んでいた。
「おらぁっっ!」
鋭い前足を突き立てる竜に向かって、クリフが肩からぶつかる。
ズドォオオンンッッ!
両者、純粋な力比べ。
風が、二人の背後に奔った。
互角。
――グルゥッ!?――
その異常性に眼を瞠る竜に向かって、クリフが拳を握る。に、と邪悪に笑んだ彼の顔が、竜の瞳に映った。
「カーレントナックル!」
ズドドドォオンッッ!
左右の拳が、黄金の猛烈な闘気を孕んで竜の巨体を振り回す。クリフの三倍はある、竜の巨体を。
その怪力に竜が驚愕するより先に、悲鳴を上げて空を見上げた竜の視界に、ネルの姿があった。短刀を握り、こちらに向かって落下してくるネル。
――グォオオオオッッ!――
威嚇するように、あるいは、クリフの拳に貫かれ、痛みを訴えるように吼える竜に向かって、ネルの短刀が突き刺さった。
眉間に一突き。高々と吼える竜の、突き刺さった短刀の先を蹴ったネルが、上空で身を翻し、右手を開いた。瞬間。パリィッ、と甲高い音を立てて、青白い雷光が、ネルの掌で弾ける。
同時、
地上にいたクリフが、ぐ、と拳を握って胸を突き出した。黄金の闘気が、クリフの目の前――竜に向かって弾ける。
「マイト・ディスチャージ!」
「雷煌破!」
上空のネルも、右手に溜めた施力を一気に放出する。
ズドドドドォオオンッッ!
黄金のクリフの闘気と、ネルの放つ青白い雷光が、竜を挟み打った。
――グォオオオオオ……ッッ!――
地響きを立てるような、けたたましい悲鳴を上げて渦中の竜が身をそらす。上空を仰ぎ、眼を瞠った竜の瞳から、光が消えていく。
二メートル強の巨大な黄金の球体に、青白い雷光が奔る。それに、竜の身を包まれ――一つ、大きな轟音を立てると同時に弾けた。
ズドォオオオンンッッ……!
気柱が立つ。
それを視界の端に、たっ、と軽やかに着地したネルは、颯爽と短刀を納めた。
「因果応報ってやつさ」
軽く息を吐いて、す、とクリフに向き直る。と、こちらを見据えて、に、と笑うクリフに、ネルは、こん、と拳を合わせた。
「言ったろ? 俺に任せときゃ万事オッケーだってな」
「……だね」
小さく苦笑して、煙を立てる竜の遺骸に視線を向ける。と、ネルは表情を鋭くして、腰の短刀に、ざっ、と手をかけた。
「誰だっ!」
凛とした声で問い詰める。と、獣型の竜の遺骸の向こうから、女性が現れた。
暗い紫色のローブに身を包んだ、白い肌の女性。
ネルの隣で拳を握っていたクリフが、不思議そうに、ゆっくりと構えを解いた。
「……あん? 人、だと?」
上から下まで、じろりと女性を眺めて、クリフは小さく、ふむ、とつぶやく。
女性は、透き通るような白い肌に、静かにかかった灰色の髪が、女性の不思議な雰囲気に妖艶さを孕ませていた。唇には、暗色のルージュが艶っぽく彩られている。ぱっ、と見た印象では、歳の程は定かではないが、まだ若い女だった。
とろん、と落ちた瞼から見える黒瞳が、じ、とクリフを見詰めている。
「……まあまあ、だな」
その彼女の視線を受け止めながら、顎に手をやって、頷くクリフ。その彼の脇腹に、ネルの容赦ない肘打ちが決まった。
「ちょっと黙ってな」
ごすっ、と鈍い音を立てて、突き刺さった肘打ちに、クリフは声にもならない悲鳴を上げてうずくまる。が、その彼には一切関わらず、ネルは短刀を構えたまま、女性を睨み据えた。
明らかに今まで出遭ってきた竜とは違う、獣型の竜を倒すと同時に現れた、この女性を。
「アンタ、一体何者だい? こんな所で何をしている」
問うと、女性はネルに視線を向けた。白い――病的なまでに白い女性の指が、小さな珠を握っている。 その女性の、一種、独特の気配に、ただならぬものを感じ取って、ネルは油断無く女性を観察する。
慎ましやかな女性の唇が、割れた。
「……何も。私は、もう何をする事も出来ないのです……」
零れた声の弱々しさに、ネルは気を抜けない、と頭で分かっていながら、構えを解いた。
女性の気配に、少なくとも殺気や敵意といったものが含まれていなかったためだ。
うずくまっていたクリフが、不思議そうに首をかしげた。
「何もって……、連れもいねぇようだが、こんな山を一人で登ったのか?」
クリフの問いに、女性は弱々しい視線を返してきた。僅かに俯き、悲しげに目を伏せる。
「…………」
静寂に、クリフはがしがしと頭を掻いた。やれやれ、とつぶやきながら、小さく苦笑を零す。
「ま、話したくねぇなら無理強いはしねぇけどな」
「クリフ!」
警戒した眼差しを送ってくるネルに、クリフは大仰に肩をすくめた。
「がっついたって聞き出せるワケでもねぇだろ? だったら、いいじゃねぇか」
「…………」
軽く目を瞑って、ネルはやれやれ、とため息を吐く。そのネルを視界の端に置いて、クリフは女性に向き直った。
「そういうわけだ。ワケ有りのようだが、アンタが俺達のやる事に干渉しねぇなら、俺達もアンタに干渉しねぇよ。安心しな」
俯く彼女にそう言ってやると、女性はゆっくりとクリフを見上げて、そ、とつぶやいた。
「果たして、死んだ者の魂を救う術はあるのでしょうか?」
「あん?」
首を傾げるクリフに、女性のゆるりとした視線が返ってくる。力無い瞳だが、代わりに得体の知れない、ひんやりとした雰囲気を持つ、不思議な黒瞳。冷徹さや、冷酷さとは少し違う。
夏場の洞窟の、冷えた空気に似た瞳。その、女性の黒瞳を見返して。クリフはぽりぽりと頬を掻いた。
「死んだ者の魂を救うって、何故そんな事を?」
静かに問うネルに、女性は、そ、と眼を伏せた。
「私は、最愛の者を失ってしまったのです。失われた体、砕け散った魂……。私に出来る事は、ただ己の罪を悔いる事だけ」
小さくつぶやく女性に、深刻な影を見つけて、ネルは押し黙った。どうしたものか、横目でクリフを見る。すると、ネルと同じように反応に困ったクリフが、あぁ、と頭を掻いた。
対策は、ないらしい。
(……やれやれ)
胸中でため息を吐きながら、ネルは女性に視線を向ける。すると女性は、はっ、としたように顔を上げて、クリフの胸元を、じ、と見据えた。
「アナタは、もしや……」
つぶやく女性に、クリフは首を傾げる。つられて視線を落とすと、彼女が胸ポケットに集中していることが分かった。
「……あぁ、もしかして」
そう一言、断って。
首を傾げるネルを尻目に、クリフは胸ポケットから小さな石を取り出した。碧い、手の平サイズの小石だ。
「これのことか?」
「それは?」
不思議そうにクリフと石、そして女性を見るネルに、クリフが答えた。
「この山を登った時に、アレンが拾ったモンだ。確か『霊力を持った石』とかって、ご大層なモンらしいぜ」
「……やはり、魂玉石!」
ぐ、と息を呑む女性に、クリフは首を傾げた。その傍らで、女性の言葉に目を丸くしたネルが、改めてクリフの手の平に乗った石を見る。
「魂玉石だって? これが!?」
「あん?」
「魂を輪廻させる、冥府の加護を受けし鉱石だよ! 死後の安寧を約束する効果があるけど、あまりに希少な鉱石のため、王族の埋葬時にしか用いられないと言われている。……これが、本当にそれだってのかい?」
問うネルに、女性は口許を綻ばせて、哀しげに微笑った。微笑、と言うには、あまりにも複雑な表情で。
「どれだけ苦しもうと、悩もうと、私にはそれを作ることが出来なかった。ああ……、もしそれを作ることが出来たならば……」
つぶやく女性に、クリフとネルは顔を見合わせる。そして、クリフはがしがしと頭を掻いて、魂玉石を女性に渡した。
「ほらよ」
「よろしいのですか?」
驚いたように顔を上げる女性に、クリフは大仰に肩をすくめてみせる。
「生憎と、俺には必要のねぇモンだ」
言って、横目でネルを見ると、ネルは口許をマフラーに埋めて押し黙っていた。どうやら、異論は無いらしい。
女性が、柔らかく微笑った。
「ありがとうございます。これで娘の魂も救われる事でしょう」
恭しく魂玉石を受け取って、女性は深々と頭を下げる。その彼女に、ネルは小さく苦笑した。
「それで。私はネル、こっちはクリフさ。アンタの名を、聞かせてはもらえないのかい?」
両腕を組んで、催促するように右手を差し出すと、女性は下げた頭を上げて、ふんわりと微笑った。
「ミスティ。ミスティ・リーアと申します」
「なっ!?」
ネルが眼を瞠る。その様子に、クリフが首を傾げていると、表情を改めたネルが、苦笑した。
「……なるほどね。アンタがあの高名な錬金術師か。道理で魂玉石を作るなんて無謀なことを……」
つぶやくネルに、ミスティ・リーアは哀しげに微笑って、視線をクリフに向けた。
「私には、返せるものは何もありません。ですから……これから先、私の事を自由に使って頂いて構いません。それが私に出来るせめてものお礼です」
「自由にって、……おいおい」
頭を掻くクリフに、ミスティ・リーアは微笑う。独特の雰囲気を孕んだ、艶のある笑み。それにクリフが困ったように眉根を寄せていると、傍らのネルが言った。
「いいんじゃないかい? 彼女が本当にあの伝説の錬金術師、ミスティ・リーアだと言うなら、あの遺跡の謎が解けるかもしれないよ」
「あの遺跡?」
首を傾げるミスティ・リーアに、ネルはこくりと頷いた。
「ああ、この山を登った先にある竜のレリーフのある遺跡さ」
「……竜の、レリーフ……」
つぶやいたミスティ・リーアが白い指を顎にやる。その艶っぽい挙動を眼で追いながら、クリフは問いかけた。
「分かんのか?」
ミスティ・リーアの視線が上がる。白い繊手を、そ、と下ろした彼女は、小さく妖艶に微笑った。
「お任せ下さい、ご主人様」
「……ご主人様?」
問い返すクリフに、ミスティ・リーアは微笑を崩さずに頷いた。
ぴくり、と片頬を動かしたクリフが、固まった表情で、じ、とミスティ・リーアを見つめる。そのクリフに、ミスティ・リーアはただただ艶のある微笑を返すのみだ。
反応に困っているのか、表情を動かさないクリフを横目に、ネルは構わずミスティ・リーアに向き直ると、ミスティ・リーアは、ちりん、と鈴の音を立てて、ローブの下から珠を取り出した。
蒼い、真珠ほどの小さな珠だった。
「この珠には、魔除けの力があります……。山の竜は、これの発する気配を嫌って、私を避けて通るのです」
つぶやくミスティ・リーアに、ネルが合点したように頷く。
「それで、こんな場所まで一人で来られたわけだね?」
「はい」
ミスティ・リーアはクリフを見上げて、やんわりと微笑んだ。
「それでは、参りましょう」
「……ま、よろしく頼むぜ」
こほん、とわざとらしい咳払いをして答えるクリフに、肩をすくめたネルが、どこか悪戯な表情で耳打ちした。
「良かったじゃないか、すごく美人な女性に慕われて」
いつかの仕返し、と言わんばかりの彼女の笑みに、クリフは険のある眼差しを送って――小さく、つぶやいた。
「いい気なもんだぜ……」
人の気も知らずに、とつぶやくクリフの脳裡に相棒の顔が過ぎる。このまま皆と合流することになれば、当然、顔を合わせることになる彼女を――。
クリフは視線を下げると、やんわりと微笑い返してくる美女と眼が合って、小さくため息を吐いた。
「……ま、悪い気はしねぇけどな……」
つぶやいた声は、クリフの胸中だけで反響していった。
◇
応急手当の出来上がった自分の右肩を見下ろして、アルベルは静かに目を閉じた。その眉間に、深い皺が寄る。
「…………」
数秒の間を置いて、ゆっくりと眼を開けたアルベルは、改めて自分の右肩を――こんなザマにしてくれた女性を睨み下ろした。傷口を完全に覆うため、要領悪く巻かれた布は、幾重にもなる。
「……ふぅ。こんなものかしら?」
ようやく成長を終えた布の塊を見て、マリアはため息を吐いた。その顔が、何とも達成感に満ち溢れている。
アルベルはわずかに、ぴくりと片頬を引き攣らせた。
「何のマネだ? 阿呆」
すでに右腕は動かせない。
幾重にも巻かれた布の所為で、ギブスか何かのように、がっちりと肩を固定されている。それは良い。
が。
巻きすぎた布の塊の所為で、アルベルの肩が丸くなっていた。
「何の真似って?」
不思議そうに顔を上げるマリアに邪気は無い。が、アルベルはその程度では引き下がらない。彼は鉄爪で、無造作に自分の右肩――布の塊を掴むと、遠慮なくそれを引き裂いた。
「あぁっ! ――何を!」
「阿呆! こんな格好で戦闘が出来るか!」
意外そうに眼を瞠って、アルベルと彼の右肩を見比べるマリアに、アルベルは容赦なく罵声を浴びせた。だがマリアも引き下がらない。
「何言ってるの! そんな深手で、戦闘なんて出来るわけないでしょ!」
「ハッ! 戦場で刀を置いたクソ虫が、生き残るとでも思ってんのか?」
「その為の二人一組よ!」
「お前が俺を庇うだと? それこそ笑わせる!」
軽い失笑と皮肉を交えてアルベルが吐き捨てた瞬間、アルベルですら気付かぬ間に、マイクロブラスターを引き抜いたマリアが、銃口をこちらに向けて、言った。
「確かに、私は敵の気配を読む力について君に劣ってるわ。銃も体術も、あの竜に通用しなかった。それに反省もしてる」
でもね、と言い置いたマリアは、睨むようにアルベルを見据えて――
「少なくとも今の君よりは戦えると思うけど?」
「……上等だ」
静かに義手を開くアルベルに、マリアは不敵に笑った。
「私が勝ったら、言うことを聞いてもらうわよ。アルベル?」
「フン。せいぜいほざいてろ、この阿呆!」
義手を構え、踏み込むアルベルに向かって、マリアのマイクロブラスターが火を噴いた。