連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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57.手分け捜査 中編

「フン!」

 

 ぎきぃいいんんぅっっ!

 

 竜の曲刀と刃を合わせると同時、アルベルは後ろに跳んだ。

 六度目の鍔迫り合い。それに、アルベルが力負けした時の事だ。追撃に曲刀を振るう竜に向かって、マリアはマイクロブラスターを連射した。

 

「そこっ!!」

 

 ドドドンッッ!

 

 竜の皮膚を貫けないのは分かっている。故に、マリアは竜の手首を狙った。最も力の重心がかかった、バランスを崩しやすい関節を。

 しかし、竜は嘲笑うようにマリアを一瞥して、構わず曲刀を振り下ろした。

 

 ギィインッッ!

 

 全く威力の変わらない振り下ろしが、義手で受け止めたアルベルの体を、人形のように吹き飛ばす。完全に受け太刀していたので損傷(ダメージ)はない。しかし、その衝撃に低く呻きながら着地したアルベルは、竜を睨んで忌々しげに舌打ちした。

 

「……ちぃっ!!」

 

 剣術ではアルベルが上。しかし、相手の圧倒的な攻撃力と防御力の前では、全くの無意味。今だ致命傷を喰らっていないものの、アルベルの体力がじりじりと削られていくのは、時間の問題だった。

 

「まずいわね」

 

 マリアが神妙な面持ちでアルベルを見る。が、アルベルは敵を睨んだまま、視線を交わそうとしなかった。

 代わりに、

 

「ぉをっ!」

 

〈ハァッ!〉

 

 ギキィインッッ!

 

 竜の振り下ろしと、アルベルの振り上げが正面からぶつかる。剣速は僅かにアルベルが上。――が、腕力は遥かに、竜が上。

 

〈非力なり!〉

 

 ずどぉおおおんっっ!

 

 完全に振り落ちた竜の刃が、地面に触れた瞬間。爆炎が舞った。

 

「ぐぉおおっ!」

 

 両腕で自分をかばって、アルベルが後ろに跳ぶ。瞬間。竜の体が、マリアの目の前に迫った。

 

(速い――!)

 

 竜の巨体に似合わず、圧倒的なスピードだ。マリアは歯を噛み、一瞬で集約した気の蹴りを放った。

 

「トライデント・アーツ!」

 

 ズドドドォオンッッ!

 

 下段、中段、上段と繋がる三連の蹴りが、竜にぶち当たる。

 

〈……終わりか? 娘よ〉

 

 にやりと嗤う竜を見上げて、マリアは息を呑んだ。怯まない。曲刀が、マリアに向かって袈裟状に振り落ちた。

 

 斬っ!

 

 咄嗟にバックステップで距離を取る。が、わずかに間に合わず、マリアの肩を、曲刀がかすめた。

 

「……っ、!」

 

 マリアが身をよじる。と、もう一振りの曲刀が水平に薙がれ、マリアの後を追った。

 腹を――マリアを上下に両断するために振られた斬撃。

 かわせない。

 

(――しまっ!)

 

 銃に手をやるも、曲刀の方が速かった。

 

 斬っ!

 

 そこを、疾風が駆けた。地面を滑空するように竜に走ったそれは、竜の曲刀によって無造作に薙ぎ払われる。だが一つに見えたその疾風は、すぐ後ろに二段目の衝撃波が走っていた。地面を滑走する白い風が、竜の胸に直撃する。

 

「お前の相手は、この俺だ! 阿呆!」

 

 恫喝するアルベルに、しかし、竜は軽い『風』を感じただけだ。分厚い胸板は傷一つつかず、竜は疾風が走ってきた位置を見据えて、嗤った。

 

〈効かぬな!〉

 

 疾風――空破斬を放った、アルベルを。

 

「ほざけ!」

 

 くく、と嘲笑う竜に、アルベルは刀を握り、踏み込んだ。対峙する竜が、ふん、と小さく鼻を鳴らす。

 

「ぉおっ!」

 

 アルベルの切り上げに、竜の曲刀が振り落ちる。一本ではない、二本の曲刀だ。左右から振り落ちる曲刀が、アルベルの痩身を挟み込むように十字の軌道を描く。

 片腕一本でも、力では竜が上。

 

 ……みしぃいっっ!

 

 曲刀を受け止めたアルベルの体が、悲鳴を上げた。それを冷徹な眼で見下ろして、竜が腕に力を込める。ぐ、と曲刀が持ち上がる感触がして、アルベルは衝撃に備え、身を固めた。

 同時。

 

 ずどぉおおんんっ!

 

 竜の凄まじい体当たり(タックル)が、アルベルの体を殴り倒した。

 

「……っ!」

 

 アルベルの視界が赤く染まる。一瞬、呼吸を忘れた。

 

「アルベル!」

 

 マリアの声。しかし、平衡感覚を完全に奪われたアルベルに、答えるだけの力はない。

 

〈終わりだ、人間よ!〉

 

 くるんっ、と手首を返して、両の曲刀が十字を描いてアルベルに振り落ちる。瞬間。かっ、と目を見開いたマリアは、青い瞳を散瞳させた。

 

〈ぬっ!?〉

 

 異変に気付いた竜が、眼を瞠る。

 

 ……キィイイイイ、

 

 白い光が、マイクロブラスターの銃口に集約すると、同時。

 

「グラビティ・ビュレット!」

 

 竜の胴体に向かって、ただの光弾に過ぎなかったマイクロブラスターの弾が、黒い闇の球体となって竜に奔った。

 

〈なにっ!?〉

 

 僅かに目を瞠った竜が、闇の球体に触れた、瞬間。

 

 ズドドドドドドォオオンッッ!

 

 闇色の球体に、紫電の雷が走った。

 

――グォオオオ……!――

 

 雷光が爆ぜる。竜は天を仰ぎ、苦しげに吼えた。闇色の球体が竜に枷を為したように動きを止め、幾筋にも走った紫電が、竜の肉を焼く。

 その様を横目に、マリアは素早くアルベルに駆け寄った。

 

「アルベル!」

 

 刀を杖代わりに、頭を振っているアルベルに呼びかける。すると、アルベルが焦点の定まっていない赤い瞳をマリアに向けてきた。

 

「良かった、無事だったみたい――」

 

 つぶやこうとした、マリアの体が押し倒された。

 

「っ!?」

 

 圧し掛かるアルベルに、事態が把握できず、マリアが眼を白黒させる。その紙一重後ろを、竜の曲刀が通り過ぎた。

 

「な――っ!」

 

 マリアは驚愕した。先程が放った重力の檻で、完全に竜の動きは封じた筈だった。

 なのに、

 

〈……今のは驚いたぞ?〉

 

 薄ら笑う竜に、マリアは目を見開く。咄嗟にマイクロブラスターを握り締めた。

 

「っ、ぐっ!」

 

 アルベルの右肩から、鮮血が溢れ出す。ちょうど、マリアを庇った時に迫り出したのだ。

 

「斬られたの!?」

 

 息を呑むマリアに、アルベルの険しい眼差しが睨んだ。

 

「戦闘中に余所見してんじゃねぇ! 阿呆!」

 

「……っ!」

 

 だんっ、とマリアの、顔の真横の地面を叩いて、アルベルは無理やり立ち上がるなり、刀を竜に向けた。

 

〈フン。いささか、貴様との戯れにも飽きた。この辺りで引導を渡してやろう〉

 

 竜を睨み据えて、アルベルは口端を吊り上げた。

 

「上等だ」

 

 アルベルが刀を握り、踏み込む。その一瞬前に、マリアが、がっ、とアルベルの左肩を鷲掴んだ。

 

「邪魔をするな! 女!」

 

 反射的に恫喝するアルベルに、マリアは構わず、言った。

 

「君、さっきから一人で戦ってるわ。その状態で、アイツを倒すのは無理よ」

 

「……何?」

 

 視線を鋭くするアルベルに、マリアは動じない。ただ真っ直ぐと、アルベルを見ていた。

 

「私を信じて」

 

 強い意志の光を宿した、青の瞳で。

 

〈算段はついたか? 人間どもよ〉

 

 悠然とつぶやく竜に、マリアとアルベルが向き直る。素早く身構えたアルベルが、ちらりと自分の右肩に視線をやった。肩から流れる血が、刀を握る手を滑らせる。傷自体は大した事はないが、どの道、ジリ貧であることに変わりはない。

 アルベルはマリアに視線を向けず、つぶやいた。

 

「……やってみろ」

 

「任せて」

 

 静かに微笑うマリアに、返事の代わりにアルベルは踏み込んだ。竜が静かに嗤う。アルベルの剣戟など、竜にとっては怖くとも何ともない。

 ――が。

 

「……ぬ?」

 

 竜は目を丸くした。マリアが、後ろで紋章陣を構成させている。

 

「いつまでそうやって嗤っていられるかしら? ……グロース!」

 

 紋章陣が光り、弾けた。それはただの紋章術ではない。マリアの額に浮かぶ白い紋章陣――アルティネイションの光が、アルベルに向かって奔る。一瞬、光がアルベルを包んだ。

 

〈無駄な事を!〉

 

 凄絶に嗤い、竜が曲刀を振り下ろす。

 

 キィンッッ!

 

 その竜の手許に、刀を横に一閃させたアルベルが、切り込む。刀身にマリアのアルティネイションの光が宿っている。甲高い音を立てて振り下ろした曲刀の軌道が、人間に(・・・)打ち上げられた。

 

〈何っ!?〉

 

 何度やっても、圧倒的な腕力でアルベルを捩じ伏せた曲刀の振り下ろしが。

 目を見開く竜を見据えて、アルベルは、ぎらり、と赤い瞳を底光らせた。

 

「何度も見せられりゃ、貴様の太刀筋なんぞ馬鹿でも覚えるんだよ!」

 

 ドンッッ!

 

 凄まじい踏み込み音を立てて、アルベルの刀が輝いた。白い闘気が刃に集う。アルベルと対峙して、竜が初めて見る剣の型だ。刀を水平に寝かせた、突きの構え。

 

(突きだと――!?)

 

 それも、ただの突きではない。

 白い闘気を、刃と踏み込む足に宿した『疾風突き』と呼ばれる剣技だ。

 竜の背に、初めて悪寒が走った。

 

 ズドォオオオオンンッッ!

 

 白い光が竜の眼を灼くと同時、両の曲刀を交差させた一点を、疾風突きが貫いた。アルベルの刃が、集約した気の塊が、曲刀を穿って竜の鳩尾を完全に突き刺さる。

 

〈――……っか!〉

 

 上空を見上げて、竜が空気の塊を吐く。巨体が空を舞った。

 瞬間、

 アルベルは刀を握り締めた。

 

「ぬぉぉ……りゃっ!」

 

 ずしゅぃいいんっっ……!

 

 上下に走るアルベルの斬線が、竜の胸を深く刻む。地響きのような音を立てて、竜の巨体が背中から沈んだ。

 

――グォオオオオオオ……!――

 

 野太い、断末魔を上げながら。

 

「……やった!」

 

 マリアの歓声。

 荒い息を吐きながら、アルベルは刀を地面に突き刺した。

 

「くそ虫風情が、手こずらせるな」

 

 倒れ伏した竜を睨み、アルベルは一つ大きな息を吐くと、呼吸を整えた。散々、竜の重い太刀を受けた所為で手の感覚が無い。潰れた手の豆に視線を落として、アルベルは忌々しげに舌打つと刀を鞘にしまった。

 

「……何の真似だ?」

 

 アルベルの傍までやって来て、ぐ、と彼の右肩を持ち上げたマリアに、アルベルは剣呑な眼差しを送った。

 

「応急よ。動かないで」

 

 そう言って布を宛がうマリアを見下ろして、アルベルは彼女の手を振り払った。が。マリアに患部を、ぎゅっ、と握られ、アルベルは激痛に息を呑んだ。

 

「っ、貴、様……!」

 

 眼の色を変えるアルベルに構わず、マリアは改めてアルベルの右肩に、布をあてがう。すらりと伸びた彼女の指が、きゅ、と布を引き結んだ。

 

「じっとしてなさい! ……けじめくらい取らせて」

 

 わずかに目を細めて、アルベルは怪訝そうにマリアを見る。が、彼女は視線も上げずに丁寧に布を包む。

 その彼女を尚も、じ、と見下ろして、アルベルは鼻を鳴らした。

 

「好きにしろ」

 

 淡白につぶやく彼に、ようやく顔を上げたマリアが、にこりと微笑した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――グォオオオッ!――

 

 野太い咆哮を上げて、獣型の竜が地を蹴った。蝙蝠のように左右に伸びた竜の長い翼が風を切る。

 

 びゅぉんっっ……!

 

 一瞬にして間合いが詰まる。同時、クリフも踏み込んでいた。

 

「おらぁっっ!」

 

 鋭い前足を突き立てる竜に向かって、クリフが肩からぶつかる。

 

 ズドォオオンンッッ!

 

 両者、純粋な力比べ。

 風が、二人の背後に奔った。

 互角。

 

――グルゥッ!?――

 

 その異常性に眼を瞠る竜に向かって、クリフが拳を握る。に、と邪悪に笑んだ彼の顔が、竜の瞳に映った。

 

「カーレントナックル!」

 

 ズドドドォオンッッ!

 

 左右の拳が、黄金の猛烈な闘気を孕んで竜の巨体を振り回す。クリフの三倍はある、竜の巨体を。

 その怪力に竜が驚愕するより先に、悲鳴を上げて空を見上げた竜の視界に、ネルの姿があった。短刀を握り、こちらに向かって落下してくるネル。

 

――グォオオオオッッ!――

 

 威嚇するように、あるいは、クリフの拳に貫かれ、痛みを訴えるように吼える竜に向かって、ネルの短刀が突き刺さった。

 眉間に一突き。高々と吼える竜の、突き刺さった短刀の先を蹴ったネルが、上空で身を翻し、右手を開いた。瞬間。パリィッ、と甲高い音を立てて、青白い雷光が、ネルの掌で弾ける。

 同時、

 地上にいたクリフが、ぐ、と拳を握って胸を突き出した。黄金の闘気が、クリフの目の前――竜に向かって弾ける。

 

「マイト・ディスチャージ!」

 

「雷煌破!」

 

 上空のネルも、右手に溜めた施力を一気に放出する。

 

 ズドドドドォオオンッッ!

 

 黄金のクリフの闘気と、ネルの放つ青白い雷光が、竜を挟み打った。

 

――グォオオオオオ……ッッ!――

 

 地響きを立てるような、けたたましい悲鳴を上げて渦中の竜が身をそらす。上空を仰ぎ、眼を瞠った竜の瞳から、光が消えていく。

 二メートル強の巨大な黄金の球体に、青白い雷光が奔る。それに、竜の身を包まれ――一つ、大きな轟音を立てると同時に弾けた。

 

 ズドォオオオンンッッ……!

 

 気柱が立つ。

 それを視界の端に、たっ、と軽やかに着地したネルは、颯爽と短刀を納めた。

 

「因果応報ってやつさ」

 

 軽く息を吐いて、す、とクリフに向き直る。と、こちらを見据えて、に、と笑うクリフに、ネルは、こん、と拳を合わせた。

 

「言ったろ? 俺に任せときゃ万事オッケーだってな」

 

「……だね」

 

 小さく苦笑して、煙を立てる竜の遺骸に視線を向ける。と、ネルは表情を鋭くして、腰の短刀に、ざっ、と手をかけた。

 

「誰だっ!」

 

 凛とした声で問い詰める。と、獣型の竜の遺骸の向こうから、女性が現れた。

 暗い紫色のローブに身を包んだ、白い肌の女性。

 ネルの隣で拳を握っていたクリフが、不思議そうに、ゆっくりと構えを解いた。

 

「……あん? 人、だと?」

 

 上から下まで、じろりと女性を眺めて、クリフは小さく、ふむ、とつぶやく。

 女性は、透き通るような白い肌に、静かにかかった灰色の髪が、女性の不思議な雰囲気に妖艶さを孕ませていた。唇には、暗色のルージュが艶っぽく彩られている。ぱっ、と見た印象では、歳の程は定かではないが、まだ若い女だった。

 とろん、と落ちた瞼から見える黒瞳が、じ、とクリフを見詰めている。

 

「……まあまあ、だな」

 

 その彼女の視線を受け止めながら、顎に手をやって、頷くクリフ。その彼の脇腹に、ネルの容赦ない肘打ちが決まった。

 

「ちょっと黙ってな」

 

 ごすっ、と鈍い音を立てて、突き刺さった肘打ちに、クリフは声にもならない悲鳴を上げてうずくまる。が、その彼には一切関わらず、ネルは短刀を構えたまま、女性を睨み据えた。

 明らかに今まで出遭ってきた竜とは違う、獣型の竜を倒すと同時に現れた、この女性を。

 

「アンタ、一体何者だい? こんな所で何をしている」

 

 問うと、女性はネルに視線を向けた。白い――病的なまでに白い女性の指が、小さな珠を握っている。 その女性の、一種、独特の気配に、ただならぬものを感じ取って、ネルは油断無く女性を観察する。

 慎ましやかな女性の唇が、割れた。

 

「……何も。私は、もう何をする事も出来ないのです……」

 

 零れた声の弱々しさに、ネルは気を抜けない、と頭で分かっていながら、構えを解いた。

 女性の気配に、少なくとも殺気や敵意といったものが含まれていなかったためだ。

 うずくまっていたクリフが、不思議そうに首をかしげた。

 

「何もって……、連れもいねぇようだが、こんな山を一人で登ったのか?」

 

 クリフの問いに、女性は弱々しい視線を返してきた。僅かに俯き、悲しげに目を伏せる。

 

「…………」

 

 静寂に、クリフはがしがしと頭を掻いた。やれやれ、とつぶやきながら、小さく苦笑を零す。

 

「ま、話したくねぇなら無理強いはしねぇけどな」

 

「クリフ!」

 

 警戒した眼差しを送ってくるネルに、クリフは大仰に肩をすくめた。

 

「がっついたって聞き出せるワケでもねぇだろ? だったら、いいじゃねぇか」

 

「…………」

 

 軽く目を瞑って、ネルはやれやれ、とため息を吐く。そのネルを視界の端に置いて、クリフは女性に向き直った。

 

「そういうわけだ。ワケ有りのようだが、アンタが俺達のやる事に干渉しねぇなら、俺達もアンタに干渉しねぇよ。安心しな」

 

 俯く彼女にそう言ってやると、女性はゆっくりとクリフを見上げて、そ、とつぶやいた。

 

「果たして、死んだ者の魂を救う術はあるのでしょうか?」

 

「あん?」

 

 首を傾げるクリフに、女性のゆるりとした視線が返ってくる。力無い瞳だが、代わりに得体の知れない、ひんやりとした雰囲気を持つ、不思議な黒瞳。冷徹さや、冷酷さとは少し違う。

 夏場の洞窟の、冷えた空気に似た瞳。その、女性の黒瞳を見返して。クリフはぽりぽりと頬を掻いた。

 

「死んだ者の魂を救うって、何故そんな事を?」

 

 静かに問うネルに、女性は、そ、と眼を伏せた。

 

「私は、最愛の者を失ってしまったのです。失われた体、砕け散った魂……。私に出来る事は、ただ己の罪を悔いる事だけ」

 

 小さくつぶやく女性に、深刻な影を見つけて、ネルは押し黙った。どうしたものか、横目でクリフを見る。すると、ネルと同じように反応に困ったクリフが、あぁ、と頭を掻いた。

 対策は、ないらしい。

 

(……やれやれ)

 

 胸中でため息を吐きながら、ネルは女性に視線を向ける。すると女性は、はっ、としたように顔を上げて、クリフの胸元を、じ、と見据えた。

 

「アナタは、もしや……」

 

 つぶやく女性に、クリフは首を傾げる。つられて視線を落とすと、彼女が胸ポケットに集中していることが分かった。

 

「……あぁ、もしかして」

 

 そう一言、断って。

 首を傾げるネルを尻目に、クリフは胸ポケットから小さな石を取り出した。碧い、手の平サイズの小石だ。

 

「これのことか?」

 

「それは?」

 

 不思議そうにクリフと石、そして女性を見るネルに、クリフが答えた。

 

「この山を登った時に、アレンが拾ったモンだ。確か『霊力を持った石』とかって、ご大層なモンらしいぜ」

 

「……やはり、魂玉石!」

 

 ぐ、と息を呑む女性に、クリフは首を傾げた。その傍らで、女性の言葉に目を丸くしたネルが、改めてクリフの手の平に乗った石を見る。

 

「魂玉石だって? これが!?」

 

「あん?」

 

「魂を輪廻させる、冥府の加護を受けし鉱石だよ! 死後の安寧を約束する効果があるけど、あまりに希少な鉱石のため、王族の埋葬時にしか用いられないと言われている。……これが、本当にそれだってのかい?」

 

 問うネルに、女性は口許を綻ばせて、哀しげに微笑った。微笑、と言うには、あまりにも複雑な表情で。

 

「どれだけ苦しもうと、悩もうと、私にはそれを作ることが出来なかった。ああ……、もしそれを作ることが出来たならば……」

 

 つぶやく女性に、クリフとネルは顔を見合わせる。そして、クリフはがしがしと頭を掻いて、魂玉石を女性に渡した。

 

「ほらよ」

 

「よろしいのですか?」

 

 驚いたように顔を上げる女性に、クリフは大仰に肩をすくめてみせる。

 

「生憎と、俺には必要のねぇモンだ」

 

 言って、横目でネルを見ると、ネルは口許をマフラーに埋めて押し黙っていた。どうやら、異論は無いらしい。

 女性が、柔らかく微笑った。

 

「ありがとうございます。これで娘の魂も救われる事でしょう」

 

 恭しく魂玉石を受け取って、女性は深々と頭を下げる。その彼女に、ネルは小さく苦笑した。

 

「それで。私はネル、こっちはクリフさ。アンタの名を、聞かせてはもらえないのかい?」

 

 両腕を組んで、催促するように右手を差し出すと、女性は下げた頭を上げて、ふんわりと微笑った。

 

「ミスティ。ミスティ・リーアと申します」

 

「なっ!?」

 

 ネルが眼を瞠る。その様子に、クリフが首を傾げていると、表情を改めたネルが、苦笑した。

 

「……なるほどね。アンタがあの高名な錬金術師か。道理で魂玉石を作るなんて無謀なことを……」

 

 つぶやくネルに、ミスティ・リーアは哀しげに微笑って、視線をクリフに向けた。

 

「私には、返せるものは何もありません。ですから……これから先、私の事を自由に使って頂いて構いません。それが私に出来るせめてものお礼です」

 

「自由にって、……おいおい」

 

 頭を掻くクリフに、ミスティ・リーアは微笑う。独特の雰囲気を孕んだ、艶のある笑み。それにクリフが困ったように眉根を寄せていると、傍らのネルが言った。

 

「いいんじゃないかい? 彼女が本当にあの伝説の錬金術師、ミスティ・リーアだと言うなら、あの遺跡の謎が解けるかもしれないよ」

 

「あの遺跡?」

 

 首を傾げるミスティ・リーアに、ネルはこくりと頷いた。

 

「ああ、この山を登った先にある竜のレリーフのある遺跡さ」

 

「……竜の、レリーフ……」

 

 つぶやいたミスティ・リーアが白い指を顎にやる。その艶っぽい挙動を眼で追いながら、クリフは問いかけた。

 

「分かんのか?」

 

 ミスティ・リーアの視線が上がる。白い繊手を、そ、と下ろした彼女は、小さく妖艶に微笑った。

 

「お任せ下さい、ご主人様」

 

「……ご主人様?」

 

 問い返すクリフに、ミスティ・リーアは微笑を崩さずに頷いた。

 ぴくり、と片頬を動かしたクリフが、固まった表情で、じ、とミスティ・リーアを見つめる。そのクリフに、ミスティ・リーアはただただ艶のある微笑を返すのみだ。

 反応に困っているのか、表情を動かさないクリフを横目に、ネルは構わずミスティ・リーアに向き直ると、ミスティ・リーアは、ちりん、と鈴の音を立てて、ローブの下から珠を取り出した。

 蒼い、真珠ほどの小さな珠だった。

 

「この珠には、魔除けの力があります……。山の竜は、これの発する気配を嫌って、私を避けて通るのです」

 

 つぶやくミスティ・リーアに、ネルが合点したように頷く。

 

「それで、こんな場所まで一人で来られたわけだね?」

 

「はい」

 

 ミスティ・リーアはクリフを見上げて、やんわりと微笑んだ。

 

「それでは、参りましょう」

 

「……ま、よろしく頼むぜ」

 

 こほん、とわざとらしい咳払いをして答えるクリフに、肩をすくめたネルが、どこか悪戯な表情で耳打ちした。

 

「良かったじゃないか、すごく美人な女性に慕われて」

 

 いつかの仕返し、と言わんばかりの彼女の笑みに、クリフは険のある眼差しを送って――小さく、つぶやいた。

 

「いい気なもんだぜ……」

 

 人の気も知らずに、とつぶやくクリフの脳裡に相棒の顔が過ぎる。このまま皆と合流することになれば、当然、顔を合わせることになる彼女を――。

 クリフは視線を下げると、やんわりと微笑い返してくる美女と眼が合って、小さくため息を吐いた。

 

「……ま、悪い気はしねぇけどな……」

 

 つぶやいた声は、クリフの胸中だけで反響していった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 応急手当の出来上がった自分の右肩を見下ろして、アルベルは静かに目を閉じた。その眉間に、深い皺が寄る。

 

「…………」

 

 数秒の間を置いて、ゆっくりと眼を開けたアルベルは、改めて自分の右肩を――こんなザマにしてくれた女性を睨み下ろした。傷口を完全に覆うため、要領悪く巻かれた布は、幾重にもなる。

 

「……ふぅ。こんなものかしら?」

 

 ようやく成長を終えた布の塊を見て、マリアはため息を吐いた。その顔が、何とも達成感に満ち溢れている。

 アルベルはわずかに、ぴくりと片頬を引き攣らせた。

 

「何のマネだ? 阿呆」

 

 すでに右腕は動かせない。

 幾重にも巻かれた布の所為で、ギブスか何かのように、がっちりと肩を固定されている。それは良い。

 が。

 巻きすぎた布の塊の所為で、アルベルの肩が丸くなっていた。

 

「何の真似って?」

 

 不思議そうに顔を上げるマリアに邪気は無い。が、アルベルはその程度では引き下がらない。彼は鉄爪で、無造作に自分の右肩――布の塊を掴むと、遠慮なくそれを引き裂いた。

 

「あぁっ! ――何を!」

 

「阿呆! こんな格好で戦闘が出来るか!」

 

 意外そうに眼を瞠って、アルベルと彼の右肩を見比べるマリアに、アルベルは容赦なく罵声を浴びせた。だがマリアも引き下がらない。

 

「何言ってるの! そんな深手で、戦闘なんて出来るわけないでしょ!」

 

「ハッ! 戦場で刀を置いたクソ虫が、生き残るとでも思ってんのか?」

 

「その為の二人一組よ!」

 

「お前が俺を庇うだと? それこそ笑わせる!」

 

 軽い失笑と皮肉を交えてアルベルが吐き捨てた瞬間、アルベルですら気付かぬ間に、マイクロブラスターを引き抜いたマリアが、銃口をこちらに向けて、言った。

 

「確かに、私は敵の気配を読む力について君に劣ってるわ。銃も体術も、あの竜に通用しなかった。それに反省もしてる」

 

 でもね、と言い置いたマリアは、睨むようにアルベルを見据えて――

 

「少なくとも今の君よりは戦えると思うけど?」

 

「……上等だ」

 

 静かに義手を開くアルベルに、マリアは不敵に笑った。

 

「私が勝ったら、言うことを聞いてもらうわよ。アルベル?」

 

「フン。せいぜいほざいてろ、この阿呆!」

 

 義手を構え、踏み込むアルベルに向かって、マリアのマイクロブラスターが火を噴いた。

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