連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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58.手分け捜査 後編

 ドラゴンゾンビの吐く炎を紙一重で躱して、ロジャーは懐に手をやった。得物の柄を掴むなり、勢い良くそれを引っ張り出す。

 

「ヒート・ウィップ!」

 

 ヒュォンッッ!

 

 風を切って、ロジャーを中心に同心円状の軌跡が描かれる。手元のスイッチ一つで高圧電流が流れる電磁ウィップが、ドラゴンゾンビの腐敗した身体の中に、どぼんっ、と沈み、腐敗液を一時的に両断する。

 

――グォォオオ……!――

 

 濁った声で悲鳴を上げるドラゴンゾンビに対し、上空に跳んだミラージュのエリアルレイドが、ドラゴンゾンビの眉間の短剣に、寸分違わず直撃した。

 

 ズドォオンッッ!

 

 ミラージュから放たれる黄金の気が、ドラゴンゾンビの身体を突き抜けて四方に走る。その風を受けながら、ロジャーは傷だらけになった顔で、に、と笑って見せた。

 

「一丁上がりだな♪ ミラージュ姉ちゃん」

 

 地響きのような音を立てて、ドラゴンゾンビの身体が横たわる。ロジャーが言う通り、もう動きそうもなかった。

 たんっ、と地面に舞い降りたミラージュが、ロジャーを振り返って静かに微笑う。

 

「ええ」

 

 と。

 

――グォオオオオッ!――

 

 死んだと思ったドラゴンゾンビが一声、啼いた。思わず身構え、ロジャーとミラージュは振り返ったが、当のドラゴンゾンビは天に向かって一声すると、淡い光の粒子となって大気の中に散っていった。

 ぽろぽろと、白い光の玉を幾つも放って。

 

「…………これは……」

 

 光の玉となって消えたドラゴンゾンビの遺体から、白い石が、ぽとりと落ちた。細長い、十五センチほどの白い石だ。

 ミラージュは石の許まで行くと、しゃがみ込んで通信機(スキャナ)を展開した。

 

 ――竜の共鳴腔。

 

 要するに、ドラゴンゾンビの喉仏だった。

 

 

 

 ………………

 …………

 

 

 

「僕は、さ」

 

 つぶやきながら、フェイトは空を見上げた。青く澄み渡った、いい天気だ。ここが竜の巣穴でなければ、一息つきたいところである。

 フェイトは、改めて地上に視線を下ろした。

 

「僕はここに来るまで、そこに転がってるのと同じ人型っぽいドラゴンとか、四つ足の獣っぽいドラゴンとか、デカイ目の上に十匹ぐらい小さいドラゴンを生やしてる、もうドラゴンっていうよりモンスターだろっていうのとかに囲まれて、命からがら逃げてきたんだよ。そりゃ、もう必死だった。どれくらい必死だったかって言うと、アレンの修行でちょうど終わりを迎える寸前――ぐらい必死だったんだ。いわゆる、死ぬか生きるかって話だね。ナツメが居たら、もう少し余裕ある逃走が出来たと思うんだけど、これが知らないうちに飛竜に連れてかれちゃってさ。今、がんばって捜してるトコなんだよ。通信機に呼びかけてもまるで応答しないし、危険な状況に陥ってるんじゃないかって、気が気じゃないわけだ。だから途中で遭った、桁違いの強さを誇るドラゴン達から、逃げ回ってでも彼女を捜してるわけなんだよ。――なのに、随分余裕そうだね? ……マリア、アルベル」

 

 長い講釈の後。

 フェイトはゆっくりと首を傾げた。目の前にいるのは、件の男女、アルベルとマリア。フェイトが発見した時、何故か仲間割れをしていた彼等に向かって、フェイトは至極冷静に疑問を口にしていた。

 

「あら、フェイト。協調性(チームワーク)を高める上で、重要なのは指揮官が誰であるかを分からせる事でしょ? だからこのアルベルに、白黒はっきりつけさせてあげようと思って」

 

 マイクロブラスターを手に、マリアはやけに据わった目で答えてきた。普段は冷静なのに一度火が付くと段々本気になるところがネコ科動物を思わせる。刀を握ったまま、フェイトに一瞥もくれようとしなかったアルベルの方は、フェイトの発言に思うところがあったのか、す、と横目にフェイトを窺ってきた。

 

「あの阿呆と、はぐれただと?」

 

「隙あり!」

 

 パシュィン……ッ!

 

 間髪置かずに放たれたマイクロブラスターの光弾を、紙一重で躱して、アルベルはフェイトに視線を向けたまま、続けた。

 

「どう言う事だ? お前らには、連絡を取り合う術があると言っていただろうが」

 

 無数に走るマリアの弾丸を躱しながら、アルベルは問う。十二、三発これまでに射撃されて、弾道とマリアの動きは、既に把握出来ていた。

 時折、際どい射撃のみ義手と刀で対応するアルベルの、超人的な動きに感心しながら、フェイトはため息と共に首を横に振った。

 

「だから、その連絡を取り合う手段の、通信機っていう装置で呼びかけても応答がないんだよ。剣の腕は確かだから、大事はないって信じてるけど……」

 

「応答なし、ねぇ」

 

「……ふん」

 

 刀を納めたアルベルは、そこで、マリアから背を向けた。

 

「……逃げるの?」

 

 マリアの問いに、アルベルは鼻を鳴らした。

 

「フェイト、と言ったな。お前はそこの阿呆の相手でもしておけ」

 

「お前は何処に行くつもりだよ?」

 

 フェイトが首を傾げると、アルベルは足を止めずに言った。

 

「奴には借りがある」

 

 端的に答えるアルベルに、マリアも終わりと見たのか銃を下ろした。不機嫌そうにフェイトを一瞥するなり、じろりとフェイトの手元にある通信機を見やりながら言ってくる。

 

「それで? あの連邦の娘が、行方不明なのは分かったけど、それはクリフ達にも伝えたの? 私の所には、君からそういう通信、入って来なかったけど」

 

「あ!」

 

 ぽん、と手を叩いて、フェイトが納得する。確かに、広範囲に捜索するなら、別行動しているクリフ達に協力を仰ぐのが正解だ。ナツメと連絡を取ることばかりに気を取られてすっかりと失念していた。

 

「……意外に抜けてるのね、君……」

 

 ため息混じりにつぶやかれて、フェイトは苦笑いを返す。マリアが颯爽と踵を返した。

 

「だったら、クリフ達を駆り出してさっさと見つけましょ。――分かった?」

 

 肩越しに、半ば睨むように念を押されて、フェイトは首を傾げながらも頷いた。それを見送ったマリアが、素早い動きでアルベルの後を追っていく。その横顔は、さながら戦場に向かう女神のように毅然としていて――容赦が無かった。

 

「絶対に、アルベルが見つけるよりも先に、見つけるのよ。先に(・・)

 

 もう一度念を押すマリアを見据えて、フェイトは無言で頷いた。

 鬼気迫る。

 そんな言葉を体現したような、恐ろしい顔だった。

 

「…………化けの皮、か……」

 

 去っていくマリアを見送って、フェイトは空を見上げてつぶやいた。その頬に、一筋の涙が流れたのかどうかは、フェイト以外、知る由もない――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 危機とは、突如現れるものである。

 背中に冷や汗の感触を受けながら、クリフは強張った表情で、彼女を見下ろした。壮絶に。冷え切った目をしたミラージュを。

 

「随分と仲がよろしいんですね、クリフ。確か登山する前は居なかった女性に思われますが。どういった経緯で、お知り合いになったのですか?」

 

 あくまで柔らかく、あくまで穏やかに。ミラージュは笑っていない目とは裏腹に、口許に微笑を浮かべて問いかけた。

 

「ご主人様は私の恩人、運命の導き手。私が最も欲する物を与えて下さった、尊き人です」

 

 妖艶な笑みを浮かべて、ミスティは少し潤んだ瞳でクリフを見やる。瞬間。ミラージュの瞳が、更に底冷えするような緊張感を増した。

 

「……運命、ですか」

 

 ミラージュの微笑は崩れない。語尾は少し震えていた。

 

「……ちょっと待て、ミラージュ。最初に言っとくが、別に変な意味じゃねぇぞ。なんてったって、傍にはネルもいたんだ。なぁ?」

 

「嫌ですね、クリフ。私は別に変な捉え方なんてしていませんよ。貴方の言い方では、まるで言い訳のように聞こえます。私たちには必要のないものじゃありませんか。――それに、例え言い訳だったとしても支離滅裂な話ですね。品性がないにしても、あんまりです」

 

 笑顔のままそう言って、ミラージュはクリフの腕にがっちりと絡みついたミスティを見やる。クリフは更に冷や汗の量が増すのを感じながら、困ったように、がしがしと頭をかいた。

 

「……分かった、分かった。……まあ、ともかく落ち着けよ。な?」

 

「落ち着いていますよ? むしろ、取り乱しているのは貴方です。クリフ」

 

(…………)

 

 ミラージュから視線をそらして、クリフは渋面を作る。声に出さなかったのは、出すとどういう結果になるか、知っているためだ。ミラージュはミスティとクリフを順に見て、言った。

 

「ミスティ・リーアさんと仰いましたね? 貴女ならば、遺跡の謎が解けると伺いしましたが、具体的にはどうなさるおつもりです?」

 

「まずは現物を見てみない事には……。しかし、伝承ではこう言われております。『竜は、等しく友の声に応えるもの』と」

 

「友の声?」

 

 首を傾げると同時に、ネルは、はっ、と顔を上げた。

 

『十字の中心に竜の頭蓋をささげよ。竜のレリーフは例外なく友の声を求めるもの也』

 

 巨大レリーフの間の石版に、書かれていた文字だ。ミスティは小さく頷いた。

 

「竜の喉笛には、相手に己の意思を伝える力があるのです。先人達は、その喉笛を使って竜を使役していたと聞きます」

 

「喉笛って……」

 

 つぶやくと同時、ロジャーはミラージュを見上げた。ようやくの『お姉様』との再会だったが、クリフ達のおかげで派手に騒ぐことも出来ず、少しおどおどと様子を窺っている。

 視線の合ったミラージュは、クリフに向けるものよりも明らかに優しい色を浮かべて、そ、と微笑んだ。

 

「それならば覚えがありますね。――取りに行きましょう」

 

 冷静につぶやくミラージュは、いつものミラージュだ。だが、この時を境に、しばらく彼女との会話が交わされないであろう事を、クリフはこれまでの経験で知っていた。

 

 

 

 ………………

 

 

 

「ナツメが」

 

「行方不明だと?」

 

 バール遺跡内部、巨大な竜のレリーフの前で。

 アレンとアルフは互いに息を切らしながら、睨むようにして通信機を見据えていた。

 

「……もう一度、言ってみな。フェイト」

 

 いつもの調子で、しかし、いつもよりは低い語調でつぶやくアルフの口許には、薄ら笑いが浮かんでいる。画像付きの通信でなかった事が、フェイトにとって幸いだった。

 兼定を手に、アレンが立ち上がる。

 

[だから、飛竜に連れてかれちゃってさ……]

 

「山の西側には、ナツメの姿はなかったんだな?」

 

[うん。マリアの話によると、東側にも見かけなかったって]

 

「了解」

 

 言うなり、回線を切るアレン。至る所に刀傷を負った両者は、互いの顔を見合わせるなり、こくりと小さく頷いた。

 

「行くか」

 

「ああ」

 

 短く言い合って、フェイト達が足止めを喰らっている原因、竜のレリーフを無造作に断ち切るアレン。この時ばかりはアルフも、妨害はしなかった。

 

「どうする?」

 

「俺は山を北上する」

 

「じゃ、俺は南下。待ち合わせは此処」

 

 アレンが頷くなり、二人は駆け出す。互いに負った傷の深さを、互いに打った技の威力を、崩れかけた巨大レリーフの間が物語っていたが、二人はその影すら見せずに、駆け出した。

 疾駆。

 まさにそう呼べる、風のような速度(スピード)で――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「っ!」

 

 ばっ、と眼を瞠って、ナツメは左右を見渡した。相変わらず、暗い。洞窟の暗闇だ。自分の荒い呼吸が、耳の奥から聞こえてくる。歩き出そうとした時、不意に、右足の感触が消えている事に気が付いた。

 

「……痛くない?」

 

 緊張した全身をほぐす様に、わざと声に出してつぶやく。すると、どっとかいた冷や汗が、彼女から体温を奪うように張り付いた。

 鼓動が、響く。

 ナツメは前方を見やる。相変わらず、薄暗い洞窟内は見渡しが悪い。それでも、自分が落ちた場所からはそれなりに移動した。

 右足に視線を落とす。痛感覚が麻痺したおかげで、もう何も感じない。その代わり、右足はぴくりとも動かなくなっていた。

 通信機を手に取る。フェイトに連絡を付けたかったが、落ちた拍子に壊れたらしく、もう使い物にならない。

 (はや)る鼓動を、震える心でなだめながら、ナツメはそこで、ため息を吐いた。

 また、右足を引きずりながら歩き出す。もう痛みはないので、ナツメは気にせずに前に進んだ。涙がぽとぽとと頬に流れていたが、ナツメは努めてそれを意識の外に出した。

 ナツメは肩を震わせながら、歩いた。止まりたくなかったわけではない。『歩く』という行為を捨てれば、自分が崩壊することを本能的に知っていたのだ。

 

「……アレンさん……」

 

 シャープネスを抱きしめる。お守り代わりに貰った、アレンの刀。どれだけ月日を重ねようとも、彼の言葉は覚えている。

 ――独りじゃない。

 

「わたしを想う人は……、いつも、傍に」

 

 つぶやきながら、歩く。

 すると、遠くで足音がした。ナツメは顔を上げる。

 

「フェイトさん……!?」

 

 祈るような気持ちで、逸る心を抑えながら、足を引きずる。足音はまだ遠い。加えて、見通しが悪いため、向こうがこちらに気付いていない可能性がある。

 

「フェイトさん!」

 

 ナツメは暗闇に向かって叫んだ。遠くの足音が、速くなる。

 

(気付いてくれた――!?)

 

 ナツメは表情を綻ばせる。続いて、フェイトの名前を呼ぶ。だが、彼女の意に反して目の前に現れたのは、冷たい洞窟の、岩壁だった。

 

「行き、止まり……?」

 

 ぺたぺたと岩壁を叩きながら、ナツメは道を探す。心なしか、聞こえていた足音が遠ざかった。

 ナツメが目を見開く。

 

「フェイトさん! フェイトさん!」

 

 慌てて、フェイトを呼んだ。自分はここに居ると。だから、行くなと。

 だが、無情にも足音は遠ざかる。

 

「ふ、ゅぅうう……!」

 

 ナツメはついに、堪えていた涙を流した。絶望感が押し寄せる。何より、長時間に渡る暗闇の中で、すでに恐慌状態に陥っていた。

 

「アレンさぁあんっ! ア、レ……っ、さぁあん……っっ!」

 

 子供のように泣きじゃくる。道に迷ったとき、いつも迎えに来てくれる少年に向かって。

 ナツメの耳の奥で、銃声が近づいてくる気がした。目の前が熱い。記憶の中の炎が、忍び寄ってくる。

 ――そして、

 母が、

 

「……や、だっ! やだぁあああ!」

 

 屈み込んだ。耳を塞ぐ。動悸が早い。耳の奥の幻聴が、次第に大きくなる。

 ナツメの知人を、友人を、村人を――皆殺しにした、あの音が。

 目の前が赤く染まる。ナツメの村を、森を、家を、燃やし尽くしたあの炎が。

 ――母が、冷たくなっていくあの感触が。

 

「ぁ、……ぁっ、ぁあ……っ、っっ!」

 

 ナツメは目を見開く。もともと暗闇で何も見えなかった視界が、赤く塗りつぶされる。

 ――引き込まれる。あの闇の中へ。

 生きることさえも拒絶した、あの闇の中へ。

 

 

 

 ―――――、

 

 

 

 マリア達が洞窟の中に入ると、不気味な音が反響した。

 

――ぁあああ……!――

 

 隙間風の音とも、竜の鳴き声ともつかない、不気味な音が。

 

「……アルベル?」 

 

 傍らに立つ、男の気配が変わった気がして、マリアは眉をひそめた。刀に手をかけたアルベルが、深刻な表情で舌打ちする。マリアの持っていたペンライトで照らされた洞窟の、先を見据えて。

 

「あの、阿呆!」

 

 その一言で、マリアは察しがついた。

 不気味な音、そう聞こえたこれは、ナツメの声だ。壮絶な傷に、のた打ち回るように、断末魔のような悲鳴がマリアの耳に届く。

 

「まずいわ!」

 

 さすがのマリアも、血相を変えて駆け出した。洞窟の分岐点がいくつもある。が、アルベルはその聴覚だけを頼りに、当たりをつけて突き進んだ。

 

 しばらく、洞窟の中を走って――、

 

 ペンライトの明かりを頼りに、見つけた少女はうずくまったまま、ぴくりとも動かなくなっていた。

 

「おい! 阿呆! ……ナツメ!」

 

 アルベルが駆け寄って、ナツメの身体を揺すってみる。だが、反応は無い。マリアがペンライトでナツメの顔を照らすと、力ない黒瞳が、アルベル達を――否、虚空を、じ、と見据えていた。

 

「……おい、て……か……な、……かあ、さ……」

 

 音にもならない、掠れた声を立てて。

 ナツメの濡れそぼった頬に、また一つ、涙が零れる。死んだような瞳を、開いたまま。

 

「おい! しっかりしやがれ! ……ナツメ!」

 

 アルベルが、ナツメを揺する。だが、弱々しく目を開けたナツメは――そのまま、アルベルの声に応えなかった。

 

 

 

 ………………

 …………

 

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