連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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59.合流

 洞窟を出たアルベル達が、仲間にナツメ発見の通信を入れたのはその後すぐのことだった。

 初めに現れたのは、山を南下していたアルフだ。ナツメを見るなり目の色を変え、足早にアルベルの許にやってくる。

 

「発見は?」

 

 短く問うアルフに、マリアは通信する直前だと答えた。小さく頷き、アルフはアルベルの背に乗った、ナツメの脈を慎重に測る。

 

「……弱いな」

 

 つぶやきながら、アルフが慣れた手つきで通信機を取り出した。その間に、目を見開いたままのナツメに、ひらひらと手を振ってみる。

 ――反応なし。

 同じ頃、アレンが応答に出た。

 

「アレン、今何処だ?」

 

[クリフ達と合流した。高度は八六〇メートルほど。後五分でそちらに行く]

 

[五分!? あいつ等がいんのは、遺跡だろ!? こっからじゃ……!]

 

 通信の隣でクリフの声がしたが、アルフは完全に無視した。

 

「発作レベルはBだ。二分で来い」

 

[了解]

 

[兄ちゃぁああん……!]

 

 ロジャーの悲鳴のような声が聞こえたが、通信はそこで終了した。アルフはアルベルからナツメを受け取るなり、アルベル達を外に促す。

 

「遺跡まで行くぜ」

 

 断って、歩き出すアルフに、アルベルは眉間に皺を寄せながら問いかけた。

 

「おい、発作ってのは何だ?」

 

「見ての通り。この状態」

 

 半ば走るような速度(スピード)で歩きながら、アルフは端的に答える。アルベルは、ちっ、と短く舌打ちした。

 

「持病があるの?」

 

 そんな彼の問いを引き継いだのがマリアだ。アルフは遺跡の入り口まで行くとナツメを下ろし、軍服の上着(コート)で彼女を包んだ。

 

「精神的なモンだ。暗闇が弱点。今は誰かと一緒なら無事だが、独りにするとこうなる」

 

 その発言を受けて、アルベルは、はっと瞬いた。そう言えば、修練場に居る時も、何度かマユに一緒に寝てくれと、ナツメが頼んでいたのを見た気がする。

 アルフが来てからは、見かけなくなったので気にしなかったが――。

 アルフは紋章術で明かりを作った。それをナツメの前に掲げてやりながら、ため息を吐く。

 

「しかし、ライトの呪紋すら打てなくなるとは……修行不足も良いとこだぜ? ナツメ」

 

 眼を見開いた少女は、かたかたと震えていた。ナツメの腕が伸びる。その手をアルフが掴むと、彼女は吸い付くようにアルフにしがみついた。

 

「い、か……なぃ、で……」

 

 掠れる声で、ナツメがつぶやく。そのナツメを、神妙な顔で見詰めて、マリアはアルフに問いかけた。

 

「……もしかして、この子」

 

「七つの時に母親を亡くした。コイツの住んでた村は、今は誰一人この世にいない。……アーリアの生き残りって言えば、アンタも分かるだろ?」

 

「っ!?」

 

 マリアが息を呑む。アルフはナツメを見下ろして、ぽんぽんと彼女の頭を撫でていた。そのナツメを見詰めて、マリアは首を横に振る。

 

「そんな、まさか! アーリアで起きたテロでは、生存者は一人も……」

 

「心が死んでるって言えば、こいつも一度は死んだ事になるかもな」

 

「……それも、連邦の保身というわけ?」

 

「まあね」

 

 他人事のように答えるアルフに、マリアの険が酷くなる。それに構わず、アルベルがアルフに問いかけた。深刻そうに、眉根を寄せながら。

 

「そいつはどうなる? ……治るのか?」

 

「発作は一時的なもの。時間が経てば治る。その根幹の、精神病の方は俺にも分からない」

 

 光球(ライト)に照らされたアルフの顔は、あまりに無表情で、彼が何を考えているのか分からない。

 ただ、一つだけ言える事は――、

 

「こうなるって分かっているなら、どうして私達に忠告しておかないの!?」

 

「本人に聞かれると、いろいろと面倒なんだ。発作を起こしてる時の事はまるで覚えてないらしくてね」

 

 ナツメを見据えて、アルフはそこで語調を落とした。

 

「ま、俺が楽観したのは違いない。……悪かったな、ナツメ」

 

「……か、な……で……。……い、か……ない、で……」

 

 譫言のようにつぶやくナツメの頬からは、涙が消えていた。アルベルが抱え上げている間も、ずっと掠れる声でつぶやきながら、泣いていた彼女が。

 

 ――村は全滅。母親は、死。

 

 『テロ』という言葉の意味は、アルベルには良く分からなかったが、アルフ達が交わした言葉の端から、ナツメがどういう時間を過ごしたのかは窺えた。 

 いつも屈託なく、戦闘の時以外は本当に役立たずに笑っていた、ナツメが――。

 

「おい、て……か、ない……で……」

 

 こうも簡単に、崩れてしまうとは想像もしなかった。

 

「アルフ! ナツメは!?」

 

 その時。凄まじい土埃を上げて、アレンがやってきた。

 本当に二分。時間を計っている者がいれば、アレンの脅威の速度(スピード)を確かめられただろう。

 アルフはわずかにアレンを向くと、ため息混じりに言った。

 

「遅いぜ、アレン」

 

「すまない」

 

 言いながら、アレンがナツメの傍までやってくる。アルフが僅かにナツメを引き離して、焦点の合わないナツメの瞳を、アレンの方に向けさせた。

 

「ほらアレンだぞ、ナツメ」

 

「……ぁ、……ぅ……」

 

 つぶやくナツメの手を、アレンが握る。

 

「すまない。辛い思いをさせたな、ナツメ」

 

 アレンが言うと、意味の無い言葉をつぶやいていたナツメが、不意に、瞬きを落とした。

 

「ぅぅ、……ぁ……!」

 

「君を想う人は、いつも傍に。ナツメ」

 

 ナツメを握る手に力を込めて、アレンがつぶやく。ナツメは弾かれたように、もう一度、瞬きを落とした。

 ぽたり、ぽたりと。

 頬を涙が伝う。

 

「ふ、ゅ……っ!」

 

 それは、劇的な変化だった。ナツメが焦点の合わない目でアレンを見つめながら、嗚咽する。

 やがてナツメはアルフの許を離れ、アレンの許へと飛び込んだ。元々、小柄な少女の肩を、背を、すっぽりと収めるように抱きしめて、アレンは続けた。

 

「もう大丈夫だ、ナツメ」

 

「ふゅううううう……!」

 

 泣き声が、しっかりとしたものになる。

 ナツメの焦点が、ようやく結ばれた。それを確認したアルフが、ふぅ、とため息を吐くと、ナツメは思い出したかのように、盛大に泣き始めた。

 

「おにい、ちゃんっ! お兄ちゃんっっ!」

 

 ぎゅぅ、とアレンの服を握り締めて、嗚咽混じりにナツメが叫ぶ。そのナツメの背を撫でてやりながら、アレンは何度も頷いた。

 

「大丈夫、ここにいる」

 

 ナツメを納得させるように、何度も、何度も。

 その光景を見据えて、アルフは疲れたように肩をすくめた。

 

「やっぱ『母は偉大』って、な?」

 

 揶揄するように、アルフがアルベルを見上げる。すると目の合ったアルベルは一つだけ、ふん、と小さく鼻を鳴らして、アルフ達から背を向けた。

 

 

 そして――……、

 

 

 一同が揃ったのは、十分後のことだ。その間に、マリアから色々と事情を聞いたアルフとアレンは――、フェイトを見るなり、拳を握り締めた。

 

「歯ぁ食い縛れ、ラインゴッド」

 

「え? 何が? ――え゛っ!?」

 

 一言だけ、アルフが忠告する。

 そのフェイトに与えられた僅かな時間、彼は不幸な事にも、状況を呑み込めずにアレンとアルフを見渡してしまった。

 

 ズドォンッッ!

 

「ぐぼぉお……っ!?」

 

 フェイトの両頬に、連邦軍人二人の鉄拳がめり込んだ。悲鳴を上げられたのも束の間。フェイトの痩身が、洞窟の暗闇の中に消えていくように後方へと吹き飛ぶ。

 

「兄ちゃぁああん!」

 

「フェイトぉおおお!」

 

 ロジャーとクリフの悲鳴(こえ)が聞こえたが、特に意味はない。フェイトは背中から、壁に強かに打ち据えられ、何度かバウンドして洞窟の床に倒れこんだ。

 残念ながら、その彼が動く気配はない。

 

「ん。すっきり」

 

 つぶやいたアルフが、自分の拳を見下ろして頷く。その傍らでアレンも、自分の拳を見据え――視線を、アルフに向けた。

 

 ――兄ちゃん、しっかりしろ! フェイト兄ちゃぁあん!

 ――おい! 川とか渡ってる場合じゃねぇぞ! 戻ってこい!

 

 動かないフェイトの身体を、ゆさゆさとクリフとロジャーが揺らしていたが、アレン達は無視した。

 

「アルフ、俺にも頼む」

 

 かっ、と肩幅に足を開き、アレンは両手を背中にして立つ。するとアルフが、こくりと頷いて、ぐ、と握った拳をアレンの頬に向けて放った。

 

「折角だから、派手に行くぜ? アレン」

 

「ああ」

 

 そのやりとりを、寸前で交えて。

 

「じゃ」

 

 アルフは拳を振り切った。

 

 ドゴォオオッッ!

 

 アレンの頬にぶつかった拳が、人の頭をボールのように跳ね飛ばす。凄絶な轟音。一瞬、洞窟内全てを照らした光に、マリア達が息を呑むと同時、アレンの身体が、がくりと落ちた。

 

「っ!」

 

 しかし歯を食いしばり、立て直すアレン。

 アルフの拳の威力を知っているアルベルには、まるで信じられない耐久力だ。鉄拳で内出血を起こしたアレンの頬が、手加減など一切なかったことを物語っている。

 

「ッ!!」

 

 アレンは血痰を吐くと、一つ頷いて、マリア達に向き直った。

 まるで、何事もなかったかのように。

 

「すまない。皆には、心配と迷惑をかけたな」

 

「……? 迷惑、ですか?」

 

 そのアレンの言葉に、首を傾げたのはナツメだ。不思議そうにしているナツメに、アレンは微笑だけを返す。その微妙なやりとりに、マリアとアルベルが何となく視線を逸らすと、ようやく意識を取り戻したフェイトが、二人に殴られた両頬を押さえながら、一つ、つぶやいた。

 

「……何故、僕が殴ら……」

 

「ん?」

 

 振り返ったアルフが無表情のまま、ぐ、と拳を握る。瞬間。押し黙ったフェイトは、ナツメに向き直って言った。

 

「……無事で良かったね、ナツメ」

 

「……はぁ……。でも、洞窟に落ちてから、どうも記憶がないんですよねぇ~……」

 

「寝ぼけたんだろ、どうせ」

 

「そうかなぁ?」

 

 悪びれもせず言うアルフに、ナツメは首を傾げたまま、更に不思議そうに目を瞬かせる。そのナツメを置いて、アルフはフェイト達に向き直った。

 

「それで? レリーフの謎、解けたのか?」

 

「つーか、お前は殴られなくていいのかよ?」

 

 クリフが呆れた様子で尋ねると、アルフは軽く肩をすくめてみせた。

 

「俺は保護者じゃない」

 

「まあ、それはいいとして。クリフ、そちらの女性は?」

 

 マリアに問われて、クリフは歯切れ悪く、あぁ、と頷きながら頭を掻いた。山を登る時はいなかった筈の女性、暗い紫色のローブを被ったミスティ・リーアが、マリアの問いに合わせて、そそ、と微笑む。白磁の頬に浮かぶ暗色のルージュが、何とも魅惑的だ。

 

「私はミスティ・リーアと申します。こちらのクリフ様には私がもっとも欲する物を与えて頂き、代わりに、私がお力になれればと同行させて頂いている所です」

 

 そう言って、静かにクリフに寄り添うミスティ・リーアに、マリアは目を細めて、クリフを一瞥した。心なしか、その眼差しが刺さるように痛い。それを肌で感じながら、クリフは困ったようにミスティ・リーアを見下ろした。

 

「……クリフが、ねぇ……」

 

 表情(イロ)のない声でつぶやいて、マリアは踵を返す。と、ミラージュと視線が合って、彼女はその、いつもよりは随分と殺気めいたミラージュの姿に、ふ、とため息を零した。

 たまたまマリアと同じ位置にいたフェイトも、目が合った瞬間――殺気に、背筋が凍った。

 

(……ハハハ)

 

 乾いた笑みだけを残して、フェイトはミスティ・リーアに向き直る。そのミスティ・リーアの手には、一本の、白い笛が握られていた。

 フェイトと同じく、ミスティの笛を一瞥したアルフが、確認するように問いかける。

 

「へぇ。それが遺跡の謎を解く……?」

 

「ええ」

 

 頷くミスティに、ナツメが感心したように頷いた。

 

「じゃあ、早速お願いします!」

 

 バール遺跡の竜のレリーフ。遺跡へと続く最初の扉は、楽しみを表現したレリーフだった。

 

 

 

 ………………

 …………

 

 

 

 ミスティ・リーアの助言通り、喜怒哀楽の四つの音色を使い分ける事で、竜のレリーフはその戸を開いた。御蔭で遺跡を踏破したフェイト達は、溶岩に程近い真っ赤な洞窟を過ぎて、その場所に着いた。

 無骨な溶岩洞には、あまりにも不釣合いな、煙突のついた小屋に。

 

「人が住んでんかぁ?」

 

 首を傾げるロジャーに、フェイトも同じように首を傾げながら、とりあえず小屋の扉を開けてみた。

 外気とは全く違う、温度の調節された冷気が、ひんやりと扉から這い出てくる。

 工房だった。

 

「……あれ?」

 

 その小屋の中央に居た人物は、フェイト達を見るなり、不思議そうに顔を上げた。白いふさふさの毛に、長い耳。つぶらな黒い瞳と、緑色の大きな帽子が印象的な――二本足で立つウサギだ。

 正確にはサンマイト共和国の亜人、マーチラビット族だった。

 

「亜人!?」

 

 ネルが驚いたように、マーチラビット族の青年を見据えてつぶやいた。

 マーチラビット族の青年は、短い足をちょこちょこと動かして、フェイト達の前まで来る。彼の背丈は、フェイトの腰ほども無かった。

 

「それで、君たち一体誰なの?」

 

 首を傾げるマーチラビット族の青年に、フェイトは気を取り直して、ああ、と頷いた。

 

「僕はフェイト。そして、彼女がマリアだ」

 

 ちょうどマリアが傍らに立っていたので、フェイトは自分の自己紹介を兼ねて言った。

 

「それから、その他大勢」

 

 肩をすくめたマリアが、悪びれもせず言う。と、

 

「おい、誰がその他大勢だ!」

 

「無理ですよ、団長~。まじめに自己紹介したって、多分覚えてもらえません」

 

「自己顕示欲強いね。まあ、お前の場合、その奇抜な格好で一発で覚えられるだろうしな」

 

「……何か言ったか? この阿呆」

 

「やるかい?」

 

 ざ、と義手を開くアルベルに、アルフも薄笑いを浮かべる。そんなアルフを、アレンが鉄拳で黙らせた。

 

「こう、とう……ぶっ!?」

 

 断末魔を放って、アルフが倒れる。アレンは拳を握ったまま、フェイトに言った。

 

「気にせず、続けてくれ」

 

「……オッケ!」

 

 フェイトが満面の笑みで親指を立てたのは、自分を殴られた恨みが残っていたからだろう。フェイトは改めて、マーチラビットの青年に向き直った。

 

「僕はバニラっていうんだ。ま、よろしくね。それで? こんな所に何か用?」

 

「実は僕達、侯爵級のドラゴンに会いに来たんだ」

 

「あの方に? ふ~ん……。でも、あの方が住む遺跡の入り口は火山岩で封じられているから入れないよ」

 

「あん? 入れないだと?」

 

 あっさりと今後の指針を潰してくれるバニラに、クリフは不審そうに眉根を寄せた。その傍らでネルも、両腕を組んだまま、マフラーに口許を埋めてバニラを睨む。

 

「……どういう意味だい?」

 

「どう言う意味もこういう意味も……」

 

 静かに投げかけられる質問に、バニラは困ったように頭を掻いた。

 

「そこは君が管理してるんじゃないのかい?」

 

 そのフェイトの質問にも、バニラはあっさりと首を横に振った。

 

「僕は全然関係ないよ。ここには勝手に住んでるだけだからね」

 

「でも、見たトコ兄ちゃん、マーチラビットだろ? こんな人通りのないトコで、商売なんか出来んのかぁ?」

 

 首をかしげるロジャーに、フェイトは問いかけた。

 

「商売?」

 

 言って、バニラを見る。すると両腕を組んだバニラは、えへん、と得意げに胸を張った。

 

「そうさ。僕等マーチラビット族は商人としても有名な亜人の一族。僕がここに来たのは、新しい市場の開発、独占の為なんだ。商売っていうのは、生物。他の人間と同じ事をやってたら追い抜かれちゃう」

 

 チッチッチッ、と丸々とした人差指を左右に振って、バニラは得意顔で講釈を垂れる。それを耳に、仲間から外れた所に座ったアルベルが、ふんっ、と小さく鼻を鳴らした。

 

「ちっ……。だからこんな所に来るのはムダだと言ったんだ。阿呆が」

 

「あんた、そんなこと言ってたっけ?」

 

「俺も初めて聞いた」

 

「…………」

 

 悪びれもせず応えるアルベルに、ネルは眉間に皺を寄せて、首を横に振る。と、同じく深刻な表情を浮かべたフェイトが、バニラを見据えて言った。

 

「なんとか封印を解く方法はないのかな? ……アルフの奴がこの期に及んで兼定を使わせないってうるさいんだよ」

 

「……ないこともないよ。魔光石があれば『バニッシュリング』を作ることができる。それを使うんだ」

 

「バニッシュリング?」

 

 マリアが不思議そうに首を傾げると、バニラは小さく頷いた。

 

「バニッシュというのは、物質を消し去る施力のこと。その力を封じ込めて誰でも使えるようにしたのがバニッシュリングさ」

 

「そのバニッシュリングというのを、君が作る……ということかい?」

 

「僕はこう見えてもクリエイターだからね。魔光石は……、そうだな。アーリグリフに地下水路があるの知ってる? そこの床一面が凍りついたところに隠されていると思うけど」

 

 つぶやいたところで、クリフの傍らに控えていたミスティ・リーアが、す、と前に出た。

 

「それには及びません。魔光石ならば、ここに」

 

 その紅く燃え上がる炎の鉱石に、バニラは、ぴょんっ、と長い耳を立てた。

 

「そう! それだよ。……で、納期はいつ?」

 

「それはすぐにでも欲しいけど……」

 

 バニラの言う『バニッシュリング』が出来る相場時間が分からないため、マリアは少し言葉を濁らせる。すると、小さく頷いたバニラが、す、とフェイトを見上げた。

 

「開発費はいくらくれる?」

 

「えぇ~っと……、そうだなぁ?」

 

 言って、ネルを見る。旅にかかる費用の管理は、主にネルが行っているためだ。ネルは所持金を検めると、バニラに向かって

 

「五千フォルなら――、」

 

「ああ、ダメダメ! 商品ってのは、もっと金と時間をかける物なんだって! 五千フォルぽっちじゃ、話になんないよ」

 

「ならば不足分はこの鉱石にて」

 

 ミスティがしずしずと前に出て、そ、とバニラの小さな手に石を乗せる。

 内に莫大な施力を篭めた石――炎の練金石だ。

 バニラは、それを鑑定するようにまじまじと見ると、まあ、いいか。とつぶやいてフェイト達に向き直った。

 

「分かったよ。これで引き受けてあげる。それじゃちょっと待ってて。ささっと作っちゃうから」

 

(……なんだか、都合のいいように話を持っていかれた気がするなぁ……)

 

 工房の奥に引っ込んでいくバニラを見ながら、フェイトは心の中でつぶやいた。

 

 

 

 …………、

 

 

 

 しばらくして。

 バニラが工房の奥から戻ってきた。

 

「出来たよ。これがバニッシュリング。本当はもっとお金と時間をかけるものなんだけど、両方とも足りなかったから消せる物は限られてるよ。お金と時間は才能なんかよりずっと大事な要素なんだから、仕方ないよね」

 

 それならば、注意事項ぐらい述べろ、や、結構高額の支出だった筈だが、という意見を胸の内に閉まって、フェイトは作り笑顔のまま、小屋から出て行った。

 その寸前に、アレンがバニラを振り返った。

 

「最後に、一つ尋ねてもいいか?」

 

「何?」

 

 つぶらな瞳を瞬かせて、バニラが不思議そうに首を傾げる。その彼を見下ろして、アレンは一瞬、フェイトに一瞥を送った後、言った。

 

「最近、この山で異変が起こっていないか? 竜の変種が現れた、とか」

 

 山を北上した際、合流したフェイト達の話を聞いて、アレンは疑問に思っていた。クリフやフェイトの目撃談を総合すると、変種の竜に遭ったのは、山の中腹よりも更に上。つまり頂上付近での事、ということになる。

 問われたバニラは、あぁ、と肯定とも否定ともつかない声を洩らした。

 

「あの方も言ってた竜のことか……。君たちも遺跡を通ったでしょ? そこの研究員達が作った副産物だよ。ほとんど動いてないものばかりだから、山の異変ってほどでもないよ」

 

「……そうか」

 

 一つ頷いて、アレンも踵を返した。

 

「すまない。待たせたな」

 

 そう、フェイトに断って。小屋を出る寸前、バニラが思い出したように、ぽん、と手を叩いた。

 

「あ、そうそう。このヒミツ道具も持っていきなよ。これを装備していれば、弱っちぃ敵とも結構トレーニングになると思うよ」

 

 そう言って渡された、小さなウサギの置物と共に、フェイト達はクロセルの住処へと向かった――。

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