バニラから授かったバニッシュリングで、火山岩を消滅させたフェイトは、クロセルの住処に辿り着いた。
石畳が据えられたその場所は、外の灼熱が嘘のように遮断され、ひんやりと冷たい空気に満ちていた。長い年月を感じさせる埃と、湿気。部屋の中央に鎮座した巨大な竜は、ドーム型に伸びた屋根の無い天井が、下から見上げるフェイトには見られないほど、竜の間近にいるものの視界を遮る存在だった。
竜は横になっているが、少なく見積もっても20メートルの高さはありそうだ。
その竜を見上げて、フェイトは一つ、ほぅ、とため息を零した。
「大きい……」
クロセルは、いつでも飛び立てるように放たれた空から陽光を浴びて、静かに眠っていた。
竜にしてみれば、フェイトは彼の頭部にも満たない、小さな相手だ。
深く眠っている所為か、クロセルはぴくりとも動かなかった。
「無駄に大きいわね」
フェイトの傍らに歩み寄ってきて、マリアも竜を見上げてつぶやく。続いてクリフも、感心したように息を吐いた。
「こいつが侯爵級の迫力って奴か……」
ここに来るまでに出合った竜も、相当大きい生物だったが、この竜はもはや一つの山だ。茶褐色の頑強そうな身体が、こちらを頭にして眠っていなければ、竜と識別すらしなかったかもしれない。
「……いいね」
その竜を見据えて、アルフが小さく微笑う。傍らで、アレンも頷いた。
「あらゆる気が彼に向かって流れている。――間違いなく、竜の長だ」
「ただ……」
つぶやいて、アルフがアレンを見る。視線の合ったアレンは、眼を伏せた。
「素直に言う事を聞いてくれればいいんだけどね」
しみじみとつぶやくネルに、そうだな、とアレンが相打つ。
後方にいたアルベルが、忌々しげに舌打った。
「そう上手くいくか、阿呆」
「怖気づいたか? 団長さん」
「……テメェ……!」
激しい剣幕でアルベルが振り返った瞬間、クロセルに近い位置にいたフェイトが、は、と目を見開いた。
「ん!? 動いた!?」
瞬間。
一同が、ざっ、とクロセルを振り返る。
ぶぉっ……!
突風が吹く。と。眠っていた茶褐色の山が、威圧するように立ち上がった。美しく伸びた両翼が、ぴん、と広がる。
クロセルの野太い首が、天に向かって、ぐぅう、と突き上げられた。
そして――、
「吾ノ眠リヲ妨ゲル不届キナル者ハダレカ?」
地響きと間違えてしまいそうなほど低い声で、クロセルは問いかけた。
「うわ、竜がしゃべりやがった!?」
クロセルが人語を操るのを見て驚愕するクリフに、クロセルは小さく鼻を鳴らした。
「……礼儀ヲ弁エヌ奴ダ。自ラヲ万物ノ霊長ト信ジテ疑ワヌカ。何故、他ノ生物ガ言葉ヲ解セヌト思ウノダ? 自分ニ理解ノデキヌコトハ無イモノトスル。何時マデ経ッテモ変化ノ無イ奴ラヨ」
ぅ、と息を呑むクリフを横目に、アレンは納得したように頷いた。
「そういえば、二国和議の時クリフはいなかったな」
「国王陛下の
「ま、所詮は隠居した身。長く使わないでいたから、忘れたんだろ」
「ははぁ~」
頷くナツメとアルフを、クロセルの青瞳が、す、と射抜いた。
「控エヨッ! ワレ、数百年ノ時ヲ生キタ大イナル存在。人間風情ガ我ヲ侮ルナド許サレルト思ウテカッッ!」
クロセルの恫喝に、ナツメは、びくっ、と肩を震わせた。
アルフは小さく笑んで、血のように紅い瞳をゆっくりと細める。紅瞳に――狂気。匂い立つような、壮絶な色香が満ちる。
「貴様……!」
クロセルの瞳に、闘気が宿った。
ぐぉっ!
それだけで、洞窟内の空気がクロセルに向かって集う。
「――アルフ」
クロセルに応えようとしたアルフを、アレンが制した。紅瞳がアレンを見る。視線が合っただけで、壮絶な鬼気だ。それを軽く受け流したアレンは、紅瞳を見据えたまま、に、と微笑った。
「……やれやれ」
数秒、睨み合って。不意に肩をすくめたアルフは、対峙したクロセルから視線を外し、瞳の狂気を内に収めた。それを確認し、アレンはクロセルへ歩み寄る。左手に剛刀、兼定を握って。
「クロセル侯爵。貴方に、お頼みしたい事があります」
言って、蒼瞳がクロセルを見据える。アルフとは全く逆の、清廉とした光を放つアレンの瞳。それを見下ろして、クロセルは僅かに目を細めた。
「……何者ダ、貴様……」
「私の名はアレン・ガード。異界から来た者です」
「異界、ダト……?」
不思議そうに声をひそめるクロセルに、アレンの傍らからネルが前に出た。クロセルの前で、彼女は恭しく跪く。
「侯爵閣下。私はシーハーツが隠密、ネル・ゼルファー。今、この地域に大いなる脅威が押し寄せてきております。そしてその脅威に対抗するために、ぜひ閣下のお力添えが必要なのです」
「……巫女ノ国ノ者カ。フン。何ヤラ外ガ騒ガシイトハ思ッタガナ。シテ、ワシニ何ヲシテ欲シイノダ?」
「私を、貴方の背に乗せて頂きたい」
臆面も無く言ったアレンに、クロセルは、かっ、と目を見開いた。
「何ダトッ!? 人間風情ガ、フザケルデナイワ!」
「座興でこの場を訪れるほど、我々は酔狂ではありません」
言ったアレンは、ネルを後方に下げた後、手にした剛刀を抜き払った。
瞬間。
ざわ……っ、
静謐に満ちたクロセルの部屋が、アレンを中心に身震いした。
(何……ッ!?)
クロセル同様、大地が、大気が、アレンに向かって集まる。激流のように、しかし、穏やかに。アレンの持つ兼定の刀身に、吸い込まれるようにとぐろを巻いて、青く、光る刃として凝縮されていく。
アレンの全身が、闘気に満たされて青白く輝く。そんな中、アレンはゆっくりと兼定の刃を寝かせると、刀身に右手を添えた。
刀身に、己を映し込むように。
――活人剣。
アレンは、か、と目を見開いた。
「覇っ!」
裂帛の気合。同時、青白く輝く兼定の刀身が、更にカッと鋭く輝いた。
――ゴォッ!
突風が起こる。巨大な山、揺るがぬ泰山として聳えるクロセルさえも震わせる、巨大な竜巻が、アレンを中心に吹き荒れた。
その頭上に現れたのは、巨大な朱雀だ。このバール山脈に流れる灼熱のマグマよりも強烈な、圧倒的な質感と熱風を孕んだ炎の化身。それは、クロセルの住処たるこの場所に、クロセルと同等の大きさをもって現れた。
アレンに付き従うように、彼の背で。
アレンは静かに、クロセルを見据えた。
「我々が脅威と戦うには、どうしても空を制する必要がある。この状態の私を、臆さず乗せて飛翔する竜が不可欠なのです。だから貴方に、ご助力願いたい」
「……知ッタコトカ!」
「クロセル侯爵、どうかお願いします。我々に協力を」
言って頭を下げるアレンに、クロセルは自分と同じ高さにいる朱雀を見据えた。圧倒的な、炎の化身。――アレンと同じ、朱雀の蒼瞳が、じ、とクロセルを見据えている。高貴な赤い炎を、滾らせて。
クロセルは、ふん、と鼻を鳴らした。
「タカガ朱雀ヲ従エタ程度デ、図ニ乗リオッテ! 我ハ七百年ノ時ヲ生キタ大イナル存在! 矮小ナル者ヨ、己ガ無知ヲ恥ジルガヨイワ!」
クロセルの翼が広がる。
ぐぉっ!
瞬間、ひんやりとした住処の温度が、一気に上昇した。
「……チッ、やっぱダメってことか!」
クリフが身構える。それをアレンが制した。クロセルに集うバール山脈の灼熱を感じながら、アレンがクロセルを見据えて言い放った。
「ここは俺にやらせてくれ、クリフ」
「アンタ、正気かい!?」
ネルが驚いた表情でアレンを見る。と、アレンの蒼瞳が、壮絶に輝いた。――兼定の刀身に合わせて。
「……ようやく、俺の全てを試せる相手に出合えた……!」
ぽつりとつぶやいたアレンの声は、轟音の中に掻き消えた。
ぐぉおおおっっ!
朱雀が、さらに膨れ上がる。それを見据え、アルフは肩をすくめた。そしてフェイトを一瞥し、警告する。
「病気が発動したぜ。さっさと退がった方が身の為だ」
「……病気?」
フェイトが首を傾げると、アルフは朱雀を滾らせるアレンを顎でしゃくって、紅瞳を細めた。
「見ての通り。ああなると手が付けられない。……あいつは、俺以上の戦闘狂だからな」
くく、と喉を鳴らすアルフ。傍らでナツメが何度も頷いた。
「せっかく休暇をもらっても、強敵を求めて旅に出ちゃう人ですからね」
「その間は音信不通」
「それはアルフさんもです!」
困ったように眉根を寄せるナツメに、アルフは薄笑いで答えた後、アレンを見据えた。
「ま、勉強させてもらえよ。ナツメ」
「はい!」
言って、気合を込めるナツメに、フェイト達も続いた。
「身ノ程ヲ知ルガ良イ、人間ガ!」
クロセルが飛翔する。アレンは兼定を八双に構えた。
「尋常に勝負! クロセル侯爵!」
「捻リ潰シテクレルワ!」
巨大な砲台のようなクロセルの口から、炎が吹き荒れる。溶岩洞の熱気を凝縮したような炎の
ズドォオオッッ!
それを受けてアレンは、兼定を縦に一閃した。
斬っ!
クロセルの放った炎が断ち切れる。と、同時。アレンは兼定を握りこんで、侯爵竜に向かって突っ込んだ。
「朱雀疾風突き!」
――コォオオオオッッ!――
朱雀が啼く。
クロセルが吼えた。
――グォオオオオオッッ!――
炎と炎が、遺跡の中央で激突した。
ズガァアアンッッ!
「うぉっ!?」
熱風に、クリフが頭を庇う。フェイトも同様に目を庇いながらも、アレンを追う。両者まったくの無傷で次の動作に入っていた。
「朧!」
アレンが下段から抜刀術を三層放つ。同時、クロセルの体表から炎が吹き荒れた。
「フンッ!」
クロセルが右腕を振るう。
ぶぉおおんっっ……!
それだけで巨大な空気の塊が、灼熱の炎がアレンに襲い掛かった。
ギィインッッ!
兼定で受け止めるアレン。巨木と枯れ枝ほどの、クロセルの腕と兼定の得物差が、しかし、まったくの拮抗を見せる。
侯爵竜の驚異的な硬度と、兼定の壮絶な切れ味。完全に止まった両者。
拮抗――。
そう、見えた。
斬っ!
――グォオオオオオッッ!――
クロセルが吼える。朧を止めた筈の腕が、深く斬られていた。
ぴしゃぁっ!
血が飛ぶ。
「やった!」
思わず歓声を上げるフェイトに、アルフが静かに言った。
「……いや」
「え?」
フェイトが瞬きを落とす。
と、
ぶしゅ……っ!
アレンも、兼定を握る腕から、わずかに血が滲んだ。
「アレン!」
掌の皮が剥けたのだ。凄まじい訓練を重ねた特殊部隊の肉体をもってしても、クロセルの一撃を受けきる事は出来ない。
が、
アレンの表情は、まったく変わらない。タンッ、と地面に着き、半身切る。
「打点をずらそうと侯爵竜はあの巨体。刀は無事でも、生身の人間に止められる代物じゃねぇよ。……本気でも出さない限り、な」
「だったら、出しちまえばいいじゃねえか!」
怒鳴るクリフに、アルフは答えず、壁に視線を向けた。
……ぴし、ぴしぴしぃ……っ、
クロセルの住処たる洞窟が、不気味な音を発ち始める。石造りの壁に――無数のヒビ。
「そんな……!」
「やべぇじゃんよぉ!」
フェイトとロジャーの、悲痛な声が響く。
「……やれやれ」
壁のヒビとアレンを見据えて、アルフが苦笑した。アレンとクロセル。両者が放つ攻撃の余波に、洞窟が崩壊しようとしているのだ。
上空のクロセルが、アレンを見下ろして言った。
「ヨモヤ人間風情ニ傷ヲツケラレルトハ……! コノ屈辱、倍ニシテ返シテクレル!」
ばさっ、!
滑らかな茶褐色の翼が、天で広がる。それを見据えながら、アレンは唇を噛んだ。背から、朱雀が消えうせる。
「愚カ者ガ!」
同時、クロセルの口腔から灼熱の炎が吐き出された。
「死ヌガイイ!」
ズドァアアアッッ!
爆炎が床を舐めた瞬間、すさまじい勢いで蒸発する石畳にフェイト達の視界が塞がれた。
「アレン!」
むせ返る様な熱風。直撃ではないのに、マグマを目の当たりにしたような質感で目眩がする。
斬ッッ!
爆風を、兼定が断ち切った。と、同時。アレンは素早く紋章術を構成した。
「ディープフリーズ!」
通常の術者が必要とする半分の詠唱時間で術を完成させ、軋み始めた床を固める。
ぴきぃい……っん!
氷塊が床の崩壊を防ぐと同時、アレンは上空のクロセルを険しい表情で見上げた。歯噛みするように唇を引き結んで、兼定を――鞘にしまう。
「ここまで、だな」
横合いからアルフに言われ、アレンは無言のまま、兼定を握りしめた。
「ああ」
「ここまでって、ちょっとアンタ!?」
目を丸くするネルに、アレンは無表情のまま、兼定を握っていない手をアルフに差し出した。
「武器を」
「ここから一人じゃキツイぜ? アレン」
くく、と喉を鳴らしながら、アルフは二振りのレーザーウェポンを懐から取り出す。その内一本を、アレンに手渡した。
「そうだな」
受け取ったアレンが、レーザーウェポンを一閃する。と刀を成した得物を握って、アレンは上空のクロセルに向かって振りぬいた。
「弧月閃!」
グォッッ!
神速で走ったアレンの抜刀が、衝撃波を生む。地面から湧き起こった縦半円の、衝撃波がクロセルに襲う。
が、
「小賢シイ!」
バサッ!
両翼の羽ばたきだけで掻き消える。先ほどの兼定で放った斬撃に比べれば、微風に等しい。クロセルがいぶかしげに目を細めると、風の中からアルフが現れた。
「朧!」
ズシュィンッッ!
大気を切り裂く轟音が、洞窟で反響する。だが直撃したクロセルに、ダメージは無い。
見据えるアルフが、面倒くさそうに目を細めた。
「……ほぅ」
つぶやきと同時、観戦していたナツメが腰の刀剣を抜く。彼女の剣先に、紋章力が集った。
「ピアシング・ソーズ!」
六本の氷剣が風を切ってクロセルに走る。
ヒュヒュンッッ!
が、クロセルが両翼をはためかせると同時、吹き荒ぶ突風で氷柱はいともあっさりと弾いた。その後ろをアルフが駆る。
たん、と地を蹴ったアルフの剣線が瞬後、煌いた。
「ヌンッッ!」
クロセルが、その大木のような右足でアルフの疾風突きを受け止める。そこに渦巻く疾風が、アルフの疾風を押しとめる。
ギィインッッ!
苛烈に咲く火花の中で、弾き飛んだのはアルフだった。
「アルフさん!」
ナツメが叫ぶ。と、同時。アレンのレーザーウェポンが光った。
「吼竜破!」
――ズドォオオッ!
アレンの闘気で出来た蒼竜が、クロセルの胴に直撃する。クロセルの野太い胴を、半分ほど飲みこむ蒼竜。クロセルの身体が、一瞬傾いた。ずしぃ、と確かな重みを感じさせる音が、侯爵竜の翼から立つ。
が。
「効カヌッ!」
わずかによろけたクロセルが翼を広げると同時、吼竜破を放ったアレンが吹き飛ばされた。
「っ!」
アレンが舌打つ。だぁんっ、と激しい音を立てて、彼は洞窟に背をぶつけた。
「アレン! ……っ、皆! 援護だ!」
はっと我に返ったフェイトが、剣を握って叫ぶ。と。一行は、一様に頷いた。
「エイミング・デバイス!」
正面に銃を据えたマリアの追尾レーザーがクロセルの眉間を狙う。
が、
キンッ!
マイクロブラスターの銃弾が、いとも簡単に弾かれた。クロセルの表皮。セラミック以上の硬度に、マリアはチッと舌打ちを打つ。
「やっぱり効かないみたいね……!」
「どいてろ、マリア」
その傍らをクリフが駆けた。
「行くぜ! カーレント・ナックル!」
「剛魔掌!」
左からクリフ、右からアルベルがクロセルを襲う。クリフとアルベルの挟撃だ。クロセルはカッと目を見開いた。
「――裂ケヨ!」
叫ぶと同時、クロセルが天に向かって吼えた。
キィイイイイ……ッ!
「団長!」
「クリフ!」
ナツメとネル、フェイトが声を揃えて目を瞠る。一瞬の静寂。――その後、
……パァンッッ!
風船が破裂したような音を立てて、クリフとアルベルが吹き飛んだ。
「ぐわぁっ!?」
「アルベル!?」
マリアが悲鳴に近い声で叫ぶ。その彼等が洞窟の壁に叩きつけられる寸前、アレンは軽く右手を振った。
「――プロテクション!」
クリフとアルベルの身体が白い風に包まれる。瞬間。しゅるんっ、と音を立てて二人の身体が白い風に包まれた。勢い良く巻いた風は、洞窟の壁に触れると同時、ぽふんっ、と軽い音を立てて二人を地面に下ろした。まるで見えないマットの上に下ろされたような、柔らかな弾力を伴って。
「た、すかったぜ……!」
狐につままれたような表情のクリフが、要領を得ないながらも言った。アレンはクロセルを見据えたまま、険しい表情で頷く。
「いや。それより気をつけろ。表皮の硬さもさる事ながら、今の技、後一歩踏み込んでいれば危なかった……!」
そのアレンを一瞥して、アルベルはクロセルを睨みながら立ち上がった。足の感覚が覚束ない。やや、頭がふらふらした。
「野郎、何をしやがった……!」
「紋章術の一種です、たぶん。さっき一瞬でしたが、クロセルさんの周りに凄まじい『気』が流れた。竜は精霊と深い結びつきがあると言いますから、詠唱なしでも術を使える可能性はあります」
クロセルを見据えて刀剣を構えたナツメは、怜悧な光を瞳に宿して静かに言った。先ほどとは打って変わって、凛とした横顔。アルベルは彼女の横顔を見据えて、ふん、と鼻を鳴らした。
無表情だがどこか満足げに。
「どうすればいい?」
「不用意には踏み込まないこと。それだけです」
言ってナツメが身構える。と、ナツメの後方からアルフが踏み込んだ。
「さっきはどうも」
クロセルの圧倒的質量に押されたアルフは、中空で体勢を立て直すと、地を蹴り、クロセルに切迫した。アルフが突きの構えを取る。と、同時。
フェイトとネルが、アルフの後に続いた。
「援護する! ヴァーティカル・エアレイド!」
「凍牙!」
風と氷の嵐がクロセルの足を一瞬止める。が。キンッ、と硬質的な音を立つと、二つの技は呆気なく大気に散った。
「っ!?」
フェイトが息を呑む。
その時、
「ヌッ!」
クロセルの視界に、紅瞳が飛び込んできた。
狂眼を滾らせた男――アルフの持つレーザーウェポンの刀身が、凄まじい光を放つ。
気が、風が――、凝縮されていく。
アルフの手に、刀身に。
ズドドドォオオンッッ!
凄まじい踏み込み音を立てて、三発同時の疾風突きがクロセルに肉薄する。先ほどの疾風突きよりも『気』の練度が高い。
が、
「笑止!」
クロセルは鼻で笑うと、天に向かって吼えた。
「――裂ケヨ!」
キィイイイイ……ッ!
眼に見えぬ音波が、場を、静寂で満たした。いかなる者の聴覚をも奪って。
例の、風船が割れるような音、
そして。
ズドォオオオオンンッッ!
ドゥームレイドの衝撃波が、アルフの三連疾風突きと交わり、爆ぜた。冗談ごとのようにアルフの体が吹き飛ぶ。――直撃だ。
「アルフ!」
アレンが叫ぶと同時、アルフの体がウルザ溶岩洞の最奥にある遺跡の壁に激突した。
「……かっ!」
アルフが血を吐く。
と、
――グォオオオオオ……ッッ!――
三連の刃が確実に、クロセルの眉間を貫いた。巨大な翼を広げ、クロセルがたたらを踏む。それを紅の瞳でアルフが見据えると同時、彼の口端から紅い血が一つ、零れ落ちた。瞳の色と同じ、禍々しくも鮮烈な紅い血が。
アルフの握っていたレーザーウェポンが、パキィインッ、と音を立てて砕け散る。
瞬間、
ナツメとアレンの目の色が変わった。
「……よくも!」
「やってくれたな……」
ナツメが刀剣を構える。わずかばかり眉間に傷を負った侯爵竜は、何百年ぶりかの血に興奮したのか、蒼の瞳を滾らせた。
――グォオオオオオ……ッッ!――
クロセルが吼える。
大気の、大地の熱がクロセルに集う。部屋の空気が、震えた。
「ナツメ! 油断するな!」
アレンが鋭く警告する。と、ナツメの姿が消えた。
……ふっ、
わずかに吹いた、一陣の風に溶け込むように。
「リーフスラッシュ!」
「何っ!?」
瞬きの間にナツメがクロセルに切迫している。クラウストロ人のクリフの目すらも欺く、ナツメの速攻抜刀術だ。
が、
キィンッッ!
クロセルの硬質な表皮が、ナツメの刃を難なく弾いた。と、同時。
「!」
ナツメの傍らに、巨大な影が迫る。――クロセルの尾。
(まずい……!)
躱せない。
ギィインッッ!
「アレン!」
巨大なクロセルの尾が、ナツメの体を叩き落とす寸前。間に入ったアレンが受け太刀した。ずどぉんっ、と鈍い音を立てて、アレンとナツメの体が吹き飛ばされる。地面に激突する寸前。ナツメは両腕を交差させて威力を分散させ着地する。その彼女の傍らに着地したアレンは、腹を押さえた。
「っ、ぐ!」
呻くと同時、鮮やかな血が口から零れる。ナツメは目を見開いた。
「アレンさん!」
「……やってくれんじゃん」
壁からアルフが起き上がる。彼は、ひゅんっ、とレーザーウェポンを振って、砕けた刀身を元に戻した後。うっすらと口許に笑みを浮かべた。
――狂眼の笑みを。
そのアルフに、フェイトが横目見ながら提案する。
「待ってくれ。バラバラに攻撃しても、奴にダメージは与えられない。ここは協力しよう!」
数瞬の間。ナツメとアレンを一瞥したアルフは、紅瞳をフェイトに向けた。
「……いいぜ、フェイト・ラインゴッド。いまはお前に合わせてやる」
静かに言い放つアルフに、フェイトはぐっと表情を引き締める。
「分かった!」
頷いたフェイトは、きっとクロセルを見据え、剣を構えた。
「……認めさせてやるさ!」
言い放つフェイトに、アルフはふっと薄笑った。
「アレンさん……! アレンさん!」
少し離れた所で、クロセルに叩き落されたナツメが、アレンを伺っていた。彼は何もしゃべらない。
相当の重傷だったのか。
ナツメは唇を噛みしめると、刀剣を握り締めて立ち上がった。――が。そこを、肩を押さえて制された。
アレンだ。
「……アレンさん……」
ナツメが閉口する。と。ヒーリングを唱え終わったアレンが、フェイト達を見やった。
「じっとしていろ。アルフがようやく、その気になりつつある」
「ほぇ?」
不思議そうに首を傾げるナツメに答えず、アレンは、に、と口端を緩めた。
「行くぞ、皆!」
「おう!」
フェイトが駆けると同時、ネル達が一斉に四散した。
「黒鷹旋!」
遠距離からネルが、短刀に施力を込めてブーメランのように放つ。が。やはり侯爵竜にダメージは喰らわせられない。
キィンッ、と乾いた音を立てて、短刀が弾かれた。
「チョコマカト!」
鬱陶しげにクロセルが吼える。地上にいるネルに向け、彼は着地した。
「今だ!」
フェイトが叫ぶ。と、クロセルの上からミラージュとクリフが、黄金の闘気を孕ませて降った。
「エリアルレイド!」
ドォ……ッ!
クロセルの延髄が蹴りぬかれる。ヌゥ、と唸ったクロセルが、たたらを踏んだ。その足元を、フェイトとロジャーが斬る。
「ブレイドリアクター!」
「エクスアーム!」
支点、作用点を的確に狙った二人の一撃。クロセルの身体が傾いだ。レーザーウェポンを握るアルフの紅瞳が、ぎらつく。
「行くぜ、アルベル」
「……ふんっ!」
刀を握ったアルベルも駆る。二人は同時に、地を蹴った。
「双破斬っ!」
狙いは――兼定で負傷した、クロセルの右腕。二つの太刀が容赦なく硬い皮膚に傷をつける。クロセルが吼えた。
――貴様等ァアアアア……!――
竜の激怒が、音として響く。地鳴りだ。ピシピシと悲鳴を上げる洞窟の壁を見やって、アレンは静かに立ち上がった。
「一気に決めるぞ。ナツメ」
「……ほぇ?」
「フェイトから、合図が来る!」
言ってレーザーウェポンに、アレンが気を高めた瞬間。刃を白く輝かせたフェイトが、叫んだ。
「皆! 今だぁあ!」
同時。
得物を手にした一同が、カッ、と目を見開いた。
「バースト・タックル!」
「クレッセント・ローカス!」
「ラスト・ディッチ!」
「影払い!」
「吼竜破!」
ズドォオ……オオ――ッッ!
同時に、全員の必殺技がクロセルに直撃する。壮絶な気の塊が、クロセルの口から悲鳴を上げさせた。
――グァアアアア……!――
馬鹿ナ、とつぶやいたクロセルが、目を見開く。痛みのあまり、上空を仰いだ侯爵竜の視界に、青髪の青年がいた。その手には、白く光る剣。――光の翼を背負った、青年だ。
「何ッ……!?」
クロセルが息を呑む。と、同時。フェイトの上段切りが、クロセルの眉間を直撃した。
「これで、終わりだぁあああ!」
クロセルの巨体が、十メートルほど後方に吹き飛んだ。ズドォンッ、と爆発のような、重苦しい音を立てて静止したクロセルは、ガッ、と呻いて、雄大な翼を畳んだ。
ピシシッ、と鳴る壁の地割れが酷い。フェイトが着地すると同時、彼の背から翼が消失した。アルフが、くく、と喉を鳴らす。
「やるじゃん。一瞬とはいえ、能力をも使いこなすとはな」
レーザーウェポンを納めたアレンの表情は、険しかった。
「まずいな……」
「この洞窟、何とかしないとかなりヤバイよ」
即座に同意したのはネルだ。アレンが頷く。紋章を練ろうとしたところで――鎮座したクロセルが、口を開いた。
「クゥ……地上ニ生マレ出デテ七百年。ヨモヤ人間ナドニ苦汁ヲ舐メサセラレルトハナ」
「約束、守ってくれるんでしょ?」
クロセルの正面に立ったマリアが、腰に手を据えて尋ねる。
クロセルは数瞬の沈黙の後、起き上がった。
「人ニ使役サレルハ屈辱ナレド、約束ヲ違エルハ汚行。仕方アルマイ」
渋々ながらも、了承する。ネルの表情に、喜色が広がった。
「それでは我らに――」
「我ガ背ニ乗ルガ良イ、小サキナレド強キ者ヨ。何処ヘナリト運ンデヤロウ」
言ったクロセルは、音にもならない声で鋭く吼えた。
……ィイイイッ……!!
瞬間。ぴしぴしとひび割れていた洞窟の壁が、巻き戻しをするように再生されていく。
アレンは目を瞠った。
「これは……!」
「竜は精霊に最も近き存在。己の住処である大地を戻すことなど、容易いことなのです」
微笑混じりに説明して来るミスティ・リーアに、クリフは、ペシッ、と額を叩きながら言った。
「……そういうこた、もっと早く言ってくれ……」
「残念だったな? 兼定の真価を発揮できなくて」
揶揄するようにアルフが言うと、アレンは深刻な表情で兼定を見つめ、首を横に振った。
「いや。洞窟に被害が広まったのは、俺が気を一点に練れていない証拠だ。……感謝する」
「アホだな……。こいつ……」
呆れ混じりにクリフがつぶやくと、アルフとナツメが、無言で頷いた。
「それじゃあ。さっそく乗せてもらおうか」
フェイトの言葉を皮切りに、一同が顔を見合わせて頷く。
クロセルの背にて――。
フェイトは侯爵竜を見つめ、首を傾げた。
「えっと、なんて呼べばいいのかな?」
「くろせるト呼ブガイイ、小サキナレド強キ者ヨ」
「それじゃ、クロセル。まずは東のシランド城へ向かってくれるかい?」
「承知!」
翼を広げたクロセルが、悠然と空を飛ぶ。瞬間。初めて飛竜を体験するロジャーとクリフが、振り落ちるのではないかと震えていたが、一同は無視した――……。
その日。シランドの上空に、今だかつて見たことのない、巨大な飛竜が舞った。
施術兵器を疾風の背に乗せ、微調整を行っていた者や、集団合成魔法の段取りを確認していた兵士達が、一様に手を止めて空を見る。
――侯爵竜、クロセル。
伝説と呼ばれる竜は、彼の持つその壮大さで、シランドにいるすべての人間を、絶句させた。
「只今戻りました」
シランドに辿り着くと同時、クロセルから飛び降りたネルは、出迎えたロメリアに敬礼した。
「よくやってくれましたね」
「本当に捕らえてくるとはな」
彼女の後ろに控える、巨大な侯爵竜を見上げて、アーリグリフ十三世・アルゼイはしみじみとつぶやく。と。クロセルの青瞳が、じろりとアルゼイを見た。
「捕ラエラレタノデハナイ。少シバカリ力ヲ貸スダケノコトダ。勘違イスルナ、虚勢ノ王ヨ」
毒を向けられたアルゼイが、意外だったのか。鼻白む。
「ふん、まあ良い。で、女王よ。作戦決行はいつなのだ?」
「そうですね……。できればすぐにでも良いと思うのですが」
ロメリアが伺うようにアレンを一瞥すると、彼は首を横に振った。
「クリフ達にはアーリグリフでイーグルに搭乗してもらわねばなりません。それが済み次第、というのが妥当かと」
「ということのようですから、彼等に任せるとしましょう」
「仕方あるまいな。まあ、アーリグリフまでは、我が疾風がお送りしよう。既存の施術兵器を搭載した部隊を、一度お前に見てもらわねばならんしな」
言われて、アレンは頷いた。
「それでは後の事は任せましたよ。ネル、フェイト、アレン。そして皆さん」
「はっ」
几帳面に敬礼するネルに、アレンもフェイトも続いた。