連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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60.vsクロセル

 バニラから授かったバニッシュリングで、火山岩を消滅させたフェイトは、クロセルの住処に辿り着いた。

 石畳が据えられたその場所は、外の灼熱が嘘のように遮断され、ひんやりと冷たい空気に満ちていた。長い年月を感じさせる埃と、湿気。部屋の中央に鎮座した巨大な竜は、ドーム型に伸びた屋根の無い天井が、下から見上げるフェイトには見られないほど、竜の間近にいるものの視界を遮る存在だった。

 竜は横になっているが、少なく見積もっても20メートルの高さはありそうだ。

 その竜を見上げて、フェイトは一つ、ほぅ、とため息を零した。

 

「大きい……」

 

 クロセルは、いつでも飛び立てるように放たれた空から陽光を浴びて、静かに眠っていた。

 竜にしてみれば、フェイトは彼の頭部にも満たない、小さな相手だ。

 深く眠っている所為か、クロセルはぴくりとも動かなかった。

 

「無駄に大きいわね」

 

 フェイトの傍らに歩み寄ってきて、マリアも竜を見上げてつぶやく。続いてクリフも、感心したように息を吐いた。

 

「こいつが侯爵級の迫力って奴か……」

 

 ここに来るまでに出合った竜も、相当大きい生物だったが、この竜はもはや一つの山だ。茶褐色の頑強そうな身体が、こちらを頭にして眠っていなければ、竜と識別すらしなかったかもしれない。

 

「……いいね」

 

 その竜を見据えて、アルフが小さく微笑う。傍らで、アレンも頷いた。

 

「あらゆる気が彼に向かって流れている。――間違いなく、竜の長だ」

 

「ただ……」

 

 つぶやいて、アルフがアレンを見る。視線の合ったアレンは、眼を伏せた。

 

「素直に言う事を聞いてくれればいいんだけどね」

 

 しみじみとつぶやくネルに、そうだな、とアレンが相打つ。

 後方にいたアルベルが、忌々しげに舌打った。

 

「そう上手くいくか、阿呆」

 

「怖気づいたか? 団長さん」

 

「……テメェ……!」

 

 激しい剣幕でアルベルが振り返った瞬間、クロセルに近い位置にいたフェイトが、は、と目を見開いた。

 

「ん!? 動いた!?」

 

 瞬間。

 一同が、ざっ、とクロセルを振り返る。

 

 ぶぉっ……!

 

 突風が吹く。と。眠っていた茶褐色の山が、威圧するように立ち上がった。美しく伸びた両翼が、ぴん、と広がる。

 クロセルの野太い首が、天に向かって、ぐぅう、と突き上げられた。

 そして――、

 

「吾ノ眠リヲ妨ゲル不届キナル者ハダレカ?」

 

 地響きと間違えてしまいそうなほど低い声で、クロセルは問いかけた。

 

「うわ、竜がしゃべりやがった!?」

 

 クロセルが人語を操るのを見て驚愕するクリフに、クロセルは小さく鼻を鳴らした。

 

「……礼儀ヲ弁エヌ奴ダ。自ラヲ万物ノ霊長ト信ジテ疑ワヌカ。何故、他ノ生物ガ言葉ヲ解セヌト思ウノダ? 自分ニ理解ノデキヌコトハ無イモノトスル。何時マデ経ッテモ変化ノ無イ奴ラヨ」

 

 ぅ、と息を呑むクリフを横目に、アレンは納得したように頷いた。

 

「そういえば、二国和議の時クリフはいなかったな」

 

「国王陛下の飛竜(オッドアイ)さんの方が流暢ですよ!」

 

「ま、所詮は隠居した身。長く使わないでいたから、忘れたんだろ」

 

「ははぁ~」

 

 頷くナツメとアルフを、クロセルの青瞳が、す、と射抜いた。

 

「控エヨッ! ワレ、数百年ノ時ヲ生キタ大イナル存在。人間風情ガ我ヲ侮ルナド許サレルト思ウテカッッ!」

 

 クロセルの恫喝に、ナツメは、びくっ、と肩を震わせた。

 アルフは小さく笑んで、血のように紅い瞳をゆっくりと細める。紅瞳に――狂気。匂い立つような、壮絶な色香が満ちる。

 

「貴様……!」

 

 クロセルの瞳に、闘気が宿った。

 

 ぐぉっ!

 

 それだけで、洞窟内の空気がクロセルに向かって集う。

 

「――アルフ」

 

 クロセルに応えようとしたアルフを、アレンが制した。紅瞳がアレンを見る。視線が合っただけで、壮絶な鬼気だ。それを軽く受け流したアレンは、紅瞳を見据えたまま、に、と微笑った。

 

「……やれやれ」

 

 数秒、睨み合って。不意に肩をすくめたアルフは、対峙したクロセルから視線を外し、瞳の狂気を内に収めた。それを確認し、アレンはクロセルへ歩み寄る。左手に剛刀、兼定を握って。

 

「クロセル侯爵。貴方に、お頼みしたい事があります」

 

 言って、蒼瞳がクロセルを見据える。アルフとは全く逆の、清廉とした光を放つアレンの瞳。それを見下ろして、クロセルは僅かに目を細めた。

 

「……何者ダ、貴様……」

 

「私の名はアレン・ガード。異界から来た者です」

 

「異界、ダト……?」

 

 不思議そうに声をひそめるクロセルに、アレンの傍らからネルが前に出た。クロセルの前で、彼女は恭しく跪く。

 

「侯爵閣下。私はシーハーツが隠密、ネル・ゼルファー。今、この地域に大いなる脅威が押し寄せてきております。そしてその脅威に対抗するために、ぜひ閣下のお力添えが必要なのです」

 

「……巫女ノ国ノ者カ。フン。何ヤラ外ガ騒ガシイトハ思ッタガナ。シテ、ワシニ何ヲシテ欲シイノダ?」

 

「私を、貴方の背に乗せて頂きたい」

 

 臆面も無く言ったアレンに、クロセルは、かっ、と目を見開いた。

 

「何ダトッ!? 人間風情ガ、フザケルデナイワ!」

 

「座興でこの場を訪れるほど、我々は酔狂ではありません」

 

 言ったアレンは、ネルを後方に下げた後、手にした剛刀を抜き払った。

 瞬間。

 

 ざわ……っ、

 

 静謐に満ちたクロセルの部屋が、アレンを中心に身震いした。

 

(何……ッ!?)

 

 クロセル同様、大地が、大気が、アレンに向かって集まる。激流のように、しかし、穏やかに。アレンの持つ兼定の刀身に、吸い込まれるようにとぐろを巻いて、青く、光る刃として凝縮されていく。

 アレンの全身が、闘気に満たされて青白く輝く。そんな中、アレンはゆっくりと兼定の刃を寝かせると、刀身に右手を添えた。

 刀身に、己を映し込むように。

 ――活人剣。

 アレンは、か、と目を見開いた。

 

「覇っ!」

 

 裂帛の気合。同時、青白く輝く兼定の刀身が、更にカッと鋭く輝いた。

 

 ――ゴォッ!

 

 突風が起こる。巨大な山、揺るがぬ泰山として聳えるクロセルさえも震わせる、巨大な竜巻が、アレンを中心に吹き荒れた。

 その頭上に現れたのは、巨大な朱雀だ。このバール山脈に流れる灼熱のマグマよりも強烈な、圧倒的な質感と熱風を孕んだ炎の化身。それは、クロセルの住処たるこの場所に、クロセルと同等の大きさをもって現れた。

 アレンに付き従うように、彼の背で。

 アレンは静かに、クロセルを見据えた。

 

「我々が脅威と戦うには、どうしても空を制する必要がある。この状態の私を、臆さず乗せて飛翔する竜が不可欠なのです。だから貴方に、ご助力願いたい」

 

「……知ッタコトカ!」

 

「クロセル侯爵、どうかお願いします。我々に協力を」

 

 言って頭を下げるアレンに、クロセルは自分と同じ高さにいる朱雀を見据えた。圧倒的な、炎の化身。――アレンと同じ、朱雀の蒼瞳が、じ、とクロセルを見据えている。高貴な赤い炎を、滾らせて。

 クロセルは、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「タカガ朱雀ヲ従エタ程度デ、図ニ乗リオッテ! 我ハ七百年ノ時ヲ生キタ大イナル存在! 矮小ナル者ヨ、己ガ無知ヲ恥ジルガヨイワ!」

 

 クロセルの翼が広がる。

 

 ぐぉっ!

 

 瞬間、ひんやりとした住処の温度が、一気に上昇した。

 

「……チッ、やっぱダメってことか!」

 

 クリフが身構える。それをアレンが制した。クロセルに集うバール山脈の灼熱を感じながら、アレンがクロセルを見据えて言い放った。

 

「ここは俺にやらせてくれ、クリフ」

 

「アンタ、正気かい!?」

 

 ネルが驚いた表情でアレンを見る。と、アレンの蒼瞳が、壮絶に輝いた。――兼定の刀身に合わせて。

 

「……ようやく、俺の全てを試せる相手に出合えた……!」

 

 ぽつりとつぶやいたアレンの声は、轟音の中に掻き消えた。

 

 ぐぉおおおっっ!

 

 朱雀が、さらに膨れ上がる。それを見据え、アルフは肩をすくめた。そしてフェイトを一瞥し、警告する。

 

「病気が発動したぜ。さっさと退がった方が身の為だ」

 

「……病気?」

 

 フェイトが首を傾げると、アルフは朱雀を滾らせるアレンを顎でしゃくって、紅瞳を細めた。

 

「見ての通り。ああなると手が付けられない。……あいつは、俺以上の戦闘狂だからな」

 

 くく、と喉を鳴らすアルフ。傍らでナツメが何度も頷いた。

 

「せっかく休暇をもらっても、強敵を求めて旅に出ちゃう人ですからね」

 

「その間は音信不通」

 

「それはアルフさんもです!」

 

 困ったように眉根を寄せるナツメに、アルフは薄笑いで答えた後、アレンを見据えた。

 

「ま、勉強させてもらえよ。ナツメ」

 

「はい!」

 

 言って、気合を込めるナツメに、フェイト達も続いた。

 

「身ノ程ヲ知ルガ良イ、人間ガ!」

 

 クロセルが飛翔する。アレンは兼定を八双に構えた。

 

「尋常に勝負! クロセル侯爵!」

 

「捻リ潰シテクレルワ!」

 

 巨大な砲台のようなクロセルの口から、炎が吹き荒れる。溶岩洞の熱気を凝縮したような炎の息吹(ブレス)

 

 ズドォオオッッ!

 

 それを受けてアレンは、兼定を縦に一閃した。

 

 斬っ!

 

 クロセルの放った炎が断ち切れる。と、同時。アレンは兼定を握りこんで、侯爵竜に向かって突っ込んだ。

 

「朱雀疾風突き!」

 

――コォオオオオッッ!――

 

 朱雀が啼く。

 クロセルが吼えた。

 

――グォオオオオオッッ!――

 

 炎と炎が、遺跡の中央で激突した。

 

 ズガァアアンッッ!

 

「うぉっ!?」

 

 熱風に、クリフが頭を庇う。フェイトも同様に目を庇いながらも、アレンを追う。両者まったくの無傷で次の動作に入っていた。

 

「朧!」

 

 アレンが下段から抜刀術を三層放つ。同時、クロセルの体表から炎が吹き荒れた。

 

「フンッ!」

 

 クロセルが右腕を振るう。

 

 ぶぉおおんっっ……!

 

 それだけで巨大な空気の塊が、灼熱の炎がアレンに襲い掛かった。

 

 ギィインッッ!

 

 兼定で受け止めるアレン。巨木と枯れ枝ほどの、クロセルの腕と兼定の得物差が、しかし、まったくの拮抗を見せる。

 侯爵竜の驚異的な硬度と、兼定の壮絶な切れ味。完全に止まった両者。

 拮抗――。

 そう、見えた。

 

 斬っ!

 

――グォオオオオオッッ!――

 

 クロセルが吼える。朧を止めた筈の腕が、深く斬られていた。

 

 ぴしゃぁっ!

 

 血が飛ぶ。

 

「やった!」

 

 思わず歓声を上げるフェイトに、アルフが静かに言った。

 

「……いや」

 

「え?」

 

 フェイトが瞬きを落とす。

 と、

 

 ぶしゅ……っ!

 

 アレンも、兼定を握る腕から、わずかに血が滲んだ。

 

「アレン!」

 

 掌の皮が剥けたのだ。凄まじい訓練を重ねた特殊部隊の肉体をもってしても、クロセルの一撃を受けきる事は出来ない。

 が、

 アレンの表情は、まったく変わらない。タンッ、と地面に着き、半身切る。

 

「打点をずらそうと侯爵竜はあの巨体。刀は無事でも、生身の人間に止められる代物じゃねぇよ。……本気でも出さない限り、な」

 

「だったら、出しちまえばいいじゃねえか!」

 

 怒鳴るクリフに、アルフは答えず、壁に視線を向けた。

 

 ……ぴし、ぴしぴしぃ……っ、

 

 クロセルの住処たる洞窟が、不気味な音を発ち始める。石造りの壁に――無数のヒビ。

 

「そんな……!」

 

「やべぇじゃんよぉ!」

 

 フェイトとロジャーの、悲痛な声が響く。

 

「……やれやれ」

 

 壁のヒビとアレンを見据えて、アルフが苦笑した。アレンとクロセル。両者が放つ攻撃の余波に、洞窟が崩壊しようとしているのだ。

 上空のクロセルが、アレンを見下ろして言った。

 

「ヨモヤ人間風情ニ傷ヲツケラレルトハ……! コノ屈辱、倍ニシテ返シテクレル!」

 

 ばさっ、!

 

 滑らかな茶褐色の翼が、天で広がる。それを見据えながら、アレンは唇を噛んだ。背から、朱雀が消えうせる。

 

「愚カ者ガ!」

 

 同時、クロセルの口腔から灼熱の炎が吐き出された。

 

「死ヌガイイ!」

 

 ズドァアアアッッ!

 

 爆炎が床を舐めた瞬間、すさまじい勢いで蒸発する石畳にフェイト達の視界が塞がれた。

 

「アレン!」

 

 むせ返る様な熱風。直撃ではないのに、マグマを目の当たりにしたような質感で目眩がする。

 

 斬ッッ!

 

 爆風を、兼定が断ち切った。と、同時。アレンは素早く紋章術を構成した。

 

「ディープフリーズ!」

 

 通常の術者が必要とする半分の詠唱時間で術を完成させ、軋み始めた床を固める。

 

 ぴきぃい……っん!

 

 氷塊が床の崩壊を防ぐと同時、アレンは上空のクロセルを険しい表情で見上げた。歯噛みするように唇を引き結んで、兼定を――鞘にしまう。

 

「ここまで、だな」

 

 横合いからアルフに言われ、アレンは無言のまま、兼定を握りしめた。

 

「ああ」

 

「ここまでって、ちょっとアンタ!?」

 

 目を丸くするネルに、アレンは無表情のまま、兼定を握っていない手をアルフに差し出した。

 

「武器を」

 

「ここから一人じゃキツイぜ? アレン」

 

 くく、と喉を鳴らしながら、アルフは二振りのレーザーウェポンを懐から取り出す。その内一本を、アレンに手渡した。

 

「そうだな」

 

 受け取ったアレンが、レーザーウェポンを一閃する。と刀を成した得物を握って、アレンは上空のクロセルに向かって振りぬいた。

 

「弧月閃!」

 

 グォッッ!

 

 神速で走ったアレンの抜刀が、衝撃波を生む。地面から湧き起こった縦半円の、衝撃波がクロセルに襲う。

 が、

 

「小賢シイ!」

 

 バサッ!

 

 両翼の羽ばたきだけで掻き消える。先ほどの兼定で放った斬撃に比べれば、微風に等しい。クロセルがいぶかしげに目を細めると、風の中からアルフが現れた。

 

「朧!」

 

 ズシュィンッッ!

 

 大気を切り裂く轟音が、洞窟で反響する。だが直撃したクロセルに、ダメージは無い。

 見据えるアルフが、面倒くさそうに目を細めた。

 

「……ほぅ」

 

 つぶやきと同時、観戦していたナツメが腰の刀剣を抜く。彼女の剣先に、紋章力が集った。

 

「ピアシング・ソーズ!」

 

 六本の氷剣が風を切ってクロセルに走る。

 

 ヒュヒュンッッ!

 

 が、クロセルが両翼をはためかせると同時、吹き荒ぶ突風で氷柱はいともあっさりと弾いた。その後ろをアルフが駆る。

 たん、と地を蹴ったアルフの剣線が瞬後、煌いた。

 

「ヌンッッ!」

 

 クロセルが、その大木のような右足でアルフの疾風突きを受け止める。そこに渦巻く疾風が、アルフの疾風を押しとめる。

 

 ギィインッッ!

 

 苛烈に咲く火花の中で、弾き飛んだのはアルフだった。

 

「アルフさん!」

 

 ナツメが叫ぶ。と、同時。アレンのレーザーウェポンが光った。

 

「吼竜破!」

 

 ――ズドォオオッ!

 

 アレンの闘気で出来た蒼竜が、クロセルの胴に直撃する。クロセルの野太い胴を、半分ほど飲みこむ蒼竜。クロセルの身体が、一瞬傾いた。ずしぃ、と確かな重みを感じさせる音が、侯爵竜の翼から立つ。

 が。

 

「効カヌッ!」

 

 わずかによろけたクロセルが翼を広げると同時、吼竜破を放ったアレンが吹き飛ばされた。

 

「っ!」

 

 アレンが舌打つ。だぁんっ、と激しい音を立てて、彼は洞窟に背をぶつけた。

 

「アレン! ……っ、皆! 援護だ!」

 

 はっと我に返ったフェイトが、剣を握って叫ぶ。と。一行は、一様に頷いた。

 

「エイミング・デバイス!」

 

 正面に銃を据えたマリアの追尾レーザーがクロセルの眉間を狙う。

 が、

 

 キンッ!

 

 マイクロブラスターの銃弾が、いとも簡単に弾かれた。クロセルの表皮。セラミック以上の硬度に、マリアはチッと舌打ちを打つ。

 

「やっぱり効かないみたいね……!」

 

「どいてろ、マリア」

 

 その傍らをクリフが駆けた。

 

「行くぜ! カーレント・ナックル!」

 

「剛魔掌!」

 

 左からクリフ、右からアルベルがクロセルを襲う。クリフとアルベルの挟撃だ。クロセルはカッと目を見開いた。

 

「――裂ケヨ!」

 

 叫ぶと同時、クロセルが天に向かって吼えた。

 

 キィイイイイ……ッ!

 

「団長!」

 

「クリフ!」

 

 ナツメとネル、フェイトが声を揃えて目を瞠る。一瞬の静寂。――その後、

 

 ……パァンッッ!

 

 風船が破裂したような音を立てて、クリフとアルベルが吹き飛んだ。

 

「ぐわぁっ!?」

 

「アルベル!?」

 

 マリアが悲鳴に近い声で叫ぶ。その彼等が洞窟の壁に叩きつけられる寸前、アレンは軽く右手を振った。

 

「――プロテクション!」

 

 クリフとアルベルの身体が白い風に包まれる。瞬間。しゅるんっ、と音を立てて二人の身体が白い風に包まれた。勢い良く巻いた風は、洞窟の壁に触れると同時、ぽふんっ、と軽い音を立てて二人を地面に下ろした。まるで見えないマットの上に下ろされたような、柔らかな弾力を伴って。

 

「た、すかったぜ……!」

 

 狐につままれたような表情のクリフが、要領を得ないながらも言った。アレンはクロセルを見据えたまま、険しい表情で頷く。

 

「いや。それより気をつけろ。表皮の硬さもさる事ながら、今の技、後一歩踏み込んでいれば危なかった……!」

 

 そのアレンを一瞥して、アルベルはクロセルを睨みながら立ち上がった。足の感覚が覚束ない。やや、頭がふらふらした。

 

「野郎、何をしやがった……!」

 

「紋章術の一種です、たぶん。さっき一瞬でしたが、クロセルさんの周りに凄まじい『気』が流れた。竜は精霊と深い結びつきがあると言いますから、詠唱なしでも術を使える可能性はあります」

 

 クロセルを見据えて刀剣を構えたナツメは、怜悧な光を瞳に宿して静かに言った。先ほどとは打って変わって、凛とした横顔。アルベルは彼女の横顔を見据えて、ふん、と鼻を鳴らした。

 無表情だがどこか満足げに。

 

「どうすればいい?」

 

「不用意には踏み込まないこと。それだけです」

 

 言ってナツメが身構える。と、ナツメの後方からアルフが踏み込んだ。

 

「さっきはどうも」

 

 クロセルの圧倒的質量に押されたアルフは、中空で体勢を立て直すと、地を蹴り、クロセルに切迫した。アルフが突きの構えを取る。と、同時。

 フェイトとネルが、アルフの後に続いた。

 

「援護する! ヴァーティカル・エアレイド!」

 

「凍牙!」

 

 風と氷の嵐がクロセルの足を一瞬止める。が。キンッ、と硬質的な音を立つと、二つの技は呆気なく大気に散った。

 

「っ!?」

 

 フェイトが息を呑む。

 その時、

 

「ヌッ!」

 

 クロセルの視界に、紅瞳が飛び込んできた。

 狂眼を滾らせた男――アルフの持つレーザーウェポンの刀身が、凄まじい光を放つ。

 気が、風が――、凝縮されていく。

 アルフの手に、刀身に。

 

 ズドドドォオオンッッ!

 

 凄まじい踏み込み音を立てて、三発同時の疾風突きがクロセルに肉薄する。先ほどの疾風突きよりも『気』の練度が高い。

 が、

 

「笑止!」

 

 クロセルは鼻で笑うと、天に向かって吼えた。

「――裂ケヨ!」

 

 竜の嘶き(ドゥームレイド)。 

 

 キィイイイイ……ッ!

 

 眼に見えぬ音波が、場を、静寂で満たした。いかなる者の聴覚をも奪って。

 例の、風船が割れるような音、

 そして。

 

 ズドォオオオオンンッッ!

 

 ドゥームレイドの衝撃波が、アルフの三連疾風突きと交わり、爆ぜた。冗談ごとのようにアルフの体が吹き飛ぶ。――直撃だ。

 

「アルフ!」

 

 アレンが叫ぶと同時、アルフの体がウルザ溶岩洞の最奥にある遺跡の壁に激突した。

 

「……かっ!」

 

 アルフが血を吐く。

 と、

 

――グォオオオオオ……ッッ!――

 

 三連の刃が確実に、クロセルの眉間を貫いた。巨大な翼を広げ、クロセルがたたらを踏む。それを紅の瞳でアルフが見据えると同時、彼の口端から紅い血が一つ、零れ落ちた。瞳の色と同じ、禍々しくも鮮烈な紅い血が。

 アルフの握っていたレーザーウェポンが、パキィインッ、と音を立てて砕け散る。

 瞬間、

 ナツメとアレンの目の色が変わった。

 

「……よくも!」

 

「やってくれたな……」

 

 ナツメが刀剣を構える。わずかばかり眉間に傷を負った侯爵竜は、何百年ぶりかの血に興奮したのか、蒼の瞳を滾らせた。

 

――グォオオオオオ……ッッ!――

 

 クロセルが吼える。

 大気の、大地の熱がクロセルに集う。部屋の空気が、震えた。

 

「ナツメ! 油断するな!」

 

 アレンが鋭く警告する。と、ナツメの姿が消えた。

 

 ……ふっ、

 

 わずかに吹いた、一陣の風に溶け込むように。

 

「リーフスラッシュ!」

 

「何っ!?」

 

 瞬きの間にナツメがクロセルに切迫している。クラウストロ人のクリフの目すらも欺く、ナツメの速攻抜刀術だ。

 が、

 

 キィンッッ!

 

 クロセルの硬質な表皮が、ナツメの刃を難なく弾いた。と、同時。

 

「!」

 

 ナツメの傍らに、巨大な影が迫る。――クロセルの尾。

 

(まずい……!)

 

 躱せない。

 

 ギィインッッ!

 

「アレン!」

 

 巨大なクロセルの尾が、ナツメの体を叩き落とす寸前。間に入ったアレンが受け太刀した。ずどぉんっ、と鈍い音を立てて、アレンとナツメの体が吹き飛ばされる。地面に激突する寸前。ナツメは両腕を交差させて威力を分散させ着地する。その彼女の傍らに着地したアレンは、腹を押さえた。

 

「っ、ぐ!」

 

 呻くと同時、鮮やかな血が口から零れる。ナツメは目を見開いた。

 

「アレンさん!」

 

「……やってくれんじゃん」

 

 壁からアルフが起き上がる。彼は、ひゅんっ、とレーザーウェポンを振って、砕けた刀身を元に戻した後。うっすらと口許に笑みを浮かべた。

 ――狂眼の笑みを。

 そのアルフに、フェイトが横目見ながら提案する。

 

「待ってくれ。バラバラに攻撃しても、奴にダメージは与えられない。ここは協力しよう!」

 

 数瞬の間。ナツメとアレンを一瞥したアルフは、紅瞳をフェイトに向けた。

 

「……いいぜ、フェイト・ラインゴッド。いまはお前に合わせてやる」

 

 静かに言い放つアルフに、フェイトはぐっと表情を引き締める。

 

「分かった!」

 

 頷いたフェイトは、きっとクロセルを見据え、剣を構えた。

 

「……認めさせてやるさ!」

 

 言い放つフェイトに、アルフはふっと薄笑った。

 

「アレンさん……! アレンさん!」

 

 少し離れた所で、クロセルに叩き落されたナツメが、アレンを伺っていた。彼は何もしゃべらない。

 相当の重傷だったのか。

 ナツメは唇を噛みしめると、刀剣を握り締めて立ち上がった。――が。そこを、肩を押さえて制された。

 アレンだ。

 

「……アレンさん……」

 

 ナツメが閉口する。と。ヒーリングを唱え終わったアレンが、フェイト達を見やった。

 

「じっとしていろ。アルフがようやく、その気になりつつある」

 

「ほぇ?」

 

 不思議そうに首を傾げるナツメに答えず、アレンは、に、と口端を緩めた。

 

 

 

 

「行くぞ、皆!」

 

「おう!」

 

 フェイトが駆けると同時、ネル達が一斉に四散した。

 

「黒鷹旋!」

 

 遠距離からネルが、短刀に施力を込めてブーメランのように放つ。が。やはり侯爵竜にダメージは喰らわせられない。

 キィンッ、と乾いた音を立てて、短刀が弾かれた。

 

「チョコマカト!」

 

 鬱陶しげにクロセルが吼える。地上にいるネルに向け、彼は着地した。

 

「今だ!」

 

 フェイトが叫ぶ。と、クロセルの上からミラージュとクリフが、黄金の闘気を孕ませて降った。

 

「エリアルレイド!」

 

 ドォ……ッ!

 

 クロセルの延髄が蹴りぬかれる。ヌゥ、と唸ったクロセルが、たたらを踏んだ。その足元を、フェイトとロジャーが斬る。

 

「ブレイドリアクター!」

 

「エクスアーム!」

 

 支点、作用点を的確に狙った二人の一撃。クロセルの身体が傾いだ。レーザーウェポンを握るアルフの紅瞳が、ぎらつく。

 

「行くぜ、アルベル」

 

「……ふんっ!」

 

 刀を握ったアルベルも駆る。二人は同時に、地を蹴った。

 

「双破斬っ!」

 

 狙いは――兼定で負傷した、クロセルの右腕。二つの太刀が容赦なく硬い皮膚に傷をつける。クロセルが吼えた。

 

――貴様等ァアアアア……!――

 

 竜の激怒が、音として響く。地鳴りだ。ピシピシと悲鳴を上げる洞窟の壁を見やって、アレンは静かに立ち上がった。

 

「一気に決めるぞ。ナツメ」

 

「……ほぇ?」

 

「フェイトから、合図が来る!」

 

 言ってレーザーウェポンに、アレンが気を高めた瞬間。刃を白く輝かせたフェイトが、叫んだ。

 

「皆! 今だぁあ!」

 

 同時。

 得物を手にした一同が、カッ、と目を見開いた。

 

「バースト・タックル!」

 

「クレッセント・ローカス!」

 

「ラスト・ディッチ!」

 

「影払い!」

 

「吼竜破!」

 

 

 ズドォオ……オオ――ッッ!

 

 同時に、全員の必殺技がクロセルに直撃する。壮絶な気の塊が、クロセルの口から悲鳴を上げさせた。

 

――グァアアアア……!――

 

 馬鹿ナ、とつぶやいたクロセルが、目を見開く。痛みのあまり、上空を仰いだ侯爵竜の視界に、青髪の青年がいた。その手には、白く光る剣。――光の翼を背負った、青年だ。

 

「何ッ……!?」

 

 クロセルが息を呑む。と、同時。フェイトの上段切りが、クロセルの眉間を直撃した。

 

「これで、終わりだぁあああ!」

 

 クロセルの巨体が、十メートルほど後方に吹き飛んだ。ズドォンッ、と爆発のような、重苦しい音を立てて静止したクロセルは、ガッ、と呻いて、雄大な翼を畳んだ。

 ピシシッ、と鳴る壁の地割れが酷い。フェイトが着地すると同時、彼の背から翼が消失した。アルフが、くく、と喉を鳴らす。

 

「やるじゃん。一瞬とはいえ、能力をも使いこなすとはな」

 

 レーザーウェポンを納めたアレンの表情は、険しかった。

 

「まずいな……」

 

「この洞窟、何とかしないとかなりヤバイよ」

 

 即座に同意したのはネルだ。アレンが頷く。紋章を練ろうとしたところで――鎮座したクロセルが、口を開いた。

 

「クゥ……地上ニ生マレ出デテ七百年。ヨモヤ人間ナドニ苦汁ヲ舐メサセラレルトハナ」

 

「約束、守ってくれるんでしょ?」

 

 クロセルの正面に立ったマリアが、腰に手を据えて尋ねる。

 クロセルは数瞬の沈黙の後、起き上がった。

 

「人ニ使役サレルハ屈辱ナレド、約束ヲ違エルハ汚行。仕方アルマイ」

 

 渋々ながらも、了承する。ネルの表情に、喜色が広がった。

 

「それでは我らに――」

 

「我ガ背ニ乗ルガ良イ、小サキナレド強キ者ヨ。何処ヘナリト運ンデヤロウ」

 

 言ったクロセルは、音にもならない声で鋭く吼えた。

 

 ……ィイイイッ……!!

 

 瞬間。ぴしぴしとひび割れていた洞窟の壁が、巻き戻しをするように再生されていく。

 アレンは目を瞠った。

 

「これは……!」

 

「竜は精霊に最も近き存在。己の住処である大地を戻すことなど、容易いことなのです」

 

 微笑混じりに説明して来るミスティ・リーアに、クリフは、ペシッ、と額を叩きながら言った。

 

「……そういうこた、もっと早く言ってくれ……」

 

「残念だったな? 兼定の真価を発揮できなくて」

 

 揶揄するようにアルフが言うと、アレンは深刻な表情で兼定を見つめ、首を横に振った。

 

「いや。洞窟に被害が広まったのは、俺が気を一点に練れていない証拠だ。……感謝する」

 

「アホだな……。こいつ……」

 

 呆れ混じりにクリフがつぶやくと、アルフとナツメが、無言で頷いた。

 

「それじゃあ。さっそく乗せてもらおうか」

 

 フェイトの言葉を皮切りに、一同が顔を見合わせて頷く。

 

 クロセルの背にて――。

 

 フェイトは侯爵竜を見つめ、首を傾げた。

 

「えっと、なんて呼べばいいのかな?」

 

「くろせるト呼ブガイイ、小サキナレド強キ者ヨ」

 

「それじゃ、クロセル。まずは東のシランド城へ向かってくれるかい?」

 

「承知!」

 

 翼を広げたクロセルが、悠然と空を飛ぶ。瞬間。初めて飛竜を体験するロジャーとクリフが、振り落ちるのではないかと震えていたが、一同は無視した――……。

 

 

 

 

 その日。シランドの上空に、今だかつて見たことのない、巨大な飛竜が舞った。

 施術兵器を疾風の背に乗せ、微調整を行っていた者や、集団合成魔法の段取りを確認していた兵士達が、一様に手を止めて空を見る。

 ――侯爵竜、クロセル。

 伝説と呼ばれる竜は、彼の持つその壮大さで、シランドにいるすべての人間を、絶句させた。

 

 

 

 

「只今戻りました」

 

 シランドに辿り着くと同時、クロセルから飛び降りたネルは、出迎えたロメリアに敬礼した。

 

「よくやってくれましたね」

 

「本当に捕らえてくるとはな」

 

 彼女の後ろに控える、巨大な侯爵竜を見上げて、アーリグリフ十三世・アルゼイはしみじみとつぶやく。と。クロセルの青瞳が、じろりとアルゼイを見た。

 

「捕ラエラレタノデハナイ。少シバカリ力ヲ貸スダケノコトダ。勘違イスルナ、虚勢ノ王ヨ」

 

 毒を向けられたアルゼイが、意外だったのか。鼻白む。

 

「ふん、まあ良い。で、女王よ。作戦決行はいつなのだ?」

 

「そうですね……。できればすぐにでも良いと思うのですが」

 

 ロメリアが伺うようにアレンを一瞥すると、彼は首を横に振った。

 

「クリフ達にはアーリグリフでイーグルに搭乗してもらわねばなりません。それが済み次第、というのが妥当かと」

 

「ということのようですから、彼等に任せるとしましょう」

 

「仕方あるまいな。まあ、アーリグリフまでは、我が疾風がお送りしよう。既存の施術兵器を搭載した部隊を、一度お前に見てもらわねばならんしな」

 

 言われて、アレンは頷いた。

 

「それでは後の事は任せましたよ。ネル、フェイト、アレン。そして皆さん」

 

「はっ」

 

 几帳面に敬礼するネルに、アレンもフェイトも続いた。

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