連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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PA(プライベートアクション) 漆黒団長と連邦軍人

 クロセルの協力を得たその夜。

 集団合成魔法の陣形について、ネルやヴォックスと綿密な訓練計画書を作成した後、アレンは白露の庭園に居た。

 ここは城下が見下ろせる――見晴らしの良い場所だ。

 

 

 そこに一人、珍しい客が来た。

 

「……何か用か?」

 

 アレンが問うと、左肩から腕をすっぽりと覆うアルベル・ノックスの鉄爪が、カシャリと金属音を鳴らす。明日の早便でアーリグリフに向かう漆黒団長は、もう夜も遅いというのに、ぎらついた赤い瞳をアレンに向けてくる。

 好戦的な眼差しを。

 

「フン。――貴様とは、一度話がしてみたかった」

 

 アレンは手摺から手を離す。

 

「言われてみれば、貴方とはろくに話した事が無かったな」

 

「…………」

 

 ちっ、と顔を歪めて舌打つアルベル。

 アレンは首を傾げた。

 

「何か?」

 

「なんでもない。……それよりも、テメエに聞きたい事がある」

 

 アルフと同じ軍服を着て、アルフと同じ実力を持った男に『貴方』と称された事が気色悪かったなど、アルベルは口が裂けても言わない。彼は、半ば睨むようにアレンを見据えた。

 

「?」

 

 要を得ない様子で、首を傾げているアレンに、アルベルは、す、と姿勢を正す。赤い瞳は野生の獣のように好戦的で――しかし今は、どこか真摯な印象を受けた。

 

「お前等の邪魔、星の船の出現、様々な要素があったとは言え結果として俺達は負けた。たとえ過程がどうであろうと、戦争でこの国を滅ぼすことが出来なかった。つまりは、敗北だ。お前は俺達が勝つ為に、いったい何が足りなかったのか分かるか? 単純なコトだぜ」

 

「この国が、勝った理由?」

 

「そうだ。国力の差は確かにあったが、それでも勝機があると判断したからこそ仕掛けた。だが、結果は見ての通りだ。何故だと思う?」

 

 アレンはフッと息を洩らすと、アルベルを見据えた。

 

「フェイトはなんて答えたんだ?」

 

 チッ、と再びアルベルが舌打つ。アルフと若干の違いはあるものの、やはりこの男も油断ならない相手だ。同じ質問をフェイトにした事を、一瞬で見透かされるのだから。

 アルベルは黙し――、答える。

 

「『運が悪かった』……と、ほざきやがった」

 

「アイツが?」

 

 意外そうにアレンが目を丸める。

 アルベルは頷いた。

 

「奴は、『アーリグリフもシーハーツも、国民のことを考え、そのために戦った。今回こんなことになってしまったのは、神様の気紛れにしかすぎない』と言ってやがった。だが実際は、違うだろう? 血反吐を吐くような努力と、山のような行動の積み重ね。ベストな行動を選択する分析力と咄嗟の判断力。負ける方ってのは、どっかが必ず欠けてんだ」

 

 言うアルベルに、アレンは微笑う。その含み笑いが気に入らず、アルベルは眉間にしわを寄せた。

 

「何がおかしい?」

 

「なら。貴方は俺がどう答えるのか、分かる筈だと思ってな」

 

「…………」

 

「俺も、貴方と基本的な考え方は同じだ。兵士の実力と修練、戦況を見極める分析力と判断力、その基礎となる情報収集能力。……いずれが欠けても、戦争で良い結果は出せない」

 

 言い置いたアレンは、スッとアルベルを見据えた。蒼穹にも似た、蒼瞳。アルフとは真逆の、清廉な眼差しだ。

 

「だが。俺の考えるアーリグリフの敗戦理由は、もっと簡単だ。人々の思いやりとか、国王に冷酷さが足りなかったとか、そういうことじゃない」

 

「!」

 

 アルベルは視線を鋭くした。

 国王の冷酷さの欠如こそが、アルベルの考える敗戦の理由だったからだ。

 

 アーリグリフ十三世は、優しすぎた。

 

 民を思う故に己の生活を質素にして、国を潤す為に軍事を縮小した。

 民衆をまとめる為のアメは、十分な食料と安定した政治。その二つが、国民の闘争本能を鈍らせ、自分の立場は争って勝ち取るものではなく、統治者によって与えられるものと誤解するようになっても、王は民衆の過ちを正そうとしなかった。

 王は民衆を奮い動かす為に、シーハーツという国そのものに対する、不安を植えつければそれで良かったというのに。

 

 殺さなければ、殺されるという『不安』を。

 

 だが王は、奪われる事の不安を民衆が考えなくなったことすら、許した。その優しさが、アーリグリフを傾けたのだ。国を良くしようと必死になった結果が、国全体を戦いを忘れた烏合の衆にしてしまった。

 それがアルベルが考える、アーリグリフが敗戦した理由――その考察だ。

 

(バカな話だな……)

 

 と、彼は思う。

 だが、アレンは違った。

 

「本当に、考えることを放棄したのは国民だけか?」

 

「――何?」

 

 不意に問いかけてくる男に、アルベルは眉根を寄せた。

 アレンは視線を城下の街へ――アーリグリフ王都の方角へ向ける。

 

「今回の戦争を顧みれば、貴方は自ずと答えを出したはずだ。だが貴方は自分の考えだけで満足せず、アーリグリフが負けた理由を、敵国の将に尋ねてきた。

 つまり、自分でも一つの違和感を覚えているんじゃないか?

 ……だからもう一度、貴方に問う。本当に、考えることを放棄したのは国民だけか?」

 

「…………」

 

 アルベルは黙し、思考を巡らせた。

 アルフならば、なんと答えるだろう――。そう考える一方で、『人々に思いやりの心が欠けていた』などという歯の浮くような理想を、この男が口にするとは思えない。

 ――この男は、何かを伝えようとしている。

 だが、何を?

 考える。

 と。

 軽く視線を上げたアルベルに、いつの間にか、蒼瞳が向けられていた。敵に容赦しない、闘気を剥き出しにした瞳。

 

 チャッ!

 

 アルベルは思わず、刀に手をかける。だがアレンは敵意を向けてくるだけで、兼定には一本も指を触れない。棒立ちのままだ。

 

(何故だ――?)

 

 思う一方で、アルベルは既視感を覚えていた。

 

(この瞳……)

 

 アルベルは、はた、と瞬いた。

 この視線には、覚えがある。

 初めてカルサア修練場でアレンと対峙した、あの時の瞳だ。

 

「!」

 

 途端。

 弾けたように顔を上げるアルベルを見て、アレンはスッと、敵意の眼差しを収めた。

 

「そうだ。貴方はあの時――俺とカルサアで対峙した時点で、俺達を殺しておくべきだったんだ。俺は重傷で、クリフもネルもフェイトも、今ほどの実力をつけていない。誰も、あの時の貴方に勝つことは出来なかった。だが貴方は俺達を殺すチャンスを、わざわざ自分から見逃した。『セコい手など性に合わん』と言ってな」

 

「…………」

 

「ノックス団長。貴方ほどの人ならば、分かるだろう? 戦争に、綺麗も汚いも無い。あの時の我々を逃した行動は貴方の武人としての誇りを護るためであって、決してアーリグリフのためではない。貴方は『アルベル・ノックス』であることにこだわるあまり、アーリグリフ軍人としての職務を放棄したんだ。――そのツケが、俺達クリムゾンセイバーの存在を許してしまった。サンダーアローを都合良く改良され、施術師達に集団合成魔法を会得させてしまった。……だから言いたかったんだ、同じ軍人として。『考えるのを放棄したのは、国民だけか』と」

 

「!」

 

「弱者をクソ虫と称する貴方には、考えもつかなかったろうな。……だが。クソ虫と称する奴等にも、誇りや意地がある。ひとりの時に力はなくとも、数人集えば大きな力を生みだす。それが軍隊だ。それを……貴方は侮った。凡百の兵と軽んじたんだ」

 

「っ……」

 

 アルベルは、ぐ、と喉を鳴らす。返す言葉は見つからない。左腕が――義手の下に隠れるおぞましい傷が、熱く滾るように疼いた。

 己の力のみに固執するアルベルには、確かに思いつかない理論だ。

 ――正確には、思いついてはならない(・・・・)理論、である。

 アルベルは右手で拳を握り、歯を食いしばる。いつかナツメが言っていた言葉を思い出した。

 

 ――確かに、私はまだまだ未熟です。

 ですが団長。相手の実力を見誤った団長もまた、未熟。

 他人(ヒト)をクソ虫呼ばわりするのは、相当の修練を、相手との絶対的な実力差を見せ付けてからにしてください。

 

 アルベルは自嘲気味に嗤う。あんな阿呆に、この男の言っていることが本当に理解できたとは思わない。

 だが、

 それでも――……

 

(それでも、俺よりは上等(マシ)だったということか……)

 

 口惜しさが、――己の弱さが、両肩にのしかかる。

 

 『焔の継承』を行って、嫌と言うほど実感した己の弱さが。

 

 アレンは、義手を抱え呻くアルベルをジッと見据えた。

 

「ノックス団長。……貴方に、お頼みしたいことが一つある」

 

「……なんだ」

 

「貴方が三軍の長を名乗るなら――、貴方が本物の武人であるのなら。……この先。どうか兵士を無事に帰すことも考えてやって欲しい」

 

「…………」

 

 アルベルは小さく鼻を鳴らした。漆黒団長とは思えぬほど、力無い表情で。

 

「……おい」

 

 踵を返すアレンを、アルベルは呼び止めた。

 蒼瞳が、こちらを向く。

 アルベルは義手から、右手を離した。

 

「お前、名は?」

 

 姿勢よく立つ。いつもなら、刀の柄に横柄に腕を置くアルベルだが、今はどうしても、そんな気分にはなれなかった。

 そのアルベルの――真摯な眼差しと、心の機微を察したのか。アレンは小さく息を吐いた。

 こちらを見据える赤瞳には、新たな光が宿っている。アルベルの瞳の中にあるその光は――自分が最も尊敬する提督(あのヒト)に比べれば、まだ小さな明かりだ。

 だが、

 それでも。

 この男は、ただの『歪みのアルベル』ではない。

 敵の言葉を聞き、己の弱さと向き合う強さを持っている。

 それが――何より重要であるから。

 アレンはニッと笑って、アルベルの問いに答えた。

 

「アレン・ガードだ。……共に星の船を撃退する為に、戦おう。アルベル・ノックス団長」

 

 差し伸べられたアレンの右手を、アルベルは掴もうとはしない。

 代わりに、アルベルは好戦的な笑みを、ニヤリと浮かべて言った。

 

「アルベルで構わん。それに、お前もアルフも、いずれこの俺が必ず倒す。――あんな星の船如きにやられんじゃねぇぞ。アレン」

 

 颯爽と去っていくアルベルの背に向かって、アレンは力強く、ああ、と笑った。

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