61.人質交換
クロセルの協力を無事取り付けたフェイトは、アーリグリフに来ていた。
カチャカチャとレンチを回すクリフを眺めながら、フェイトは頬杖をつく。これから連邦軍人の合図があるまで待機、と言うのが当面の方針だ。
「――それにしても。飛竜で特攻に比べれば、いくらかマシとは言え。このイーグルでどうにかなる相手なのか?」
「馬鹿言え! イーグルはそんじょそこらの艦よりは機動力に優れんだぜ? 敵にダメージを負わせることは無理でも、撹乱ぐらい出来らぁ」
コンソールパネルの下に潜り込んで、電子機器と格闘するクリフが、眉をしかめて言う。
「でもこの星に不時着したのがそもそもさ……」
「……うるせぇよ。っつうか、なんでお前がここにいんだよ? クリムゾンセイバーだろ?シランドで指示飛ばさなくていいのか?」
にやりと笑うクリフに、フェイトは深い溜息を吐いた。
「僕は紋章術師じゃないからね。御蔭で、アルフとこっちに来るはめになったわけだ」
「なにぃいっ!?」
ゴツンンッ!
急に立ち上がろうとして、勢いよく机の角に頭をぶつけたクリフが、無言で屈み込む。
フェイトはまた、溜息を吐いた。
「何やってんだよ? お前……」
「……痛っぁあ……! るっせ! つうか、そういう大事な事は先に言え!」
「そんなに変わらないタイミングだったと思うけど?」
「気持の問題だ! 気持の! ……ったく、マジかよ。あの連邦軍人が?」
渋面を作るクリフに、フェイトが無言で頷く。と、船尾の様子を見に行ったマリアとミラージュがブリッジに顔を見せた。
「なに。ビビってるの? クリフ」
腕を組んだ態勢で、呆れたようにマリアが言う。クリフはレンチを握りしめ、マリアを睨み上げた。
「あぁ?」
「無謀なやり取りですよマリア。……それにしても、
フェイトとマリアが、アーリグリフにあるイーグルを訪れて、小一時間が経つ。
船内に姿形が見えない相手に、ミラージュが首を傾げていると、フェイトが、ああ、と言って、表情を和らげた。
「何か、城に用があるそうですよ。ちょっとした用だから、すぐにこっちに来るって言ってましたけど」
「彼が何か仕掛けてくるにしても、まずはバンデーンと戦うのが先でしょ。だから、しばらく好きにさせたの。まずかった?」
問うマリアに、クリフは肩をすくめた。
「とんでもない」
「それで。イーグルが飛ぶのに、後どれぐらいかかりそうなんだ?」
フェイトが問うと、クリフとミラージュが、無言で顔を見合わせた。頭を掻くクリフが、不服そうに顔を歪める。
「もう、終わってんだよ」
「……え?」
クリフの言葉に、フェイトは目を見開いた。
――フェイト達がモーゼル古代遺跡で会談をしているとき、クリフとミラージュはイーグルを前に、愕然としていた。
「どうなってやがる、コイツは……!」
山奥の居城、アーリグリフ。雪深い閑静な街に、鉄くずとして放置されたイーグルは、クリフを驚愕させるのに十分な力を持っていた。
正確にはクリフと、ミラージュの目を。
「これではまるで専門家が手を加えたようですね。エンジン系は全て制御不能。最早スクラップと言って良かった状態のイーグルが、まさかここまで修繕されているとは」
つぶやいて、美しい彼の相棒は細い指を、そ、と顎にやる。
が。
クリフはとうとう諦めたように息を吐き、がしがしと頭をかいた。
「まったくだ。ここまで完璧な仕事だと文句のつけようが無ぇ。あのアルフって野郎。連邦の特務とは聞いていたが、まさか小型艇を丸々造り上げる技術を持ってやがるとはな」
言って、肩をすくめる。クリフ同様、イーグルの状態を検めているミラージュが、操作パネルを叩きながらつぶやいた。
「銀河連邦軍・特殊任務施行部隊第一小隊所属、アルフ・アトロシャス少尉。通称、特務と言われる、連邦でも最高
「ハッ! それであの歳で小型艇の造船ってか? そりゃ、ご苦労な話だな」
「中でも、あのアルフという隊員は並み外れた能力を持っているようですね。連邦のデータベースによると、彼はアレンさん共々、最年少で特務に入隊しています」
「そいつは凄ぇな。……確か、アレンが十九って話だから」
そこで言葉を切ったクリフは、シランド城でのアルフを思い出して、ふ、と小さく失笑した。タイプは違うが、それは、アレンにも当てはまる事だとつぶやきながら。
「あの世間を舐めた態度を見ると、入りたてって事はねぇな。入隊は十六ってとこか?」
「良い読みです。が、正解は十八歳、だそうですよ」
「十八? 現場経験は一年ってことか? それであの落ち着きようだってのかよ?」
意外そうに目を見張るクリフに、ミラージュは小さく頷いた。
「四年前、お二人が十五歳の時に、特務候補生に選ばれ、その時から実践も兼ねた訓練をされていたようです。お二人が目上の方に物怖じしないのは、その時に培われたんじゃありませんか?」
そう言って、パネルを叩く手を止めたミラージュは、呆れたようにため息を吐いた。
イーグルが完癒した事で、先ほどから時間潰しに連邦のデータベースにアクセスしているのだが、興味半分、警戒半分で調べたアレンとアルフの経歴は、完璧といってもいいくらい見事なものだった。
まず取得免許数が三十を超えている。その中には合格率一割を切るような、難関で有名なものも当たり前のように含まれていた。造船技術の免許も、その内の一つだ。
それが、ここ二年で全て取得されている。
「家柄も、非常に確かなようですね。アレンさんの父方は連邦軍の第一宇宙基地で大将を、アルフさんの父方は連邦政府で防衛長官を、勤めていらっしゃいます」
「第一宇宙基地の大将って言やぁ、ヘルメス司令長官の懐刀――あの鉄の軍人か! 七年前にアールディオンの攻撃で占拠された第十八宇宙基地を、奴等から奪還した連邦の名将……!」
名は、リード・ガード。
途端。合点したように、ぽん、と手を叩くクリフに、ミラージュはそのようです、と簡潔に答えた。
溜息を吐くクリフが、座席に身を預けるなり、両指を組んで後頭部に当てる。
「しかもエイダ・アトロシャス防衛長官と言や、アールディオンから第十八宇宙基地を奪還する際に交渉を行った、影の立役者だ。――連邦の新星が、そのまま受け継がれたってワケか」
「そのようですね。……それにしても、七年前に奪われたあの基地を、二人のお父上が奪い返したなんて、奇妙な縁を持ったものです」
「……まあな。アイツが両親を失うことになったあの事件。それに奴等の父親が介入し、俺とアレンが期せずしてこの惑星に墜落したってんだから、なぁ」
この家柄、経歴を見れば、二人が誰を相手にしても物怖じしない理由も分かる。道理で、アルフは社交慣れしている、というより、人を見下している感があるわけだ。
(しかも、
恐らく、挫折や絶望、そして屈辱といった言葉を、一番知らない人種なのだろう。
イーグルに視線を落として、クリフはもう一度、溜息を吐いた。
「あの二人、そんな偉人の子供だったんだ……」
意外そうに目を見張るフェイトに、クリフは肩をすくめる。
「ま。偉人って言や、ラインゴッド博士もそうだがな。通りで、世間を舐めくさった態度のわけだぜ」
「……それって、僕も世間を舐めてるって言いたいのか?」
クリフは答えず、肩をすくめた。
その時だ。
船尾のドアが開いた。
「正確には、俺はエイダ・アトロシャスの養子で、血のつながりはない。アレンの方は、実子みたいだけどな」
「!?」
足音もなく現れたアルフに、一同が振り返る。その彼等を見据えて、アルフは続けた。
「それより。ようやく魚が網にかかったぜ」
「一体どういうこと?」
マリアが問う。
「通信回線を開きな。
「何だと!?」
クリフが目を見開くのと同時、イーグルのモニターに、のっぺりとした白い面の男が映し出された。
バンデーンである。
「……!」
知らぬ間に、フェイトが息を呑む。モニターに映ったバンデーン兵は、サメを思わせる小さな目を、じっ、とフェイトに向けると、口を開いた。
[バンデーン帝国所属艦ダスヴァヌの艦長ビウィグだ。お前達に選択の余地は無い。大人しく我等が指示に従え]
「また、いきなりご挨拶ね」
ビウィグと名乗るバンデーン兵を見据えて、マリアは失笑した。ビウィグは構わず、淡々と話を続ける。地球人よりも感情に乏しいのか、どこか機械音声を思わせる声だった。
モニターの画面端に、後ろ手に縛られた中年の男と少女が、映っている。彼らの頭には、銃口。動かないように、または、下手な抵抗を見せないように、エリミネートライフルがつきつけられている。
ビウィグは静かに言った。
[こっちは銀河の敵であるロキシ・ラインゴッド達を捕えている。お前達に要求を断る権利はない]
「父さん! ソフィア!」
フェイトが声を限りに叫ぶと、二人がこちらを向いた。ハッとしたように目を見開き、首を横に振る。来るな、と言っているようだった。遠目で分かりにくいが、憔悴したソフィア達を見つけて、フェイトの瞳に怒りが宿る。
「お前達、何故父さんを!」
[我々の要求は一つ。そこにいるラインゴッドの息子とロキシ・ラインゴッドの交換だ]
「何?」
「僕と、父さんを?」
人質交換だった。それも、銀河最高の頭脳と呼ばれる男と、自分を。
アルフが小さく薄ら笑った。
「へぇ……」
「交換方法は? お互いの艦への転送では、信用出来ないでしょ」
マリアが淡々と話を進める。モニター上のビウィグも、小さく頷いた。
[当然だ。我々は後数分でそちらに到着する。その後新たに指示を出す。しばらくそこで待っていろ]
ブツッ、
一方的に回線が切られる。イーグルにいるフェイト達は、無言で顔を見合わせた。
マリアの視線が、アルフを向く。彼女の青い瞳に、警戒の色が広がった。
「アルフ。貴方たち連邦やバンデーンは、どこまで情報を把握しているの?」
「なんのことだ?」
「とぼけないで。情報がなくて博士はともかく、フェイトの身柄を確保したいと思うわけないでしょ?」
秘密裏に行われていた、ラインゴッド研究所の研究内容について。と、言外に語るマリアに、アルフは肩をすくめた。
「連邦に関しちゃ、アンタと大差ないぜ。俺も、詳しい話は聞いていない。バンデーンは知らないが、ある程度の察しはつく。――その程度だ」
「そう」
つぶやいたマリアは、思案するように顎に手をやった。クリフが、モニターからマリアに視線を移す。
「で、どうすんだ? 大人しくコイツを引き渡すのか?」
顎でフェイトをしゃくるクリフに、フェイトは猛然と、拳を打ち鳴らした。
「冗談じゃない! 僕は父さんに聞きたいことがあるんだ!」
「当然よ。あなたも博士も、あんな奴等に渡さない。そんなこと、私は許さないもの」
「マリア……」
断固、言い切るマリアに、フェイトがニッと口端を緩める。しかしマリアの表情は晴れない。これからの対応について途方に暮れているような様子だった。
不意にアルフが口を開いた。
「博士の身柄さえ確保出来れば、ダスヴァヌ以降のバンデーン艦は無視していい。アクアエリーで対処する」
「アクアエリーですって!? 連邦の戦闘艦が、こんな辺境惑星に来るって言うの?」
「もともと、アクアエリーはバンデーンより先にここに着く予定だった。シミュレーションの得意な学者がいてね。その学者のおかげで、俺はアンタのことも知った。……だが今の状況じゃ、やっぱりクォーク本艦や、ダスヴァヌが来る方が先になるだろうな」
マリアの表情がかげる。
「……アクアエリーが来られないのなら、私達に勝機はないわ」
「だから、人質交換に乗るんだろ?」
飄々と言ってのけるアルフに、マリアは小さく息を吐いた。
「状況は、圧倒的にこちらが不利……。でも、なんとかするしかないわ」
「なんとかする、か。作戦もへったくれもねえな」
はっ、と息を吐くクリフに、マリアは眉根を寄せる。
「仕方ないでしょ」
「あなたの好きなパターンじゃないですか」
「まあ、そうなんだがな」
ミラージュの指摘にクリフが肩をすくめる。フェイトは一点を睨んだまま、噛みしめるように言った。
「なんとしても、父さん達を助けなきゃ」
「そうね……。博士にどうして遺伝子操作なんかしたのかを聞くために、必ず助け出してみせる」
「へへっ、腕が鳴るぜ」
「頼りにしてる」
「任せとけ」
マリアの言葉に応えるように、クリフがガントレットを打ち鳴らす。それを耳に、フェイトはイーグルの窓から、外を見やった。
「泣いてないけどいいけどな。泣き虫だからな。
つぶやくフェイトの声が、イーグル艦内に響いた。
◇
「人質交換だと?」
シランドにいるアレンは、通信機を睨んで声を落とした。ネルが不思議そうに、覗きこんでくる。
「どうしたんだい?」
問われ、ネルを一瞥する。と、集団合成魔法の演習を行っていたナツメも、真剣な表情でアレンに問いかけた。
「……アレンさん。それってもしかして……」
眉根を寄せるナツメに、アレンは無言でうなづく。
ネルが訝しげに首を傾げた。
「どういうことなんだい? アレン」
「星の船が、フェイトの父と幼馴染を返す代わりに、フェイトを差し出せと言ってきた」
「なんだって!?」
ネルが目を見張る。アレンは険しい表情のまま、クロセルを一瞥した――……。
◇
「――マリア。ダスヴァヌから通信が入っています」
「スクリーンへ」
毅然と言うマリアに従って、ミラージュが的確にコンソールを叩く。スクリーンにダスヴァヌ艦長、ビウィグが出現する。
マリアは視線を鋭くした。
[身柄の交換は、転送後に行う。今から送る地点に転送しろ。……余計なことは考えるなよ]
「ダスヴァヌから座標が送られてきました。〈147.5834,34.8874〉です」
「表示して」
「了解」
ミラージュがコンソールを叩く。スクリーンに地図が表記され、表記された個所が、拡大される。
「これは……」
「ああ、あそこだな……」
つぶやくフェイトとクリフに、マリアは首を傾げた。
「知ってるの?」
「ああ、知ってる」
「……カルサア修練場、だな」
頷くクリフに続いて、アルフが、に、と口端を緩めた。サイドスクリーンに映ったビウィグが、淡泊な口調で続ける。
[今送ったタイミングで転送しろ。もう一度言うが、余計な小細工はするなよ]
「ええ、分かっているわ。そっちこそ分かっているんでしょうね? 彼とロキシ博士、エスティード嬢の二人の交換よ」
[ああ、分かってるさ]
言ったビウィグは、また一方的に通信を切った。ブツンッ、という耳障りな機械音。
クリフは顎に手をやって、顔をしかめた。
「こっちが一度に転送できるのは四人か。まあ、あっちもそう変わらない数字だろうな」
「たぶんね」
「四人だったら、まあ、なんとかなるだろ」
「父さん達が人質に取られてるんだ。気をつけて行動してくれよ」
「心配性だな、お前は。もうちっとは俺を信用しやがれ」
「分かってる。分かってるけど……」
俯いたフェイトは、自分の拳を見つめた。相手はバンデーン。セフィラを奪うため、フェイトを確保するためには、手段を選ばない非情な連中だ。
――いざとなれば、この手で。
と。
イーグル艦の席を立ったマリアが、そ、とフェイトの肩に手を置いた。
「落ち着いて。……大丈夫、私を信じて。みんな無事に取り返すわ」
「マリア……。ああ」
頷いたフェイトを見るや、マリアはミラージュに向き直った。
「ミラージュ、転送準備をお願い」
「分かりました」
「俺も手伝おう」
ミラージュと共に、クリフも後部デッキに向かう。それを見送って、アルフが立ち上がった。
「どうしたんだ?」
フェイトが問うと、アルフが振り返って、こともなく言った。
「取引先が修練場なら、アルベルに断わっといた方が楽だ。それと、アルゼイ国王に俺の飛竜は必要なくなったと伝えておいてくれ」
ひらひらと手を振る。去っていくアルフの背を見送って、フェイトは小さく頷いた。
――カルサア修練場。
定時通り、修練場にやってきたフェイトは、ビウィグの連れるロキシとソフィアを見るなり目の色を変えた。
「逃げて……!」
後ろ手で拘束されたソフィアが、声にもならない声で叫ぶ。フェイトは剣を握り、ビウィグを睨み据えた。
イーグルから、転送されたのは4人。フェイト、クリフ、マリア、そして、修練場に連絡を終えたアルフだ。
ミラージュはフェイト達がロキシとソフィアを確保した直後、イーグルに転送収容するために艦に残った。バックアップ要員である。
(二人とも……待ってろ。今、助ける)
拘束されたロキシとソフィアを見据えて、フェイトはクリフ達を一瞥する。マリアの合図があれば、いつでも――。
と、その時。
「ん――?」
ビウィグ達以外に転送されてくるモノを見、フェイトは目を丸くする。マリアが声を荒げた。
「あれは! ――……転送妨害装置!?」
彼女の驚きに満足したのか。ビウィグは能面のような白い貌を歪めた。彼の部下が、エリミネートライフルをこちらに向ける。――総勢、三名。
「さあ。大人しく博士の息子を渡してもらおうか」
「どういうこと? これは取引じゃなかったの?」
三つの銃口がこちらを向いている。悠然と発すビウィグに、マリアは銃のグリップを掴みながら尋ねた。ビウィグが、面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「フン、貴様等も同じ事を考えていたんだろ? 装備を見ればすぐわかる。汚い連邦の奴らのやりそうなことだ」
「それは当然でしょ。万が一のためよ。大体、私達は連邦じゃないわ」
「御託はいい。――来な」
嫣然と薄笑ったアルフは、レーザーウェポンを引き抜いた。一閃する。と、それが筒から刀へと変貌した。
同時。
空気が張り詰める。
……ぴしぃ……ぃいいっ、っっ、
アルフが放つ、壮絶な殺気。
「っ、!」
思わずビウィグが鼻白む。と、彼は、ざっ、と右腕を掲げた。
「ターゲット以外に用はねぇ! 殺せ!」
同時。バンデーン兵が引き金を引く。
ドドド、ドンッッ!
速射されるライフル。と同時、アルフは地を蹴った。人間の組織細胞を完全に消滅させるエリミネートライフル。そのレーザーを、彼は紙一重で躱す。
距離が――縮まる。
「なっっ!?」
「命が惜しくないのか!?」
バンデーン兵が目を見開くのも束の間。紅瞳が、バンデーン兵の胴を両断した。
ゅぃんっっ……!
ライフルを握った兵が、硬直したまま倒れる。切断された拍子、飛んだ上半身の顔が、不思議そうに目を見開いていた。
クリフが舌打ちする。
「ったく無茶しやがる!」
苛立ったような彼の言葉と同時、バンデーン兵が怯んだその一瞬に、フェイトがブロードソードを一閃した。
「はぁっ!」
上段から振り下ろす。
ゴッ!
不意を打たれたバンデーン兵が、延髄をやられ、倒れる。と。マリアの銃が残った兵の銃を弾き、クリフが兵の頬を蹴り貫いた。
ダァンッ!
ボールのように壁にぶち当たり、跳ねて、バンデーン兵が沈黙する。
――一瞬の決着。
ビウィグは思わず息を呑んだ。
「……さすがは、
皮肉混じりのビウィグに、アルフは刀の柄で肩を叩きながら言った。
「特務は俺だけだぜ。
「小賢しい……!」
ビウィグは、連邦服を着たアルフを睨む。と。フェイトがロキシとソフィアの前に立ち、それを庇うように、マリアが銃口を向けた。
「形勢逆転ね。ビウィグ」
油断ない彼女の構え。後ろで剣を握るフェイトも、迎撃態勢だ。逆サイドから拳を握るクラウストロ人と、目の前の連邦軍人。三方から囲まれる様に立ったビウィグは、しかし、表情を緩めて、くく、と喉を鳴らした。
クリフが訝しげに、眉をひそめる。
「何がおかしい! 残ってるのはテメエだけなんだぞ!」
「くくくくくっ!」
クリフが声を荒げるも束の間。ビウィグの周囲に、
現れたのは、――機械兵。ハイダで見たものと同種だ。それが、次から次へと現れる。
「転送されてきてる!?」
フェイトが目を見張ると同時に、マリアも声を荒げた。
「どういうこと!? 転送妨害装置があるのに!」
言うと、ビウィグは嬉しそうに笑った。
「ぐはははははっ! バカめ、これは我々以外の転送を妨害する新開発の装置なんだよ! こっちはいくらでも補充がきくのさっ!」
高笑うビウィグの前には、既に数十の機械兵が転送されている。アルフはそれを見、静かに微笑った。
クリフが忌々しげに舌打ちする。
「ちっ! ――逃げろ!」
ソフィアとロキシを抱え、フェイト達は闘技場を去る。背中から、ビウィグの怒号が聞こえた。
「追え! 逃がすんじゃねぇぞ!」
……………………
修練場三階、牢獄棟に逃げ込んだところで、ソフィアに異常が起きた。
「っ!」
平坦な床を走っていたにも拘らず、躓いたのだ。彼女の顔が歪む。フェイトはすぐさま、足を止めた。
「ソフィア?」
駆け寄る。と、彼女はフェイトを見、小さく笑った。
「平気。ちょっとつまずいただけだよ」
人質生活で疲れたのか。力ないソフィアの声は、それだけで不安を煽った。平気と言いながら、ソフィアはひらひらと手を振る。だがそれを見ていられなくて、フェイトは屈んで、彼女の足を検めた。
「足。見せて」
つぶやくと同時、その場に彼女を座らせる。ハイダの時と同じ――青いビーチサンダルを、彼女の足から引きぬくと、足の裏の豆が潰れて、血塗れになっていた。それに裂傷もいくつかある。
「怪我してるじゃないか!?」
驚いてソフィアを見上げると、彼女は、びくりと身をすくませた。負い目でも感じたのか。すまなさそうに顔を俯ける。
クリフが腕を組んだ。
「さっきの戦闘のとばっちりを食ったんだな。なんてこった」
「くそ……っ!」
ぐ、とフェイトは唇を噛むと、悔しさで拳を握りしめた。ソフィアが不安そうにこちらを見上げ、ふるふると首を横に振る。
「大丈夫。私は大丈夫だよ、フェイト」
「……」
フェイトはソフィアの肩に手を置き、怒りを抑えて笑った。耳を澄ませば、修練場を駆け回るバンデーン兵の足音が聞こえる。
フェイトは無言のまま、立ち上がった。
と、その時。
「ようやく来たか。阿呆」
聞き知った声に、フェイトが振り返る。相変わらず奇抜な甲冑に身を包んだアルベルがいた。彼が現れたのは、修練場の一部屋。以前、フェイトが訪れた時に、給仕係のマユと出会った部屋だった。
「やっぱりお前は残ったか」
嘆息するアルフに、アルベルは刀の柄に腕を置き、横柄に胸を張った。アルフはやれやれとつぶやいただけで、それ以上の言及はしない。代わりに、彼はアルベルの現れた食堂を一瞥すると、フェイト達に言った。
「アンタ等はそこにいな。民間人を、戦場に連れ込むわけにはいかない」
そう言うアルフに、警戒したフェイトの視線が向く。が、アルフは肩をすくめ、右手に紋章陣を描いた。同時、
「ヒーリング」
唱える。
と、
すぅ――……、
まるで狂人とは思えない、清廉な光がソフィアの足に宿り、血に塗れた彼女の足と、ビーチサンダルを、美しい姿に戻した。
フェイトが、はた、と瞬きを落とす。
「お前……!」
「ここなら、しばらく籠城出来る。この馬鹿はさておき、他の漆黒は逃がした。エリミネートライフル相手に、奴等の装備じゃ対応できないからな」
「……何を企んでるのか。そろそろ聞かせてほしいんだけど?」
注意深くマリアが問う。アルフはレーザーウェポンを持ち上げた。
「俺は『守る』ってのが面倒なんだ。足手まといはアンタ等に任せる」
言ったアルフは、すらりと刃を抜いた。こつこつと、軍靴を鳴らして扉に向かっていく。
フェイトが押し止めた。
「待てっ! お前一人で、奴等を相手しようってのか!?」
「
それだけ言って、アルフは歩き出す。と。フェイトの傍らでガントレットが鳴った。
「俺も付き合うぜ」
クリフが名乗り出たのだ。ガントレットを鳴らす彼に、アルフは前を向いたまま、肩をすくめる。
「好きにしな。――だが、アルベル。お前はここにいろ。邪魔だ」
「なんだと?」
アルベルの瞳に、ゆらりと影が宿る。が。アルフは一方的に話を終えると、部屋を出ていった。
最新のエリミネートライフルに、エリクールの装備では、かすり傷でも致命傷となりかねない。それを視線だけで示唆され、アルベルは忌々しげに歯噛みした。クリフが肩をすくめながら、後を追う。
クリフまでもが部屋を出ると、残った五人に、静寂が降りた。
「…………」
去っていく二人の背を見送って、マリアはフェイトに向き直った。
「ともかく。中に入りましょ」
「……ああ」
頷き、フェイトもソフィアとロキシを連れて食堂に入る。アルベルは憮然としながらも、静かだった。
食堂の椅子に、ソフィア達を落ちつけて。
マリアはフェイトに向き直った。
「転送妨害装置の効果範囲は半径二キロ程度のはずよね?」
「連邦のスペックはそうだ。だがバンデーンのものは新開発の装置だ。少なくとも、それ以上だと思って間違いないだろう」
思わぬところから、解答が来る。マリアが視線を向けると、ロキシ・ラインゴッドが、確信を持った表情で、食堂の椅子に座っていた。彼の言葉には、確かな自信がある。
マリアは頷いた。
「なら、逃げ切るのは難しいわね」
「どうせ逃げても追ってくるさ。なら――!」
ぱんっ、と拳を叩くフェイトに、マリアは小さく頷いた。思慮深げに顎に手をやる。
「そうね。アルフはともかく、クリフなら適当な所で帰ってくる筈よ。……そこで算段をつけなくちゃね」
「ああ。――アルベルも、それでいいだろ?」
「……ふん」
視線を合わせようともしないアルベルだが、それを肯定と取ったフェイトは、小さく頷いた。
そして、父に向き直る。
「ところで父さん。聞きたい事があるんだ……」
話を切り出すと、ロキシの表情が曇った。自信に溢れていた彼の表情に、陰りが出る。
フェイトはそんな父を見、言葉を待った。
「……知ってしまったんだな」
「うん」
頷くと、父の表情から笑みが消えた。ソフィアが不安そうに、フェイトとマリア、そしてロキシを見渡す。
ロキシは一つ瞬くと、重々しい調子で口を開いた。
「ただ分かってくれ。私はお前を実験の道具だと思ったことは一度も無い。お前は実験の為に生まれてきたわけではないんだ」
つぶやくロキシに、マリアの目が、かっ、と見開かれた。
……………………
………………