連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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phase9 vsバンデーン艦隊
61.人質交換


 クロセルの協力を無事取り付けたフェイトは、アーリグリフに来ていた。

 カチャカチャとレンチを回すクリフを眺めながら、フェイトは頬杖をつく。これから連邦軍人の合図があるまで待機、と言うのが当面の方針だ。

 

「――それにしても。飛竜で特攻に比べれば、いくらかマシとは言え。このイーグルでどうにかなる相手なのか?」

 

「馬鹿言え! イーグルはそんじょそこらの艦よりは機動力に優れんだぜ? 敵にダメージを負わせることは無理でも、撹乱ぐらい出来らぁ」

 

 コンソールパネルの下に潜り込んで、電子機器と格闘するクリフが、眉をしかめて言う。

 

「でもこの星に不時着したのがそもそもさ……」

 

「……うるせぇよ。っつうか、なんでお前がここにいんだよ? クリムゾンセイバーだろ?シランドで指示飛ばさなくていいのか?」

 

 にやりと笑うクリフに、フェイトは深い溜息を吐いた。

 

「僕は紋章術師じゃないからね。御蔭で、アルフとこっちに来るはめになったわけだ」

 

「なにぃいっ!?」

 

 ゴツンンッ!

 

 急に立ち上がろうとして、勢いよく机の角に頭をぶつけたクリフが、無言で屈み込む。

 フェイトはまた、溜息を吐いた。

 

「何やってんだよ? お前……」

 

「……痛っぁあ……! るっせ! つうか、そういう大事な事は先に言え!」

 

「そんなに変わらないタイミングだったと思うけど?」

 

「気持の問題だ! 気持の! ……ったく、マジかよ。あの連邦軍人が?」

 

 渋面を作るクリフに、フェイトが無言で頷く。と、船尾の様子を見に行ったマリアとミラージュがブリッジに顔を見せた。

 

「なに。ビビってるの? クリフ」

 

 腕を組んだ態勢で、呆れたようにマリアが言う。クリフはレンチを握りしめ、マリアを睨み上げた。

 

「あぁ?」

 

「無謀なやり取りですよマリア。……それにしても、(くだん)のアルフさんが見受けられませんね。どちらかに行かれたんですか?」

 

 フェイトとマリアが、アーリグリフにあるイーグルを訪れて、小一時間が経つ。

 船内に姿形が見えない相手に、ミラージュが首を傾げていると、フェイトが、ああ、と言って、表情を和らげた。

 

「何か、城に用があるそうですよ。ちょっとした用だから、すぐにこっちに来るって言ってましたけど」

 

「彼が何か仕掛けてくるにしても、まずはバンデーンと戦うのが先でしょ。だから、しばらく好きにさせたの。まずかった?」

 

 問うマリアに、クリフは肩をすくめた。

 

「とんでもない」

 

「それで。イーグルが飛ぶのに、後どれぐらいかかりそうなんだ?」

 

 フェイトが問うと、クリフとミラージュが、無言で顔を見合わせた。頭を掻くクリフが、不服そうに顔を歪める。

 

「もう、終わってんだよ」

 

「……え?」

 

 クリフの言葉に、フェイトは目を見開いた。

 

 

 ――フェイト達がモーゼル古代遺跡で会談をしているとき、クリフとミラージュはイーグルを前に、愕然としていた。

 

「どうなってやがる、コイツは……!」

 

 山奥の居城、アーリグリフ。雪深い閑静な街に、鉄くずとして放置されたイーグルは、クリフを驚愕させるのに十分な力を持っていた。

 正確にはクリフと、ミラージュの目を。

 

「これではまるで専門家が手を加えたようですね。エンジン系は全て制御不能。最早スクラップと言って良かった状態のイーグルが、まさかここまで修繕されているとは」

 

 つぶやいて、美しい彼の相棒は細い指を、そ、と顎にやる。操作(コンソール)パネルに視線を落としたままのクリフは、その彼女に小さく頷くと、人工知能(オートコンピュータ)が叩き出した小型艇の動力数値を疑うように、わずかに目を細めた。

 が。

 クリフはとうとう諦めたように息を吐き、がしがしと頭をかいた。

 

「まったくだ。ここまで完璧な仕事だと文句のつけようが無ぇ。あのアルフって野郎。連邦の特務とは聞いていたが、まさか小型艇を丸々造り上げる技術を持ってやがるとはな」

 

 言って、肩をすくめる。クリフ同様、イーグルの状態を検めているミラージュが、操作パネルを叩きながらつぶやいた。

 

「銀河連邦軍・特殊任務施行部隊第一小隊所属、アルフ・アトロシャス少尉。通称、特務と言われる、連邦でも最高(クラス)のエリート集団……。その活動理念は、任務内容を問わず、あらゆる面で軍をサポート、及びワンランク上の次元で問題を解決する総合(トータル)専門家(スペシャリスト)であること。特務用の優秀な兵士を輩出するために、連邦政府の高官が戦災孤児を引き取り、英才教育させる事も少なく無いんだそうです」

 

「ハッ! それであの歳で小型艇の造船ってか? そりゃ、ご苦労な話だな」

 

「中でも、あのアルフという隊員は並み外れた能力を持っているようですね。連邦のデータベースによると、彼はアレンさん共々、最年少で特務に入隊しています」

 

「そいつは凄ぇな。……確か、アレンが十九って話だから」

 

 そこで言葉を切ったクリフは、シランド城でのアルフを思い出して、ふ、と小さく失笑した。タイプは違うが、それは、アレンにも当てはまる事だとつぶやきながら。

 

「あの世間を舐めた態度を見ると、入りたてって事はねぇな。入隊は十六ってとこか?」

 

「良い読みです。が、正解は十八歳、だそうですよ」

 

「十八? 現場経験は一年ってことか? それであの落ち着きようだってのかよ?」

 

 意外そうに目を見張るクリフに、ミラージュは小さく頷いた。

 

「四年前、お二人が十五歳の時に、特務候補生に選ばれ、その時から実践も兼ねた訓練をされていたようです。お二人が目上の方に物怖じしないのは、その時に培われたんじゃありませんか?」

 

 そう言って、パネルを叩く手を止めたミラージュは、呆れたようにため息を吐いた。

 イーグルが完癒した事で、先ほどから時間潰しに連邦のデータベースにアクセスしているのだが、興味半分、警戒半分で調べたアレンとアルフの経歴は、完璧といってもいいくらい見事なものだった。

 まず取得免許数が三十を超えている。その中には合格率一割を切るような、難関で有名なものも当たり前のように含まれていた。造船技術の免許も、その内の一つだ。

 それが、ここ二年で全て取得されている。

 

「家柄も、非常に確かなようですね。アレンさんの父方は連邦軍の第一宇宙基地で大将を、アルフさんの父方は連邦政府で防衛長官を、勤めていらっしゃいます」

 

「第一宇宙基地の大将って言やぁ、ヘルメス司令長官の懐刀――あの鉄の軍人か! 七年前にアールディオンの攻撃で占拠された第十八宇宙基地を、奴等から奪還した連邦の名将……!」

 

 名は、リード・ガード。

 途端。合点したように、ぽん、と手を叩くクリフに、ミラージュはそのようです、と簡潔に答えた。

 溜息を吐くクリフが、座席に身を預けるなり、両指を組んで後頭部に当てる。

 

「しかもエイダ・アトロシャス防衛長官と言や、アールディオンから第十八宇宙基地を奪還する際に交渉を行った、影の立役者だ。――連邦の新星が、そのまま受け継がれたってワケか」

 

「そのようですね。……それにしても、七年前に奪われたあの基地を、二人のお父上が奪い返したなんて、奇妙な縁を持ったものです」

 

「……まあな。アイツが両親を失うことになったあの事件。それに奴等の父親が介入し、俺とアレンが期せずしてこの惑星に墜落したってんだから、なぁ」

 

 この家柄、経歴を見れば、二人が誰を相手にしても物怖じしない理由も分かる。道理で、アルフは社交慣れしている、というより、人を見下している感があるわけだ。

 

(しかも、性質(タチ)の悪ぃことに、そう出来るだけの実力もあるわけだ)

 

 恐らく、挫折や絶望、そして屈辱といった言葉を、一番知らない人種なのだろう。

 イーグルに視線を落として、クリフはもう一度、溜息を吐いた。

 

「あの二人、そんな偉人の子供だったんだ……」

 

 意外そうに目を見張るフェイトに、クリフは肩をすくめる。

 

「ま。偉人って言や、ラインゴッド博士もそうだがな。通りで、世間を舐めくさった態度のわけだぜ」

 

「……それって、僕も世間を舐めてるって言いたいのか?」

 

 クリフは答えず、肩をすくめた。

 その時だ。

 船尾のドアが開いた。

 

「正確には、俺はエイダ・アトロシャスの養子で、血のつながりはない。アレンの方は、実子みたいだけどな」

 

「!?」

 

 足音もなく現れたアルフに、一同が振り返る。その彼等を見据えて、アルフは続けた。

 

「それより。ようやく魚が網にかかったぜ」

 

「一体どういうこと?」

 

 マリアが問う。

 

「通信回線を開きな。バンデーン(ヤツら)からの交信(アクセス)だ」

 

「何だと!?」

 

 クリフが目を見開くのと同時、イーグルのモニターに、のっぺりとした白い面の男が映し出された。

 

 バンデーンである。

 

「……!」

 

 知らぬ間に、フェイトが息を呑む。モニターに映ったバンデーン兵は、サメを思わせる小さな目を、じっ、とフェイトに向けると、口を開いた。

 

[バンデーン帝国所属艦ダスヴァヌの艦長ビウィグだ。お前達に選択の余地は無い。大人しく我等が指示に従え]

 

「また、いきなりご挨拶ね」

 

 ビウィグと名乗るバンデーン兵を見据えて、マリアは失笑した。ビウィグは構わず、淡々と話を続ける。地球人よりも感情に乏しいのか、どこか機械音声を思わせる声だった。

 モニターの画面端に、後ろ手に縛られた中年の男と少女が、映っている。彼らの頭には、銃口。動かないように、または、下手な抵抗を見せないように、エリミネートライフルがつきつけられている。

 ビウィグは静かに言った。

 

[こっちは銀河の敵であるロキシ・ラインゴッド達を捕えている。お前達に要求を断る権利はない]

 

「父さん! ソフィア!」

 

 フェイトが声を限りに叫ぶと、二人がこちらを向いた。ハッとしたように目を見開き、首を横に振る。来るな、と言っているようだった。遠目で分かりにくいが、憔悴したソフィア達を見つけて、フェイトの瞳に怒りが宿る。

 

「お前達、何故父さんを!」

 

[我々の要求は一つ。そこにいるラインゴッドの息子とロキシ・ラインゴッドの交換だ]

 

「何?」

 

「僕と、父さんを?」

 

 人質交換だった。それも、銀河最高の頭脳と呼ばれる男と、自分を。

 アルフが小さく薄ら笑った。

 

「へぇ……」

 

「交換方法は? お互いの艦への転送では、信用出来ないでしょ」

 

 マリアが淡々と話を進める。モニター上のビウィグも、小さく頷いた。

 

[当然だ。我々は後数分でそちらに到着する。その後新たに指示を出す。しばらくそこで待っていろ]

 

 ブツッ、

 

 一方的に回線が切られる。イーグルにいるフェイト達は、無言で顔を見合わせた。

 マリアの視線が、アルフを向く。彼女の青い瞳に、警戒の色が広がった。

 

「アルフ。貴方たち連邦やバンデーンは、どこまで情報を把握しているの?」

 

「なんのことだ?」

 

「とぼけないで。情報がなくて博士はともかく、フェイトの身柄を確保したいと思うわけないでしょ?」

 

 秘密裏に行われていた、ラインゴッド研究所の研究内容について。と、言外に語るマリアに、アルフは肩をすくめた。

 

「連邦に関しちゃ、アンタと大差ないぜ。俺も、詳しい話は聞いていない。バンデーンは知らないが、ある程度の察しはつく。――その程度だ」

 

「そう」

 

 つぶやいたマリアは、思案するように顎に手をやった。クリフが、モニターからマリアに視線を移す。

 

「で、どうすんだ? 大人しくコイツを引き渡すのか?」

 

 顎でフェイトをしゃくるクリフに、フェイトは猛然と、拳を打ち鳴らした。

 

「冗談じゃない! 僕は父さんに聞きたいことがあるんだ!」

 

「当然よ。あなたも博士も、あんな奴等に渡さない。そんなこと、私は許さないもの」

 

「マリア……」

 

 断固、言い切るマリアに、フェイトがニッと口端を緩める。しかしマリアの表情は晴れない。これからの対応について途方に暮れているような様子だった。

 不意にアルフが口を開いた。

 

「博士の身柄さえ確保出来れば、ダスヴァヌ以降のバンデーン艦は無視していい。アクアエリーで対処する」

 

「アクアエリーですって!? 連邦の戦闘艦が、こんな辺境惑星に来るって言うの?」

 

「もともと、アクアエリーはバンデーンより先にここに着く予定だった。シミュレーションの得意な学者がいてね。その学者のおかげで、俺はアンタのことも知った。……だが今の状況じゃ、やっぱりクォーク本艦や、ダスヴァヌが来る方が先になるだろうな」

 

 マリアの表情がかげる。

 

「……アクアエリーが来られないのなら、私達に勝機はないわ」

 

「だから、人質交換に乗るんだろ?」

 

 飄々と言ってのけるアルフに、マリアは小さく息を吐いた。

 

「状況は、圧倒的にこちらが不利……。でも、なんとかするしかないわ」

 

「なんとかする、か。作戦もへったくれもねえな」

 

 はっ、と息を吐くクリフに、マリアは眉根を寄せる。

 

「仕方ないでしょ」

 

「あなたの好きなパターンじゃないですか」

 

「まあ、そうなんだがな」

 

 ミラージュの指摘にクリフが肩をすくめる。フェイトは一点を睨んだまま、噛みしめるように言った。

 

「なんとしても、父さん達を助けなきゃ」

 

「そうね……。博士にどうして遺伝子操作なんかしたのかを聞くために、必ず助け出してみせる」

 

「へへっ、腕が鳴るぜ」

 

「頼りにしてる」

 

「任せとけ」

 

 マリアの言葉に応えるように、クリフがガントレットを打ち鳴らす。それを耳に、フェイトはイーグルの窓から、外を見やった。

 

「泣いてないけどいいけどな。泣き虫だからな。ソフィア(あいつ)……」

 

 つぶやくフェイトの声が、イーグル艦内に響いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「人質交換だと?」

 

 シランドにいるアレンは、通信機を睨んで声を落とした。ネルが不思議そうに、覗きこんでくる。

 

「どうしたんだい?」

 

 問われ、ネルを一瞥する。と、集団合成魔法の演習を行っていたナツメも、真剣な表情でアレンに問いかけた。

 

「……アレンさん。それってもしかして……」

 

 眉根を寄せるナツメに、アレンは無言でうなづく。

 ネルが訝しげに首を傾げた。

 

「どういうことなんだい? アレン」

 

「星の船が、フェイトの父と幼馴染を返す代わりに、フェイトを差し出せと言ってきた」

 

「なんだって!?」

 

 ネルが目を見張る。アレンは険しい表情のまま、クロセルを一瞥した――……。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「――マリア。ダスヴァヌから通信が入っています」

 

「スクリーンへ」

 

 毅然と言うマリアに従って、ミラージュが的確にコンソールを叩く。スクリーンにダスヴァヌ艦長、ビウィグが出現する。

 マリアは視線を鋭くした。

 

[身柄の交換は、転送後に行う。今から送る地点に転送しろ。……余計なことは考えるなよ]

 

「ダスヴァヌから座標が送られてきました。〈147.5834,34.8874〉です」

 

「表示して」

 

「了解」

 

 ミラージュがコンソールを叩く。スクリーンに地図が表記され、表記された個所が、拡大される。

 

「これは……」

 

「ああ、あそこだな……」

 

 つぶやくフェイトとクリフに、マリアは首を傾げた。

 

「知ってるの?」

 

「ああ、知ってる」

 

「……カルサア修練場、だな」

 

 頷くクリフに続いて、アルフが、に、と口端を緩めた。サイドスクリーンに映ったビウィグが、淡泊な口調で続ける。

 

[今送ったタイミングで転送しろ。もう一度言うが、余計な小細工はするなよ]

 

「ええ、分かっているわ。そっちこそ分かっているんでしょうね? 彼とロキシ博士、エスティード嬢の二人の交換よ」

 

[ああ、分かってるさ]

 

 言ったビウィグは、また一方的に通信を切った。ブツンッ、という耳障りな機械音。

 クリフは顎に手をやって、顔をしかめた。

 

「こっちが一度に転送できるのは四人か。まあ、あっちもそう変わらない数字だろうな」

 

「たぶんね」

 

「四人だったら、まあ、なんとかなるだろ」

 

「父さん達が人質に取られてるんだ。気をつけて行動してくれよ」

 

「心配性だな、お前は。もうちっとは俺を信用しやがれ」

 

「分かってる。分かってるけど……」

 

 俯いたフェイトは、自分の拳を見つめた。相手はバンデーン。セフィラを奪うため、フェイトを確保するためには、手段を選ばない非情な連中だ。

 ――いざとなれば、この手で。

 と。

 イーグル艦の席を立ったマリアが、そ、とフェイトの肩に手を置いた。

 

「落ち着いて。……大丈夫、私を信じて。みんな無事に取り返すわ」

 

「マリア……。ああ」

 

 頷いたフェイトを見るや、マリアはミラージュに向き直った。

 

「ミラージュ、転送準備をお願い」

 

「分かりました」

 

「俺も手伝おう」

 

 ミラージュと共に、クリフも後部デッキに向かう。それを見送って、アルフが立ち上がった。

 

「どうしたんだ?」

 

 フェイトが問うと、アルフが振り返って、こともなく言った。

 

「取引先が修練場なら、アルベルに断わっといた方が楽だ。それと、アルゼイ国王に俺の飛竜は必要なくなったと伝えておいてくれ」

 

 ひらひらと手を振る。去っていくアルフの背を見送って、フェイトは小さく頷いた。

 

 

 

 

 ――カルサア修練場。

 定時通り、修練場にやってきたフェイトは、ビウィグの連れるロキシとソフィアを見るなり目の色を変えた。

 

「逃げて……!」

 

 後ろ手で拘束されたソフィアが、声にもならない声で叫ぶ。フェイトは剣を握り、ビウィグを睨み据えた。

 イーグルから、転送されたのは4人。フェイト、クリフ、マリア、そして、修練場に連絡を終えたアルフだ。

 ミラージュはフェイト達がロキシとソフィアを確保した直後、イーグルに転送収容するために艦に残った。バックアップ要員である。

 

(二人とも……待ってろ。今、助ける)

 

 拘束されたロキシとソフィアを見据えて、フェイトはクリフ達を一瞥する。マリアの合図があれば、いつでも――。

 と、その時。

 

「ん――?」

 

 ビウィグ達以外に転送されてくるモノを見、フェイトは目を丸くする。マリアが声を荒げた。

 

「あれは! ――……転送妨害装置!?」

 

 彼女の驚きに満足したのか。ビウィグは能面のような白い貌を歪めた。彼の部下が、エリミネートライフルをこちらに向ける。――総勢、三名。

 

「さあ。大人しく博士の息子を渡してもらおうか」

 

「どういうこと? これは取引じゃなかったの?」

 

 三つの銃口がこちらを向いている。悠然と発すビウィグに、マリアは銃のグリップを掴みながら尋ねた。ビウィグが、面白くもなさそうに鼻を鳴らす。

 

「フン、貴様等も同じ事を考えていたんだろ? 装備を見ればすぐわかる。汚い連邦の奴らのやりそうなことだ」

 

「それは当然でしょ。万が一のためよ。大体、私達は連邦じゃないわ」

 

「御託はいい。――来な」

 

 嫣然と薄笑ったアルフは、レーザーウェポンを引き抜いた。一閃する。と、それが筒から刀へと変貌した。

 同時。

 空気が張り詰める。

 

 ……ぴしぃ……ぃいいっ、っっ、

 

 アルフが放つ、壮絶な殺気。

 

「っ、!」

 

 思わずビウィグが鼻白む。と、彼は、ざっ、と右腕を掲げた。

 

「ターゲット以外に用はねぇ! 殺せ!」

 

 同時。バンデーン兵が引き金を引く。

 

 ドドド、ドンッッ!

 

 速射されるライフル。と同時、アルフは地を蹴った。人間の組織細胞を完全に消滅させるエリミネートライフル。そのレーザーを、彼は紙一重で躱す。

 距離が――縮まる。

 

「なっっ!?」

 

「命が惜しくないのか!?」

 

 バンデーン兵が目を見開くのも束の間。紅瞳が、バンデーン兵の胴を両断した。

 

 ゅぃんっっ……!

 

 ライフルを握った兵が、硬直したまま倒れる。切断された拍子、飛んだ上半身の顔が、不思議そうに目を見開いていた。

 クリフが舌打ちする。

 

「ったく無茶しやがる!」

 

 苛立ったような彼の言葉と同時、バンデーン兵が怯んだその一瞬に、フェイトがブロードソードを一閃した。

 

「はぁっ!」

 

 上段から振り下ろす。

 

 ゴッ!

 

 不意を打たれたバンデーン兵が、延髄をやられ、倒れる。と。マリアの銃が残った兵の銃を弾き、クリフが兵の頬を蹴り貫いた。

 

 ダァンッ!

 

 ボールのように壁にぶち当たり、跳ねて、バンデーン兵が沈黙する。

 ――一瞬の決着。

 ビウィグは思わず息を呑んだ。

 

「……さすがは、特務(スペシャル)だな……」

 

 皮肉混じりのビウィグに、アルフは刀の柄で肩を叩きながら言った。

 

「特務は俺だけだぜ。艦長(・・)

 

「小賢しい……!」

 

 ビウィグは、連邦服を着たアルフを睨む。と。フェイトがロキシとソフィアの前に立ち、それを庇うように、マリアが銃口を向けた。

 

「形勢逆転ね。ビウィグ」

 

 油断ない彼女の構え。後ろで剣を握るフェイトも、迎撃態勢だ。逆サイドから拳を握るクラウストロ人と、目の前の連邦軍人。三方から囲まれる様に立ったビウィグは、しかし、表情を緩めて、くく、と喉を鳴らした。

 クリフが訝しげに、眉をひそめる。

 

「何がおかしい! 残ってるのはテメエだけなんだぞ!」

 

「くくくくくっ!」

 

 クリフが声を荒げるも束の間。ビウィグの周囲に、転送(トランスポート)の紋章陣が浮かんだ。

 現れたのは、――機械兵。ハイダで見たものと同種だ。それが、次から次へと現れる。

 

「転送されてきてる!?」

 

 フェイトが目を見張ると同時に、マリアも声を荒げた。

 

「どういうこと!? 転送妨害装置があるのに!」

 

 言うと、ビウィグは嬉しそうに笑った。

 

「ぐはははははっ! バカめ、これは我々以外の転送を妨害する新開発の装置なんだよ! こっちはいくらでも補充がきくのさっ!」

 

 高笑うビウィグの前には、既に数十の機械兵が転送されている。アルフはそれを見、静かに微笑った。

 クリフが忌々しげに舌打ちする。

 

「ちっ! ――逃げろ!」

 

 ソフィアとロキシを抱え、フェイト達は闘技場を去る。背中から、ビウィグの怒号が聞こえた。

 

「追え! 逃がすんじゃねぇぞ!」

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 修練場三階、牢獄棟に逃げ込んだところで、ソフィアに異常が起きた。

 

「っ!」

 

 平坦な床を走っていたにも拘らず、躓いたのだ。彼女の顔が歪む。フェイトはすぐさま、足を止めた。

 

「ソフィア?」

 

 駆け寄る。と、彼女はフェイトを見、小さく笑った。

 

「平気。ちょっとつまずいただけだよ」

 

 人質生活で疲れたのか。力ないソフィアの声は、それだけで不安を煽った。平気と言いながら、ソフィアはひらひらと手を振る。だがそれを見ていられなくて、フェイトは屈んで、彼女の足を検めた。

 

「足。見せて」

 

 つぶやくと同時、その場に彼女を座らせる。ハイダの時と同じ――青いビーチサンダルを、彼女の足から引きぬくと、足の裏の豆が潰れて、血塗れになっていた。それに裂傷もいくつかある。

 

「怪我してるじゃないか!?」

 

 驚いてソフィアを見上げると、彼女は、びくりと身をすくませた。負い目でも感じたのか。すまなさそうに顔を俯ける。

 クリフが腕を組んだ。

 

「さっきの戦闘のとばっちりを食ったんだな。なんてこった」

 

「くそ……っ!」

 

 ぐ、とフェイトは唇を噛むと、悔しさで拳を握りしめた。ソフィアが不安そうにこちらを見上げ、ふるふると首を横に振る。

 

「大丈夫。私は大丈夫だよ、フェイト」

 

「……」

 

 フェイトはソフィアの肩に手を置き、怒りを抑えて笑った。耳を澄ませば、修練場を駆け回るバンデーン兵の足音が聞こえる。

 フェイトは無言のまま、立ち上がった。

 と、その時。

 

「ようやく来たか。阿呆」

 

 聞き知った声に、フェイトが振り返る。相変わらず奇抜な甲冑に身を包んだアルベルがいた。彼が現れたのは、修練場の一部屋。以前、フェイトが訪れた時に、給仕係のマユと出会った部屋だった。

 

「やっぱりお前は残ったか」

 

 嘆息するアルフに、アルベルは刀の柄に腕を置き、横柄に胸を張った。アルフはやれやれとつぶやいただけで、それ以上の言及はしない。代わりに、彼はアルベルの現れた食堂を一瞥すると、フェイト達に言った。

 

「アンタ等はそこにいな。民間人を、戦場に連れ込むわけにはいかない」

 

 そう言うアルフに、警戒したフェイトの視線が向く。が、アルフは肩をすくめ、右手に紋章陣を描いた。同時、

 

「ヒーリング」

 

 唱える。

 と、

 

 すぅ――……、

 

 まるで狂人とは思えない、清廉な光がソフィアの足に宿り、血に塗れた彼女の足と、ビーチサンダルを、美しい姿に戻した。

 フェイトが、はた、と瞬きを落とす。

 

「お前……!」

 

「ここなら、しばらく籠城出来る。この馬鹿はさておき、他の漆黒は逃がした。エリミネートライフル相手に、奴等の装備じゃ対応できないからな」

 

「……何を企んでるのか。そろそろ聞かせてほしいんだけど?」

 

 注意深くマリアが問う。アルフはレーザーウェポンを持ち上げた。

 

「俺は『守る』ってのが面倒なんだ。足手まといはアンタ等に任せる」

 

 言ったアルフは、すらりと刃を抜いた。こつこつと、軍靴を鳴らして扉に向かっていく。

 フェイトが押し止めた。

 

「待てっ! お前一人で、奴等を相手しようってのか!?」

 

アイツ(・・・)一人に任せるわけにもいかない」

 

 それだけ言って、アルフは歩き出す。と。フェイトの傍らでガントレットが鳴った。

 

「俺も付き合うぜ」

 

 クリフが名乗り出たのだ。ガントレットを鳴らす彼に、アルフは前を向いたまま、肩をすくめる。

 

「好きにしな。――だが、アルベル。お前はここにいろ。邪魔だ」

 

「なんだと?」

 

 アルベルの瞳に、ゆらりと影が宿る。が。アルフは一方的に話を終えると、部屋を出ていった。

 最新のエリミネートライフルに、エリクールの装備では、かすり傷でも致命傷となりかねない。それを視線だけで示唆され、アルベルは忌々しげに歯噛みした。クリフが肩をすくめながら、後を追う。

 クリフまでもが部屋を出ると、残った五人に、静寂が降りた。

 

「…………」

 

 去っていく二人の背を見送って、マリアはフェイトに向き直った。

 

「ともかく。中に入りましょ」

 

「……ああ」

 

 頷き、フェイトもソフィアとロキシを連れて食堂に入る。アルベルは憮然としながらも、静かだった。

 食堂の椅子に、ソフィア達を落ちつけて。

 マリアはフェイトに向き直った。

 

「転送妨害装置の効果範囲は半径二キロ程度のはずよね?」

 

「連邦のスペックはそうだ。だがバンデーンのものは新開発の装置だ。少なくとも、それ以上だと思って間違いないだろう」

 

 思わぬところから、解答が来る。マリアが視線を向けると、ロキシ・ラインゴッドが、確信を持った表情で、食堂の椅子に座っていた。彼の言葉には、確かな自信がある。

 マリアは頷いた。

 

「なら、逃げ切るのは難しいわね」

 

「どうせ逃げても追ってくるさ。なら――!」

 

 ぱんっ、と拳を叩くフェイトに、マリアは小さく頷いた。思慮深げに顎に手をやる。

 

「そうね。アルフはともかく、クリフなら適当な所で帰ってくる筈よ。……そこで算段をつけなくちゃね」

 

「ああ。――アルベルも、それでいいだろ?」

 

「……ふん」

 

 視線を合わせようともしないアルベルだが、それを肯定と取ったフェイトは、小さく頷いた。

 そして、父に向き直る。

 

「ところで父さん。聞きたい事があるんだ……」

 

 話を切り出すと、ロキシの表情が曇った。自信に溢れていた彼の表情に、陰りが出る。

 フェイトはそんな父を見、言葉を待った。

 

「……知ってしまったんだな」

 

「うん」

 

 頷くと、父の表情から笑みが消えた。ソフィアが不安そうに、フェイトとマリア、そしてロキシを見渡す。

 ロキシは一つ瞬くと、重々しい調子で口を開いた。

 

「ただ分かってくれ。私はお前を実験の道具だと思ったことは一度も無い。お前は実験の為に生まれてきたわけではないんだ」

 

 つぶやくロキシに、マリアの目が、かっ、と見開かれた。

 

 

 

 ……………………

 ………………

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