「あいつ、無茶苦茶しやがるぜ……!」
ロキシによる紋章遺伝子操査の説明は『迫りくる脅威』のため、の一言に尽きた。それ以降の詳細はこの場で話せない。脱出してからにしよう、というロキシの言葉に、マリアの激昂は止まらなかった。
そんな一触即発の空気を変えたのが、冒頭のクリフのセリフである。
クリフは三階牢獄棟の厨房に帰って来るなりそう言った。
五体満足。さすが、クラウストロ人なだけあってバンデーンの掃討に向かったあとでも外傷が見当たらない。
フェイトが小さく頷くと、部屋の微妙な空気を感じ取ったのか。クリフが眉をひそめた。
「……どうした?」
マリアを一瞥し、フェイトに聞いてくる。フェイトは首を横に振った。
「なんでもないよ。それより、外はどうだった?」
「どうってお前……! バンデーンはうじゃうじゃいるわ、機械兵もうじゃうじゃいるわで、目につく奴から適当に掃除はしてきたがよ。奴等、ゴキブリかってんだ! いくら掃除してもキリがねぇ」
肩をすくめるクリフに、フェイトが首を傾げた。
「なら、さっきの轟音は?」
「決まってんだろ? アルフの野郎だよ! あいつ、俺が軌道上にいるの分かってて、『鳳吼破』とかいう技打って来やがったんだ! おかげでバンデーンも機械兵も、ついでに修練場も滅茶苦茶! ……っとに、何考えてんだか」
「……連邦軍人って、
「あり得るぜ」
真顔で頷くクリフに、フェイトは少しだけ笑った。マリアを一瞥する。
「僕はこれから、転送妨害装置を破壊しに行こうと思う。消耗戦になったら、こっちが不利だ。……マリアは、どう思う?」
俯いた彼女は、しばらくの沈黙の後。頷いた。
いつものように振舞う為、――しかし、いつもよりは小さい声で応じる。
「そうね。それしかないでしょ」
涙を拭うように、フェイト達から背を向けた彼女は、耳の通信機に手をやった。
「マリアよりイーグル」
[はい]
話しかけると、ややあってミラージュが答えた。
「ビウィグのヤツ、新型の転送妨害装置を用意していたの。これからそれを破壊するから、それと同時に私達を収容してちょうだい」
[ムリです]
にべもなく答えるミラージュに、マリアは眉をひそめた。
「どうしたの?」
[現在、本艦は大気圏外で待ち伏せていたバンデーン艦隊に攻撃されている、ディプロを援護しています。標的を攪乱させ時間を稼いでいますが、防御だけで手一杯です。現段階で転送収容は……、っ!]
「アクアエリーはどうしたの!? もう到着していい時間よ?」
[さらに別艦隊のバンデーン艦の妨害を受けていたようです。到着にはもうしばらくかかるとの連絡がありました]
「分かったわ。何とかアクアエリーが到着するまで耐えて!」
[了解]
プツッ、と通信が切れる。クリフが忌々しげにガントレットを鳴らした。
「くそっ!」
「迂闊だったわ。相手の方が用意周到だったというわけね」
「でも、イーグルやディプロが転送できないように、戦闘行動中のバンデーンも、転送ができないんじゃないかな?」
首を傾げるフェイトに、マリアは首を横に振った。
「ダメよ。バンデーンには、ダスヴァヌ以外にも十一隻の戦闘艦があるわ。それをどうにかしない限り――」
マリアの言葉に、フェイトは、はた、と瞬いた。
「そう、か……!」
つぶやいたフェイトは、アルベルを見る。
「なあ。アルベル! もしかしてアルフの奴――!」
興奮気味にまくし立てたフェイトの言葉は、マリアやクリフを驚愕させるのに、十分な威力を持っていた。
◇
「第三、第四部隊は山脈まで前進! 第五、六部隊は俺に続け! 星の船を、平野上空まで押し切る!」
クロセルの背に乗ったアレンは、兼定を抜いて号令をかけた。
アレンは並み居る十一隻の艦隊を睨み、兼定を水平に構えた。その刀身に、己の瞳を映し、右手を添える。
活人剣。
「覇ァッ!」
鋭い呼気と同時、空気が震えた。
――ドンッ!
鋭く、何かが爆発するような音を立てて、アレンの背に朱雀が具現化する。刀身が青白く輝き、天に向かって朱雀が一つ、大きく啼いた。
びりぃいっっ、っっ!
大気が、震える。飛竜の手綱を握る疾風が数名、バランスを崩しかけたが、アレンは構わずバンデーンを睨み、言った。
「これより作戦を開始する! 命が惜しくば、俺の命令に従え!」
鋭い彼の言葉は、まるで刃のようだった。
◇
修練場を、蒼炎を纏った鳳凰が駆る。レーザーウェポンで模した刀の刃に、赤黒い気を宿したアルフは、消し飛ぶ機械兵とバンデーン兵を見据え、笑った。
「どうした? 怖気づいてないで、さっさと来な」
こつこつと、アルフの軍靴が不気味に鳴る。機械兵は既に全滅。
唯一、鳳吼破の射線軸から外れたバンデーン兵は、エリミネートライフルを握る手に力が入らず、かちゃかちゃと耳障りな金属音を立てていた。
「ひ、ぃ……ぃぃっ!」
体の芯から震える、己の恐怖の音。
アルフは生き残ったバンデーン兵の前で、ぴたりと足を止めた。
「残念だったな。白兵戦は
「ぃっ! ……この、化け物ッ!」
最後の抵抗に、バンデーン兵が銃口を上げた瞬間だった。アルフが刀を一閃し、バンデーン兵の首と胴が離れる。
斬っ!
噴き出る血を一瞥することもなく、アルフは、ざっ、と刃についた血を払った。
「……。引き籠ってろって言った筈だが?」
振り返ると、フェイト達がいた。武器を手に、こちらを見る彼等が、視線で戦う意志を示している。
アルフは溜息を吐いた。
「博士とエスティード嬢は?」
「アルベルの伝で、安全な場所に避難させたよ。疾風に任せたから大丈夫。地上からソフィアや父さんを狙う事は出来ない」
「へぇ」
意外そうに頷いたアルフは、アルベルを見やった。ふん、と鼻を鳴らすアルベルが、義手を掲げて言う。
「それよりもアルフ。テメエ、星の船を全滅させるつもりなんだろ? だったら、俺にも戦わせろ」
「やれやれ」
溜息をついたアルフは、観念したようにアルベルを見た。
「ま、そこまで言うなら、お前らにも参加してもらおうか。それでいいな? フェイト・ラインゴッド」
問うと、フェイトはにべもなく頷いた。
「僕らの行動次第で、アレンやネルさん達にも影響が出るんだろ? だったら、確実に仕留めないと」
「……分かった。なら俺も、お前を民間人として扱うのをやめる。そこのクォークもな」
マリアとクリフを一瞥するアルフに、クリフが肩をすくめた。
「俺らを民間人として? ……ハッ! 扱ったことねぇじゃねぇか! 出会った当初からよ」
「あれは『敵』である方が、潜在能力を測れたから。アレンのフェアリーライト一発で、治る程度の怪我だったろ」
「……その、『さも手加減した』って言う主張、間違ってると思うな。僕」
深く頷くフェイトとクリフに、アルフは嘆息した。
「何言ってやがる。フェアリーライト打っても、しばらく動けないだろうが。
「……あ、悪魔どもめ……っ!」
目を見開く二人に、アルフは満足したように頷いた。
「そういうことだ。――ま。あの時の殺気だけは本物だったけどな」
くく、と喉を鳴らす。アルベルが不機嫌に言った。
「阿呆。くっちゃべってねぇで、行くなら早くしろ」
「そうだな。そろそろ、増援を呼ぶ
つぶやくアルフに、マリアは目を見開いた。
◆
その時。バンデーン艦で観測手を勤める男は、我が目を疑った。巨大な飛竜がモニターに一体。そして、このバンデーン艦隊を囲むように、小さな飛竜達が数十体。
取るに足らない、敵戦力だった。
「原始的な奴らめ!」
砲撃手が、くく、と喉を鳴らす。だが、主砲の発射レバーに彼が手をかけると同時、それは起こった。
[――ライトクロス!]
通信機が、周辺音響である現地人の声を拾った。数人――否、数十人の声だ。瞬間。
カァッ!
「ぐわっ!?」
観測手は、一斉に目を閉じた。太陽を直視したような眩さ。高精度センサーが放つ光に、数人の観測手が目を焼かれる。と。レーダーを見ていたオペレーターが、目を見開いた。
「な、何っ!?」
「レーダー反応が、こんなに……っ?」
「馬鹿なっ!」
変化は劇的に、そして唐突に起こった。
「さ、寒い……っ!」
疾風団員――シュワイマーの飛竜に乗せてもらったナツメは、あまりの寒さに歯をカチカチと鳴らした。手綱を握るシュワイマーが、鋭い表情で振り返る。
「おい、貴様っ! ちゃんと施力は練っているんだろうな!?」
「は、はひぃ~……!」
こくこくと頷くナツメ。しかし、鼻と耳は真っ赤で、両腕をさする彼女の姿は、とても戦える身とは思えない。シュワイマーは舌打ちし、戦闘の前線を見る。
そこに浮かぶ、朱雀を――。
バンデーン艦隊をどうにかイリス上空まで誘き寄せたネル達は、艦隊が動きを止めたのを見て、目を丸くした。
「氷を張って、光を反射させたのか」
騎手のヴォックスがつぶやく。ネルは空を見上げ、ニッと口端を緩めた。
「――なるほど。だからあたし達に、手当たり次第にアイスニードルを打てって言ったんだね。アレン」
朱雀を見やる。クロセル同様、どこに居ても目につく、炎の化身を。
アレンは
「敵の目は潰した。今から打って出る! ――各員、施力を集中しろ! 飛竜を操る者は気を緩めるな!」
鋭い彼の声。ネルが頷く。と。
「貴様等が、あの新参者を信頼する理由――良く分かった!」
「……」
ネルが笑う。
「そうさ。アンタが敵にしたのはクリムゾンセイバー。私達の、強力な味方だ」
つぶやいたネルは風陣をまとい、四方に散った氷の破片を集約させた――。
……………………
………………
「ば、馬鹿なっ!?」
ビウィグはあまりの事に目を見開いた。辺境の未開惑星に、バンデーン艦十一隻。
どう考えても勝てる戦い。――その筈だ。
が。
上空を、巨大な朱雀が駆ける。
修練場から遠く離れたその場所で、バンデーン艦の三分の一もある、巨大な飛竜・クロセルが、翼を広げていた。
抜けるように蒼く澄み切った、高い空。快晴。
陽光が反射し、空がキラリと光ると、朱雀が疾駆する。転送のため高度を下げたバンデーン艦が、遠目にも次々と食い荒らされていくのが分かる。レーザー光のように走った、朱雀の炎に。
銃を握るマリアが、冷然と言った。
「残念だったわね、ビウィグ。ここまでよ」
銃口がビウィグを向く。と同時、狂人の瞳がビウィグを貫いた。
「さあ。もっと呼びな。自分の艦を預かる、兵隊をな」
闘技場に累々と積まれた機械兵と、バンデーン兵の亡骸。刀を握る狂人は、悲惨な光景の中で、美しく映えた。自分が斬り殺した血と同じ、狂った紅瞳が、死の色香と猛烈な殺気を放つ。
フェイト達が、ビウィグを囲む。
「っ、馬鹿な……!」
転送妨害装置を、アルフは敢えて壊さなかった。ビウィグが戦闘員を呼ぶ度、上空待機の戦闘艦が、動きを鈍らせていく。船員が減っていき、対処しきれなくなって来たのだ。
朱雀がまた一隻。バンデーン艦を撃沈させた。――その事に、ビウィグが気付く頃には。
「……ぐぅっ!」
アルフの真意が読めた時。ビウィグは心の底から歯噛みした。
――だが。ラインゴッドの研究成果を得るまで、ビウィグは退くわけにはいかない。
戦闘艦を消滅させる、ディストラクションを手に入れるまでは――。
だが、
だが――……。
「そう。どうせ空中戦をやっても、あの朱雀一匹倒せない。ならここで。全戦力を投入して、ラインゴッドを捕まえないとな。――お前も、軍人なら」
くく、と含み笑うアルフは、戦闘艦十一隻を動員して、ビウィグが逃げ帰った後のことを言っていた。
既に、艦は八隻落とされている。
これで、ラインゴッドを捕まえられずに帰りでもすれば――。
「無能は、切り捨てるぜ。『軍人』はな」
「っ、っっ! ……化け物が!」
唇を噛むビウィグに、アルフの白刃が輝いた。
…………
クロセルが勇猛に翼をはためかせる。アレンは兼定を握り、吼えた。
「ぉおおおおお……っ!」
瞳と同じく、刀身が蒼く輝く。前方に、並みいるバンデーン艦の主砲。
っっズドォ――……ッッ!
轟音とともに高速で迫りくる砲撃を見据えて、アレンは言った。
「クロセル!」
「承知!」
矢継ぎ早に繰り出される砲撃を、クロセルは巧みに躱す。制空権は、もはや侯爵竜が制した。アレンの背で、朱雀が啼く。
――コォォオオ……ッッ!――
バンデーンの主砲が唸る。クロセルのギリギリを、砲撃が過ぎる。風のように空を駆るクロセルに、副砲が狙いを定めた瞬間。アレンは下段から、兼定を振り上げた。
「朧・弧月閃!」
ズォッ!
異音を立てて、兼定の気が――朱雀が刃となって、迸る。バンデーンから副砲の迎撃。それらが、クロセルと艦の中央で弾けた。
――ズ、シュ……ィイインッッ!
すべてを断ち切る、刀の音が響く。副砲が裂け、バンデーン艦が航宙艦フィールドごと、両断された。
更に、二。三。バンデーン艦が、あっという間に両断されていく。チキッ、と鍔を鳴らして、刀を構え直すアレンの背で、艦隊が微塵となって爆発する。
クロセルは大口を開けて笑った。
「クハハハッ! ヨモヤ人間ニ、コレホドノ『チカラ』ガアロウトハ! 面白キモノヨ!」
空を駆る。クロセルは巨体だが、他のどの飛竜よりも機動力が高い。風の抵抗を肌で感じながら、アレンは兼定を振るう。主砲を躱し、ある時は流し、斬り裂き――艦隊を薙ぎ払う。
ネルの合図で、施術が一斉に放たれた。
「行くよ! ……リフレクション!」
アイスニードルで中空に散った氷を、風の施術で集め、それを雷のシールドで固める。瞬間。アレンは兼定に、紋章力を集約させた。詠唱を始める。
「宇宙の秩序が湛えたるソフィアの救済を賜りて、綺羅たるメキドの聖断仰ぎ大星辰の裁きを与えん」
エリクールを回る、三つの月が輝いた。――空が、陰る。
「ルナライト!」
アレンが叫ぶと同時、バンデーン艦隊を囲む雷の盾に、上空から降る月光の紋章陣が光線となって反射した。
パァアアアア……ッッッ!
っっっズドォオ――――!
いくつにも重なった光線が、バンデーン艦隊の砲台を潰していく。防御態勢に入っていた艦隊は、航宙艦フィールドを全開にして後退するだけだ。だが、飛竜を狙おうと砲身にエネルギーを充填させていた砲台は、ほとんど全滅した。
それを見据え、アレンはさらに気を高める。
「……侯爵。そろそろ決める」
言ったアレンは、疾風の飛竜に乗るネルに、鋭い視線を向けた。
「ネル! ヴォックス団長! 全軍を後退させろ! ――次で仕留める!」
「分かった! 気を抜くんじゃないよ!」
「ああっ!」
頷くアレンに、ネルも頷き返し、彼女は騎手のヴォックスを見た。
「行くよ!」
「……よ、よかろう!」
一八〇度反転して、飛竜――テンペストに乗った二人が、クロセルから離れていく。それを見届けて、アレンはバンデーン司令艦・ダスヴァヌを睨み据えた。
「これで」
背に負う朱雀が、徐々に、はっきりと具現化されていく。クロセルが吼えた。
――グォオオオオ……!――
兼定の刀身が、青白く輝く。
――その時。
空が、翳った。
……っっ!
地上にいるフェイト達が、空を仰ぐ。蒼空が黒く――夜に染まる。見る間に暗雲が立ち込め、雲間をのたうつ様に、雷が迸った。
――その中で。兼定の刀身が、陽光の如き蒼白の光を放つ。
ぱぁあああ……っ!
ビウィグを斬り伏せたアルフが、冗談混じりに失笑した。
「あれが、――あの刀の本性、ってか……」
つぶやく声は、震える大気の中に消えた。朱雀が炎と化し、蒼白の刀身に宿る。同時、
「朱雀吼竜破!」
直線上に並んだバンデーン艦隊を、艦の大きさを上回る炎の蒼竜が呑み込んだ――。
――……ォオオオッッッ!
「くぉっ!?」
あまりの乱気流に、ヴォックスの腕をもってしても
[マリア! 何か来ます――!]
珍しく、通信からミラージュが声を張り上げる。
瞬間、
フェイトとマリアに、異常が起きた。
「っ、!」
二人が揃って、頭を抱える。クリフが、どうした、と尋ねるその前に。
空を――奇妙な光線が駆けた。アレンが放った、朱雀吼竜破よりも早く。
ザァア――……ッッ!
赤光る光線が、バンデーン艦隊を消滅させる。一切の容赦なく、一瞬で艦隊を貫通する。
その軌道上に――クロセルとアレン。
「アレン!」
皆の声が重なった。
まるで正面からぶつかるように、朱雀吼竜破の蒼竜が、光線に向かって吼える。
両者、相打った。
ズド――……っっォオオ!
光線が止まった。
瞬間。
アレンはクロセルの上で足を開き、兼定を握りこんだ。
「クロセル! 兼定ぁああっ!」
――グォオオオオオオオッッッ!――
クロセルが吼える。兼定が巻き起こす爆風は、気を抜けばクロセルをも吹き飛ばすほど強大だった。だが侯爵竜の名にかけて、そんな恥はさらさない。アレンを伝って、背中に走る猛烈な鬼気。その反動を肌で感じながら、クロセルは勇猛な翼を広げ、場にとどまり続ける。
と、
蒼竜が――『黄金』へと化した。
――……ァアアッ!
暗がりの空に、光が射す。
と。
バンデーン艦隊を消滅させる光線が――押し返された。
黄金の龍は光線を喰らい、陰りの増した空を、払拭させるべく雲の中へと消える。
そして、
そして――……、
龍が駆けた後に、晴れ間が戻った。
高く澄んだ、蒼空が。
「…………!」
ヴォックスは、シュワイマーは、そして――疾風の者は皆、つぶやいた。
「……この地、アーリグリフ。邪悪なる脅威に民苦しむ時、異国の服を纏いし勇者現れん。彼の者、大いなる光の剣を以って迷える民を救わん……」
ネルは無言で、ヴォックスを見やった。それはアーリグリフに伝わるエクスの預言書。禁教とされた、アペリス聖書の一説だ。
「………………」
神妙な面持ちで俯いたヴォックスは、ただ己の握る手綱と――長年を共にした飛竜を、見据えていた。
……………………
………………
「マリエッタ、ミラージュ。無事なの!?」
通信機に向かってマリアが問いかけると、ややあってクォーク本艦のオペレータ・マリエッタが応答した。
[はい。なんとか……! ミラージュさんが援護してくれたおかげで、イーグルはもう使えませんが、ディプロは無事です! ミラージュさんも転送収容して無事ですから、安心して下さい!]
「……そう。それで、そっちの状況は?」
マリアが安堵の息を零す。マリエッタが続けた。
[はい。たった今、アクアエリーのクリエイション砲で大気圏外にいたバンデーン艦隊、撃沈しました]
「提督、遅ぇよ」
傍らで肩をすくめるアルフを尻目に、マリアは、クリフ達を振り返る。
「とりあえず。当面の危機は脱したわね」
「ああ!」
フェイトが頷く。と。オペレータのマリエッタが、問いかけてきた。
[それよりリーダー……さっきの、見ましたか?]
「ええ。まったく別方向からの砲撃でしょ? イーグルやディプロに、ああいうのは装備されてない筈だけど。コンピュータの分析結果は?」
[えと、待ってください……出ました。――えっ!?]
「どうしたの?」
息を呑むマリエッタに、マリアが眉をひそめる。数秒、間をおいて、マリエッタの驚いた声が届いた。
[信じられません! 今の光線にはクラス3.2ものエネルギーが凝縮されていたと記録されています! あの細い光線の中にですよ!]
「クラス3.2……だとぉ!?」
目を見張るクリフに、フェイトも顔を見合わせる。
「冗談だろっ……。現在の連邦の最新鋭艦のクリエイション砲だって、せいぜいがクラス2なんだぞ!」
「ってことは、アイツ……!」
上空を見上げるクリフに、アルフも脱力しきった表情を浮かべた。
「……クラス3.2……以上?」
「冗談じゃねぇ……!」
ごくりと息を呑む。
と。咳払いしたマリアが、気を取り直して問いかけた。
「そ、それでマリエッタ……。あの光線の発射元は、どこなの?」
[特定できません。ですが、かなりの長距離のようです。ディプロのセンサーでも捕らえ切れていません。おそらく、これは――]
フェイト達は顔を見合わせた。
「……おそらく?」
だが、問いにマリエッタが答える前に、マリアの通信機に、別の通信が入って来た。
[リーダー! 連邦のアクアエリーより通信です]
「繋いで」
マリアがつぶやくと同時、手元の通信機に、壮年の男性が映し出された。日焼けしたのか、地かは知らないが、褐色の肌をした、凛々しい面差しの男性だ。
短く刈った黒髪と、暗色が多い彼の顔を引き締めるような、両耳にぶらさがった金のイヤリングが印象的である。
彼が口を開いた。
[私は連邦艦アクアエリー艦長ヴィスコムだ。はじまして、クォークの諸君。会えて光栄だよ]
「私もです。こんな辺境の地で連邦きっての腕利き、ヴィスコム提督に会えるとは思ってもみませんでしたから」
[ふふ……君に名前を覚えてもらっているとはな。光栄だよ。まあそんなことはいい。君の後ろにいるのが、ラインゴッド博士のご子息かね?]
問うヴィスコムに、マリアは頷いた。
「そうです」
「提督。
マリアの傍らからアルフが問うと、ヴィスコムが大いに、目を丸めた。
[アルフ!? なんだ! 無事だったのかっ!]
「緊急非常信号で、アクアエリーがここに来るって通信入れたのは、提督でしょう。それに超長距離通信なんかやったら、バンデーンに気付かれる」
[……相変わらずユーモアに溢れるな。お前は]
「どうも。――それで、質問の答えは?」
[保護条約に関わるが、お前達がいるなら今さら気にすることはないな。我々も、一度クォークの諸君と直接話がしたい。博士と、その御子息であるフェイト君のことでね]
言って、マリアを見るヴィスコムに、彼女は小さく頷いた。
「それは……そうでしょうね」
[だが、事態は切迫している。……こちらへ来るかね?]
問うヴィスコムに、マリアは目を丸めた。
「いいの? 私達は反銀河連邦組織なのよ?」
[構わないさ、アクアエリーは私の船だ。艦長の私に一体誰が文句を言うというのだね? 何も問題などないさ。何、文句など言うヤツは、その間、営倉にでもぶちこんでおけばいい]
「……お邪魔させていただくわ」
[うむ]
頷いたヴィスコムは、最後にアルフを見、優しそうに笑った。
………………
「陛下、僕たちは自分の世界に戻ります。先ほどの艦隊が消滅したことで、この星は元の状態に戻るはずですから」
シランド城に戻ったフェイトは、ロメリアを振り返った。対峙したロメリアが、少し寂しげに眉をひそめる。だが口には出さず、彼女は小さく首肯した。
「そうですか……。私共が救われたのは、そなた方の御蔭です。礼を言いますよ、クリムゾンセイバー」
「勿体ないお言葉です。本当に、ご迷惑をお掛けいたしました」
「いえ、私たちも世の中にはまだ新しく、そしてより広い世界があることを知りました。そしてこんな国同士で争いごとをしている時ではないことも……」
頭を下げるフェイトに、ロメリアは朗らかに笑む。彼女の瞳が、ついで、アレンを向く。彼は静かに頷いた。
アルゼイも神妙な面持ちのまま、頷く。
「その通りだ。アペリスの残した預言を、悪しき形で成就させないためにも、我等は争うべきではない」
「ええ」
「それに……、今回は我等の完敗だ」
苦笑するアルゼイに、ロメリアは凛と微笑った。
フェイトが左右を見渡す。
「……あれ、
ナツメとアルフはいたが、シランド城にアルベルの姿だけが無かった。首を傾げるフェイトに、ウォルターが答える。
「アヤツはさっさと戻りおったわい。『脅威は去ったのだろう。ならば俺はここにいる必要はない』……だそうじゃ」
「別れの挨拶もなし、か。最後まで相変わらずね」
不服そうに唇を尖らせるマリアに、ウォルターは苦笑した。
「まあ、そう言うな」
「挨拶ぐらいはしたかったんだけど」
ぽつりとつぶやくフェイトに、アルゼイが言った。
「俺からその旨、伝えておこう」
「そうですか……。よろしくお伝えください」
「ああ、任せておけ」
アルゼイの好意に、フェイトはもう一度頭を下げた。視線をアレン達にやる。
「ソフィアと、父さんは?」
「既にアクアエリーに収容されている。安心してくれ」
「逆に不審と取られるかもしれないけどな」
「……アルフ」
アレンの語気が落ちる。フェイトは笑った。
マリアが、アレンとアルフを見た。
「アクアエリーに行く前に、一度仲間と合流させてもらえるかしら? 向こうの状況を聞きたいの」
「ああ。構わない」
即答するアレンに、アルフが肩をすくめる。
「お前が判断していいのか?」
「提督には言っておく。
にべもなかった。
アルフはさらに嘆息する。肩を落とし、空に合掌。
「そいつぁ……、ご愁傷様」
「……」
つぶやくアルフに、クリフがぽりぽりと頭を掻いた。余所余所しい空気になるまでもなく、アレンはアレンだったようである。
「それじゃあ、僕等も行こうか」
アクアエリーに向かおうとするフェイトに、アレンは首を横に振った。
「先に、トレイター代表とディプロに行って来い。今回の『敵』は、たぶん連邦だけでは対処しきれない」
「……敵?」
首を傾げるフェイトに、アレンは頷いた。
『敵』。
そのアレンの言葉は、不気味な意味合いを持っていた。
「行くわよ」
「ああ」
肩で風を切るように、マリアは颯爽と踵を返す。その際、彼女はロメリアとアルゼイ、そしてアレン達に小さく一礼した。
クリフがニッと口端を緩めて軽く手を振る。白露の庭園のベランダ――トランスポートが出現する場所へ向かいながら。
フェイトも一礼を施すと、それきり振り返らずにトランスポートの地点へと向かった。
「さよなら」
「元気でなっ!」
ネルとロジャーがフェイト達に声をかける。彼らは誇らしげに微笑って、光の中に消えていった。