連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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62.宇宙へ

「あいつ、無茶苦茶しやがるぜ……!」

 

 ロキシによる紋章遺伝子操査の説明は『迫りくる脅威』のため、の一言に尽きた。それ以降の詳細はこの場で話せない。脱出してからにしよう、というロキシの言葉に、マリアの激昂は止まらなかった。

 そんな一触即発の空気を変えたのが、冒頭のクリフのセリフである。

 クリフは三階牢獄棟の厨房に帰って来るなりそう言った。

 五体満足。さすが、クラウストロ人なだけあってバンデーンの掃討に向かったあとでも外傷が見当たらない。

 フェイトが小さく頷くと、部屋の微妙な空気を感じ取ったのか。クリフが眉をひそめた。

 

「……どうした?」

 

 マリアを一瞥し、フェイトに聞いてくる。フェイトは首を横に振った。

 

「なんでもないよ。それより、外はどうだった?」

 

「どうってお前……! バンデーンはうじゃうじゃいるわ、機械兵もうじゃうじゃいるわで、目につく奴から適当に掃除はしてきたがよ。奴等、ゴキブリかってんだ! いくら掃除してもキリがねぇ」

 

 肩をすくめるクリフに、フェイトが首を傾げた。

 

「なら、さっきの轟音は?」

 

「決まってんだろ? アルフの野郎だよ! あいつ、俺が軌道上にいるの分かってて、『鳳吼破』とかいう技打って来やがったんだ! おかげでバンデーンも機械兵も、ついでに修練場も滅茶苦茶! ……っとに、何考えてんだか」

 

「……連邦軍人って、破壊者(クラッシャー)なのかな?」

 

「あり得るぜ」

 

 真顔で頷くクリフに、フェイトは少しだけ笑った。マリアを一瞥する。

 

「僕はこれから、転送妨害装置を破壊しに行こうと思う。消耗戦になったら、こっちが不利だ。……マリアは、どう思う?」

 

 俯いた彼女は、しばらくの沈黙の後。頷いた。

 いつものように振舞う為、――しかし、いつもよりは小さい声で応じる。

 

「そうね。それしかないでしょ」

 

 涙を拭うように、フェイト達から背を向けた彼女は、耳の通信機に手をやった。

 

「マリアよりイーグル」

 

[はい]

 

 話しかけると、ややあってミラージュが答えた。

 

「ビウィグのヤツ、新型の転送妨害装置を用意していたの。これからそれを破壊するから、それと同時に私達を収容してちょうだい」

 

[ムリです]

 

 にべもなく答えるミラージュに、マリアは眉をひそめた。

 

「どうしたの?」

 

[現在、本艦は大気圏外で待ち伏せていたバンデーン艦隊に攻撃されている、ディプロを援護しています。標的を攪乱させ時間を稼いでいますが、防御だけで手一杯です。現段階で転送収容は……、っ!]

 

「アクアエリーはどうしたの!? もう到着していい時間よ?」

 

[さらに別艦隊のバンデーン艦の妨害を受けていたようです。到着にはもうしばらくかかるとの連絡がありました]

 

「分かったわ。何とかアクアエリーが到着するまで耐えて!」

 

[了解]

 

 プツッ、と通信が切れる。クリフが忌々しげにガントレットを鳴らした。

 

「くそっ!」

 

「迂闊だったわ。相手の方が用意周到だったというわけね」

 

「でも、イーグルやディプロが転送できないように、戦闘行動中のバンデーンも、転送ができないんじゃないかな?」

 

 首を傾げるフェイトに、マリアは首を横に振った。

 

「ダメよ。バンデーンには、ダスヴァヌ以外にも十一隻の戦闘艦があるわ。それをどうにかしない限り――」

 

 マリアの言葉に、フェイトは、はた、と瞬いた。

 

「そう、か……!」

 

 つぶやいたフェイトは、アルベルを見る。

 

「なあ。アルベル! もしかしてアルフの奴――!」

 

 興奮気味にまくし立てたフェイトの言葉は、マリアやクリフを驚愕させるのに、十分な威力を持っていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「第三、第四部隊は山脈まで前進! 第五、六部隊は俺に続け! 星の船を、平野上空まで押し切る!」

 

 クロセルの背に乗ったアレンは、兼定を抜いて号令をかけた。風精(シルフ)が声を運び、シーハーツ、アーリグリフ両軍で結成された『疾風』隊員から「応」の返事が返ってくる。

 アレンは並み居る十一隻の艦隊を睨み、兼定を水平に構えた。その刀身に、己の瞳を映し、右手を添える。

 活人剣。

 

「覇ァッ!」

 

 鋭い呼気と同時、空気が震えた。

 

 ――ドンッ!

 

 鋭く、何かが爆発するような音を立てて、アレンの背に朱雀が具現化する。刀身が青白く輝き、天に向かって朱雀が一つ、大きく啼いた。

 

 びりぃいっっ、っっ!

 

 大気が、震える。飛竜の手綱を握る疾風が数名、バランスを崩しかけたが、アレンは構わずバンデーンを睨み、言った。

 

「これより作戦を開始する! 命が惜しくば、俺の命令に従え!」

 

 鋭い彼の言葉は、まるで刃のようだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 修練場を、蒼炎を纏った鳳凰が駆る。レーザーウェポンで模した刀の刃に、赤黒い気を宿したアルフは、消し飛ぶ機械兵とバンデーン兵を見据え、笑った。

 

「どうした? 怖気づいてないで、さっさと来な」

 

 こつこつと、アルフの軍靴が不気味に鳴る。機械兵は既に全滅。

 唯一、鳳吼破の射線軸から外れたバンデーン兵は、エリミネートライフルを握る手に力が入らず、かちゃかちゃと耳障りな金属音を立てていた。

 

「ひ、ぃ……ぃぃっ!」

 

 体の芯から震える、己の恐怖の音。

 アルフは生き残ったバンデーン兵の前で、ぴたりと足を止めた。

 

「残念だったな。白兵戦は特務(オレたち)の専売特許。このレーザーウェポンでも、十分お前らを始末できる」

 

「ぃっ! ……この、化け物ッ!」

 

 最後の抵抗に、バンデーン兵が銃口を上げた瞬間だった。アルフが刀を一閃し、バンデーン兵の首と胴が離れる。

 

 斬っ!

 

 噴き出る血を一瞥することもなく、アルフは、ざっ、と刃についた血を払った。

 

「……。引き籠ってろって言った筈だが?」

 

 振り返ると、フェイト達がいた。武器を手に、こちらを見る彼等が、視線で戦う意志を示している。

 アルフは溜息を吐いた。

 

「博士とエスティード嬢は?」

 

「アルベルの伝で、安全な場所に避難させたよ。疾風に任せたから大丈夫。地上からソフィアや父さんを狙う事は出来ない」

 

「へぇ」

 

 意外そうに頷いたアルフは、アルベルを見やった。ふん、と鼻を鳴らすアルベルが、義手を掲げて言う。

 

「それよりもアルフ。テメエ、星の船を全滅させるつもりなんだろ? だったら、俺にも戦わせろ」

 

「やれやれ」

 

 溜息をついたアルフは、観念したようにアルベルを見た。

 

「ま、そこまで言うなら、お前らにも参加してもらおうか。それでいいな? フェイト・ラインゴッド」

 

 問うと、フェイトはにべもなく頷いた。

 

「僕らの行動次第で、アレンやネルさん達にも影響が出るんだろ? だったら、確実に仕留めないと」

 

「……分かった。なら俺も、お前を民間人として扱うのをやめる。そこのクォークもな」

 

 マリアとクリフを一瞥するアルフに、クリフが肩をすくめた。

 

「俺らを民間人として? ……ハッ! 扱ったことねぇじゃねぇか! 出会った当初からよ」

 

「あれは『敵』である方が、潜在能力を測れたから。アレンのフェアリーライト一発で、治る程度の怪我だったろ」

 

「……その、『さも手加減した』って言う主張、間違ってると思うな。僕」

 

 深く頷くフェイトとクリフに、アルフは嘆息した。

 

「何言ってやがる。フェアリーライト打っても、しばらく動けないだろうが。アレン(あいつ)の修業は」

 

「……あ、悪魔どもめ……っ!」

 

 目を見開く二人に、アルフは満足したように頷いた。

 

「そういうことだ。――ま。あの時の殺気だけは本物だったけどな」

 

 くく、と喉を鳴らす。アルベルが不機嫌に言った。

 

「阿呆。くっちゃべってねぇで、行くなら早くしろ」

 

「そうだな。そろそろ、増援を呼ぶ速度(スピード)も上げさせる頃か」

 

 つぶやくアルフに、マリアは目を見開いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 その時。バンデーン艦で観測手を勤める男は、我が目を疑った。巨大な飛竜がモニターに一体。そして、このバンデーン艦隊を囲むように、小さな飛竜達が数十体。

 取るに足らない、敵戦力だった。

 

「原始的な奴らめ!」

 

 砲撃手が、くく、と喉を鳴らす。だが、主砲の発射レバーに彼が手をかけると同時、それは起こった。

 

[――ライトクロス!]

 

 通信機が、周辺音響である現地人の声を拾った。数人――否、数十人の声だ。瞬間。

 

 カァッ!

 

「ぐわっ!?」

 

 観測手は、一斉に目を閉じた。太陽を直視したような眩さ。高精度センサーが放つ光に、数人の観測手が目を焼かれる。と。レーダーを見ていたオペレーターが、目を見開いた。

 

「な、何っ!?」

 

「レーダー反応が、こんなに……っ?」

 

「馬鹿なっ!」

 

 変化は劇的に、そして唐突に起こった。

 

 

 

 

「さ、寒い……っ!」

 

 疾風団員――シュワイマーの飛竜に乗せてもらったナツメは、あまりの寒さに歯をカチカチと鳴らした。手綱を握るシュワイマーが、鋭い表情で振り返る。

 

「おい、貴様っ! ちゃんと施力は練っているんだろうな!?」

 

「は、はひぃ~……!」

 

 こくこくと頷くナツメ。しかし、鼻と耳は真っ赤で、両腕をさする彼女の姿は、とても戦える身とは思えない。シュワイマーは舌打ちし、戦闘の前線を見る。

 そこに浮かぶ、朱雀を――。

 

 バンデーン艦隊をどうにかイリス上空まで誘き寄せたネル達は、艦隊が動きを止めたのを見て、目を丸くした。

 

「氷を張って、光を反射させたのか」

 

 騎手のヴォックスがつぶやく。ネルは空を見上げ、ニッと口端を緩めた。

 

「――なるほど。だからあたし達に、手当たり次第にアイスニードルを打てって言ったんだね。アレン」

 

 朱雀を見やる。クロセル同様、どこに居ても目につく、炎の化身を。

 アレンは風精(シルフ)を通し、言った。

 

「敵の目は潰した。今から打って出る! ――各員、施力を集中しろ! 飛竜を操る者は気を緩めるな!」

 

 鋭い彼の声。ネルが頷く。と。飛竜(テンペスト)の手綱を握るヴォックスが、苦笑した。

 

「貴様等が、あの新参者を信頼する理由――良く分かった!」

 

「……」

 

 ネルが笑う。

 

「そうさ。アンタが敵にしたのはクリムゾンセイバー。私達の、強力な味方だ」

 

 つぶやいたネルは風陣をまとい、四方に散った氷の破片を集約させた――。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 ビウィグはあまりの事に目を見開いた。辺境の未開惑星に、バンデーン艦十一隻。

 どう考えても勝てる戦い。――その筈だ。

 が。

 

 上空を、巨大な朱雀が駆ける。

 

 修練場から遠く離れたその場所で、バンデーン艦の三分の一もある、巨大な飛竜・クロセルが、翼を広げていた。

 抜けるように蒼く澄み切った、高い空。快晴。

 陽光が反射し、空がキラリと光ると、朱雀が疾駆する。転送のため高度を下げたバンデーン艦が、遠目にも次々と食い荒らされていくのが分かる。レーザー光のように走った、朱雀の炎に。

 銃を握るマリアが、冷然と言った。

 

「残念だったわね、ビウィグ。ここまでよ」

 

 銃口がビウィグを向く。と同時、狂人の瞳がビウィグを貫いた。

 

「さあ。もっと呼びな。自分の艦を預かる、兵隊をな」

 

 闘技場に累々と積まれた機械兵と、バンデーン兵の亡骸。刀を握る狂人は、悲惨な光景の中で、美しく映えた。自分が斬り殺した血と同じ、狂った紅瞳が、死の色香と猛烈な殺気を放つ。

 フェイト達が、ビウィグを囲む。

 (ビウィグ)はただ、息を呑んだ。

 

「っ、馬鹿な……!」

 

 転送妨害装置を、アルフは敢えて壊さなかった。ビウィグが戦闘員を呼ぶ度、上空待機の戦闘艦が、動きを鈍らせていく。船員が減っていき、対処しきれなくなって来たのだ。

 朱雀がまた一隻。バンデーン艦を撃沈させた。――その事に、ビウィグが気付く頃には。

 

「……ぐぅっ!」

 

 アルフの真意が読めた時。ビウィグは心の底から歯噛みした。

 ――だが。ラインゴッドの研究成果を得るまで、ビウィグは退くわけにはいかない。

 戦闘艦を消滅させる、ディストラクションを手に入れるまでは――。

 だが、

 だが――……。

 

「そう。どうせ空中戦をやっても、あの朱雀一匹倒せない。ならここで。全戦力を投入して、ラインゴッドを捕まえないとな。――お前も、軍人なら」

 

 くく、と含み笑うアルフは、戦闘艦十一隻を動員して、ビウィグが逃げ帰った後のことを言っていた。

 既に、艦は八隻落とされている。

 これで、ラインゴッドを捕まえられずに帰りでもすれば――。

 

「無能は、切り捨てるぜ。『軍人』はな」

 

「っ、っっ! ……化け物が!」

 

 唇を噛むビウィグに、アルフの白刃が輝いた。

 

 

 …………

 

 

 クロセルが勇猛に翼をはためかせる。アレンは兼定を握り、吼えた。

 

「ぉおおおおお……っ!」

 

 瞳と同じく、刀身が蒼く輝く。前方に、並みいるバンデーン艦の主砲。

 

 っっズドォ――……ッッ!

 

 轟音とともに高速で迫りくる砲撃を見据えて、アレンは言った。

 

「クロセル!」

 

「承知!」

 

 矢継ぎ早に繰り出される砲撃を、クロセルは巧みに躱す。制空権は、もはや侯爵竜が制した。アレンの背で、朱雀が啼く。

 

――コォォオオ……ッッ!――

 

 バンデーンの主砲が唸る。クロセルのギリギリを、砲撃が過ぎる。風のように空を駆るクロセルに、副砲が狙いを定めた瞬間。アレンは下段から、兼定を振り上げた。

 

「朧・弧月閃!」

 

 ズォッ!

 

 異音を立てて、兼定の気が――朱雀が刃となって、迸る。バンデーンから副砲の迎撃。それらが、クロセルと艦の中央で弾けた。

 

 ――ズ、シュ……ィイインッッ!

 

 すべてを断ち切る、刀の音が響く。副砲が裂け、バンデーン艦が航宙艦フィールドごと、両断された。

 更に、二。三。バンデーン艦が、あっという間に両断されていく。チキッ、と鍔を鳴らして、刀を構え直すアレンの背で、艦隊が微塵となって爆発する。

 クロセルは大口を開けて笑った。

 

「クハハハッ! ヨモヤ人間ニ、コレホドノ『チカラ』ガアロウトハ! 面白キモノヨ!」

 

 空を駆る。クロセルは巨体だが、他のどの飛竜よりも機動力が高い。風の抵抗を肌で感じながら、アレンは兼定を振るう。主砲を躱し、ある時は流し、斬り裂き――艦隊を薙ぎ払う。

 ネルの合図で、施術が一斉に放たれた。

 

「行くよ! ……リフレクション!」

 

 アイスニードルで中空に散った氷を、風の施術で集め、それを雷のシールドで固める。瞬間。アレンは兼定に、紋章力を集約させた。詠唱を始める。

 

「宇宙の秩序が湛えたるソフィアの救済を賜りて、綺羅たるメキドの聖断仰ぎ大星辰の裁きを与えん」

 

 エリクールを回る、三つの月が輝いた。――空が、陰る。

 

「ルナライト!」

 

 アレンが叫ぶと同時、バンデーン艦隊を囲む雷の盾に、上空から降る月光の紋章陣が光線となって反射した。

 

 パァアアアア……ッッッ!

 っっっズドォオ――――!

 

 いくつにも重なった光線が、バンデーン艦隊の砲台を潰していく。防御態勢に入っていた艦隊は、航宙艦フィールドを全開にして後退するだけだ。だが、飛竜を狙おうと砲身にエネルギーを充填させていた砲台は、ほとんど全滅した。

 それを見据え、アレンはさらに気を高める。

 

「……侯爵。そろそろ決める」

 

 言ったアレンは、疾風の飛竜に乗るネルに、鋭い視線を向けた。

 

「ネル! ヴォックス団長! 全軍を後退させろ! ――次で仕留める!」

 

「分かった! 気を抜くんじゃないよ!」

 

「ああっ!」

 

 頷くアレンに、ネルも頷き返し、彼女は騎手のヴォックスを見た。

 

「行くよ!」

 

「……よ、よかろう!」

 

 一八〇度反転して、飛竜――テンペストに乗った二人が、クロセルから離れていく。それを見届けて、アレンはバンデーン司令艦・ダスヴァヌを睨み据えた。

 

「これで」

 

 背に負う朱雀が、徐々に、はっきりと具現化されていく。クロセルが吼えた。

 

――グォオオオオ……!――

 

 兼定の刀身が、青白く輝く。

 ――その時。

 空が、翳った。

 

 ……っっ!

 

 地上にいるフェイト達が、空を仰ぐ。蒼空が黒く――夜に染まる。見る間に暗雲が立ち込め、雲間をのたうつ様に、雷が迸った。

 ――その中で。兼定の刀身が、陽光の如き蒼白の光を放つ。

 

 ぱぁあああ……っ!

 

 ビウィグを斬り伏せたアルフが、冗談混じりに失笑した。

 

「あれが、――あの刀の本性、ってか……」

 

 つぶやく声は、震える大気の中に消えた。朱雀が炎と化し、蒼白の刀身に宿る。同時、

 

「朱雀吼竜破!」

 

 直線上に並んだバンデーン艦隊を、艦の大きさを上回る炎の蒼竜が呑み込んだ――。

 

 

 

 

 

 ――……ォオオオッッッ!

 

「くぉっ!?」

 

 あまりの乱気流に、ヴォックスの腕をもってしても飛竜(テンペスト)を操るのに一苦労だった。だが驚くべきは――、

 

[マリア! 何か来ます――!]

 

 珍しく、通信からミラージュが声を張り上げる。

 瞬間、

 フェイトとマリアに、異常が起きた。

 

「っ、!」

 

 二人が揃って、頭を抱える。クリフが、どうした、と尋ねるその前に。

 空を――奇妙な光線が駆けた。アレンが放った、朱雀吼竜破よりも早く。

 

 ザァア――……ッッ!

 

 赤光る光線が、バンデーン艦隊を消滅させる。一切の容赦なく、一瞬で艦隊を貫通する。

 その軌道上に――クロセルとアレン。

 

「アレン!」

 

 皆の声が重なった。

 まるで正面からぶつかるように、朱雀吼竜破の蒼竜が、光線に向かって吼える。

 両者、相打った。

 

 ズド――……っっォオオ!

 

 光線が止まった。

 瞬間。

 アレンはクロセルの上で足を開き、兼定を握りこんだ。

 

「クロセル! 兼定ぁああっ!」

 

 ――グォオオオオオオオッッッ!――

 

 クロセルが吼える。兼定が巻き起こす爆風は、気を抜けばクロセルをも吹き飛ばすほど強大だった。だが侯爵竜の名にかけて、そんな恥はさらさない。アレンを伝って、背中に走る猛烈な鬼気。その反動を肌で感じながら、クロセルは勇猛な翼を広げ、場にとどまり続ける。

 と、

 蒼竜が――『黄金』へと化した。

 

 ――……ァアアッ!

 

 暗がりの空に、光が射す。

 と。

 バンデーン艦隊を消滅させる光線が――押し返された。

 黄金の龍は光線を喰らい、陰りの増した空を、払拭させるべく雲の中へと消える。

 そして、

 

 そして――……、

 

 龍が駆けた後に、晴れ間が戻った。

 高く澄んだ、蒼空が。

 

「…………!」

 

 ヴォックスは、シュワイマーは、そして――疾風の者は皆、つぶやいた。

 

「……この地、アーリグリフ。邪悪なる脅威に民苦しむ時、異国の服を纏いし勇者現れん。彼の者、大いなる光の剣を以って迷える民を救わん……」

 

 ネルは無言で、ヴォックスを見やった。それはアーリグリフに伝わるエクスの預言書。禁教とされた、アペリス聖書の一説だ。

 

「………………」

 

 神妙な面持ちで俯いたヴォックスは、ただ己の握る手綱と――長年を共にした飛竜を、見据えていた。

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

「マリエッタ、ミラージュ。無事なの!?」

 

 通信機に向かってマリアが問いかけると、ややあってクォーク本艦のオペレータ・マリエッタが応答した。

 

[はい。なんとか……! ミラージュさんが援護してくれたおかげで、イーグルはもう使えませんが、ディプロは無事です! ミラージュさんも転送収容して無事ですから、安心して下さい!]

 

「……そう。それで、そっちの状況は?」

 

 マリアが安堵の息を零す。マリエッタが続けた。

 

[はい。たった今、アクアエリーのクリエイション砲で大気圏外にいたバンデーン艦隊、撃沈しました]

 

「提督、遅ぇよ」

 

 傍らで肩をすくめるアルフを尻目に、マリアは、クリフ達を振り返る。

 

「とりあえず。当面の危機は脱したわね」

 

「ああ!」

 

 フェイトが頷く。と。オペレータのマリエッタが、問いかけてきた。

 

[それよりリーダー……さっきの、見ましたか?]

 

「ええ。まったく別方向からの砲撃でしょ? イーグルやディプロに、ああいうのは装備されてない筈だけど。コンピュータの分析結果は?」

 

[えと、待ってください……出ました。――えっ!?]

 

「どうしたの?」

 

 息を呑むマリエッタに、マリアが眉をひそめる。数秒、間をおいて、マリエッタの驚いた声が届いた。

 

[信じられません! 今の光線にはクラス3.2ものエネルギーが凝縮されていたと記録されています! あの細い光線の中にですよ!]

 

「クラス3.2……だとぉ!?」

 

 目を見張るクリフに、フェイトも顔を見合わせる。

 

「冗談だろっ……。現在の連邦の最新鋭艦のクリエイション砲だって、せいぜいがクラス2なんだぞ!」

 

「ってことは、アイツ……!」

 

 上空を見上げるクリフに、アルフも脱力しきった表情を浮かべた。

 

「……クラス3.2……以上?」

 

「冗談じゃねぇ……!」

 

 ごくりと息を呑む。

 と。咳払いしたマリアが、気を取り直して問いかけた。

 

「そ、それでマリエッタ……。あの光線の発射元は、どこなの?」

 

[特定できません。ですが、かなりの長距離のようです。ディプロのセンサーでも捕らえ切れていません。おそらく、これは――]

 

 フェイト達は顔を見合わせた。

 

「……おそらく?」

 

 だが、問いにマリエッタが答える前に、マリアの通信機に、別の通信が入って来た。

 

[リーダー! 連邦のアクアエリーより通信です]

 

「繋いで」

 

 マリアがつぶやくと同時、手元の通信機に、壮年の男性が映し出された。日焼けしたのか、地かは知らないが、褐色の肌をした、凛々しい面差しの男性だ。

 短く刈った黒髪と、暗色が多い彼の顔を引き締めるような、両耳にぶらさがった金のイヤリングが印象的である。

 彼が口を開いた。

 

[私は連邦艦アクアエリー艦長ヴィスコムだ。はじまして、クォークの諸君。会えて光栄だよ]

 

「私もです。こんな辺境の地で連邦きっての腕利き、ヴィスコム提督に会えるとは思ってもみませんでしたから」

 

[ふふ……君に名前を覚えてもらっているとはな。光栄だよ。まあそんなことはいい。君の後ろにいるのが、ラインゴッド博士のご子息かね?]

 

 問うヴィスコムに、マリアは頷いた。

 

「そうです」

 

「提督。反銀河連邦(クォーク)の艦とアクアエリー。二隻とも降下させるんですか?」

 

 マリアの傍らからアルフが問うと、ヴィスコムが大いに、目を丸めた。

 

[アルフ!? なんだ! 無事だったのかっ!]

 

「緊急非常信号で、アクアエリーがここに来るって通信入れたのは、提督でしょう。それに超長距離通信なんかやったら、バンデーンに気付かれる」

 

[……相変わらずユーモアに溢れるな。お前は]

 

「どうも。――それで、質問の答えは?」

 

[保護条約に関わるが、お前達がいるなら今さら気にすることはないな。我々も、一度クォークの諸君と直接話がしたい。博士と、その御子息であるフェイト君のことでね]

 

 言って、マリアを見るヴィスコムに、彼女は小さく頷いた。

 

「それは……そうでしょうね」

 

[だが、事態は切迫している。……こちらへ来るかね?]

 

 問うヴィスコムに、マリアは目を丸めた。

 

「いいの? 私達は反銀河連邦組織なのよ?」

 

[構わないさ、アクアエリーは私の船だ。艦長の私に一体誰が文句を言うというのだね? 何も問題などないさ。何、文句など言うヤツは、その間、営倉にでもぶちこんでおけばいい]

 

「……お邪魔させていただくわ」

 

[うむ]

 

 頷いたヴィスコムは、最後にアルフを見、優しそうに笑った。

 

 

 

 ………………

 

 

 

「陛下、僕たちは自分の世界に戻ります。先ほどの艦隊が消滅したことで、この星は元の状態に戻るはずですから」

 

 シランド城に戻ったフェイトは、ロメリアを振り返った。対峙したロメリアが、少し寂しげに眉をひそめる。だが口には出さず、彼女は小さく首肯した。

 

「そうですか……。私共が救われたのは、そなた方の御蔭です。礼を言いますよ、クリムゾンセイバー」

 

「勿体ないお言葉です。本当に、ご迷惑をお掛けいたしました」

 

「いえ、私たちも世の中にはまだ新しく、そしてより広い世界があることを知りました。そしてこんな国同士で争いごとをしている時ではないことも……」

 

 頭を下げるフェイトに、ロメリアは朗らかに笑む。彼女の瞳が、ついで、アレンを向く。彼は静かに頷いた。

 アルゼイも神妙な面持ちのまま、頷く。

 

「その通りだ。アペリスの残した預言を、悪しき形で成就させないためにも、我等は争うべきではない」

 

「ええ」

 

「それに……、今回は我等の完敗だ」

 

 苦笑するアルゼイに、ロメリアは凛と微笑った。

 フェイトが左右を見渡す。

 

「……あれ、アルベル(あいつ)は?」

 

 ナツメとアルフはいたが、シランド城にアルベルの姿だけが無かった。首を傾げるフェイトに、ウォルターが答える。

 

「アヤツはさっさと戻りおったわい。『脅威は去ったのだろう。ならば俺はここにいる必要はない』……だそうじゃ」

 

「別れの挨拶もなし、か。最後まで相変わらずね」

 

 不服そうに唇を尖らせるマリアに、ウォルターは苦笑した。

 

「まあ、そう言うな」

 

「挨拶ぐらいはしたかったんだけど」

 

 ぽつりとつぶやくフェイトに、アルゼイが言った。

 

「俺からその旨、伝えておこう」

 

「そうですか……。よろしくお伝えください」

 

「ああ、任せておけ」

 

 アルゼイの好意に、フェイトはもう一度頭を下げた。視線をアレン達にやる。

 

「ソフィアと、父さんは?」

 

「既にアクアエリーに収容されている。安心してくれ」

 

「逆に不審と取られるかもしれないけどな」

 

「……アルフ」

 

 アレンの語気が落ちる。フェイトは笑った。

 マリアが、アレンとアルフを見た。

 

「アクアエリーに行く前に、一度仲間と合流させてもらえるかしら? 向こうの状況を聞きたいの」

 

「ああ。構わない」

 

 即答するアレンに、アルフが肩をすくめる。

 

「お前が判断していいのか?」

 

「提督には言っておく。きっちり(・・・・)と」

 

 にべもなかった。

 アルフはさらに嘆息する。肩を落とし、空に合掌。

 

「そいつぁ……、ご愁傷様」

 

「……」

 

 つぶやくアルフに、クリフがぽりぽりと頭を掻いた。余所余所しい空気になるまでもなく、アレンはアレンだったようである。

 

「それじゃあ、僕等も行こうか」

 

 アクアエリーに向かおうとするフェイトに、アレンは首を横に振った。

 

「先に、トレイター代表とディプロに行って来い。今回の『敵』は、たぶん連邦だけでは対処しきれない」

 

「……敵?」

 

 首を傾げるフェイトに、アレンは頷いた。

 『敵』。

 そのアレンの言葉は、不気味な意味合いを持っていた。

 

「行くわよ」

 

「ああ」

 

 肩で風を切るように、マリアは颯爽と踵を返す。その際、彼女はロメリアとアルゼイ、そしてアレン達に小さく一礼した。

 クリフがニッと口端を緩めて軽く手を振る。白露の庭園のベランダ――トランスポートが出現する場所へ向かいながら。

 フェイトも一礼を施すと、それきり振り返らずにトランスポートの地点へと向かった。

 

「さよなら」

 

「元気でなっ!」

 

 ネルとロジャーがフェイト達に声をかける。彼らは誇らしげに微笑って、光の中に消えていった。

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