ヴィスコムが退席し、後を追うようにアレンやアルフが室を出て行ったところで、フェイトは父に向き直った。
「父さん。僕やマリアの――
息子の問いに、ロキシは頷く。視線を左右に振ると、真剣な眼差しを向けてくるマリアと、戸惑った様子のソフィアが、こちらを見つめていた。
ロキシはもう一度、確認するように頷いた。
「その筈だ。お前達は三人集まることにより、それぞれの特殊紋章が共鳴して、力を発揮する。トレイター女史がマリア君を引き取ったのも、三人が一所に集まらないため。――私達も出来れば、紋章遺伝の力を使わずに済めばと、願っていたからな」
「……それで、お母さんが私を」
つぶやくマリアに、ロキシは小さく頷いた。
「子供に遺伝子操作をしたことは、研究員だけの秘密だった。故に、研究には関係ないキョウコさんを、我々から離す事は出来なかったんだ。周りに不審と取られてしまうかも知れないからね」
「じゃあ。ママは研究のこと、知らなかったんですね?」
問うソフィアに、ロキシは頷いた。フェイトが神妙な面持ちで父を見る。
「それで。これから父さんはどうするの?」
「出来れば私も、ストリームに行こうと思うのだが……」
つぶやいたところで、会議室の扉が開いた。フェイト達が振り返ると、そこにあの、リオナという女性が立っていた。
「ロキシ博士には、私と共にムーンベースに来てもらいます。御子息方がFD空間に行っている間。銀河の被害を抑えるためにもエクスキューショナーに対抗し、足止めする手段を開発せねばなりませんので」
「……リオナ君!」
目を丸めるロキシに、リオナは無表情のまま近づき、サインを、と書類を提示してきた。
緊急時の為、略式ではあるが研究室に入るための手続き書だ。ロキシがそれを受け取ると、彼女の後ろから、アルフとアレンが現れた。
「白兵戦は俺らに任せろってこと。妥当だろ?」
「現在、本艦は惑星ストリーム航行軌道上にある、第6深宇宙基地に向かっています。そこで、ラインゴッド博士とリオナ博士には艦を乗り換えて頂き、ムーンベースに向かっていただく運びとなります。……御子息とお嬢様方は、我々二人が責任を持ってお守りしますので、ご安心ください」
「そうか……」
二人の言葉に、ロキシが顔を俯ける。手渡された手続き書を見つめて、
数秒――。
顔を上げたロキシは、小さく頷いた。
「分かった。……君達二人も一緒と言うなら、私も心強いよ」
「はっ!」
敬礼するアレンに頷き、ロキシは手続き書に署名した。それをリオナに渡す。受け取った彼女は、小さく会釈した。
フェイトの傍らで、クリフが嘆息混じりにつぶやく。
「いよいよ、連邦と手を組むことになったわけか」
彼が肩をすくめると、対峙するアレンが微笑った。
「俺はお前を、敵と思ったことはないがな。クリフ」
アレンの科白に、クリフは溜息を吐きながら腕を組む。渋い表情だ。アレンが苦笑すると、傍らからアルフがこくりと頷いた。
「俺はお前を、いつでも『敵』と思ってるけどな」
「……後でトレーニングルームに顔を出せ。アルフ」
「その前に。さっさと部屋に戻れば? 待ってるぜ。
ぅ、とアレンが息を呑む。尻ごむ彼に満足したのか、アルフは紅瞳を細めた。
「それともう一つ。このアクアエリーで
「…………自重するとも」
一瞬兼定を見、言葉を失ったアレンは、弱々しく頷いた。
バンデーン艦隊を相手に勝利した彼だが、まさか兼定に、あれほどの力があったとは本人も思わなかったらしい。
強張ったアレンの表情を見て、フェイトは何となく安心した。
クリフが、ん? と首を傾げる。
「なぁ、ラインゴッド博士。
クリフが問うと、ロキシが目を見開いた。
「何だって!? あの、クラス3.2の光線を消しただと!? ……本当、なのか!?」
言葉を失うロキシが、アレンを見やる。アレンが頷いた。
「私の場合は、私の能力――というより、この刀。銘を『兼定』と言うのですが、これが原因ではないかと考えています」
言ったアレンは、自分の背丈よりも長い、剛刀を掲げる。アルフが肩をすくめた。
「さっき、リオナ博士にも見てもらったんだが、オーパーツって可能性は無くてね。この刀そのものから、妙な力が出たりってことは無いらしい」
疑わしいけどな、と付け足すアルフ。そのアルフを横目で睨んだリオナは、ふんっ、と鼻を鳴らした。
「アクアエリーに装備されている解析ソフトは、連邦でも粋を極めたモノだ。それでもって何の反応も得られなかった、ということは、これはただの刀に過ぎん。オーパーツは【解析できない波長を放つもの】だからな。そういった代物なら、解析は出来なくとも検出器が何らかの反応を感知する」
「それじゃあ――、」
フェイトが、アレンを見る。と、
「やっぱ」
クリフが、呆れた表情で続いた。
「……お前?」
そして最後に、アルフが、小首を傾げながら訊ねる。一同の視線を受けたアレンは、しかし、首を振った。
「それはない。俺はあのとき――バンデーン艦隊を消滅させる意気込みで朱雀吼竜破を放った。……だがそのときに、兼定から力が流れて来るのを感じたんだ」
「それはそうだろ。じゃなきゃ、あの威力は――な」
「ああ。今まであらゆる刀剣類、銃火器を扱ってきたが、あんなことは初めてだった」
つぶやくアレンに、アルフは頷き、兼定を見る。兼定とアレンを見据えて、一同は神妙に押し黙った。
リオナが、ロキシを見やる。
「そこで。可能性の一つとして、タイムゲートを通った際に、ガードの遺伝子情報が書き換えられたのではないかと考えたのです。……ガードが帰還した時の、七六四年の資料はムーンベースに?」
「あ、ああ。……しかし。当時の精密検査にも、特に目立った変化は見られかったよ。彼は地球人の他に、エクスペルとネーデの血も入っていてね。高い紋章力を持つ、理想的な遺伝子配列だったのは憶えているが……」
首を傾げるロキシに、リオナも思案顔を作る。アルフが肩をすくめた。
「ま。どれだけ強力だろうが、宇宙空間に出れなきゃ現状じゃ意味は無いけどな」
「だから連れて行ってもらうんだ。フェイト達に、な」
言ったアレンに、フェイトは小さく苦笑した。
………………
「わひゃひゃひゃっ! こりゃめでてぇ!」
「ほんっとだよ! 良く生きてた! 偉いぞアレン! おいアルフはどしたぁっ!? 人に心配かけやがって、あんにゃろ~! なぁ~にが! 敵に見つかるだよ、馬鹿野郎!」
「ローランと大尉が今っ、探ってるぜ! それよりハイダの被害見たか!? まさに九死に一生だぜ! お前ら!」
「良かった! ホントよかった! 最近は身内の殉職ニュースばっかだからよぉ~! 暗くてしょうがねぇよ!」
「おぉ~! 飲め飲め! 出撃命令があるかも知れねぇから、度数は低めがなっ!」
「っ!? ギルムさん! それ、ビールじゃ――!」
言いかけたアレンを、がっ、とケイン曹長の右手が押さえた。
「あははははっ! ビールなんかこの非常時に持ってくるわけねぇだろ! 『泡の出るお茶』だよ! なぁ!?」
「がはははははっ!」
盛大な笑い声とともに、大量の飲食物が部屋に運び込まれてくる。
それを呑め、食え、と促されて小一時間。出撃を前に控えていると言うのに、連邦軍人達はがぶがぶと飲み干していた。――それでも、誰ひとり赤ら顔になっていないのは、事態の深刻さを頭のどこかで理解しているからなのか。
酔うに酔えない、妙なテンションの男達に囲まれ、囃し立てられ、もまれ、『泡の出るお茶』をかけられ。
「……はぁ」
アレンは溜息を吐いた。手洗いに行くと言う名目のもと、部屋を出たのだ。まだしばらく、あの騒ぎが続くと思うと、頭が痛い。
通路のロッカーに用意しておいた、新しい服に着替えると、アレンはもう一度、溜息を吐いた。ルームメイトのアルフは、既に別室に避難したようだ。それを羨ましくも思ったが、
「…………」
笑い合う職員の顔を思い浮かべて、アレンは小さく微笑った。歓迎は過剰だし、女性職員までももみくちゃしてくるし、男性職員はいつも以上に悪乗りが過ぎるし……。仕様の無い面々だ。
――それでも、嬉しい。
これほど自分を気にかけてくれる仲間が、傍に居てくれることが。素直に嬉しい。
(……贅沢病だな。これは)
溜息を吐く自分に苦笑する。顔を上げると、アクアエリーの無骨な天井が見えた。
宇宙歴七六四年。タイムゲートから帰ってきた彼を、唯一迎えてくれた艦。提督や、アクアエリーのクルーと出会って、もう七年が経つ。
光栄だった。
身に余るほど。
そう思うと、せっかく自分の為に開いてくれた歓迎会だからと、帰る気持ちが湧いてくる。が、疲れているのも事実だったため、アレンは少し休んでから戻ろうと決め、散歩がてらに船尾に行った。
船尾の多目的ルームには観葉植物のほかに噴水やベンチがある。
多目的ルームに入ると、一人、リオナ博士がいた。基本的に彼女は自室か研究室しか居ない為、かなり珍しい光景だ。
彼女はベンチに腰掛け、パソコンのキーボードを叩いていた。
アレンが入ってきたことに気付いたのか、彼女の猫耳が、ぴくり、と揺れた。
「……」
リオナがパソコンから顔を上げる。視線の合ったアレンが、微笑った。
「先ほどぶりですね。博士」
リオナに一礼する。彼女はすぐにパソコンに視線を落とし、キーボードを叩き始めた。
アレンはオートコンピュータの前に行って、コーヒーを淹れる。少々温かいものが飲みたくなったのだ。
「……ふぅ……」
ようやく落ち着いた空間に来れて安堵の息を吐いていると、視線を感じた。振り返れば、リオナが、じ、とこちらを見ている。
「……何かご用ですか? 博士」
アレンが問うと、リオナはサッと視線を外し、首を横に振った。
「何でもない。お前の気の所為だ」
「そうですか」
考え事だろうか、と納得し、再び紙コップに口をつける。三口ほど飲むと、液面が零れる心配もなくなり、アレンはコップを手に、リオナの座るベンチに移動した。
多目的ルームは広くないため、ベンチはこの一つしかない。彼女と距離を置いて、端に座ると、ぴくり、とまた彼女の猫耳が揺れた。――今度は肩も。
「……?」
いつもはもう少し、会話をしてくる女性だ。横目に彼女を見ると、彼女は一心不乱にキーボードを叩いていた。
余程、
ヴィスコム提督と、ロキシ・ラインゴッド博士。両者の話を思い出して、アレンは目を細めた。
(……神……創造主、か……)
相手の呼び名など、アレンにとっては何でも良かった。ただアールディオンを一瞬で壊滅させるほどの相手。想像もつかない強敵であることは間違いない。
数刻を有して、コーヒーを飲みほすと、彼はリオナの邪魔にならないよう、静かに席を立った。
途端。
「!」
リオナが顔を上げる。彼女は、ぐ、と息を呑んだが、ゴミ箱にコップを投げ入れる音に紛れて、アレンには届かなかった。
「…………」
リオナの眼差しに、険が籠る。アレンが振り返った。
「すみません。お邪魔でしたか?」
「…………」
リオナは黙す。彼女は無言のまま、腕を組んだ。
(何か、閃いたのか……?)
こちらを見据えるリオナだが、瞳は全く動かない。瞬きすらもしないので、見つめている、というよりは、ここ以外のどこかを見据えているようだ。
アレンは彼女の思考を邪魔しないよう、そっと足音を殺して入口に向かう。
が。
すぅ――……っ、!
リオナの険が、更に激しくなった。
ぴたりと。
アレンは足を止める。
「……あの。博士、本当に何かご用はありませんか?」
三白眼になった彼女を振り返り、再び尋ねると、彼女はようやく眉間の皺を緩めた。さわさわと、忙しなく猫耳が動いている。リオナは変わらず、腕を組んだままだった。
「用など無い。言った筈だ」
ぶっきらぼうに言ってくる。アレンは首を傾げながら、小さく頷いた。
「そう言えば博士。七六四年に、私がタイムゲートを通った際、遺伝子情報が書き換えられた可能性があると言っていましたが……、そんなことが本当に?」
リオナは眉間に皺を刻み、どこか不機嫌そうにそっぽを向いた。忙しなく動いていた猫耳が、ぴたりと止まる。
「分からん。何せ、
リオナは腕を解き、パソコンを閉じた。翡翠の瞳が、じ、とこちらを見上げる。
「だから、……タイムゲートがFD空間への扉と言うのなら、その影響がお前に出ていないか、確かめるべきだ。セフィラとやらを奪還した時、お前に異常が起きたと、あのアトロシャスからも報告があった」
リオナに言われて、アレンは、はた、と瞬いた。
セフィラ――。
エリクール二号星、聖王国シーハーツに祀られているOut-of-Place Artifacts。通称『オーパーツ』と呼ばれる、解析不能な強力エネルギー体だ。それに触れて、アレンは一度、意識を失った事があった。
――そして、
「…………」
アレンは自分の肩に触れる。セフィラに触れて意識を失った後、目が覚めた時に出来た奇妙な痣。
この痣が出来てから数日経つが、一向に治る気配は無い。
左肩を押さえているアレンに、リオナが眉をひそめた。
「……どうした?」
「少し、気になる事がありまして」
「?」
首を傾げるリオナの前で、アレンはシャツの胸元をはだけた。
「っ!? 何を……!」
目を白黒させるリオナを置いて、アレンは左肩を
痣を見やって、アレンは言う。
「実はセフィラを手にした後、こんなものが出来たんです。軍医のレベッカ先生にも診てもらったのですが、やはり異常は認められず……」
言いかけるアレンを止めて、リオナは彼を睨んだ。
「貴様。何故、刀を解析している時に言わなかった?」
「それは……その。兼定に少し、興味がありまして……」
決まり悪そうに、語尾を小さくするアレンを、じ、と見据えると、彼は居心地悪そうに俯いた。
「すみません……」
「…………ふん」
リオナは鼻を鳴らすと、おずおずと、彼の左肩にある痣を覗き込んだ。
三センチ平方程度の大きさの、黒い紋様だ。盃の上に乗った球、のようにも見える。二つの紐を幾重にも絡み合わせて、まるで知恵の輪のように繋げた逆三角形の盃と、その上に乗った球。――まるで紋章陣のようにも見えた。
「……これは」
言って、リオナは痣に指先で触れる。アレンがくすぐったそうに、ぴくりと動いた。鎖骨下に出来た痣だ。ちょうど、胸筋との骨の窪みに当たる。
リオナは痣をなぞってみた。紋章――だとすれば、その陣に意味がある。
「痛みや、疼きを覚えたことは?」
「ありません。FD人の宣戦布告があったという時も、特に何も……」
首を振るアレンに頷き、リオナは痣をまじまじと見た。顔を近づけると、彼の香りがする。それに体を強張らせながらも、彼女は紋章紋章、と頭の中で唱える。
唱えるが――、
軍人。それも精鋭部隊に所属しているためか、頑強そうな胸板だった。首から鎖骨にかけてのラインが綺麗だ。痣を観察していたにも
「どうですか、博士?」
「ん?」
不意に問われ、リオナは顔を上げた。
「っ!」
思った以上に彼の顔が近く、彼女は、ばっ、とその場を離れた。ピコピコと、彼女の猫耳が震える。
背を向けた彼女に向かって、アレンは軍服の前を閉めながら言った。
「一応、痣の写真も含めて、データをレベッカ先生に預けています。セフィラが作った痣だとすれば、これが紋章陣である可能性もありますので」
「そ、……そうか。分かった」
今だ、ぴこぴこと耳を震わせながら、リオナは小さく頷いた。
リオナ・D・S・ゲーステという女性は、あまり表情の変わらない。代わりに感情の変化があると、すぐ耳に表れる。耳が忙しなく動いている時は、驚いた時か、興味がある時だ。――その裏に恋愛感情が含まれていることは、アレンは知らない。
故にアレンは、顔の近さに彼女が驚いたのだと解釈した。半分正解で、半分間違った解釈だった。
彼はキュッと音を立てて襟元を締めると、小さく微笑った。
「それでは博士、私はこれで。――我々が戻るまでの間、連邦を頼みます」
「……ああ」
彼の笑顔を見上げて、リオナは頷いた。蒼穹のような瞳は、相変わらず高潔で力強い。眩しく感じて目を細めるが、彼女は相変わらず、貼り付けたように無表情だった。
――その翡翠の瞳が、かすかに寂しげに翳る。
一礼して、アレンが去っていく。リオナは見送って、目を瞑った。
目上の者、対外的な者と話す時、アレンは必ず『私』という一人称を使う。彼より年上でありながら、彼が『俺』と称するのは、彼と親密な仲にある者だけだ。
リオナは、多目的ルームの扉が閉まるのを聞きながら、じ、と翡翠の瞳を、床に向けた――。