連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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PA(プライベートアクション) ラインゴッド

「……やっぱり、私は貴方を許せそうにないわ」

 

 皆が部屋を出て行った後、マリアはロキシ・ラインゴッドに向かってそう言った。

 ロキシの視線が下がる。自嘲気味に笑った彼は、力無い瞳をしていた。

 

「……ああ。分かっている」

 

「分かっている? 父さんや母さんがどうして死んだのか、どうしてハイダにいた人たちまで巻き込まれなくちゃならなかったのか、貴方は本当に分かってて言ってるの!?」

 

 悲痛なマリアの声が会議室に響く。ロキシはハッと顔を上げ、マリアの顔をようやく見た。

 だがそれも数秒で――、彼はすぐに俯いてしまう。

 

「……すまない」

 

「っ!」

 

 マリアは、ぎり、と歯を噛みしめた。この男は、出合った時からそうだ。自分の知識に絶対の自信を持っているからか、それとも科学者故に事の重大性が分かっていないのか。

 他人の気持ちを考えない、自分本意な所がある。

 

「……どうして……!」

 

 マリアは右手で顔を覆った。怒りで声が震えたが、涙など見せたくない。 

 ――絶対に、この男にだけは。

 

「どうして……、どうしてそんな簡単に謝れるのっ!? 私は……、私達はっ! 一体貴方の何だって言うのっ!? 貴方の所為で……フェイトだって! あのソフィアって子だって……っ!」

 

「…………」

 

 ロキシはマリアの名を呼ぼうとして――その資格が自分に無い事に気付いた。沈黙以外に、返す術が無い。

 堪えていた熱い涙が、マリアの頬を滑り落ちた。

 

「ねえ? 私の父が、母が――ディック・トレイターとジェシー・トレイターが亡くなったのは、七年前なのよ……? なのにどうして、自分の子供に考える時間をあげなかったの? 何も知らずにバンデーンに追い回されて、フェイトやソフィアがどれだけ不安だったか、貴方は考えなかったのっ!?」

 

「私は……」

 

 ロキシが話し始めたのを確認して、マリアは、ぐ、と息を呑んだ。静かに拳を握る。何を言われても、ブレないように。

 だがロキシは、そんなマリアの覚悟を一蹴するように首を横に振った。

 

「君の責めは、甘んじて受けよう」

 

 静かにそう言ってくる。

 マリアは、悔しさで涙が滲んだ。そんな言葉が聞きたいのでは無い。何故こうも、この男は人の気持ちが分からないのか――。

 

(私は……何なの?)

 

 ラインゴッド研究所の研究記録によれば、博士達は“自分の子供”に遺伝子操作を施したと言う。

 その研究に携わったのは、三つの家族。

 一つは、トレイター家。

 もう一つは、エスティード家。

 そして、ラインゴッド家だ。

 マリアは育ててくれた両親から、「貴方は実の子供ではない」と聞いている。ジェシー・トレイターが死の際、マリアに向けて哀しげに、優しく微笑んで教えてくれた。

 どんな時も諦めるな、と言う言葉と共に。

 ならば――マリアの実の(・・)両親は。

 研究に携わっていないソフィアの母を慮って、エスティードの子供を家から離せなかったと考えれば。

 表向き“廃棄処分”だった自分は――、

 

 ラインゴッドの血を引く者だ。

 

「っ……!」

 

 考えたくなかった。認めたくもない。

 ロキシ・ラインゴッドの事を、マリアは出会う以前よりも許せなくなっていた。

 父の死を、母の死を――あの第十七宇宙基地の消滅を、彼はどう考えたのだろう。

 FD人と関係しないから、だから無事だと思ったのだろうか。

 それゆえ、フェイトやソフィアに、何も告げずに居たのだろうか。

 

 最後の選択肢を、自分達に明け渡しておきながら。

 

 勝手だった。

 それが、許せなかった。彼の話を聞けばなおさら。クォークとして、クリフ達の下で戦ってきた自分でさえ辛いと言うのに――。

 

「私は……逃げていたのかも知れない……」

 

 ぽつりとロキシが言った。マリアは袖で涙を拭って睨み据える。

 彼は、マリアとは視線を交わさなかった。茫洋と、自分の掌を見つめているだけだ。その顔を、じ、と見据えて――

 

「…………」

 

 マリアの怒りが――いつの間にか、どうしようもない絶望に塗り変わる。

 怒りの根源が、底の抜けたバケツのように抜け落ちていった。

 ――失望。

 マリアは激しい脱力感に見舞われながら、それでもロキシ・ラインゴッドを睨み据えた。

 

「……バンデーンに襲われる直前まで、私はフェイトやソフィアのことを、普通の子供だと思っていた。時が経てば経つほどに、あのタイムゲートでの出来事が嘘だったかのように、私の周りは平和だった」

 

 ロキシの声が、どこか遠い。マリアは自分の唇が、震えているのを感じた。

 

「母さんと連絡は取ってなかったの? 第十七宇宙基地が滅ぼされた時――私の父さんと母さんは、七年前のあの時に亡くなったのよ?」

 

「機密性の高い研究だったからな。トレイター女史が君を引き取ってからは、連絡の一切を取り合わなかった。少なくとも七年前のアールディオン侵攻の報告は、私は連邦から一般の者と変わらない情報しか与えられなかった」

 

「…………」

 

 マリアは押し黙った。ロキシを完全に信用したわけでは無い。ただ、反銀河連邦(クォーク)として多くの案件を抱えていく内に、“銀河連邦”という巨大組織の横暴なやり方を、彼女もまた、十分すぎるほど理解していたのだ。

 自尊心の高い連邦上層部が、観察対象である“生体兵器”の自分を見失った事を揉み消そうとするのは、十分に考えられた。

 

 マリアが十六歳の時。

 連邦の最新鋭艦・インビジブルが襲ってきた事を考えれば。

 

「はっ……」

 

 思わず、溜息が零れた。頭を押さえる。どうしてこうも、現実はマリアを嘲笑うように廻って行くのか。

 マリアは長い息を吐くと、顔を上げた。肩にかかった髪を払う。

 

「……ラインゴッド博士」

 

 マリアの声に、ロキシが顔を上げる。済まなさそうに、沈痛な面持ちを浮かべた彼は、罪悪感からかマリアと視線を交わすことすら出来ずにいた。だがマリアも、もうそんなことには構わない。

 彼女はいつだって、前を向いて歩くのだから。

 いつまでもラインゴッドの影に、引きずられたりはしない。納得できない部分は、それでも残っているけれど――。

 彼女はそれを脇に置くぐらいの、自分を守る術を身に着けていた。

 

「…………」

 

 拳を握り締める。ふと、未開惑星で出会った青年が脳裡に思い浮かんだ。少しも協調性が無くて、全然思いやりが無いくせに――自分を守ってくれた青年の顔が。

 あの時、自分を信じてくれた人。

 

(お願い……少しだけ、力を貸して)

 

 あまり面識が無い相手からこそ、マリアはそうつぶやいた。クリフやミラージュに頼ったらきっと、自分はそのまま依存してしまう。

 ――だから。

 

 ……やってみろ。

 

 無愛想に言ったアルベルを思い出して、マリアはこくりと頷いた。

 す、と青瞳に力が宿る。ロキシ・ラインゴッドを正面から見返すマリアは、反銀河連邦(クォーク)のリーダーの顔だった。

 

「ラインゴッド博士。もし貴方が、私やフェイト達の事を『希望』だと思うのなら――執行者達(エクスキューショナー)のこと、必ず解析して見せて。私は母から、ジェシー・トレイターから、最後まで諦めない心をもらったのだから」

 

「!」

 

 ロキシの視線が、ようやくマリアと合う。彼女は、力強く微笑っていた。

 

 ――“諦めない”。

 

 そうロキシにも誓ってくれと、マリアの青瞳が言っている。他は何も望まないからと。

 

「っ、っっ!」

 

 謝ることしか出来ない男に、少女はそう言うのだ。まだ二十歳にもなっていない年で、不甲斐無い男に向かって。

 

「……っ!」

 

 ロキシの頬を、涙が伝った。肩が震える。眼鏡を押し上げた彼は、無言のまま涙を拭き取った。

 それでも、次から次へと涙は溢れて来る。

 

 彼女の自由を奪ったのは自分。

 彼女の幸せすら護らず、他人に預けたのも自分。

 そして――その結果、彼女の悲しみとすら向き合えない自分。

 

「……っ!」

 

 ロキシは歯を食いしばった。

 何を言っても言い訳にしかならない。それが分かっていたから、謝ることしか出来なかった。

 視線を交わすことすら満足にしてやれない。

 マリアに何かしてやるには、言い残すには、自分はあまりにも怠惰過ぎた。フェイト達との日常に、ロキシは溺れ過ぎていた。

 平和な日常に。

 

(私は、大馬鹿者だ……!)

 

 ずっと、自分が作った“自己防衛機能”が彼等を守る――そんな安直な考えでいた。だが自分の傲慢を、子供達は証明してみせる。

 自分の予想を遥かに超えた所で、傷つきながらも前を向いて。

 そんな彼等にした事を、自分はどれだけ自覚していなかったのか。

 

「…………」

 

 今さらながら、気付いてしまった。

 彼等は何も、譲り受けた能力故に(・・)、ここに居るのではない。

 これは彼ら自身が勝ち取って、積み上げて来たのだ。自分達の未来の為に。信念の為に。

 

「マリア――」

 

「!」

 

 ロキシに名を呼ばれ、マリアは思わず息を呑んだ。顔を上げた少女が、不安そうな青瞳を揺らしている。その少女の顔が、今まで負った心の傷(トラウマ)が決して癒えた訳ではないと語っている。

 だから(・・・)こそ(・・)、ロキシはこの娘の顔を、目に、頭に焼き付けねばならないのだ。

 かつて研究を共にした、ジェシー・トレイターの為にも。

 今まで失って来た、多くの犠牲者達の為にも。

 そして――自分の為に。

 

「誓おう」

 

 ロキシはマリアを初めて正面から向かい、言った。拳を握る。フェイトに己の内を明かした時よりずっと、真摯な目でマリアを見据えた。

 力強く、じ、と。

 

「私は、何があっても諦めない。お前達に辛い戦いがあるように、私は必ず、何があっても執行者達の侵攻を食い止めて見せるっ!」

 

「……っ、」

 

 マリアは大きく眼を見開いた。

 数秒。

 

 

 …………

 

 

 彼女はサッと顔を背けると、拳を握ったまま言った。

 

「期待しているわ、ラインゴッド博士……」

 

「ああ!」

 

 力強く頷いたロキシは、そこで初めて――嗚咽する少女を抱きしめた。長い旅を続けた娘を、出迎える父親のように。

 

 マリアは初めて、人前で気を張る事無く、声を上げて泣いた。

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