ロキシ・ラインゴッドとリオナ・D・S・ゲーステの両名は、ムーンベースまでの安全性を考えて、航路上にある第十宇宙基地で下艦した。
博士達と別れて六時間後――。
[惑星ストリームの周辺宙域に到着したのだが、どうやら問題が発生したようだ。すまないがブリッジに集まってくれたまえ]
ヴィスコムの艦内放送を耳に、フェイトは首を傾げながらもブリッジに向かった。連邦最強艦たるアクアエリーは、ブリッジからしてディプロやイーグルよりも遙かに大きい。
そのブリッジ中央に、背中で両手を組んで立つ男は、フェイトの足音を聞くなり振り返った。
「すまないね」
ヴィスコムは一言断り、ブリッジに集まったクォークメンバーと、フェイト、ソフィア、そしてアレンとアルフを見やった。それからややあって、パネルを叩いていたセカンドオペレータが、画面を見据え、目を細める。
「提督、惑星ストリームまで後十七分ですが、周囲に強力なエネルギー反応があります」
「エクスキューショナーか……」
嘆息混じりのヴィスコムの声。セカンドオペレータも、語気を落として頷いた。
「残念ながら、そのようです」
ピピピッ、という電子音を立てて、画面に黒い生物――
ヴィスコムは画面を見据え、唸った。あの、アールディオンをも、あっけなく陥落させた怪物達。
背中で組んだ手に力が籠る。顔を上げたヴィスコムは、フェイト達を振り返った。
「……どうやら、君達を惑星ストリームへ転送降下させることは出来ないようだ」
「諦めるっていうの!?」
マリアは大きく眼を見開いた。
ヴィスコムが首を横に振る。
「まあ、待ちたまえ。そうは言ってないだろう? 君達には、アクアエリーが周回軌道に入る前に、シャトルで惑星ストリームに向かってもらう」
「……!」
アレンが拳を握る。
フェイトは嫌な予感を覚えながらも、ヴィスコムに尋ねた。
「提督。貴方達は?」
問うと、沈黙が返って来た。少しの間を置いて、ヴィスコムが力強く笑い、頷く。彼は視線を、画面中央――
「決まっている。エクスキューショナーを引きつけるのさ。このアクアエリーでな」
「そんな、自殺行為ですよ!?」
放たれた言葉に、フェイトが息を呑む。ヴィスコムは覚悟を決めていた。晴々とするぐらい、精悍な表情。
彼は
「しかし、それ以外に方法はない。君達を無事に送り届ける事が出来なくて残念だが、仕方のないことだ。……なに。私とてむざむざやられはしないさ。連邦最強のこの艦の力、奴等に見せつけて見せる」
彼はフェイト、アレン、アルフを見る。それぞれが異なった表情だった。
俯いたアレンが、ぎりりと奥歯を噛みしめる。アルフはヴィスコムに小さく頷き返した。フェイトが語気を荒げる。
「しかし!」
「おっさんの言う通りだ。俺も、その方法しかないと思うぜ」
「残念だけど……」
釘を刺すように、クリフとマリアが後を追う。フェイトは思わず絶句した。ヴィスコムを見据えると、彼はもう一度力強く笑い、頷いてみせた。
『任せろ』というように。
「…………」
フェイトが俯く。
エリクールで、タイネーブとファリンを囮にしたときのことが思い出される。あの時は、幸運にも二人を死なせずに済んだ。だが、今度は――。
連邦が長年対決していた、アールディオン帝国を短期間に滅ぼした相手。
連邦の宇宙基地を、ものの数分で撃墜できるほどの相手。
戦艦一隻では到底――……、
そう思うと、苦しかった。
(ダメだ、そんなこと……!)
フェイトは首を振る。ヴィスコムの言う事は理解できる。だが納得出来ない。
そんな時だ。
ヴィスコムが小さく、苦笑した。ふわりと場の空気が和らぐ。ヴィスコムの苦笑先は、フェイトでは無かった。
「少しは、私を信頼してくれないか? ……アレン」
「え?」
不意なヴィスコムの言葉に、フェイトは顔を上げ、隣を見た。傍らのアレンが、顔をゆがめて押し黙っている。彼の握った拳が、震えていた。
アレンがまた俯く。
フェイトは思わず、口を噤んだ。
(…………)
言葉は無い。
ただ、アレンの押し殺した感情が、見えるようだった。フェイトよりもずっと深い、ヴィスコム達への想いが。
アルフが、ぽん、とアレンの肩を叩く。
「行くぜ、アレン」
促すアルフを、アレンは押し止めた。拳を握り、ヴィスコムを睨むように見上げる。
蒼穹の瞳が――、ぴたりと震えを止めた。
「……私に、別シャトルに乗る許可をください。提督」
「アレンっ!」
低く言うアレンを、ヴィスコムが叱責する。
しかしアレンはヴィスコムを見据え、続けた。
「私は、私のやり方で、任務を遂行して見せます。特務第一小隊、アレン・ガードの名に懸けて」
「ダメだ。お前には、フェイト君達と共に行く責務がある」
「その為の、別シャトルです」
「………………」
険しい表情でヴィスコムは目をつむり、長いため息とともに首を横に振った。
押し黙ったヴィスコムの眉間に、深いしわが刻まれる。アルフが嘆息した。
「その辺にしとけよ、アレン。お前の気休めにアクアエリーを巻き込むな。――軍人なら、覚悟してるだろ」
いつになく、力の籠ったアルフの声だった。
アレンは、アルフを振り返る。
「覚悟はしている。だが、やれる事をやった後での話だ。それに今回はもしもの場合にお前も、クリフもいる。……いくら無茶でも、ここでやっておかなければ俺は一生後悔する。だから」
アルフが拳を振り切った。
ドゴッッ!
ぶつかった拳が、アレンの頭をボールのように跳ね飛ばす。凄絶な轟音。一瞬、視界を白くさせた光に、マリア達が息を呑むと同時、アレンの膝が、がくりと落ちた。
「ふざけんなよ」
恐ろしく冷えた、アルフの声。アレンはアルフを睨み上げた。
「ふざけてなどいない!」
恫喝が、空気を震わす。艦内に緊張が走った。
アレンの眼光が宿る。鋭く、強い意志を孕んだ蒼い瞳だ。それに対するアルフも、紅瞳が冷徹に底光っていた。蒼瞳と紅瞳が、正面からぶつかり合う。
アレンは静かに言った。
「お前も知っているだろう……。この兼定の威力を」
感情を押し殺したアレンの言葉に、アルフは失笑した。
「俺も言った筈だぜ。宇宙空間じゃ意味がない。このアクアエリーで
「紋章術なら、問題ない」
「なら、それで戦艦のクリエイション砲を超えられるってのか?」
失笑するアルフ。アレンはこくりと頷いた。兼定を、握り込む。
「バンデーン艦隊は落とした。それに、あのFD空間から放たれたエネルギーも」
アルフが黙る。彼は無言で兼定を見据え――、もう一度、冷えた紅瞳をアレンに向けた。
「……言うじゃん」
「確証は無い。――だが、賭けたいんだ! 頼むアルフ、提督!」
アレンが、狂人と提督を見る。両者、共に頷くには難しい顔だ。
しばらくの沈黙。
アルフは肩をすくめた。ヴィスコムを見る。
「提督」
「……そうか。エリクールにいた時、我々の近くを通過した宣戦布告は、お前が……」
ヴィスコムがつぶやき、アレンを見た。この青年のどこに、そんな力があるのか分からない。だが青年は、こういう場面で嘘をつく人間ではない。
ヴィスコムは小さく、苦笑した。
「……いいだろう。ただし、条件がある」
「?」
アレンが顔を上げる。ヴィスコムの代わりに、アルフが言った。
「俺も、その別シャトルに乗る。お前一人じゃ、護衛任務を忘れて敵の殲滅を優先させそうだからな」
肩をすくめるアルフの提案に、ヴィスコムは頷いた。狂人と言われる男は、それだけに手段を選ばない。――しかし、効率的な結論を下す彼だからこそ、ヴィスコムも安心して一任出来るのだ。
「そういうことだ」
小さく笑むヴィスコムに、アレンは頷いた。
「有難う御座います、提督!」
敬礼したアレンは、小型艇へ駆けて行った。
…………
話の段取りがついたところで、ヴィスコムはブリッジクルーを見渡した。
艦長席にあるマイクを、onにする。
[全艦のクルーに告ぐ。諸君、これから行う戦闘は人類の命運を賭けた戦闘だ。このアクアエリーのクルーは連邦一、いや銀河一のクルーであることをここで証明しよう。たとえ滅びが神の意志であろうとも、我々はそれに逆らい生き延びることを選択しようではないか!]
力強く言い放ったヴィスコムに、席から立ち上がった軍人達が一斉に湧いた。
「任せて下さい!」
「やってやりましょう、艦長!」
「奴等に一泡吹かせてやりますよ!」
ガンッ、と鋭く拳を叩く彼等に、ヴィスコムは頷いた。
「行くぞ! 我が盟友達よ!」
……………………
………………
「……妙な話になっちゃったわね」
「まあな」
クリフが頷く。彼等の視線の先にあるのは、カルナスという機動力特化の小型艇だ。クリフは眼を細めた。
「けどよ。
いつになく真剣な表情のクリフに、フェイトも頷いた。
「ここは信じるしかないよ。あいつを」
「だな」
フェイトを一瞥するクリフに、マリアは難しい表情で顎に手をやった。伏せた目が、物憂げに翳る。
「……そうね。そんな奇跡が、もし本当に起こるなら」
つぶやくマリアに、フェイトとクリフは同時に頷いた。
「フェイズエンジン始動。出力8.36e2/s。二十七秒後に
「了解。二十七秒後
「なら、もう始まったようなもんだな」
計器類から顔を上げ、アルフが苦笑する。アレンが振り返らずに笑った。
「降りるなら今だぞ、アルフ」
「誰に言ってるつもりだ? アレン」
「そうだな。……行こう!」
「了解。推力1/4に保ち、発進する。
通信機に向かってアルフが促すと、アクアエリーのセカンドオペレータが答えた。
[了解。十秒後に三番ハッチを開放。健闘を祈る]
「アンタもね」
何気ないアルフの言葉に、セカンドオペレータが息を呑んだ。アクアエリークルーとの付き合いは長いが、彼がそんな事を言うとは思わなかったらしい。二秒ほど沈黙して、通信機の向こうで、セカンドオペレータが微笑う気配がした。
そして――、十秒後。
彼女の声と共に、ハッチが開く。
[三番ハッチ開放。……気を付けてね、二人とも]
「了解」
同時に言ったアレンとアルフは、
アクアエリーのクリエイション砲が、宇宙の闇を裂く。と、惑星ストリーム周辺を浮遊していた執行者が、緋色の瞳を向ける。
――グォオオオ……!――
彼等は一声鳴くと、内、ニ体がアクアエリーへと向かって来た。
シュパァンッッ!
副砲のフェイズキャノンが、執行者の脇をかすめる。続いて、二、三、四、五……アクアエリークルーのガンナーの腕を持ってしても、当たらない。
「……速ぇ」
滑るように動く執行者を追いながら、アルフはつぶやいた。
ガンナーが悪いのではない。狙い打つ副砲より、執行者が速いのだ。つまり、光速より速い。だが、ガンナーもさすがだ。八発目あたりから、執行者を副砲がかすめている。本来ならば、かすめた時点で相手は即死だ。副砲と言えども、エネルギーは1.6もある。
だが、執行者はアルフ達の常識を超えて、健在。
目を細めるアルフを置いて、アレンが操縦席を立つ。
「やんの?」
尻目に、アルフが問う。アレンは頷いた。呼応するように、兼定がカシャリと鳴る。
「そ」
アルフも頷き、立ち上がった。アレンが目を丸くする。
「どうするつもりだ?」
アレンが問うと、アルフは嘆息混じりに肩をすくめた。
「単体より合成魔法――だろ?」
「……恩に着る。アルフ」
「一応、提督の世話になってるからな」
アレンは頷き、兼定を抜き払った。既に臨戦態勢に入っているように、刀身が青白く光る。アレンは柄を握りこんだ。
「何から行く?」
確認するアルフに、アレンは画面の執行者を見、蒼瞳を細めた。
「奴等は、連邦艦隊よりも上の技術を持っている。……だろ?」
「了解」
頷いたアルフが、詠唱に入る。
アレンは兼定を、正眼に構えた。
すぅ――――……、
気が通る感触。兼定から力が流れてくるのを感じながら、アレンは精神を集中する。
――その時、
ズドォオ――ッッ!
アクアエリーのクリエイション砲が、ついに執行者を捉えた。副砲で執行者の退路を断ち、そこを仕留めたのだ。
瞳と同じ、緋色の闇を振りまいて、執行者の一体が消し飛ぶ。
それを見たもう一体の執行者が、星の大海に向かって吼えた。
――グォオオオオ……!――
まるで慟哭のような、怒りの咆哮。
消滅した
執行者の掌に、急速に紋章力が集う。
(――ッ!)
思わず顔を上げたアレンは、執行者を睨んだ。執行者の手に、緋色の紋章陣。
地球を襲った、あのエネルギーだ。
アレン達の紋章が出来上がるまで、後五秒。
(兼定――!)
祈るような気持ちで、アレンは柄を握る。
四、
執行者の掌に浮かんだ緋色の紋章陣が、
三、
球体はキラリと輝くと、執行者がそれを、アクアエリーに向けた。
二、
執行者が発射する。
「――っ!」
冷や汗が、アレンの背を伝う。
そして。
キィ――……、
緋色の紋章陣が、アクアエリーを貫いた。
戦艦に向けた、執行者の掌が緋色に光る。
魔力制御。
アレンは、執行者が掌を握れば終わると感じていた。兼定が、壮絶に光る。
キィイイイイイ……!
兼定の
「行くぜ、アレン」
「ああ!」
アレンが右手を、アルフが左手を掲げる。
「メテオスォーム!」
現紋章学には登場しない――旧世代の最強紋章術。幾多もの隕石が、朱雀の炎を孕んで執行者を襲う。
だが。
紋章が発動すると同時、執行者が掌を握っていた。
緋色の紋章に囲まれたアクアエリーが、
――ズドォオオオ……ッッ!
轟音を立てて、消滅した。
――船尾が、丸ごと。
かろうじて生き残った船首も、激しく損傷し、燃え盛っている。艦隊に走る火花が、悠然と語っていた。――アクアエリーが、堕ちると。
「提督っっ!」
アレンが通信機にかじりつく。ややあってから、雑音混じりにヴィスコムが応えた。
[……頼む、ぞ、……そして、生き……れ……]
『生き残れ』とヴィスコムの口が動く。力強く笑った彼は、揺れる画面の中に消えた。
「提とっ、――!」
「……回線がイカレやがった……!」
ちっ、とアルフが舌打つ。生き残っていた執行者は、合成紋章術で消滅した。
画面上から、執行者の
「………………」
重苦しい沈黙。
アルフは舵を取った。
「行くぜ、アレン」
「……ああ」
アレンは震える拳を握ったまま、ゆっくりと
大型画面に映ったアクアエリーが、炎上し――爆発する。
シャトルは、すでに惑星ストリームの周回軌道に入っていた。だが、事の成り行きを見守っていたマリアは、モニターから目を離して、静かに首を振った。
「……アクアエリーの反応が消滅したわ」
「っくそ!」
フェイトが歯を噛む。
ソフィアはただ悲しそうに、食い入るように、爆発したアクアエリーを見つめていた。
悲壮感が、広がる。それを、クリフが押し止めた。
「オレ達には悲しむ前にやる事があんだろ!? タイムゲートから一キロメートルの地点に着陸する。行くぞ!」
叱咤するクリフ。彼の膝の上では、拳が硬く、握られていた。
…………………
…………