連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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9.出迎え、出発

「ネル!」

 

 弾けるような笑顔とともに、彼女は灰色の髪を、ふわりとなびかせた。周囲の目もはばからず、クレアが駆けてくる

 

 河岸の村、アリアス。

 

 シーハーツ軍が拠点を置いている領主の館で、会議室に入るなり起きたことだった。クレア・ラーズバードは、同僚であり、一番の親友であるネルを感極まって抱きしめる。ネルは苦笑まじりに抱き留め返して、少しだけすまなさそうに顔をしかめてみせた。

 

「心配かけたね」

 

 ネルが静かにつぶやくと、クレアは首を横に振る。ネルの無事を噛み締めるように一度だけ強く掻き抱き、身体を引き離す直前で、さりげなく目じりに浮かんだ涙を拭っていた。

 それから一歩距離を置いて、ネルの後ろに控えている、タイネーブ、ファリンに視線を向ける。

 

「貴方達も……、良く無事で」

 

 アレンに巻かれた包帯が痛々しい二人は、しかし、顔色が包帯の量に比べてずいぶんとマシだった。クレアの労いに、タイネーブとファリンが敬礼で答える。クレアも黙って頷き返した。

 そしてフェイトに向き直ったクレアは、真に安堵した表情を見せた。

 

「お三方……。どうもありがとうございます。彼女達が無事に帰れたのも、あなた方のおかげです」

 

 深々とフェイト達に一礼して、彼女は嬉しそうに微笑う。思わず、こちらまで照れ臭くなるような嬉しさが染み出した笑顔だ。つられて微笑ったフェイトは、首を横に振った。

 

「いえ……」

 

 控えめにつぶやく彼に、クリフも頷いた。

 

「たいしたことはしてねぇよ。相手も雑魚ばっかりだったしな」

 

 言って、ガントレットを弾く。ネルが首を振った。

 

「そんなことはないよ。少なくとも漆黒の副団長を倒せたのは、あんた達の協力あればこそだからね」

 

「それって……漆黒のシェルビーを倒したってこと!?」

 

 目を見開くクレアに、ネルは誇らしげに頷いた。

 

「そうさ。まあ、もっとも。止めは刺しそこなったけどね」

 

 ちらりとフェイトを――いや、アレンをネルが一瞥する。目が合った(アレン)は、ネルを淡々と見返しただけで、悪びれた様子はなかった。その彼に苦笑して、ネルは肩をすくめた。

 対するクレアは、どこか期待に満ちた眼差しを、そっとフェイト達に送った。

 

「すごい……!」

 

「とはいえ、あのきざな甲冑野郎にはナメられっぱなしだったがな。……確か、アルベルって奴だったか」

 

 クリフが忌々しげに舌打った。これまで多くの危険な橋を渡ってきた彼が、あそこまで敵に情けをかけられたのは、彼の人生で初めてといっていい。

 

「次に会ったら、タダじゃおかねぇ!」

 

「アルベルですって!? まさか……『歪みのアルベル』?」

 

 クレアが息を呑みながら、ネルを振り返る。すると、頷く親友の姿を見て、クレアはさらに目を見開いた。二、三回、口を開閉させた彼女は、頭の整理がつかないのか、ぽかんとフェイト達を見ていた。

 

「ビックリだろう? 私もよく無事に帰ってこられたものだと思うよ」

 

 どこか嬉しそうなネル。クレアは無言のまま頷いた。九死に一生とはよく言ったものである。

 

「アイツ、そんなに強いんですか?」

 

 クレアのあまりの驚きぶりに、彼女の心中を知る由もないフェイトが、合点のいかない表情で訪ねた。

 クレアの代わりに、ネルが頷く。漆黒の副団長・シェルビーですら鮮やかに倒してみせた、フェイトの力量を知っている彼女でも、『当たり前だ』と言わんばかりの表情だ。

 フェイトの表情が改まる。そのフェイトに頷きながら、ネルはそっと息をひそめて答えた。

 

「相当にね。クリフには悪いけど、あんたでも勝てるかどうか分からないよ」

 

「クソ面白くねぇ話だ」

 

「問題ない。現段階で戦力差があったとしても、彼と戦う時に、その差が埋まっていればいい」

 

 言い添えたのは、アレンだった。

 

「……簡単に言ってくれるね?」

 

「容易ではないかもしれないが、やらねばならないなら、やるだけだ」

 

「…………確かにね……」

 

 ネルが釈然としない様子で顔をそむけた。アレンは相変わらずけろりとしている。ことの危険性を認識できているのか、さらには傍らのクリフまで、にっと口端を吊り上げていた。

 

「まあ、そう心配すんなよ! あの甲冑野郎はこの俺が絶対に叩き潰してやらぁ!」

 

「……アンタね……」

 

 分かってない、と思わず頭を抱えるネルに、フェイトが苦笑した。

 クレアが手を叩いて衆目を集める。

 

「まあまあ。話はそんな所にして、疲れているんじゃない? ――急いで準備させますので、食事にしましょう」

 

 彼女は上機嫌だった。

 

 

 

 ………………

 …………

 

 

 

 一通り食事を終えて、皆が落ち着いた頃を見計らったネルは、静かにフェイトに切り出した。

 

「やはり、協力はしてもらえないのかい?」

 

「まだ返事はできません。兵器を作りたくないという気持ち自体は変わっていませんから……」

 

 かといって、兵器の代案を立てられるわけでもない。

 国を守りたい――ネルやクレアの気持ちは分かったつもりだ。タイネーブとファリンが捕まった、あの時の取り乱したネルを見れば彼女の真意はよくわかる。

 しかし。

 顔を上げて、アレンを見やる。アレンは普段からそうしているのか、雑談中気配を消していた。いまもフェイト達のやりとりに耳を傾けているだけだ。話に入るつもりはない、と態度で表わすように両腕を組んで、わずかにうつむいている。フェイトは拳を握り締めた。

 そのフェイトの仕草を、決意と判断したのか、クレアは残念そうにつぶやいた。

 

「そうですか……。まあ、即答してもらわなくて構いません。王都に着くまでに心を決めてもらえばいいわけですから」

 

 すみません、と口の中でつぶやくフェイト。

 クレアの曇った表情は見ていて辛いが、そうそう容認できることではなかった。

 己を奮い立たせる。どこかに必ず、道はあるはずだと。

 対峙したネルが、言った。

 

「クレア、やっぱりシランドまでは私が同行するよ。……構わないかい、フェイト?」

 

 ネルの視線を受けて、フェイトは静かに瞳を閉じた。

 

 兵器開発の件。

 タイネーブとファリンの件。

 虐殺された、アペリス教徒達……。

 

 アーリグリフとの溝を埋めることは、容易ではない。それはフェイトが来る前から、すでに出来上がっていた溝だ。

 戦争を止める上で、一番の障害になるであろう両国の溝。

 これを解消できなければ、シーハーツか、アーリグリフ。どちらかの国の武力によって終結を迎えるしかない。

 アレンの言うとおり。

 

 ――たとえ、多くの命を救う結果に終わっても、戦争でどちらかの国が勝利したとき、多くの人間の自由は消えることになる。

 

 その言葉を胸に刻みながら、フェイトは瞼を開ける。

 この考えを、彼女に理解してもらわねばならない。彼女が納得できるよう、夢物語ではないと示さねばならない。シランドに、聖王都に着く前に。

 膝の上に乗った拳を握り締めて、フェイトはゆっくりとネルを見た。

 

「当然じゃないですか。それが貴方の任務でしょう?」

 

 アレンに誓った。

 意志と、信念を持つと。だから逃げるわけにはいかなかった。この困難から。

 表情を引き締める。対峙したネルは、無表情に首を振るだけだった。

 

「ああ、そうだったね」

 

 肯定とも、否定ともつかない、微妙な声音。それを耳にしながら、フェイトは小さく頷いた。

 ネルの言葉と、己の意志を、噛み締めるために。

 

 

 外に出ると、門前でネルが一同を振り返った。

 

「まずは北東のペターニという町まで行くよ。そこで補給をしてからシランドへ向かおう」

 

 言い放った彼女は、一同を見回して確認を取る。すでに大まかな地図は見せてもらっていた。二日も歩けば、目的地に着くはずだ。

 

「わかりました」

 

 答えるフェイトの声に、やや苦い色が混じった。シランドまでの道程、そのタイムリミットがここから始まるためだ。

 

「わかった」

 

 続くクリフは気楽なものだ。

 何も考えていないようにも見えて、彼もまたフェイトを試すように、すべての行く末を傍観している。それは彼と出会った頃から徹底して行われていることだった。

 同じく、傍聴していたアレンが、頷く。

 その三者を順に見渡して、ネルはクレアに向き直った。

 

「行ってくる」

 

「ええ……、いってらっしゃい。皆さんも、気をつけて」

 

「クレアさん達も」

 

 労わるようにフェイトが言うと、包帯まみれのファリンが、笑顔を見せながら両腕を振ってみせた。

 

「私達なら平気ですよ~」

 

 彼女に微笑を返すと、クレアがフェイトの前に立ち、一礼した。

 

「ネルのこと、よろしくお願いします」

 

 その別れの言葉を皮切りに、同じく包帯まみれのタイネーブが敬礼する。次いで、やや遅れたファリンも、同じように口を開いた。

 

「アペリスの導きがありますように!」

 

「アペリスのご加護がありますようにっ」

 

 重なる二人の言葉に、フェイトは小さく顎を引いて、アリアスの門をくぐった。

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