連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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66.それぞれの戦い

 惑星ストリームは、砂塵に満ちた荒野が広がっていた。そこでフェイト達を待っていたのは、おぞましい光景。――鮫のように尖った鼻先と、何対にも広がった鋭い翼。人間のような、上半身を持った黒い生物。

 執行者(エクスキューショナー)が横行する世界だった。

 

「予想通り、ゴロゴロいるわよ。皆、覚悟はいい?」

 

 執行者の群れを見据え、マリアは一同を振り返った。

 その時だ。

 連邦軍人二人の覇気が爆発するや視界が蒼と紅に――、そして白に染まった。

 

 ……ォオオオオ――……ッッ!

 

 音にもならない音が、ストリームを駆ける。朱雀の炎を纏った蒼竜と、鳳凰の炎を纏った蒼竜が混ざり、更に強大な龍と化す。

 ――金色の、巨大な竜に。

 惑星ストリームの、目につく場所にいた執行者達が、全て消滅していった。

 それを見据えて、狂人は言った。

 

「御託はいい。とっとと行こうぜ」

 

 ぽんぽん、とレーザーウェポンの峰で肩を叩く。アレンも、兼定を納めようとはしなかった。

 フェイトは一瞬、二人を見据えて悲しげに表情を曇らせたが――、表情を引き締めると、力強く頷いた。

 

「一気にタイムゲートまで行くぞ!」

 

「任しとけってんだ!」

 

「うん!」

 

 鼓舞するフェイトに、クリフとソフィアが頷く。と。クリフは、元々殺伐としたストリームの地表が、更に抉れているのを一瞥した。

 

「こっちにゃ、強力な助っ人もいるしな」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「これが……、タイムゲート」

 

 大地と、空。それ以外はなにもないこの惑星で、唯一、文明があったことを示す建造物。

 タイムゲート。

 フェイトは、その十五メートルほどの巨大な物体を見上げた。

 白い石のようなもので出来た、縦長い長方形の門だった。接合面も無い。これは元々こういう形の石だった、と言われれば納得してしまいそうなほど、人工的だが人工的ではありえない代物だった。

 門と言うより、巨大な鏡枠のようだ。

 クリフがアレンを一瞥した。

 

「間違いねぇよな?」

 

「ああ」

 

 頷いたアレンは、タイムゲートに歩み寄った。

 瞬間、

 

 ゴゴゴゴゴ……っ!

 

 地響きを立てて、タイムゲートの石が動いた。二重枠になっていた門が回り、上辺の石を中心に交差する。

 交差し開いた石枠が、映像を映し出した。背後に細かな字が流れ、いくつもの小さな映像が、早送りのようにくるくると変わっていく。

 フェイトは驚いたようにアレンを見た。

 

「お前……!」

 

「これは通常動作だ。誰が近付いてもこうなる」

 

 言ったアレンは、ソフィアを見た。顎に手をやったマリアが、頷く。

 

「コネクションの紋章遺伝子……。空間を繋ぎ、道を開くのは貴方、と博士は言っていたわね」

 

「でも私……、そう言われても、一体どうしたらいいのか……」

 

「……そうか。そりゃそうだよな」

 

 戸惑うソフィアに、クリフが頷いた。

 どうしたものかと思いあぐねる一向に、ソフィアが俯いてしまう。

 

「……ごめんなさい……」

 

「何だよ、お前が謝ることじゃないだろ?」

 

 フェイトが優しく笑う。ソフィアは顔を上げて、少しだけ笑った。やはり、申し訳なさそうに。

 アレンがタイムゲートと、そしてソフィアを一瞥したあと言った。

 

「タイムゲートは紋章に反応する。だから、多分――」

 

「……ソフィア。もうちょっとタイムゲートに近づいてみよう」

 

 アレンの言葉に続きを察したフェイトが、は、とした顔になってソフィアの手を引き、タイムゲートに近づいていく。

 と。

 

「あ……」

 

「どうした!?」

 

 フェイトが振り返ると、ソフィアは右手を、そ、と押さえていた。彼女の右腕に、紋章力が集まっていく。

 

「手が、熱いの……!」

 

「ビンゴ」

 

 アルフがつぶやくと同時、ソフィアは右腕を、タイムゲートにかざした。

 彼女の右腕に、紋章陣が宿る。

 

 キュィイイイイ……!

 

 集った紋章が、タイムゲートに向かって放たれた。

 

「きゃっ!」

 

 ドンッ、という小さな爆発音と同時、紋章がタイムゲートに放たれる。その反動で、ソフィアは尻もちをついた。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 フェイトが駆け寄る。すると、小さく頷いたソフィアが、自分の右腕を見つめていた。

 腕を囲うように、紋章陣が、まだ光っている。

 

「私……、一体……」

 

 紋章を受け止めたタイムゲートの画面が、投石された水面のように波紋を描いた。波紋は大きく揺れ、そして次第に――一つの、街を映し出す。

 揺れる街の映像を見つめて、クリフが参ったように肩をすくめた。

 

「オイオイ、なんだこりゃ?」

 

「FD空間だろ。ラインゴッド博士の理論が正しければな」

 

「いや、FD空間ったってお前……」

 

 忙しなく頬を掻くクリフに、フェイトが、いや、と力強く首を振った。

 

「たぶん、アルフの言う通りだと思うよ。……何となくだけど、感じる。ここがFD空間なんだ」

 

「私も……そう感じる」

 

「体の奥の何かが、そう言ってるんです」

 

 頷き合う三人を見、アレンはタイムゲートを見上げた。

 ――かつて、自分を十二年後の世界に送った門を。

 

「…………」

 

 目を細める彼に、フェイトが言った。

 

「行こう。この先に、倒すべき創造主がいるんだ!」

 

 フェイトの言葉に、アレンを始め、クリフ達が力強く頷いた。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

「……、ぅ……!」

 

 瞼を開けると、天井と――黒い影が見えた。じ、と影を見る。すると影は、あ、と声を上げた。人の頭だったようだ。

 ぼんやりとした思考の中、人――彼女が嬉しそうに笑うのが見えた。

 

「提督! 気がついたんですね!」

 

 ナツメだった。

 はた、と瞬いたヴィスコムは、質問しようとして――鋭い痛みに顔を歪めた。見れば、彼の胴を包むように、包帯が巻いてある。

 

「っ、ナツメ……。アクアエリークルーは……っ! アレン達はどうなったのだ!」

 

 痛みに脂汗を浮かべながらも、ヴィスコムが問う。すると、はた、と瞬いたナツメが、困ったように表情を曇らせた。

 

「え、っと……」

 

「危ない所だったわね。ヴィスコム提督」

 

 こつこつという(ヒール)音と共に、一人の女性が部屋に入ってくる。腰まで伸びた金髪が、透けるような白い肌の上で、彼女の歩調に合わせて軽やかに跳ねる。完璧な肢体と、完璧に整った美貌。彼女の額で第三の瞳が、双眸と同じ、琥珀色の光を放っていた。

 

 オフィーリア・ベクトラ。

 

 ジェネシス星系を統べる、若き宗主だ。こつ、とヒールを鳴らして、オフィーリアがベッド脇に立つ。シンプルな中にも高貴さを感じさせる黒いドレスのスリットからは、彼女の白く長い脚が覗いていた。

 

「現在、本艦は惑星ストリームから三万光年ほど離れた所にいるわ。貴方のアクアエリーが爆発する寸前、ウチのクルーが、アクアエリーの船首に居た全乗員を転送収容させたの。……もっとも、この(ル・ソレイユ)で息を引き取った者もいるけれどね」

 

 静かに語るオフィーリアに、ヴィスコムは俯き、頷いた。

 

「命を救ってもらって感謝するよ。ベクトラ嬢」

 

 礼を伸べるヴィスコムを、オフィーリアは堅い表情で制した。彼女の声音が落ちる。

 

「それよりも提督。貴方なら知っているでしょう? ……アレンは、船尾に居たの?」

 

「!」

 

 ナツメがびくりと顔を強張らせる。オフィーリアの瞳は、一切の誤魔化しを許さないように、ぴたりとヴィスコムを見据えていた。

 

「どうなの? 提督」

 

「アレンとアルフは特務だよ。我が艦が撃墜される前に、シャトルで惑星ストリームに向かわせた」

 

「ストリームに、ですか?」

 

 首を傾げるナツメに、ヴィスコムは頷いた。

 

「そうだ。そこに、執行者を送って来た元凶が潜んでいる」

 

「……入れ違い、というわけね。まったく……あの子と来たら、ナツメに言付けるだけで、私に挨拶も無く……!」

 

 忌々しげにオフィーリアが拳を握る。

 と。

 艦内放送が医務室に響いた。

 

[オフィーリア様。至急ブリッジまでお越しください]

 

「どうしたの?」

 

[……地球が、壊滅しました]

 

「!?」

 

 息を呑んだ三人は、思わず顔を見合わせた――……。

 

 

 

 

 タイムゲートの、FD空間の街に向かって跳び込む。すると視界が白く染まり――、映像の中の街に入った。

 視界が、開ける。

 地面の感触を得て、フェイトは腰の剣を一気に引き抜いた。剣を握ったまま、鋭く視線を左右に動かす。

 

「エクスキューショナーはどこだ!?」

 

 マリアが、銃のグリップを握りながら笑った。

 

「さあ……。とにかく、ここがFD空間のようね」

 

「なら、やる事は一つだ」

 

 つぶやくアレンも、抜き身の兼定を構える。が、視界に入ったのは、茫羊とした平らな街。文明は極めて高度だが、活気の無い街だった。

 

「きゃぁああっっ!」

 

 街の女性が、こちらを見据えて目を剥く。恐怖と言うより驚愕と言った方が正しい顔。彼女の声に足を止めた男性が、フェイトを不思議そうに見た。

 

「なんだ?」

 

「エターナルスフィアのディスプレイから、何か出てきたよ」

 

 男性の連れていた女の子が、きょとん、と瞬きながら言った。人が集まってくる。だが、まるで殺気が無い。誰もが不思議そうな顔をしているだけで、民衆に敵意は無い。

 アレンとアルフは、背後を振り返った。――そこに聳える、巨大画面(スクリーン)を。

 

「まさか、画面から……?」

 

 つぶやくアレンに、アルフはソフィアを見、笑った。

 

「味な真似するじゃん」

 

「あ、あの……」

 

 戸惑ったように、ソフィアが目を泳がせる。クリフは集まった人だかりを見据えて、眉をひそめた。群衆から、新手のパフォーマンスか? と首を傾げる声が聞こえてくる。

 

「オイオイ、敵の本拠地ってのはもっと緊迫感があるんじゃねぇのか、普通?」

 

「…………踊らされているのは、俺達だけと言うことかっ!」

 

 忌々しげに歯噛みするアレン。兼定を握る手に、力が籠る。

 アルフは肩をすくめた。

 その時だ。

 好奇の眼差しでこちらを観察する人の群れから、少年が走り寄って来た。

 

「ねぇねぇ、お兄さん達。今、エクスキューショナーって言ったの?」

 

 十歳くらいの少年だ。薄緑色の髪に、大人しそうな面立ち。どこにでもいそうと言えば、それまでの少年だが、『FD空間』という前提条件があるだけで、彼の無邪気さがどこか不気味だった。かと言って、少年も他の人間同様、敵意や殺気を持っているわけではない。

 ――本当に、『普通』の少年だ。

 フェイトは相手の意図が読めないまま、歯切れ悪く頷いた。

 

「あ、ああ……。君は一体……?」

 

 問うと、少年は嬉しそうに笑った。

 

「僕はフラッド・ガーランド」

 

「そんなことを聞いてんじゃねぇんだがな」

 

 険を含んでつぶやくクリフに、少年・フラッドは慌てて手を左右に振った。

 

「あ、大丈夫、大丈夫! 僕は敵じゃないからさ。ウチにおいでよっ。多分、お兄さん達の知りたい事が分かると思うんだ」

 

「………………」

 

 アレンとアルフの瞳が冷える。途端、少年はひっと息を呑んだ。笑顔だった彼の顔色が、一瞬で蒼白に変わる。いくつもの死線をくぐり抜けた軍人の殺気だ。フラッドが恐怖するのも無理は無い。

 カタカタと震え出す少年に、クリフが嘆息した。

 

「ま。こんな子供に、俺達をどうにか出来るとは思えねぇがな」

 

「ええ。それに情報を集める必要はあると思うわ」

 

 マリアは制するように、アレンとアルフを一瞥した。数秒。アレンは少年から背を向け、アルフは小さく肩をすくめて殺気を解いた。

 アクアエリーの事で、感情的になっているのだろう。

 惑星ストリームからこちら、ずっとこの調子の二人を、フェイトは咎められなかった。

 

「……行ってみよう。どうやら、この子はエクスキューショナーについて何か知っているみたいだし。多少の危険は承知でいかないと」

 

 フラッドを見据え、フェイトが言うと、クリフが頷いた。

 

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってやつだな」

 

「二人も、それでいいでしょ?」

 

「ああ」

 

 問うマリアに答えたのは、背を向けたアレンだった。

 ソフィアが心配そうに、アレンとアルフを見る。ごくりと息を呑んだ少年・フラッドは、フェイトに向かって言った。

 

「早くしないと、セキュリティサービスがやってきちゃうよ! 早く、早く!」

 

 フラッドが走り出す。フェイト達も彼の後に続いた――。

 

 

 

 

 惑星ストリームから、オフィーリアはすぐにテトラジェネシス第一衛星に向かうこととなった。

 ジェネシス星系と、その他周辺惑星の重鎮と会合し、今後の指針を決める為だ。

 別動隊として艦を降りたナツメは、今、第五宇宙基地・ムーンベースに来ていた。ここで執行者の解析を進めているラインゴッド博士と連絡(コンタクト)を取るのが、彼女の仕事だ。

 

 第五宇宙基地・ムーンベース。

 研究施設を中心とした地球の衛星基地は、研究所の多い研究エリアを囲むように、娯楽エリアと居住エリアがある。機密保持のため、博士達のいる研究エリアには、居住-娯楽エリアから徒歩で向かうしかない。

 まだ十にも満たない年の頃、アレンと一緒に訪れた場所を懐かしむように眺めながら、ナツメは研究エリアに向けて駆け出した。

 

(早く、みんなと合流しないと!)

 

 執行者の猛威は、すぐそこまで来ている。いつもは人で賑わう通路も、今は皆、避難所にいるのか。人っ子一人見当たらなかった。

 ――その時だ。

 

 べしっ!

 

「痛っ!?」

 

 突如、背中に衝撃が走り、ナツメは前のめりに倒れた。痛たた、と呻きながら背中――腰の辺りをさする。少女が不思議そうに周りを見渡すと、少し離れた所に、自分を打ったと思われる石が転がっていた。十センチ大の小石だ。

 

「……石……?」

 

 ――この、ムーンベースに?

 首を傾げた瞬間。頭上から、声が降った。

 

「覚悟しなさいっ!」

 

 高い声だった。ナツメは顔を上げる。すると、誰も乗らないような巨大コンテナの上に、人がいた。

 びしっ、とこちらを指差している。

 その『人』は言った。

 

「あんた達がやってきたおかげで、アタシ達の公演がまた潰れちゃったじゃないのよっ! 稼ぎが減って、お~損だわっ! さあ、どうしてくれようかし――って、あれぇ?」

 

 女の子だった。銀色の長い髪を、高い位置で左右に結っている十二歳ぐらいの女の子。百三十センチの小さな身体を、目一杯動かして、彼女は怒りを表現した。褐色の肌に長い銀髪が良く映える。痩身の彼女はしかし、ナツメを見ると意外そうに目を丸め、首を傾げた。ナツメも同じ顔で尋ねる。

 

「え、っと……どちら様ですか?」

 

「あれれれ~? どうして~!?」

 

 女の子――スフレ・ロセッティは、呆気に取られたように何度も翡翠の瞳を瞬く。が。すぐに正気に戻ると、ぱんっ、と両手を合わせた。

 

「ご、め~んっ! アタシ、てっきり君が避難勧告の総元だと思ったから……。ホントにごめんねっ!」

 

 すまなさそうに謝るスフレに、ナツメは不思議そうに、はぁ、と頷いた。

 

 ――十分後。

 

「ふ~ん……、そんなことがあったんだねっ」

 

 得心が言ったように、スフレが頷く。彼女の身体がふわりと動くと、両足の靴の甲についた鈴が、しゃんしゃんと鳴った。動きやすそうな薄手のピンク色の衣装に、背中と両手首に伸びる赤いケープ。

 どこか浮世離れした服装だと、ナツメが思うのも当然で、スフレは『ロセッティ一座』というサーカス団の団員ならしい。

 

(……ん? ロセッティ一座……?)

 

 ナツメは首を傾げながら、そう言えば誰かがそのサーカス団のファンだったような……と、しばらく思案した。

 思い出せないまま、スフレに連れてきてもらったのは、今、ムーンベースにいる人達が固まっている避難所だ。スフレの話から推測すると、急に避難命令が出て、ここに閉じ込められたらしい。

 地球はすぐに破壊されてしまったが、月はまだ執行者の手が本格的に伸びておらず、無事だったのだ。まさに幸運と言わざるを得ない。

 スフレ達一般人には、『執行者』のことはまだ伏せられているようだった。

 ナツメは『執行者』という言葉だけを伏せ、ムーンベースの研究エリアにいる、博士達を訪ねていることを話した。

 

「ええ。ですから、私は急いで研究エリアに行かねばならないんです。ところで、スフレさん、でしたよね。お嬢さんはどうしてこちらに?」

 

 問うと、避難所のコンテナの上に、ぴょんと飛び乗ったスフレは、にんまりと笑った。

 

「アタシ達は当然、公演をしに来たんだよっ♪ だけど、その準備してたら急に避難勧告が出てさっ。こんな所に押し込められたってわけ。――で。ムシャクシャしたから、避難勧告の元にでも一発くれてやろうかと思ったんだよねっ☆」

 

「……んな、無茶な……」

 

 少しも悪びれた様子無く、えへへ、と笑うスフレに、ナツメは困ったように眉根を寄せた。民間人の不安を和らげる為に『執行者』の名を伏せたのが、逆に災いしたケースだ。連邦の宇宙基地が既に、十数個破壊されている。それを画面越しとは言え、目の当たりにしたナツメの表情は暗かった。

 スフレの行動は、無謀としか言いようが無い。だが彼女は、そんな危険など歯牙にもかけず、ナツメを見上げて笑った。スフレはコンテナの上から、ぴょん、と飛び降りる。

 

「でもさ。何もしないよりはいいと思ったんだ。何か悔しいじゃん? やられっぱなしってのはさっ」

 

「そりゃあ、そうですけど……。危険なことには変わりはないんです。スフレさんはこれ以上動いちゃダメですよ! 大人しく、ここでじっとしてて下さいね」

 

 めっ、と人差し指を立てて、言い聞かせるようにナツメが言うと、スフレは不服そうに視線をそらしながらも、

 

「うん……」

 

 とだけ、頷いた。

 

 

 

 

 高速航宙艦を降りるなり、颯爽と歩き出したオフィーリアは、すぐさま軍法会議所へと向かう。列席者は既に顔を揃えていた。彼女は小さく頷き、議長席に座る。

 オフィーリアを除き、全員が五十代中盤以降の大物政治家だ。オフィーリアの二倍、三倍の年を重ねた彼等を相手に、彼女は少しも臆さず、口火を切った。

 

「既に聞き及んでおられるように、現在、この銀河には未曾有の混乱が押し寄せています。銀河の2/3を掌握する一大勢力。銀河連邦の総本拠地、地球が殲滅したのはつい先日であり、この先、連邦が今までのように戦線を率いるのは非常に難しいでしょう。故に私は、テトラジェネシス宗主として、我々こそが、残存勢力の旗となる事を提案します。――反対者は立席下さい」

 

 作り物のように整ったオフィーリアの表情は、酷く冷たかった。政治家としての、彼女の顔。琥珀色の三つ瞳が、列席者達をずらりと見る。周辺惑星の重鎮は渋い表情のまま、互いの顔を見合わせていた。

 それも束の間。

 彼等は一様に俯くと、一人の男が席を立った。惑星ミトラのカナド首相だ。今年で八十近いベテラン政治家を前に、オフィーリアは薄く眼を細めた。

 

「オフィーリア嬢。卿の勇気は賞賛に値するかも知れぬ。しかし、連邦の総本山である地球すら抵抗し切れなかった巨大艦隊。付け焼刃の連合軍でどうなるものでしょうや?」

 

「おっしゃる通りです、カナド首相。ですから私は、このテトラジェネシスに連邦残存兵力と、我等の軍勢力全てを集結し、執行者に対して総力戦を挑むつもりです。連邦最強の戦闘艦、アクアエリーが撃墜される寸前に収集したデータによれば、執行者とてクリエイション砲を前には無事では済みません。撃退は可能なのです。無謀とお思いでしょうが、正攻法で戦っても、我々がエクスキューショナーに勝つ算段はありません。持久戦に持ち込み、敵データを収集する間に、億を超える兵士が、民が死んでいくのです。ならば、あって無きが如き守りより、少しでも兵力を増強して敵殲滅に乗り出すのが得策でしょう」

 

「果敢な事だ。……しかし、それが適わなかった場合はどうするのです? 無駄に被害を広げるだけだ。何の益も無い。そうは思いませぬか?」

 

 問うカナド首相に、オフィーリアは嫣然と見返した。これ以上無いほど社交的な笑みを。

 

「では。閣下は、前線の兵にこうおっしゃられるのですか? 『我々は安全な所で戦いを見守っている。解決策はない。だが、お前達は足止めの為に鉄箱で殉職せよ』と。執行者は連邦艦の『攻撃力』『防御力』『速力』のどれをとっても上を行く相手。後手に回っては、殺されるだけ。我々の技術の粋を極めた地球が、あのアールディオンが、あっさりと陥落したのをお忘れではないでしょう?」

 

「しかしオフィーリア嬢。カナド首相の仰ることも一理あります。わざわざ蜂の巣をつつくことは……」

 

 ざわざわと、列席者が騒がしくなる。

 オフィーリアは、口を挟んできた五十がらみの男を、視線で、すぅ、と射抜いた。

 

「こうしている間にも、兵士が、各惑星に住む民が、深刻な被害を受けているのです。観測官の話によれば、このセクターηに執行者が到着するのも時間の問題。この強大な敵を前に、我々以外の誰が、国民を導くというのです? こちらに攻撃してこないかも知れないから大人しくしろと、誰に仰られるのでしょう?」

 

 議長席の机を、ダンッ! と強かに打ったオフィーリアは、列席者達を睨むように目を細めた。

 元々整った顔立ちの彼女は、老齢の政治家達の中では異彩を放っている。『カリスマ』とでも言うべき、圧倒的空気に、思わず列席者は息を呑んだ。

 議長席から立ち上がったオフィーリアは、琥珀色の瞳を列席者達に向けた。

 

「いい加減、覚悟を決めなさい。私達には、星を背負う義務がある! 決断の遅れは兵と戦力を無駄に削ぐことになるわ! 戦力が減れば残るのは虐殺。万の民が命を落とす。――さあ、もう一度(・・・・)聞くわ(・・・)

 

 オフィーリアの厳しい眼差しに、列席者達の表情が固まる。皆、一様に同じ顔をしていた。オフィーリアがここに到着するまでに、身内で打ち合わせていたのだろう。

 彼等はオフィーリアから視線を外すように、互いの顔を見合わせた。

 その時だ。

 

「他の民を見殺しにしてでも出来るだけ奴らから逃げるのか。それとも、巻き込まれるのを承知で、全員玉砕覚悟で他の民と連結して戦うのか――ですか。嬢も、うまいこと言われるようになりましたな」

 

 不意に、列席者の中から七十くらいの老爺が口を開いた。

 エルフのように耳が長く、落ち着いた風情の男だ。

 垂れた皺は幾層にも重なり、男はその割に精悍な、青色の瞳をオフィーリアに向けると、好々爺の笑みを顔いっぱいに浮かべた。

 樫の杖に両手を乗せて、彼は、ほっほ、と小さく笑う。

 オフィーリアは視線から、す、と険のある凄みを薄めた。

 

「それは、私の意見に賛同して頂けると言うことかしら? レージス卿」

 

 レージス卿――惑星レージスを束ねる老爺は、今年で300歳になる超高齢の政治家だ。

 かつてのエストーク星系に比べれば微量ではあるが、無抵抗アルミニウムが採掘できる星として、連邦内でも発言権が強い。

 レージスは嬉しそうにオフィーリアを見ると、何度も頷いた。

 

「我がレージスは、研究員の弾きだした可能性を熟慮し、元より抗戦を決議しておる。……皆様はいかがなものかな?」

 

 造反だった。

 目を丸くするカナド首相を始め、会議場にざわめきが広がる。

 と、

 

 ぱちぱちぱち……、

 

 一人の議員が、オフィーリアとレージスを支持するように拍手を始めた。

 

 パチパチパチッ……!

 

 更に一人。二人、

 

 パチパチパチパチッ!

 

 三人。四人……雨のように降り始めた拍手に、カナド首相は信じられないものを見るような目で、一同を見渡した。

 ――だが。

 彼は、ぐ、と息を呑むと、忌々しげに拳を握り締めた。

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