「どうやるんだ、こいつぁ?」
巨大な円形機器が、部屋の壁をくり抜いて備え付けられていた。モーターなのか。それはゴゥンゴゥン……と、けたたましい駆動音を立てて、くるくる回っている。あの巨大な装置を動かすのだろうか、と首を傾げたクリフは、ソフィアの、あ、と言う声に背中を振り返った。
「あそこのデバイスで、設定操作するみたいですね」
「ああ……、あれか」
アルフも頷く。ソフィアが指したデバイスは、三十センチほどの水晶球を埋め込んだ、不思議な装置だ。
マリアが装置に近づいてみると、彼女が水晶球の前に立った途端、装置の左右から板状の天板が伸び、弧を描いてマリアの背後で繋がった。
どうやら、椅子だ。
マリアは腰掛け、デバイスを動かしてみた。
ピピピッ……、
適当に入力する。
が、
「……ダメね。認証ディスクを要求してきたわ。元々登録されていないと、ここでプレイは出来ないみたい」
「マジか?」
クリフが眉根を寄せる。マリアの後ろから様子を窺っていたアルフも、お手上げ、と言うように肩をすくめた。――まず、文字が読めない。マリアには別言語のように見えているようだが、アルフの眼にはまったく未知の、別文化の記号文字でしかない。
「くそっ! せっかくここまで来たっていうのに……!」
「フラッドにもらったディスクはどうなんだ?」
アレンの問いに、フェイトは、はた、と瞬いて、預かったディスクをポケットから取り出した。
「確かに! 試してみる価値はありそうだ。マリア!」
彼女に手渡すと、マリアは頷いて、水晶球の中央――ディスクを入れる凹みに、フラッドからもらったIDを差し入れた。
ERROR画面で停止していた水晶球が、新たな情報を映し出す。マリアの口端が緩んだ。
「OK、いけるわ!」
新たに入力を開始する。だが水晶球はすぐに、またERRORの文字を出現させた。
「……ダメ」
マリアは首を横に振る。すると、一同の不安げな眼差しが彼女に注がれた。――実際に、水晶球に映った文字を『ERROR』と認識できる人間は、マリアだけだ。他の人間には、FD人による異文化の文字でしかない。
「どうした?」
「認証出来たんだろ? 何がダメなんだ?」
クリフとフェイトが問う。後ろを振り返ったマリアは、表情を曇らせたまま、もう一度首を横に振った。
「フラッドの言う通りよ。銀河系はロックされていて、入れないみたい」
「っ!? それじゃあ、連邦には……!」
息を呑むアレンに、マリアは暗い表情のまま、俯いた。
フェイトが拳を握る。
「くそっ! どうすればいいんだ?」
こうしている間にも、執行者の猛威は続いている。そう考えると、歯痒さが増した。
「すみません……。ちょっといいですか?」
その時。
ソフィアがおずおずと近づいてきた。自信無さ気に一同を見やるソフィアを、皆が皆、困惑の表情で見つめる。
「え? ああ。かまわないけど……」
ようやく平静に戻って、マリアが席を退けると、ソフィアは水晶球の前に立った。水晶球をおずおずと眺め、その表面に、そ、と触れる。
瞬間。
――ばつんっ!
回線が切れたような音が響いた。びっくりして、ソフィアが身を強張らせる。途端、ERROR画面で止まっていた水晶球が、猛
「これは……、どうして!?」
「どうした?」
クリフが問うと、マリアは画面を見つめたまま、首を横に振った。呆気に取られたように、彼女は珍しく口を開けている。
惚けた様子で、彼女は言った。
「信じられない。開発者用のページにアクセスしてる……」
「やるじゃん」
アルフは片眉を上げ、ソフィアを見る。視線の合ったソフィアは、恥ずかしそうに俯いた。フェイトが訝しげにマリアを見る。
「なんだって? どういうことだ?」
腕を組んだマリアは、ソフィアを見据えた。
「あなたが触れたことが原因としか考えられないわね。ねえ、どうやったの?」
「えっと、その……触っただけなんですけど。なんとなく、その、タイムゲートの時と同じかなあと思って……。一生懸命、銀河系に行きたい、行きたいって考えて……。その……すみません」
ぺこりと頭を下げるソフィアに、フェイトは得心がいったように頷いた。
「コネクションの……空間を繋ぐ力か。まさか、こっちの空間でも効果があるなんてね」
「礼を言う。エスティード嬢」
「……あ、いえ……」
話しかけられると思わなかったのか。アレンにふるふると首を振ったソフィアは、困ったようにフェイトを一瞥した。
画面を見据えるマリアの表情が、力強くなる。
「まあ、いいわ。とにかくここまで侵入出来れば、後は私の力で何とかなると思う。情報を書き換えて銀河系にアクセスするわ」
「すまない。トレイター代表」
「気にしないで」
画面を叩き始めながら、マリアが答える。フェイトも画面を覗き込んで見たが、やはり何が画面に書かれているのか、さっぱり分からなかった。
水晶球に映ったマリアの瞳が、ちらりと水晶越しにフェイトとアレンを見る。
「銀河系のデータは見つけたんだけどね。私達のデータの登録にもう少し時間がかかりそうなの。悪いけど、しばらく待ってて。普通にこのゲームを作動させるだけなら、こんなに手間はかからないんでしょうけどね。もしも、あのフラッドが言った事が全て本当だったとしたら……。私達が私達のままで存在する為には、私達全員のDNAを正確に打ち込まなきゃならないのよ」
「分かった」
頷いたアレンは、踵を返した。
少し離れた所に立ったクリフが、にんまりと口端を緩める。フェイトは首を傾げた。
「マリアの打ち込み速度はハンパじゃねえぞ。恐らく宇宙で二番目じゃねえか?」
軽口を叩いてくるクリフに、フェイトは肩をすくめた。
「へぇ……。じゃあ、宇宙一は誰なんだよ?」
疑いの眼差し。
それを受けたクリフは、フッ、と鼻で笑いながら、首を横に振った。
「チッチッチッ。この俺じゃねぇコトだけは確かだ」
「違うのかよ……」
脱力したフェイトが、やれやれと溜息を吐く。すると、逆サイドにいたアルフが、データを打つマリアを見据えながら、言った。
「
「多分ね……」
フェイトが頷くと、アルフは腕を組みながら、ふぅん、とつぶやいた。
「思ったより万能みたいだな。ラインゴッド博士の研究は」
「アルフ」
咎めるように、アレンがつぶやく。それを、フェイトは制した。
「いいよ。ホントの事だし。こうなったからには便利な能力だし、ね」
「お前のは凡庸性低そうだけどな」
「うるさいな」
痛い所を突かれて、フェイトは口端を引きつらせた。傍らのアレンを見る。
「アレン。お前は大丈夫なのか?」
努めて平静になろうとしているアレンに、問う。すると、小さく苦笑した彼は、視線を落とした。
「さあな。……だが心配無用だ。ありがとう、フェイト」
相当アクアエリーの件が効いているのだろう。いつになく弱々しい彼の顔に、フェイトも表情を曇らせた。
嘆息したアレンが、す、とソフィアを見やる。
「俺よりも、お前には幼馴染を支える仕事があるだろう? 行ってやれ」
「……ああ」
観念したように肩をすくめたフェイトは、アレンから踵を返した。
所在なさそうにしていたソフィアが、フェイトの接近に表情を緩める。だが表情は不安そうに曇ったまま、彼女はデバイスに向き合っているマリアを見つめた。
「マリアさん、大丈夫かな? もうちょっと私が巧く自分の力を使いこなせれば良かったのに……。自分の力がカギになっていたのに全部マリアさんにお任せなんて、ちょっとカッコ悪いよね」
「そんなことないよ。最初からうまくできる奴なんて、そうはいないからさ」
ぽん、とソフィアの肩を叩くと、彼女は顔を上げて――、小さく頷いた。
――そして、
マリアは、ぽんっ、と一つ、パネルを大きく叩くと、笑顔で皆を振り返った。
「OK……! 完了よ。どこに行ってみる?」
アレンとアルフが、無言でフェイトを見る。それに続いて、ソフィアがにこりと笑った。
「どこでもいいよ、私は」
「ミラージュ達は何やってんだろうな? ……エクスキューショナーにやられてなきゃいいんだが」
がしがしと頭を掻くクリフが、更にフェイトを見る。量らずも、一同の視線が集中したのを受けて、フェイトは、そうだな、とつぶやいた。
「……マリア。どこに行けそうなんだ?」
「ディプロは動いているから無理ね。惑星ストリーム、エリクール二号星、ムーンベース辺りなら、すぐに転送可能よ」
画面を見ながら答えるマリアに、フェイトは顎に手をやった。
アレンが言う。
「ムーンベースなら、博士たちが執行者の研究を進めているはずだ」
「エリクール二号星も捨てがたいぜ?
続くアルフに、フェイトは首を捻った。執行者対策か。戦力増強か。悩むところだ。
ムーンベースなら、執行者の侵攻具合も分かる筈だが――。
アルフの言葉に、アレンが眉をひそめた。
「待てアルフ。その理屈だと、ロジャーまで巻き込むことになる」
「いいじゃん。あいつ使えるし」
「……お前な」
半眼になるアレンに、アルフは肩をすくめた。連邦軍人だが、『保護条約』は気にしない二人らしい。
フェイトは嘆息した。
「そうだなぁ……。どうしたもんか……」
「エリクール二号星に行ってみるのね? OK、そこにしましょう」
「え? マリ――……」
フェイトが不意をつかれた瞬間。
彼等の視界が、急に白くなった。
「きゃっ!?」
ビリッ、と若干の痺れが、彼等を襲う。
白い世界から、ゆっくりと瞼を開けると――、
だだっ広い、赤茶けた大地が、目の前に広がっていた。
「ここは……」
「カルサアだな」
フェイトのつぶやきに、アルフが答える。ごつごつとした岩肌。赤茶色い大地が広がるこの平野。間違いなく、カルサアの丘だ。巨大な岩石が多いため、見晴らしは良くない。かつて、ネルと共に通り抜けたカルサアの丘を見渡して、クリフは、ぱん、と額を叩いた。
「参ったな。タイムゲートを介さず、こっちに帰って来れるとは……」
「信じられない……」
続くソフィアも、息を呑む。狂人は軽く肩をすくめた。
「いいじゃねえか。楽で」
アレンが少しだけ、複雑そうに目を細める。
マリアはカルサアの丘に一歩踏み出し、景色を見据えて、振り返った。
「こうなると、フラッドの言う事を信じないわけにはいかないみたいね」
観念したような彼女の口ぶり。嘆息混じりにつぶやくマリアに、ソフィアが不安そうに顔を歪めた。
「じゃあ本当に、私達は彼等の作り出したプログラムだと言うんですか?」
「この状況を見るとね。そう考えるしかないでしょう?」
逆に問い返すマリア。
フェイトは俯いて嘆息した。
――やはり、認めたくない。
自分の存在が、消えてしまうようで――。
「やはり、僕達は作り物だというのか……」
それでも認識しなければならない苦痛に、フェイトは歯噛みする。するとマリアが、カルサアの丘を見渡しながら、言った。
「そうよ。でもね。作り物だとしても、私達は生きている。それもまた事実でしょ? 私達が現実だと思えば、それは私達にとって現実であり、真実なのよ」
「…………」
フェイトは顔を上げる。彼女の言わんとする事――、それは例え本質はシミュレータであっても、キャラクターであっても、『自分』は、『自分』以外の何者でもないと――そう『自覚』しろと言う意味合いだ。
揺れるフェイトの瞳を見つめて、ソフィアは静かに微笑うと、彼の手を取った。
「感じる事を素直に信じる。……信じる道を進もうよ、ね?」
暖かな、柔らかなソフィアの手。その手を見つめて、フェイトは目を閉じた。
――この手までもを、『作り物』と、想いたくない。
その想いが、一番強かった。
顔を上げたフェイトが、小さく苦笑する。
「ああ……。そうだな。どっちにしても、このままじゃ終われない。僕らを送り出してくれた皆のためにも」
「うん」
ソフィアが嬉しそうに頷く。彼女もまた、フェイトを慰める事で自分を確かめるように。
クリフが、ガンッ、とガントレットを弾いた。
「そうだ。俺達にはまだ出来る事がある。クソふざけた創造主をぶっ潰すって大仕事がな!」
「ま。存外張り合いが無さそうだけどな。あの空間だと」
肩をすくめるアルフに、フェイトは苦笑した。
「……それは、そうかもな」
「でも……。私達で本当に、創造主であるFD人を倒すことが出来るのかな?」
ソフィアが不安げに問いかけて来る。それに答えたのは、アレンだった。
「問題ない。俺達は既に、あそこのセキュリティサービスを倒している。創造主に致命傷を与える事は出来るはずだ。――必ず、倒してみせる……!」
「うん。そうですよね。……がんばらなくっちゃ!」
ぎゅっ、と両手を握るソフィアに、フェイトは力強く頷いた。
「ああ!」
「――と。まあ、建前はこれくらいにして」
突如、話を切り出したアルフは、フェイト達を振り返って言った。
「悪いけど。俺は用があるんで、この辺で失礼するぜ」
「――へ?」
一同が、反射的にアルフを振り返る。アルフは構わず、懐から遠隔捜査器を取り出すと、それを調節しながら手を振った。
「じゃ」
つぶやくと同時、彼の足元に紋章陣が展開する。
――
瞬く間に文字通り、姿が見えなくなったアルフに、一同は顔を見合わせた。
「え、っと……」
フェイトが所在なくアレンを見る。険しい表情を浮かべたアレンは、ハッと眼を見開いて忌々しげにつぶやいた。
「あいつ、衛星をまだ回収してなかったのか!」
「どういうこった?」
問うクリフに、アレンは深い溜息の後、説明した。
「以前、アルフはエリクールに到着する際、
「それであいつ、エリクールに来たいって言ったのかな?」
「と、思う。妙に積極的だったから、おかしいとは思ったが……」
アレンはもう一度、溜息を吐いた。クリフがやれやれと言いながら頭を掻く。
「しゃあねえ。あいつが戻ってくるまで、しばらくは自由行動だな」
「いいのか?」
「一応、頼りにしてるんでな。お前ら二人の戦力は」
「……すまない」
「気にすんなって」
言ったクリフは、アリアス方面へと歩き出す。
ところを、
パシュィンッ……!
マリアのマイクロブラスターの光弾が走った。高速のレーダーが、クリフの髪を二、三本さらっていく。
「うぉっ!?」
後一瞬、クリフの反応が遅ければ、危ない所だ。下手をすれば、脳が飛んでいた。
無言のまま、クリフが振り返る。――空気が、凍った。
「…………」
一同の視線がマリアに集う。すると、彼女は髪をさっと?き揚げて、マイクロブラスターを腰のホルスターにしまった。
「カルサア修練場に行きましょ。アルベルを戦力に加えるなら、そこに居る筈よ」
颯爽と踵を返して歩き出すマリアを見据えて、フェイトは思わずつぶやいた。
「仁義なき頂上決戦は、まだ終わってなかったのかっ……!」
「なんの話だ、フェイト?」
劇画タッチの濃厚な影を落とすフェイトに、アレンを始め皆、要を得ずに首を傾げている。
そんな彼らを振り返って、フェイトはただ、優しく微笑んだ。
……………………
第五宇宙基地・ムーンベース。
十二階層からなる宇宙基地の、居住エリア西部を抜けて、ナツメは研究エリアに差しかかっていた。
――その時、
[イントルーダーアラート、イントルーダーアラート。当施設内に侵入者を確認]
ナツメは足を止めた。オートコンピュータの施設内放送が、警告音をけたたましく鳴り響かせる。ナツメは、
「っ」
鋭く、目の前の敵を見据える。
と。
『侵入者』は、そこにいた。
「天……使?」
『侵入者』を見つめて、ナツメはつぶやいた。
僧侶のような法衣を着た『女性』だ。
背中に三対の羽根があり、宙に浮いている。
『侵入者』はナツメを見下すように、顎を引いた。美しい顔だが、目は固く閉じられて、人と言うよりも彫刻のようである。
『それ』は言った。
〈我は執行者の代弁者。貴様らを滅すべき存在なり〉
合成された、機械音声のような『声』が響く。途端。ナツメの背に悪気が走った。
一息で
『侵入者』――代弁者と名乗る『彼女』は、喋る時も口を開かない。
〈執行者は穢れた世界を浄化する存在、
「……他の人には、手出しさせません!」
ナツメは鋭く言い放ち、地を蹴った。
羽音を立てて、代弁者の翼が広がる。
――寒気。
「っ!」
ナツメは左に飛んだ。瞬後、
ズァッ!
空間が、X字に切られる。ナツメに見えたのは、眩い光が閃光のように散った様。空間を切断したそれが何であったのか、彼女は着地してから気付いた。
――翼だ。代弁者の。
(ケイオスソードっ!?)
寸前を過ぎた代弁者の疾風に、ナツメは目を見開く。『ケイオスソード』は、神速で刃を振る事によって出来る衝撃波に、自らの『気』を乗せて放つ技だ。
代弁者による攻撃は、『気』のような感覚では無かった。が、風と形容しきれない『何か』が、ケイオスソードの放つ気配と似ていた。
ナツメの額に、汗が滲む。
(――強い!)
確信した瞬間。代弁者が翼を広げ、くるりと回った。
ぱぁあああ……!
代弁者を中心に、地面に巨大な紋章陣が浮かび上がる。ナツメは舌打ちし、紋章の中心にいる代弁者に向かって踏み込んだ。
「クロスラッシュ!」
が。
紋章の方が早かった。
ナツメの剣と刀が、代弁者の一寸前を過ぎる。――地面から湧いた、数百の光の粒子――その一つを、空しく切り裂いて。
同時。
ズドドドドァッッ……!
紋章から湧く『光』の威力に、ナツメは目を見開いた。
「ぐ、ぁああ、っっ!」
直撃。
体を貫くような激痛。人の頭ほどの『光球』が、人間の五感をまるごと焼き切り――引き攣られるような痛みが全身を走る。
ナツメの手から、刀と剣が落ちた。
からんっ、っっ……
代弁者が優雅に、すぅ、と眼前にやって来る。
地面から二十センチほど宙に浮かんだ彼女は、接近する時も衣擦れの音一つ響かせない。
「…………っ!」
ナツメが睨み上げると、『彼女』は能面のような顔を、にぃ、と引きつらせた。
――『微笑』だ。
分かった途端、ぞくりと総毛立った。あまりにも酷薄な、残虐な代弁者の顔。
(……やられるっ!)
代弁者の閉じた目を見据えて、ナツメは思った。地面に垂れた両腕に力をこめる。が、とても刀を握れる状態では無い。
(アレンさんっ! アルフさん……っ!)
ナツメの脳裡に、二人の顔が浮かんだ。
――ダメです! 国の為だって、軍の為だって……死んじゃダメです!
――俺を殺せる奴がいれば、の話だろ。
――生還するのも、軍人の務めだ。
『戦死』について語った時の、二人の微笑った顔。
アレンもアルフも、諦めたりはしない。
どれほど過酷な環境であっても。
どれだけ不利な状況であっても
だから――、
「っ!」
ナツメは歯を食いしばり、代弁者を睨み上げた。
――……ギィインッッ!
金属の弾ける音が、ムーンベースの研究エリアに響く。
振り下ろされる、代弁者の翼。それを受け止める刀と剣を、強く握りこんで、ナツメは両腕に力を込めた。
「っ……ぉをっ!」
キンッ!
乾いた音を立てて、代弁者の翼を押し返す。
と同時。
彼女は内にある『気』の全てを、刀と剣。双方の刃に集約させた。
「生きるんだ……。私は、生きるっ!」
刀に炎が、
剣に氷が、宿る。
代弁者の身体も、時を同じくして輝き始める。
『気』を、全力を込めて、ナツメはその技を放った。
「双龍破ぁあっっ!」
いま自分に放てる技で、最高の攻撃力を誇るものを。
交差させていた刀と剣が、X字に振り切られる。
同時。
――グォァアアアアアアッッ!――
刀から炎の魔龍が、剣から氷の魔龍が奔った。
ナツメ自身も驚くほど綿密に練り上げられた『気』の龍。
赤と青の双頭の魔龍が、大口を開けて代弁者を呑みこむ。
〈ウァアアア……!〉
機械音声を上げて、代弁者が龍に呑まれる。
ムーンベースの建造物をもあっさりと射抜くほどの強力な魔龍は、代弁者をムーンベースの床に磔にしていた。
瓦礫に埋もれるようにして倒れた代弁者が、ぴくぴくと動く。機械(オート)人形(マタ)なのか、痙攣する代弁者の節々から、火花のようなものが散っていた。
〈我ハ執…こウ…者のダい弁シャ……。ヲろカ者どモニ死を、消滅ヲ……永遠の地獄を……〉
代弁者は接触の悪い機械音を立てながら、立ち上がる。ナツメは腰溜めになって剣を構えながら、鋭く代弁者を見据えた。
翼を広げる代弁者。
ナツメは間合いを計る。
と。
「てぇええいっ!」
べしっっっ!
鈍い音を立てて、代弁者が前のめりに倒れた。ナツメが、わずかに目を見開く。
倒れた代弁者の先に立っていたのは、アルフと同じ銀髪の少女、スフレ・ロセッティだった。
「フン! ざまあないよねっ!」
得意げに胸を反らす彼女の前で、代弁者が光の粒になって消えていく。ナツメは、光が完全に消え去っていくのを見届けてから、
少女――スフレ・ロセッティに向き直る。
「ス、スフレさん!? どうしてここに……っ!」
「やっぱりじっとしてらんなくって。それにナツメちゃん。研究エリアに行くっていうのに、まったく逆の方に行くんだもん! 心配でついて来ちゃったよっ!」
「……え? 逆でした?」
「うんっ! それに待ってろって言われたけどさ。何だか我慢できなくって。みんなや
「てへっ、じゃありません! また無茶して~!」
腰に手を据え、困ったように、きゅ、と唇を引き結ぶナツメに、スフレはぶんぶんと首を横に振った。
「いいじゃん、いいじゃん! あたしも一緒に連れてってよぉ。役に立つよ、あ・た・し♪」
にんまりと得意げに笑う彼女に、ナツメは眉根を寄せる。
「むむむ……」
呻きながら、ナツメは顎に手をやった。さらに悩む。
正直、スフレの実力を認めたわけでは無い。が。元の場所まで一人で帰すわけにもいかないと思ったのだ。
(……やっぱり、連れていくべきかなぁ?)
その場合、相応の覚悟が必要だ。
アレンに教わった剣術は、まだ人を守るには未熟なレベルだが、彼の剣で、民間人を見捨てるわけにはいかない。
ナツメは刀と剣の柄に触れ、目を閉じた。
(いざとなれば、私は……)
スフレを共に連れていく上で、必要な覚悟。
それは、スフレの為にこの身を投げ打つ覚悟だ。
自分の身を犠牲にしてでも、スフレだけは安全な場所まで連れ帰る。
連邦の宇宙基地を900秒で潰すような
ナツメは目を開け、頷いた。
「仕方ありません……。研究エリアまで、一緒に行きましょう」
「やったぁ! よろしくね! ナツメちゃん!」
くるりと回るスフレに、ナツメは、めっ、と念を押した。
「言っておきますけど、ここにいる間だけの話です! ……まったく! 周りの皆さんに心配かけて~!」
「へーきへーきっ! さあ、がんばっていこーっ!」
元気よく拳を突き上げるスフレに、ナツメは一抹の不安を拭えないのだった。
「……ダイジョブかな? ホント……」
つぶやいたナツメの声は、ムーンベース通路に虚しく響いた。
××××
チャッ、
マイクロブラスターの銃口が、無慈悲に持ち上がる。グリップを握る女の手は白く、四十インチはあろう銃身を支えるには、心許無く感じた。
クォーク代表、マリア・トレイター。
若干十九歳にして反銀河連邦組織をまとめ上げる才女は、ただ静かに、翡翠の瞳を老人に向けた。――底冷えするような、若干の殺気と共に。
「隠すと為にならないわよ?」
硬質的なマリアの声。執務机に腰かけた老人は、対照的に深く溜息を吐いた。ちらりと、伸びきった白い眉毛の奥から羽交い締めにされたマリアを見やる。才女の左右を固めているのは、最年長のクリフと、連邦軍人のアレンだった。二人はやや戸惑ったように、しかし、それを表情に出さないよう口を真一文字に結んで、マリアの両腕を羽交い絞めている。マリアは自由を奪われ、焦点の合わない銃口に苛立ったように、左右の二人を見た。
「邪魔しないでっ! 修練場にアルベルがいない以上、匿ってるのはこのウォルター卿か、アーリグリフ国王しかないわ!」
「だからって無茶すんなっ!」
「早まった行動は慎むべきだ、トレイター代表。落ち着け!」
「っていうかさ。なんでそんなにアルベルに会いたがってるんだ?」
マイクロブラスターの銃口が、間違ってもウォルターに向かないよう、銃身を確保しているフェイトが首を傾げる。と。マリアは、自分の腕と銃身を握っているフェイトを見下した。ちょうど、マリアの腕から銃身にかけての隙間に、フェイトが立っている格好だ。彼が一番、ウォルターを狙撃する上で邪魔になっている。
マリアは忌々しげに舌打った。
「せっかくこんな辺境惑星に来たのに、アルベルに会わないで帰るつもり? だったら、ウォルター卿の前にまず君達から――」
「マ、マリアさん! 落ち着いてください!」
ソフィアが所在なく視線を泳がせる。ウォルターはそんなフェイト一行を見据えて、もう一度深く、溜息を吐いた。執務机に投げた両手を、胸の前で組む。
「少し見ぬ内に騒がしくなったものよの。アルベルならばここにはおらぬ。今頃、灼熱の地で、滝のような汗を流しているに違いなかろうよ」
「灼熱の地?」
首を傾げるフェイトに、ウォルターはほっほと笑いながら頷いた。
………………
うだるような暑さが、洞窟を満たしている。
初めて訪れた時も思ったが、この気候はどうにも、アルフの肌に合わない。
かと言って、アーリグリフのような極寒の地も、まったく相性が良いと言わないが。
ウルザ溶岩洞と呼ばれる、マグマの噴き上げる洞窟を抜けて、アルフは竜王・クロセルの住処にやって来た。岩一枚を挟んだだけだと言うのに、相変わらず竜王の住処は、溶岩の暑さが嘘のように涼しい。
アルフはだだっ広い石畳に鎮座した竜王を見上げ、それから不思議そうに、その前に立っている男を見据えた。
「お前、なんでこんなトコにいるんだ?」
「――っ、テメエは! 貴様こそ、何故ここに……!」
言いかけた漆黒団長アルベル・ノックスは、不意にニッと口端を緩めると、腰の刀を抜き払った。左手の義手を、これ見よがしにカシャリと打ち鳴らす。
「丁度いい。俺の腕がどれほどのものになったか、試させてもらうぞ」
「知らねえよ。俺の用はそっちの侯爵竜だ。――なぁ?」
アルフはクロセルを見上げた。バンデーン艦の三分の一もある侯爵竜は、相変わらず間近にすると大きさが良く分かる。圧倒的な存在感を持ってアルフを見下ろすクロセルは、フン、と鼻を鳴らすなり口を開いた。
「契約ハ契約ダ。仕方アルマイ」
「なんだと?」
アルベルが首を傾げる。と。クロセルは大きく口を開いた。ぐぐ、と彼の腹が震える。
そして――、
ごぽっ、
クロセルの口から、五十センチ大のサイコロ状の物が飛び出した。竜の唾液がかかっているが、金属のようだ。アルベルは用を得ない顔で、アルフを見た。
「どういうことだ? アルフ」
問う。アルフはクロセルが吐き出したサイコロ状の金属を持ち上げると、くるりと踵を返した。
「お前の部下に、『竜は貴金属を集める習性がある』って聞いてね。ちょいと分けてもらったんだ」
「?」
「――刀を打つためにな」
にやりと薄く笑ったアルフは、それきりアルベルから背を向けて、ウルザ溶岩洞を後にした――……。