連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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68.出会い、再会

「どうやるんだ、こいつぁ?」

 

 巨大な円形機器が、部屋の壁をくり抜いて備え付けられていた。モーターなのか。それはゴゥンゴゥン……と、けたたましい駆動音を立てて、くるくる回っている。あの巨大な装置を動かすのだろうか、と首を傾げたクリフは、ソフィアの、あ、と言う声に背中を振り返った。

 

「あそこのデバイスで、設定操作するみたいですね」

 

「ああ……、あれか」

 

 アルフも頷く。ソフィアが指したデバイスは、三十センチほどの水晶球を埋め込んだ、不思議な装置だ。

 マリアが装置に近づいてみると、彼女が水晶球の前に立った途端、装置の左右から板状の天板が伸び、弧を描いてマリアの背後で繋がった。

 どうやら、椅子だ。

 マリアは腰掛け、デバイスを動かしてみた。

 

 ピピピッ……、

 

 適当に入力する。

 が、

 

「……ダメね。認証ディスクを要求してきたわ。元々登録されていないと、ここでプレイは出来ないみたい」

 

「マジか?」

 

 クリフが眉根を寄せる。マリアの後ろから様子を窺っていたアルフも、お手上げ、と言うように肩をすくめた。――まず、文字が読めない。マリアには別言語のように見えているようだが、アルフの眼にはまったく未知の、別文化の記号文字でしかない。

 

「くそっ! せっかくここまで来たっていうのに……!」

 

「フラッドにもらったディスクはどうなんだ?」

 

 アレンの問いに、フェイトは、はた、と瞬いて、預かったディスクをポケットから取り出した。

 

「確かに! 試してみる価値はありそうだ。マリア!」

 

 彼女に手渡すと、マリアは頷いて、水晶球の中央――ディスクを入れる凹みに、フラッドからもらったIDを差し入れた。 

 ERROR画面で停止していた水晶球が、新たな情報を映し出す。マリアの口端が緩んだ。

 

「OK、いけるわ!」

 

 新たに入力を開始する。だが水晶球はすぐに、またERRORの文字を出現させた。

 

「……ダメ」

 

 マリアは首を横に振る。すると、一同の不安げな眼差しが彼女に注がれた。――実際に、水晶球に映った文字を『ERROR』と認識できる人間は、マリアだけだ。他の人間には、FD人による異文化の文字でしかない。

 

「どうした?」

 

「認証出来たんだろ? 何がダメなんだ?」

 

 クリフとフェイトが問う。後ろを振り返ったマリアは、表情を曇らせたまま、もう一度首を横に振った。

 

「フラッドの言う通りよ。銀河系はロックされていて、入れないみたい」

 

「っ!? それじゃあ、連邦には……!」

 

 息を呑むアレンに、マリアは暗い表情のまま、俯いた。

 フェイトが拳を握る。

 

「くそっ! どうすればいいんだ?」

 

 こうしている間にも、執行者の猛威は続いている。そう考えると、歯痒さが増した。

 

「すみません……。ちょっといいですか?」

 

 その時。

 ソフィアがおずおずと近づいてきた。自信無さ気に一同を見やるソフィアを、皆が皆、困惑の表情で見つめる。

 

「え? ああ。かまわないけど……」

 

 ようやく平静に戻って、マリアが席を退けると、ソフィアは水晶球の前に立った。水晶球をおずおずと眺め、その表面に、そ、と触れる。

 瞬間。

 

 ――ばつんっ!

 

 回線が切れたような音が響いた。びっくりして、ソフィアが身を強張らせる。途端、ERROR画面で止まっていた水晶球が、猛速度(スピード)で新たな画面を映し出し始めた。画面を覗き込んだマリアが、はっ、と息を呑む。

 

「これは……、どうして!?」

 

「どうした?」

 

 クリフが問うと、マリアは画面を見つめたまま、首を横に振った。呆気に取られたように、彼女は珍しく口を開けている。

 惚けた様子で、彼女は言った。

 

「信じられない。開発者用のページにアクセスしてる……」

 

「やるじゃん」

 

 アルフは片眉を上げ、ソフィアを見る。視線の合ったソフィアは、恥ずかしそうに俯いた。フェイトが訝しげにマリアを見る。

 

「なんだって? どういうことだ?」

 

 腕を組んだマリアは、ソフィアを見据えた。

 

「あなたが触れたことが原因としか考えられないわね。ねえ、どうやったの?」

 

「えっと、その……触っただけなんですけど。なんとなく、その、タイムゲートの時と同じかなあと思って……。一生懸命、銀河系に行きたい、行きたいって考えて……。その……すみません」

 

 ぺこりと頭を下げるソフィアに、フェイトは得心がいったように頷いた。

 

「コネクションの……空間を繋ぐ力か。まさか、こっちの空間でも効果があるなんてね」

 

「礼を言う。エスティード嬢」

 

「……あ、いえ……」

 

 話しかけられると思わなかったのか。アレンにふるふると首を振ったソフィアは、困ったようにフェイトを一瞥した。

 画面を見据えるマリアの表情が、力強くなる。

 

「まあ、いいわ。とにかくここまで侵入出来れば、後は私の力で何とかなると思う。情報を書き換えて銀河系にアクセスするわ」

 

「すまない。トレイター代表」

 

「気にしないで」

 

 画面を叩き始めながら、マリアが答える。フェイトも画面を覗き込んで見たが、やはり何が画面に書かれているのか、さっぱり分からなかった。

 水晶球に映ったマリアの瞳が、ちらりと水晶越しにフェイトとアレンを見る。

 

「銀河系のデータは見つけたんだけどね。私達のデータの登録にもう少し時間がかかりそうなの。悪いけど、しばらく待ってて。普通にこのゲームを作動させるだけなら、こんなに手間はかからないんでしょうけどね。もしも、あのフラッドが言った事が全て本当だったとしたら……。私達が私達のままで存在する為には、私達全員のDNAを正確に打ち込まなきゃならないのよ」

 

「分かった」

 

 頷いたアレンは、踵を返した。

 少し離れた所に立ったクリフが、にんまりと口端を緩める。フェイトは首を傾げた。

 

「マリアの打ち込み速度はハンパじゃねえぞ。恐らく宇宙で二番目じゃねえか?」

 

 軽口を叩いてくるクリフに、フェイトは肩をすくめた。

 

「へぇ……。じゃあ、宇宙一は誰なんだよ?」

 

 疑いの眼差し。

 それを受けたクリフは、フッ、と鼻で笑いながら、首を横に振った。

 

「チッチッチッ。この俺じゃねぇコトだけは確かだ」

 

「違うのかよ……」

 

 脱力したフェイトが、やれやれと溜息を吐く。すると、逆サイドにいたアルフが、データを打つマリアを見据えながら、言った。

 

俺達(こっち)の共通言語で打ち込んだ文字が、FDの文字らしき文章に勝手に変換されてる。これも、アルティネイションの力か」

 

「多分ね……」

 

 フェイトが頷くと、アルフは腕を組みながら、ふぅん、とつぶやいた。

 

「思ったより万能みたいだな。ラインゴッド博士の研究は」

 

「アルフ」

 

 咎めるように、アレンがつぶやく。それを、フェイトは制した。

 

「いいよ。ホントの事だし。こうなったからには便利な能力だし、ね」

 

「お前のは凡庸性低そうだけどな」

 

「うるさいな」

 

 痛い所を突かれて、フェイトは口端を引きつらせた。傍らのアレンを見る。

 

「アレン。お前は大丈夫なのか?」

 

 努めて平静になろうとしているアレンに、問う。すると、小さく苦笑した彼は、視線を落とした。

 

「さあな。……だが心配無用だ。ありがとう、フェイト」

 

 相当アクアエリーの件が効いているのだろう。いつになく弱々しい彼の顔に、フェイトも表情を曇らせた。

 嘆息したアレンが、す、とソフィアを見やる。

 

「俺よりも、お前には幼馴染を支える仕事があるだろう? 行ってやれ」

 

「……ああ」

 

 観念したように肩をすくめたフェイトは、アレンから踵を返した。

 所在なさそうにしていたソフィアが、フェイトの接近に表情を緩める。だが表情は不安そうに曇ったまま、彼女はデバイスに向き合っているマリアを見つめた。

 

「マリアさん、大丈夫かな? もうちょっと私が巧く自分の力を使いこなせれば良かったのに……。自分の力がカギになっていたのに全部マリアさんにお任せなんて、ちょっとカッコ悪いよね」

 

「そんなことないよ。最初からうまくできる奴なんて、そうはいないからさ」

 

 ぽん、とソフィアの肩を叩くと、彼女は顔を上げて――、小さく頷いた。

 ――そして、

 マリアは、ぽんっ、と一つ、パネルを大きく叩くと、笑顔で皆を振り返った。

 

「OK……! 完了よ。どこに行ってみる?」

 

 アレンとアルフが、無言でフェイトを見る。それに続いて、ソフィアがにこりと笑った。

 

「どこでもいいよ、私は」

 

「ミラージュ達は何やってんだろうな? ……エクスキューショナーにやられてなきゃいいんだが」

 

 がしがしと頭を掻くクリフが、更にフェイトを見る。量らずも、一同の視線が集中したのを受けて、フェイトは、そうだな、とつぶやいた。

 

「……マリア。どこに行けそうなんだ?」

 

「ディプロは動いているから無理ね。惑星ストリーム、エリクール二号星、ムーンベース辺りなら、すぐに転送可能よ」

 

 画面を見ながら答えるマリアに、フェイトは顎に手をやった。

 アレンが言う。

 

「ムーンベースなら、博士たちが執行者の研究を進めているはずだ」

 

「エリクール二号星も捨てがたいぜ? FD空間(ここ)は艦隊戦じゃねえ。アルベルなら暇そうだし、戦力増強にはちょうどいいだろ」

 

 続くアルフに、フェイトは首を捻った。執行者対策か。戦力増強か。悩むところだ。

 ムーンベースなら、執行者の侵攻具合も分かる筈だが――。

 アルフの言葉に、アレンが眉をひそめた。

 

「待てアルフ。その理屈だと、ロジャーまで巻き込むことになる」

 

「いいじゃん。あいつ使えるし」

 

「……お前な」

 

 半眼になるアレンに、アルフは肩をすくめた。連邦軍人だが、『保護条約』は気にしない二人らしい。

 フェイトは嘆息した。

 

「そうだなぁ……。どうしたもんか……」

 

「エリクール二号星に行ってみるのね? OK、そこにしましょう」

 

「え? マリ――……」

 

 フェイトが不意をつかれた瞬間。

 彼等の視界が、急に白くなった。

 

「きゃっ!?」

 

 ビリッ、と若干の痺れが、彼等を襲う。

 白い世界から、ゆっくりと瞼を開けると――、

 だだっ広い、赤茶けた大地が、目の前に広がっていた。

 

「ここは……」

 

「カルサアだな」

 

 フェイトのつぶやきに、アルフが答える。ごつごつとした岩肌。赤茶色い大地が広がるこの平野。間違いなく、カルサアの丘だ。巨大な岩石が多いため、見晴らしは良くない。かつて、ネルと共に通り抜けたカルサアの丘を見渡して、クリフは、ぱん、と額を叩いた。

 

「参ったな。タイムゲートを介さず、こっちに帰って来れるとは……」

 

「信じられない……」

 

 続くソフィアも、息を呑む。狂人は軽く肩をすくめた。

 

「いいじゃねえか。楽で」

 

 アレンが少しだけ、複雑そうに目を細める。

 マリアはカルサアの丘に一歩踏み出し、景色を見据えて、振り返った。

 

「こうなると、フラッドの言う事を信じないわけにはいかないみたいね」

 

 観念したような彼女の口ぶり。嘆息混じりにつぶやくマリアに、ソフィアが不安そうに顔を歪めた。

 

「じゃあ本当に、私達は彼等の作り出したプログラムだと言うんですか?」

 

「この状況を見るとね。そう考えるしかないでしょう?」

 

 逆に問い返すマリア。

 フェイトは俯いて嘆息した。

 ――やはり、認めたくない。

 自分の存在が、消えてしまうようで――。

 

「やはり、僕達は作り物だというのか……」

 

 それでも認識しなければならない苦痛に、フェイトは歯噛みする。するとマリアが、カルサアの丘を見渡しながら、言った。

 

「そうよ。でもね。作り物だとしても、私達は生きている。それもまた事実でしょ? 私達が現実だと思えば、それは私達にとって現実であり、真実なのよ」

 

「…………」

 

 フェイトは顔を上げる。彼女の言わんとする事――、それは例え本質はシミュレータであっても、キャラクターであっても、『自分』は、『自分』以外の何者でもないと――そう『自覚』しろと言う意味合いだ。

 揺れるフェイトの瞳を見つめて、ソフィアは静かに微笑うと、彼の手を取った。

 

「感じる事を素直に信じる。……信じる道を進もうよ、ね?」

 

 暖かな、柔らかなソフィアの手。その手を見つめて、フェイトは目を閉じた。

 ――この手までもを、『作り物』と、想いたくない。

 その想いが、一番強かった。

 顔を上げたフェイトが、小さく苦笑する。

 

「ああ……。そうだな。どっちにしても、このままじゃ終われない。僕らを送り出してくれた皆のためにも」

 

「うん」

 

 ソフィアが嬉しそうに頷く。彼女もまた、フェイトを慰める事で自分を確かめるように。

 クリフが、ガンッ、とガントレットを弾いた。

 

「そうだ。俺達にはまだ出来る事がある。クソふざけた創造主をぶっ潰すって大仕事がな!」

 

「ま。存外張り合いが無さそうだけどな。あの空間だと」

 

 肩をすくめるアルフに、フェイトは苦笑した。

 

「……それは、そうかもな」

 

「でも……。私達で本当に、創造主であるFD人を倒すことが出来るのかな?」

 

 ソフィアが不安げに問いかけて来る。それに答えたのは、アレンだった。

 

「問題ない。俺達は既に、あそこのセキュリティサービスを倒している。創造主に致命傷を与える事は出来るはずだ。――必ず、倒してみせる……!」

 

「うん。そうですよね。……がんばらなくっちゃ!」

 

 ぎゅっ、と両手を握るソフィアに、フェイトは力強く頷いた。

 

「ああ!」

 

 

「――と。まあ、建前はこれくらいにして」

 

 突如、話を切り出したアルフは、フェイト達を振り返って言った。

 

「悪いけど。俺は用があるんで、この辺で失礼するぜ」

 

「――へ?」

 

 一同が、反射的にアルフを振り返る。アルフは構わず、懐から遠隔捜査器を取り出すと、それを調節しながら手を振った。

 

「じゃ」

 

 つぶやくと同時、彼の足元に紋章陣が展開する。

 ――転送(トランスポート)だ。

 瞬く間に文字通り、姿が見えなくなったアルフに、一同は顔を見合わせた。

 

「え、っと……」

 

 フェイトが所在なくアレンを見る。険しい表情を浮かべたアレンは、ハッと眼を見開いて忌々しげにつぶやいた。

 

「あいつ、衛星をまだ回収してなかったのか!」

 

「どういうこった?」

 

 問うクリフに、アレンは深い溜息の後、説明した。

 

「以前、アルフはエリクールに到着する際、小型艇(カルナス)から人工衛星を飛ばして、この惑星内ならどこにでも転送(トランスポート)できるようにしていたんだ。バンデーン戦後に、てっきり回収したものと思っていたが……」

 

「それであいつ、エリクールに来たいって言ったのかな?」

 

「と、思う。妙に積極的だったから、おかしいとは思ったが……」

 

 アレンはもう一度、溜息を吐いた。クリフがやれやれと言いながら頭を掻く。

 

「しゃあねえ。あいつが戻ってくるまで、しばらくは自由行動だな」

 

「いいのか?」

 

「一応、頼りにしてるんでな。お前ら二人の戦力は」

 

「……すまない」

 

「気にすんなって」

 

 言ったクリフは、アリアス方面へと歩き出す。

 ところを、

 

 パシュィンッ……!

 

 マリアのマイクロブラスターの光弾が走った。高速のレーダーが、クリフの髪を二、三本さらっていく。

 

「うぉっ!?」

 

 後一瞬、クリフの反応が遅ければ、危ない所だ。下手をすれば、脳が飛んでいた。

 無言のまま、クリフが振り返る。――空気が、凍った。

 

「…………」

 

 一同の視線がマリアに集う。すると、彼女は髪をさっと?き揚げて、マイクロブラスターを腰のホルスターにしまった。

 

「カルサア修練場に行きましょ。アルベルを戦力に加えるなら、そこに居る筈よ」

 

 颯爽と踵を返して歩き出すマリアを見据えて、フェイトは思わずつぶやいた。

 

「仁義なき頂上決戦は、まだ終わってなかったのかっ……!」

 

「なんの話だ、フェイト?」

 

 劇画タッチの濃厚な影を落とすフェイトに、アレンを始め皆、要を得ずに首を傾げている。

 そんな彼らを振り返って、フェイトはただ、優しく微笑んだ。

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 第五宇宙基地・ムーンベース。

 十二階層からなる宇宙基地の、居住エリア西部を抜けて、ナツメは研究エリアに差しかかっていた。

 ――その時、

 

[イントルーダーアラート、イントルーダーアラート。当施設内に侵入者を確認]

 

 ナツメは足を止めた。オートコンピュータの施設内放送が、警告音をけたたましく鳴り響かせる。ナツメは、(シャープネス)の柄に手をかけた。

 

「っ」

 

 鋭く、目の前の敵を見据える。

 と。

 『侵入者』は、そこにいた。

 

「天……使?」

 

 『侵入者』を見つめて、ナツメはつぶやいた。

 僧侶のような法衣を着た『女性』だ。

 背中に三対の羽根があり、宙に浮いている。

 『侵入者』はナツメを見下すように、顎を引いた。美しい顔だが、目は固く閉じられて、人と言うよりも彫刻のようである。

『それ』は言った。

 

〈我は執行者の代弁者。貴様らを滅すべき存在なり〉

 

 合成された、機械音声のような『声』が響く。途端。ナツメの背に悪気が走った。

 一息で(シャープネス)を抜き、八双に構える。

 『侵入者』――代弁者と名乗る『彼女』は、喋る時も口を開かない。

 

〈執行者は穢れた世界を浄化する存在、代弁者(われら)は穢れを粛清する者なり。滅せよ……世界を汚染する異物どもよ〉

 

「……他の人には、手出しさせません!」

 

 ナツメは鋭く言い放ち、地を蹴った。

 羽音を立てて、代弁者の翼が広がる。

 ――寒気。

 

「っ!」

 

 ナツメは左に飛んだ。瞬後、

 

 ズァッ!

 

 空間が、X字に切られる。ナツメに見えたのは、眩い光が閃光のように散った様。空間を切断したそれが何であったのか、彼女は着地してから気付いた。

 ――翼だ。代弁者の。

 

(ケイオスソードっ!?)

 

 寸前を過ぎた代弁者の疾風に、ナツメは目を見開く。『ケイオスソード』は、神速で刃を振る事によって出来る衝撃波に、自らの『気』を乗せて放つ技だ。

 代弁者による攻撃は、『気』のような感覚では無かった。が、風と形容しきれない『何か』が、ケイオスソードの放つ気配と似ていた。

 ナツメの額に、汗が滲む。

 

(――強い!)

 

 確信した瞬間。代弁者が翼を広げ、くるりと回った。

 

 ぱぁあああ……!

 

 代弁者を中心に、地面に巨大な紋章陣が浮かび上がる。ナツメは舌打ちし、紋章の中心にいる代弁者に向かって踏み込んだ。

 

「クロスラッシュ!」

 

 (シャープエッジ)を縦に、(シャープネス)を横に神速で振る。

 が。

 紋章の方が早かった。

 ナツメの剣と刀が、代弁者の一寸前を過ぎる。――地面から湧いた、数百の光の粒子――その一つを、空しく切り裂いて。

 同時。

 

 ズドドドドァッッ……!

 

 紋章から湧く『光』の威力に、ナツメは目を見開いた。

 

「ぐ、ぁああ、っっ!」

 

 直撃。

 体を貫くような激痛。人の頭ほどの『光球』が、人間の五感をまるごと焼き切り――引き攣られるような痛みが全身を走る。

 ナツメの手から、刀と剣が落ちた。

 

 からんっ、っっ……

 

 代弁者が優雅に、すぅ、と眼前にやって来る。

 地面から二十センチほど宙に浮かんだ彼女は、接近する時も衣擦れの音一つ響かせない。

 

「…………っ!」

 

 ナツメが睨み上げると、『彼女』は能面のような顔を、にぃ、と引きつらせた。

 ――『微笑』だ。

 分かった途端、ぞくりと総毛立った。あまりにも酷薄な、残虐な代弁者の顔。

 

(……やられるっ!)

 

 代弁者の閉じた目を見据えて、ナツメは思った。地面に垂れた両腕に力をこめる。が、とても刀を握れる状態では無い。

 

(アレンさんっ! アルフさん……っ!)

 

 ナツメの脳裡に、二人の顔が浮かんだ。

 

 ――ダメです! 国の為だって、軍の為だって……死んじゃダメです!

 ――俺を殺せる奴がいれば、の話だろ。

 ――生還するのも、軍人の務めだ。

 

 『戦死』について語った時の、二人の微笑った顔。

 アレンもアルフも、諦めたりはしない。

 どれほど過酷な環境であっても。

 どれだけ不利な状況であっても

 だから――、

 

「っ!」

 

 ナツメは歯を食いしばり、代弁者を睨み上げた。

 

 ――……ギィインッッ!

 

 金属の弾ける音が、ムーンベースの研究エリアに響く。

 振り下ろされる、代弁者の翼。それを受け止める刀と剣を、強く握りこんで、ナツメは両腕に力を込めた。

 

「っ……ぉをっ!」

 

 キンッ!

 

 乾いた音を立てて、代弁者の翼を押し返す。

 と同時。

 彼女は内にある『気』の全てを、刀と剣。双方の刃に集約させた。

 

「生きるんだ……。私は、生きるっ!」

 

 刀に炎が、

 剣に氷が、宿る。

 代弁者の身体も、時を同じくして輝き始める。

 『気』を、全力を込めて、ナツメはその技を放った。

 

「双龍破ぁあっっ!」

 

 いま自分に放てる技で、最高の攻撃力を誇るものを。

 交差させていた刀と剣が、X字に振り切られる。

 同時。

 

 ――グォァアアアアアアッッ!――

 

 刀から炎の魔龍が、剣から氷の魔龍が奔った。

 ナツメ自身も驚くほど綿密に練り上げられた『気』の龍。

 赤と青の双頭の魔龍が、大口を開けて代弁者を呑みこむ。

 

〈ウァアアア……!〉

 

 機械音声を上げて、代弁者が龍に呑まれる。

 ムーンベースの建造物をもあっさりと射抜くほどの強力な魔龍は、代弁者をムーンベースの床に磔にしていた。

 瓦礫に埋もれるようにして倒れた代弁者が、ぴくぴくと動く。機械(オート)人形(マタ)なのか、痙攣する代弁者の節々から、火花のようなものが散っていた。

 

〈我ハ執…こウ…者のダい弁シャ……。ヲろカ者どモニ死を、消滅ヲ……永遠の地獄を……〉

 

 代弁者は接触の悪い機械音を立てながら、立ち上がる。ナツメは腰溜めになって剣を構えながら、鋭く代弁者を見据えた。

 翼を広げる代弁者。

 ナツメは間合いを計る。

 と。

 

「てぇええいっ!」

 

 べしっっっ!

 

 鈍い音を立てて、代弁者が前のめりに倒れた。ナツメが、わずかに目を見開く。

 倒れた代弁者の先に立っていたのは、アルフと同じ銀髪の少女、スフレ・ロセッティだった。

 

「フン! ざまあないよねっ!」

 

 得意げに胸を反らす彼女の前で、代弁者が光の粒になって消えていく。ナツメは、光が完全に消え去っていくのを見届けてから、(シャープエッジ)(シャープネス)を鞘に納めた。

 少女――スフレ・ロセッティに向き直る。

 

「ス、スフレさん!? どうしてここに……っ!」

 

「やっぱりじっとしてらんなくって。それにナツメちゃん。研究エリアに行くっていうのに、まったく逆の方に行くんだもん! 心配でついて来ちゃったよっ!」

 

「……え? 逆でした?」

 

「うんっ! それに待ってろって言われたけどさ。何だか我慢できなくって。みんなや団長(パパ)の言うこと聞かないで、飛び出してきちゃった。てへっ!」

 

「てへっ、じゃありません! また無茶して~!」

 

 腰に手を据え、困ったように、きゅ、と唇を引き結ぶナツメに、スフレはぶんぶんと首を横に振った。

 

「いいじゃん、いいじゃん! あたしも一緒に連れてってよぉ。役に立つよ、あ・た・し♪」

 

 にんまりと得意げに笑う彼女に、ナツメは眉根を寄せる。

 

「むむむ……」

 

 呻きながら、ナツメは顎に手をやった。さらに悩む。

 正直、スフレの実力を認めたわけでは無い。が。元の場所まで一人で帰すわけにもいかないと思ったのだ。

 

(……やっぱり、連れていくべきかなぁ?)

 

 その場合、相応の覚悟が必要だ。

 アレンに教わった剣術は、まだ人を守るには未熟なレベルだが、彼の剣で、民間人を見捨てるわけにはいかない。

 ナツメは刀と剣の柄に触れ、目を閉じた。

 

(いざとなれば、私は……)

 

 スフレを共に連れていく上で、必要な覚悟。

 それは、スフレの為にこの身を投げ打つ覚悟だ。

 自分の身を犠牲にしてでも、スフレだけは安全な場所まで連れ帰る。

 連邦の宇宙基地を900秒で潰すような執行者(バケモノ)を相手に、無謀な覚悟かもしれない。だが、最悪の事態を常に想定すること。これも、アレンに教わった訓令だ。

 ナツメは目を開け、頷いた。

 

「仕方ありません……。研究エリアまで、一緒に行きましょう」

 

「やったぁ! よろしくね! ナツメちゃん!」

 

 くるりと回るスフレに、ナツメは、めっ、と念を押した。

 

「言っておきますけど、ここにいる間だけの話です! ……まったく! 周りの皆さんに心配かけて~!」

 

「へーきへーきっ! さあ、がんばっていこーっ!」

 

 元気よく拳を突き上げるスフレに、ナツメは一抹の不安を拭えないのだった。

 

「……ダイジョブかな? ホント……」

 

 つぶやいたナツメの声は、ムーンベース通路に虚しく響いた。

 

 

 

 ××××

 

 

 

 チャッ、

 

 マイクロブラスターの銃口が、無慈悲に持ち上がる。グリップを握る女の手は白く、四十インチはあろう銃身を支えるには、心許無く感じた。

 クォーク代表、マリア・トレイター。

 若干十九歳にして反銀河連邦組織をまとめ上げる才女は、ただ静かに、翡翠の瞳を老人に向けた。――底冷えするような、若干の殺気と共に。

 

「隠すと為にならないわよ?」

 

 硬質的なマリアの声。執務机に腰かけた老人は、対照的に深く溜息を吐いた。ちらりと、伸びきった白い眉毛の奥から羽交い締めにされたマリアを見やる。才女の左右を固めているのは、最年長のクリフと、連邦軍人のアレンだった。二人はやや戸惑ったように、しかし、それを表情に出さないよう口を真一文字に結んで、マリアの両腕を羽交い絞めている。マリアは自由を奪われ、焦点の合わない銃口に苛立ったように、左右の二人を見た。

 

「邪魔しないでっ! 修練場にアルベルがいない以上、匿ってるのはこのウォルター卿か、アーリグリフ国王しかないわ!」

 

「だからって無茶すんなっ!」

 

「早まった行動は慎むべきだ、トレイター代表。落ち着け!」

 

「っていうかさ。なんでそんなにアルベルに会いたがってるんだ?」

 

 マイクロブラスターの銃口が、間違ってもウォルターに向かないよう、銃身を確保しているフェイトが首を傾げる。と。マリアは、自分の腕と銃身を握っているフェイトを見下した。ちょうど、マリアの腕から銃身にかけての隙間に、フェイトが立っている格好だ。彼が一番、ウォルターを狙撃する上で邪魔になっている。

 マリアは忌々しげに舌打った。

 

「せっかくこんな辺境惑星に来たのに、アルベルに会わないで帰るつもり? だったら、ウォルター卿の前にまず君達から――」

 

「マ、マリアさん! 落ち着いてください!」

 

 ソフィアが所在なく視線を泳がせる。ウォルターはそんなフェイト一行を見据えて、もう一度深く、溜息を吐いた。執務机に投げた両手を、胸の前で組む。

 

「少し見ぬ内に騒がしくなったものよの。アルベルならばここにはおらぬ。今頃、灼熱の地で、滝のような汗を流しているに違いなかろうよ」

 

「灼熱の地?」

 

 首を傾げるフェイトに、ウォルターはほっほと笑いながら頷いた。

 

 

 

 ………………

 

 

 

 うだるような暑さが、洞窟を満たしている。

 初めて訪れた時も思ったが、この気候はどうにも、アルフの肌に合わない。

 かと言って、アーリグリフのような極寒の地も、まったく相性が良いと言わないが。

 ウルザ溶岩洞と呼ばれる、マグマの噴き上げる洞窟を抜けて、アルフは竜王・クロセルの住処にやって来た。岩一枚を挟んだだけだと言うのに、相変わらず竜王の住処は、溶岩の暑さが嘘のように涼しい。

 アルフはだだっ広い石畳に鎮座した竜王を見上げ、それから不思議そうに、その前に立っている男を見据えた。

 

「お前、なんでこんなトコにいるんだ?」

 

「――っ、テメエは! 貴様こそ、何故ここに……!」

 

 言いかけた漆黒団長アルベル・ノックスは、不意にニッと口端を緩めると、腰の刀を抜き払った。左手の義手を、これ見よがしにカシャリと打ち鳴らす。

 

「丁度いい。俺の腕がどれほどのものになったか、試させてもらうぞ」

 

「知らねえよ。俺の用はそっちの侯爵竜だ。――なぁ?」

 

 アルフはクロセルを見上げた。バンデーン艦の三分の一もある侯爵竜は、相変わらず間近にすると大きさが良く分かる。圧倒的な存在感を持ってアルフを見下ろすクロセルは、フン、と鼻を鳴らすなり口を開いた。

 

「契約ハ契約ダ。仕方アルマイ」

 

「なんだと?」

 

 アルベルが首を傾げる。と。クロセルは大きく口を開いた。ぐぐ、と彼の腹が震える。

 そして――、

 

 ごぽっ、

 

 クロセルの口から、五十センチ大のサイコロ状の物が飛び出した。竜の唾液がかかっているが、金属のようだ。アルベルは用を得ない顔で、アルフを見た。

 

「どういうことだ? アルフ」

 

 問う。アルフはクロセルが吐き出したサイコロ状の金属を持ち上げると、くるりと踵を返した。

 

「お前の部下に、『竜は貴金属を集める習性がある』って聞いてね。ちょいと分けてもらったんだ」

 

「?」

 

「――刀を打つためにな」

 

 にやりと薄く笑ったアルフは、それきりアルベルから背を向けて、ウルザ溶岩洞を後にした――……。

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