連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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69.無の紋章術

 ムーンベース研究エリアの最奥に、銀河連邦最高の頭脳と呼ばれるロキシ・ラインゴッドの研究所がある。立体通路の堅い床を蹴って、ナツメは緊張の面持ちで研究所前のシェルターで立ち止まった。

 

「ラインゴッド博士! ジェネシス星系宗主、オフィーリアの遣いで参りました。ナツメと申します!」

 

 タッチパネルに話しかけると、少しして研究所の分厚い扉が開いた。

 

「何の用だ」

 

 出迎えたのはロキシではなく、青みがかった緑髪の女性、リオナだった。ナツメが目を瞠る。

 

「あれっ。博士? どうしてこちらに?」

 

 きょとんと瞬く。リオナとはアクアエリーで顔を合わせる仲だ。ナツメは首を傾げながら、上から下までリオナを見る。リオナは素っ気なく答えた。

 

「ラインゴッド博士の補佐だ。用があるなら入れ。『奴等』が来る」

 

「!」

 

 『代弁者』の事だと察して、ナツメは表情を引き締めた。スフレと共に研究室に入る。室内は大型コンピュータが部屋全体を覆うように置かれており、ロキシは数ある中でも、メインコンピュータの前に座っていた。

 

「うわぁ……! 凄いね、ナツメちゃん……」

 

 様々な形状の計器類、設備に、スフレが目を瞠る。

 メインコンピュータの前に座ったロキシが、こちらに気付いて振り返った。

 

「おや? 君達は……?」

 

 ナツメとスフレを見て、ロキシが首を傾げた。どちらも「少女」と呼べる年嵩だ。連邦の研究員でない者の訪問に、ロキシが不思議がるのも無理はない。ナツメは一歩前に出ると、ロキシに一礼した。

 

「宗主オフィーリアの遣いで、ナツメと申します。つきましては『執行者』の事で、御相談に参りました」

 

「ベクトラ嬢の遣いだって? これは、また……随分とお若い」

 

 驚くロキシに、リオナが研究室の扉をロックしながら言った。

 

「ジェネシス星系宗主の遣いと言うのは、間違いありません。私が保証致します。ラインゴッド博士」

 

「リオナ君の知り合いか?」

 

 リオナとナツメを交互に見るロキシに、リオナは頷いた。

 

「以前、連邦に出入りしていた娘です。ガードやアトロシャスに縁の深い者ですから、その関係で知り合いました。――それよりもラインゴッド博士。あの検証結果(データ)を」

 

「ああ、そうだね」

 

 ロキシはメインコンピュータに向き直ると、キーボードに指を走らせた。画面が無数に展開され、高速でくるくると変わっていく。バンデーン、アールディオン……そして、地球を襲った時の『執行者』の映像も流れた。ナツメはぎゅっと拳を握った。

 

「エクスキューショナーのことで相談したい、と言ったね」

 

「はいっ!」

 

 コンピュータに向かったまま、ロキシは一つ頷いた。

 

「残念だが、効果的な対処法に関しては有益な情報は得られていない。撃退法は現行通り、クリエイション砲を直撃させるしかないだろうな。これから研究が進めば、少しは希望が持てるかもしれないが」

 

「……やはり、避難場所の確保は難しいと言う事ですか?」

 

「その通りだ。この銀河に居る限りは、どこに居ても危険と考えるのが妥当だな。――リオナ君」

 

 ロキシの呼びかけに、リオナはサイドコンピュータにある映像を映し出して答えた。

 一つは、執行者が光球を放つ寸前の画像。もう一つは、アレンの肩に出来た奇妙な痣の画像だ。

 

「!」

 

 目を瞠るナツメに、リオナは言った。

 

「この二つの画像は、どちらもタイムゲートに縁のあるものだ。まずは右側――執行者の画像についてだが、奴等が駆使する紋章術は、我々が把握しているどの術式にも当てはまらない。これを仮に『無』の紋章術、と呼称する。効果(エフェクト)は名の通り、精霊に働きかけずとも物質を消滅させる。つまり、力の媒介となる物が存在しないと言う事だ。

 ラインゴッド博士が開発した『破壊(ディストラクション)』に似ているが、物理法則そのものに干渉しているわけではなく、純粋に高出力な『力』と考えた方がいい。そして――、この紋章陣を最新演算ソフトで解析すると、『基礎』となる紋様が、左に提示した『痣』の形と完全一致した」

 

 リオナがカーソルを二度叩くと、執行者の画面が上書きされ、紋章陣が謎の紋様に変わった。左側の――アレンの肩に出来た痣と同じ、逆三角形の盃と、その上に球が乗った謎の『紋様』。

 リオナが『無』の紋章陣と名付けたものだ。

 不思議そうに首を傾げているスフレの隣で、ナツメは息を呑んだ。

 

「あの。この……左側の痣の写真って……」

 

「ガードの肩に出来た、痣の写真だ。知っているのか?」

 

 視線を鋭くするリオナに、ナツメは頷いた。

 

「セフィラっていうオーパーツにアレンさんが触れた後、出来たものです。なんだか痣にしては変だったから、覚えてます……」

 

 ナツメは顔を上げ、不安げにリオナとロキシを見た。

 

「もしかしてアレンさん、危ないんですか?」

 

「断定は出来ない。故に、安全であるとは言えない」

 

 リオナの言葉に、ナツメは深刻な面持ちでうつむいた。

 

「…………」

 

「……ねえ、ナツメちゃん」

 

 スフレに声をかけられ、ナツメは首を傾げながら顔を上げた。

 

「だったらその――アレンって人に会いに行けばいいんじゃないのっ? 会ってみれば、影響があるのかどうか、分かるよ」

 

「それが……アレンさん達は今、FD空間と言う所にいるんです。我々に行く手立てはありません」

 

「えふでぃー空間……?」

 

 不思議そうなスフレを置いて、リオナは顎に手をやった。考え込むように沈黙する。

 と。

 

 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 

 警報がけたたましく鳴る。 

 全員に緊張が走った。

 

「エクスキューショナーが!?」

 

 ナツメが鋭く天井――ムーンベース通路を見やる。

 ロキシは冷静だった。

 

「心配いらない。ここのセキュリティロックは避難施設にも匹敵するからね。奴等が襲ってくることは無い筈だ」

 

「でも! 敵は基地ごと消滅させるような奴なんですっ!」

 

「……その時ばかりは我々も、諦めるしかないだろう。もっとも、私には最後までやり遂げねばならない理由があるがね」

 

 小さく笑うロキシを置いて、ナツメは剣と刀を手に取った。

 

「どうするつもりだっ!」

 

 リオナが鋭く問いかける。

 ナツメは扉に向かうと、振り返らずに答えた。

 

「私は剣士です。剣を振ることしか知らない。だから――、執行者(やつら)は私が引きつけます」

 

「馬鹿を言うな! 死ぬ気かっ!?」

 

「……スフレさんをお願いします。博士」

 

「アンカース!」

「ナツメちゃんっ! 行くならアタシも――!」

 

 二人の言葉をナツメは笑顔で制して、研究所を後にした。

 

 

 

 ××××

 

 

 

「よぉ。鍛冶師ガスト」

 

 男は五十センチ大の金属塊を抱えて、にやりと笑った。目にかかるほどの長い銀髪と、白皙に浮かぶ紅瞳。精巧な人形のように整った男の顔を見据えて、ガストは巨大槌を握る拳を、パンッと打ち鳴らした。彼が座っていたのは小ぶりな木製の椅子。床も壁も板目で出来たこの建物は、鉱山の町カルサア南西にある工房だ。

 既にガストの準備は整っているようで、彼の傍らには樽に入れられたセフィラの聖水が、ずらりと並んでいる。

 

「いよいよ手に入れたか。(たま)(はがね)を」

 

 男臭く笑うガストに、アルフ・アトロシャスはにやりと嗤って返した。

 

「……始めようぜ」

 

「承知」

 

 ガストは短く頷き、相棒の巨大槌を持ち上げた――。

 

 

 

 

 ウルザ溶岩洞。

 再び訪れたここは、相変わらず熱い。

 猛烈に。

 砂漠とはまた違う熱気を持っている。

 フェイトは額から滑り落ちる汗を拭いながら、息を吐いた。ブロードソードを持ち直す。バニラからもらった例の人形――ウサギの置物はまだ、大事にしまってある。

 

 ど根性バーニィ。

 

 弱い敵とも熱い勝負が出来る――敵強化ファクターを持つレアアイテムである。だが一行は、まだその凶化ファクターに気付いていない。バニラからもらってずっと、そのファクターが一行を苦しめている事に。

 クリフは肩で息を切らしながら、首を傾げた。

 

「……はぁ、はぁ……! ったく、こんな強かったか? こいつら」

 

「ハハッ! テンション上がって来たねっ!! 『修行』とかいう訳の分かんない制限(スキル設定)までされたおかげで、僕の体力もいよいよ限界に近いぞっ!」

 

 素早くブロードソードを振り回しながら、フェイトは高らかに笑った。本当に限界が近いのか、滑り落ちる汗を袖で拭うと、新たな汗が出なくなった。肌がカラリとしている。

 

「こ、このくらい……! 早く行って、アルベルと決着をつけるのよ……!!」

 

 同じように肩で息を切らしながら、マリアはマイクロブラスターを杖代わりに頭を振った。

 その三人を見つめて、ソフィアは言葉に詰まった。デフォルトされたネコストラップを先端に付けた杖を抱きしめ、彼女は恐る恐る尋ねる。

 

「あ、あの……皆さん。本当に大丈夫ですか?」

 

 フェイトがくるりと振り返る。満面に笑みを湛えて。

 

「もちろんっ! 心配無用だよ、ソフィア! 最初からうまくできる奴なんて、そうはいないから……さぁああああっっ!」

 

 最後は叫びながら、溶岩洞に住まうモンスター・マッドマンに斬りつけた。剛刀兼定を手にする悪魔(アレン)はそんなフェイトを見て、一つ、こくりと頷くのみである。

 

「そういうわけだ。エスティード嬢。気にせずもう一度、フェアリーライトを」

 

「は、はいっ!」

 

 緊張した面持ちでソフィアは、杖を構え直す。彼女は穏やかなあどけない顔を引き締めて、精神を集中する。

 このバール山脈に入ってからずっと、彼女はアレンから紋章術の手ほどきを受けているのだ。

 

 上級回復紋章術――フェアリーライト。

 

 紋章術の才能を見込まれたソフィアは、初めての実戦でこの練習を繰り返していた。

 成功はまだ無い。

 だが、補助紋章の構成全てがこの呪文に集約されているため、フェアリーライトさえ覚えれば、後の紋章術を覚えるのが格段に楽になる、というのがアレンの説だ。

 フェイト達はその為の贄だった。

 

「なあ、おい。フェイト」

 

「んだぁっ!?」

 

 マッドマンをどうにか倒して、フェイトが自棄気味に振り返る。視線の合ったクリフは、神妙な面持ちだった。

 

「……もしかして、あの嬢ちゃん(ソフィア)が紋章術成功させるまで、俺達ゃ回復無しなのか?」

 

「言うなぁあああああ!」

 

「マジかよ……っ!」

 

 舌打ちと同時、絶望で顔を引き攣たせるクリフ。怪我はフェイトやクリフに比べて軽いとはいえ、精密射撃型のマリアも、精神力を根こそぎ削り取られていた。

 彼女は肩を上下させ、息を切らしながら鋭い眼差しをクリフに向ける。

 

「泣き言は聞かないわよ……クリフ……っ! あの岩を越えれば、……あとちょっとで! クロセルなんだからっ!」

 

「あんにゃろぉおおおお! 何が護衛任務だっ!? 何が連邦軍人として出来るとこまで手伝うだっ!? 完っ全に、僕を殺す気じゃないかぁああああっっ!」

 

「フェイトっ! 取り乱さないで、さっさと先に進むのよっ! クロセルの住処にさえ入ればっ! この地獄だって一時的に終わるんだからっ!」

 

「ぉ、おうっ!」

 

 フェイトはブロードソードを手に、駆けた。

 ソフィアが眉間にしわを寄せて杖を握り、叫ぶ。

 

「フェアリーライトっ!」

 

 青い紋章陣が浮かぶ。

 しかし――それは完全な円を描く前に中空に散っていった。

 ソフィアが肩を落とす。

 

「うぅ……、おかしいなぁ……」

 

「精神集中が甘い。紋章構成はもっと丁寧に、綿密に行うんだ。奴等なら死にはしない。焦らず、落ち着いてもう一度」

 

「はいっ!」

 

 きゅっ、と表情を引き締め、ソフィアはもう一度杖を構える。

 ブロードソードを振り回すフェイトの絶叫が、どこまでもウルザ溶岩洞に響いた――。

 

「殺してやるぁあああああ!」

 

 

 

 ………………

 …………

 

 

 

「フン、お前達までここに来るとはな。一体何の用だ?」

 

 クロセルの住処に辿り着くと、ウォルター伯爵の言った通り、長身痩躯の漆黒団長がそこに居た。

 フェイトは据わった目でアルベルを睨んだ。

 

「お前がここに居るって聞いたからさ。ちょっと寄ってみたんだ。――ちょっ(・・・)とね(・・)

 

「?」

 

 くく、と喉を鳴らすフェイトに、アルベルは要を得ないながらも、ふん、と鼻を鳴らす。彼は刀の鍔に手をかけた。

 

「まあいい。俺とお前、どっちが強いのか……。確かめさせてもらう」

 

「フッ……限界間近なこの僕に挑んでくるとは。なかなか良い度胸だな、アルベル・ノックス! ……いいだろう。僕の怒りと悲しみ、受け取れぇええええ!」

 

 勢い(ナチュラルハイ)のままブロードソードを振りかぶろうとした、その瞬間。

 

 てぃらりらりんっ♪

 

 テレグラフの軽快な着信音が、洞窟内に響いた。

 

(へ? ウェルチさん?)

 

 フェイトが瞬くと同時、アルベルの空破斬が走った。

 

「とぁっ!?」

 

 凄まじい反射神経で、右に避ける。と。後ろでマリアが、ポケットからテレグラフを取り出した。

 

「この忙しい中、何っ!?」

 

 鋭い口調で問いかける。テレグラフから、女性の明るい声が響いた。

 

[こんにちはっ! 新製品開発の調子はどうですか?]

 

「ウェルチ! 今、俺達ぁそれどころじゃねえんだっ!」

 

 一礼する女性のツインテールが軽快にはねる。クリフが頭を掻きながらク顔を歪めると、テレグラフに映る女性――ウェルチ・ヴィンヤードは不思議そうに瞬いた。

 

[え? それじゃあ、以前フェイトさんから依頼を受けたウサギの置物のファクターは、後ほどお知らせした方がよろしいですか?]

 

「すぐ終わるなら、今してちょうだい」

 

 フェイトとアルベルを一瞥して、マリアが髪をかき上げながら答える。ウェルチはパンッと両手を合わせ、にこりと笑った。

 

[分かりました! それではお伝えしますね!]

 

 彼女は勢い良く、人差し指を立てて『一番』を示す白手袋の指し棒を画面に向けると、左手を腰に据えて言った。

 

[……なんとっ! フェイトさんが持っている置物の名前は『ど根性バーニィ』! 戦っている相手の体力と精神力を倍にする――修行にうってつけの代物(アイテム)ですっ!]

 

「なっっっ、ん、、、、だ……とっ!?」

 

 フェイトの背に冷や汗が伝う。咄嗟に、上段から斬り下ろしてくるアルベルの刃を止める。

 

 ドォッ!

 

「カッ!」

 

 フェイトは目を見開いた。止めた両手が痺れる。驚いたのは、アレンも同じだ。

 

(――速い)

 

 以前よりも格段に。

 フェイトは慌てて態勢を整える。その時には既に、アルベルの義手に赤黒い気が纏わりついていた。

 

「剛魔掌!」

 

「ちょっと待てアルベルっ! ちょっと待てぇええっ!?」

 

 寸での所でアルベルの鉄爪を躱す。顔色を失ったフェイトの目に涙が浮かんでいた。

 

「早くその置物寄越せっ!」

 

「懐に引っかかって取れないんだよっ!」

 

 胆が冷える想いで、ど根性バーニィを掴む。拳を握っているクリフに一刻も早く投げ渡したかったが、バーニィの耳がちょうどフェイトのチャックに噛まれている。

 

「この期に及んで、悪ふざけとは余裕じゃねえか!」

 

「ちっがぁああああうっ!」

 

 殺気の増したアルベルに向かって、フェイトは声を限りに叫んだ。

 

「タイム! タイムタイムタイム一旦タイム~~~ッッ!」

 

「? ……フン」

 

 恥も外聞も無く泣き叫ぶフェイトに、アルベルは眉間にしわを寄せながら刀を納めた。

 

「早くしろ」

 

「恩に着る!」

 

 ホッと一息つくと、フェイトはチャックの噛みからバーニィを救出するや、クリフに向かって投げつけた。

 

「クリフ~!」

 

「しゃあ!」

 

 パシッと軽快な音を立ててバーニィを受け取り、クリフは拳を振り下ろした。

 

「叩き潰すぜっ!」

 

 黄金の闘気をまとったクリフの拳が、ど根性バーニィを打ち砕く。瞬間。今まで内包されていたフェイトの能力が、一気に膨れ上がった。

 

「来た来た来たぁああっ!」

 

 喜びに声の調子(トーン)を引き上げながら、フェイトは、ざ、とブロードソードの切っ先をアルベルに向けた。

 

 

 

 

「長らく待たせたな、アルベル! ここからが本当の勝負だ!」

 

「……ほぅ。どんないかさまか知らねえが、なるほど。確かに気が膨れ上がりやがった」

 

 訝しげにフェイトを見やりながら、アルベルは刀を構える。腰を落とし、右手で握った刀の尺を誤魔化すように、身体の後ろにやる。じゃり、と音を立てて足を肩幅に開き、義手を嵌めた左肩を突きだす前傾姿勢だ。

 

「本気で行くぞ」

 

 静かにつぶやくアルベルに、フェイトは頷いた。

 

「本気で来い、アルベル」

 

 口許に浮かんだ笑みは崩さないまま、フェイトの翡翠の瞳が真剣味を増す。

 その時、マリア達から声がかかった。

 

「フェイト! 負けたら許さないわよっ!」

 

「フェイト~! がんばって~!」

 

「ま、俺ぐらい応援してやるぜ。アルベル」

 

「フン、要らぬ世話だ。――ん?」

 

 アルベルがクリフの申し出をぞんざいに断った時、目の前にいるフェイトの雰囲気が、明らかに変わった。

 アルベルが眉をひそめる。

 

「悪いなアルベル……。ソフィアの前でダサい姿は見せられない」

 

 つぶやいたフェイトの口許から、笑みが消えた。

 アルベルはにやりと嗤う。ここまで真剣なフェイトを見たのは、もしかしたら今が初めてかも知れない。

 フェイトに向けて突き出した義手を、カシャリと鳴らした。

 静寂。

 そして――、

 

「剛魔掌!」

 

「ブレードリアクター!」

 

 両者、交差方向で斬り合う。踏み込みは同時。

 アルベルは闘気をまとった鉄爪、フェイトは上段から振り下ろす青い気をまとった剣撃。互いに背を向けた態勢で止まった二人は、肩越しに相手を見やった。

 お互いの肩が、うっすらと斬られている。

 アルベルの赤瞳が、ゆらりと揺れた。

 

「の野郎……。上等だっ!」

 

「甘い! (ロング)距離(レンジ)なら僕の方が有利だ! ストレイヤーボイド!」

 

 フェイトはある意味、紋章剣士とも言える存在だった。何の付加も無い剣に、魔力を宿らせる事が出来る。深い闇を帯びた剣で突きを放つフェイトの攻撃を、アルベルは右に大きく跳んで避けた。

 同時。

 

「遅ぇ!」

 

 右手の刀を一閃する。

 

「なにっ!?」

 

 フェイトが目を見開く。突きから咄嗟に剣を頭上に掲げ、フェイトの右方向から走るアルベルの薙ぎを防ぐ。と、剣に青い気を宿らせた。

 

「くそっ!」

 

 音を立てて迫るアルベルの刃を、ブレードリアクターの一閃で弾く。

 と。

 

「剛魔掌!」

 

「遅いっ!」

 

 痩身にも関わらず、アルベルの義手はまるで熊のように鋭く、凶暴だ。触れただけで相手を吹き飛ばす。赤い闘気をまとった鉄爪の横薙ぎを見据え、フェイトは振り上げた剣を振り下ろした。

 

「さっきと同じ技のぶつかり合いか。――なんかあるぞ! 気をつけろ、フェイト!」

 

 クリフの忠告を背に、両者、交差方向で斬り合う。

 が、

 背を向けた状態で倒れたのは、フェイトだった。全てを薙ぎ倒すようなアルベルの鉄爪は、問答無用で相手を昏倒させる。

 

「紙一重で見切られた……!?」

 

 斬られた本人までもが驚いた。ガリッとクロセルの住処たる石畳を掻き、フェイトが立ち上がる。――ところを、

 

「この俺に同じ技が二度通じると思うなっ! ――気功掌!」

 

 人間の上半身以上の気功波がフェイトを襲う。その圧倒的な質量に、むっと熱い風が迫って来るのが分かった。

 

「んのやろぅっ!」

 

 フェイトは咄嗟に左にサイドステップして躱し、顔の横に右手をかざした。

 

「ショットガン……」

 

 アルベルの目が瞬間的に細められる。同時。アルベルは刀を一閃した。下段から刀を振り抜き、剣術と気功術を合わせたこの技は、刃から疾風を走らせる。

 

「空破斬!」

 

「ボルトォッ!」

 

 同時。フェイトは右手に溜めた紋章力を解放し、顔の横にかざした手を振り下した。

 スイングに沿って扇状に走る無数の火球と、地を駆る衝撃波が激突し、爆発する。

 

 ドォッ!

 

 吹き荒れる爆風を、フェイトは真っ二つに切り裂いた。

 

「何っ!?」

 

 アルベルが目を瞠る。物体で無い『風』を切る。それは相応の修練、練気があっての技だ。だが、フェイトの場合はそのどちらでも無かった。

 あるのは――白刃のきらめき。

 ディストラクション能力が付加された、白く輝くブロードソードだ。

 

(あの時、アレン・ガードを相手に見せた力……)

 

 アルベルは、空間が丸ごと(・・・)斬られるのを見て、にやりと口端をつり上げた。

 

「使いこなせるようになったか!」

 

 言いながら、地を蹴る。上段から刀を振り下ろす。

 

「今だっ!」

 

 フェイトはディストラクションの光の上に、さらに闇の剣を付加させた。

 

「そんじょそこらの(なまくら)で、僕の剣を止められるかぁあああっっ!」

 

 濃い闇がフェイトを中心に同心円状に集まる。同時。フェイトは突きを放った。アルベルの腹を穿つ一撃。

 ――が。

 

 ギィッ!

 

 無造作に刀を一閃したアルベルは、フェイトとは刃を合わせず、(ブロードソード)の腹を切り払っていた。

 

「コイツ……! 僕の斬撃の腹を狙って――!?」

 

 つぶやいたのも束の間。目を瞠るフェイトの体は、アルベルの体当たり(チャージ)で吹き飛ばされた。

 

「なにぃっ!?」

 

 気功をまとったアルベルの肩は、さながらルムの如く強烈だった。剣も気功も間に合わず、それどころか防御態勢に入る前にフェイトの身体が宙を舞う。

 

「フェイトの斬撃を見切って、剣の腹狙って一撃入れるとはな……!」

 

 クリフはアルベルの動体視力、戦闘センスに思わず舌を巻いた。アレンが傍らで小さく頷く。

 

「剣術のレベルならば、やはりアルベルの方がフェイトより上か」

 

 蒼瞳は険しく細められていた。

 

 フェイトは体当たり(チャージ)で後方に吹き飛ぶ身体を丸めて整えるや、ぐっと拳を握った。

 

「だがこっちには、有り余る才能があるっ!」

 

 気が拳に宿ったのは一瞬。

 直後、ショットガンボルドの火弾が、再びアルベルに向かって走った。

 

 ドドドォッ!

 

 アルベルは右にサイドステップして避ける。火弾は地面に触れて炸裂し、二十センチ大の穴を作った。

 

「剛魔掌!」

 

 フェイトとの間合いはわずか五十センチ。刃を振るより身体の一部である鉄爪を振る方がはるかに速い。

 が、

 それ故にフェイトもアルベルの戦法は心得ていた。赤い気を宿した鉄爪を見据え、フェイトはにやりと笑う。

 

「ヴァーティカル・エアレイドォオ!」

 

「何っ!?」

 

 フェイトが剣を振り上げると同時、疾風の柱が直線に――波状攻撃でアルベルを襲った。(かわ)される事をあらかじめ予想していたのか、フェイトの練気は十分だった。アルベルは咄嗟に左の爪と刀を交差させて防御する。だが衝撃だけはどうする事も出来ず、空中に吹き上げられ、フェイトの振り下ろしと同時に走る頭上からの剣圧に、アルベルは吹っ飛ばされた。

 

 ずざざざざざっ!

 

 着地すると同時、アルベルは忌々しげに唇を噛みながら地面を掻く。

 フェイトが斬りかかった。アルベルとの距離は三メートル。

 

「ぉおっ!」

 

「阿呆が!」

 

 フェイトが間合いを詰める間に、アルベルの義手に赤黒い闘気が集う。

 

「吼竜破!」

 

 途端。何もない石畳の床から、黒い竜が迫り出した。剣を握り、斬りかかるフェイトが目を見開く。大口を開けた竜。それはフェイトの上半身を軽く飲み込むほど大きい。

 その竜が、まず三匹。

 

「うぉっ!?」

 

 フェイトは息を呑むと同時ディバインウェポンを咄嗟に発動させ、一匹、二匹目を斬り、三匹の一撃を止めた。竜の牙は思いの外、重い。消滅させるのに手こずった僅かな一瞬、剣を握る手が痺れるのをフェイトが自覚する前に、四匹目の竜がフェイトの脇を襲い、更に五匹目が正面からフェイトに突撃し――彼の痩身を弾き飛ばした。

 

 

「フェイトのディストラクションを破った!?」

 

 クリフが目を瞠る。隣でマリアが、顎に手をやりながら嘆息した。

 

「情けないわね。あの程度のわずかな時間でしか、ディストラクションを顕現出来ないなんて」

 

 呆れたような声でつぶやくものの、マリアも目の前の勝負が切迫しているのを肌で感じている。それ故に、フェイトの一瞬のミスが歯痒い。冷静(クール)に腕組んだ彼女は、ぎゅっと自分の腕を握り締めた。

 

 

「どうした、阿呆」

 

 アルベルはカシャリと義手を鳴らした。右手は刀を鋭く下段に構え、臨戦態勢は崩していない。

 

「女の前で無様はさらせないんじゃなかったのか?」

 

「く……っ! くそっ!」

 

 アルベルを睨み返し、フェイトは低く唸った。ブロードソードを杖代わりに、立ち上がる。

 アルベルはその様を見据え、鼻を鳴らした。

 

「以前言ったな。守るべき者の為に戦うと。その程度の力で、何かを守れるのか?」

 

「フン……お前の口からそんな言葉が聞けるなんてな。見たいのか、アルベル。守るべき者の強さってやつを」

 

 フェイトは口端をつり上げる。ブロードソードを正眼に構えると、アルベルは盛大に剣気を放った。

 

「減らず口を! なら、見せて見やがれっ!」

 

 今一度、黒い竜を召喚するアルベル。その義手に赤黒い気が宿るのを見るや、フェイトはギッと剣の柄を握りしめた。

 

「遅い!!」

 

 ディストラクションの刃に更に、闇の波動が宿る。フェイトの周りが同心円状に黒い闇に覆われ、彼は渾身の紋章力と気を掛け合わせた突きを放った。ストレイヤーボイドとフェイトが名付けた技だ。

 一瞬、フェイトがアルベルの視界から外れ、目の前に現れる。

 

「何っ!?」

 

 アルベルが目を瞠った。まるで消えた(・・・)かのようなフェイトの動き。が、驚く間にも、アルベルは刀の切っ先でフェイトを捉えた。

 

「だが、その程度のスピード。見切れねえと思ったかっ!」

 

 吼竜破を放とうとした気を全て捨て、アルベルは咄嗟に全体重を込めて上段から振り下ろす。爪と刀を交差させた、渾身の一撃。

 だがそれを、サイドステップで避けた。

 

「僕もお前の癖、動きは大体分かってるんだよっ! そこだっ!」

 

 フェイトはサイドステップと同時に右足に気を込めた。アルベルの右脇腹を強かに穿つ蹴り。アルベルの身体がずれる。同時。フェイトは肩からアルベルに体当たり(チャージ)した。全身を白い気が包み、アルベルが耐えきれずに後方へはじけ飛ぶ。

 と。

 フェイトはぐっと拳を握った。

 

「弾けろッ!」

 

 顔の横からオーバースロー気味に火弾を放つ。フェイトの腕の軌道を追うように扇状に走った火弾がアルベルを容赦なく襲う。咄嗟に爪と刀を盾にして受け切ったが、一発着弾する度にアルベルの腕が痺れた。

 

「……ぐ、ぅ!」

 

「どうした? お前の言う強さってのは、そんなもんなのか?」

 

 フェイトはブロードソードを右手で持ちかえ、風斬り音を立てて横に一閃する。まるで仕切り直しだ、と言わんばかりの彼の素振りを見据え、アルベルは赤い瞳をぎらつかせた。

 

「吠えるじゃねえか……!」

 

「さあ。とことんやろうか!」

 

「上等だ!」

 

 吼えるフェイトにアルベルは応え、両者、剣と刀を振り被って地を蹴った――。

 

 

 

 …………………

 ……………

 

 

 

 そうして、半日余りが過ぎた頃。

 二人は立っていることすらままならず、仰向けに倒れていた。

 

「僕の、勝ちだぁ……! ふふふふふ~!」

 

 限界の限界の限界を超えたフェイトが、不気味な笑みを洩らす。くつくつと唇を震わせていると、すぐに傍らから抗議の声が上がった。

 

「どの面下げて吠えてやがる、クソ虫が……!」

 

「なんだとぉ、まだ負けを認めないつもりか……! いい加減にしろよぉ!」

 

 吼えはするものの、フェイトには最早、剣を握る力すら残っていない。それはアルベルも同じだった。

 まさか、これほどまでにこの青年が腕を上げていたとは。

 アルベルは内心で苦笑しながら、す、と表情を改めた。

 

「ハッ! 認める気なんざねぇ……。だから、付きとまとってやる。貴様やアレンの強さを手に入れる、その時までな!」

 

 仰向けに倒れたまま、鋭い視線を向けて来るアルベルに、アレンは微笑って頷いた。

 後ろの方でマリアが、人知れずガッツポーズを取っていた事は――恐らくクリフのみぞ知るところである。

 フェイトはアルベルの言葉を半ば夢見心地で聞きながら、ふと視線が合ったソフィアににこりと笑って――意識を手放した。

 

「ぁ、……眠……っ」

 

 寸前につぶやいたのはそんな一言。

 初めて『フェイトが倒されるかも知れない』と思う実戦を見せつけられ、ソフィアが涙混じりに駆け寄ったが、フェイトはすやすやと寝息を立てるばかりだった。

 

「フェイト……!」

 

 知らぬ内に逞しくなった幼馴染を見つめて、ソフィアはそれが嬉しい事なのか哀しい事なのかも分からないまま――ともかく彼の無事に安堵して、微笑んだ。

 

 

 フェアリーライト。

 上級回復紋章術として知られる紋章術をソフィアが初めて成功させたのは、それから数分後の事だった。

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