連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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70.それぞれの武器を手に

 ウルザ溶岩洞を後にした一行は、カルサアの工房でアルフを見つけた。

 

 カァンッカァンッ!

 カンカンカンカァアンッ!

 

 規則的に槌を打つ音が、工房に響き渡る。

 整った相貌に浮かぶ紅瞳は狂気に打ち震え、ただ一心不乱に槌を振っている。それに相槌を打つのは、名工ガストだ。彼の傍らには大きな樽が五つほど、板張りの床に並んでいた。この樽の中にはシランドから汲んで来た、セフィラの聖水が入っている。鍛造して出来た刃を冷やし、刀の峰に混ぜた柔軟性のある金属を収縮させる事で『反り』を作る。そして、出来た刃を研ぐ為に用いるのだ。

 クロセルから貰った金属『瑤鋼』は、高い硬度と純度を兼ね備えた――まさに武器を作る為の金属だった。それ故に8000度の熱で鋼を軟らかくして槌を打っても、中々変形しない。常人の腕力ではビクともしない加工しづらい代物を、アルフは真剣に見据えている。作業中の彼は、こちらを振り返ろうともしなかった。

 雑然と書類が散らばった木製カウンターを抜けると、フェイト達に気付いたガストが顔を上げた。

 

「お前達か」

 

 言いながら、槌を置いて歩み寄って来る巨躯の鍛冶師に、ソフィアはきょとんと瞬いた。身長は二メートル近く。浅黒い肌で隆々とした筋肉から、鍛冶作業で掻いた汗が滑り落ちる。なんの飾り気も無い褪せた茶色の和服を脱ぎ、黒に近い焦茶色の袴に引っかけた巨躯の鍛冶師は、清潔な白いタオルで灰色の髪をがしがしと掻き、汗を拭った。

 

「ガスト。これは、まさか?」

 

 アレンが炎と向き合うアルフを一瞥して問う。ガストは力強く頷いた。意志の強そうな黒瞳が、アレンからフェイト、そして一行を見る。

 

「刀を打っている所だ。かの剣士の全力に応える刀を」

 

「三日で仕上げる。――待てるか」

 

 槌が奏でる音に混じって、アルフが訊いて来た。フェイトは腰に手を据えながら、ざっと一同を見渡す。表情はさまざまだ。事態は切迫しており、急ぐならば三日と言う空白は避けたい所である。だがアルフの狂気に気圧される部分もあり、皆が何とはなしに刀を打ち続ける狂人を見据えていた。

 

「それと。そなたがフェイト殿だな」

 

「え?」

 

 腰に差したブロードソードを見て、ガストが訊いてきた。顔を上げたフェイトが、はい、と頷くと、ガストは口端を緩め、木枠の窓から、斜向かいの工房を指差した。

 

「この町のもう一つの工房で、そなたを待っている方がおられる。是非、()かれるがよい」

 

「僕を?」

 

 首を傾げると、ガストは深く頷いた。

 

 

 

 

 特に予定もないので、フェイトは皆と解散すると、一人でカルサア南方の工房を訪ねた。古くは鍛冶職人が使っていた施設をギルドから借り受け、改装したものだ。

 味わい深いコルク製の戸を開けると、奥に男が鎮座していた。

 

「来たか」

 

 男の渋い声が響いた。巨岩のようにがっしりとした体躯。鍛え上げられた肉体を、黒革の鎧が誇示するように更に大きく見せている。髪の色は白。逆立った髪は短く、男は鋭い眼差しをフェイトに向けた。

 大陸最高の鍛冶師、ボイド。

 以前、アリアスの村でフェイトにブロードソードを渡した男だ。

 

「お前は……!」

 

 目を丸めるフェイトに、ボイドはにやりと笑った。

 

「ずいぶん顔つきが変わったもんだな、小僧」

 

「……僕を待ってるって言うのは、お前でいいのか? ボイド」

 

 雑貨屋の女将に聞いた名を思い出しながら問うと、ボイドはフッと息を吐いて目を伏せた。穏やかな表情(カオ)だ。何かをふっ切ったような、不思議な雰囲気だった。

 フェイトは首を傾げながらも、工房の奥――ボイドに歩み寄った。

 

「俺が預けた剣。見せてもらうぞ」

 

 ボイドはそう言って、樫のように堅い手をフェイトに向ける。フェイトは無愛想に用件を言って来るこの男に苦笑しながら小さく頷き、剣帯からブロードソードを外した。

 

「にしても、僕が会いに行くって話じゃなかったか?」

 

 言いながら、剣を渡す。ボイドは口をつり上げただけで、フェイトの質問には答えなかった。

 ブロードソードを受け取ったボイドが、剣を水平にして持ち、ごくりと喉を鳴らす。それは無意識下でのことだった。

 

「…………」

 

 この刃が鞘から解き放たれた時、この青年がいかにして自分の剣を使って来たのかが分かる。それは、ボイドにして見れば一種の賭けだ。

 

(コレが凡百の(なまくら)であれば、俺は二度と――剣を打つことの適わぬ男だ)

 

 剣は職人の魂。

 兵の心。

 曇った者が振るえば、その刃も次第に輝きを失っていく。

 多くの武具を作ったボイドは、これまで様々な兵を見て来た。数えるのも億劫になるほどの作品が戦場で散って行き、それでも彼の作った武器の本質を見抜き、操る者はほんの一握りに過ぎなかった。多くは金に物を言わせ、刃を磨く事も忘れて死んで行った愚者達ばかりだ。

 それだけならまだしも、中には刃を振るう暇すら無く朽ちた者までいる。

 昔は――アーリグリフとまだ仲の良かったあの頃は、アリアスの村で酒を飲み交わした男達が、国のため、この戦のために死んでいった。ボイドはその男達の顔を、すべて覚えている。

 旧友を二度と失わずに済むよう、防具を作った。洗練された防具が、友の命を守るようにと。

 だが、そんな願いが叶ったのはほんのひと月で、すぐにその優れた防具を巡って人が押し寄せて来た。そうして起こったのは、ボイドが作った武器と、防具を持って互いに殺し合う戦場だ。昔はアーリグリフもシーハーツも無く、酒を酌み交わした男達が、無残にも散って行った。

 一度も剣を握った事の無い、百姓の小倅(こせがれ)まで駆りたてて。

 

「…………」

 

 ボイドはブロードソードを見据える。柄を握る手は、微かに震えていた。

 この青年は、どう刃を振るって来たのか――。

 それを知る為に、ボイドは意を決して剣を抜き払った。

 

 シャッ、

 

 軽快な鞘走りの後、放たれた抜き身。それを見つめて、ボイドは目を瞠った。

 

「これは……!」

 

 白い刃だった。

 フェイトのブロードソードは、曇り一つない白い刃。

 多くの戦場をくぐり抜けて来た事は、柄のへたり具合を見れば分かる。だが、フェイトが握る刃は、まるで生まれたての剣のように無垢だった。

 研ぎを甘くして殺傷力を押さえた刃は、持ち手が物を斬れば斬るほどに切味を増す。その性質を知ってか知らずてか。フェイトのブロードソードは、たった一点のみが鏡のように美しく輝き、他の部分はまばらになっていた。殺傷力の低い刃と、殺傷力の増した刃を巧みに使いこなしている。最も輝く刃の部分には、人を斬った痕跡が無かった。

 ファイトシュミレータで戦い方を確立したフェイトは、その類まれなる才能から『剣』と少し異なる性質のブロードソードを見事に使いこなしたのだ。彼自身が意識してやったことではなく、自然と身に着いている。

 相手を殺さないと言う意志を抱いた、あの時から。

 ボイドは口端をつり上げた。それだけに飽き足らず、笑いが零れる。巨岩のような体躯がクスクスと揺れ、彼は次第に額に手を当てて吹き出した。

 

「な、なんだよ?」

 

 緊張した面持ちでフェイトが尋ねて来る。

 ボイドは肩を揺すりながら言った。

 

「二日……いや、一日もらうぞ。小僧。この刃――俺の手で完成させてみたくなった」

 

「へ?」

 

 要を得ず瞬くフェイトに、大陸最高の鍛冶師はかつての光を取り戻した瞳で、頷いた。

 

 ――クリムゾンセイバー。

 

 かつてアリアスの村で出会った無名の青年が、ものの数カ月でそう呼ばれ、アーリグリフとシーハーツの両国の戦いに終止符を打った事を、ボイドも知っている。

 二国が雌雄を決する戦いで、その二国でも相手にならなかった災禍――星の船との戦いで、もっとも功績を成した兵士。

 それが、クリムゾンセイバーだ。

 

(……まさか、これほどとはな)

 

 戦を切り抜けながらも、穢れを知らぬ刃。

 それは強靭な意志を持ってしなければ、決して成せぬ所業だ。

 ボイドは口端をつり上げて――自分がずっと考えていた、ある剣を完成させた。

 

 

 名剣ヴェインスレイ。

 肉体と共に人の負の感情――精神の歪みを断ち切る、活人の名剣である。

 

 

 

 ××××

 

 

 

「それでは、この件はこれで」

 

「うむ。お主らの協力、期待しておるぞ」

 

 カルサア領主、ウォルター伯爵に向かって、栗色の髪を腰まで伸ばした少女、アミーナ・レッフェルドは深々とお辞儀した。傍らで、幼馴染のディオンも同じように頭を下げる。

 執務机についたウォルターは、アミーナから書類を受け取るや、それにざっと目を通し、小さく頷いた。これはカルサア丘陵・アイレの丘で行う両国共同作業の日程表だ。

 フェイト達がエリクールを去った後、アーリグリフ・シーハーツの両国は首脳会議を開き、アーリグリフはシーハーツから農作業の手ほどきを受ける代わりに、二つの名を持つ丘での採掘用道具の提供を確約した。長く、鉱山の町として栄えたカルサアは、シーハーツよりもはるかに優れた採掘技術を持っているのである。

 ウォルターは長い白眉毛に隠れた目を、二人の護衛役として同行しているシーハーツの女兵士に向けた。赤髪を尖った顎の位置で整えたスレンダーな隠密の女兵士、ネル・ゼルファーに。

 

「それから、お主に話すべき事がある」

 

「私に?」

 

 首に巻いたマフラーに口許を埋め、ネルが半眼で問う。アミーナとディオンは、ウォルターとネルを心配そうに交互に見やるばかりだ。

 アミーナが胸元で手を握って、眉を寄せる。

 

「あの。……私達、少し席を外した方がいいですか?」

 

「そうしてくれると助かる」

 

 答えたのはネルではなく、ウォルターだった。ディオンが声をひそめる。

 

「ネル様」

 

「――いいよ。先に行ってな。私もすぐに追うからさ」

 

「はい」

 

 緊張した面持ちながらもディオンが一礼して、アミーナを連れて部屋を後にする。その背を見送り、ネルはウォルターに向きなおった。

 

「それで。人払いまでして話したい事ってのはなんだい?」

 

「お主の父親について、聞いておくことは無いのか?」

 

 神妙な面持ちで切り出すウォルターは、表情を隠すように口許で指を組んだ。ネルは静かに目を閉じる。

 数秒。

 彼女は顔を上げると、首を横に振った。

 

「いや、特に無い。あんたら風雷に追われていた父は、より多くの部下を逃がすために単独行動を取り行方不明となった。そこまでは、父の部下だった者から報告を聞いている。恐らくは殺されたんだろうが、それも戦場の倣い。あたし個人の感情はどうあれ、あんたらに文句を言える筋合いじゃないだろ?」

 

「お主の父を直接倒したのは、このワシじゃ。それでも、そのようなことが言えるのか?」

 

 ネルは目を細めた。

 

「今のアタシは、あくまでも女王陛下の使い、クリムゾンブレイドのネル・ゼルファー。個人的な感情で、国の命運を左右するつもりは無いよ」

 

「そうか、わかった……」

 

 ウォルターは長い息を吐くと、穏やかに微笑んだ。口許で組んだ指を下ろし、とんと執務机の上に置く。

 

「己を殺し、よく咆えおったな。今のお主になら、これを渡しても構わぬだろう」

 

「え…………?」

 

 要を得ないネルを置いて、ウォルターが机の引き出しから取りだしたのは、二振りの剣だった。普段は鍵のついた引き出しなのか、ウォルターの机の上に金属製の高級そうな鍵が置いてある。

 ごとっ、と鈍い音を立てて交差状に置かれた二振りの剣を手に取り、ネルは、もしや、とつぶやいた。

 一振りは、まるで冬の湖面のように青白い直刃の短刀(ナイフ)。もう一振りはさながらフランベルクのようにギザギザと波打つ幅広の小太刀だ。

 短刀(ナイフ)は何の飾り気も無い代物で、刀身は細く、柄も短い。剣と言うよりは大きめの針――アイスピックをもう少し幅広にさせたもののようである。斬るよりも刺す事に使いそうな得物。短刀(ナイフ)の大きさは30cmほどだ。柄の色は短刀と小太刀、どちらも黒。 

 小太刀の大きさは60cmといったところか。ちょうど短刀の倍はありそうな剣だった。こちらは刀身が黒い。しかし、ギザギザと波打つ部分は青白く、さながら夜の海を思わせる代物だ。まるでのこぎりのように鍔許では幅広で、切っ先に向かうにつれ細くなる逆三角形状の剣。

 ネルは視線をウォルターに向けた。

 

「こいつは……」

 

「たしか、『竜穿』とか言ったな……。お主の父が使っていた剣じゃ。おぬしが、この剣を持つに相応しい人物に成長していたら渡すよう頼まれた」

 

 ネルは目を丸めた。眉間にしわを寄せる。

 

「父に。だが、何故? ウォルター卿。あんたは、この剣を自分の物にしようとすれば出来たはずだ。敵と交わした、誰も知らぬ約束など守る必要などあるまいに……」

 

「命を賭して交わした勇者との約束。それを違えることなど、ワシには出来ぬよ」

 

「………………」

 

 ネルは押し黙った。成長していれば渡せ――そう父が言い残したと言う剣を見つめる。

 ネルが仕官すると言った時、哀しそうに微笑っていた父の顔が過った。

 

「この剣が、あんたとあんたの国に再び振り下ろされないという保証は何処にも無いんだよ。それでもいいのかい?」

 

「そうなったら、再びこのワシが預かりに行くだけじゃ。次の持ち主が、この屋敷を訪れるその時までな」

 

 ウォルターは一秒の間も置かずに答える。

 ネルはジッと父の形見の短刀、竜穿を見据える。握り締めたこの刃の重みを、確かめるように。

 

「いいだろう。父のこの剣、返してもらう」

 

 ネルは、腰の剣帯に二振りの短刀を差した。

 

「願わくば、この刃が二度とこの国に振るわれないよう祈ってるよ」

 

 

 ネルが執務室を出ると、見知った人物達がいた。見知っているが、もう二度と会うはずの無かった人物達が、そこにいたのだ。

 

「――――」

 

 彼女は目を見開く。黒のレザーパンツに、袖なしのベスト。百九十センチを超える長身はしなやかな筋肉に覆われ、両手に黒のガントレットを嵌めている。巨躯の男性の髪は金色。女性ほどの繊細さは無いが、直毛で陽が当たると透ける美しい色だ。それを、いつも通りぞんざいに、がしがしと左手で掻いている。左腕の付け根から伸びる籠手は防護能力にも優れており、巨躯の男性の拳に適したしなやかさと強度を備えた逸品だ。

 クリフ・フィッター。

 ネルが初めて出会った、この星の外から来た男だった。

 

「お? ――よぉ、ネル」

 

 頭を掻いていた左手で軽く挨拶して来る彼の後ろには、四人の男女がいた。マリア、アルベル、ソフィア、アレンだ。

 

「アンタ達は……!? どうして、まだここに?」

 

「それが、どうもやり残した事があるみたいでよ」

 

 工房を見やりながら、クリフが答える。ネルは首を傾げながらも、そうか、とだけつぶやいて表情を和らげた。

 

「いずれにせよ、また会えて嬉しいよ。ゆっくりしていけるのかい?」

 

「そうもいかないわ。最悪の場合は、彼を置いてでも次に向かう事になるでしょうね」

 

「……次?」

 

 マリアの回答に、ネルが眉を寄せる。マリアは小さく頷くと、伯爵邸二階の椅子に腰かけているアミーナとディオンを振り仰いだ。

 

「貴方も、仕事の途中なんでしょ?」

 

「ああ。簡単な護衛任務さ。けど……」

 

 そこで深刻な面持ちになって、こちらの様子を探って来るネルを、マリアは穏やかに押し止めた。

 

「大丈夫。私達で何とかしてみせるわ」

 

「心配すんなって。俺がいれば楽勝だってぐらいは知ってんだろ? ネル」

 

 腕を叩くクリフに、ネルは溜息を吐きながら、やれやれと苦笑した。

 

「相変わらずだね、アンタは」

 

「まだこの星を発ってから、一月も経っちゃいねえだろうが」

 

「それもそうか」

 

 肩をすくめるクリフに頷く。と、彼女はそこで、語気を落とした。

 

「――で? まだバンデーンの話を引きずってるのかい? 共に戦った仲間として、私にはアンタ達の近況を聞くくらいの権利はあると思うんだけど?」

 

 言い逃れを許さないように視線を鋭くして、ネルは片眉をつり上げる。クリフとマリアは顔を見合わせた。

 そして、溜息を吐く。

 二人はどちらとも知れず、事の経緯を説明した。

 

 

 

 ………………

 …………

 

 

 

「なるほど……それは大事だね。世界が消える……か」

 

「だから、こっちのこた心配すんなって。――それより、お前の方はどうなんだよ?」

 

「見ての通りさ」

 

 ネルは右手でディオンとアミーナを示した。アミーナが驚いた顔で、瓜二つの少女――ソフィアを見上げている。

 

「本当に、フェイトさんの言った通りですね……!」

 

 そう感嘆を洩らしたのは、隣にいるディオンだった。声をかけられたソフィアが、アミーナの顔を見て驚き返す。

 

「え!?」

 

「初めまして、ソフィアさん。アミーナ・レッフェルドと言います。こっちのディオンともども、フェイトさんのお世話になった者なんです」

 

 楚々と微笑んで一礼するアミーナに、ソフィアは戸惑いながらも問いかけた。

 

「フェイトが、何かしたんですか?」

 

「僕達の命を救ってくださったんですよ」

 

「え……?」

 

 真顔で返されて、ソフィアは首を傾げた。彼女の中のフェイトは、あくまで普通の大学生だ。いきなり『命を救われた』などと他人の口から言われるとは思わず、彼女は目を丸くしながら何度も瞬いた。

 

「フェイトが、……ですか?」

 

 要を得ない彼女に、クリフとネルが、顔を見合わせてクスクスと笑う。比較的ソフィアの印象(イメージ)に近いフェイトを知っている二人だからこそ、ソフィアの戸惑いを幾らか理解できた。

 だが、ディオンは二人の意など介さず、両手を広げて賞賛した。

 

「それはもう! フェイトさんや皆さんは、僕達二人だけじゃなくて、シーハーツ-アーリグリフ両国の英雄なんです! 長く続いていた戦争に終止符を打って、ようやく二国間に平和が訪れようと言うのですから」

 

「え、英雄――!?」

 

 目を白黒させるソフィアを置いて、ディオンは賞賛を続ける。自分が歴史の節目に立ち会え事が嬉しいのか、事細かにフェイト達との出会いから順を追って説明しているのだ。それを横目に、アミーナは、もう、と溜息を吐いた。

 

「すみません、皆さん……」

 

 マリア達を見上げて言う彼女(アミーナ)に、マリアは首を横に振った。

 

「気にしないで」

 

「クッ……! フェイトが英雄? あ~、そうかそうか……くくっ!」

 

 クリフが腹を抱えながら、ディオンの絶賛を聞いている。それにつられ笑ったのはネルだ。彼女は頬を緩めながら、しかし、首を横に振った。

 

「しょうがないだろ? アンタ達がやってくれた事は、私達にとっちゃ歴史的な事だったんだ」

 

 言っている内に、御輿として祭り上げている人物(フェイト)に違和感を覚えたのか、ネルも口元に手を当てて、クスクスと笑い始めた。ディオンに背を向けながら、爆笑するクリフとネル。その二人を見て、アレンは呆れたように溜息を吐いた。

 

「ずいぶんだな、お前達……。アイツは元々、学生だったんだぞ?」

 

「そりゃそうだけどよ! どっかの悪魔のせいで、どぉ~もなぁ……悪い悪い!」

 

 言っている間も笑うクリフに、マリアが肩をすくめた。

 

「そう言えば――。フェイトって、昔は『生真面目な好青年』って言われていたらしいわね。残念なことに、今は面影も無いけど」

 

「生きる為にがんばった。それだけだ、奴は……」

 

 フッ、といきなり真顔になってつぶやくクリフに、ネルが深刻な面持ちで頷いた。

 アレンがアミーナに問う。

 

「ところで、耕作の方は巧く行きそうなのか?」

 

「あん? 耕作?」

 

 首を傾げるクリフに、ネルは両腕を組んで半眼になりながら、言った。

 

「アンタ、忘れたのかい? アーリグリフとの和平協議で決まった条件が、両国の技術提供じゃないか。それで、シーハーツ(ウチ)は寒冷地でも育ちやすい食糧の耕作技術を教える事になっただろ?」

 

「そうなのか?」

 

「……アンタね」

 

 ネルは深々と溜息を吐いた。アレンが説明する。

 

「ディオンの科学と、アミーナの栽培技術。この二つが合わされば、そう難しくない話なんだ。具体的に品種改良の話をしたら、エレナ女史が『可能だ』と答えてくれてな。そこから話が進んでいる」

 

「そりゃ結構なことじゃねえか」

 

 顎に手をやって、クリフが頷く。ディオンが拳を握って頷き返した。

 

「勿論です。僕等の技術が、平和の為に使われる時が来たんですから。何があってもこの計画は、成功させてみせますよ!」

 

「少し前まで、アーリグリフにいる親戚のおじさんに、私もお世話になっていましたから。アーリグリフの気候は分かるんです」

 

 ディオンの隣で、アミーナがそう言って微笑する。志を高く持った二人を、ソフィアは気圧されるよう見ながら、頑張ってください、と微笑み返して一礼した。不意にネルが、アレンとクリフを睨み上げる。

 

「で。――一つ言いたいんだけどさ。以前、一緒に行きたいって言った私に、アンタ達はこう言ったよね? 『貴方には貴方の世界がある』ってさ」

 

「ああ……」

 

 主にそう説得したのはフェイトだが、想いはクリフもアレンも同じだ。言葉を濁して頷く二人を、ネルの眼差しが射抜く。二人は彼女から視線を外した。

 『先』が予想できる。

 恐らく――正確に。

 ネルは両腕を組むと、言った。諭すように。

 

「今、危機に瀕している世界は『あんたたちだけの世界』じゃない、……『私の世界』でもあるんだ。『私の世界』の危機なんだ。今度は断らせやせいないよ……いいね?」

 

「いや……なぁ?」

 

 クリフが頭を掻きながらアレンとマリアを振り返る。視界に入ったアルベルは、フン、と鼻を鳴らしただけで異論なく、ソフィアに至ってはネルとの面識が無い為に視線を泳がせていた。

 マリアが穏やかに苦笑しながら、頷く。アレンは溜息を吐いただけで答えなかった。

 

「OKだね……よろしく頼むよ」

 

 そんな一同の反応を受けて、ネルは勝ち誇ったように、にこりと笑った。クリフは苦笑を返す。言いたい事が無いわけでは無かったが――ネルの実力は、正直信用に足るものだったのだ。

 

 

 

 ――そして、三日後。

 クロセルより貰り受けた金属『瑤鋼』によって、アルフは一振りの刀を完成させた。

 飾り気も何もない、質素な黒柄黒鍔の刀だ。

 名は、『無名』。

 何があっても折れず、斬れればそれで良いと言うアルフの意志を反映した刀である。

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