「これが名剣ヴェインスレイか……」
刀匠ボイドより授かった剣が、鋭い光を放っている。
フェイトは剣を見つめ、小さく呻く。
アリアス東南の井戸近くで、皆とたむろしていた時のことだ。
アルフがカルサアの工房で刀を打っている間、皆は手持無沙汰になって、とりあえず円陣を組んでいる。その中で、クリフが同じように神妙な面持ちでヴェインスレイを見ながら、顎を撫でた。
「なんだかスゲエ業物くせえな」
「その剣ならば、もしかすると――」
アレンが身を乗り出す。わずかに目を細めた彼は、小難しい顔で押し黙ったあと、東門を見上げた。
「フェイト」
「なんだよ?」
フェイトが首をかしげる。アレンは半身だけフェイトを振り返って、言った。
「パルミラ平原に来い」
「……なんだと?」
「組み手だ」
そう断じられる。
途端、フェイトの目が見開かれた。細身の体から、わっと気が膨れ上がる。
「いいだろう! 今日こそ引導を渡してやらぁ、悪魔ぁあ!」
親指で自分を指しながら、フェイトは大股で東門に歩いて行く。アレンは頷いてその後を追った。
二人の背を見送りながら、クリフが首をかしげる。
「ん? なんだ、今日はフェイトだけか?」
「何か考えがあるのかもね、あの悪魔にも」
ネルが言うと、マリアは胡散臭そうに眉間にしわを寄せた。
「考え? どうすれば効率よくフェイトを倒せるかって、そういう考えかしらね。あの悪魔の考えは。――それより、どうしてアルベルがいないの……!」
忌々しげに拳を握るマリア。
クリフが東門とは逆方向の――領主の屋敷で半分隠れてしまっている、西門を見つめながら、肩をすくめた。
「なんでも、アーリグリフ城に置いてある刀を取りに行ったんだってよ。アレンの兼定に触発されて」
「刀なんていくらでもあるじゃない!」
「バカ野郎、あのバケモノ刀をそんじょそこらの刀で止められるか! 紙っきれのように斬られるわ!」
クリフに予想以上の剣幕で怒られ、マリアは遠く目を伏せた。
「……そうね、悪かったわ」
「分かってくれればいいんだよ。それにしても――フェイトは大丈夫なのかい?」
「いざとなりゃタオル投げてやるぜ。タオルが通じればな」
「それが、最後の望みなんだね」
「夢見させろよぉお!」
まるで遺言を聞きとったかのようなネルの口調に、クリフは声を荒げた。
マリアもまた望み薄と感じ取って、首を横に振っている。両腕を組んだ彼女は、東門の先に広がるパルミラ平原を見つめながら、つぶやいた。
「夢どころか現実を言っていいかしら、クリフ? たぶん――タオルを投げた瞬間、『お前も参加するつもりか?』って言うのよ、きっと」
「たった数日……、たった数日で悪魔の本質を見抜いただと!?」
クリフは頬に伝う汗を拭う。
ネルが素気なく言った。
「分かりやすいじゃないか……。あの悪魔は」
「ネル。貴方の言った意味、よくわかったわ」
「出来れば分かりたくなかっただろうね。アンタも」
「えっと……、アレンさんは悪魔さんなんですか?」
きょとんと大きな目を丸くさせて問いかけたのは、ソフィアだ。
通り名は『悪魔』で固定されているアレンだが、最近仲間になったばかりのソフィアには、まだピンと来ない部分がある。
クリフがやや表情をやわらげて遠い目をした。東門から出ていったアレンを見送るように。
「そういや、ソフィアにだけは甘いんだったな。あいつ……」
「なぜかしら」
「さあね」
「まあ……な」
首を傾げ合うネルとマリアを視界の端に、クリフはシニカルに哂う。
途端、
ドドンッ!
斬っ!
……どしゃ、
光の弾丸と、由緒正しいシーハーツ製の短刀が、クリフの額と脇をそれぞれ貫いていた。
クリフが爽やかな笑みを浮かべて空を見上げている間のことだ。あまりに遠慮が無い攻撃をくらったクリフは、地面に倒れるまで嗤っていたが、すぐに顔をゆがめて
「ソフィア。フェアリィ……、フェアリーライトぉお……!」
助けを求めるように右手をのばす。
「え、えっと……!」
ソフィアはおろおろと杖を握りしめた。その肩を、優しくマリアが叩く。
「いいのよ、ソフィア。気にしないで」
「バカに触ると、バカが
「え、でもマリアさん、ネルさん……クリフさんが」
「さ、フェイトを見ましょう」
「どうするつもりなんだろうね、あの悪魔」
何事もなかったかのように、ソフィアを連れて、ネルとマリアが東門から平原にむかう。その背を見つめて、――クリフ・フィッターは血走った眼で恨みの言葉を吐いた。
「こ、この女どもが……!」
「さあ来いや、悪魔ぁああ! 今日こそ叩き潰してやらあ!」
平原に出た瞬間。
フェイトはいつも通り、ネジが数本飛び散った思考回路で叫んだ。
こちらに背を向けたアレンが、静かに振り返る。その目は真剣そのもので、いつもの理不尽とやる気に満ちた顔ではない。
「ん?」
フェイトは意表を突かれて、首をかしげた。
「なんだよ、アレン。いつものテンションじゃ無いな」
それが悪いわけではないが、調子を狂わされる。
そういう意味を込めてアレンに言うと、アレンは真っ直ぐな視線を返してきた。
「フェイト。初めて俺と修行した日のことを覚えているか? あの時の誓いを」
語調まで、いつもと違う。
今のアレンからは殺気が感じられず、ともすれば普段の覇気まで消えているように思えた。
フェイトは首を傾げながら、構えを解いて素立ちし、腰に手を置いた。
「忘れるわけがないだろ。初めて半殺しにされたんだから」
「なら――お前は今、その信念を貫けるか? 相手は、この世界を滅ぼそうとする圧倒的なまでの力を持っている。こちらの言い分など聞きはしない。それでもお前は、俺に言った覚悟を貫けるか?」
言葉はどこまでも静かだ。
そこにアレンの想いが眠っているのだと知って、フェイトはがりがりと頭を掻く。
『世界の命運を――』
と言われても、本当はしっくり来ていないのが本音だ。
ただし、負けるつもりだけは毛頭ない。
フェイトは言った。
「どうかな? その時になってみるまで分からないや。自分が、本当にその状態に陥った時、そこまで自分が追い詰められたときじゃないと、どうするのかは――分からない」
「正直だな。だが、それでいい。口でいくら言ったところで、実際にその現場に直面すればどんな行動を取るか、誰にも分からないんだから」
アレンはそう言うと、時折見せる柔らかい微笑を見せた。だが、数秒後には鋭い表情に変わる。
アレンの蒼瞳に覇気が宿った。
「だが俺は、民間人を守る銀河連邦軍人だ。FD人がやろうとすることは、この世界に生きるすべての生命を壊すこと。そこに軍人も民間人もない。そんな無意味な死を、俺は許すわけにはいかない。仲間の為にも、俺はこの戦い、必ず勝ってみせる」
「不思議だな。お前が言うとさ、なんとなく――本当に勝っちゃうんじゃないかって思うよ。でもさ、アレン。その生き方、しんどくないか? なんでお前は、そうまで背負おうとするんだよ?」
「連邦軍人だからだ」
「軍人か……。アクアエリーの人たちもそうだったけどさ、なんていうか――おかしくないか、それ? だってさ、お前らだって帰りを待つ人がいるんだろう? 家族がいるだろう? 僕がソフィアに会いたいみたいに、お前らにだって」
「フェイト」
アレンはフェイトの言葉を遮るように、言った。それでも、と。
「それでも民間人を守るのが、軍人だ。その程度の覚悟もなく、特務は名乗れない」
「……凄いと思うよ、その覚悟は。でも――僕は認めない。お前だって一人の人間だろう!」
フェイトは拳を握ると、アレンを見据えた。
いつもとは違う、アレンの気配。
同じ覚悟を語っていても、今だけはいつもと違う。そうフェイトの直感が告げている。
フェイトは、揺るがない蒼瞳を見据えて、言った。
「お前……死ぬ気だな」
アレンはわずかに視線をそらした。
「時折、お前は鋭いな」
そう言って、彼はほんの少しだけ微笑う。
顔を上げた時には、いつも通りの表情で。
「死ぬつもりはない。だが、死ぬかもしれない。――いつも通りだ。死地に向かうのは、慣れている」
「嘘吐けよ。死ぬかもしれないなんて、お前が思うかよ……。他の誰が思っても、お前は思ったことなんてないだろう! 絶対になんでもやり遂げてみせる。必ず任務を遂行してみせる! 生きて帰ってくるのが、軍人の務めじゃないのかよ!」
「ああ、その通りだ。……だが、かつてない強敵に、身が震えているのも事実」
アレンの脳裏にあるのは、連邦最強のアクアエリーが葬り去られた瞬間だった。
その光景、その時の衝撃は今でもはかり知れない。
フェイトは首を振った。
「僕は……お前が臆病になっているから責めてるんじゃない。お前が、刺し違えてでもFD人を止めようとしているから――」
「その先は、触れるな。口にするだけで安っぽくなる」
「いいや、言わせてもらうね! 安っぽくなる? なにが安っぽくなるだ! 僕とお前の絆は、そんな言葉くらいで安っぽくなるのかよ!? お前とアクアエリーは――そんなに弱っちい絆なのかよ!?」
「お前に――!」
一瞬、アレンの顔面が震えた。
だがその先の言葉は続かず、彼はかすかにうつむいたあと、真っ直ぐに視線で射抜いてくる。
「俺たち特務は連邦最後の砦。これが連邦軍の、特務軍人たちの常套句だ。奴らに勝つ。いまはそれ以外に、目を向けるつもりはない」
「この分からず屋が……! いいだろう。どうせこう言いたかったんだろ? 『僕がどれだけ強くなったのか、見てやる』ってな! 教えてやるよ、お前を止められるくらい強くなったってな!」
「吼えたな」
アレンの蒼瞳に、いつもの覇気、剣気が宿る。
フェイトはそれを睨み返して、構えを取った。
両者、得物を抜く。
「フェイト、どうしたの?」
フェイトを追って平原に来たソフィアは、よく知っているフェイトの表情とは違うことに気づいて、不安げに胸に手を当てた。
その傍らで、ネルが訝しげにアレンを見る。
「アレン……一体、何があったんだい?」
「そういうこと」
二人のやり取りを見て、納得したのはマリアとクリフだ。
アクアエリーの消滅、エクスキューショナーの猛威。
予測のつかない最悪の事態は、クリフ達の度肝を抜いた。
――そして、
若き軍人に、新たな決意を固めさせたのだ。
クリフは目を細めながら、対峙する二人の青年を見据えた。
「だが、フェイト。お前に止める権利はねえぞ。アレンの覚悟を」
互いに剣を突きつけ合う両者。
同時の振り下ろしは、両者の中央で激突し、高い金属音を弾きだす。
「バカ野郎! 真正面から行く奴があるか!」
クリフが思わず叫んだ。
兼定の威力は知っている。普通の剣ならば、その刃ごと切り落とされる。
――だが、
「クリフ! あれを!」
「な、なにいぃ!?」
マリアの言葉で、その目を凝らしたクリフは、完全に静止した両者の剣を見据えて息をのんだ。
「あの、兼定を……!」
「止めた!」
「フェイト……」
ネルまでも我が目を疑っている。
その中で、ソフィアだけは心配そうにフェイトを見ていた。
「やはり、止めるか」
アレンはヴェインスレイを見据えながら、口端を上げる。
ボイドの魂が宿った名剣は、伝説とまで言われる剛刀の刃を完全に受け止め、ヒビ一つ入らない。
フェイトもまた、ヴェインスレイを握りながら言った。
「正直、自分でも驚いてるよ。こんなにも素直に、お前の刀を止められるなんてな」
「だが兼定と俺の力。この程度では無いぞ!」
「なら見せてみろよ!」
同時。
フェイトは剣を弾いた。
後方へ下がったアレンは、活人剣の構えを取る。
対するフェイトは青眼。
両者、同時に目を見開き、己が力を解放する。
「覇ぁああああっ!」
「な!? アレンの身に纏う炎が――黄金に!」
「な、なんて気だ……!」
吹き荒ぶ風が、傍観するクリフ達の髪を乱暴に逆立てる。
あまりの砂塵にソフィアは目を瞑って、衝撃に耐えた。
クリフが、三人の壁となるよう最前列にいるのだが、その庇護があっても風の勢いは止まらない。
「この力……、まさかFDの攻撃を退けたあの時の!」
マリアはそこで息をのんだ。
クラス3、2のレーザーを消し飛ばした、黄金の光だ。
それは赤い朱雀になりかわってアレンに従うよう背に現れ、高く吼える。
赤から金色に焔の色を変えた、朱雀が。
「これが俺の全力だ。止められるか、フェイト」
常識外れの練気を見せるアレンに、フェイトは鼻を鳴らした。ヴェインスレイを握りこむ。
破壊の力、ディストラクション。
それは世界の物理法則を消滅させる――白い光だ。
「まさか、フェイトも!?」
ネルが息を呑むのを皮切りに、マリアが悲鳴に近い声で言った。
「ディストラクションを使いこなしている!? いつの間に!」
「もしかして……、私とマリアさんが揃ったから?」
フェイトの父、ロキシ・ラインゴッドは言っていた。
フェイト達に刻まれた特殊紋章は、三人が集うことで力を発揮するのだと。
クリフは白い光の翼を負い、輝くフェイトを見ながら、空恐ろしいものを覚えていた。
「――止めてやるさ。僕の全力でな、アレン」
だが、そのフェイトの光も、アレンの朱雀に比べれば一回り小さい。
フェイトは額に白い紋章陣を浮かび上がらせると、最後の気合とばかりに力強く吼えた。
「ぁあああ……っ!」
フェイトの背についた白い翼が、羽音を立てて大きく広がる。
その上に、細身の少女が現れた。
破壊の女神、とでも言うべきか。
彼女は強い光を発して、フェイトに力を与えるように静かな視線を地上に向けている。
風が、もはや空気の塊となって同心円上に広がった。
風だけに留まらない衝撃に、ついにマリアが見かねてプロテクションをクリフの前に張った。
だが、それでもずしりと両腕が軋む。
マリアは息を呑んで、障壁越しにフェイトとアレンを見た。
「こ、これは……!」
「ヤバいぞ!」
「どっちもなんて力だい……!」
「……どうして、どうして全力でぶつかり合わなきゃいけないんですか? こんなこと――意味ない。ただ傷つけあうだけじゃないですか」
ソフィアは胸の不安がだんだんと現実味を帯びているような気がして、それを拒絶するように首を横に振った。
「残念だけど。それは今のあの二人には聞こえないわ」
「そんな……、フェイト!」
「行くぞ、フェイト」
「来い」
宣言の後、鋭い踏み込みとともに放たれる斬戟。
上段からの振り下ろしを、フェイトは無表情で止めた。
ィインッ……!
衝撃の重さを物語るように、白い風がかちあった二つの刃の間から零れる。
アレンは口端をつり上げた。
「ついに兼定の斬戟を、ディストラクションできるようになったか。面白い!」
「面白がってられるのも、今のうちだぞ」
フェイトはまた剣をはじき返し、ぶつけあう。
腕力、剣の強度、威力はほぼ拮抗している。
両者の中央で、激しくぶつかり合う剣撃の応酬。
その中で、フェイトはたった一つの斬撃のタイミングをずらした。
「ブレードリアクター!」
光が走る。瞬間。扇状の山を描く剣が、アレンの刀の柄で止められた。
即座にフェイトは、剣を振り下ろす。硬い音が立った。痺れる両腕。アレンが刀を横にして止めている。
フェイトはさらに踏み込んで、剣を振り上げた。
キュィンッ……、!
一瞬の三合。空気がすり切られ、悲鳴を上げて高く鳴く。
アレンはバックステップでフェイトの剣を避ける。
瞬間、
「ストレイヤーボイド」
赤黒い闇の渦がフェイトを中心に起きるのと同時に、アレンは咄嗟に刀の切っ先を垂直に下げ、体の脇に構える。そこに、フェイトの胴薙ぎが一閃。ギィンッという甲高い音が響き渡る。
九十度で交わる刃を振り切らず、フェイトはブレードリアクターの初撃、切り上げに技を切り換える。
ネルはあんぐりと口を開けていた。
「す、すごい攻めだ……!」
「フェイト、こんなにも動けたの!?」
マリアも息を呑む。
「兼定の間合いにならねえように、攻めて攻めて攻めまくってる! だが、一瞬でも攻撃の手を休めたら――」
「!」
クリフの言葉に、ソフィアの顔色からサッと血の気が引いた。
「俺に斬撃勝負を挑むか。いいだろう」
アレンは低くつぶやくと、兼定を両手で握りしめた。
――夢幻鏡面刹。
二つの異なる連続斬撃を重ね合わせた、アレンの剣術は、まさに檻。
二メートル近い剛刀が振り切られる
兼定は青白い光を放つように凛と輝き、空間に網の目を描くように縦横を裂く。
「……ぐぅ!」
フェイトが唸った。
手数でアレンが上。
それでもフェイトは防ぐ。
肩、二の腕、手首、脇に浅い裂傷が刻まれる。
フェイトがいくら最高速度で動いても、アレンは最小の動き――体捌きでその上をいく。
「チィッ……! やっぱ、剣術は分が悪いか……!」
「なら体術でくるか?」
思わず零したフェイトのつぶやきに、アレンが静かに返した。
途端。
金髪がブレる。
フェイトが、ぃ、と息を詰めた時には、アレンがフェイトの懐に踏み込んでいた。
「桜花連撃」
「なにっ!?」
フェイトが目を見開く。
アレンの左拳が肋骨の上からフェイトの肝臓を直撃し、くの字に身を丸めたフェイトの頬を左のハイキックが
と、
アレンが鋭くジャンプして、空中で左ソバットをフェイトの胴に決めた。
ォオ……ッ!
呻く間もなくきりもみに回転しながら、フェイトが地面が迫ると同時に着地する。
そこに、アレンの鏡面刹が走る。
フェイトは咄嗟にストレイヤーボイドの瞬間移動で、斬撃の檻の後ろへ避けた。
兼定が、フェイトの鼻先数ミリを駆る。
アレンが言った。
「なるほど。ディストラクションをそんな風にも使うか……。さすが物理法則を破壊するだけのことはある。だが――それで終わりか? 受けているだけでは俺は倒せんぞ、フェイト」
途端、朱雀が高く鳴いた。
風が、焔が、吹き荒れる。
「ま、待て! アレン! それは――」
「まさか、クラス3.2以上の……! フェイト!」
クリフとマリアが絶句する。
澄み渡った青空さえも黄昏色に染める練気は、ソフィアに嫌な予感以外を与えない。
「フェイト!」
悲鳴に近いソフィアの叫びは、轟音の中に掻き消えた。
「朱雀吼竜破!」
短く、アレンが吼えるのと同時、
蒼く輝いた兼定の刀身から、あり得ないほど強烈な力が放たれた。
背の朱雀がその力と絡み合い、溶けて黄金の龍となる。
――グォオオオ……!――
大口を開けて吼えた龍は、バンデーン艦すらをも丸呑みする巨大さと、壮麗さを持っていた。
「アルベルの比じゃない!?」
「あの時、あの星の船たちを沈めた――! あの光を超える黄金の龍!」
「やべえ……!」
「く、……っ、ぐ、ぉおおおお!」
黄金の龍を真正面から受け止めたフェイトは、ディストラクションの光をこれでもかと溢れさせた。
以前ならば、刃を交えた時点で終わっている。
だが今は、名剣ヴェインスレイ――、そして幾多の猛者を相手に戦い方を覚えたフェイトの実力によって、どうにか持ちこたえている。
それに異を唱えるように、目の前の巨大な龍は邪悪な口を開けて鋭く吼えた。
まるで、『喰わせろ』とでも言うように。
フェイトは歯の根を噛み締める。
負けられない。
物理的にも、精神的にも。
「ぐ、ぁ、っ、……く、ぉおおっ! つぇぃゃぁあああ!」
フェイトの翼が更に大きく広がる。
浮かびあがった少女神が光を放ち、ディストラクションの力を開放する。
――だが、
十九年。生まれた時から最強の軍人となるために剣を振り続けた青年と、
数千年。伝説の刀として在り続けた剛刀が作り上げた純粋な練気は、フェイトの眩いばかりの才能で生みだされた物理法則を破壊する力をもってしても、
消せない。
龍はそのまま在り続ける。
それだけに留まらず、徐々にフェイトを押し返す。
「ふぬぁああああ!」
フェイトは声を限りに叫んだ。
光の向こうから、アレンの声が届いて来る。
「どうした。それで俺を止められるのか?」
そこには、まだ余裕の色があった。
アレンは黄金の龍を猛らせながらも、再び刀を振りかぶる。
「まさか!?」
「もう一撃!?」
「フェイト!」
「ま、待ちなさい! アレン!」
マリア達の顔色が白くなる。
だが、
アレンは仲間の制止を聞き入れなかった。
兼定を振り切る。
途端、
龍が、さらに巨大化した。
「……クッ、ぐぅうう、ぁあああああああ!」
最後は悲鳴だった。
黄金の光の中に、フェイトが呑まれて行く。ディストラクションの光が消されて行く。
「フェイト……!」
「フェイト!」
マリアとソフィアは息を呑んだ。拳を握る。
身体の奥が、心臓が、どくんっ、と激しく脈打った。
ソフィアの右腕を中心に、光の紋様が同心円上に幾つも描きだされる。
マリアの額に、白い紋様が浮かびあがった。
コネクション、
アルティネイション、
そして――ディストラクション。
三つの特殊紋章による、共鳴だ。
フェイトの翼が再び雄々しく伸びる。
彼は態勢を立て直しヴェインスレイを握りしめると、額の紋章に力を込めた。
「これに耐えられるものなら……」
フェイトの背に浮かんだ女神が、カッと目を見開く。
「まさか!」
「あれは……バンデーン艦を沈めた!?」
ネルとクリフが息を呑む。
どちらも常識から外れた、超破壊力の必殺技。
勝つのはアレンか、フェイトか――
「耐えてみろ! アレェエエエエン!」
フェイトは挑むようにアレンを睨み据えると、ディストラクションの光を宿した剣を大きく振り被った。
「イセリアル・ブラストぉおおお!」
野太い光線が、平原を駆ける。
黄金の龍が、その光の線を喰らわんと大口を開ける。
打ち合い。
光と轟音と突風で、二人の戦いは熾烈を極めた。
「互角!」
両腕で頭を庇いながら、クリフがつぶやく。
「――だと思うか? なぁ、兼定」
アレンは低くつぶやいた。
兼定が、蒼く輝く。
龍がけたたましく吼え、三つの紋章を重ね合わせた光線を押し返していく。
フェイトは足を開き、地面を削りながら低く呻いた。
「くっ、……兼定と、アレンだけのパワーじゃない……! これが、これが……っ、真の剣士ってやつか……!」
忌々しげに舌打つ。
アリアスで出合った昔ながらの刀匠は、フェイトに剣を渡す時、こう言っていたのだ。
――剣は剣士を選び、剣士は剣を選ぶ。互いに、力を高め合う存在。
(どうする!? 能力だけじゃ、……勝てないっ! 無理なのか……! ディストラクションだけじゃ、僕はアレンに勝てないのか!? これじゃあ、あの時と一緒じゃないか! 自分は、無力だって思ったあの時と――……違うだろ! ディオンを、アミーナを、あんな目に遭わせるような、そんな無力な自分じゃ、もうないだろうっ!」
心の叫びは、いつしかフェイトの口から発せられていた。
アレンが目を細める。
「良い目だ。この期に及んで、なお諦めないか」
抑揚なくつぶやいた彼は、兼定を握りこみ、剣気にぎらついた蒼瞳をフェイトに向け、吼えた。
「見せてみろ! お前の覚悟をっ!」
「見せてやるさぁあああ!」
フェイトは返しながらも、さらに紋章力を高める。
翼から零れた白い羽根が、宇宙に散りばめられた星々のように輝き、光線がその太さを増していく。
「イセリアルぅうう……ブラストォオオオ!」
途端、
龍と激突していた光線の先に、フェイトの負っている光の翼が生えた。
それは爆発的な力を更に生み出すと、龍を巻き込んで一気に激発する。
――相殺。
「!」
アレンは息を呑んだ。
「や、やりやがった……! フェイトの奴!」
クリフが驚きと感動のあまり、手を叩く。
ネルは目で見たものを信じられずに首を横に振っていた。
「あの、アレンの龍を止めるなんてね……!?」
「馬鹿げてるわ……。これが、ディストラクション……!」
マリアが息を呑む。
「フェイト……!」
ソフィアは眉を寄せて、ただこの戦いが早く終わることだけを願っていた。
「なるほど。口先だけじゃなかったか」
口許に笑みを浮かべながら、アレンがつぶやく。
仕切り直すように名剣ヴェインスレイを一閃したフェイトは、ニッと笑い返しながらアレンを見据えた。
「言ったろ? 止めてやるってさ」
アレンは苦笑しながら、そうか、とだけつぶやく。
次の瞬間には、鋭い戦士の瞳だった。
「だがその結論は、まだ早い」
「ああ」
フェイトも頷いて、両者、構える。
「さあ!」
「勝負!」
吼え合い、二人は駆けた。
と同時、
「空破斬!」
疾風の刃が二人の間を割っているように走り、フェイトとアレンは思わず足を止めた。
「うぉっ!?」
短く呻いて飛びのく。
アレンが左に視線を投げかけると、そこに魔剣を携えて帰ってきたアルベルがいた。
「この俺を抜いて、最強決定戦なんぞしてんじゃねえよ。阿呆どもが。さあ、混ぜてもらおうか!」
にやりと口端を歪めながら言い放つアルベルに、アレンは頷く。
「いいだろう。二人まとめてかかってこい」
「かちーん」
分かりやすい反応の返したのはフェイトだ。
先程までちょっと押されていたとはいえ、『二人まとめて』とは相変わらずこの悪魔も大きく出たものである。
フェイトは据わった目でアルベルを一瞥した。
「おい、アルベル。アイツまじで潰すぞ」
「ぬかせ。貴様の助けなどいるか」
「なんだとぉ!? もうお前なんか頼らないっ!」
頬を膨らませて、ぷいとそっぽを向いたフェイトは、名剣ヴェインスレイをブンブンと振った。
いつのまにか――、アレンからは黄金の炎、フェイトからはディストラクションの光が消えている。
「うぉりゃぁあああ!」
「とりゃぁああ!」
そして――、主にフェイトによる奇妙な掛け声が、平原に響き渡った。
「な、なんとかいつものノリに戻ったみてえだな……」
クリフは頭を掻きながら、一連の流れにホッと安堵の息を吐いた。
いくらアレンが加減を知らない男とは言え、先程までの激突は常軌を逸している。
下手をすれば、後ろにあるアリアスの村や、ペターニにまで影響が及ぼすような強烈な力だった。
ネルも両腕を組んで息を吐く。
「一時はどうなるかと思ったよ……!」
「まったくね。あの二人」
マリアは前髪をさっと払った。
「……どうして、フェイト……」
ソフィアだけが、胸のざわめきを抑えられずにいる。
それは予感とも言い難い、曖昧で漠然とした不安であったが、すべてを消し去るディストラクションの光を惜しみなくまとったフェイトは、ソフィアの知るいつものフェイトとは、少し違って見えていた。
フェイトは、無駄な争いを好まない青年のはずなのに――と。