連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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72.ブレア

「ここが研究セクションか……」

 

 アルフが掴んだ情報によると、このスフィア社(ビル)の最上階に、エクスキューショナーを放ったオーナーの開発室があるらしい。エターナルスフィアへの直接干渉を制限した今、それをどうにか出来るのはオーナーだと言うコトだ。

 クリフはビルの上階に行く度、数を増す保安員と機械兵に辟易していた。

 

「にしても、次から次へと湧いて来やがるぜっ!?」

 

 通路を埋める勢いで現れる彼等を叩き潰しながら、クリフは溜息を吐いた。機械兵だけでも、既に三ケタは破壊している。

 その上、

 

「だめだ。ここも開かない」

 

 スフィア社内は要所にあるシェルターで通路を閉鎖されていた。ちっ、と忌々しげに――クリフは何度目になるか分からない舌打ちをする。

 と、

 

「退け」

 

 ついに焦れたアレンが、剛刀・兼定でシェルターを斬り裂いた。分厚い合金製扉が、あっさりと割れ、倒れていく。フェイトは肩をすくめた。

 

「さすが、化け物刀だな」

 

「フェイト。俺達は、これから右の通路を行く」

 

 兼定を納刀しながら、アレンは言った。フェイトが要を得ずに首を傾げる。

 

「なんで?」

 

「今は一分一秒が惜しい。――そう言う事だ」

 

 アレンはほんの一瞬だけ、すまなさそうに目を細めると、アルフと頷き合うなり、駆けて行った。相変わらず、二人とも足が速い。

 見る間に遠ざかった連邦軍人達を見送って、クリフは頭を掻いた。

 

「だぁあ! もうっ! どいつもこいつもっ!」

 

「仕方ないわ。こうやってる間にも、あの二人の仲間はそれこそ万単位で亡くなってるわけだし。私達も急ぎましょ」

 

「……いいのか、マリア?」

 

 フェイトは敢えて訊いてみた。彼女が、二人の行動にある程度の危惧を覚えている筈だからだ。マリアは肩にかかった髪を払うだけで、答えなかった。

 

「今は先を急ぐことの方が大事でしょ。私達は私達で行けばいいわ。その方が効率的だもの」

 

「それもそうか」

 

 フェイトは二人が去って行った通路を一瞥して、反対側の通路を駆けた。

 

 

 

 ………………

 …………

 

 

 

「……さすがにこの人数は厳しいわね」

 

 地形は向こうの方が熟知しているからか。袋小路に追い込まれたマリアは、うんざりと溜息を吐いた。隣で、クリフがあからさまに顔をしかめている。一行の右手には保安員、左手には機械兵。正面が保安員で、後ろは開かない扉だ。

 

「そう言うな。滅入るだろうが」

 

 鼻を鳴らすクリフの隣で、ネルが静かに竜穿を構える。マリアの傍らではアルベルが、鬱陶しそうに保安員と機械兵を睨み、刀を抜いた。息を切らしているソフィアの前には、フェイトが陣取っている。

 社内散策を初めて二時間少々。休む間も無く戦い続けているのだから、ソフィアが息切れするのは当然だった。むしろ、他の面々が誰一人集中力を切らしていない事が奇跡だ。

 今、フェイト達を囲む保安員と機械兵は、二十人と四十体ほど。

 

(一人一殺一機体として――十ちょっとか……。勝てなくもないけど――)

 

 いくら数で圧してこようとも、スフィア社内は通路が狭い。それ故にフェイトやクリフ、アルベルが盾となれば、女性陣の紋章術や飛び道具で保安員達を撃退するのは難しくなかった。

 問題は――、

 先が、まったく見えないこと。

 

(どうしたものか……)

 

 内心つぶやくフェイトに、背中から声がかかった。

 

「こっちよ!」

 

「――へ?」

 

 首を傾げて振り返った先は、閉じた扉だ。その前に見知らぬ女性が現れ、フェイト達を手招きした。フェイト達が顔を見合わせたのは束の間。彼等は、後ろの扉に飛び込んだ。

 

「待てっ!」

 

 慌てて保安員が追ってくる。が。扉が閉まる方が早く、フェイト達は見事、部屋の中に逃げ込めた。

 一瞬の隙を突かれた保安員が、忌々しげに舌打つ。急いで部屋の解錠ワードを打ち込むが、びくともしなかった。

 

「クソッ! 中からロックしやがったんだ!」

 

 荒々しく扉を叩く保安員。現在、スフィア社では『特異体の排除』が最優先課題となっているのだ――。

 

 

 

 ………………

 

 

 

 四面楚歌のスフィア社内で、間一髪、フェイトたちを救った女性は『ブレア』と名乗った。

 上品な顔立ちに微笑みを絶やさない彼女は、二十代から三十代前半の女性で灰色の髪をベリーショートにして右に流している。瞳は蒼。肌は白く華奢で、さりげなく配された薄紅色の口紅ルージュと柔らかな物腰が、上品な大人の魅力を醸し出す。彼女の両耳には、金の三角錐形ピアスが配されていた。

 

 社内でも有数のプログラマーと称される、今回の件について社の判断を是としない者たちを集める中心人物だった。

 

 彼女は、エターナルスフィアはパラレルワールドのデータは博物館に安置して不干渉とすべきだと考えを持ってていた。世界を破壊するエクスキューショナーのような悪魔の存在を放置しておくわけにはいかない。そのために、フェイトたちに協力してほしい、とフェイトたちに申し出てきたのだ。

 

「エクスキューショナーを放置しておけないと言っていたわね? 具体的に方策はあるの?」

 

「ええ。既に奴らを消去するためのアンインストーラーを用意してある」

 

 マリアが問いに、ブレアは簡潔に答えて、胸ポケットから三cm大のディスクを取り出しソフィアに手渡した。プラスチックケースに入った『アンインストーラー』を見下しながら、ソフィアが一礼する。

 ブレアは一つ頷いて、続けた。

 

「このアタックプログラムはエターナルスフィアの在来種であるあなたたちには効果を発揮しないけど、エクスキューショナーのような特殊な存在に効果を発揮するように作られているわ。大層な名前はついているけど、エクスキューショナーもプログラムの一種には違いない。十分、効果が期待できるはずよ」

 

 彼女はこう話す一方で表情を曇らせた。曰く、このプログラムはエターナルスフィア内部で作動させなければならない。だが、銀河区画には現在、ブレアたちFD人は侵入できないというのだ。

 そこで二つの空間を行き来できる、フェイトたちに助力の話がきた。

 スフィア社の反勢力と言えるブレアを始めとした面々に、嘘を言っているようなそぶりは見られない。

 元々、具体策を持たないフェイトたちは、ともかく乗ってみる他なかった。

 

 次に問題となったのは、エターナルスフィアへの戻り方だ。

 最初にマリアが危惧した通り、すでにスフィア社とジェミティ市のステーション間は、遮断・封鎖されていたのだ。ゆえに、オーナー室のある最上階の端末以外に、フェイトたちが元の世界に帰る術はないと言う。

 この危険な道中に、ブレアは同行することを願い出た。エターナルスフィアでは力になれないかもしれないが、ここならなれる、と主張するのだ。

 こうして一行は、彼女の案内で大型エレベーターに向かった。最上階に繋がると言う、その場所に。

 

 

 

 ………………

 

 

 

「ブレア……君も無茶をしたねぇ。自分は何をしても大丈夫だと思ったかい?」

 

 オーナー室に繋がる大型エレベータの手前で、二人の男が立っていた。一人は巨漢で、褐色の肌に武骨な強面、黒髪を後ろに撫でつけた男。もう一人は痩身で、金髪の猫っ毛を左に流し、唇に紫色の口紅(ルージュ)を引いた優男だ。

 どちらも、スフィア社員の制服を着ている。ブレアは目を瞠った。

 

「べリアル、ベルゼブル!」

 

「残念だったねぇ。オーナーは君も処分なされることにしたようだよ。しかしオーナーに逆らったんだ。覚悟の上なんだろう? ククッ」

 

 優男のベルゼブルは、右手に電磁鞭を握りながらクスクスと嗤った。化粧でもしているのか顔が白く、くねくねとしな(・・)を作る様が花魁の如く艶めかしい。

 

「長い付き合いだ。せめて苦しまないように殺してやる」

 

 対して巨漢の男、べリアルは素気ないものだった。言葉少なに語ると、いかつい拳を打ち鳴らす。その二人を見据えて、ブレアは、ぅ、と息を呑んだ。フェイトが前に出る。彼は、す、と左腕を掲げた。

 

「皆、ここは僕に任せてくれないか?」

 

 そう言って、皆を制止するように広げた左手を見るフェイト。クリフは目を丸めた。

 

「あん?」

 

 どういう意味だ、と聞こうとしてフェイトを見ると、鋭くべリアルとベルゼブルを睨むフェイトの表情(カオ)があった。先程の――アルフを茶化しに行った時とは空気が違う。クリフは思わず瞬き、苦笑した。拳を下ろす。

 

「いいんだな?」

 

「ああ」

 

 フェイトは短く答え、ヴェインスレイを抜き払った。

 

「フェイト!?」

 

 ソフィアが目を白黒させる。杖をぎゅっと握る彼女を肩越しに振り返って、フェイトは穏やかに笑った。

 

「――ソフィア。僕は、お前の前で負けない」

 

 ヴェインスレイの白刃が光る。――破壊の力、ディストラクション。全てを等しく無に帰す光が、ヴェインスレイの刃の後を追い、光の線を引く。

 ベルゼブルが心から嘲笑した。

 

「おいおい、お前なんかが僕に勝てるってのかい? ボーヤ」

 

「お前なんか僕の通過点に過ぎない。わかったか、カマ野郎」

 

「な……っ!?」

 

 絶句したベルゼブルの顔つきが変わった。目を見開いた彼は、口端を(いびつ)に動かす。ベルゼブルは、くく、と小さな嗤い声を洩らすと、鼻の頭に皺を刻んで恫喝した。

 

「ぶっ殺してやる!」

 

 腹の底から吼えるベルゼブルを見据え、フェイトは地を蹴った。剣を水平に構え、鋭角に突く。電磁鞭が火花を散らして襲い掛かる。が、フェイトが間合いを詰める方が速い。鞭はしなる分、攻撃速度は遅く、隙が多い。

 

 ギィッ!

 

「ッ!?」

 

 ベルゼブルは息を呑んだ。眼前に、ヴェインスレイ。振った鞭は自動(オート)でしなり、フェイトの突きを止めている。熱探知の鞭だからこその反応だ。

 

(コイツっ……!)

 

 ベルゼブルの顔が赤く染まる。

 

「そら――っっ!?」

 

 反撃の鞭を振るおうとした瞬間。すぐ傍らにフェイトがいた。

 

「甘いんだよっ!」

 

 黄金の気を纏った蹴りが、轟音を立ててベルゼブルの脇に決まった。突きが捌かれる事など、フェイトにとっては不測の事態ではない。

 

「ガァ、……、ッ!」

 

 しかし、高性能装備に頼ったベルゼブルにとっては予想外だった。目を見開く。予想以上の衝撃に胃液を吐いた。脇を抱える。

 と、

 

「遅いっ!」

 

 ヴェインスレイの三連撃がベルゼブルを斬り裂いた。ブレードリアクター。振り下し、振り上げ、突きの斬線が宙に青白い線弧を描く。

 血飛沫が舞う。

 ベルゼブルは目を見開き、呻きながらたたらを踏む。そこを、更にフェイトの体当たり(チャージ)が肩からぶつかった。

 

「ぎ、ぇ……っ!」

 

 息を呑んだのも束の間、防御態勢もままならず、ベルゼブルは体当たり(チャージ)を顎に喰らって後方に吹き飛ぶ。ベルゼブルの顎が割れ、血が吹き出る。彼は地面に倒れ伏した。

 フェイトはヴェインスレイを下ろさない。視線を、もう一人のスフィア社員に向けた。

 

「――見事」

 

 褐色の肌の巨漢、べリアルは瞬殺されたベルゼブルを見、驚きながらも賛辞を口にする。

 フェイトは眉間に皺を寄せた。

 

「見事?」

 

 柄を握り、フェイトは上に跳ぶ。直後。ベリアルが放ったミサイル弾が床を叩いた。ベリアルは巨躯に相応しい、バズーカ砲を両肩に担いでいる。(ベリアル)は、鋭く左を見た。

 着地後、サイドステップしたフェイトを目で追う。

 そこで、

 

「どこを見ている、阿呆」

 

「!」

 

 右から声がした。同時。アルベルの刀が、ベリアルの胴を薙ぐ。と、刀に気が集約し、赤白く輝いた。ただの薙ぎから、己の周り全てを斬り払う剣技、衝裂破を放つ。

 ベリアルは目を見開き、咄嗟にバックステップして両腕を交差(クロス)させた。衝撃をやり過ごすが、予想以上の衝撃に、みしぃ、と腕が悲鳴を上げる。

 

「お返しだよ、弾けろ!」

 

 フェイトの指先からオーバースローイングで炸裂弾が放たれる。ベリアルは、肩に担いだバズーカ砲を盾にした。息が詰まる。やはり、衝撃が重い(・・)。保安部の中で、最も実戦経験を積んだベリアルでさえ対処しきれない、フェイトとアルベルの速攻。

 

(――なんと!?)

 

 驚いている間に、盾にした砲身の逆サイド――アルベルの剛魔掌がベリアルの首を攫い、強引に引き倒した。赤黒い闘気を孕んだ鉄爪の斬撃が、彼の視界を白く染める。

 

「寝てろッ!」

 

 更にフェイトは下段から剣を上段に振り上げた。斬線の後を地面から生えるように剣風が追う。

 

「ヴァーティカル・エアレイド!」

 

 ベリアルの巨体が剣風で舞い上がり、剣圧で後頭部から叩き落とす。悲鳴を上げたのも束の間。彼は轟音を立てて、仰向けに倒れた。

 

「俺の……負けだ」

 

 意識を失う寸前、ベリアルはつぶやく。短く空気の塊を吐いた彼は、それ以後動かない。

 フェイトは着地し、ヴェインスレイを鞘に納めた。『活人の剣』と言われるだけあり、ベリアルもベルゼブルも死んではいない。傍らでアルベルが刀を納める。

 フェイトは視線をアルベルに向けた。

 

「加勢するなよ、せっかく格好つけようと思ったのにさ」

 

 肩をすくめて言うと、アルベルは鼻を鳴らした。

 

奴等(・・)に追いつくのはテメエだけじゃねえ。諦めろ、阿呆」

 

 フェイトが答えあぐねて、頭を掻く。

 と。

 倒した筈のベルゼブルが、床に転がった状態で身を丸めながら、くく、と笑いだした。

 

「……フ、……フフ。折角のアンインストーラーだけど……、なんの……役にも立たない……よ。既に、オーナーが……!」

 

 言葉の途中で、ベルゼブルの言葉が途切れる。フェイトは眉間にしわを寄せ、飛び付いた。

 

「おい!」

 

 吐血したベルゼブルの襟首を掴む。揺り起すが、ベルゼブルは反応しなかった。かくかくと首だけが大袈裟に揺れる。

 

「おい! 一体、オーナーが何をしたって言うんだ!? おい!」

 

 それでも問い詰めるが、ベルゼブルは動かない。アルベルがそれを見、忌々しげに舌打った。――どうやら吐血の所為で、本格的に昏倒したらしい。

 

「厄介な阿呆だ」

 

「……ああ」

 

 フェイトも同じ心境だった。オーナー側が罠を仕掛けているのか。それとも、アンインストーラーを起動させない策でもあるのか――。

 読めない。

 マリアが顎に手を据え、首を横に振った。

 

「……分かってはいたつもりだったけど、やっぱり生で見ると信じがたいものがあるわね」

 

 ふと、ブレアの声がしてフェイト達は後ろを振り返った。思案顔のブレアがそこにいる。腕を組んで、眉に皺を刻んでいる彼女が。

 

「何が……ですか?」

 

 ソフィアが不安そうに問いかけた。

 

「あなたたちの力よ。この二人まで倒しちゃうなんて……。それに紋章術がこっちの世界で具現化するなんて驚きだわ。どういう理屈なのかしら?」

 

 ブレアは首を捻る。自分の設計した紋章術が――この現実には存在しないものが――、なぜ成立しているのか。

 考えれば考える程、理解出来なかった。

 

「怖気づいた?」

 

 マリアが問う。紋章術は脅威の『力』だ。いくら自分達を『パラレルワールドの住人』と称せても、同胞(FD人)を撃退する様を間近で見せられて、掌を返すことも考えられた。

 

「私達は、やはり消去しておいた方がいいなんて思ってるんじゃないの?」

 

 故にマリアは問いながら、背中に冷汗が伝うのを感じていた。ここでブレアが、自分達を憐れむだけの人間ならば、彼女が敵に回ってもおかしくはない。

 同情はただの感情。気分が変われば、答えも変わる。そして自分の脅威となる存在に対して、人がどんな対応をするのか、マリアは反銀河連邦(クォーク)のリーダーとして知っていた。

 これはある意味、転機だった。ブレアが敵か、味方か、見定めるための。

 

「見損なわないで」

 

 ブレアはさほど間を置かず、言い放った。眉をつり上げ、怒った彼女の瞳に嘘はない。

 

「……ごめんなさい」

 

 マリアは素直に謝った。ブレアが義侠心に駆られて行動したのなら、何も言う事はない。それでも頭の片隅には、自分達を本当に助けてくれるのか疑問はあった。

 マリア達は『シミュレーション内の存在』。

 どう足掻いても、その事実だけはブレアの思考から引き剥がす事が出来ないからだ。

 

「いいのよ。分かってくれれば」

 

 マリアの葛藤を察した様子もなく、ブレアは優しい声で言った。元々、気性が穏やかな人物なのだろう。彼女はすぐにマリアの言葉を信じてくれた。

 クリフが溜息を吐きながら、問う。

 

「ま、それはそれとしてどうする? エレベータ(こいつ)はこの有様だ。他の手段で最上階まで行けるのか?」

 

 クリフの言う通り、べリアルとベルゼブルが立ちはだかったエレベータは、二人の手によって爆破されていた。恐らく、べリアルのロケットランチャーを使ったのだろう。エレベータの床に焦げた跡が残っていた。

 ブレアは、心配しないで、と微笑って言う。

 

「それは平気よ。他にも道はあるわ。ただ……、敵がウジャウジャといるでしょうけど」

 

「でも、それしかないんであれば行くしかない」

 

「ええ」

 

「今まで通りだね」

 

 フェイトの言葉に頷いて、一同は来た道を戻る事にした。

 

 その途中、スフィア社員の一人、アイレと言う名の男が声をかけて来た。ブレアの考えを支持する、スフィア社員の一人だ。

 彼はフェイトとアルベルを自分のパーソナルコンピュータの前まで連れて行くと、こう言った。

 

「俺はアイレ。主に君達のようなキャラクターのパラメータ管理を担当してるんだ。どうやら君達二人は、パラメータの方が万全じゃないみたいだな。ちょっと待ってろ」

 

 彼はそう言って、キーボードに指を走らせる。

 と。

 光が空から降り、まるでフェアリーライトをかけられたように、フェイトとアルベルの服の袖がふさがった。基はかすり傷にも達していないとは言え、べリアルのランチャー、ベルゼブルの電磁鞭で多少焦げた服の生地まで戻っているのだ。

 言葉に詰まるフェイトを置いて、アイレはニッと笑った。

 

「と、こう言うことが可能なわけだ」

 

 現状では有難い援護。言われてみれば体力だけでなく、ここまで来るのに消費した精神力の方も、回復したように思える。体が軽くなったのを感じる反面、自分達が『シミュレーター内の存在』と言う部分を誇張された気がして、フェイトは得意げに笑いかけて来るアイレに、ぎこちない愛想笑いを返した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

[――いたか? アレン]

 

「いや、見つけていない」

 

 通信機に答えながら、アレンは内心焦っていた。

 最上階のオーナー室に着いたのは、つい十分前。

 重役用直通エレベータでなく、一般エレベータを使った彼は、フェイト達より先にオーナー室に入っていた。しかし、そこに肝心のオーナーはおらず、どこを探してももぬけの殻だ。

 

 それでも、オーナー専用マザーコンピュータを使えば、執行者をどうにか出来る。

 

 そう思ってマザーを触ってみたものの、FD文字が読めない。どこをどう触ればいいのか、彼にはさっぱり分からないのだ。

 下手をすれば、『エターナルスフィア』と称される自分達の世界が、ボタン一つで消え去る。

 その辺りの事情もあって、彼は迂闊に手出しが出来ないでいた。

 

「くそっ!」

 

 アレンは忌々しげに舌打つ。今、アルフと二人で最上階から一階までを虱潰しに探している。オーナーは必ずどこかに居る筈だ。そう考え、FD界に来るのは、この一度だけで終わらせるつもりで、隈なく社内を捜索している。

 一刻も早い解決を、目指さねばならない。

 連邦の為にも、フェイト達の為にも。

 なのに――。

 

 オーナーが、見つからない。

 

 アルフが通信機越しに言った。

 

[おい。……どうやら、フェイト達が最上階に着いたみたいだぜ。スフィア社から、俺達に協力する者が現れたらしい]

 

「協力者だと?」

 

 アレンが眉をひそめて問うと、アルフが溜息を吐いた。

 

[ガキが言ってた『B』って女だ。俺達をここに呼び寄せた相手でもあるな]

 

「信用できるのか?」

 

[さあ。だが、とりあえず、信用するしかねえだろ?]

 

「………………」

 

 アレンは深刻に唇を引き結ぶと、頷いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「こっちよ」

 

 ブレアの案内で、フェイト達はスフィア社最上階――オーナー室に着いた。彼女の言う通り、ここに来るまで保安員と遭遇したが、そもそもブレアと合流する前に相当な数を相手にして来たのだ。今更、数が増えたぐらいで、フェイト達の障害と言えるほどのものでは無かった。

 五階にある一般エレベータを使うと、百階まで一気に昇れ、更に百階のフロアから最上階へのエレベータを使って、フェイト達一行はこのオーナー室に辿り着いた。

 そして、フェイトは不思議そうに辺りを見回した。家主のオーナーがいない。それに、連邦軍人の二人も。

 

「誰もいないみたいだな」

 

 クリフが意外そうに目を丸めた。ベルゼブルの言葉を借りるなら、『もう手遅れ』との事だが、ここで仕掛けてこなければ、一体どこで仕掛けて来るつもりなのか。

 フェイトも首を傾げながら、ブレアに向き直った。

 

「まあ、ともかく今は先を急ごう。ブレアさん」

 

「ええ」

 

 ともかく今は、一刻を争う時だ。

 そう思って、フェイトがブレアを催促した――まさにその時。

 

 ピーッ、ピーッ、ピーッ……

 

 フェイトの通信機が音を立てた。びく、と肩を震わせて、フェイトはポケットから通信機を取り出す。アルフからだった。

 

[どうやら、最上階に着いたみたいだな]

 

 前置きも無く本題を切りだす彼に、フェイトは苦笑しながら腰に手を据えた。

 

「今回は、僕等の方が早かったみたいだな」

 

[ああ。――それで、オーナーは見つけたのか?]

 

「いや。今、不思議がってたところだ」

 

[こちらもまだ見てない]

 

 アルフの声には緊張感があった。フェイトは、ふ、と口端を緩める。

 

「心配しなくても、僕等はこれからアンインストーラーを発動するよ」

 

[アンインストーラー?]

 

「ああ。フラッドの友達の――『B』さんが僕等に協力してくれてね。このプログラムを僕達の世界で起動すれば、執行者を一掃出来るんだ」

 

 通信機の向こうで、アルフが息を呑んだのが分かった。

 

「そう言う事だから、ともかくお前もアレンも急いで来い。今は一刻を争うんだから」

 

[ああ。……分かった]

 

 アルフとの通信を終える。フェイトは改めてブレアに向き直ると、ブレアはひとつ頷いて、オーナー室の中央にあるメインコンピュータまで歩み寄った。

 

「これが現在使用できる、このビル唯一の銀河系へアクセス可能な端末よ。さあ、中に入って。設定は私が外からやるから」

 

「分かりました。――あの、さっきも言いましたけど、あと二人来る予定なんです。転送はそれからでも構いませんか?」

 

「分かったわ」

 

 穏やかに笑うブレアに、フェイトも安堵して破顔する。

 マリアが深々と一礼した。ここまで来れば、ブレアが何者かなど気にする必要も無い。――否、気にしなければならない人間であれば、自分達が終わるだけだ。自分達の世界が。

 だからマリアは、『希望』の方に賭けて、深く一礼した。

 

「ありがとう、ブレア。必ずエターナルスフィアを救って見せるわ」

 

 そう言い残して、彼女はブレアから二メートルほど離れる。

 

「助かったぜ。あんたのおかげで何とかなりそうな気がする。……じゃあな」

 

 クリフはもう少し楽天的だった。ブレアを信用して、ニッと男くさい笑みを浮かべている。マリアは堅い表情でそれを横目見ながら、苦笑した。

 礼を述べたクリフが、マリアの隣に歩み寄る。

 ネルとアルベルが、その後に続いた。

 

「この恩は忘れないよ……。後は私達の仕事さ」

 

「……世話になったな」

 

 彼女達にとっては、まさに異世界の話だ。事が事だけに、事情すら把握し切れていないだろう。だが、彼女達は、『ブレアが危険を冒して協力してくれた』という事実だけを理解している。その意味での礼だった。

 続いてソフィアが、丁寧に頭を下げる。

 

「あの、ブレアさん……。本当にお世話になりました。このご恩は一生忘れません」

 

 ソフィアは完全にブレアを信用しているようで、心からの礼を述べた。

 最後に、フェイトがそっと右手を差し出す。

 

「ブレアさん。いろいろとありがとうございました」

 

 ブレアはその手を握り返すと、上品な笑みを浮かべた。

 

「がんばって。あなたたちの世界は、あなたたちにしか救えないのだから」

 

「はい」

 

 もっともな言葉だ。ブレアは手段だけを託して、命運をこちらに委ねてくれる。マリアの胸にある警戒が、少し溶けた――。

 

「さよなら。それじゃ……」

 

 そう言って、フェイトもマリア達が集う場所――ブレアから二メートルほど離れた地点に立った。

 

「すまない! 遅れた!」

 

「ぎりぎりみたいだな」

 

 丁度その時、連邦の二人組がエレベータからやって来た。息を切らしている彼等に、フェイト達は小さく笑う。

 

「早く来いよ。ほら、こっちだ」

 

 フェイトが誘導すると、彼等は頷いて駆けて来た。

 オーナー室にあるマスターコンピュータがいよいよ文字を紡ぎ出す。

 

 LOGIN LEVEL ADMINISTRATOR……

 BREA LANDBERD

 ACCESS POINT

 『GALACTIC SYSTEM』

 

 OK……

 SYSTEM START……

 DOOR CLOSE

 

「……頑張って」

 

 エターナルスフィアに戻る前。そう言って微笑んだブレアに対して、フェイトは力強く頷いた。

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