連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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73.アンインストーラー

 転送された先は、タイムゲートのある惑星ストリームだった。荒涼とした大地が広がるこの惑星は風が強く、砂塵が視界を塞ぐ。

 

 その中に、執行者と代弁者がいた。

 

「チッ! どこまでも邪魔な奴等だぜ!」

 

「アンインストーラーを頼む!」

 

 クリフが舌打ち、フェイトが鋭くソフィアに指示を出した。眼前で、鮫や鰐のように三角形に尖った顔の執行者と女性に似た代弁者が翼を広げる。

 ソフィアは堅い面持ちでその二体を見据え、自らの手を強く握りしめた。

 

「う、うん! やってみる!」

 

「僕等は……こいつらを食い止める!」

 

 フェイトの声を背に、ソフィアはオレアスから預かったアンインストーラーを、手持ちの携帯端末に差し込んだ。画面に文字が踊り、彼女は手慣れた様子で携帯端末を操作する。

 フェイトはそれを背に、ヴェインスレイを構えた。視線を振る。

 

 執行者一体、代弁者一体。

 

 このストリームに来て、タイムゲートに辿り着くまでに何度か戦った相手だ。このメンバーなら、問題なく倒せる。

 

「行くぞ! 皆!」

 

「おう!」

 

「任せて!」

 

「気を抜くんじゃないよ!」

 

 それぞれの帰って来る声を聞きながら、フェイトは目算で距離を測る。近いのは――執行者だ。距離は約五メートル。相手は触手を伸ばして地面から攻撃する事もあり得る。フェイトは執行者の下半身たるイカやタコのような触手がうねる様を見据えながら、飛び込む拍子を窺う。

 と。

 まず、アルフが速攻をかけた。

 

 ドン(・・)ッ!

 

 相変わらず重い踏み込み音を立てて、彼は疾風突きで執行者に肉薄する。見る間に懐へ。それを皮切りに、アルベルがカシャと音を立て、鉄爪を開いた。

 

「剛魔掌!」

 

 こちらは代弁者を狙う。頭を低くし、地面すれすれの態勢で懐へ。同時。ネルが短刀を抜く。マリアは銃の照準を代弁者の眉間に据えた。

 

「黒鷹旋!」

 

「エイミングデバイス!」

 

 疾風突きで後ろに退がった執行者に、ネルの短刀がブーメランのように走る。漆黒の気を孕んだ短刀は、執行者の分厚い胸板を削ぎ、執行者がたまらず空に向かって鋭く吼える。脚ともひれ(・・)ともつかない触手を地面に突き刺し、一体全てを串刺しにしようとしたが、アルフの無名(カタナ)が薙がれる方が速かった。剣閃が砂塵の中で煌きを放ち、執行者の身体が地面にくず折れる。

 一方、代弁者はエイミングデバイスの銃撃により動きが止まっていた。代弁者にも脳があるのか、眉間を穿たれてしばし呆然としていたのだ。その間に接近したアルベルの鉄爪が、容赦なく代弁者を引き倒す。代弁者は機械音声のような悲鳴を上げ、翼をいびつに痙攣させながら開こうとした。アルベルは右手で刀を引き抜き、空破斬で相手を地面に磔にする。

 と、空から、クリフとアレンが降った。

 

「エリアルレイド!」

 

「覇ぁッ!」

 

 黄金の気を纏った蹴りと刃が、代弁者と執行者に振り落ちる。代弁者と執行者の翼が砂塵の中で舞い、激しくバウンドして宙に散った。

 そこを、

 

 カァ……ッ!

 

 上空で翼をはためかせたフェイトが見下す。ヴェインスレイの刃に白い光が宿っている。全てを等しく無に帰す――破壊の力(ディストラクション)

 

「イセリアルブラスト!」

 

 刃に熱い光が集うのを感じながら、彼は剣を上段から振り下ろした。

 音と言う音を飲み込んで、消滅の光が執行者と代弁者を蹂躙する。辺り一面が白く染まり、ストリームの砂塵さえも呑みこんで――

 晴れる。

 フェイトは羽音を立てて着地すると、破壊の力(ディストラクション)を解いて息を吐いた。

 代弁者と執行者。

 この両者を相手にするには、相手に何も(・・)させない(・・・・)事が重要だ。

 

「……こんなもんか」

 

 光に呑まれて消えた二体を見据え、フェイトはつぶやいた。携帯端末と格闘していたソフィアが、嬉しそうに顔を上げる。

 

「出来た!」

 

 嬉しそうに言う彼女に、クリフがにやりと笑った。

 

「おぉ! 速ぇじゃねえか!」

 

「ありがとう、ソフィア!」

 

 フェイトも笑顔で振り返る。ソフィアは嬉しそうに破顔して、顔を上げた。

 ――と、その時。 

 地震が起きた。

 

「な……なんだ!?」

 

「キャッ!?」

 

 立っているのも辛くなるほど、強烈な揺れ。戸惑いながらフェイトは周囲を見回す。と、新たに現れた代弁者と執行者に、雷が落ちた。

 

〈●■、……◆▼、、×◆■●▲……!?〉

 

 言葉にならない(ひめい)をあげて、執行者と代弁者ががくがくと体を震わせる。フェイトはヴェインスレイを正眼に構えた。追い打つべきか、考える。

 と。

 

 コォ――ッ!

 

 代弁者と執行者の頭上に巨大な紋章陣が現れ、二体の姿が消し飛んだ。

 残ったのは、惑星ストリームの荒野。

 地震も、おさまっていた。

 

「これで……いいのか?」

 

 フェイトは首を捻った。ストリームには多くの執行者達が蔓延っているのを知っている。見晴らしのいいところもまで歩いてみるも、なにもない荒野と、白みがかった砂塵が辺りを満たすのみだ。

 何も起こらなかった。

 

「フェイト、これで終わったの?」

 

 ソフィアが隣から不安そうに問いかけてくる。フェイトは彼女を振り返り、要領を得ないながらも頷いた。

 

「たぶん……」

 

「オーナーって人はどうしたのかな?」

 

「気にする事はねえさ。現にクソ忌々しい天使どもは消えたんだ。終わったのさ」

 

「ああ、任務完了ってやつだね」

 

「そうね」

 

 クリフの飄々とした言葉に、ネルとマリアも続く。それを聞いて、ずっと臨戦態勢を取っていたアレンが、安堵の息を吐いた。

 

「……そう、……そうなのか……。ありがとう、皆」

 

「銀河を救うのは連邦だけじゃねえって、やっと分かったか?」

 

「まったくね」

 

 クリフとマリアに皮肉混じりに言われ、アレンは罰が悪そうに苦笑した。

 

「すまない……」

 

「まったくだ。何でも自分中心に考えんのは、連邦(オメエら)の悪い癖だぜ」

 

「……ああ」

 

 アレンは素直に頭を下げた。アルフはまだ釈然としない表情で黙っている。

 その二人を苦笑混じりに見やって、フェイトは、さて、と言の端を続けた。

 

「それじゃ、一件落着した所で、……帰ろう!」

 

「うん!」

 

 フェイトの提案にソフィアが明るく頷いた。一同も続き、ストリームに停めたシャトルに向かう事にする。

 ――その時。

 再び空に異変が起きた。

 

 バチィッ!

 

 雷が、空を駆ける。

 

「キャッ!?」

 

 突然の事にソフィアが驚き、よろめく。彼女をフェイトが支え、油断なく周囲を見渡した。

 また地震。

 それも先程より大きい。立っていられないほどの強烈な揺れだ。

 

「なにっ!?」

 

 フェイトが目を見開いた。空が黒く染まって行く。暗雲が立ち込め、雲間を走る雷が次第に数を増やしていく。

 

「何だってんだ!?」

 

「ただの地震じゃなさそうね……!」

 

 深刻な面持ちでつぶやくマリアに、クリフが眉間にしわを寄せた。

 

「どういうことだ? 終わったんじゃねえのかよ!?」

 

 突如。

 地震に態勢を崩したのか、アレンが膝をついた。

 

「ぐ、……ぅっ、……!」

 

 アレンが身を丸くして唸る。

 

「ア、アンタっ! 大丈夫かい?」

 

 ネルが駆け寄った。アレンは顔を上げない。低く呻き、左肩を押さえている。焼け付くような痛みがアレンの肩に走っていた。額に脂汗が浮かぶ。肩を掴んだアレンの右手が、蒼く光った。――否、光っているのは、左肩に出来た痣の紋章陣だ。

 

「アレン! しっかりしなっ! アレンっ!」

 

 ネルの呼びかけに、アレンは答えない。

 

 ぐぅううううう……!

 

 ただ、彼の視界が黒く塗り潰されていく。

 

「が、っ! ……ぁ、っっ……ぁあっっ!」

 

 蒼瞳から、光が消えていく。アレンは何が起きているのか把握しようと思考を巡らせるが、急速に視界が暗くなっていく方が早い。ネルを見上げる。

 

「ネ……ル……!」

 

「っ、……アンタ!?」

 

 何が起きている――と、聞こうとした、アレンの言葉は続かなかった。

 ネルが息を呑む。ネルだけでは無い。傍らで見ていたアルベルも、感情の起伏が乏しいアルフでさえ、目を瞠っている。

 

「アレンっ!」

 

 ネルが顔色を失いながら、アレンの腕を掴む――筈だった。

 

 ……ふっ、

 

 だが掴んだのは、空気。アレンは自分自身を見下ろす。――消えていく、自分の身体を。

 

「!?」

 

 それに目を瞠った瞬間。彼の意識は完全に途切れた。

 

 ぶつ、

 

 闇が全てを覆う。アレンを中心に、濃密な闇の霧が立ち込める。

 

「アレンッ!」

 

 水音を立てて闇に沈んだ仲間を、ネルは助けようと手を伸ばした。

 が。

 アルフに止められる。

 

「離してッ!」

 

 反射的に振り払おうとしたが、彼の膂力は大したものだ。びくともしない自分の腕を、ネルが意外そうに振り返った時。闇を見据えるアルフが、ぽつりと言った。

 

「……こいつは……」

 

「っ、……!」

 

 フェイトも息を呑む。闇に沈んで行ったアレンの身体。その中で、彼の肩に刻まれた紋章陣が凄惨に輝く。

 不吉な――清廉な、白い光。

 破壊の力(ディストラクション)と似て非なるその光は、世界を白く染め――数秒後、散って行った。

 

 晴れた視界に現れたのは、宙に浮かぶ一人の青年。

 

 そして、彼につき従うように空から現れた、黒い人(・・・)二体(・・)。『黒い人(それ)』は、全身を黒い布で覆われていた。電球のような大きく丸い目があり、口はチャックでふさがれている。撫肩で腰が屈んでいた。びろんと垂れた両腕はゴムのようにしなやかで、人間にしては長すぎる。『それ』の茫洋と明滅する目がやけに白く、不気味だった。『それ』は背中に二対の鳥類の翼を生やしている。

 嫌な予感しかしなかった。

 

〈――覚悟せよ〉

 

 『それ』を連れたアレンが、能面のように生気の抜けた顔で言った。『彼』の声に抑揚はなく、まるで機械音声のような『(こえ)』が動かぬ唇から零れる。喉で発声していないと、一目で分かった。

 

「お、おい……アレン……?」

 

 フェイトは冷ややかな感触が臓腑を伝うのを感じながら、呼びかけた。

 『彼』は答えない。

 

〈我は神の代行者。断罪者を引き連れ、世界を汚染する異物どもをすべからく抹消する存在〉

 

 いつもは意志の光で満たされた蒼瞳が、今は茫洋と、伏し目がちになっている。彼はいつもの剛刀では無く、巨大な槍を握っていた。背中にはフェイトと似て非なる白い翼。

 

 ばさ……っ

 

 羽音を立てる『それ』は、翼と言うには語弊があった。アレンの肩甲骨から鳥類の羽が生えているのではない。彼から少し離れた空間に、巨人が両手の付根を合わせ、掌を広げたように右に五本、左に五本、細長い笹状の物体が、左右非対称の動きでうごめいている。その物体の材質は分からないが、砂塵の多いストリームの僅かな光を拾っては鋭い煌きを放った。『それ』は恐らく、凶悪な殺傷力を持っている。

 

「マジかよ……」

 

 クリフは思わず呟いた。

 

「……チッ」

 

 アルベルが眉間にしわを刻み、黙って刀に手をかける。

 

「気をつけて、皆。何か……今までとは違う『力』を感じる」

 

 冷静につぶやくマリアを、フェイトは半ば聞き流していた。苦笑しながら手を伸べる。

 

「急にどうしたんだってんだよ、アレン……。お前らしくもない」

 

 言って、聞きわけの無い子どもを窘めるように近づいて行った。

 『彼』は無拍子で、手にした槍を一閃した。

 

〈異物共よ、滅せよ〉

 

 薙いだ槍の切っ先から衝撃波が生まれ、ストリームの地面が轟音を立てて切り裂かれる。フェイトが咄嗟にバックステップで避けた。

 

「、っ……」

 

 息を呑んだのは、何も槍の威力に驚いたからでは無い。杭で胸を打たれたように、全身が重く感じられる。

 わずかに俯いたフェイトは、震える拳を握りしめながら唇を噛みしめた。

 

「なんの、つもりだ……?」

 

 問いかける。声は掠れた。頭のどこかで、『彼』が答えない事は分かっている。

 『これ』は、普通では――無い。

 だが、

 

「何のつもりだって聞いてたんだよ!」

 

 翡翠の瞳に怒りが宿る。額に白い光の紋章――破壊の力(ディストラクション)。それは周囲に光を放って、白い羽となり散って行く。

 ヴェインスレイの刃が輝く。

 

「ディバイン・ウェポンッ!」

 

 破壊の力(ディストラクション)が、剣先に宿った。

 『彼』が槍を横に薙ぐ。

 

 ゴォッ!

 

 鋭い轟音が立ち、穂先から疾風が走る。フェイトが名剣(ヴェインスレイ)で疾風を斬り払った。強烈な紋章力のぶつかり合いが中空に白い斬線を浮かび上がらせ、散っていく。『黒い人』――断罪者が動いた。彼等はキキキキ、と笑い声のような音を立てて、長い腕をぐるぐると回していた。まるで糸車を引くようにくるくると。

 すると、フェイト達の足許に竜巻が起きた。

 

「散れ!」

 

 アルフの叱責を皮切りに、一同は後方へ跳ぶ。フェイトはソフィアの腕を掴んで、半ば引き倒すように竜巻から逃れた。

 

「きゃっ!」

「ぐぅっ……!」

 

 殴り付けるような暴風を前に、体を伏せる。轟音を立て吹き荒れる竜巻が、砂塵を百メートルほど舞い上げた。空を切る音が竜巻の威力を物語り、鋭く局地的な風に、フェイトは息を呑んだ。

 ヴェインスレイを握りしめる。

 

「……お前、民間人(ボク)を守るんじゃなかったのか?」

 

 ぽつりと言った。目の前の男は構わず槍を振る。

 

 ゴゴォオっ、っっ!

 

 槍を振るだけで三つ、疾風が穂先から放たれた。フェイトより先に、アルフが態勢を低くし、神速の抜刀で疾風ごと『彼』の突きを切り払う。ついで跳び込んでいった。柄を握る――『彼』に。

 

 ズドドドドドォっ、っっ!

 

 途端。アルフを懐に跳び込ませまいと、『彼』が突きを放った。二、三十本、槍が増えたかのような鋭い槍捌きだ。穂先に紫色の光が纏わり、それが疾風を呼んでいる。壮絶な突きの連撃に、アルフの紅瞳が底光った。

 

「ぉおっ!」

 

 三連疾風突きでアルフも応戦する。

 アレンにしては、冷たい攻撃だった。いつも苛烈に、こちらの闘志を揺さぶってくる感情の流れが、『彼』の行動からまったく感じられない。冷たく、ただひたすら重い槍。

 

 ズドドォオオ……、、ッ!

 

〈――〉

 

 『彼』の槍が退けられた。三発同時に放たれた疾風突きは、全て槍の穂先(・・)を捉えている。三十本近くあるように見えた槍が消失し、『彼』がのけぞる。

 瞬間、アルベルが鉄爪を開いた。

 

「剛魔掌!」

 

 傍らの断罪者ごと、アルベルは赤黒い闘気を纏った爪で『彼』を引き倒す。が、『彼』は槍を水平にするとアルベルの爪を弾き、離れた位置に居るもう一体の断罪者が、くるくると両腕を回して云った(・・・)。『彼』を庇うように。

 

〈サンダーフレア!〉

 

 ゴゥッ!

 

 竜巻が吹く。

 

「ぐおっ!」

 

 アルベルが目を見開いて身を屈めた。雷から逃れるべく左に側転する。直後。アルベルの髪を攫うようにして、地面に浮かんだ紋章陣から雷の檻がそり立つ。

 フェイトはその雷の檻(サンダーフレア)をディストラクションを宿したヴェインスレイで切り払った。

 

 きゅぅんっ……!

 

 ディストラクションの光に、サンダーフレアが吸い込まれて行く。

 マリアが遠方から銃を発砲した。

 

「そこ!」

 

 断罪者に向けて三発。紋章術を撃ったばかりの断罪者の眉間に、フェイズガンの光弾が直撃する。クリフが拳を握り、剛腕を唸らせた。

 

「カーレント・ナックル!」

 

 黄金の気を纏った大ぶりの三連撃が、断罪者の細身をいとも簡単に弾き飛ばす。ネルが『彼』の傍らに立つ断罪者に忍び寄り、短刀・竜穿を二閃した。

 

「影払いっ!」

 

 断罪者の足許をすくうように竜穿が走り、バランスを崩して断罪者が背中から地面に倒れる。と、フェイトが狙い打ったように踏み込んだ。

 

「終わりだ! ブレードリアクター!」

 

 斬り上げ、振り下ろし、突きの三連撃が断罪者に直撃する。ギシャアアアッ、と悲鳴のような声を上げる断罪者には構わず、フェイトとネルは『彼』に向けて己の刃を握りこむ。

 

「鏡面刹!」

 

「ヴァーティカル!」

 

 ネルが『彼』の懐に入り込み、フェイトが剣を振り上げる。剣の軌道を追うように地面から剣風が柱の生え、『彼』は槍の穂先に紫色の光を宿すと、横に薙いで、ネルの突きに近い短刀の一閃とヴァーティカルの剣風を切り払った。

 槍から繰り出される衝撃波は凄まじく、ネルは舌打ちしてバックステップで距離を取る。上空に跳んだフェイトが、エアレイドの剣圧を衝撃波に打ち当てるも、相殺までは行かない。

 

「ちっ!」

 

 それでもヴェインスレイから放たれるディストラクションの光で消し損ねた衝撃波を斬り払うと、(フェイト)は着地して剣を構えた。いつも(・・・)の修行なら、ここで鏡面刹が返って来る。

 だが。

 この時の『彼』の左掌には、赤黒い紋章陣が浮かんでいた。――人が放つにしてはあまりにも強大で純粋な闇。

 

「え……?」

 

 ソフィアの表情が凍りつく。『彼』の掌に浮かぶ赤黒い紋章陣は、音も無く皆の足許に広がった。フェイト達全員を飲み込んでもまだ余りあるほど、巨大な紋章陣だ。それが、『彼』の足許を中心に伸びている。惑星ストリームの地面全てを覆うように。

 『彼』は言った。

 

〈レイ〉

 

 空が黒に塗り潰される。フェイトは目を瞠ると、白く輝くヴェインスレイを地面に突き刺した。地面の――『彼』が生成した紋章陣を消す為に。

 しかし、

 消せない(・・・・)

 

「皆! 逃げて!」

 

 『彼』の紋章力の方が上、と悟ったわけではないだろう。それでもソフィアは直感に近い危機感を察して、悲鳴に近い声を上げた。同時。空から、光矢の豪雨が降る。

 

 ……ズドドドドドドドォ――っっ!

 

 仲間の悲鳴が、光矢の豪雨が爆発する音に紛れて聞こえる。フェイトもまた悲鳴をあげて、ディストラクション――ヴェインスレイの刃に力を蓄えた。一秒ごとに削り取られるような痛みを覚える。握力を失いかけたが、精神力で耐えた。

 

(イセリアル・ブラストで……一気に斬り払うしかない!!)

 

 ぎり、と奥歯を噛みながら、フェイトは紋章力を高める。額に白い紋章陣が浮かぶ。

 

「きゃあっ!」

 

 視界の端で、ソフィアが悲鳴を上げてくず折れたのが見えた。

 

「――!」

 

 フェイトは目を見開く。猫好きの、彼女の杖に付けた猫ストラップが地面に転がる。光矢の豪雨の中、彼女は縋るように杖を握りしめて、紋章の壁――リフレクションを展開している。半球状のバリアは仲間全員を守る為に張られたものだが、光矢の威力が強過ぎて震えている。光矢は何度も何度もソフィアのバリアを叩き、小さなヒビを入れて、だんだん侵食していく。

 フェイトの瞳が、ゆらりと揺れた。

 

「お前、やったなっ!」

 

 フェイトの額に浮かんだ紋章陣が急速に拡大する。イセリアル・ブラストに必要な力が溜まっていく。それで応戦しようと剣を握りしめた――その時、

 

「終わりにしようぜ、アレン」

 

 アルフの言葉(こえ)が耳に触れ、フェイトはふと瞬いた。キン……と、豪雨の爆音に掻き消される小さな鍔鳴り音。

 

「!」

 

 フェイトが目を見開いた。彼の脇をすり抜けるように、いつの間にか接近したアルフが、『彼』に向けて刀を抜いている。他の仲間と同じく、アルフも光矢の豪雨を打たれ、出血している。だがアルフは意に介さない。構わず突き進み、自作の刀――無名で『彼』の頸を(・・)容赦なく斬る(・・)

 気配も、音も立てずに。

 

 ごぱっ!

 

 水音を立てて、レイの赤黒い紋章陣が空と大地から消え失せた。『彼』の頸から黒い霧が、まるで血のように吹き出し、くず折れる。

 『彼』がまだ人間であれば、確実に頸動脈に達する一閃だ。

 

「…………」

 

 防御魔法も、回避行動すらかなぐり捨てたアルフは、全身に光弾を受けながら、頸を斬られてくず折れた『彼』を見下ろしていた。その紅瞳に力は無く、いつもの茫洋としたものでも、殺気と狂気に満たされた冷たいものでもない。

 彼はただ、アレンを見下し――どこか寂しそうだった。

 

「殺、……したのか……?」

 

 フェイトは血の気を退くのを感じながら、アルフを見た。アルフは答えない。無名の刃についた黒い霧をヒュンッと一閃して振り落とすと、鞘に納める。

 と。

 クリフのカーレントナックルに弾かれた断罪者が、すぅううう、と音も無く闇の中に沈んで消えて行った。

 そしてその後を追うように、『彼』も霧に沈んで――消えて行く。

 

「アレン!」

 

「待ちな!」

 

 クリフとネルが、闇に沈む『彼』に言い放つ。だが、『彼』はまるで死人のようにぴくりとも動かなかった。水の中に沈んで行くように、闇に埋まって行き――消える。

 後は、風が強く砂塵の多いストリームの荒野と、主を失った剛刀・兼定だけが残った。

 

 ………………、

 

 静寂。

 一同は皆、言葉を失していた。レイによって負った傷を庇いながら、『彼』の居た場所を見据える。

 

「……そん、な……」

 

 ソフィアが呟いた。目に涙を溜めて、彼女は項垂れる。

 

「こんな……こんなのって……、無いですよ!」

 

「…………。……そうね」

 

 マリアはソフィアの肩を抱き、頷いた。やり切れないのは、何も彼女だけでは無い。

 『シミュレーター内の存在』、『生体兵器』――数々の精神(こころ)を砕かれるような事態が起きている事さえマリアには信じられないのに、その上にまだ、このような事態が起こるとは。

 

「本当にそう……」

 

 マリアは噛みしめるようにもう一度、つぶやいた。溜息のようなものが混じる。立場は違えど、『彼』は人の為に剣を振るう人物だと、反銀河連邦(クォーク)であれど認めていたのだ。

 なのに――、

 

〈……な! みんな!〉

 

 不意に覚えのある声が聞こえ、マリアは顔を上げた。首を巡らせると、左手のタイムゲートが水面のように波紋を描いて、ゆらゆらと揺れている。その中から、スフィア社で別れた筈の女性、ブレアが現れた。

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