IS学園の猫ちゃん   作:只の・A・カカシです

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○始めに

 原作6巻で9月27日が日曜日という設定が存在しますので、それを基準として日付設定を行っています。


第1話 最速の運び屋

PROLOGUE

 

 インフィニット・ストラトス、通称IS。それは人類が、宇宙空間で活動するために開発されたもの。

 そのISを今日(こんにち)、本来の使い方で使用している国はない。

 そもそもISは、各国が競って開発した物では無い。一人の少女によって造り出されたものだ。

 世界がISを認知したのは、後に『白騎士事件』と呼ばれるようになった日のこと。世界中のミサイルが一斉に制御不能になり日本に向けて発射された。

 この事態には、武力行使に極めて慎重な日本も素早く反応。各自衛隊は迎撃態勢を整えていた。

 その日は丁度、複数の国が参加しての合同演習が日本近海の太平洋上で行われていた。

 到達までに時間の猶予があったなら、彼らは日本にとって、この上ない援軍だったことだろう。

 そう、現実は違った。

 兵器が制御を奪われた上に他国の領土に落ちようものなら、それは国家の名折れ。何としても阻止しなければならない。

 日本近海での合同演習に参加していた各国は、自国の派遣部隊に対し迎撃を指示する。

 演習ならば、現場で誰が指揮を執るか話し合いで決められる。だが迎撃は、誰が何と言おうと実戦である。

 派遣部隊は、それぞれの国の指示により行動を開始。そこに統制など有るわけも無く、対空ミサイルこそ多数が発射されたが、そのほとんどが目標を重複して攻撃した。結果、制御不能ミサイルはそれほど数を減らすことなく、依然、日本へと向かっていた。

 困ったのは自衛隊だ。

 洋上は、どこに誰がいるのかさえも分からないほどに混沌を極めていた。緊急事態とは言え、もし迎撃用のミサイルが洋上の艦船に当たれば禍根を残すことになる。

 自衛隊は短射程のミサイルでの迎撃を余儀なくされる。

 この世に百発百中のミサイルがない限り、引き付けて迎撃するということは、ただリスクを増やすだけ。そのような迎撃では到底処理が追いつくはずもなく、多くの撃ち漏らしが発生した。

 日本は焦土と化す。誰もがそれを覚悟した時、救世主が舞い降りた。いや、舞い降りるというより出現したという方がしっくりくるか。

 それは『白騎士』と呼ばれ、一〇年後も伝説として語られる、この事件の名前にもなったISだった。

 白騎士は瞬く間に、一〇〇〇発を超えるミサイルを撃墜して見せた。

 小型の戦闘機よりもはるかに小型な体躯ながら、それだけのミサイルを叩き落す戦闘能力。

 既存の概念を根底から覆す、衝撃的な光景に海上は静まり返った・・・のもつかの間。

 勢力図を塗り替えうる白騎士を手に入れようとして、各国は争奪戦を始めた。

 鹵獲したものが世界を制する。国際協調など欠片もない、醜く不毛な戦闘が繰り広げられた結果、白騎士の独壇場が出来上がった。

 その後、『篠ノ之束』と名乗る少女が世界にISを発表。コアと呼ばれるISの最重要パーツが配られると、各国は兵器としてISの研究にしのぎを削り始めた。

 

 

-*・A・*-

 

 

 ここはIS学園。ISの操縦者を養成するために設立された学校。

 その学校の敷地に隣接した場所に航空機の格納庫があり、その中に、まるで矢尻のような見た目をした大型の戦闘機が駐機されていた。

 その戦闘機のコックピットでは専属パイロットの来栖(くるす)翔霧(とむ)が、計器のカバーガラスに磨きをかけていた。

 普段なら騒ぎの二つ三つが聞こえて来ていてもおかしくない時間なのだが、昨日からその原因の一年生が臨海学校に出かけているお陰で、校内は静かだった。

 波の音や小鳥の(さえず)りを聞きながら、心安らかに一日が過ごせるのはいつ振りだろうか。

 来栖がそう思った矢先。彼の携帯はけたたましい着信音を鳴らす。緊急を要する着信音だけに、慌てて電話を取る。

 『緊急事態だ。電話では伝えられないから大至急来てくれ!』

 応答する暇もなく話しが始まり、来栖の状況を聞くことなく電話は切れる。

 切羽詰まった声だったため、彼は戦闘機のコックピットから飛び出ると電話をかけて来た主のいる部屋へと急行した。

 

 「失礼します。」

 来栖が走って向かったのは、IS学園の教員でも一握りにしか存在を知らされていない秘密の部屋。

 ちなみに格納庫から直接学園の敷地に入ることが出来るので、所要時間は五分ちょっとだ。

 来栖が部屋に入ると、そこには頭髪が総白となった初老の男性が座っていた。

 「君なら、これで分かって貰えるかの?」

 部屋に着いた彼に、老人はすぐさま一枚の書類を差し出す。

 老人の名前は、轡木十蔵(くつわぎじゅうぞう)。この学園の、事実上の運営者だ。

 「軍用機の暴走。レベルA・・・ですか。」

 真っ先に目に入ったのは、上層部の人間と作戦に参加する一部の者にしか知らされていない機密事項を意味する『レベルA』の文字だった。

 声を出して驚いてもおかしくはない内容だったが、彼は冷静だった。

 「しかし、何故私に?」

 「君には、至急現場に向かってもらう。」

 「正気ですか!?相手は事実上の軍用ですよ!」

 白騎士にさえ敵わなかった戦闘機で、飛躍的な性能向上を続けるISに挑むことは無謀に等しい。

 轡木の言葉に、彼は驚きを隠せなかった。

 「いや、君が戦うのではない。偵察を行う教員とISの運搬を頼む。それに、万が一、戦闘になっても君なら堕とされないであろう?」

 「そうですが・・・。」

 実戦に絶対という保障はないという来栖の不安は、轡木も十分に理解している。

 その上で躊躇いなく指示を出せるのは、本人は自覚がないが、来栖は抑止力として絶大な効果があるからに他ならない。

 「間もなく、運んでもらう予定の教員も準備も終わるでしょう。私も行かなければならないところがあるのでな。では、くれぐれも気をつけて。」

 キッと表情を引き締めてそう言うと、来栖を部屋に残して足早に立ち去って行った。

 IS学園で長年パイロットをやっている来栖は、この手の無茶振りに慣れていた。瞬時に気持ちを切り換え、一秒でも早く飛び立てるよう機体に戻ろうと立ち上がり、部屋を飛び出る。

 〈偵察を行うのは教員。・・・誰が戦うんだ?〉

 ふと浮かんだ疑問。走りながら、轡木から渡された紙を見返して「えぇ!」と叫ぶ。

 そこには、『暴走したISとの戦闘は学園の専用機持ちが当たれ』と書かれていた。

 〈確かに専用機は、量産型のISよりも強力なことが多いけど・・・。〉

 その意味において、軍用機に当てるなら、ある意味では適切と言える。

 しかし来栖が問題にしているのは、その乗り手が一五~一六歳の少女と言うこと。技術的にも精神的にも、まだまだ成長段階。もしものことがあれば、潰されるのは彼女たちの将来なのだ。

 彼の頭には自衛隊のIS部隊に出動要請をする考えもよぎったが、暴走しているのは試験機とはいえ軍の所持しているIS。それも、『日本と同盟国の』というおまけまでついてくる。

 政治的なことを考えれば、絶対にその2つは戦わせられない。

 これが最善手なのだと、全力疾走でロッカーへと向かいながら彼は自分に言い聞かせた。

 

 来栖は、かつては航空自衛隊にパイロットとして所属し、隣国との睨み合いの最前線に立ったこともある。スクランブルも幾度となくこなして来た。

 学長室を出てから一〇分と経たぬうちに、彼が耐Gスーツに着替えて愛機のもとに戻れるのはその経験があってこそだ。

 格納庫に近付くに連れ、ジェットエンジン特有のキーンッと言う甲高い音が聞こえてくる。

 準備が出来ているな。そう思って格納庫に入ると驚きの光景が広がっていた。

 なんと、ミサイルを取り付けるエアインテーク脇のパイロンに、人が乗ったISが吊り下げられていたのだ。

 ただし、彼が驚いたのはISが取り付けられていることではない。というより、この戦闘機自体がISを輸送するために学園が所有しているものなので、普通の取り付け方ならここまで来栖は驚かなかっただろう。

 普段どのように運んでいるかを補足すると、胴体下に一機、たまに二機取り付けて空気抵抗軽減を目的とした腹面をすっぽりと覆う専用のカバーを取り付ける。基本的に輸送するISは新品か検査かに限られ、ISにパイロットが乗っていることはあまりない。

 つまり、エアインテーク脇のパイロンにも取り付けて、なおかつ人が乗っていることが驚きだった。

 〈あら?下のカバーもなし?〉

 そして普段なら、エアインテークの中ほどから後方を覆うように取り付けられるカバーが付いていない。ふと格納庫内のカバーの置き場所を見ると、それは所定の位置にきちんと置かれたままであった。

 「・・は――風防で・・・外して――」

 〈え!?あれが風防!?かさこ地蔵かよ!?〉

 断片的に聞こえてきた話に、来栖は視線をF-14の方へ戻し、そして驚く。黄色い、おそらく金属製とは思われるカバーがそれぞれのISに取り付けられていた。海上で切り離すために簡易なカバーというのは分かるが、いささか簡易すぎるのではないだろうか。

 不安に駆られる彼をよそに、作業は迅速に続けられ左側パイロンに4機目の取り付けが開始された。

 「マーベリック!」

 大声で呼びかけられて(大声でないとエンジン音にかき消されて声が届かない)来栖がハッとして振り向けば、整備士の森田(もりた)小次郎(こじろう)が駆け寄ってきていた。

 「俺はNFWSに入った覚えはないぞ。」

 「良いんだよ、名前が似てるから。それより、こいつを。」

 森田は来栖の苦情を軽くあしらうと、地図が表示されたタブレット端末を彼に渡す。

 「このルートを飛べばいいのか?」

 「多分。俺はそう聞いている。」

 地図にはIS学園から太平洋に向けて赤い線が伸びていて、赤い線は大きく弧を描くように伸びていた。

 「機体にデータは転送してある。」

 「分かった。」

 「それと。シールドエネルギー節約のために、ISは直前まで電源を切るらしいから。」

 「了解。」

 来栖は展開された梯子に足を掛ける。それを二~三段上ったところで森田の方へ振り返った。

 「エンジンは?」

 「いつものやつだ。」

 この個体は特殊な経歴の持ち主で、2種類のエンジンを使い分けている。

 それぞれ輸送業務用とそれ以外の業務だ。

 今回は状況が状況なので後者での出撃となるが、それも強力なエンジンに変わりなく、作戦に支障を来たすことはない。

 もっとも、前者のエンジンが使用されるのは極まれだ。原因は、非常に整備性が悪く検査が面倒だから。但し、自重がやや重いものの推力重量比*1では勝っている。

 「了解。」

 機体状況の確認を済ませコックピットに収まると、出撃の準備を始める。

 機器類のチェックとエンジンスタート(右側のみ)は整備士が完了しているので、後は彼が装備を整えるだけ。

 「こっちは完了した。」

 齟齬なく情報を伝達するために、インターホンでのやり取りに切り替える。

 『待ってくれ、ISの固定のチェックが・・・OK?来栖、こっちも準備完了だ。』

 「了解。左回すよ。」

 『レフトクリアー。』

 起動がまだだった左エンジンを始動させる。

 それがアイドリングまで達すると、彼はキャノピーを閉める。

 「動翼は?」

 『チェック済みだ。インターホン・ディスコネクトするぞ。』

 「了解。」

 ブツッっと、小さなノイズがスピーカーから聞こえた。

 すかさず来栖がグッドサインを出すと、それを受けた整備士が格納庫の飛行機用の扉を押して開ける。

 扉が開ききったと合図を受け、来栖は僅かにスロットルを開けブレーキを解除。オレンジの細い線を踏み外さないよう機体を前進させ、ゆっくりと扉を抜ける。

 そこの正面には、四車線の道路が一直線に伸びていた。その脇にある街灯などは低く作られ、一部は地面に埋め込まれている。それはつまり、これは道路でもあり滑走路でもあることを意味する。

 格納庫から出て少し離れた位置まで移動、停止した。

 コックピットの来栖が、とあるスイッチを『自動』の位置に入れる。

 直後、機体に変化が起きた。

 一枚の三角形に見えていた翼が分かれ、大きく開いたのだ。

 これが彼の駆る機体の最大の特徴。世界でも数少ない可変翼機。形式をF-14、愛称をトムキャットという。

 『展開完了。』

 その無線通信は、エンジン排気から格納庫を守るジェットブラストディフレクターが立ち上がったことを伝えるもの。

 「了解。」

 短く返し、足先に力を込めブレーキを更に強くかける。続いてフラップを下げスロットルをミリタリーパワーにする。エンジンは更に大きな唸りを上げ、ノズルがすぼまった。

 エンジン出力が上がりきったところでブレーキを解除する。機体が加速を始めた直後、来栖がスロットルレバーを最大出力のゾーン5に入れる。すると、ノズルが開きエンジン排気部の後ろに赤い炎が発生した。

 それはアフターバーナーというもので、普通は滑走開始直前に点火するものだが、ジェットブラストディフレクターが焼けるのを防ぐため滑走開始前の使用は控えていた。

 そんな面倒なことをしてまでアフターバーナーを使う理由。

 それは、左翼端から五メートル足らずの場所に崖があり、非常に圧迫感があるので滑走距離を短くするためだ。ただし、滑走路だけは無駄に長く、幅さえクリアできていたなら中型ジェット旅客機も降りられた。

 バリバリバリッと轟音を発する機体は瞬く間に速度に乗り、二〇秒と経たず地面から離れた。

 宙に浮いた独特の感触。地面が離れて行くことを確認し、降着装置を格納する操作を行う。続いて操縦桿を引き機首を持ち上げ上昇に入る。

 間もなく、彼は加速に違和感を覚えた。

 アフターバーナーを使用しているのにもかかわらず、速度の上昇が鈍い。ISがぶら下がっている文を差し引いても、もう少し加速できそうなもの。

 素早く計器類に目を走らせ、機体に異常がないかをチェックする。

 《エンジン出力良好。油圧異常なし。おかしい、何が・・・まさか!》

 機体の安定感に一つの心当たりがあった。彼は直ぐさまスロットルをミリタリーパワーに戻す。

 僅かに減速したが、速度の均衡は取れていた。

 確信を得た彼は、格納庫へ無線を飛ばす。

 「誰か、離陸を見ていたか?」

 『見てた。どうした?』

 「タイヤが出っぱなしになってなかったか?」

 迂闊な操縦をしなければ飛行に支障は無いが、降着装置を保護するために上限速度が大幅に制限される。

 けれど、返ってきたのは彼の想像の上を行く言葉だった。

 『悪い、言い忘れてた。降着装置のカバーを閉めるとIS干渉するから、閉じないようにロックしてある。安心しろ、ISをパージしたらたためるようになるから。』

 故障などではないことに、来栖はひとまず安堵する。

 〈高度三,〇〇〇。レベルオフ。〉

 航行装置の指示に従い、上昇から水平飛行に入る。もう少し高度を上げれば増速できるが、ISの電源が切れているため、操縦者の負担を考えれば妥当な設定だった。

 〈ってか、腹に先生方がぶら下がってるんだから、そっちに聞いてもよかったのか・・・。〉

 降着装置が出ていようと任務を遂行するつもりでいたのだから、格納庫に聞く意味が無かったと彼が気付いたのは、通信を終えてからだった。

 

 出発から約三〇分後、トムキャットは太平洋上空八,〇〇〇mを飛行していた。この周辺には目標となる島などはないため計器とGPSが頼りとなる。

 目的地が近付いてきた。来栖は高度を下げる。

 速度が300km/hを大きく下回る。フラップを目一杯下げ浮力を稼ぎ、機首上げを行い補助的にエンジン推力で機体を浮かせる。

 「目標通過予測地点に接近。準備を開始して下さい。」

 『『『了解。』』』

 数秒と経たぬ内に準備が整い、教員から「準備完了」の報告が来る。

 「切り離しは吊り下げ位置番号3・4・2・1の順でお願いします。固定具機体側ロック・・・解除しました。切り離しタイミングは各機にお任せします。」

 『3番。切り離します。』

 直後、右エアインテーク外側に吊り下げられていた1機が応答。固定具を外し、しばらく平行に飛行した後、F-14からゆっくりと離れていく。それに続いて左エアインテーク、胴体下後位と、同じ手順を踏んで離れていった。

 「お気を付けて。」

 来栖が最後の一機に声を掛ける。

 『お気遣い感謝します。』

 最初の切り離しから一分後、最後の一機が機体から離れていった。

 ISを切り離したことにより、降着装置が収納される。スロットルは一切操作していないが機体は加速を始めた。

 悠長にしていると暴走したISと鉢合わせる危険がある。

 彼は燃料計を確認する。燃料計は燃料が残り三割程度であることを指していた。

 少しでも早く遠くに逃げたいところではあるが、アフターバーナーを使用して加速するには残量が心もとない。

 スロットル開度はやや控えめで留め置く。それでも空気抵抗が大きく減ったお陰で、機体は軽快に加速。主翼は、みるみる後退していった。

 

 行きは三〇分かかったが、空荷の帰りは一五分足らずで到達した。

 『こちら森田。道路の封鎖完了。』

 レーダーで来栖が戻ってきたことを確認した森田が、着陸の準備を整えていた。

 「了解」

 報告は受けたが、一度滑走路の上空を通過。自分の目でも安全を確認する。その後、大きく旋回。着陸態勢に入る。

 軽やかに接地を決めると、スロットルを絞りブレーキをかける。

 スピードブレーキが作用しない速度まで落ちると、スイッチを操作し主翼を完全に後退させ、そのまま格納庫の前まで移動する。

 整備士の誘導に従って停止。ハーネス類を外し、エンジン停止の操作を行おうとしところで彼は手を止めた。

 『どうした?止めないのか?』

 降りてこないことを不審に思った森田から無線が入る。

 「もう一度出る。」

 思わずその言葉が口から出た。

 「嫌な予感がする。すぐに準備してくれ!特S装備だ!」

 『お前、気は確かか!?』

 来栖はキャノピーを開け大声で言い返した。

 「子供達を見殺しに出来るか!」

 「!!再出撃の準備だ!」

 整備士たちは、一斉に散らばっていく。

 来栖は右エンジンだけを停止した。

 最初に戻ってきた整備士は、給油ホースを担いでいた。その整備士はエンジンが停止していることを確認すると、機体に給油ホースを接続する。

 その傍に別の整備士達が、ミサイルを手押しカートに載せ近付く。

 給油が開始されると、一斉にミサイルの取り付けに入る。

 せわしなく動き回る整備士の頭上で、来栖もまた作業に追われていた。

 彼が行っているのは、F-14のシステムの選別作業。

 それを行う理由は、一人で運用するにはこの戦闘機のシステムは複雑すぎるからだ。

 彼は必要と思うものだけを起動し、邪魔になるものは片っ端からカットした。

 

 一五分後、準備が整った。

 『準備完了。気をつけて行ってこい。』

 「了解。」

 離陸前の点検までを、外の準備が完了するまでに何とか終わらせることが出来た。

 給油完了後、左パイロンへのミサイル取り付けに合わせ右エンジンと入れ替わりに切った左エンジンを始動させる。

 180度回頭し、機首を滑走路の方向に向ける。

 主翼角度のセレクトスイッチを自動位置にセット。五秒足らずで主翼が開き、離陸準備が完了した。

 この滑走路から離発着する航空機は、このF-14のみ。だからというわけではないが、管制官も誘導員も、ここには存在しない。離着陸の判断、及び責任は全てパイロットにある。

 責任の押しつけではあるが、自由に離陸できるので、来栖はこの制度が嫌いではなかった。

 ジェットブラストディフレクターが立ち上がったのでスロットルレバーに手をかける。

 不意に機体前方に人が走って現れた。よく見れば、それはエンジン整備の松戸(まつど)英武(ひでたけ)だった。

 本来は必要ないハンドサインを、松戸はコックピットから見える位置に立ち出す。

 彼は幼い頃に見た某戦闘機の登場する映画に魅了され整備士を目指した。そのため、これがやりたくて仕方がなかったのだ。

 しかし。

 〈松戸、それは米海軍のサインだ。〉

 心ではそう思った来栖。けれど、お陰で妙な緊張がほぐされ余裕が生まれる。

 来栖は、あえてアメリカ海軍式のハンドサインを返す。

 エンジン出力が上がったのを確認した松戸が姿勢を低くした。来栖はそれにタイミングを合わせ、ブレーキをリリースする。

 中射程空対空ミサイル(スパロー)*2短距離空対空ミサイル(サイドワインダー)*3で身を固めたトムキャットが、大空へと舞い上がった。

 

*1
地球表面における瞬間推力の重量(=重力)に対する比率のこと。

*2
発射母体の電波によってミサイルを自動誘導する方式(セミアクティブ・レーダー・ホーミング)を使用したミサイル。

*3
初めて実戦で使用された空対空ミサイル。敵機から出る赤外線を探知して攻撃する。




2019/01/22 部分的に加筆を行いました
2019/08/07  一部修正を行いました
2021/07/13 前書きの書き換えを行いました
2021/07/16 本文の修正を行いました
2022/10/05 日付修正完了に伴いお断りを削除しました
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