IS学園の猫ちゃん   作:只の・A・カカシです

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第11話 緊張のとき

 七月中旬の、何の変哲も無い平日の昼下がり。IS学園に併設された格納庫内にある、整備士の詰所では木に木を打ち付けるパチンッという乾いた音が響いていた。

 「王手!」

 「あぁ!嘘やん!」

 そこで行われていたのは将棋であった。

 「待ったはなしですよ!」

 森田が対局の相手、柳原に釘をさす。

 「分かっとる!・・・ッチ、負けだ!」

 どうやっても詰みであると分かり、柳原は悔しそうに投了する。

 彼らがそこまで白熱する理由。それは。

 「いぇーい、ゴチになります!」

 今晩の飲み代をかけての勝負だったからだ。

 「クソッ、あそこの指し間違えが痛かったか・・・。」

 柳原は己のミスを思い返して天を仰ぐ。

 「ふっ、ふっ、ふっ、実力の差ってやつですよ。」

 一方の森田は上機嫌で、いつも以上に饒舌であった。

 「これで二連勝!」

 「通算じゃワシの勝ち越しだけどな!」

 柳原のそれも、今はただの負け惜しみ。

 「さて、今日はどこの飲み屋に連れて行って貰おうかな~。」

 森田はスマートフォンを取り出し、どこかいい店がないか検索を始めた。

 

 それからしばらく後のこと。

 学園と格納庫とを繋ぐ廊下を、一人の生徒が歩いていた。

 滅多に生徒の通ることのない場所だが、慣れた足取りで目的の場所を目指す。ほどなくして、彼女はドアに行き当たった。

 そのドアは格納庫への通用口で、鍵は掛けられていない。彼女は迷いなく開けると。

 「来栖先生!いらしゃいますか!」

 そう呼びかけた。

 けれど、そこには誰もおらずシーンとしていた。

 今日は休みなのだろうか。そう思って彼女が引き返そうとしたとき。

 「おーう、ラウラちゃんか。」

 彼女の右後方のドアが開き、男が一人、顔を覗かせた。

 「森田さんか。来栖先生を知らんか?」

 「来栖?・・・あ、マーベリックか。釣に行ったよ。」

 「つ、釣りだと!?」

 ラウラは、驚きのあまり大声でオウム返しする。

 「勤務時間内ではないのか、今は!?」

 「言うなって。罪悪感半端ないから。」

 触って欲しくない話だったため、とてつもなく渋い顔をする森田。流石にラウラも気が引けたため、『失礼した』と軽く謝罪を入れる。

 「それで、どのあたりに?」

 「えっとね、格納庫を出たら右に進んで、しばらく真っ直ぐ行った辺りでしてると思うよ。」

 「了解した。」

 

 

-*・A・*-

 

 

 「おっ、食った。」

 小刻みに震える竿先とゴッゴッという感触。バラしてなるものかと、来栖は素早くリールを巻く。

 「ボラ・・・か。ここの美味しくないんだよなぁ・・・。」

 しかし、釣り上げた魚は外道であったため、手早く針からそれを外すと海へと投げ帰した。そして、すぐに餌を付けると仕掛けを垂らし直す。

 「あっちいな~。・・・あ、傾いてる。」

 立てていたビーチパラソルと太陽の角度が悪く日陰がずれていた。来栖は着けていたゴム手袋を取ると、傘を動かし日陰の位置を調整する。

 そして手袋をはめなおし、竿を持つ。

 少しして、また魚が掛かった感触がしたためリールを巻く。

 「お、鯵だ。」

 今度は満足のいくものが掛かっていた。

 魚を針から外し、クーラーボックスにそれを放り込む。そして餌を付けて仕掛けを海へ垂らす。

 〈刺身・・・いやフライもありだな。〉

 そんなことを考えていると、格納庫の方から誰かが歩いてきていることに気付く。来栖がそちらを向くと、歩いてきていたのはラウラであった。

 「ん?もうそんな時間か。」

 ふと時計を見ると、授業が終わる時間を回っていた。道理で日が差し込んできたわけだと、来栖は納得する。

 「先生、こんにちは。」

 「こんにちは。何の用だ?」

 かけていたサングラスを外し、ラウラと目を合わせる。

 「は!射撃練習がしたく、その願いに参りました!」

 敬礼をしながら彼女はそう言った。

 「それは、俺じゃなくてアリーナの受け付けでしてもらわないと。」

 来栖は彼女の言いたいことが理解できず困惑する。

 「いや、そういうことではない。空対空射撃をしたいのだ。」

 「学園の空中投影タイプじゃ駄目なのか?」

 「駄目だ。アリーナ内でいくらいい成績を出そうと、外では同じようにできない。私は銀の福音との戦いでそれを痛感した。だから、先生にお願いしに来たのだ。」

 ラウラの話を聞いた来栖は目を瞑り、首を捻る。

 しっかりとした考えを持ってここに来ていたので、来栖は何とか期待に応えてやりたいと感じていた。

 「シュヴァルツェア・レーゲンの・・・大口径レールカノンだっけ?射程が結構あるだろ?どこで撃つつもりだ?」

 「学園の周辺海域は船舶や航空機は進入禁止ではないのか?」

 来栖はラウラと初めて会ったとき、アメリカ海軍の空母を移動させに出撃した。そして、アメリカ海軍は来栖の指示に従った。

 どこまで制限されているかを知らないラウラからしてみれば、完全に進入禁止と思っても仕方ない。だが間違った認識であるのは事実。

 「航空機は進入禁止の場所もあるけど、船は基本通れる。上は空母から下は漁船までしょっちゅう航行している。ただし、軍用船は厳格な規定に沿って航行しなきゃならん。スパイ活動を防ぐためにな。あの時の空母は規定を守っていたけど、同じ箇所を周回していたから嫌がられたんだろう。」

 人差し指でもって、来栖が沖の方を指差す。ラウラは指されたその方向へ目を遣る。

 「あそこに白い船が泊まってるだろ。あれは漁船だ。ほら、貨物船も来た。結構交通量が多いんだよ、ここは。分かってもらえたかな?」

 ラウラは、短く「ああ」と返した。現実を見て、無理であることが理解できたからだ。

 「自衛隊のつてで何とかならないか?」

 「気安く言ってくれるなぁ。」

 苦笑いしながら、来栖が頭をかく。しばらくその動作を続け、来栖は一つだけ提案をした。

 「まあ、聞くだけ聞いてやる。ただし、無理でも文句は言うなよ。」

 あまり期待しないようにと、来栖は念を押しておいた。

 

 

-*・A・*-

 

 

 ラウラを見送ったあと、森田はなんとなくトムキャットの上面に上がってスピードブレーキやスポイラーといった可動部の点検を行っていた。

 〈でかいんだよ、F-14(お前)は。〉

 心の中で文句を言いながらも、ポケットからメモ帳を取り出し気になったところの部品名を書き込む。

 日ごろから念入りに整備を行っているお陰で、これといって劣化が進んだ部品は見当たらない。森田は、そのことに対して少しだけつまらなさそうな表情を浮かべ、F-14から降りる。

 降りるとすぐに、動線の妨げになる梯子を機体に格納。開いてこないように、パチンッとロックをかけた。

 さて、詰め所に戻ろう。そう思ったとき外から誰かが入ってきた。

 「会えたか?」

 それはラウラだった。

 「あぁ、バッチリだ。」

 「そりゃよかった。」

 来栖は釣りをする場所をたまに変えるので、定位置にいてくれたことに森田は少しだけほっとする。

 「ところで、何の用事があったのか差し支えなければ教えてくれないか?」

 森田の問いかけに、ラウラは首を縦に振った。

 「射撃訓練がしたいから標的曳航を頼んできた。」

 それを聞いた途端、森田の目が少しだけ泳ぐ。

 「あー、なんと言うか命知らず。」

 「先生が強いのは知っている。」

 森田の呟きに対し、そこまで無知じゃないとラウラは少しだけ口調を強くする。

 「じゃあ、これだけは言っとく。手加減してもらえ。でないと、絶対に当てられないから。」

 そこまで言い切られては、代表候補生のプライドが許さない。ラウラは明らかに表情を引きつらせる。

 森田は軽く息をつくと、根拠を見せてやると彼女を詰所の中に案内した。

 「えーっと、これは打鉄のやつだから・・・。」

 何かをつぶやきながら、森田は机の引き出しをあさる。ちなみに、今あさっているのは来栖の机である。

 「あった、これだ。」

 森田はすぐに目的のものを見つけた。

 彼がラウラに差し出されたのは、何の変哲もないノート。彼女は訝しげにそれを受け取り、開いて態度を一変させた。

 「な、何だこれは!?」

 開いてまず目に入ったのは、シュヴァルツェア・レーゲンの性能や装備についてだったのだが、驚いたのはそこに秘匿しているスペックがかなり実値に近い値で書き込まれていたこと。それも、丁寧な解説のなされたものが。

 「これまでラウラちゃんがした模擬戦とか授業とかから得た情報を元に、マーベリックが独自に分析して書いたものだ。」

 「!?」

 たった一人でこれを。驚きすぎて、ラウラは声が出せない。

 「言っとくけど、それは機体についてだけだから。操縦者はまた別に作ってる。」

 先ほどまでなら眉唾と言って信じなかったが、現物を見せられた今は否が応でも信じるしかなかった。。

 「気をつけろ。マーベリックは天性の部分もあるが途轍もない研究屋だ。あまり手の内を見せないほうがいい。」

 そう言って、森田はラウラの手からノートを回収。引き出しの元あった場所へと戻し、引き出しを閉めた・・・その時だった。

 ブーっというブザー音が建物内に響く。

 何の音だ。ラウラがそれを聞こうとするよりも早く、森田は動き出す。さらに奥に座っていた三人も、同様に動き出していた。

 森田がドアを突き飛ばすように飛び出していき、それが閉まる前に三人が連なって格納庫に向け走って行く。

 彼らの豹変ぶりに一瞬戸惑ったが、取りあえずあとを追おうとドアを開ける。直後、廊下を別の二人が猛スピードで駆け抜けて行った。

 その勢いにラウラは少したじろいだが、一呼吸して気持ちを落ち着かせると左右の安全を確認して部屋から出て格納庫に向かう。

 ラウラはそっと通用口を開け、中を覗く。

 戦闘機用の扉を二人がかりで力任せに押し開ける。整備士が機体下に数本の太いケーブルを接続する。

 さながら戦場のような雰囲気がそこにはあった。

 そこへ、自転車に跨った来栖が猛スピードで滑り込んで来る。彼は自転車を戦闘機から離れた場所に止める(乗り捨てる)と、ラウラのいる通用口に向かって走ってきた。

 「先生!これは――」

 「後で!」

 いつになく強い口調でそう言うと、来栖は颯爽と更衣室に消えていった。

 「接続クリア!起動!」

 「起動!」

 そう復唱確認が行われ、室内を重低音のヴォーッといった音が支配する。圧縮空気を供給する機械が作動した音だ。

 「森田さん、この騒ぎは何だ?」

 画面と睨めっこをしていたため話しかけるか否か迷ったが、彼なら聞いてくれそうと思いラウラは話しかけた。しかし。

 「今ダメ。」

 目を合わせることもなく断られる。

 気圧されたラウラは、去るに去れず格納庫の片隅に移動する。

 ほどなくして、耐Gスーツを着た来栖が戻ってきた。彼は森田に近づき話し掛ける。

 「状況はどうなってる。」

 「ハイジャックだ。パシフィック・エアライン、ホノルル空港発福岡空港行きPA8141便。機種B787、機体番号はPCD347W。現在八丈島上空付近を通過中だ。」

 「福岡行きが?何でアラームが鳴ってるんだ。」

 「犯人が行き先を羽田と指示した。現在の航路がIS学園とのコリジョンラインに乗っているらしい。あと二〇分ほどでこの辺に来るぞ。」

 「分かった。」

 来栖は颯爽とコックピットに収まる。そして、流れるような動作でヘルメットや手袋を着けていく。

 しばらく、誰も持ち場から動かない状態が続く。

 「場所は。」

 「距離一八〇km。進路変わりなし。」

 来栖は、まだ動かない。

 数分して、森田がまた状況を告げる。

 「距離一〇〇km。進路変更なし。」

 来栖がスイッチを操作、スロットルレバーに手をかけた。

 「距離九〇km。進路変更なし。」

 分刻みの報告に、格納庫内の緊張が高まっていく。

 「距離八〇km。進路変更な・・・進路変更!東方向へ大回りしている。」

 

 「羽田へ着陸確認!」

 あれから一〇分後。格納庫では歓声が上がっていた。

 「いやーよかった。後は警察に頑張ってもらうだけだな。」

 「一時はどうなるかと思った。」

 「流石に民間機はなあ。」

 整備士達は安堵の溜息をついていた。

 だが、最も安堵したのは来栖である。彼は、まるで魂が抜けたようにシートに背を預けていた。

 「はー、やれやれ。」

 一息ついてから全てのシステムをシャットし、ヘルメットと手袋を外すとコックピットから出る。

 機体から下りると、来栖はラウラと目が合った。

 「ラウラ、さっきは何の用だ?」

 優しい表情で、来栖は彼女にそう話し掛けた。

 「さっきの用は分かったからいい。それよりも、なぜエンジンをかけなかったのだ?一刻を争う事態だったようにみえたが?」

 ハハハッと来栖は軽く笑う。

 「回してたよ、燃料供給してなかっただけでね。さっきの状態からなら、四〇秒以内で離陸できた。」

 それを聞いたラウラは、感心したように頷いていた。

 「それともう一つ聞きたいのだが、いつもこんな裏仕事をやっているのか?」

 来栖は少し上の方を見ながら、記憶を整理する。

 「昔は俺がメインでやって、休むときに先生方に入って貰ってた。今は織斑先生がやってくれてるから、織斑先生のおられないときか忙しいときは俺が代わりにやってるね。」

 「何と、教官はそこまでやられているのか!」

 その名前を聞いた途端、急にスイッチが入ったラウラ。

 「これは嫁に教えてやらねば!失礼する!」

 そう言うと、先ほどの来栖達に勝るとも劣らない素早さで去って行ってしまった。

 「おーい、一七時だ。片付けて帰るとしよう!」

 柳原の一声に、皆が撤収の準備を始める。

 あるものは格納庫の扉を、またあるものはミサイルにセーフティーのピンを刺して回る。

 来栖はF-14のキャノピーを閉め、梯子を機体にしまう。

 手際のよい動きで、皆が片付けを終える。そして、柳原の周りに集合した。

 「今日は最後に一仕事ありましたが、お疲れさんでした。では、また明。解散!」

 「「「お疲れ様でした!」」」

 来栖はロッカーにカバンを取りに行こうと振り返って、それが目に入った。

 〈しまった。クーラーボックスとビーチパラソル置いてきたままだ。〉

 視線の先には、横倒しの自転車。来栖は、取り敢えず自転車を起こす。

 「帰り道に回収するか。」

 ロッカーに向かいカバンを出すと、すぐに車へと向かう。ビーチパラソルを乗せるために後席をたたみ、荷室を広くする。作業が完了するとすぐに発進。釣りをしていた場所で停車する。

 「あ、竿つけたままじゃん。」

 何気なく竿を触ろうとした手を、来栖は直前で止めた。

 〈危ない危ない。ハンドルが生臭くなるところだった。〉

 来栖はゴム手袋を装着。竿を持つと、糸を巻き取りながら魚が掛かっていないか期待する。だが、残念ながらエサだけなくなっていた。

 竿を収納し車に載せ、続いてビーチパラソルを畳む。それを載せると、今度はクーラーボックスを積み込む。

 「お先!」

 その横を、森田と柳原の車が連なって走り抜けていった。

 「飲酒運転するなよ!」

 来栖が大声でそう言うと、「分かってるよ」と言わんばかりに、短くクラクションが鳴った。

 最後に折り畳みの椅子を積み、完全に撤収作業は終わった。トランクを閉め、運転席に乗り込む。来栖は自宅に向けて発車した。

 

 途中で買い物によったため、来栖が自宅へと着いたのは一八時を過ぎてからだった。

 「ただいまー・・・って、今日は一人なんだよな。」

 いつもなら下の娘『沙絵香(さえか)』がいるのだが、友達の家に試験勉強をするために泊まりに行っている。どことなく来栖は寂しそうにする。

 そして優里香は、全寮制のIS学園の生徒であるため学期中に帰ってくることは稀。

 「ま、偶には一人もいいでしょ。」

 どこか寂しそうに呟いた後、来栖は夕食の準備に取りかかる。

 ただし、調理するのは釣ってきた魚だけ。ご飯は冷凍、他のおかずは惣菜といった具合だ。

 因みに、魚は流石に鮮度が落ちていたこともあり、刺身ではなく天ぷらになったのであった。

 

 夜九時。布団に入った来栖だったが、ふとラウラとの約束を思い出しスマートフォンを手に取る。そして、自衛隊時代の上官にメールを送信した。

 「まあ、無理だろうな。」

 枕元にそれを置き、明かりを消して来栖は眠りについた。




2019/6/30 一部修正しました
2020/5/19 一部修正しました
2021/7/18 一部修正しました
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