IS学園の猫ちゃん 作:只の・A・カカシです
俺が起床する時間は、いつも決まって四時半だ。
起きたらまず、上半身だけを起こしそのまま数分間ボーッとする。
数年前までこの時間は必要なかったのだが、流石に四〇が見えてくるとそうもいかない。手と足の指を握ったり開いたりして、特に足の指が動くようになってから立ち上がる。
まずは布団を片付ける。それから、洗面所へ向かい洗顔と歯磨きを行い、それが済むと寝る前に回しておいた洗濯物をカゴへ取り出す。本音を言えば、カビが発生すると嫌なので干す前に回したいところだが、時間が限られているので難しい。
洗濯物は、我が家は二階に干す。家に一日中いるときは外干しもするが、日中は大体誰も家いないので室内干しで除湿機をかける。
それが終わると朝食を摂る。今日の献立は、ご飯と納豆、野菜炒めにヨーグルトだ。特に納豆とヨーグルトは、腸内環境を整えるためにパイロットになったときから食べ続けている。
朝食を済ませると、すぐに食器を洗う。
済んだらすぐに洗面所に行って、洗口液で歯に付いた汚れを落とす。その後、トイレに行って用を足す。
朝五時半。荷物を持って玄関に行く。そこで一度荷物を置き、玄関に置いている睡蓮鉢で飼っている金魚に餌をやる。
元気に餌を食べている姿を見てから荷物を持ち、玄関に鍵をかけて郵便受けから朝刊を取り出すと、そのまま車に乗って学園へと向かう。
移動時間は、早朝で道が混んでいないため三〇分ほど。
運転中はいつもラジオを流している。局は、その日の気分と面白そうな話をしているところを選ぶ。
そうこうしているうちに学園が見えてきた。初めてここに来た時は、滑走路へ行くには校内の道路を通るしかなく、しかも低速で移動しなければならなかったため随分と時間がかかった。けど今は、学園の外周に都市ができ、そこの大きな道路のお陰でグッと短くなった。
六時。学園の裏門を通過し、格納庫前に到着する。建物を滑走路から見て左にある駐車場に車を止める。車を降りると、格納庫の正面を通過して建物右側に設けられた人用のドアの鍵を開ける。
格納庫の中は薄暗い。暗いではなく薄暗いのは、停電時に最低限の視界を確保するためにつく非常灯が消灯を停電と判定して点灯しているからだ。
ただし、あと二時間は飛ぶことはないのでまだ照明はつけない。
そのまま詰所まで移動するとロッカーに荷物を入れ、更衣室に移動して一旦ジャージに着替える。
着替えが終わると外へ出て、滑走路の終端に軽いランニングで向かう。
この話をすると、大体の人に『トレーニングですか』と聞かれる。
その考えがゼロとまでは言わないが、本来の目的は違う。これは滑走路の目視点検だ。
注意するのはひび割れがないか、異物が落ちていないか、航空灯火は正常についているか。
片道二.五kmの道のり。行きにセンターラインより左半分を、帰りに残りの半分を手早くしっかりと見て回る。
はっきり言って、離着陸前に当番の整備士が見回りをするので必要ないといえば必要ない。
別に整備士たちの見回りに不満があるわけではない。むしろ俺は、彼らを信頼している。
けれど、百聞は一見にしかずというように、自分の目で見て確認したいのだ。
ちなみにだが、ひび割れや航空灯火の異常を発見したことはない。その代わり、異物は多い。一番多いのはビニール袋やペットボトル、発泡スチロールなどの軽いもの。
ここに来て何年も続けている日課だが、二~三日に一つは落ちている。
そんなことをしながら、季節と天気にもよるが大体七時までには完了して詰め所に戻って来る。
詰め所に戻るとジャージから航空服(耐Gスーツなどは除く)に着替え、新聞を広げ職員朝礼までの時間を潰す。
〈お、昨日の話が出てる。〉
やはりというべきか、ハイジャックの件はトップを飾っていた。
〈えーっと、『旅客機ハイジャック“金に困ってやった”』か。〉
正直に言って、普通のハイジャックでよかった。勿論、当該の飛行機に乗っておられた方々に対して、この言い方が適切でないのは分かっている。
けれど、俺からしてみれば乗員乗客合わせて157人(新聞より抜粋)が乗る旅客機を撃墜しなければならない可能性もあったわけなので、死傷者なしで解決できたということに対してはこの言葉しかない。
「おう、来栖。今日も早いな。」
その他にめぼしい記事はなく淡々と半分程まで読んだ頃、柳原さんが出勤してきた。
「おはようございます。」
時刻は7時半になろうかというところ。この人が出勤してくると、入れ替わりで俺はクラッチバッグを持って職員朝礼に向かう。
なぜ俺だけが参加するのか。それは、学園での俺の肩書きが教員だから。
戦闘機という攻撃能力を有する航空機に乗る以上、警備員や事務員という役職では業務が収まりきらない。かといって用心棒という存在を作るわけにもいかず、草創期のIS学園には空対空の戦術を教えられる教員が少なかったこともあり、その相談役が必要だったこともあってこの扱いになった。
ちなみにだが、書類上の正式な役職名は『空対空戦闘アドバイザー』という。
格納庫から職員室までは歩いて一〇分弱。雨が降っていたりすると車で向かうこともある。
この時間は、部活動に入っている生徒は朝練中、朝練がないもしくは部活をしていない生徒は登校前なので数は少ない。それでも、校舎の中を歩いている以上どうやっても何人かには遭遇する。
「おはよう。」
職員室前の掲示板を見ていた生徒に軽く挨拶をする。
「お、おはようございます!」
俺が挨拶をした生徒は、背筋をピーンッと伸ばしキレのあるお辞儀で挨拶を返すと直立不動になった。明らかに驚いている動作だ。
曰く、IS学園には『鬼軍曹』と呼ばれる先生がいる。
これは娘から聞いたことなのだが、一部の生徒から俺はそう呼ばれているらしい。
まず、軍曹はこんな格好をしないと思う。そして
そう思って娘にリサーチをしてもらったところ、どうやら身長一八一センチかつ筋肉質の図体で航空服を着ているのが原因とのこと。仕方がないと言えば仕方がないが、もっとマシな呼び方はなかったのだろうか。
俺は挨拶をしただけだが、事実として生徒は怯えている。あまり威圧しないよう、さっさと職員室に入った。
職員室には、四人がいた。いつも通りの顔ぶれだ。
ここでの俺の席は一番後ろ。学園長から一番遠い場所だ。多くの先生が書類やパソコンを卓上に並べているが、それとは対照に俺の卓上には何も物がない。ついでに言うと、引き出しにも紙とペン以外は何も入っていない。
まあ、ここに来るのが朝礼の時ぐらいなので置くものがないというだけなのだが。
クラッチバックを机に置き、俺はそのまま奥の給湯スペースにコーヒーをいれに行く。
備え付けの電気ポットの湯は、抜かれている時もあるが大抵は入っている。ただし多くの場合は、ほとんど空に近い湯しか残っていない。『から炊きの危険があるので使用後は水を足すこと』という張り紙があるのにも関わらず、である。
なので、水を足して沸騰させることが必要となる。
水を入れボーッと待つこと五分、お湯が沸いた。棚からインスタントコーヒーの瓶と紙コップを取り出し、専用の匙で粉末を掬って紙コップに入れる。瓶と匙を元あった場所に戻し、お湯を注ぐ。
砂糖を一本入れ、耳かきサイズのプラスチック製のスプーンで混ぜる。
コーヒーを持って机に戻り椅子に座ると、バックから読みかけの新聞を取り出して続きを読む。
八時を過ぎると、教員は一気に出勤してくる。静かだった職員室も、賑やかとまでは言わないにしても少しばかり騒がしくなっていく。女性ばかりだからなのか、それとも普通の学校でもそうなのか。俺には分からないので明言は避けておく。
朝礼開始時間の五分前。
「おはようございます。」
いつも決まってこのタイミングで現れるこの人に、職員室内の空気が一変する。
「「「おはようございます!」」」
ISの世界大会、モンドグロッソにおいて初代ブリュンヒルデに輝いた織斑千冬だ。
実績があるので当然のことといえばそれまでなのだが、彼女は生徒のみならず先生の間でも別格として扱われている。
彼女が日本代表だった頃は、テレビ越しに見ていると『孤高の天才』と言った感じで近寄りがたい雰囲気を感じた。そのイメージが強く、彼女がIS学園に赴任してきた時はえらく緊張した。
ところが話してみると思いのほか饒舌で、本人は話していないつもりらしいが弟思いの優しいお姉さんだった。
話しが少し逸れたが、寮長を受け持っておられる先生方は必然的に職員室へ来る時間が遅い。今日は、織斑先生が最後の一人だった。
「皆さん、おはようございます。」
僅かに早いが、全員が揃ったため朝礼が開始される。
ざっと見渡してみるが、見事なまでに女性しかいない。かつては整備科などに男性の教員もいたが、精神的に辛いと言って全員が半年と経たずに辞めていった。女子校にも男性の先生が普通にいるので不思議だったが、教員になるために整備士になった人ではなかったので慣れていなかったのかもしれない。そう思うと、一部の例外を除き生徒と直接関わることがないかった俺は幸運なのかもしれない。
「「「おはようございます。」」」
軽く挨拶をした後、学園長(校長)と教頭が連絡事項を口頭で行う。ぶっちゃけ、俺に関係のある話しはまずない。ただ、隣の席の先生が若干抜けていて、偶に「先ほどの話しって何でしたか?」と聞かれることがあるので一通り頭に叩き込む。
朝礼は平均すると一〇分程で終わる。
担任を持っている先生や一時間目に授業のある先生は、足早にそれぞれの場所へと散っていく。
その中に俺は含まれない。最低でも、ホームルームの始まる八時半までは職員室に留まる。
それは、この時間に遅刻寸前の生徒が廊下を走っているからだ。学園では禁止しているが、それでも一定数はどうやっても存在する。大半の先生は進行方向がそれらの生徒と同じ方向に進むので衝突することはほとんどないが、俺はそれとは逆に進まなければならないのでかなり危険だ。Gに耐えるために体を鍛えている俺と、高校生の少女。出会い頭に激突でもすると怪我をさせかねない。
勿論、遅刻する方が悪いのだが、それでも怪我をさせれば気分は悪くなる。
織斑先生が赴任してくる以前に俺が緊急時の対応をしていたときは、朝礼が終わるとダッシュに近い速度で格納庫に戻っていた。そう思うと、当時はよくぶつからずに戻っていたものだ。
「あの、来栖先生。」
そう思い返していると、先生に声を掛けられた。
「はい、何でしょう。」
「来週の月曜日なのですが、第三アリーナで空中格闘の実習があるので、評価をつけるのを手伝って頂けますか?」
「来週・・・三日後の月曜ですね?」
「はい。」
俺はバックから手帳を取り出し予定を確認する。
予定は・・・何も入っていなかった。というか、ほとんどがら空きだ。
「・・・えぇ、大丈夫ですよ。何時間目ですか?」
「五~六時間目です。」
「はい、分かりました。」
その時間をしっかりとメモしておく。久しぶりの記入だから、微妙に嬉しい。
「では、お願いしますね。」
そう言うと、その先生は自分の担任するクラスに急ぎ足で向かって行った。
実に半年ぶりの依頼だった。まあ、評価をつけるだけなのでグラウンドではなく観客席に陣取る。だから、ほとんどの生徒は気付かない。
八時四〇分。この時間になると、格納庫に戻るために移動を開始する。微妙な時間だが、これより早いと遅刻している生徒と、遅いと一時間目の授業に移動する生徒と鉢合わせることになるため、この時間が一番動きやすかったりする。
「おはようございます。」
格納庫に戻ると、全員が出勤してきていた。
「「「おはようございます。」」」
こちらでも別途朝礼を行う。と言っても、話す事は何もないのでそのまま雑談に流れ込んでいくだけなのだが。
まあ、こんな感じで今日も一日、平和であることを祈りながら過ごしている。
-*・A・*-
金曜日の夜。航空自衛隊三沢基地所属でF-2戦闘機のパイロットをしている
彼は家に入ると、真っ先にパソコンの電源を入れに向かう。続いて台所へ向かい流しで軽く手を洗うと、棚からカップ麺を一つ取り出し、湯沸かし器からお湯を注ぎ入れる。割り箸を引き出しから出して、パソコンの前へ急ぎ足で戻る。
ここまでの時間、わずか三分。
彼が戻った完璧なタイミングでパソコンが立ち上がった。手に持っていたカップ麺を少し離れた位置に置くと、ショートカットキーを使ってゲームを立ち上げる。
彼は、それの読み込みが終わるまでの間に、メールの確認をするためメールソフトを開く。受信の大半を普段利用する通販サイトからの広告が占めていた。西本が、件名と差出人を見てそれらを消去していると。
「あ、珍しい。」
その中に懐かしい名前を見つけ、速攻でそれを開く。
「えーっと、『ISの専用機を持ってる生徒が空対空射撃の練習を望んでいるから、可能なら参加させてください。追伸、できれば休日で頼みます。』か。・・・おっしゃ!任しとけ!」
そういうと、読み込みを終えたゲームには目もくれず携帯電話を手に取りダイヤルする。
「夜分遅くに失礼します、西本です。」
『おお、何の用だ?』
二コールで相手が電話に出た。彼が電話をした相手は、三沢の航空司令である。
「来栖翔霧からメールが届きまして、空対空射撃に参加させて欲しいそうです。」
実はこのメール、来栖はかつての上官『小畠』に送っていた。実をいうと、小畠は一年前に退役している。しかし、そこがポイント。
IS学園はどこの国の干渉も受けない。日本もその例外ではない。
故に自衛隊の知り合いと連絡を取るときは、今は一般人である小畠から声を掛けて貰うという、非常に面倒な手回しをすることで回避しているのだ。
つまり呼ばれて行ったら、そこに偶然にも自衛隊の関係者が居合わせただけと言い訳できるように。
『来栖?・・・ミスターイーグルと言われた彼か!?』
「・・・その(微妙な)呼び方は初めて聞きましたが、あのジョーイ・マッケンジーに勝った本人です!」
電話の向こうで、司令官はテンションが上がって意味不明な単語を発している。
『ンヴ。・・・明日は時間があるか?もし暇なら、日程を決めよう。上には私が話を通す。』
「例の店ですか?」
『そうだな、そうしよう。時間は、九時くらいでどうだ?』
「了解しました!」
近所迷惑にならない程度で威勢良い返事を返す。
『うん、ではよろしく。』
「はいっ!失礼します。」
西本は電話を切ると、やっと読み込みを終えたゲームには手もつけず右上のバツマークをクリックして終了、パソコンをシャットダウンする。
すかさずカップ麺を手に取ると、やや伸びてしまった麺を一気に掻き込んだ。
食べ終わると容器に残っていた汁を流しに捨て、軽くすすいでゴミ箱に入れる。
ボイラーの電源を入れ烏の行水をすると、彼はすぐにベットへ飛び込み、翌日に備えるのだった。
2021/7/18 一部修正しました
2022/2/6 誤字を修正しました
2024/1/18 一部修正しました