IS学園の猫ちゃん 作:只の・A・カカシです
「じゃあ、行きますよ。」
「おう、頼むよ。」
月曜日の一六時。三沢基地からグレーのT-4が一機飛び立った。
-*・A・*-
「悪い、待たせたな。」
「いや、私が早く来すぎただけだ。気にするな。」
一七時五五分。来栖がIS学園のゲート前に着くと、ラウラがそこで待っていた。
「乗って。」
来栖は運転席のスイッチで、席のスライドドアをオープンする。
「ハッ!失礼します!」
ラウラが乗り込みドアを閉めると、車はゆっくりと走り出す。
「やっぱり軍服か。」
「・・・?何か問題でも?」
この格好で来るように来栖から指示を出されていたラウラにしてみれば、来栖の言葉は理解しがたいものだった。
「問題ないよ。ただ、私服は持っていないのか?」
「あぁ、持っていない。どうせ着る場面はないからな。」
来栖は、もっとオシャレをしないと織斑一夏の気を引けないぞとアドバイスしようとしたが、「嫁と私の間には服装など問題ではない」と言い返される気しかしなかったのでやめておいた。
「そう言う先生もスーツではないですか。」
「俺は引率だからな。仕方ない。」
それはもっともらしい言い訳をしただけで、本音はラウラが軍服を着てくると読んでいて、彼女だけが目立つのを避けるためにスーツを着ていた。
「そうか。」
幸運にも、ラウラがそれに気づくことはなかった。
「ところで、どこに向かっているのだ?」
学園の最寄りのインターチェンジから高速道路に入ったため、ラウラは来栖がどこへ向かっているか判断に迷う。
「自衛隊御用達の店らしい。どんな店かは俺も知らない。」
よくわからない店に対して若干の不安はあったが、来栖を信じてラウラはおとなしくしていた。
「この店みたいだな。」
一時間ほど走ったのち、到着したのは何の変哲もないただの居酒屋だった。少なくとも外見上は。
横の駐車場に車を止め車から降りる。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
二人が暖簾をくぐり店内に入ると、すぐに店員がやってきた。
「えっと・・・こういうものなのですが。」
「あ、はい。かしこまりました。こちらへどうぞ。」
来栖がスマートフォンを取り出して画面を店員に見せると、店員は二人を店の奥へと案内する。
「こちらになります。」
案内を終えると、店員は軽く頭を下げて入口の方へと去っていった。
「よし、入るか。」
来栖がふすまに手をかける。
〈重い。防音加工されているのか?〉
建付けが悪いのとは明らかに違う開けにくさ。そういう店なのだなと、来栖は一瞬で理解する。
ふすまを開ける。刹那、中から賑やかな話し声が漏れてきた。
「失礼しま――」
「おう、来栖。久しぶり。」
「・・・えぇ!?西本!?お前、今、三沢配属だろ!?」
聞き覚えのある声に顔を見れば、ここにはまず現れないであろう人物がいた。驚きを隠せない来栖に、西本はニヤリと笑ってから「そうだ。」と短く返す。
「どうやってここまで来たんだ?飛行機か?」
「おお、分かってるじゃないか。ドルフィンを操縦して入間まで来たんだよ。」
「あ?・・・。」
こんな非公式の打ち合わせのために国のお金を使って飛んでくるのはどうなのかと言おうとしたが、来栖自身の勤務先が大概なので黙っておく。
「来栖君、久しぶり。」
来栖が西本の奥に座る二人に目を遣る。三人とも来栖から見て机の右側に座っていて、一番奥に座っていたのはかつての上官であった。ちなみに、その全員がラフな格好をしていた。
「あ、小畠さん。ご無沙汰しております。」
「驚いてくれたか?」
来栖を驚かせられたことに満足したのとは別に、既に小畠はいくらか飲んでいて顔が赤くなっている。
〈酔ってるな・・・。〉「えぇ。ですが、なぜ西本を?百里とかもっと近いところもあったと思うのですが?」
「あれ?まだ言ってなかったか?俺、定年退職したよ。一年と三ヶ月前の話だけど。」
「・・・それは知ってます。」
「あ、そうか!はははっ!」
小畠は大笑いする。最早会話にならないと見切りを付け、西本を見る。
「小畠さんの
「ま、立ち話も何だから上がって上がって。」
立ち話を続けては店の迷惑になると、真ん中に隣に座っていた人物が妙に高いテンションで来栖に促す。
「そうですね。・・・ラウラ。」
来栖は靴を脱いで上がり、後ろに控えていたラウラに上がってくるように手招きする。
「ハッ。失礼いたします。」
ラウラが座敷に上がる。酔っていた小畠を含め、皆が姿勢を正して座り直した。
三人と対面する位置に、座敷の奥側にラウラが手前側に来栖が座る。
「自己紹介をさせて頂きます。第三飛行隊所属の
「私は、第三航空団司令の
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む。」
自己紹介を行い、両者がまずラウラと、平林はその続きで来栖と握手をする。
「初めまして、来栖翔霧と申します。」
「輝かしい功績を聞いております。会えて光栄です。よろしくお願いします。」
「あ、いえ、それほどでも。」
向かって左に座っていた司令の平林は、来栖と握手するや目の輝きが増す。その熱意たるや、来栖が若干引くほどだ。
「ところで来栖先生。こちらの老人は?」
一通り挨拶を終えたところで、ラウラが向かって左奥で静かに座っている小畠に興味を示した。
「ワシか?
フレンドリーに接して貰おうと、彼が冗談めかしてそう言うと・・・。
「そういう冗談は、今はいいですよ。小畠さん。」
来栖に注意されてしまった。
「はっは!スマンの!来栖君がまだ空自でイーグルに乗っていた時、彼と同じ基地で司令をしていた者だ。よろしく頼む。」
小畠もまた、ラウラと握手を交わす。
「補足すると、このおじいさんが私達にこの話を持ってきたんだ。来栖がうっかり退役した人にメールを送ったからな。」
酔っ払いの冗談をお前が扱ったら冗談にならないと、来栖は西本を横目で見るが彼には届かなかった。
「今日はこの様な場を設けて頂きありがとうございます。早速ですが、空対空射撃演習の打ち合わせを始めさせて頂きます。」
ラウラは明日も授業がある。暇かそうではないかは別として、来栖も同様に仕事がある。
「まずは、日程から話しますか。土日か祝日が希望だったかな?」
「そうだ。平日は授業がある。」
「なるほどね。・・・ところで、夏休みはだめなの?」
「夏休みは無理だ。」
ラウラが「二週間後であれば」と返そうとしたところへ、来栖が突然に割って入った。
「何で?警備が忙しいのか?」
「いや、機体をIRANに入れなきゃならない。」
本当は三月に受ける予定だったんだがと付け加えると、西本は「それは仕方がないな」とだけ言った。
「まあ、こんなことを聞いておいてから言うのもあれなんだけど、今週の土日でもできるんだよね。ちょっと人数が少なくなるけど。」
それを聞いて、来栖は目を丸くした。少なくとも来栖の知りうる限りでは、空対空射撃の訓練とは事前に入念な準備が必要なものだ。
けれど西本は、まるで週末にお出かけの約束でもするようにあっさりと承諾してしまった。
「なあ、大丈夫なのか?空域の封鎖もしなきゃならないし、時間は足りるのか?」
「できもしないことをここでは言わない。アメリカ空軍さんらが、訓練の予備日として抑えているから使えるんだ。」
「それだけじゃ――」
「安心しろって。ちゃんとした許可は取る。」
何かよからぬことを画策しているのではないのか。西本は、来栖がそう不審がっていることを敏感に感じ取り、平林にアイコンタクトする。
「気持ちは分かりますよ、来栖さん。私にはですねちょっとしたアドバンテージというんですかね、そういうものがありまして。」
そこまで言ったところで、平林はもったいぶるように一服する。
「流石にミサイルの発射なんかはできませんけど、バルカンを撃つぐらいだったら簡単に許可が取れるんですよ。」
「つまり、非公式のルートがある、と。」
来栖が目を細めて、平林に問いかけた。
「ご想像にお任せします。ですが、正式な許可は出ていると言うことだけは、私の地位にかけて補償します。」
「・・・信じましょう。」
この場において国際問題に発展しかねないことを口にするはずがない。引退した身とは言え小畠が反応を示さないことを見て、来栖は平林の本心を詮索することを止めた。
「では、いつがいいですか。」
西本がラウラに尋ねる。
「ふむ。土曜日は午前中が授業だからな・・・日曜日がいい。」
「今週のかな?」
コクンと、彼女は軽く頷く。
「OK。じゃ、訓練内容は空対空射撃だっけ?迎撃?制空?」
「迎撃だ。超音速、もしくはそれに近い速度で、正面から接近してくる目標に対しての射撃を行いたい。可能か?」
「おう、任せろ。ちゃんと標的に当ててくれるならだけど。」
「当然だ。」
軽く冗談を言い合うラウラと西本。この短時間の内にこれだけ打ち解けられるのは、西本の社交能力が高いのか、それともラウラの角が取れたお陰なのか。恐らくは両者だろうと、来栖は心の中で結論づけた。
「ところでラウラ。本国の許可はちゃんと取っているんだろうな。自衛隊と訓練をするんだ。IS学園の生徒としては参加できんぞ。」
ふと大事な事を思い出したと、来栖は二人の話の流れを切ることに少し抵抗を覚えながらも尋ねる。
刹那、ラウラの目が普段の二割ほど大きく見開かれた。
「すまない!まだだ!」
〈まさかとは思っていたが・・・聞いておいて正解だった。〉
明らかに動揺している彼女を見て、半分呆れ半分同情をする来栖。
「許可はどのくらいで取らせて貰えるんだ?」
この手のことは、決まってから『手違いがありました。すいません。』では片付けられない。すれ違いがないよう、来栖は細心の注意を払う。
「私は、IS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の隊長だ。電話をすればISの使用許可は取れる。・・・多分だが。」
語尾がやや力なく、来栖は若干の不安を抱く。
「電話なら出て左に行って、突き当たりを右に行ったらトイレがあるから、その前を通り過ぎて従業員室と言う部屋に入って、そこで掛ければいい。そのための部屋だから。」
一般のお客には見られないようにと、会話に割り込んだ小畠が、善は急げと言わんばかりにそれを教える。
小畠は、彼女が連絡を取りそびれたことを言われたときに一瞬の躊躇いがあったのを見逃していなかった。彼は、その動作から彼女が特殊回線を使っての連絡を取ろうとしていることを察した。故に、情報保護の観点から、現役の戦闘機パイロットがいる場所でかけるのは双方にとって好ましくないと彼は判断しこの様にアドバイスをしたのだ。
「だとさ。行ってこい。」
「ハッ!出来る限り早く戻ります。」
「ゆっくりでいい。すれ違いがないよう、しっかり話を付けてこい。」
「了解しました!」
ビシッと最敬礼を決め、ラウラは座敷から急ぎ足で出て行った。
ふすまがピタリと閉まると、西本がおもむろに口を開いた。
「来栖、最近のISってどの程度の戦闘能力があるんだ?」
彼女がいなくなるとすぐ、西本がそれを尋ねる。勿論、彼自身も独自に研究しているが、もっと近くから見ている来栖の感想が気になってのことだった。
「IS?昨今のは凄いぞ。例えば武装なんかは、レーザーライフルやら衝撃砲やらを実装し始めたからな。ラウラのに至っては、AICっていう鉄砲の弾でもISでも、目の前にある物体を停止させる能力がある。」
いよいよ空想の世界に現実が追いついて来たなと、三人は「おぉ・・・」という言葉とため息の混じった声のようなものを出す。
「これは、近いうちに戦闘機が飛ぶ時代の終わりが来そうだ。」
感慨深そうに、平林が感想を述べた瞬間だった。
「それはないです。」
あれだけISを褒めていた来栖が、手のひらを返したように自信を持って平林の意見を否定した。
「そうなの?」
「考えてみてください。ISのコアは四六七個しか存在しません。世界中の戦闘機の数と比べれば、微々たるものです。」
「けど、一騎当千だろ?お前はそうかもしれないけど、話を聞いていると時間の問題に思える。」
気休めを言われているような気がした西本が反論する。
「そうか?なら、なぜ戦地に投入されていない。」
「軍事転用を禁止しているからだろ?」
「残念なことに守る気があるところはないよ。どこの国も稼働データを取るという名目で転用の研究に躍起だ。」
ISの事を事細かく調べたらいずれその理由がわかると、来栖はつまらなさそうに吐き捨てる。
「じゃ、なんで使わないんだ?」
「簡単さ。使い勝手が悪いからだ。」
あれだけ小さくて強力なものが使い勝手が悪い。西本はにわかに信じられず言葉に詰まる。
「誤解しないように言っとくけど、弱いって言っているわけじゃない。今の使い方のままじゃ、作戦に投入する戦力としては向かないってこと。」
軽くその前置きを入れて、来栖は説明を始める。
「良くも悪くも、パーソナライズとフィッティングがネックになる。・・・この言葉は知っているか?」
西本が首を縦に振ったので、来栖は話を続ける。
「これらをした機体は、同一人物にしか扱えない。ISは操縦者の保護機能があるとは言え永久に戦闘できるわけじゃない。交代が必要となる。当然、他のISとパイロットをセットで用意する必要があるが、数が少ないから実戦に耐えうるローテーションを組むのはあのアメリカでも無理だ。・・・数を増やして解決する問題でもない。」
来栖が話を終えると、向かいの三人はなんとも言い難い表情をしていた。
少し沈黙が続いた後、今度は平林が質問してきた。
「確か、パーソナライズとかはしなくても使えたように記憶しているけど?」
来栖は、数回軽く頷いてから回答する。
「えぇ、可能です。ただし、その場合はスペックがガタ落ちしますよ。」
現役の二人がそれを聞いて、「そうなの?」と前のめりになる。
「戦闘機で例えるのは難しいですが、あえて例えればHMD対応の機体なのに普通のヘルメット装備で乗って、オフボアサイトが使える機体に非対応のミサイルを装備するようなものです。」
「・・・とても実戦向きじゃないな。」
少し安心したように、西本は姿勢を崩した。
それから数分ほど雑談を交わしていると、ラウラが戻ってきた。
「大丈夫だ。許可が出た。」
ふすまを閉め、ラウラが来栖の右側に座り直した。
「なあ来栖。お前ら飯済んだか?」
「いや、まだだ。」
時計の針は、一九時半を過ぎていた。
「食って帰るか?」
「どうするラウラ。」
判断を求められたラウラは、少し考える。
「食べて帰ろう。帰ってからでは、食堂は閉まっている。」
その返事を聞いて、小畠が机の隅に置かれていた呼び出しベルを押す。
十数秒後。ふすまが開き、店員が料理を運んで来る。
卓上に唐揚げや刺身といった居酒屋らしいものから、オムライスやグラタンなど洋食まで、様々な料理が配膳されていく。
「西本、これは?」
「接待だから別途金が出る。」
グッドサインをしてみせる西本。来栖はそれに、実に冷ややかな目を向ける。
そして、数秒後。二度目となる自身の勤務先の金の出所を思い出して、左手で顔の上半分を押さえた。
「心配するなって。なあ、俺たちは同じ釜を食った仲だろ?」
「バカ言え。アレをやったのはお前含め三人で、俺はやってない。」
急に来栖が口調を強めたことに、佐々木が首を傾げる。そして、西本の言葉にも違和感を覚えた。
「ん?釜の飯の間違いじゃないの?」
「いえ、合ってます。・・・あ、いや、厳密には間違ってるな。正しくは『コンテナに噛み付いた』ですね。」
来栖がその補足を入れる。すると、残りの三人が『何をしたんだ』と言いたげな表情で来栖と西本を交互に見つめる。
「まだ浜松で訓練中の時でした。夕食の後に、西本が悪ふざけをして釜を食おうって言いだしたんです。まあ、即行で止めましたよ。そしたらこいつ、他のヤツに声を掛けて実行したんです。」
「アレは傑作だったよ!あのとき来栖がブチ切れましてね。俺、横っ腹にドロップキック入れられたんですよ。」
来栖はそっぽを向き、後は勝手に喋れと言わんばかりに腕を組む。
「勿論、あとの二人も教官に張り倒されたんですけどね。ただ面白かったのがその後で、教官に説教されたとき来栖が混じってたんですよ、教官側に。学生がですよ。」
そう言って一人笑い倒す西本に、来栖が冷ややかな視線を送っていると・・・。
「おぉ、今でもいるんだな。四〇年前くらいはまだ色々緩かったから、同期が格納庫で機体パネルか何かを使って裸踊りしていたな。」
「ふむ、我が隊でも最近のことだが――」
ついにはラウラまで加わり、それぞれの武勇伝(?)を語り始めた。
会話はドンドンと白熱していき、その部屋はさながら宴会のような雰囲気になっていた。
しかし、真面目な来栖はその空気に乗っかることができず、ただただつまらない時間を過ごす羽目になったのは仕方のないことであろう。
-*・A・*-
「ラウラ、着いたぞ!」
「・・・ん。」
優しい声をかけられラウラが目を覚ますと、そこにはフェルトの天井があった。
「ここは・・・!!」
そこがどこであるか。一瞬で理解したラウラはパチッと目が覚める。
「し、失礼しました。」
「いいから急げ。消灯間際だ。」
来栖にそう告げられ、シートベルトを急いで外して車から降りる。時計を見ると、もう二〇分ほどしか時間に猶予がなかった。
「失礼します!」
軽く敬礼をすると、ラウラはダッシュで寮の中へと消えていった。
〈ふう、手の掛かるヤツだ。〉
軍人とは言え、まだ一五歳。まだ子どもの域を出ない。
少し困ったような、それでいてどこか嬉しそうな表情をしながら、来栖は車からバックを降ろして鍵をかける。そして、ラウラが入っていった寮の隣の棟へと入る。
そこは教員用の寮で、教員である来栖には部屋が割り当てられている。
織斑千冬が赴任する前、二四時間態勢で非常時の指揮(対応)を行っていた頃は、長時間の休憩が取れると仮眠をするのに使っていた。それが激減した今でも、今日のように遅くなったときは使っている。
教員ではないが、かつては整備士も使っていた。しかし教員がISを使用してスクランブル発進をできるようになり、そして学園都市が発展したことで夜間飛行は自粛するようになると、整備士がここに泊まるのことはほとんどなくなった。
来栖は鍵を開けて部屋に入ると、さっさとシャワーを浴びて歯磨きを済まし、布団を引くとすぐに眠りについた。この間、たったの一〇分と掛からない早業であった。
-*・ラウラ・*-
「戻ったぞ。」
「お帰り。遅かったね?」
私が部屋に帰ると、同室の生徒でフランスの代表候補生『シャルロット・デュノア』はベッドの上に寝転がって本を読んでいた。
「すまない。心配させたか?」
「別に、そんなことはないよ。」
私は「そうか。」と返すと、棚からタオルを取り出す。そこでふと、シャルロットからの視線を感じ振り返ると、彼女はニヤニヤしていた。
「何かあったのか?」
「うん。今日の夕食の後に、一夏がデザートを作ってくれたんだ!」
「な!本当か!?」
「美味しかったよ~。」
嫁のスイーツを逃すなど、なんという失態!
「行ってくる!」
居ても立ってもいられなくなった私は、部屋のドアに向けて駆けだした。
「あ!待ってラウラ!もうじき消――」
聞く耳持たん!私はドアノブに手をかけると、勢いよくドアを開けた。
「どこへ行く、ラウラ?」
「きょ、教官!」
何と運の悪いことだろう。そこには、丁度見回りに来た織斑教官の姿があった。
「先生と呼べ!」
ゴツンと、教官は私の頭に拳骨を落とした。
「ふん?ボーデヴィッヒ、貴様まだ風呂にすら入っていないようだが?消灯まで一五分を切っているが?」
「!!い、いえ、これは・・・。」
「言い訳はいらん!さっさと就寝準備をしろ!」
「は、はい!」
その後、ベッドに入るところまでの記憶は残っていない。ただ、過去最も早く就寝準備ができたのだけは確かだった。
「むう、嫁のスイーツ・・・。」
「大丈夫だよ、ラウラ。一夏は優しいから、取ってくれてるって。」
「分かっている。だが、今、食べたいのだ。」
「ふふ。ラウラらしいね。でも、今度は織斑先生もアレじゃすまないと思うな。」
シャルロットは、遠回しにプレッシャーをかけてくる。
「わ、分かっている。私は寝るぞ!」
「はいはい。お休み。」
シャルロットが枕元のスイッチで部屋の照明を保安球に替える。
早く明日になれ。そう思っている内に、私は眠りへと落ちていった。
2020/8/ 1 一部修正しました
2021/3/14 一部改訂しました
2021/7/18 一部改訂しました
2021/1/18 一部修正しました