IS学園の猫ちゃん 作:只の・A・カカシです
そしてストーりを練り直して以下ループ。
難しいですね・・・。
三日間に渡るISの輸送は、妨害と思わしき兆候もなく平穏に完了した。
そしてそれを終えた翌日、F-14は検査に向かうため名古屋上空を飛行していた。
程なく、F-14は名古屋空港に着陸する。
(滑走路が広いと楽だ。)
来栖は誘導路を、注意が散漫にならない程度に考え事をしながら走行し、やがて空港に併設された工場へと到達する。
エンジンを止めると真っ先にキャノピーを開いた。
ただでさえ狭いコックピット。夏はあっという間に蒸し風呂になってしまう。
来栖はヘルメットとハーネスを外すと、据え付けられたタラップを使って機体から降りた。
「ご苦労様です。」
「どうも、お疲れさまです。」
来栖は出迎えに来た整備士と軽く挨拶を交わす。
すぐにトーイングカーがやってきて、F-14を工場の敷地の奥へと牽引していった。
-*・A・*-
「F-14が飛んでいったが、何かあったのか?」
それは来栖が飛び立ってから一〇分ほど後のこと。IS学園の格納庫の詰め所に、ラウラが入って来た。
雑誌や新聞を読んでいた整備士一同は、誰が来たのかと一瞬入口の方に目を遣ったが「なんだ」という感じでそれぞれ視線を戻す。
「・・・来栖先生はどこへ行ったのだ?」
「名古屋。」
普段の温かい雰囲気はまるで感じられず、返ってきたのは素っ気ない返事。
「何をしに?」
それでもラウラが続けざまに尋ねる、と。
「だぁーうっせえ!」
突如として森田が叫ぶ。そして、彼は内線を手にする。
「ちょっと来てくれ!」
電話に向けてそう言うと、ガシャンッと電話を切った。詰め所の中は異様な雰囲気に包まれており、ラウラは声を出すことを躊躇う。
十秒ほどして、松戸が走ってやって来る。
「何か用ですか?」
「子ウサギの子守りしてくれ!」
到着した彼に向かって、森田がそう指示を出した。
「分っかりました。」
松戸は、そんな空気など気にする素振りもなく軽い返事を返すると、「こっちにおいで」とラウラに手招きをした。
帰るべきかと迷ったラウラだったが、松戸の後に着いて行く。
「ごめんね。今週末に大きい競馬やら競輪があるらしくて、みんな気合が入っててさ。」
格納庫へと入ると、松戸は歩みを止めずに「偶にあることだから気にしないで」と苦笑いしながら付け加えた。そのまま二人は格納庫を抜け、そこの奥にあるドアを開け入っていく。
「おぉ・・・。」
部屋の中には、完成状態のエンジンが二基つと、分解されている最中の一基があり、その壮大さとあまり見ることのできない光景にラウラは感嘆の声を漏らす。
「それで、用事は?」
松戸の声に、ラウラは意識を彼に戻す。
「・・・ん、あぁ。来栖先生はどこへ行ったのだ?」
「来栖さん?F-14をオーバーホールへ出しに行ったよ。」
「そうだったか。」
ラウラは気が付かなかっただけで、昨日も一昨日もその前の日も来栖はISの輸送で飛んでいた。
それに気が付けなかったのは、極力人目に付かないように任務を遂行すべく、離陸後は低空飛行で加速してから上昇に入っていたから。つまり、IS学園からは大半が死角になるコースを飛行していた。
「ところでだが、このエンジンは見た目が違うが何故だ?」
疑問が解消されたところで、ふと目の前のエンジンが気になるラウラ。
「お、よく分かるね。あっちの二つはF120でこっちの分解中のやつがF119-400。F119は、多分塩害対策をしたタイプだと思う。」
「だと思う?図面とかには書かれてないのか?」
ラウラは気が付かなかったが、F119というエンジンは世界最強の戦闘機『F-22 ラプター』のエンジンで、F120はラプターと次期戦闘機の座を争ったYF-23のエンジンで、どちらもこんなところに転がっていていい代物ではない。
「図面?ないよ、そんなもの。」
「・・・大丈夫なのか?」
よほどエンジンに精通した技術者であったとしても、図面もなしに分解検査を行うなど無謀が過ぎる
「え?ジェットエンジンだよ?難しくないでしょ。」
「なっ・・・。」
だが目の前の男は、さして口調も変えることなくそう言い切った。驚きのあまり目を丸くしたラウラ。
それを気にする素振りもなく松戸は続ける。
「パッと見れば大体の構造は分かるし、パーツも付く所にしか付かないからさ。図面なんて見ないよ。見てたら時間もかかるし。」
松戸はIS学園へ来る以前、ジェットエンジンを設計・製造する企業に勤めていた。彼は極めて優秀な人材ではあるが、その卓越したジェットエンジンへの知識が災いし、革新的な構造を次々と考案するも並のパイロットでは手に負えないじゃじゃ馬な性能を示した。
才能自体は誰もが認めるところであったが、一部にしか扱えないものなど危なくて実機には搭載できない。かといって、設計チームから外すのも会社に大きな損失となる。
このまま飼い殺しになるのかと思われた矢先、転機が訪れた。
それがIS学園でのジェットエンジンの整備だった。そしてこの話に、松戸はこよなく愛するF-14の整備を出来ると、企業は『事故・故障なく動きさえすればエンジンをチューニングして稼働データを取っても構わない』という破格の条件が付いていたものだから飛びついた。
そうして、松戸はIS学園でF-14のエンジン二種類、計五基をたったの一人で面倒を見るようになった。
「つまり圧縮の三段目のタービンブレードの取り付け角を少しだけ浅くすると、熱は少し逃げにくくなるけどレスポンスは向上す――」
その後もどのような改造をエンジンに施したのか、目を輝かせ語る松戸。その内容は、軍事機密に指定されても不思議ではないものが多数混じっていたが、そこそこの技術者でも理解できない内容だったのでラウラに聞かせても問題のないものだった。
哀れにもそれに付き合わされるラウラは、エンジンの話しをするべきではなかったと後悔していた。
-*・A・*-
F-14を渡した後、整備に必要な書類の受け渡しやその他の手続きのために来栖は応接室のような部屋に通されていた。
「以上になります。確かに受け取りました。」
「よろしくお願いします。」
手続きといっても大半は署名を行うだけで、さほど時間はかからずに完了した。帰路につこうと、来栖が荷物をまとめて立ち上がる・・・その時。
「久しぶりですの。」
「・・・何故ここに?」
あからさまにタイミングを見計らって入ってきたIS学園の事実上の学園長、轡木に来栖は目を丸くする。
「さて、なぜじゃろうか?まあ、付いてきてくだされ。」
何かを企んでいるかのように顔をにやつかせた轡木は、スタスタと部屋から出て行く。来栖は慌てて荷物を掴むと、手続きをしてくれた職員に「お邪魔しました」と言って轡木の後を追う。
来栖は何年も轡木の下で働いてはいるが、この男の考えはいつまで経っても読める気がしない。もっとも、そういう人間なのだと割り切っているので何も言わずに付いて行く。
しばらく歩いて辿り着いたのは、来栖が工場に到着してF-14から降りた場所、つまり飛行場と工場の出入り口近くの格納庫前であった。
「あれを頼む。」
その格納庫の前にはスーツ姿の男が立っていて、轡木はまるでなじみの店で注文をするようにその男へ声を掛ける。男は軽く頭を下げると格納庫の中に入っていった。
それから十数秒して、格納庫の扉が開き始める。開口部の面積が大きくなるにつれ、中の様子が見え始める。格納庫の中には、カバーのかけられた一機の航空機が鎮座していた。
「これはT-4ですか?」
全貌があらわになった瞬間、来栖は確信を持ってそう口にした。
「・・・何故わかるんじゃ?」
すると轡木は、来栖を驚かせようとカバーをかけてこの場面を作ったのにもかかわらず、さして驚きもせず機種を言い当てられたため眉間にしわを寄せ、目を少しばかり見開く。
それに対して、来栖は淡白に「ここに来る前は、しょっちゅう乗ってましたから」と付け加えた。
そうこうしているうちにT-4はトーイングカーに牽引されて格納庫の外へと出され、そして二人の前で止まる。
「まあ・・・折角じゃから開けてくれ。」
言われた通り来栖はカバーに手を掛ける。と、そこで一つの疑問が浮かんだ。
「このT-4は何ですか?」
まさか、これに乗り換えろと言うつもりなのではないのだろうか。来栖の脳裏に大昔の出来事がよぎる。
「来栖くん、一カ月ほど早いが誕生日プレゼントじゃ。」
しかし想定していた言葉ではなかったため、来栖は安堵から「なるほど」と呟いた。
が、すぐにそれがとんでもない意味であることに気が付き驚愕する。
「ちょ、ちょっと待って下さい?誕生日プレゼント!?」
個人の誕生日にジェット機を送るなど、来栖は機いたことがない。
彼の豹変振りに、轡木は驚いて「そうじゃ」と言うので精一杯だった。
「増備なら『分かりました』って私も言います。けど、誕生日プレゼントは流石に駄目でしょう。第一、購入費はどこから出ているんですか?」
そこは一流の戦闘機乗り。さっさと気持ちを落ち着かせる。
「ま、まあ、待ってくれ。そこら辺を今から話す。」
このままでは誤解が解けない。轡木は来栖に静聴を求めた。
「まずこの機体、老朽化による用途廃止機なのだそうじゃ。言っておくが、向こうさんから話しを貰っただけで、昔みたいに権力を振りかざしたりはしてはおらんからの?」
正規の手順を踏んでいることを伝え、機体本体には金銭のやり取りが発生していないことをアピールする。
「それから、君のことだ。整備のことも心配しておるのじゃろ?安心してくれ。実は。もう準備はしておる。」
そう言われて来栖は、先月頃からF-14の部品をストックしている棚の中に見慣れぬ部品が幾つか混じっていたことを思い出す。その時は試作品と思って素通りしていたが、見覚えのあるような気がしていたのはそういうことだったかと納得する。
「まあ、そういうことじゃ。では、開けてみてくれ。」
軽く溜息をつくと、来栖はT-4の方を向く。
あのアメリカをして「金食い虫」と言わしめたF-14を維持しているIS学園のことだ。今更T-4が一機入ったところで痛くもないのだろう。
そう自身に言い聞かせると、来栖はカバーに手をかける。カバーは柔らかい布でできており、引っ張ると左右に分かれるようにして外れた。
そして現れたT-4を見て、来栖は目を見開いた。
「ぶ、ブルーインパルス!?」
よく見れば部隊マークがなかったりロゴがなかったり、国籍マークがIS学園の校章に変わっていたりと細部は異なっているのだが、それ以外は紛れもないブルーインパルス塗装のT-4がそこにあった。
「君が戦闘機乗りになったのはブルーインパルスに憧れたからという話しを聞いての。それで思ったんじゃ。ワシらがあんな失態を犯していなければ、その夢を叶えられたはず、と。だからこれは、贖罪というと大げさじゃが、ワシらにできるお詫びということじゃ。」
いつになく真面目に話しをした轡木を一瞥すると、来栖は機体の周りを歩き始める。
丁寧に整備された機体は、まるで新品のように輝いている。
後ろに回り込んだ来栖は、エンジン排気ノズルのところを見て再び目を見開く。そこには、金属性のパイプが機体から伸びていた。
〈おいおい、本当にブルーインパルス仕様かよ。〉
それはスモーク発生装置というもので、曲技飛行を行う機体だけに装着されているものだ。つまり、この機体が本当にブルーインパルスで使われていた機体ということを物語っていた。
「気に入って貰えたかの?」
「・・・ええ、まあ。」〈何故だ?F-14といいこのT-4といい、何故こんな特殊な機体を引き当てる?〉
本当はこの手の話に詳しいのではないのか。分からない振りをしているのは、何かを隠すためではないのか。
実際には、どちらも当てはまらないと言うことは来栖が一番知っていることだったが、何食わぬ顔をして話す轡木に僅かばかり恐怖を覚える。
「さて、長居すると邪魔になってしまうの。」
そんな来栖の気持ちはつゆ知らず。轡木はのんびりとカバンの中から何かを取り出す。
「というわけで、帰りましょうかの。」
出てきたのは、飛行服や耐Gスーツなどの装備一式であった。
「持ってきたんですか?」
呆れた様子で来栖が問いかける。
「そうじゃ。乗るなら必要じゃろ?」
準備がいいだろうといわんばかりのどや顔をする轡木。対称に、来栖の表情はさらに冷ややかなものになる。
「失礼ですけど、そんなに上昇しませんし高機動もしないですから、ヘルメットだけで結構ですよ。」
バックからヘルメットだけを取り出し、それ以外は何も持っていないことを証明する。
想定外だったのか、轡木は目を点にする。
そして来栖は、轡木のその表情がパイロットスーツの有無に驚いているわけではないことをすぐに見抜いた。
「アクロバット飛行を体験し――。」
「止めておいた方がいいです。それは無謀です。」
にべもなく否定した来栖は軽く眉間にしわを寄せ、少し強い口調で考え直すようにと促す。
「失礼ですが、間違いなく耐えられないと思います。」
普段からデスクワークに追われ、それほど運動もしていないであろう初老の身には負担が大きすぎると来栖は判断した。
「そうなのか・・・。森田君から、楽しいから搭乗することをオススメされたんじゃが・・・。」
「あのヤロー。・・・まあ乗るなとはいいませんが、Gって想像以上のモノですから十中八九気絶しますよ。」
「それならば服を借りて・・・ん?」
その時、轡木は何かに気が付いたようだった。
「もしかして、ワシの話かの?」
「そうですよ。」
口をポカーンっと開けたまま、轡木は動きを止める。
「来栖君は平気なのか?」
「私は平気です。流石に着用状態と同等の時間を耐えることはできませんが、無くてもそれなりには機動できるように鍛えています。」
来栖の場合は仕事柄、戦闘機ではなくISを仮想的にする必要があり、通常の戦闘部隊以上に過酷な状況に耐えられることが要求される。ゆえに、単独で機動飛行するぐらいならば余裕があるのだ。
「これでも昔は色々と鳴らしておったんじゃぞ?軽めの演目をして、大丈夫そうならというのではどうじゃ?」
いつも通りの切り替えの速さに来栖は首を捻って唸る・・・と、そこに荷台へ装置を積んだトラックが停車する。
作業服を着た数人が降りてきて、手際よく荷台の装置内に仕舞われていたケーブルを取り出しT-4へと接続する。
「?・・・これは何をしておるんじゃ?」
その作業を見た轡木は、不思議そうに来栖へ尋ねた。
「電源を供給するんですよ。エンジンを始動させるために。」
それは電源車と呼ばれるもので、T-4などの自力ではエンジンの始動できない航空機に必要な車両だ。
轡木は知らなかったようで、「ほう」と言う。
「始動するだけでこの手間か・・・大変ですな。そういえば我が校に電源車は入れておらんような気が。」
ふと思い出して心配になったのか、轡木の言葉は尻すぼみになった。
「来栖君、電源車はいくらぐらいするか知っておるか?」
「もうありますから、大丈夫です。」
先走る轡木を制止するように、来栖は落ち着き払って対応する。
「そうなのか?」
「そうですよ。」
それを聞いて、轡木は顎に手を当てて考え込む。
「F-14は単独で始動できたじゃろ?」
「あれは外部電源どころか、圧縮空気を貰わないと始動できませんよ。」
轡木は、「えっ?」と言った表情で来栖を見る。
「単独で始動しておらんかったか?」
「我々のはできますよ。改造しましたから。」
本来F-14は、APUやJFSと言った補助動力装置を搭載していない。だがそれでは、ISなどの運搬で民間の飛行場に行った際にエンジンを停止すると再始動ができないため、JFSを搭載する改修が行われていた。
「乗りましょう。」
このまま話しをしていると、作業員達をこの日差しの中で待たせることになる。来栖はそれに忍びなさを感じ、説明が中途半端だったが轡木をコックピットへと誘導する。
来栖は轡木の飛行準備を手伝った後、自信もハーネスを付けヘルメットを被り飛行の準備を整えた。それから作業員とインターホンとハンドサインを使ってエンジンを始動させ、各種計器や動翼のチェックを実施する。
「じゃあ、帰ります。」
準備が完了し、続いて管制に移動の許可を求め、指示を受けながら滑走路に進入。離陸の許可を待つ。
『ペルシャ、こちら管制。離陸どうぞ。』
「こちらペルシャ、離陸了解。」
スロットルを上げ、ブレーキを緩解する。
〈軽い!〉
機体が滑走を始めた瞬間、伝わってくる機体の挙動に久しく感じたことのない軽快さを覚える。
エンジンの推力はF-14のそれに遠く及ばないが、T-4は瞬く間に離陸速度へと到達。降着装置が地面から離れる。
降着装置を格納すると、来栖はIS学園へと進路を取った。
ほどなくして、いかなる航空機も飛行を制限されているエリア、通称『IS空域』と呼ばれているIS学園の安全のために設定されている空域に突入する。
やがてIS学園が見えてくると、来栖は転進して洋上へと機を進め、十分に陸地から離れたところでインターホンを使い轡木に確認をとる。
「機動飛行を開始します。よろしいですか?」
「ああ、始めてくれ。」
開始する前に再度計器の状態をチェックする。異常がないことを確認すると、来栖は大きく息を吸い、そして吐いた
「ゆっくりと右に回転します。『スローロール』、ナウ。」
声と同時に、T-4がまるでスローモーションのようにゆったりとロールを開始。
「大丈夫そうですか?」
再び空が直上に見え機動が完了すると、轡木に調子の確認を行う。
「ああ、平気じゃ。」
「わかりました。」
轡木は余裕のある声で返答した。
「次、右に九〇度バンクして水平飛行。『ナイフエッジ』、ナウ。」
ピタリと九〇度でバンクを維持して、一〇秒ほどそれを維持する。
「どうですか?」
「まだ大丈夫じゃ。」
「背面飛行します。『インバーテッド・フライト』、ナウ。」
来栖は、徐々に機体に掛かるGが強くなるよう課目を選び実施していく。
『エルロンロール』や『バレルロール』、『インバーテッド&コンテュニアス・ロール』などをこなし、九課目目。
「数字の八の時を書くように連続旋回します。『キューバン・エイト』ナウ。」
刹那、急旋回をしたことで主翼上面を断熱膨張により発生した薄い雲が覆う。
「グッ・・・。」
一八〇ターンする瞬間に轡木が苦しそうに声を漏らした。が、まだ余裕があると判断して機動を継続する。
「どうされますか?」
機動を終えると、すぐに調子の確認を行う。
「まだいける・・・と言いたいところじゃが、止めておこう。」
轡木の息はかなり上がっていて苦しそうであった。
「分かりました。着陸します。・・・森田、いるか?」
来栖は滑走路の準備をして貰うために無線を入れる。
『もう終わりか?』
機動飛行の様子を見ていたのか、森田はおどけた口調で無線に応答してきた。
「終わりだ。準備は、どれくらい掛かる?」
『んー、五分以内かな?』
「了解。終わったら連絡してくれ。」
『作業完了の連絡、了解。通信切るぞ。』
無線が切れ、コックピット内に無言の時間が訪れる。
「少し甘く見ておった。」
少し荒い呼吸の轡木が、ふいにそう口にした。
「いえ、私のほうこそ見くびっていました。大変失礼しました。」
正直のところ、ここまで轡木が耐えられるとは思っておらず来栖は舌を巻く。
「機動と機動との間に時間があったから耐えられただけじゃ。連続してやっておったら、間違いなく気絶しておる。それに、まだ幾つか残っておるんじゃろ?」
「はい・・・と言ってもあと二つですが。」
「あと二つか・・・。視界が白黒のように見えておったし、今まで以上のGがかかるんであろう?間違いなく耐えきれん。」
少し笑いながら、轡木はそう答えた。
などとやり取りをしているうちに滑走路の準備が整い着陸を開始する。そして、迫ってくる崖に後部座席の人間が悲鳴を上げる・・・ことはなかった。
それはひとえに、機体の大きさがF-14の半分ほどであり、壁までの距離に十分とは言えないが恐怖をぎりぎり感じないだけの余裕があったから。
その代わりといっては何だが、F-14とは違いT-4は軽く、そして翼面荷重も低いため地面効果により機体が浮き上がってしまい、来栖は接地の瞬間にかなり緊張していたのであった。
次回更新は来月になりそうです・・・。
2020/06/22 誤植を修正しました
2022/10/05 文章を改良しました